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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:オーソン・ウェルズ( 10 )

市民ケーン ⑩

もし、映画「市民ケーン」のなかで、「薔薇の蕾」というキーワードを「あれ」のことだと暴露していたら、この作品が映画史上、これ程までに世界の映画作家に影響を与え続けて長寿を得ることができたかどうか、すこぶる疑問です。

少年時代のケーンが母親から引き離される直前まで遊んでいた橇が焼却される瞬間に、古びて消えかけていた「薔薇の蕾」の絵が炎の中でかすかに浮かび上がり、またたく間に消え失せるあのシーンは、「女陰」だとか、「母への思慕」とかという貧困な連想を無理矢理こじつけて殊更に小さく解釈しなくとも、そこに示されている映像世界は、そうした姑息な解釈ではとてもカバーし切れない程の広がりを自ずから有しています。

少年時代に生きることの孤独や虚しさなど少しも意識することなく橇遊びに興じ無心でいられた幸福な少年の素晴らしい日々への悔恨の象徴としての「薔薇の蕾」とか、自分なりの愛し方しか出来なかったにしろ、社会的な立場と引き換えにして自分の持てるものすべてを傾けて執着した女の、まさにその虚しさの象徴としての「薔薇の蕾」など、言葉にしてしまえば、ただそれだけのものでしかなくなってしまう「映画評論」というものの無力と虚しさを、これほど感じさせられてしまう映画はありませんでした。

世に出て以来、これだけ多くの優れた評文を持った作品は、おそらく前例がないかもしれませんが、語られたこの作品についてのコメントを整理してしまえば、技術的なものを除くとして、大まかに分類できてしまいそうです。

①「結局よお、薔薇の蕾って、アレのことなんだって。」か、または②「へえ、ケーンてマザコンだったんだ。」、③「金じゃ愛は買えないわな。」です。

人に求めるばかりで自分から愛することを知らず、物欲や財力では決して癒されることのなかった孤独の中で、ひとりの男が死に、その生きた痕跡がことごとく処分され焼却されていく衝撃的なラストシーンについて、どんなに言葉を積み上げてみても、あの燃え尽きていく「薔薇の蕾」の残酷な一瞬の輝きを、言葉で留めることのできない無力を、この映画を見るたびに実感しないわけにはいきません。
by sentence2307 | 2004-11-27 11:51 | オーソン・ウェルズ | Comments(0)

市民ケーン ⑨

「ザ・ディレクター/市民ケーンの真実」のなかで、ジョン・マルコヴィッチ演ずる脚本家ハーマン・J・マンキウィッツがウェルズに密かに耳打ちするハーストの隠蔽されたスキャンダルとして、隠語の「薔薇の蕾」の意味のほかに実はもうひとつ、更にショッキングな事件が囁かれます。

ジョン・フォードにも多大な影響を与えたといわれている西部劇の監督でプロデューサーでもあったトーマス・ハーパー・インスが謎の急死を遂げた「オネイダ号事件」です。

このインスの怪死は、モンローの死と並び称されるハリウッドの二大ミステリーのひとつとして現在でも封印されたままの事件です。

映画「ザ・ディレクター/市民ケーンの真実」の内容は、ピーター・ボグダノヴィッチによるオーソン・ウェルズの聞き書きを主とするインタビュー本「オーソン・ウェルズ その半生を語る」で語られている記事にそのままぴったりと符合する部分が随所に見られますが、この一大スキャンダル「オネイダ号の謎」は、更にボグダノヴィッチ自身が「ブロンドと柩の謎 The Cat's Meow」として映画化さえしています。

1924年11月15日、LAのサン・ペドロ港に停泊している豪華客船オネイダ号で、新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハースト主催のパーティが開かれ、出席者は、愛人で女優のマリオン・デイヴィス、喜劇王チャップリン、そしてマーガレット・リビングスートンを伴った大物プロデューサーのトーマス・インス、英国人女流作家のエリノア・グリン、ゴシップ記者のルーエラ・パーソンズなどきらびやかに着飾った総勢15人のハリウッドのセレブたちでした。

オネイダ号は、サンディエゴ目指して出港します。

禁酒法下にもかかわらず、たっぷりと酒がふるまわれ、さらに豪華なディナーとともに生演奏のチャールストンが踊られた後、映写室で愛人マリオン・デイヴィス主演の映画が上映されたりしました。

このとき、実は、マリオン・デイヴィスが、老いた愛人だけでは満足できず精力絶倫のチャップリンと浮気しているらしいという噂を聞いたハーストが、その現場を押さえようとして様子を伺っていた状況下でのインスの死でした。

チャップリンの代わりにインスが誤殺されたのか、いや、マリオンのそもそもの浮気相手がインスその人だったのだなど、いろいろな憶測が飛び交う中、インスの死をハースト一派が配下のメディアを使っていち早く事態の隠蔽を図ったらしいというのが、そのスキャンダルのマコトシヤカな骨子です。

しかし、ハーストの死まで生活を伴にし、ハリウッドでは、どちらかというと好意的なコメントの多い実際のマリオン・デイヴィスは、「市民ケーン」で描かれていたケーンを捨てて家を出ていく愛人スーザンとはかなり印象が違うかもしれませんが、しかし、考えようによっては、その違いすぎる印象こそ、ふたりの間に口外できない共通の秘密があったからこそ生涯離れることができなかった何よりの証拠と言えるかもしれませんね。
by sentence2307 | 2004-11-27 11:50 | オーソン・ウェルズ | Comments(1)

市民ケーン ⑧

1941年、アカデミー作品賞を実質的に争って受賞することとなるジョン・フォード監督の「わが谷は緑なりき」は、超有力な本命馬だった「市民ケーン」のスッタモンダの「複雑な事情」による急速なパワーダウンを受けての受賞だっただけに、タナボタ風な受賞と見られてしまう印象を免れないかも知れませんが、しかし、叙情性においては、「市民ケーン」を遥かに凌ぐ心揺さぶられる作品です。

先立って撮られた「怒りの葡萄」や「荒野の決闘」など、この頃に見せたジョン・フォードの「怒りと郷愁」の不思議な調和がハイテンションで語られる感傷的な叙情性と闘争性を同居させた底知れぬパワーに、フォードの計り知れぬ巨大さを感じてしまいます。

その過ぎ去った過去・失われた人々に寄せる胸を締め付けられるような郷愁の描き方は、まさに、デュヴィヴィエに匹敵する映画的な陶酔を余すところなく味あわせてくれます。

それに対して、傍若無人といえるまでの才気の閃きに満ちた「市民ケーン」の一筋縄ではいかない感動の「され方」は、何度も繰り返して見ていくと、力強い「斬新な映像」は次第に単なるこけ脅かしと見えてしまい、その後に残るものは演劇的な感動だけかもしれないな、と思えなくはありません。

独善的なケーンとの生活に疲れきった破局の瀬戸際で見せるケーン夫人や愛人スーザンとの凄みを効かせた演技は、かつて、ハリウッドの俳優が見せることができなかった驚くべきシビアな心の領域に響く演技でした。

しかし、それが十分に映画的なものだったかどうかは疑問です。

誰にもうちとけることのできない権力亡者ケーンの殺伐とした孤独を描くには最も適していた描き方が、もし、ある実験的な撮られ方による不思議な不調和音として、たまたま生み出されたものだとしたら、「傑作」とは、たまたまある錯誤のうえで成立してしまうものなのかもしれませんね。

以後のウェルズの作品において、映像と演技がこれほど幸福な関係を持つことはありませんでした。
by sentence2307 | 2004-11-27 11:49 | オーソン・ウェルズ | Comments(142)

市民ケーン ⑦

ここの「市民ケーン」②で書いた、ハーストが激怒した理由として、愛人の女優マリオン・デイヴィスが極度のアルコール依存症であることを映画で暴露されたことと、二人の寝室での隠語である「薔薇の蕾」もオオヤケにされたことにあった、と書いたのですが、いま読み返してみると、これでは何のことやらさっぱり分からないという気がしてきましたので、恥ずかしながら補足します。

まあ、言いにくいこともあって、つい言葉を端折って濁してしまったのですが、しかし、ハーストが、どうして激怒したのかを、まず最初に、はっきり説明しておかないと、やはり、以後なにをどう書いても迫力に欠き、インパクトが弱いままなので、あえて思い切って「薔薇の蕾」の具体的な意味を書いてしまおうと思います。

実は、「ザ・ディレクター/市民ケーンの真実」の中で、ズバリ、ジョン・マルコヴィッチが言っているので、そのまま彼の言葉を中継いたしますが、決して僕が言っているわけではありませんので、ヨロシク。

「薔薇の蕾」とは、寝室での二人だけの隠語といいましたが、ズバリ、マリオン・デイヴィスのあの「部分」を指す言葉なのだそうです。

このことを書いておかないと、なぜハーストがあれ程までに逆上したのかうまく説明ができない気がしたので、あえて書きました。

えっ? なおさら分らない? よわったなあ。

しかし、まあとにかく、いいでしょう。

この映画が、新聞王ハーストが、暗に新聞の売り上げを上げるために、戦争に賛成し、そして煽り、多くの戦死者がでるのを喜んでいた、ということを糾弾するだけの映画だったなら、果たしてハーストがあんなにも怒ったかどうか疑問だったと思います。

そんなヤワな「青い告発」に、世界を意のままに動かすことのできる百戦錬磨の新聞王が動ずるとも思えません。

却って、そうした糾弾こそが、彼のもっとも誇りとするところだったかもしれないからです。

彼は常に「表の顔」だけしか持っていなかったのではないか。

寝室で、マリオン・デイヴィスに狂おしく「薔薇の蕾」と語り掛ける顔を、ハーストは世間に対して持つことができなかった人だったのかもしれないなと思えてきました。

いみじくも「ザ・ディレクター/市民ケーンの真実」のクライマックスで、フィルムの廃棄か否かを決しようとする役員会において、最後の弁明として為されるウェルズのスピーチの中に、ハーストをヒトラーに準える箇所がありました。

自分を抑えつけてヒタスラ走り続けた男、しかし、ヒトラーでさえエヴァ・ブラウンという愛人を必要とした弱い部分があったことを知って驚いた鮮明な記憶の中で、ハーストが同タイプの人間としてそのことを恥とも屈辱とも感じたのかもしれないな、となんとなく感じました。
by sentence2307 | 2004-11-27 11:48 | オーソン・ウェルズ | Comments(0)

市民ケーン ⑤

ハーストが「市民ケーン」の上映妨害のために使った「手」には、ハーストお抱えのカメラマンたちが、ウェルズの軽率な一瞬を撮らえようと、まるで映画の一場面のように四六時中ウェルズを追い掛け回し、彼の「私生活」にかすかでもスキャンダラスなキザシがあれば、それを暴露して彼を公式の場から引き摺り下ろそうと必死でした。

あるいはまた、ウェルズが属する地区の徴兵会議には、彼がなぜ入隊していないのか、という質問が執拗に寄せられたりしています。

それはまるで、ハースト系の新聞やアメリカ在郷軍人、その他の愛国的な団体が大々的な調査に乗り出して、ハリウッドの撮影所の多くがなぜこんなにも外国人を、わけても左翼シンパを雇っているのかという疑問を公式に提起するようになるぞ、という脅しを掛けているのと同じ効果を与えました。

そして、まさに「市民ケーン」が上映されようとしているそういう時期に、ひとつの文書が作られていることが記録されています。

日付は1941年4月14日、FBI長官エドガー・フーヴァーが、検事総長マシュー・F・マッガイアに宛てた覚書です。

《かのダイズ(テキサス選出の下院議員で非米活動委員長)委員会が集めた資料によると、オーソン・ウェルズは、共産主義的性格を持つといわれる次のような組織に関係ありとみられるので、ご参考までに。
黒人文化委員会、戦争孤児里親計画、スペイン民主主義援助北米委員会、同保健局、舞台芸術委員会、映画芸術家協会、言論の自由擁護協力委員会、労働者書店、アメリカ青年会議、ニュー・マッス、ピープルズ・フォーラム、労働者書店相互基金、アメリカ作家連盟、アメリカ学生連合・・・》

長い間FBI長官に君臨したエドガー・フーヴァーは、裏組織にも顔の効いたテヅルを使ってあらゆる情報を押さえ、その弱みに掴んで大統領まで脅しに掛かっていたという暴露本もありました。

まさに闇将軍の名がふさわしい影の権力者だったといわれている人物です。
by sentence2307 | 2004-11-27 11:47 | オーソン・ウェルズ | Comments(0)

市民ケーン ⑥

「市民ケーン」公開をめぐり大揉めに揉めた裏事情を、端的に描いたリドリー&トニー・スコット製作総指揮の作品「ザ・ディレクター/市民ケーンの真実」(1999ベンジャミン・ロス監督作品)の仕上がりの物足りなさは、きっと新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストの愛人マリオン・デイヴィスの描き方が、極めてソフトに描かれてすぎていたからかもしれません。

かつてオーソン・ウェルズが「市民ケーン」の中で描いたハーストの愛人スーザンは、自分の意志を持たないペットか、あるいは家畜のような、情け容赦のない辛辣な描かれ方をされていて、彼女が最後に怒りを爆発させるときでさえも、まるで愛玩小動物のヒステリーの域を脱していない内向的で痛ましい演技によって表現されていました。

また、ケーンという支配欲に凝り固まった怪物は、ただ求めるばかりで、人に何か(愛)を与えることを知らない心の不具を抱え持った冷酷者のように描かれています。

しかし、この「ザ・ディレクター/市民ケーンの真実」の中でのマリオン・デイヴィスは、自分が愛玩物のように揶揄されて描かれているその辛辣な場面を見ながらショックを受けて泣くシーンがあったり、ハーストが破産に瀕している状況を知ると自分の宝石を売り払ってハーストを何とか助けようとする「けなげな」部分もちゃんと描いていて、また、そうした愛人の優しさに「感謝」の眼差しで応えるハーストもしっかりと描いていたりと、この作品では、明らかに「新聞王とその愛人」に対してはきわめて同情的で、その分、オーソン・ウェルズの「やりすぎ」を暗に指摘しているようにさえみえます。

その考え方の延長線上には、事実を歪め、映画を喧伝するために、あえてスキャンダルを利用し世間を煽って自分の監督第1作品に注目させたようとした汚い男、売名行為に長けた天才児としてオーソン・ウェルズを見る従来のハリウッドの考え方がそのまま反映している作品といえるかもしれません。

だからこそ、ウェルズの作品「市民ケーン」をもまた、スキャンダルの暴露映画としてしか受け取ることしかできなかった映画人やコメンテーターがいたのでしょうか。

創作するうえでの「デフォルメ」という操作を解しないある種の人々は、また「虚構」というものも解しえず、そこから与えられる「感動」も認識できないまま、「彼ら」にとって映画は、いつまでもゴシップ記事以上の意味を持たないのだと思います。

「ザ・ディレクター/市民ケーンの真実」は、まさにゴシップ映画といえるただそれだけの作品でした。

その証拠にヘッダ・ホッパーとルーエラ・パーソンズの確執を描く部分のド迫力は、ウェルズ対ハーストの対立の緊張を盛り上げていこうとした箇所を遥かに凌駕していることを見ても明らかです。

ちなみに、ヘッダ・ホッパーの名は、第1回アカデミー賞作品賞「つばさ」(1928ウィリアム・A・ウェルマン監督)の出演者の中に見つけることが出来ました。

IMDbでヘッダ・ホッパーの出演作を数えたら、サイレントやTV出演も含めて156作ありました。

もちろん、その中には、あの「サンセット大通り」も含まれています。

女優の本業から、少しずつゴシップ記者へとズレていった彼女こそ、もうひとりのノーマ・デスモンドだったのかもしれませんね。
by sentence2307 | 2004-11-27 11:47 | オーソン・ウェルズ | Comments(0)

市民ケーン ④

「市民ケーン」が、ニューヨーク映画批評家協会賞、全米批評家会議賞、ゴールデン・グローブ賞など、多くの権威ある賞をことごとく受賞し、最上級の評価を受けたにもかかわらず、アカデミー作品賞だけは受賞することができなかったのは、ウェルズの「暴走」に対するアカデミー会員の拒絶の表明でもありました。

自由の象徴である新聞界にアメリカ社会の根深い病根を見る、というかつてハリウッドでは作られたことのなかったタブーに挑んだ「市民ケーン」の辛辣な視点は、ストーリーの時間的配列を解体し、縦横無尽な様々な視点からの回想を織り交ぜ、主人公の生涯と人物像を浮き上がらせるというこの映画の複雑に交錯する回想形式とともに、畏敬を込めたこんな絶賛のされ方をしました。

いわく、「絶対的な時間の概念を否定し去ったのは、科学ではアインシュタイン、文学ではプルーストとジョイス、映画ではウェルズ」といわれる程の驚異的な映画話法の変革だった、と。

そして、更に、その複雑に絡まりあうストーリーを映像的に一挙に処理するのに相応しい方法というのが、撮影監督グレッグ・トーランドが、この作品のために開発した新技法のパンフォーカスでした。

あらゆる被写体にピントが合うということは、つまり焦点深度が深いということで、広角レンズを絞り込めばいいのですが、しかし、その像の歪みを避けるためには撮影やセットのプランに細心な注意が必要となり、光量不足を補うためのフィルムの選択や現像の処理も専門的な練達が要求されることとなります。

しかし、それにもまして、この撮り方が何故、従来の映画話法を根底から覆すほどの変革だったかといえば、それまでハリウッドで採用されていたソフトフォーカスが、主役だけにピントを合わせ、そのほかの物は美しくボカすという効果、例えば、衰えたスターの顔をボカして誤魔化すという商業政策上まさにスター・システムに最も適った忠実な方法だったということができたし、それはまた、夢工場の魔術そのものとも言いうる「ハリウッドの思想」でもありました。

そして、その対極に位置するのが、すべてを白日の下に明確に映し出してしまう、いわば現実暴露のパンフォーカスの方法でした。

ハリウッドが、オーソン・ウェルズに対し、恐れと嫌悪をもって追放の挙に出た理由のひとつにパンフォーカスが数えられている所以です。
by sentence2307 | 2004-11-27 11:46 | オーソン・ウェルズ | Comments(169)

市民ケーン ③

激怒したウィリアム・ランドルフ・ハーストが、RKOに「ネガとプリントを焼却すれば全経費を補償する」と圧力をかけてきて、この「市民ケーン」のフィルムが廃棄されそうになった時、どうやってウェルズが危機を逃れたのか、インタビュー本「オーソン・ウェルズ その半生を語る」において、質問者ピーター・ボグダノヴィッチにくわしく答えているクダリがあります。

ハーストの息の掛かった同業他社や評論家が、こぞってフィルムの焼却を要求している中でジョー・ブリーンのための試写会が行われました。

その時の雰囲気は、ハースト系のコラムニスト、ルエラ・パーソンズの「きわめて不快な伝記映画だ」というコメントが象徴しています。

このフィルムが廃棄されるかどうかは、当時、検閲の親玉といわれたジョー・ブリーンの決定に委ねられていた運命の試写会でした。

莫大な賄賂が動いているという公然の噂も飛び交っている廃棄決定に傾きかけている試写会です。

ウェルズは述懐しています。
「誰もがこう言っていた。面倒を起こすな。構うものか焼却しろ。尻拭いは当人たちに任せたらいい、と。そこで私はロザリオをポケットに入れて試写室に出向いた。ジョー・ブリーンはアイルランド人で敬虔なカトリック教徒だ。試写が終ったところで、私は彼の前でロザリオを落とした。『あっ、これは失礼』そう言って拾い上げポケットに戻す。これをしなければ、『市民ケーン』は世にでなかっただろう。」

圧力を受けたRKO側も、経営難に喘いでいたというお家事情もあって、これだけ騒がれれば大儲け間違いなしと踏んでハーストの申し入れを拒否しました。

1月のノミネーションの時期には批評家の賛辞が相次いでアカデミー会員の支持も多かったのですが、やがてハースト系の新聞によるハリウッド批判の一斉攻撃と、凄まじいオーソン・ウェルズ叩きの結果、公開を辞退する劇場が続出して、3月のアカデミー賞本選では急速に多くの票を失っていきました。

多くのノミネートを受けながら、受賞したのはオリジナル脚本賞ただひとつに終ったこの授賞を、それでもアカデミー協会の良識を示したものと賛辞されるくらいの凄まじい逆風だったことが伺われます。

ちなみに、ノミネートされた部門は、作品賞、主演男優賞、監督賞、撮影賞、室内装置賞、録音賞、編集賞、劇映画音楽賞などでした。
by sentence2307 | 2004-11-27 11:45 | オーソン・ウェルズ | Comments(0)

市民ケーン ②

ウディ・アレンの「ラジオ・デイズ」1987にこんなシーンがあったのを思い出しました。

婚期を逸しかけたド近眼の叔母さんが、サエない中年男とデートをするというエピソードの部分なのですが、自動車でのデート中、二人がいい雰囲気で聞いていたラジオ番組が突然中断し、「臨時ニュース」が、「火星人が殺人光線銃をたずさえて地球に大挙して襲来してきた」と流れると、大パニックになった中年男が彼女を置き去りにしてさっさと逃げ出してしまい、ひとり残された叔母さんの唖然とした顔のアップで大爆笑という場面です。

実は、あのエピソードにあった番組を仕掛けたのが、若きオーソン・ウェルズでした。

時あたかも真珠湾が攻撃される直前という時期です。

ウェルズが神童(ワンダー・ボーイ)の名を欲しい儘にハリウッド入りする端緒になった有名なエピソードであり、これが切っ掛けとなって破格の条件(製作・監督・脚本をはじめ一切をコントロールすることができ、会社は全く口出ししない)でRKO入りしました。

そして、その1作目が「市民ケーン」です。

モデルは、当時78歳の実在の新聞王ウィリアム・ランドルフ・ハーストで、全米の4軒に1軒がハースト系の新聞を読んでいたと伝えられている程の実力者です。

ハーストは、単なる新聞屋というよりも、ハリウッドの大立者たちを従えた、そしてフーバー大統領とも深い親交のある、いわば政治・メディア・映画界の権力そのものでした。

東京都の半分の敷地を持つカルフォルニアの豪邸サンシメオン(映画の中では、ザナドゥとよばれていましたね。)には50席の映画室があり、週末ごとの夜会にはガルボやチャップリンも足しげく訪れたといいます。

ただ、謎として残っているのは、それだけの大物ハーストが、ズブの素人同然のウェルズの第1回監督作品「市民ケーン」に、何故それ程までに逆上したのかという点かもしれません。

体裁も自制心もかなぐり捨て新聞王ハーストが、大人気ないまでの力ずくで、あらゆる汚い手を使ってまで何故「市民ケーン」の上映妨害の挙に出たのか、不可解な印象だけが残されました。

結局、配給元のRKO系の映画館は新聞に広告も出せず、同系の他の映画までもが酷評される始末でした。

大劇場に断わられた「市民ケーン」の初公開は3ヶ月遅れてしまい、興行的にも完全な失敗に終るとともに、ウェルズは「市民ケーン」で与えられた自由を二度と手にすることなく、やがて、これ程までに評価される作品を作ることが出来ないままにハリウッドから追放されるカタチで欧州での映画作りを余儀なくされました。

これが以後のオーソン・ウェルズが呪われた映画監督といわれる所以です。

しかし、何があれ程までにハーストを怒らせたのかという点には諸説があるのですが、そのひとつに、映画中、妻スーザンがザナドゥを立ち去るとき、荒れ狂ったケーンが、本棚に隠してあったウィスキーの瓶を投げ付けるシーンにあったといわれています。

実は、ハーストの愛人の女優のマリオン・デイビスが極度のアルコール依存症であるという公然の秘密をこの映画で仄めかして怒りをかったといわれていますが、あるいは、更にもうひとつ、ハーストにとって「薔薇の蕾」という言葉が、二人の寝室での隠語でもあったという説もありました。
by sentence2307 | 2004-11-27 11:44 | オーソン・ウェルズ | Comments(0)

市民ケーン ①

僕たちが、古典的な映画を見る場合、注意しなければいけないと思うのは、きっとその作品が撮られた「時点」をしっかり認識しておくことかも知れませんね。

例えば、まず優れた画期的な作品が撮られ、そして、その影響を受けた作品が、少しずつ洗練されながら次々に撮られていく。

技術や技法や、そしてきっと人間の考え方や道徳観の限界なども時代の進展とともに徐々に克服され、あるいは激しく移り変わる風俗なども鮮烈に採り入れられて撮られるだろうと思います。

そういう具合に、僕たちの周りには、「古典的な名作」とともに、その影響下で作られた「更にもっと洗練された作品」も同じよう存在しているわけで、そんな場合、もしかすると「古典的な名作」を「更にもっと洗練された名作」と比較したら、あるいは後者の方が優れている(いや、その方が多いでしょうね)ことだってあり得ますよね。

しかし、その作品が作られた時代認識を欠いたところで、そういう「比較」をしても、きっと意味のないことかもしれません。

興醒めしてしまうくらい古びた風俗や流行に惑わされることなく、そこに描かれている映画の本質や歴史的役割みたいなものもしっかりと見通した上で古い映画を見ていきたいなというのが僕の望みでもあります。

この「市民ケーン」が示した歴史的な価値のひとつとして、パン・フォーカスが上げられています。

ライトの光量を増大して絞りを上げて焦点を拡大させ、人物と背景を串刺しにして立体的で演劇的な効果をしめす卓越した技法で世界を驚嘆させたと解説書には書かれています。

これは黒沢作品でもお馴染みですね。

撮影グレッグ・トーランドとウエルズの絶妙な接点も、いずれ書きたいと思っています。

「薔薇の蕾(ローズ・バット)」について。

ケーンが、少年期に無理やり実母から引き離されるとき、手放される愛用の橇の商標が「薔薇の蕾」でした。

暖炉の火の中で燃え崩れる橇の描写を、単に失われた純粋な少年時代に生き別れた母親への愛に飢えた感傷的な暗示なら、なにも「市民ケーン」が最初というわけでもありませんし、また、その場面が殊更に優れた仕上がりとも思えません。

「薔薇の蕾」は、この映画において、ケーンの奇矯な行動や孤独な生涯を描く作られたドラマとしてではなく、ただ凝視し、ただ提示される一切の説明なしに行われた観察的描写によってヌーヴェルヴァーグにも深刻な影響を与えたのだとある解説書には書かれていました。
by sentence2307 | 2004-11-27 11:43 | オーソン・ウェルズ | Comments(0)