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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:ジャニス・ジョプリン( 1 )

ジャニス・ジョプリン

スベン・ニクビストの逝去の記事が報じられた同じ日に、主演選びが難航して製作が延び延びになっていたジャニス・ジョプリンの伝記映画「The Gospel According to Janis」の主演が、やっと決定したという記事が掲載されていました。

「あの頃ペニー・レインと」でロック歌手の追っかけの少女を演じていたズーイー・デシャネルの起用が決定し、11月から撮影に入るという内容です。

まず最初に感じたことは、あの美形のズーイー・デシャネルが、本当にジャニス・ジョプリンを演じられるのかという懸念です。

このズーイー・デシャネルのほかに候補に挙がっていたのは、P!NK、リンジー・ローハン、スカーレット・ヨハンソン、ブリトニー・スピアーズという顔ぶれですが、もし体調が許しさえすれば、ブリトニー・スピアーズが演じても面白いと思っていたので、この報道はちょっとショックでした。

ジャニス・ジョプリンに対する僕のイメージは、「天才ロック・シンガー」であるよりもまず、「天性のいじめられっ子」という印象がどうしても拭えません。

手元に資料がなく、うろ覚えで書いてしまうので、もし誤りがあればご容赦いただきたいのですが、少し前、CSで見たジャニス・ジョプリンの伝記的ドキュメンタリー映画「ジャニス(JANIS A FILM)」(作られたのは1974年ですが、長い間お蔵入りしていたそうで、日本での公開は1990年でした)の中で、モンタレー・ポップ・フェスティヴアルで衝撃的な成功を収めたジャニスが、死の数週間前に、何を思ったかテキサスの母校の同窓会に出席するという場面がありました。

かつて、ジャニスは、テキサスという土地がもつ偏見に満ちた保守的なところが合わず、逃げるようにして飛び出した場所です。

西海岸においてロック歌手として偉大な「成功」をおさめたとはいえ、そんなものが、テキサスにおいては通用するわけがありません。

ケバイ衣装を身に着けて嬉々として故郷に帰ってきたジャニスに注がれた視線は、成り上がりの「道化者」を見下す意地の悪い眼差しと、密かに交わされる嘲笑でした。

そういう侮蔑的な眼差しを注がれれば注がれるほど、ジャニスは更にヒステリックに、まるで痛みつけられることを自ら求めるみたいに、悪意ある大衆の前で露悪的にはしゃぎ回ります。

しかし、これを性格破綻者の破滅的な行為と見るよりもむしろ、僕なら、ここは素直に、どのようなかたちであるにせよ、故郷に認知されたいという気持ちとともに、この土地では自分は決して認められないという絶望感とが、彼女のなかに同時的に存在していたために、ああいう自己破滅的な行動をとらざるを得なかったのだと思います。

たとえ、それが好意的な観衆のなかにあっても、あるいはそれほどには大差のない孤独感に囚われていたのではないか、その追い詰められた息苦しい閉塞感から一時的にしろ逃れるために、自己破壊的なドラッグ中毒へと溺れ込んでいったと考えています。

ジャニス・ジョップリン、ジミー・ヘンドリックス、ジム・モリソンたちの無残で壮絶な死が、しかし、僕たちに一種求道者の清々しいイメージを喚起させるのは、彼らがドラッグの力を借りて独自の音楽性を極限まできわめたことを僕たちが十分に理解しているからだろうと思います。

しかし、若くして偉大な才能を不慮の事故や事件で失うことの無念さは、確かにあるとしても、しかし、少なくとも、少しずつ年を重ね、老いやつれていく無残なヒーローの姿を目の当たりにしなければならないこと、たとえばポール・マッカートニーを見続けていく残酷さと苦痛に比べたら、正直なところなんかホッとするものが、あるにはあります。

深刻な薬物中毒による突然の死や、銃による惨殺で「彼らの老いる時間」が突然止まり、もう決して年老いることのない早逝のシンガーたちは、永遠に得た若さの眼差しで、いつまでも僕たちを見守っていてくれています。
by sentence2307 | 2006-09-24 19:07 | ジャニス・ジョプリン | Comments(85)