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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:東京ローズ( 1 )

「東京ローズ」を探せ

戦時下、米兵に向けて放送されていた、いわゆる謀略放送のアナウンサー・「東京ローズ」(日系二世のアイバ・戸栗・ダキノさん)が、2006年9月26日にシカゴで死去したと報ぜられました。

享年90歳だったそうです。

「東京ローズ」とは、戦時中、米国兵士向けに英語で日本の宣伝を語りかけ、兵士の戦意を喪失させる目的で放送されたラジオのプロバガンダ放送のアナウンサーを指しています。

戦争中、親戚の病気見舞いのためにアメリカから来日した日系二世アイバ・戸栗・ダキノさんが、突然の日米開戦によって日本に足止めされ、生活するために仕方なく従事した日本の対米向けプロパガンダ放送の仕事が、戦後、軍・FBI・司法省から国家反逆罪に問われ、有期刑の有罪判決を受けて服役したという事件で、現在では、それが、アメリカの有色人種に対する差別、とりわけ日系二世を巻き込んだ日本人に対する不当な生贄的な弾圧の犠牲と認められている事件です。

ジョン・スタージェス監督の名作「日本人の勲章」に象徴的に描かれていた「ジャップを皆殺しにしてしまえ」という当時全米を支配していた殺意にまで高まった憎悪=反日感情が、この事件の底にも明確に蠢いていて、彼女に課せられた国家反逆の罪が、本当はジャップに対する「密かなリンチ」と同質のものにすぎないことを理解しておかないと、なぜ「東京ローズ」が、特定の一人でなければならなかったのか(このプロパガンダ放送に従事していた女性アナウンサーは複数いたのに、です)、とりわけ「東京ローズ」が、なぜ日系二世でなければならなかったのか、など解せない部分がでてくるかもしれません。

彼女の国家に対する反逆の罪を証明するために為された数々の証言(法廷記録には、日系人同士の醜い罪の擦り付け合いが残されていますが、この謀略放送に従事していたはずの白人の気配は悉く、そして巧妙に消し去られています)の幾つかが偽証と判明しても、なお強引に彼女に下された有罪判決の本当の意味が、人種差別というアメリカの病根に根ざしたものであること、日系人の中にも更に差別・被差別で支配されている階層があって、最も弱い立場にあったアイバ・戸栗・ダキノさんが、その犠牲者にされてしまったことが既に明確であるのに、政府や軍、そして魔女狩りに奔走して「生贄」をでっち上げたマスコミ等は、彼女に対して謝罪のひと言も為されないまま(フォード大統領の退任の日に発令された特赦によって、市民権を回復したアイバ・戸栗・ダキノさんが、当時残したコメント「これを無実の証しと受け取っている」は、「有罪」はそのまま、単に罪を許されたというだけの強権的行政措置にすぎなかったことを示しています)、90歳で彼女が死を迎えるまで、この案件は国家の威信を掛けて「保留」されていたのだと思います。

彼女・アイバ・戸栗・ダキノさんは、カリフォルニア大学ロサンゼルス校卒業後、アメリカから日本の叔母の病気見舞いのために母の名代として来日・滞在中に、日本とアメリカが突然戦争状態に突入したために、帰国できなくなってしまいます。

戦争が始まってしまったことで、帰るに帰れなくなった彼女は、当局の監視下で自活の道を探します。

生活は逼迫し、それでなくとも女性の仕事の乏しい戦時下の1942年、やっと英語を活用できる通信局・同盟通信社(共同通信社の前身)の仕事に有り付きます。

そして、やがてNHK海外放送「ラジオ・トウキョウ」のラジオ番組「ゼロ・アワー」を米兵捕虜らとともに担当します。

ジャズやポップスとおしゃべり、宣伝を織り交ぜた番組は、ラジオを聴く米兵に厭戦気分や望郷の念を抱かせることが主たる目的ですが、しかし、若き連合国軍兵士たちは、これら女性アナウンサーを「東京ローズ」と呼んで親しんだといわれています。

それだけに、戦後、米国人記者らが「東京ローズ」探しに熱中したロマンチックな当初の理由が、徐々に国家反逆罪の生贄と変質していく残酷さに、戦争の恐ろしさを感じないではいられません。

連合軍兵士にセクシーな声で「厭戦気分」を起こさせることを目的として呼びかけるアナウンサーであることが、そのまま利敵行為に奉仕する象徴的なアジテーターとして彼女に国家に対する反逆の運命を一身に担わせてしまうことに繋がっていきます。

この仕事をすることによって、のちに彼女が、アメリカ本国から国家反逆罪に問われるわけですが、逆に彼女の母国への忠誠心を証かすエピソードもあります。

日米開戦後、彼女は特高警察から日本国籍取得を強要されますが、米国の市民権を手放さず、むしろ抑留を望んだといわれています。

米軍兵士たちが日本の謀略放送「ゼロ・アワー」の女性アナウンサーを呼んでいた愛称「東京ローズ」とは、そこで働いていた幾人かの女性アナウンサーの総称なのであって、アイバ・戸栗・ダキノさん一人を意味するものでなかったことは、当時にあっても、おそらくアメリカ当局は把握していたと思います。

しかし、白人の国家反逆者・裏切り者が出てしまっては時局柄大変まずかったのだと思われます。

国家の反逆者は、無謀な戦争を起こした極東の島国・黄色い肌をした純正な日本人の血を引く日系二世こそが最も相応しいと考えたとしても、それは無理からぬことだったかもしれません。

戦後になって日米のマスコミが「東京ローズ」探し=魔女狩りに狂奔した結果、その餌食にされて、アイバ・戸栗・ダキノさんがすべての罪を一人背負わされたというのが、現在の共通した認識と聞いています。

終戦直後、その対反米放送活動が戦犯容疑に問われて占領軍に逮捕され、一時巣鴨プリズンに収監されましたが、証拠不十分で一度釈放された1948年6月アメリカ帰国後に再逮捕され、1949年9月サンフランシスコ連邦裁判所で国家反逆罪により禁固10年、罰金1万ドル、アメリカ市民権剥奪の有罪となって服役します。

そして、1954年に仮釈放、1956年1月27日釈放されて、米国外追放となるところを、全米日系市民協会やハワイ州知事、およびカリフォルニアの両院などで特赦を要求する運動が起こって、1977年1月フォード大統領はその退任の日に特赦を発令し、アイバ・戸栗・ダキノさんはようやく市民権を取り返しました。

つまり、アイバ・戸栗さんが特赦で自由の身になるまでに30年以上を要したことになりますよね。

そして、特赦を受ける際に「無実の証しと受け取っている」と語ったそうです。

しかし、実のところ、一応名誉は回復されたものの、まだ米国籍は剥奪されたままなので、日本国籍もない彼女は無国籍でした。

同じケースで、ナチスドイツの謀略放送に荷担したドイツ系アメリカ人もまた裁判にかけられましたが、ほんの短い期間服役しただけで釈放されています。

考えられるその理由は、実に簡単なことです。

東洋の有色人種に真珠湾を完膚なきまでに痛撃された白人の人種的偏見に基づく屈辱を晴らすための報復以外には考えられません。

この「東京ローズ」の話には興味があって一時期調べたことがありました。

しかし、調べれば調べるほど、この日系二世の女性が戦争直後という過酷な時代の、反日感情の犠牲者だったことを痛感しただけでした。

当時アメリカにあっても多くの戦死者を出した生々しい痛みの記憶が依然としてあって、日本に対する報復的な感情がアメリカ世論の根強い反日感情を支え、そうした風潮に抗しきれなかったFBIと軍=政府が、日本人の「顔」を持った女性を格好の生贄とした、いわば1949年という時代の犠牲者だったという当時僕の持った認識が、そのまま現在のアメリカの世論でもあり、少なくとも国家反逆罪を課した措置を疑問視する声が大勢であることをTIMES ONLINE AND AGENCIESは、「1977年にジェラルド・フォード大統領によって特赦された」という例を引いて報じていました。

まあ、名誉回復とまではいかないにしても、国家反逆罪を疑問視する世論が支配的だということは、そのとおりだと思います。

しかし、彼女の仕事が本当に国家反逆罪なのか、を検証されることなく、タブー視されたまま、国家権力はひたすら彼女の死を待っていたような気がします。

裁判においてダキノさんを有罪にできる唯一の根拠となった「太平洋のみなしごさんたち。船が沈んだのにどうやって帰るの?」という放送も実は偽証の産物であることが暴かれたと聞いたことがありました。

偽証と人種的偏見によって滅茶苦茶にされた彼女の90年の人生を考えるとき、その痛ましさに慄然とする思いがしました。

僕の疑問は、東京ローズと呼ばれた人が、ほかに何人もいたらしいのに、頑なに口を閉ざしてひとり罪を被った理由を知りたいと思いました。

仕掛けられた罠に落ちたのか、それとも他に彼女が守ろうとしたものがあったのか、つい推理したくなってしまいました。

戦場で、つねに死と直面しなければならない兵士たちにとって、その恐怖が生み出す緊張や不安を紛らわしてくれる「なにか」に熱中することが必要とされるのかもしれません。

それが「薬物」であるかもしれないし、「女」であるかもしれないし、非戦闘員の「虐殺」であるかもしれません。

「地獄の黙示録」は、恐怖から逃避できるはずのそれら「熱中」が、逆に恐怖心に相乗された肥大した妄想によって、まったく別なものに変質してしまうと描いていました。

恐怖が作り出したモンスターに誰かがならなければならないこと、それがただひとりである必要があることを、誰よりもダキノさん自身が分かっていたのでしょうか。

マスコミが「東京ローズ」探し=魔女狩りをした際に、真っ先に手を上げたのが彼女だったというのを聞いたことがありました。

とにかく彼女がアメリカの歴史上、国家反逆罪の有罪判決を下された7人目の人物として記憶されることには変わりありません。

30年近く市民権を剥奪された日系二世アイバ・戸栗・ダキノさんの老衰死が報じられた同じ時、フランク・ダラボンの監督で「東京ローズ」が映画化される記事も同時に報じられていたので、そのあまりのタイミングのよさに少し驚いてしまいました。

来年に入って製作を開始するので、脚本はほどなく完成の運びというところまできているそうです。

なにしろフランク・ダラボンといえば、名作「ショーシャンクの空に」や珠玉の輝きを放つ「グリーンマイル」を演出した卓越した監督なのですから、期待するなという方が無理な話ですよね。
by sentence2307 | 2006-10-01 19:21 | 東京ローズ | Comments(146)