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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:野口博志( 1 )

俺は犯人じゃない

以前、チャンネルNECOで野口博志の1954年から1956年にかけての作品6本を特集していました。

滅多にないチャンスでしたので早速録画したのですが、そのあとから次々と録画した他の作品のなかに埋もれてしまい、いつの間にかそのままになっていたのを最近になってやっと思い出して見始めています。

放映された6本というのは、「俺の拳銃は素早い」54、「地獄の接吻」55、「愛慾と銃弾」55、「悪の報酬」56、「俺は犯人じゃない」56、「志津野一平シリーズ・謎の金塊」56ですが、とにかく、野口博志の演出のキレの良さに比肩するだけの監督の名前を咄嗟には思い出せないくらい日本の映画界のなかではちょっと特異な位置を占めている監督だと思います。

「日本の映画界」などという言葉が咄嗟に思い浮かんだのは、大袈裟でもなんでもなく、多分野口作品からフランスのフィルムノワールとか、スターリング・ヘイドンなんかが出演していた犯罪ものを連想してしまうからだと思います。

夜の闇の世界で陰性植物のように生きる犯罪者たちを描いた独特な世界観が、日本の映画の枠の中には収まり切れない負の情熱を感じさせるからなのかもしれませんが。

たとえば、1956年の日活作品、大坂志郎主演の「俺は犯人じゃない」を見ればその辺の感覚がよく分かると思います。

大坂志郎がハードボイルド映画の主演なんて、小津作品をこよなく愛する僕としてはちょっと想像しにくいところなのですが、あの「東京物語」の優柔不断な三男の強烈な印象を差し引けば、それらの先入観を払拭するだけのクールな感じは、よく出ていたと思います。

物語は、簡単明瞭、腕のいい金庫破りの政吉は、最愛の女のために堅気になることを決心し、自首して刑務所で勤めを果たして出所したとき、彼を待っているはずの女は姿を消しています。

失踪した女を捜すために奔走していると、昔の仕事仲間に出会い、また裏の仕事に誘われますが、政吉はきっぱりと断るものの、何者かによって銀行の金庫破りの濡れ衣を着せられて警察に捕まってしまいます。

それをどうにか逃れてひとりで真犯人を突き止めるというハイテンポなハードボイルド映画です。

たぶん裕次郎や旭の作品を多く見すぎてしまったせいか、僕の想像力では届かない出色の部分がこの作品にはあり、正直心惹かれました。

政吉を堅気に改心させたほどの純情な愛人・ゆきは、政吉の出所を待たずに失踪しています。

この純情な女を左幸子が演じていますが、ただの純情女ではなく、「飢餓海峡」の八重を思わせる、男に執着してまとわり付くような一途な女の芯の強さがよく出ていて、僅かの出番しかない「ゆき」の薄倖な女を印象づけ、この作品を最後まで引き締めていたと思います。

なにしろ、政吉を徹底的に最後までギャングに立ち向かわせる揺るぎ無い追求の信念は、ただただ失踪した女の行方を突き止めたい、愛する女と再会したいと願う気持ちから発しているのですから、いかに男が「ゆき」への思いに囚われているのかを観客に納得させられなければ、この作品は根底から揺らいでしまいます。

ゆきの失踪を、同じキャバレーで働いていた美也子は、「ゆきは、若い男と大阪に逃げた」と、あたかも「ゆき」がまだ生きているかのような口ぶりで政吉に伝えますが、実は、美也子はギャングの手先で、既に多くのことを知りすぎたゆきは、ギャングたちによって、とっくのむかしに「始末」されていたことが後で判明します。

このシュチエーションには、ちょっとショックでした。

もしこれが、後年に撮られるようになる(野口監督自身だってそうでした)裕次郎や旭の作品だったらどうでしょうか。

それらの映画のラストでは、ギャングの監禁から解放された・生きている・北原三枝子や浅丘ルリ子が、悪人をことごとく殲滅した裕次郎や旭と再会を果たし、抱き合ってハッピーエンドで終わるに決まっています。

つまり、裕次郎や旭などスター性のある俳優の登場によって、日活の良質なハードボイルドの系譜は絶えてしまったような気がしてなりません。

今回放映された「俺の拳銃は素早い」、「地獄の接吻」、「愛慾と銃弾」、「悪の報酬」、「俺は犯人じゃない」、「志津野一平シリーズ・謎の金塊」の6本が、僕にとって貴重な作品である理由です。

(56日活)製作:浅田健三、監督・野口博志、製作・浅田健三、脚本・青木義久、窪田篤人、撮影・間宮義雄、音楽・原六朗、美術・小池一美・録音・高橋三郎、照明・三尾三郎、助監督:鈴木清太郎(清順)
出演:大坂志郎、広岡三栄子、左幸子、植村謙二郎、長谷部健、田島義文、河合健二、深見泰三、菅井一郎、武藤章生、山田禅二、高品格、弘松三郎、峯三平、雪岡純、浦島久恵、田中筆子、藤代鮎子、汐見洋、永島明、美川洋一郎、玉村俊太郎、黒田剛、早川十志子、神山勝、多摩佳子、八代康二、高瀬将敏、本目雅明、瀬山孝司、竹内洋子、佐久間玲子、鳴海弘子、植村進、衣笠一夫、深江章喜、加藤義朗、志茂明子、二木草之助、河上信夫、
日活・94分・モノクロ1956.02.12 10巻 2,457m 白黒




★野口博志
1913年1月10日、東京市渋谷区幡ヶ谷生まれる。
本名、野口重一。
慶應義塾大学文学部中退。
35年日活多摩川撮影所に助監督として入社、倉田文人らに師事する。
39年監督補になり、「舗道の戦線」を第1作に8作品を演出。
42年日活を離れ、映画配給社を経て松竹京都撮影所に入る。
45年、敗戦と共に松竹大船に転じ、さらに54年日活に移る。
その間、東映映画「マドロスの唄」を戦後第1作とし、54年以降、日活監督として毎年数本ずつの作品を演出する。
その作品歴は、プログラムピクチュアーを徹底して撮り続けた職人的な作家の姿をまざまざと示している。
「俺の拳銃は素早い」など河津清三郎のアクション。
「俺は犯人じゃない」など大坂志郎の社会派活劇。
「復讐は誰がやる」など三橋達也のアクション。
「肉体の反抗」など筑波久子の肉体もの。
さらに「赤い荒野」など宍戸錠の西部劇もどきの活劇。
賭場の牝猫シリーズなど女やくざもの。
いずれも時代と企業の要請に合わせた大衆娯楽映画である。
また、これらのほとんどは、いわゆる日活アクション映画の華やかに量産されたときに「添え物作品」として作られたといえる。
そうした中で、異色やくざ映画「地底の歌」、ハードボイルド「街が眠る時」のような佳編が数多く生まれる。
大衆娯楽映画の作家としての力量は、59年からの小林旭主演「銀座旋風児」シリーズ、60年からの赤木圭一郎主演「抜射ちの竜」シリーズによく示されている。
なお、63年の「遊侠無頼」以降は、野口晴康と改名。
67年5月23日、心筋梗塞により永眠したが、死の直前まで作品活動は続けられ、最後の作品、67年6月公開の「関東も広うござんす」は、武田一成との共同作品となっている。
by sentence2307 | 2006-12-02 17:55 | 野口博志 | Comments(0)