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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:増村保造( 17 )

増村保造の今井正批判

先月、旧友から映画関係の本を何冊もいただきました。

なかでもいちばん驚いたのは、1982年にフィルムアート社から出版された「小津安二郎を読む―古きものの美しい復権」です。

表紙を見ただけなら、「小津安二郎を読む」がメイン・タイトルのように見えますが、背表紙では「古きものの美しい復権」(きっとこちらがサブ・タイトルです)の方が大きな活字で印刷されていて、メインのはずの「小津安二郎を読む」は、むしろ添え物みたいにやや小さな活字になっています。

書店の棚で初めてこの本と邂逅する読者は、他の多くの本のなかから、背表紙のこの活字が訴えかけてくる「古きものの美しい復権」という書名をまず目にするわけで、あえて背表紙に採用したこのタイトルが、この本の刊行当時の小津監督に対する認識の「空気感」を伝えているような気がします。

内容も、惚れ惚れするくらい実にクールです。

まずは、どんな些細なものでも、それが事実なら、なにひとつ見過ごしになどしないぞとばかりの静かな決意さえ伺える「年譜」と、製作年の順に並んだ作品群(ストーリー、スタッフ・キャスト、その作品が製作された時代的雰囲気が詳細に解説されています)と、小津情報の金鉱のような「小津事典」と、そして、自分もいちど試みたことがある「小津関係文献」とか、つまり、字数稼ぎのような余計なものは一切掲載されてないという、実にクールで実用を考えた信頼に足る名著です。

この基本書(自分では、この本をそう位置づけています)は、小津監督のコラムを書くうえで、自分にとっては欠かせない本になっていました、どんなにすぐれた大先生(名前は、あえて挙げませんが)の評論集なんかより、書いてあることが明確で、よほど頼りになる本なのですが、残念ながら自分の蔵書のなかにはなく、必要なときは近くの図書館にいって、2週間の期限を、さらに1週間延期してもらいながら借りていました。

自分にとっては、そういう名著です、

小津監督の作品や人柄を敬愛し、そして、その孤高の生涯に強く魅せられている人間なら誰しも、この本の持つ重要さは十分に認識しているはずです。

そういう大切な本を、このたび旧友があっさり譲ってくれたことに対する驚きもありましたが、むしろ、その「手放す」という行為に対して驚いてしまいました。

そして、その手放す理由を聞いて2度びっくりしました、いま少しずつすすめている「終活」の、これはそのひとつの行為なのだそうです。

反射的に出そうになった「えっえ~、まだまだそんな歳じゃないよ」という言葉を思わず呑み込みました。

そういえば、自分のいとこが、今年、墓を買ったという話をしていました。10年ほど前に定年を迎えた彼は、すぐに体調を崩して病院通いが始まり、この10年で心身ともにずいぶん弱気になってしまったように見うけられます。

彼の場合は次男なので、たとえ体の不調を来さなかったとしても、墓を買ったとは思いますが。

そして、契約したその霊園のサービスとかがあって、後日「遺影写真」を撮ってもらったと言っていました、その3枚を前にして、どれがいいかなとお茶を飲みながら、仲睦まじく夫婦で話し込んでいました。

自分などは、なんだか業者の言いなりになって愚弄されているように思うのですが、しかし、本人たちはさほどでもなく、とても楽しそうに終活というトレンディなブームにのって、来るべきその日に飾られるであろう自分の遺影写真の品定めに夢中になっていました。

とてもではありませんが、気の弱い自分などは、死を弄ぶそのグロテスクさに居たたまれない気持ちになりました。すでに死を達観しているのか、あるいは、なにも考えていないからなのか、なんだか空恐ろしくなり、到底まねのできないことと、思わずどん引きしてしまいました。

ほら、よく言うじゃないですか、定年を迎えたら、行きたかった旅行やできなかった趣味を存分にやろうと随分前から楽しみにしていたのに、会社を辞めた途端に皮肉にも病院通いが始まってしまったとかいう話、あれは、今までの会社勤めの緊張から解かれた気の緩みの表れだとか、通勤が結構なエクササイズになっていて、会社を辞めたとたん体を動かさなくなったから運動不足で不調になったんだとか聞いたことがありますが、しかし、その実態は、そんなことじゃなくて(自分が見聞きした限りでは)会社に勤めていた時に既に健康を害していたのに、仕事のために病院に行く時間が十分に取れず、疾患を先延ばしにしていたために、やっと病院に行くことが出来るようになった定年時には、症状が相当進んでいたと見る方が事実に近いような気がします。

つい先日も、いとこに会ったとき、秋から市が主催する「老後の安心講座~終活のすすめ」というのに参加するつもりだと、そのパンフレットを見せてくれました。「なんていったって高齢化社会だからね」というわけです。

こんなとき、以前なら自分は、「高齢化社会だろうがなんだろうが生きることとなんら関係のないことだ。それがいかなる社会であろうと」と全否定して論争になったものですが、もう、そういうことは止めにしました。

自分で「なんの関係もない」と言っているくらいなのですから、他人が死を弄んで楽しんでいようと、べつに何やかや言う権利など自分にはないと気が付きました。

なので、その講座で話されるという「成年後見制、相続、遺言、認知症、終末期医療、介護保険」など、いとこが得意気に滔々と話していることも、すこし距離を取って静かに聞き流すことが出来るようになりました。

さて、旧友が、大切な名著「小津安二郎を読む」を自分に無償で譲ってくれた理由というのが「終活」の一環と知って驚き、思わず連想した身辺雑事についてあれこれと書いてしまい、随分本論からはずれてしまいましたが、その贈られた本というのが10冊以上あって、すぐには読み切れず、いまのところ本棚に並べて置いてあり、気が向いたときにあちこち摘まみ食い的に読んでいる状態です。

あるとき、無造作に並べたその本の背表紙に何気なく視線を遊ばせていたら、ふっとあることに気が付きました。

目についたその本というのは、

★「映画監督・増村保造の世界」(ワイズ出版)増村保造著、藤井浩明監修
★「映画監督・中平康伝」(ワイズ出版)中平まみ著
それから、わが蔵書
★「今井正 映画読本」(論創社)今井正監督を語り継ぐ会

の3冊ですが、これらの書名を見ているうちにこの3監督のあいだで、ちょっとした論争があったことを思い出しました。

そのことを知ったのは、たしか「今井正 映画読本」のなかに収録されていた大島渚の論文だったはずとアタリをつけて開いてみたところ、やはり、そうです。

これです、これ。大島渚著「今井正 下手くそ説について」です。それにしても鬱憤晴らしみたいな凄い題名です。

増村保造が「下手くそ」と名指しで今井正を批判したそのままの言葉を客観的に紹介するかたちで、あたかも引用しているように見せかけて(つまり、増村の今井正批判に乗っかるかたちで)、実は大島渚も今井正批判にちゃっかり加担して、まんまと本音を吐いたのではないかと勘繰りたくなるような物凄いタイトルの論文です。

しかし、だからといって大島渚が、全面的に増村・中平にべったりと同調しているかというと、そんなことはありません、返す刀でこの二人もバッサリと批判しているあたりは、いかにも大島渚らしくて面白いなと思いました。

まず、2頁にも足りない小文なので、読み直しながら要約してみますね。(この小文が書かれたのは、1958年です)

≪どだい今ほど今井正をケナしやすい時はない。「夜の鼓」は評判が悪かったし当たらなかった。共産党はオチ目だし世の中は平穏無事だ。「社会科監督」今井正には辛い時である。≫という書き出しで始まるこの小文、3者の論争の要点をこうまとめています。


1 中平康と増村保造の批判の要旨
「とにかく演出技術が下手」
「なにか大そうなことを言おうとしているように見えるが、せいぜいのところ常識程度のものにすぎず、大衆雑誌の倫理感レベル」
「この程度の内容なら、なにも映画でなくとも社会批評の論文を読めば十分」

2 今井正の反論
「細かい演出技術が拙劣でも観客の心に訴えかけるものはある」
「表現が常識的・大衆雑誌の倫理観程度であったとしても、2人の作品はそれすら表現できてない」
「2人のシャシンが大衆に支持されてないのは、観客動員数の低劣を見れば一目瞭然」


お互いに痛いところをこうしてチクチクつつき合っているわけですが、大島渚は、この論争じたいを一蹴します、「おやっさん、はっきり言わせてもらいますがの、坂井も悪いがあんたも悪い。どっちこっち言うてないですよ。わしゃホントにあいそが尽きた。もうあんたの手にはのらん。盃は返しますけん、今日以降はわしを山守組のもんと思わんでつかいや。じゃけん、わしを騙した坂井はわしがとったる。あんたら、手出しせんといてくれ」みたいな。

3 大島渚の見解
今井正は、中平・増村が批判しているように、現在(1958年当時)の日本映画界で問題とされている「形式の革新」や映画における社会性の切実な問題意識をまったく有していないと言えるが、しかし、今井正を論難し否定する中平・増村が、はたしてその「新しさ」を持っているかというと、そうではない。


そして、大島渚はこう続けます。
≪今井正の発言や映画製作の根本にあるものは、「映画対観客」という考えである。今井正はいつも「観客」に何かを訴えかけようとして映画を作り、どのようにすれば「映画」を分かってもらえるかと懸命に考えている。そのことが、彼の作品を貫くヒューマニズムと合理的精神に基づく演出手法となって表れている。したがって彼の作品には、人間の内部の非合理なものは捉えられていないし、人間の存在もそれ自体が非合理なのではなく、周囲の状況の不備としてしか考えられていない≫としたうえで、
≪このような今井正の態度が、戦後の日本映画を貫くひと筋の赤い糸として、観客の信頼を集めてきたのは当然である≫と結論づけ、返す刀で中平・増村に
≪いま、中平・増村が今井正を批判するためには、この今井正の方法がなぜ十分に革新的であり得なくなってきたかという点についての分析と、今もなお今井正の作品に寄せられている観客の支持の保守的な部分を打ち砕き、革新的な部分を自らの上に背負う態度を必要とする。しかし、それははたして可能であろうか≫

大島渚は、あからさまに中平・増村に「お前らに映画の革新など、できるものか」という幾分嘲りに似た懸念を示しています。
それを大島渚は、こう表現しています。

≪中平・増村の発言および製作態度において特徴的なのは、それがつねに映画内部に閉ざされていることである。彼らが新しさと自負するものは、今まで監督がやらなかったことをやってやろう、ということにすぎない。この地点で今井正を批判しても無駄である。彼らの映画対観客という考え方のうえに立たなくては≫

どのように言おうが、大衆に理解されず、(映画に客が入らず)そっぽを向かれてしまえば、いくら気負ったところで、ひとりよがりで空回りの大風呂敷でしかなく、結局は、開き直って「オレのシャシンを理解できない観客はバカだ」と言いながら、みずから隘路に迷い込み、墓穴を掘り、身を横たえて腐り果てるのを待つしかない。大衆から忘れ去られ、映画史からも消し去られる。



by sentence2307 | 2018-09-21 10:58 | 増村保造 | Comments(0)

曽根崎心中

「大地の子守歌」と、この「曽根崎心中」は、増村作品を通して見ても特別な思い入れがこめられた作品だと思います。

両作品ともに共通しているのは総ての演技者が、そのひとつひとつのセリフを精魂こめて徹頭徹尾絶叫し通していることだと思います。

善良な実直さが、やがて徳兵衛を破滅へと追い込む偏屈な伯父九兵衛も、狡猾な継母も、そして徳兵衛の金を詐取する悪辣な九平次さえも、ともすれば単純で希薄な彼らの直情的性格を、しかし増村保造は絶叫させ通すことによって、この現実を精一杯生きる者達の真摯さを何の衒いもなく証かし立てさせています。

もし生きるために他人を騙し、おとしめ、辱め、完膚なきまでに叩きのめすしか他に術がないなら、その詐術や狡猾や暴力は正しい・・・生きることが、もし不可避的に悪を伴わざるを得ないものなら、その悪は正しい。

増村が描き続けてきたリアリズムにおいて一貫していたこの「道徳観」が、この作品に登場する脇役たちを通俗的な勧善懲悪の檻の中から解き放ち、生き生きとした生命力を吹き込み得たのだと思いますし、だからこそ、お初徳兵衛の凄惨な心中が、全力で闘い抜いて到達した「生」の一部のような死であったからこそ、哀れさどころか、むしろ気高さをさえ感じさせられることができたのだと思いました。

それは、生き場を失った惨めな恋人同士の肩寄せあった哀れな心中が、一般的には、ほのぼのとした独特の愛の連帯感を内に帯びるに違いないであろうという僕たちの陳腐な先入観を厳しく拒んで、どこまでも一人ぼっちのままの、それはあたかも偶然ひとつの場所でそれぞれ自立して死んでいった「二つの自殺」ようにも思えたのでした。

幸せや不幸になることが、絶えず他人のお陰でしか成り立ち得ないようなこの社会の仕組みの中で、しかしそのようにして生き長らえることには耐えられず、身分社会の掟に追い立てられ、やがて、怒りを込めたそれぞれ孤立した二つの憤死のようにしか思えなかった僕にとって、血みどろの赤い海の中で相対死して果てるこの恋人たちの凄惨な敗北の最期を、あえて刻明に描いた増村保造の意図を見たように思いました。

彼らは、壮絶ではあっても、哀れではありません。

しかし、哀れではないにしても、そのあまりの無力さは、やはり無残でしかありません。

それは彼らが、社会的制裁の前でされるがままの圧力に屈し、心中にまで追い込まれていったことと無縁ではありません。

世間の人々の、生きるためには躊躇なく繰り出される傲慢や我執、狡猾や悪辣など、自らのあらゆる作法を用いて社会に敢然と立ち向かっていったのと比べると、お初徳兵衛は、ただ社会の道徳秩序への善良な従順さゆえに敗退し、破滅していったことは明らかです。

もし、このラストに一片の美しさを見るとすれば、生きることが悪なら悪は正しいと言い切れずに死んでいった弱々しい人間への増村保造の憤りだったのかもしれません。 

(1978行動社・木村プロ・ATG)企画・藤井浩明 木村元保 西村隆平、監督・増村保造、助監督・近藤明男、監督助手・上村正樹 高橋安信、脚本・白坂依志夫 増村保造、原作・近松門左衛門、撮影・小林節雄、撮影助手・竹沢信行 横山吉文 寺山勝信 志満義之、音楽・宇崎竜童、演奏・ダウンタウン・ブギウギ・バンド、レコード・東芝EMI株式会社 エキスプレスレーベル、美術・間野重雄、装飾・神田明良、美術助手・丸山裕司 藤田徹、録音・太田六敏 宮下光威、効果・秋山実、録音助手・田中順夫 小保方稔、照明・佐藤勝彦、照明助手・出縄幹光 出口武 保坂芳美、編集・中静達治、編集助手・南とめ 渋谷英子、時代考証・林美一、衣裳・万木利昭、題字・鹿毛千琴、記録・村山慶子、技髪・おかもと美粧、製作担当・本間信行、製作助手・篠崎英雄 工藤裕弘、声名・[真言宗智山派智山青年連合会] 上村正剛 上村正樹 山口正純 江連俊裕 酒井照実 清水秀隆 佐々木明正 直林一敏、製作協力・櫂の会 東洋現像所 日本照明 高津装飾 京都衣裳 大映映画撮影所 真言宗智山派光照山実正寺 オフィスカネダ ダウンタウン・ブギウギ・オフィス 映像現代
出演・梶芽衣子(天満屋お初)、宇崎竜童(平野屋徳兵衛)、井川比佐志(平野屋久右衛門)、左幸子(お才)、橋本功 (油屋九平次)、木村元(天満屋吉兵衛)、灰地順(碇屋勘兵衛)、目黒幸子(おみね)、青木和代(お玉)、大西加代子(お千代)、渡部真美子(おきぬ)、野崎明美(おもん)、千葉裕子(おかよ)、大島久美子(お春)、加藤茂雄(本家の主人)、伊庭隆 (丁稚長蔵)、山本廉(手代市兵衛)、伊藤正博(町衆A)、麻生亮(町衆B)、弾忠司(駕籠の衆A)、飯塚和也(駕籠の衆B)
by sentence2307 | 2013-04-10 22:29 | 増村保造 | Comments(0)

からっ風野郎

ある人から、三島由紀夫の出色の映画出演作といえば、増村保造の『からっ風野郎』60だろう、という言葉に触発されて僕の乏しいライブラリーの中から、お蔵入りさせていた「からっ風野郎」を引っ張り出して見てみました。

以前から増村保造と三島由紀夫なんてミスマッチもいいところだという思いが強くて、きっとこの作品も見ないままお蔵入りさせていたのだろうと思います。

この映画を見てみると、確かに作家・三島由紀夫の「形容詞の世界」にどっぷりとハマっていた時には見えなかったものが見えてきました。

エキストラに囲まれている彼は意外なほどの小男で、グラビア写真で見たときの筋肉隆々に見えた肉体も、スクリーンの中のそれは、未熟児のひ弱さを後遺症のように引きずりながら成人してしまったような貧弱な猫背の体型に、無理やり過剰な肉付けをしてみせたアンバランスな一種の「畸形」の印象をどうしても拭えませんでした。

虚勢をはって自分を大きくみせようとすればするほど、かえってその「小ささ」を曝け出してしまうような無残な姿が強く印象づけられるものがあります。

冒頭で一瞬写る刑務所の庭でバレーボールを打つ彼の仕草は、スポーツがあまり得意ではない自意識過剰な優等生の少年そのままのぎこちなさで、見ているほうが赤面してしまうくらいです。

「そんなに無理しなくてもいいじゃないか、誰も君ことを馬鹿になんかしていないよ。」とでも言ってあげたくなるような、これはそんな映画なのだと思いました。

「仮面の告白」、「青の時代」、「金閣寺」など、この頃の三島由紀夫は、すでに数々の衝撃的な名作を執筆しており(ただ、この頃が三島のピークだという見方もあるようですが)、その確固とした名声に支えられ、自信満々すでにその存在感を不動なものにしていた三島由紀夫が、この映画の中の「鉄砲玉」のチンピラなどには、どうしても見えませんでした。

残念ながら僕には、この作品の三島が、悪達者な取り巻きにおだてられて格好だけはつけている世間知らずのわがままな若社長の「宴会芸」程度にしか見えません。

それがどのようなものであるにしろ、社員たるもの(三島からの影響度からいえば、僕も社員の末席を汚すのだろうなとは思います)、もちろんヤンヤの拍手喝采を惜しむものではありません。

しかし、この映画、そんなふうに卑下ばかりしなくてもいいじゃないかという、救いもないわけではありません。

子供を身籠った若尾文子が、堕胎の薬を飲まなかったことを三島に告げて、怒り狂った彼に殴る蹴る(ここでのDV演技も極めてぎこちないのですが)の暴行を受ける場面です。

ここの三島が自分のことしか考えてない小心のチンピラを十分に演じられたかどうかはともかく、若尾文子はお腹の子供を庇いながら「畜生! そんなに私が憎いなら、いっそのこと殺しやがれ」と毒づき必死に抵抗するこのシーンだけで、この映画は増村保造作品として生々しい濃密な息を僕たちに吐き掛けてくれました。

そこには、確かに「刺青」の、したたかに生きたおセツが息づいていました。

ちなみに三島由紀夫の写真集「聖セバスチャンの殉教」という、木に縛られている三島の全身に無数の矢が突き刺さっていて、当の三島は恍惚としてのけぞっているという写真集があります。

僕の記憶が正しければ、確かその本は、ウチラの村の書店では、いまは廃刊になった(と以前新聞には出てました)雑誌「薔薇族」の隣に並べられていたくらいのシロモノで、村では、三島由紀夫はもっぱらヘンタイ作家扱いされていました。

これもひとつの見識かなあと、当時妙に感心してしまった記憶があります。

三島由紀夫が太宰治の虚無のポーズを嫌悪して「あんなものは早起きして、ラジオ体操でもすれば直ってしまう種類のものだ」と一蹴にふしたエピソードを知ったとき、三島由紀夫自身こそが、もっと深刻な虚無に囚われていることを感じたものでした。

映画「からっ風野郎」は、彼がその生涯で残した数々のパフォーマンス(盾の会とか同性愛嗜好とか)のひとつとして、三島由紀夫というひとりの男の痛ましい虚勢と受け取ったので、その視点から作品の感想を書き始めてみて気がついたことは、作品自体について、そこでも書いたように若尾文子の描き方に、増村の最高傑作「刺青」を思わせるシタタカな女の魅力的な描写もあったりして、僕にとってはどこまでも愛すべき作品であり、決して失敗作などではないと思っています。

ですので、《「巨人と玩具」「陸軍 中野学校」「妻は告白する」でなく、「からっ風野郎」「セックス・チェック 第二の性」「でんきくらげ」の、そして「赤い天使」の若尾文子でなく「赤い衝撃」の山口百恵を演出した増村保造に長く疑問を持っていた》とある人の明確に書かれている部分には、「そうかなあ」という感じを持ちました。

かつて「増村保造の最後の作品が『この子の七つのお祝いに』では、あまりにもひどすぎる。」と書いたある映画評論家のコメントも読んだ記憶がありますが、それなりに増村らしい女が活き活きと描かれているという感じをもっていたので、それらの批判をすんなりとは納得できないでいます。

「溝口健二監督の死で『自然主義的なリアリズム』が終わり、『社会的リアリズムの時代』の到来を予想した増村保造」が、なぜあえて「出来の悪い冗談のようなリアリズム」を実践しなければならなかったのか、その関連性がよく分からなかったのだと思います。

以下は、僕なりにチェックしてみた増村保造の溝口健二論です。

休日を利用してじっくり読んでみたいと思っています。

①「本能の作家―溝口健二」(キネ旬1958.5上旬号)
②「巨匠の晩年」(キネ旬1961.9下旬号)
③「溝口健二と邦画の確立」(中央公論1965.9)
④「溝口健二―最も日本的作家」(キネ旬1967.8上旬号)
⑤「谷崎潤一郎と溝口健二」(キネ旬1967.9上旬号)
⑥「溝口におけるリアリズム」(キネ旬1967.9下旬号)
⑦「シーンとショット」(キネ旬1959.4上旬号)

増村保造の溝口健二論のうちのひとつ、「本能の作家―溝口健二」を読み進むにつれ、若き増村が溝口健二という卓越した先達に取り憑かれ、溝口美学の核心に迫ることで理性的な節度だけは守りながらも次第に高揚し、激していくという部分の、増村自身の力のこもった肉声に知らず知らずのうちに引き込まれてしまいました。

その言葉は、活き活きと躍動していて、溢れ出る若き増村保造の情熱がモロに脈打っているといった感じです。

例えば、
「溝口さんは人間の感情を台詞でとことんまで描かせる。しかし、決して台詞に頼らない。屈曲する台詞を通して、人物の奥深い感情を揺り動かし、滲み出させ、集中させ、衝突させ、狂乱させ、デモーニッシュな昂揚にまで高める。それは本能とも呼ぶべき根深い人間感情の噴出である。」
とか、
「本能の美点は、感情のすべての豊かさを渾然と孕んで、たゆみなく流動し、時として激しく、ダイナミックな奔流と化し、行方も知らず躍動するところにある。溝口作品に見られる華麗な豊かさ、緊迫した流動美、人間感情の鮮烈で意表をつく爆発、それらはすべて本能の美しさであり、強さである。」
と力説しながら、しかし、溝口がそのように人間の本能を描き極めることで、逆に人間の社会性を描き切ることから眼をそむけ、歴史性や社会性のある題材、つまり「現代」を描くことができないと数々の失敗作(元禄忠臣蔵、楊貴妃、新平家物語、赤線地帯)をあげて論証しています。

この増村の小論「本能の作家―溝口健二」が落ち着くべき結論もこのあたりにあるのですが、しかし、それがまったくの否定的な論調でないことところが、増村保造にとっての「溝口健二」なのだと感じました。

そして、溝口が歴史や社を描けなかったのはなぜかと突き詰めていく結論が「溝口健二の無学なためのコンプレックス」と結論付ける大胆さには、この不世出の天才に真っ向から対峙しようとしている増村保造の覚悟みたいなものも感じずにはおられません。

小津安二郎や溝口健二が生きた時代に比べると、増村保造の生きた時代は、どんなに晴れがましいキャリアも、ときには卓越した力量でさえも必要とされない、はるかに過酷で酷薄な打算の時代だったといえるでしょう。

時代が求めていたものは、そうした晴れがましいキャリアでも重厚なリアリズムでもなく、時勢に素早く対応できる軽さと目先の変わったスキャンダラスなエロティシズムが表現できる、しかも取替え可能な消耗品としての「才能」ならなおさら歓迎された時代だったのだと思います。

そういう過酷な状況で映画を撮り続けたひとりの映像作家が、そうした中で、たえず溝口健二のリアリズムにこだわり、その方法論を論じ続けたということに何故か不思議な感動を覚えます。

きっと、ここに「溝口から学んだ役者に対する執拗な凝視を敷衍することによって観念ではないリアルというモチベーションを根底にすえた、一つ間違えば荒唐無稽な設定を、増村はパロディーではなく大真面目なリアリティーとして格闘しているのではないか、という過酷な打算の時代を逆説的によってしか生きようがなかった不遇な天才の姿があったのかもしれません。

彼は、きっとそのようにして「からっ風野郎」を撮り「セックス・チェック 第二の性」を撮り「でんきくらげ」を撮り、そして「赤い衝撃」を撮ったのだと思います。

(60大映・東京撮影所)製作・永田雅一、企画・藤井浩明 榎本昌治、監督・増村保造、助監督・石田潔、脚本・菊島隆三 安藤日出男、撮影・村井博、色彩技術・西田充、音楽・塚原哲夫、主題歌・「からっ風野郎」、作詞・歌・三島由紀夫、作曲・深沢七郎、美術・渡辺竹三郎、装置・岡田角太郎、録音・渡辺利一、照明・米山勇、編集・中静達治、スチール・薫森良民、制作主任・大橋俊雄
出演・三島由紀夫、若尾文子、川崎敬三、船越英二、志村喬、水谷良重、小野道子、根上淳、矢萩ふく子、山本礼三郎、神山繁、高村栄一、杉田康、飛田喜佐夫、潮万太郎、浜村純、土方孝哉、此木透、小山内淳、三津田健、花布辰男、小杉光史、伊東光一、杉森麟、倉田マユミ、佐々木正時、守田学、須藤恒子、津田駿二、山口健、大塚弘
1960.03.23 7巻 2,627m 96分 カラー 大映スコープ
by sentence2307 | 2007-02-12 10:55 | 増村保造 | Comments(5)

好色一代男

「市民ケーン」にとって、薔薇の蕾とは一体何だったのかというあの手法で、不世出の活動屋・溝口健二の波乱の、しかし総毛立つような孤立の生涯を夥しい関係者の証言を収集して作られた新藤兼人監督「ある映画監督の生涯」で、最も印象的だった場面は、増村保造の述懐の部分でした。

「インタビューをして、溝口さんのことを悪くいう人はいない」という新藤兼人一流の対話者からの聞き出しの巧みさに促されるように、増村の語りだす「楊貴妃」演出における勝手の分からない分野に戸惑う誠実さを剥き出しにした哀れな程のうろたえの溝口を辛辣に語る場面でした。

そのとき、不意にこの作品「好色一代男」が浮かんできたのでした。

この映画を見て以来、僕の中にわだかまり続けていたものとは、溝口健二の「西鶴一代女」との奇妙な相似と、背反の不思議な拮抗のかたちでした。

そして、あの「ある映画監督の生涯」における増村の述懐を聞いた時、この「好色一代男」こそ「西鶴一代女」に対する増村保造のメッセージが込められているのに気がついたのでした。

溝口健二の仕事に携わりながら、その仕事振りを凝視して、「俺ならそうは撮らないぞ」と心中密かに期して、やがて撮られた「好色一代男」は、アンサー・ムービーだったのだと思い至りました。

男たちに翻弄される性遍歴のあげく、夜鷹にまで身を堕す女の哀れを描きつくした「西鶴一代女」は、まさに溝口健二の独壇場といえるものでした。

妖気ただようばかりの怨念を込めて、自分を弄んだ男たちに擬した百仏羅漢を睨み据えるある形相こそ、ひとり社会への怨情を女の底知れぬ不幸に託して映像美にまで高め得た溝口健二の気魄そのものでした。

しかし、それはどこまでも、単に人形でしかない者の悲しみでしかありません。

増村保造は、放蕩無頼の女狂いの行脚を続ける世之助に、日本的無常観ではなく、ナポリ男の底抜けに明るい陽気さと活力を込めて、いわば、生命力謳歌の愛欲の巡礼に旅立たせたのです。

同じ絶望するなら、人形のようにただ運命に引きずり回されるだけの受身の失意ではなく、あえて絶望をも自ら選び取り、その不運も精一杯生き抜くべきではないのか、女護が島へと船出するラストの底抜けの明るさは、溝口健二作品とは、あまりに好対照です。

人間の悲惨や絶望は、暗く悲愴感に満ちたそのままの表情をしているとは限らない。

陽気さや明るさの中にこそ、密かに飼いならすどす黒い憤怒がうごめいていることだってあり得るのだ、と言い切る背後には、生命力というものの確信さえ感じられるのですが、しかし、それが手放しの賛辞とばかりという訳にはいかないみたいです。

生き続けねばならないという人間の遣り切れないような絶望感が、性にのめり込んでゆくその背後に仄見えるように思えてなりませんでした。
by sentence2307 | 2005-03-10 00:09 | 増村保造 | Comments(0)

刺青 ⑫

お艶と駆け落ちをしたのち、多くの人間の悪辣な欲望が絡まりあう曲折に翻弄され、ついに破滅の淵まで追い詰められた二人にとって、それぞれが同じように息詰まった感情を持つに至ったかというと、それは違いました。

手代の新助は、それが悪党たちとはいえ多くの人間を殺めたという罪悪感(しかし、それもこれもお艶のために為したことだったのですが)と、お艶の自分に対する気持ちも何だか確信が持てなくなったという不安のこのふたつの感情をどうしても切り離せなかったために、新助は最後まで、彼女とともに死ぬ「二人の死」にこだわっています。

人間が持つ「愛」という感情が、たえず揺れ動いて捉えどころがない不確かなものなのに、それを固定的に考えようとする「常識人」の限界が描かれています。

感情は絶えず変化します。

「そのとき愛した」ことは事実でも、永遠の愛などというものが本当に存在しており、そして「今も愛し続けていられる」かどうかは疑問です。

制度によって(例えば婚約とか結婚とかという)人間の感情を無理矢理抑えつけても、人の心の自由は留めておくことはできません。

愛を「制度」のように信じる者、あるいは感情が制度に従属すべきものと信じて疑わないある種の人々は、きっと、その固定観念(結婚)にしっぺ返しを受けるに違いありません。

既に、もはやそこにはない空虚になってしまった「愛」を信じてお艶に情死を迫った新助は、逆に拒絶というヤイバを受けることなりました。

お艶は、感情というものが、たえず変化するものであり、そしてその「変化」に忠実であることが、人間が生きていくうえで何よりも大切な「自由」であることを知っている女です。

時代の変化にに気付かず、固定観念に囚われたまま、空虚になってしまっている「愛」をいつまでも信じて、死を強要してくる新助は、そのまま固定観念に囚われた当時の日本の映画状況を反映しているのかもしれませんね。
by sentence2307 | 2004-11-22 23:28 | 増村保造 | Comments(0)

刺青 ⑩

再び、友人の弁から書き始めさせてください。

彼は言います。

「お艶の真っ白な柔肌に魅了された男たちが、彼女に迷い、誘われ、官能地獄に堕されて無残に殺される度に、逆に若尾文子=お艶は、男たちの血を吸ってますます美しく、妖艶さを増しながら女として磨きが掛かってくるあの恍惚感がたまらないんだなあ、これが。

だけどもさ、あのやけに分別くさい終わり方は、なんなんだ。

ぜんぜん気にくわないよ。

彼女の背中の女郎蜘蛛をもっともっと暴れ狂わせて、さらに男たちを破滅させ、さらにさらに光り輝くべきだと思わないか。

男たちを官能の極点で食い殺し、その度に一層の美しさを極めながら、さらに餌食になる男を求めてさ迷い歩く。

恍惚感の極みにあるものが、同時に「死」であることを男たちも十分に認識していて、彼女の餌食になることを歓びに感じているんだ。

オレも彼女のヒールで顔を踏まれたい。(ナニ言ってんだ、この人は。ほとんど逆上気味に訳の分からないことを口走ったりしていました。)

しかし、あの終わり方じゃあ、まるっきり、血の中でのた打ち回って死んでいった男たちと結局は同じ次元の死にすぎないだけで、彼女の聖性は台無しじゃねえか。

(聖性?)

肉欲の亡者どもの生き血をすすり、たっぷりと肥え太って妖しい美しさをさらに身に纏っていく女郎蜘蛛の至上の美しさを、もっともっと見せてほしいと思うのは、きっと自分だけではなかったはずだ。」と言うのです。

(いつもながら、話が長くて閉口しますし、彼の性生活も心配です。)

息継ぎの間をとらえて僕が問います。

「あの背中の女郎蜘蛛の刺青の出来は、どうだった?」

「お前ねえ、それを言っちゃお仕舞いだよ。」なんだか寅さんみたいです。「そこは想像力だよ。なんたってブツは、《若尾文子》の背中に乗ってんだぞ。あの真っ白な柔肌の背中を見てたら、刺青の出来がどうのこうのなんて気にする方がオカシイ。ダロ?」

まあ、そうかも知れませんが、うんざりして幾分引き気味になっている自分を鼓舞して立て直し、刺青師・清吉に話を振ってみました。

「あの尻すぼみのラストは、清吉のマヌケな描き方にあるんじゃないの?ダヨネ」

あれほど饒舌だった彼がしばらく押し黙ったままだったので、結構ズボシだったみたいです。
by sentence2307 | 2004-11-22 23:27 | 増村保造 | Comments(0)

刺青 ⑪

増村保造が、1958年3月号の雑誌「映画評論」に書いた「ある弁明-情緒と真実の雰囲気に背を向けて-」という短文があります。

その小論の書き出しは、こんな感じで始められています。

「自分の作品は、ドライで情緒がないと言われている。
また、人物が喜劇的に誇張されてすぎて、軽佻の感が勝りすぎていて真実味が足りないと評されたうえで、いたずらにテンポのみ速くて、環境描写や雰囲気描写が皆無で、味も素っ気もないとさえ言われている。
もっとも、これらの批判は、ある意味ではすべて正しい。
しかしもし、弁明することが許されるなら、あえてこう言いたい。
私は、意識的に情緒を捨て、真実を歪め、雰囲気を否定している、と。」

そして、続いて増村監督の映画に対する考え方がひとつひとつ説き起こされていくわけですが、この小論が書かれた時期は、増村監督が初監督作「くちづけ」を撮って幾らも経ってない頃ですから、立場をはっきりさせねばならない「弁明」をあえて書かなければならない雰囲気(評価と批判と)が、既に監督の周囲に明確に形成されていたのでしょう。

特に「私は情緒を嫌う。」と書き出される部分に増村監督の作家性がよく出ていると思います。

ここでいう情緒とは、「日本的」情緒のことを示していて、さらに具体的にいうと、それは、否定的で消極的な感情のこと、つまり抑制であり、調和であり、諦めであり、哀しみであり、敗北であり、逃走のことだと言っています。

日本人が、愛を果敢に要求する女と、控えめに訴える女性とでは、どちらに情緒を感じ、かつ好感を持つかといえば、それは当然抑制された表現の方に軍配が上がるだろうと前置きして、日本における映像表現の主流もまさに、抑制を伴うことによって技巧的に洗練され一種の美にまで高められ、また他愛的であることによって苦しみとささやかな喜びを分かち合う人間性の謳歌に繋がっていったと論じています。

それまでの日本の映画界が営々と築いてきたそうしたリアリズムの質そのものに真正面から挑戦するような果敢な姿勢が、そこには溢れていました。

そして、その「挑戦」が何故なのか、続いて論じられていくことになります。
by sentence2307 | 2004-11-22 23:27 | 増村保造 | Comments(149)

刺青 ⑨

重々しく濃密な人物描写の映画が大好きな友人でさえ、増村作品、特に、この「刺青」は、とにかく疲れる、気力が萎えているようなときに見たりすれば、疾走する増村保造のテンションに付いていけず、映画館の暗闇でひとりだけ列車に乗り遅れてしまったような孤立感の中でたまらない焦燥を味わうことになりかねない、といっていました。

この作品、禁断のピカレスク・ロマンの傑作ともいえる「刺青」は、特に「そう」かも知れません。

質屋駿河屋のひとり娘お艶は、奉公人の手代・新助と示し合わせて雪の夜に駆け落ちをし、ひとときの隠れ家として店に出入りしている船宿の主人・実は札付きの悪党・権次の家に身をかくまわれます。

日本の映画では滅多にお目にかかったことがないこの冒頭での、若尾文子演じるお艶の見事なふてぶてしさを見ただけで、このお艶という娘がどういう女か、すぐに分ります。

男に甘え掛かる俯いた姿勢から横様に見る上目づかいの媚のそのすぐ後で、開き直った氷のように冷たいあざけりから男を激しくなじる鬼面の形相に豹変する美しさには、本能的に男の弱点を見透かし、侮蔑をまるで媚びのように、媚びをまるで侮蔑のように使い分けて男を誘うことを知っている、あどけなさと淫乱さを併せ持つ、いわば天性の妖婦と言える女が描き尽くされています。

この冒頭では、恋しい新助とともに気ままな愛欲の日々を嬉々として愉しむお艶と、主人への背信のやましさに煩悶しながら彼女に引き摺られるままにつかの間の快楽に身をゆだねる新助とが、以後のふたりの行く末を象徴するかのように、それぞれ描き分けられています。

男たちの欲情を刺激する天性の妖艶な肉体を持つお艶は、彼女を我が物にしようとまつわり付いてくる情欲に飢えた男たちを散々に焦らし、そして振り払い、媚びるように拒むことで自分の「値段」を更に釣り上げる計算のできる一筋縄ではいかないツワモノとして描かれているのに対して、新助は彼女に尽くすことで一途に悪を重ねていくただ生真面目なだけの男として、きわめて対照的に描き分けられていて、そして、それぞれの破滅に向かって静かに堕ちていくことが暗示されている素晴らしい語り出しです。

悪党・権次は、邪魔な新助を殺して、お艶を芸者屋に売り飛ばそうと企んでいて、まずは邪魔な新助を子分をつかって雨の闇夜に誘い出し、殺そうとして失敗します。

これは、新助が愛するお艶のために最初に犯す殺人のシーンですが、以後何人もの人殺しを犯していく新助の気持ちの中には、常に変わらない恋しいお艶がいるのに、しかし、お艶にとって新助が最後まで「恋しい駆け落ちの相手」のままであり続けることが出来たかどうか、僕たちは彼女の本心をこの作品のラストにおいて、お艶による新助の刺殺という形で思い知らされることとなります。
by sentence2307 | 2004-11-22 23:26 | 増村保造 | Comments(0)

刺青 ⑧

ここまで書き進めてきて、増村作品「刺青」についての僕の書き込みが、「SEX万歳」みたいな印象を与えてしまう文章になっているのではないかと少し不安になってきました。

もしそうなら、条件付きの否定文を急いで書いておく必要があります。

もとより、わずかな鑑賞作品から無謀にも断定する愚をあえて覚悟の上でということになりますが、増村作品においてストーリーの中で描かれる「性交」が、楽観と歓喜の中で行われたことがかつてあったかどうか。

例えば、性の謳歌を歌い上げたかに見える「好色一代男」1961で執拗に描かれている世之助の女好きと濡れ事は、リアリティが欠落している分だけ殊更にデフォルメされた政治に背を向けた反権力姿勢の隠喩と見た方が、すんなりと受け入れ易い気がします。

現実の男と女に当て嵌めて考えてみれば、性交というものが肉体的にも気持的にも、あんなにも後腐れなくアッケラカンとしていられるものなのかどうか。

心情的な打撃なしに、次々と反復運動のように取っ替え引っ換え違う相手とSEXが、機械的にこなせるものなのか。

「好色一代男」におけるラスト、世之助が女護ケ島へと船出するシーンに示されている限りない楽観が、あまりに明るすぎて今までどうしても納得することができないでいた理由は、そのリアリティを欠いた部分にあったのだと思いました。

むしろフェリーニの「カサノバ」のあの喪失・あの暗さ・あの絶望こそが、漁色に明け暮れた放蕩者の末路には相応しいものと思い込んでいました。

しかし、ちょっと待ってください。

暗さを明るく描いてしまう絶望の表現のカタチだって別にあったっていい、増村保造の映画文法に慣れるに従って、最近そんな気がしてきました。

世之助の雷蔵は、色浸りの呆けた微笑を終始たたえ続けていたけれども、あれは彼の深い絶望を諦念のカタチで表そうとしたそういう演技だったのであり、それが増村の性に対する考え方なのだと思えてきました。

例えば、SEXのないふたりの間に存在していた不安や猜疑が、たとえ肉体の関係を持ったからといって、ただそれだけで夢のようにすべての不安が拭われたり解決したりする訳ではありません。

むしろ、多くの場合、このような関係にあっても拭えない不安や、そして更に湧き起こる新たな猜疑心に囚われ、ときには破滅に至る直接的な契機となる場合さえある、と増村監督はあの作品で言おうとしていたのではないでしょうか。

肉欲でつながる「愛の行為」が、必ずしも互いの気持ちを通い合わせることにはならないし、性交は互いを理解することとは何の関係もない。

性交とは、ただ肉と肉との摩擦運動にすぎないものであり、互いの愛を確認するための心の通い合いとは何の関係もないのだと。

愛する相手に語り伝えたい気持ちを持ちながら、愛撫に負けて愛欲に溺れ込んでいくという性交に、確認すべき愛情は、時を失い、やがてエゴイズムとSEXの中で解体し、限りない快楽の追及のなかに埋もれ消え失せてしまうとでもいいたかったのでしょうか。

あるいは、現代にあっては、SEXというものが、単に、誰にも気持ちを開くことができないまま孤独のうちに生きていくしかない人間の宿命の絶望的な象徴としての、孤独な自慰の複数形とでもいいたかったのかもしれませんね。
by sentence2307 | 2004-11-22 23:25 | 増村保造 | Comments(0)

刺青 ⑥

僕もそうだったのですが、大抵の人は、キャストとスタッフが映し出される冒頭のタイトル・バックの女体の大写しに驚かされたことでしょう。

その女体の上に置かれた刺青師の手が、真っ白な肌の刺し所を繊細にまさぐり探しながら、ひと針ひと針純白な柔肌に墨を入れては滲み出る血を拭うという仕草の繰り返しの合間に、薬で強制的に眠らされているお艶(しかし正直言って僕たちはこの時、そこでは架空の町娘の身悶える姿などではなく、女優・若尾文子その人の苦悶の中の恍惚の表情を盗み見る官能に屈服せざるを得ません。)が、その昏睡の中にあって、あまりの苦痛にその身を痙攣させ、官能的な吐息とともに朱のさした顔を苦痛でゆがめるエロティシズムは、これはもう官能描写の極致と言うしか言葉がありません。

この滑り出しだけでこの映画のスケールの大きさが決定づけられてしまっています。

こういう絵を撮れる人は、相当なスケベか、あるいは相当のテダレに違いないと思いながら、スタッフの資料を見て納得しました。

撮影は、宮川一夫、なるほど、相当のテダレにして、また相当のスケベという僕の勘は当たっていたわけですよね。

その生涯に残した仕事・劇場用映画134本、テレビ用映画9本の中に、例えば、「無法松の一生」があり、「羅生門」があり、「お遊さま」があり、「雨月物語」があり、「祇園囃子」があり、「地獄門」があり、「山椒大夫」があり、「噂の女」があり、「近松物語」があり、「新・平家物語」があり、「赤線地帯」があり、「夜の河」があり、「朱雀門」があり、「夜の蝶」があり、「炎上」があり、「鍵」があり、「浮草」があり、「ぼんち」があり、「おとうと」があり、「用心棒」があり、「沓掛時次郎」があり、「悪名」があり、「破戒」があり、「越前竹人形」があり、「座頭市千両首」があり、「刺青」があるのですよね。
by sentence2307 | 2004-11-22 23:24 | 増村保造 | Comments(0)