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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:日夏英太郎( 2 )

見たこともない映画について、何かを書こうとする行為は、確かに随分と無謀なことかもしれません。

しかし、僕にとって、こういう衝動にかられるのは初めてというわけではなく、何回も経験してきたことのような気がします。

たとえば、解説書のなかで、ある作品に対する素晴らしい記事に出会い、すっかり魅了されて、映画自体は見ていないながらも、イメージだけがどんどんと膨れ上がり、ついに自分の中だけでは処理しきれなくなって、追い詰められるみたいに何かを書き留めておかずにはおられないというあの感じです。

そして、書き留めておくことを躊躇しているあいだに、たまたま当の映画を見る機会を得、それが思いもかけず失望させられるような作品で、結局たった一言の感想さえも搾り出せないような絶望的なシロモノだったりすると、自分がそれまでに培ってきたイメージも同時に消去されてしまうあの空しい後悔の念は、筆舌に尽くしがたいものがあるのです。

誰もがきっと、こんな経験を持っていることと思います。

つまり、一本の映画でもこんなふうな自分独自のイメージを、その作品とはまったく別の部分で持っているに違いないと思っています。

ですので、ナマの作品の失望に押し潰される以前の、期待でも憧れでも妄想でもいいのですが、消されてしまう運命にあるそういった自分の中だけで培ってきたものをどうにか書き留めておきたいという衝動が、常に僕の中にはあったりします。

去年の暮れに増補版が出版された佐藤忠男の「日本映画史2」を読んでいて、日夏英太郎が脚本を書いて監督もしたといわれている軍の特務機関製作の謀略映画「豪州への呼び声」の部分を読んで、初めて知ったことなので少し興奮しました。(この映画の発見は、つい最近のことなのだそうですね。)

この「豪州への呼び声Calling Australia」の内容は、こんな感じです。

1944年当時、日本軍の捕虜虐待が国際問題になっていたために、日本軍は急遽、捕虜収容所に収容されているオーストラリア兵とオランダ兵の捕虜たちがいかに優雅に暮らしているかという内容の宣伝映画(謀略映画と書かれています)を作り、何本ものプリントを作ってスイスの万国赤十字を通じ連合国側に送ったというそうです。

内容は実に白々しいもので、佐藤忠男はその内容をこんなふうに紹介しています。

「捕虜たちはプールで泳いだり、ホテルといってもおかしくないような宿舎で優雅にお茶の時間を愉しんで談笑していたり日本人の指揮の下でラジオ体操をしたりする。
地元出身のオランダ兵の捕虜は毎日曜日に家族や恋人たちが訪ねてきて抱擁しあったりしており、オーストラリア兵の捕虜は、それを羨ましそうに見ながら野原に腰を下ろしてポケットから自分の恋人の写真を取り出して眺めてホームシックに浸っているといった具合である。
日本軍が、敵である連合軍の戦没者たちのためにうやうやしく慰霊祭をやるし、また日本軍は捕虜に給料をやる。
その金で捕虜たちはビールを飲んだりビフテキを食べたりしている。
さいごに立派な劇場で捕虜たちがオペラを上演して終わりになる。」

そして、最後に、佐藤忠男は、それらはすべて「100%やらせの嘘で固めたインチキ・ドキュメンタリーである。」と冷静に断じています。

しかし、僕は同時に、フランク・キャプラが国民を煽るためにつくった「新兵教育映画」(これも立派な謀略映画です)を連想していました。

日本人を天皇のためには、あえて死ぬことも恐れない恐るべき極東の、わけの分からない奇妙で凶暴なケダモノみたいに描いていました。

それはまあ、新兵教育映画なのですから当然といえば当然なのでしょうが、この作品にひそんでいる、こんな黄色い極東のキチガイ猿は殺し尽くしてしまえと煽る悪意が凄まじいのです。

イタリアのシチリア島生まれのキャプラが、アイデンティティをアメリカに必死に求めた「無様なおもねり」の汚点としていまでは記憶されている作品でしかありませんが。

それに比べると日本の謀略映画の方は、スキだらけおとぎ話のような間抜けさ加減です。

しかし、そこには、過酷な軍務にぼろぼろになった軍人たちの、戦争から遥かに隔たったところで思い描いた悲しいくらい無防備な夢が語られているような気がしました。

そして、この話には、さらなる熾烈なオチがついていました。

「結局この映画は、オーストラリア兵の捕虜が、日本軍捕虜収容所で捕虜に要求できる労働の範囲を超えたこんな屈辱的な映画出演まで国際法に違反してやらされたという証拠として、戦後に東京国際裁判所の法廷にオーストラリア側から提出され、上映されるという利用の仕方をされただけだった。
この作品は、日夏英太郎の生涯を追跡した内海愛子によってオーストラリアで発見された。」

 豪州への呼び声(43日本第16軍特別諜報部別班)監督脚本・日夏英太郎、撮影・森尾鉄郎、美術・河野鷹思、音楽・飯田信夫、
(第16軍特別諜報部別班会誌「プランパタン・ガンビル」第1号掲載)
by sentence2307 | 2007-01-27 00:12 | 日夏英太郎 | Comments(0)

日夏英太郎「君と僕」

折にふれて書棚から引っ張り出しては、繰り返し拾い読みしている本にキネマ旬報社から刊行された「日本映画監督全集」があります。

奥付を見ると、なんと発行日が昭和51年12月24日とありますから、この本に替わるような書籍が、それ以来刊行されていないということなのでしょうか。

まあ最近では、著名監督の優れた研究書が数多く出版されるようになったので、そういう有名な監督の資料なら詳細なものまで結構入手できるようになり、そう苦労することもなくなった一面、しかし、それはほんの一握りの巨匠監督に限られる話で、添え物のプログラム・ピクチャーを撮り続け、注目されることもなく、いつの間にか現場から去っていった大多数の無名の監督たちのことを調べるとなると、これはまた話は別かもしれません。

しかし、この本には、さらにショックな記事も掲載されています。

例えば、ある日突然映画の現場から忽然として消息を絶ち、そのまま行方知れずとなり、そして遂に没年も不明な過酷な運命の映画監督が結構いるというのです、この優れ本「日本映画監督全集」からこうした過酷な衝撃を受けることがしばしばありました。

ですので、小津安二郎のように、会社側がいち早くその傑出した才能を認め、純粋な「芸術映画」を作ることに専念できるよう保護した恵まれた境遇の天才なんて、本当に例外中の例外だったんだなあということがよく分かりました。

この本に収録されている1023人のうち、その「例外中の例外」が何人いるか、数え始めたら5本の指を全部折ることができるかどうか自信がありません。

しかし、そのことが却って、それら無名の活動屋たちが抱え続けた悲憤の中に、日本映画の限りない活力が営々として受け継がれてきたに違いないと思いたいし、そう信じています。

さて、この1023人のなかに戦前に活躍した「日夏英太郎」という監督がいます。

国籍は朝鮮で朝鮮名は許泳、昭和初期にマキノ御室撮影所に入り、助監督をしながらシナリオを勉強し、初めて映画のタイトルに「編集・日夏英太郎」と名前がでたのが、1931年のマキノ映画「マキノ大行進」、その後自分の描いたシナリオ「君と僕」が会社から製作を断られると、日夏英太郎は直接朝鮮の軍司令部に働きかけて軍の命令を引き出し、映画を完成させています。

この映画の内容は、朝鮮人の青年たちの志願兵訓練所における日本に対する熱烈な忠誠心を描いたもので、立派な帝国軍人となることに目覚めた朝鮮人青年が雄々しく戦場に赴くという、朝鮮人の日本軍への志願兵制度を描いた物語です。

当時の朝鮮人に対する日本の苛烈な差別と偏見のなかで、朝鮮人・許泳が「日本人」として認めてもらうために描いたこのオモネリと卑屈の物語は、結局彼の属する「いずれの祖国」をも失わせてしまう結果を招いてしまいます。

「日本映画監督全集」のなかには、日夏英太郎のその後の消息について、親友・佐々木勘一郎の当時のこんな回想が紹介されています。

「新京極の松竹京映の映画館の前で(日夏英太郎と)佐々木勘一郎は、ばったり出会った。
二人で夜の更けるまで飲んだ。
その後、新興を退社し南方の軍属を志願した日夏が、戦局の悪化によって南方で散ったことが耳に入った。」

しかし、日夏英太郎は戦後もインドネシアで生き続け、インドネシアの映画界のために尽くし、多大な功績を残して1952年9月9日ジャカルタで没していたことが判明します。

1976年当時、僕たちが「日本映画監督全集」を手に取っていた頃には、それはまだ分からない事実であって、それが判明するためには、優れたルポルタージュ「シネアスト許泳の昭和」(内海愛子・村井吉敬共著・凱風社1987年7月)の刊行を待たねばなりませんでした。

そして、さらに、日夏英太郎その人を語るとき、極東国際軍事裁判(東京裁判)で、オーストラリアが証拠として提出した日本第16軍特別諜報部別班が作ったといわれている謀略映画『豪州への呼び声』についても語らないわけにはいかないかもしれませんね。

君と僕(41朝鮮軍報道部・松竹)監督指導・田坂具隆、監督・日夏英太郎、脚本・飯島正、日夏英太郎、撮影・森尾鉄郎、音楽・佐藤長助
出演・永田絃次郎、崔雲峰、小杉勇、沈影、三宅邦子、文芸峰、金素英、河津清三郎、徐月影、朝霧鏡子、佳山貞子、大日方伝、李香蘭
1941.11.15 松竹系 10巻 白黒
by sentence2307 | 2007-01-21 15:12 | 日夏英太郎 | Comments(0)