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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:亀井文夫( 3 )

ある日、プログラムを見ていたら、なんとチャンネルNECOで亀井文夫の「信濃風土記より 小林一茶」41を放映するというので、あわてて録画予約をしたことがありました。

こんな感じで貴重な作品を自分の不注意から見逃してしまうことがたびたびあります。

わずか30分足らずの小品とはいえ、いまだ未見のこの作品、本による予備知識ばかりを詰め込むだけ詰め込んだ状態で、僕にとっては期待ばかりが過剰に肥大してしまった作品のひとつといえます。

なるほど、噂にたがわず、亀井文夫のあの独特の映像美を心ゆくまで堪能することができて満足でした。

僕の友人には亀井文夫のイデオロギーがらみの姿勢を辛辣に批判する(映画を政治の道具にしている、ということに対する嫌悪です)ものもいるのですが、僕としては、それは少し違うかなと思っています。

政治的な映画を、ただ政治的な価値観だけで解釈しようとすれば、どこまでいっても結局そこには意味あるものは何ひとつ見出せない不毛な世界しかないでしょう。

この「信濃風土記より 小林一茶」の中で、たとえば大凶作に苦しむ農民たちが、ことごとく立ち枯れた桑の葉を荒涼たる原野に立ち尽くして、じっと凝視し続ける絶望的なあの場面でさえも、友人ならきっと「あれは、ヤラセだ」くらいには言うかもしれません。

しかし、それがヤラセかどうかなど、荒廃した原野に辛うじて立っている病馬のような農民たちの強烈なあの映像の前にあって、なにほどの意味があるといえるでしょうか。

いかなる作為をほどこそうと、映画は時代を写してしまう鏡です。

キャメラは、しっかりと凶作に荒廃した田畑をとらえ、そして、困惑し落胆し絶望した農民のなにもかもをとらえてしまっています。

絶望の表情を撮影のためにキャメラの前で改めて演じ直させる作為が、もし亀井にあったのなら、真実の伝達を演技というカモフラージュに加工して伝えようとした、それこそ権力に対するあからさまでない異議申し立てを、一茶に託し語り出そうとしていたのかもしれませんね。

この亀井作品を見た後で、高原登監督の「俳人芭蕉の生涯」49を見ました。

ナレーションは同じ徳川無声、製作はともに東宝映画文化映画部となっているので、当時東宝の文化映画部で俳人を描く特集でもあって、その一環として作られたのかもしれません。

録画する際、最近はテープを止めずにそのまま回しっぱなしにしています。

名作や著名な作品ばかりがターゲットの「予約」では決して見ることもない無名な作品を任意に録画して、時間が出来たときに見るようにしているのです。

そこで得た収穫として「姿なき108部隊」(56大映)という作品に出会いました。

笠智衆がキャストの一番になっていました。

監督は、高峰秀子の「チョコレートと兵隊」38がテビュー作だった佐藤隆で、佐藤監督が最後から2番目に監督した作品のようでした。

1940年に長野県の観光課の協力で「信濃風土記」3部作として企画され、1作目の「伊那節」(フィルム現存せず)に続く2作目の作品で、3作目になるはずだった「町と農村」は、ついに完成しませんでした。

信濃出身の19世紀の俳人・小林一茶の俳句をモチーフにして、県の8割以上が山岳地帯で占められた信濃の農民が厳しい自然と格闘する苦難に満ちた生活を、「関東大震災記録」23、「怒涛を蹴って」37などのカメラマン・白井茂が撮影した詩的なドキュメンタリーで、否定的にいう友人がいる一方で、この作品を亀井文夫のドキュメンタリー最高傑作だという友人もいます。

それは、ひとつには、この作品の中に映し出される、群れ遊ぶ多くの信濃の子供たちの表情に「ここにいる子供たちは、まさにオレたち自身なのだ」という土俗的な魅力を感じるからでしょう。

そこには冷害による大凶作を前にして呆然とする大人たちも含めて、それらはまさに「未開の原住民というニュアンスをこめた日本原人」とでもいってみたくなるようなナマの表情が映し出されています。

そして、彼らをさらに魅力的に見せているものは、多分「貧困」です。

亀井は、この作品を発表したあと、思いもよらず検挙され投獄されました。

検挙の理由は、「上海」以来、一般大衆の反戦的共産主義の啓蒙昂揚を図ったということでの投獄でしたが、この「戦中投獄された映画監督は亀井ただひとりだった」という勲章にも似た経歴が、あるいは亀井の戦後をある意味で困難にしてしまったのかもしれませんね。

そして、彼のメッセージにどうしても必要だった「貧困」が、日本から徐々に解消されてしまったことも、もうひとつの大きな原因だったかもしれません。

亀井に烙印されたこの「反戦」というものに対する戦後日本の微妙な空気を、丸谷才一は、その著「笹まくら」で見事に活写していました。

(41東宝映画文化映画部)監督・亀井文夫、製作村治夫、撮影・白井茂、録音・酒井栄三、音楽・大木正夫、解説・徳川夢声、35mm、3巻743m、28分・モノクロ、1941.2.18日本劇場
by sentence2307 | 2007-02-03 23:56 | 亀井文夫 | Comments(44)

女ひとり大地を行く

超マイナーな作品です。

いまでは滅多に亀井文夫について話す人もいなくなりましたが、この人の作品が気になって仕方がないのです。

たまたま、BSで「戦争と平和」、「女の一生」とともに、初めてこの作品を観ました。

おそらく、僕は、この作品を機に劇映画から離れていくこととなる事実に繋げながら映画作家として資質的に欠落しているものを否定的にあげつらいながら、この作品の不出来さを書くこととなると思いますが、しかし、それでも、僕の脳裏には、戦争中に撮られた記録映画「戦ふ兵隊」のなかでの特に有名な場面、荒廃した戦場で病み疲れた軍馬が、ついに力尽きて崩れるように大地に倒れ込む象徴的な痛々しい映像が常に念頭にあることを記しておきたいと思います。

中国難民の執拗な描写や、死していく病んだ軍馬のその哀切すぎる描写が厭戦的とされ、軍部により上映禁止となったその事実とともに、です。

さて、この映画「女ひとり・・・」を見ようと思ったもうひとつの理由は、出演者の豪華な顔ぶれです。

山田五十鈴、宇野重吉、北林谷栄、内藤武敏、加藤嘉そして丹波哲郎らしき人も出てました。

とにかく凄いのですが、この作品が優れた俳優の持ち味を生かし切れたかどうかは疑問です。

出稼ぎの夫が炭鉱で行方不明になった後、まだ小さい子供を抱え生活のために炭鉱夫になって働き続けた女性の20年にわたる苦難の生活史が、炭鉱の歴史をも視野に入れ(強制連行された中国人も登場します)描かれます。

出来の悪い息子に苦労させられ、親孝行の息子には励まされながら長年月の無理が祟って働けなくなると、会社から解雇されそうになりますが、孝行息子が音頭をとって労働争議(製作に炭鉱労組の名前がありました)に持ち込みます。

大変な騒ぎの中、母親は怪我をして、あっけなく死んでしまいます。

怪我の直接の原因は、出来の悪い息子を追って転倒したためで、長年月の重労働とは関係ありません。

しかし、母親の遺体は、中国から贈られてきた(かつて中国人労働者を助けた関係で)大きな旗に包まれ、そして何故か突然、母親の死を悼む大合唱が始まるのです。

殉教者をでっち上げる安直なラスト作りに唖然とさせられますし、また俳優たちも、大口を開け体を揺らしながら労働歌を歌う画一化されたシーンの中では、演技を工夫することもできなかったでしょう。

これは、そういう映画でした。

しかし、なにも否定的な面ばかりではありません。

家出した息子を探すために母親が街を歩き回る場面は、秀逸でした。

それが実写だとすぐに分かりました。

繁華街らしき道には、多くのGIが日本人の街娼を抱きかかえるようにして歩いています。

そして一様にカメラの方を向き、怪訝そうに、あるいは戸惑いながら、下卑た薄ら笑いを浮かべ通り過ぎていきます。

同時にその横をみすぼらしい身なりの日本人が、伺うようにこちらをチラッと見、憮然とした表情で通り過ぎていきます。

この場面は、本編からは完全に浮き上がり、自立して輝いていました。

醜悪なものと、みすぼらしいものとが出会い、渾然とひとつになったこのシーンに終戦直後の不安定な時代相を背景にしながらいき惑う日本人の姿が実に生々しく写し込まれています。

この実写のもつ凄まじい説得力に比べれば、あまりに貧弱な本編の無力さが、残酷なまでに対照されてしまった場面でした。

解説書によれば、以後亀井文夫は、劇映画を撮ることなく記録映画に専念したということです。

そして、ここに描かれている高揚した石炭産業もほどなくエネルギーの主導権を石油に取って代わられ、業態そのものが大きく傾いでゆく運命に見舞われることとなります。

そうとも知らずに、企業に寄生しながら「わが世の春」を謳歌した争議の描写が、なんとも無防備なお祭り騒ぎのようにも見え、こうした史観しか持ち得なかったこの映画の手放しの楽観が、なんだか哀れにも思えてきました。

この作品そのものが、ひとつの浅はかな「炭坑節」だったのかも知れません。

戦時中にも、戦後においても、結局、彼が時流に乗れなかった決定的な理由とは、何だったのでしょうか。

残酷な言い方かもしれませんが、自己防衛の距離感をさえ失ってしまった人間に対するあまりに無邪気な過信だと思いました。

(53北星)製作・浅野龍麿、柏倉昌美、川久保勝正、北海道炭労、キヌタプロ、監督・亀井文夫、脚本・新藤兼人 千明茂雄 石田政治 松岡しげる、撮影・仲沢半次郎、音楽・飯田信夫、美術・江口準次、録音・安恵重遠、スクリプター・石田政治、松岡しげる、照明・若月荒夫
出演・山田五十鈴、宇野重吉、織本順吉、内藤武敏、中村栄二、沼崎勲、岸旗江、花沢徳衛、加藤嘉、神田隆、木村功、北林谷栄、桜井良子、島田敬一、朝霧鏡子、山田晴生、
1953.02.20 14巻 3,753m 白黒
by sentence2307 | 2006-04-13 00:09 | 亀井文夫 | Comments(95)

戦争と平和・亀井文夫版

「戦争と平和」とはいってもヘップパーン主演のあの超大作の方ではなく、亀井文夫が山本薩夫と組んだ初の劇映画です。

夫が戦場で行方不明となるという同じシチュエーションから物語はスタートします。

妻は夫が死んだものと諦めて夫の親友(負傷し復員して療養しています)と再婚します。

しかし、再婚相手(池部良)は空襲にあった際、戦場で晒された死の恐怖を蘇らせて精神の異常を来たしてしまいます。

池部良の迫真の演技でした。

夫は中国から帰還すると、妻が自分の親友と再婚しているばかりか、その友は精神に異常をきたしているのを見てショックを受けます。

悩みぬいた末に「総ては戦争が悪いんだ」と、自分が身を引くことを決意し、なんとか友を快癒させようと友の入院を勧めているとき、池部は狂気のためにミシンを踏み続けながら誤って針を指に突き通し、激痛で正気に戻りますが、この狂気に囚われていた自分の伺い知れない空白の間に、妻と前夫の関係を疑い悩みを募らせていきます。

ここまでくると、話しはもうどろどろの泥沼状態です。

あのイタリア映画「ひまわり」に描かれているような悲しく切ないけれど、しかし同時にどこか爽やかな感じさえ受けるその違いが一体どこにあるのか、きっと、相手を愛する自分の気持ちの強さの確信の違いなのだろうと思いました。

日本の「どろどろ組」にとっては、愛するという行為は、あくまでも二の次、三の次で、いつも何かが優先していたのだと思います。

それが「戦争」だったかもしれないし、「革命」とか「生活」だったかもしれないけれど、少なくとも「愛」ではなかったのだと思いました。

池部良が、妻を疑い、苛立ちから彼女を殴りつける場面に続いて、母をかばう子供をマジでどつき倒す描写にこの映画の精神のあり方の総てが描き出されていました。

この作品の作り手たちが最優先で信じていた「革命」や彼らの「平和」が、少なくとも、愛する夫からいわれのない屈辱的な疑いをかけられたり、目の前で母親が暴力を振るわれているの見せ付けられる惨状など、「革命」の前ではたいした問題ではない最優先の大儀を有していることが良く分かりました。

少なくても「愛」などではないらしいということが。
by sentence2307 | 2004-11-06 08:30 | 亀井文夫 | Comments(0)