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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:ジョナス・メカス( 2 )

ジョナス・メカス、逝く

今年に入ってから、すかあふえいすさんのブログ「映画に狂って・・・」におじゃますることが、なんだか頻繁になってしまいました。

なにしろ、昆虫採集ならぬ「映画採集」のプロみたいな方で、労作のいろいろな「収集箱」をのぞかせていただいて、そのきらびやかな映画のタイトルの羅列を眺めているだけで何時間でも楽しめてしまうという優れものです。しかし、このオタクっぽい淫靡な楽しみ方というのは、もしかすると、人を選ぶかもしれませんけれども。

まあ、それは置いといて、カテゴリーをコピペしておきます。

以下が、その見出しです。


犯罪アクション・ミステリー100
戦争映画ベスト100
西部劇ベスト100
コメディ映画ベスト100
メロドラマベスト50
邦画ベスト100
日本アニメベスト100
映画史を作った50本
その他ベスト色々
読んでおきたい映画本 この10冊
ホラー映画ベスト10に向けて
その他映画史いろいろ
映画人のオールタイムベスト:個別
映画人のオールタイムベスト:一覧
その他作家のオールタイムベスト
映画評論家のオールタイムベスト
映画(個別記事)
アニメリスト
漫画
その他映画の感想あれこれ
日記
映画人のオールタイムベスト(個別)
映画人のオールタイムベスト(日本勢)
スティーヴン・フリアーズのオールタイムベスト
映画人たちのオールタイム・ベスト(一覧)
映画監督たちのオールタイムベストPart72


いや~、こうして見ると、世界映画史のすべての魅力の重要な部分だけをチョイスして、とことん簡潔に要約した壮観さで、見飽きるということがありませんよね。

なんか、「この手があったか」という思いで、その素晴らしいアイデアには脱帽ですが、自分も同じようなタイプの「収集狂」を名乗っている手前、なんだか悔しいような思いもしないでもありません、まあ、はっきり言って嫉妬です。

と、まあこんな壮絶な感じなのですが、そのなかの「映画評論家のオールタイムベスト」を開いてみてさらに驚きました、なんとアンドレ・バザンとジョルジュ・サドゥールのオールタイム・ベストなんてのが、あるじゃないですか。

いまでこそ、映画史の本はいろいろと世間に出回っていますが、自分たちの世代にとって、バザンとサドゥールの本は、映画史を勉強するうえで、まさに教科書的な存在でした。ですので、「ジョルジュ・サドゥールのオールタイム・ベスト」とくれば、そりゃあとにかく見ないわけにはいきません。

あっ、そうそう、ここでひとこと申し上げておかなければなりませんが、自分には「加工癖」というのがあって、箇条書きの文字列をみると、それがたとえ時系列で整然と並んでいようと、50音順に並び替えたくなってしまうという性癖がありますので、この「ジョルジュ・サドゥールのオールタイム・ベスト」も、あえて「時系列」を無視して監督名を50音順に並び替えさせていただきました。


5時から7時までのクレオ アニエス・ヴァルダ
二十四時間の情事 アランレネ
囲い アルマン・ガッティ
成功の甘き香り アレクサンダー・マッケンドリック
女の一生 アレクサンドル・アストリュック
魅せられたデスナ河 アレクサンドル・ドヴジェンコ
大地 アレクサンドル・ドヴジェンコ
パサジェルカ アンジェイ・ムンク
地下水道 アンジェイ・ワイダ
世代 アンジェイ・ワイダ
髪を短くした男 アンドレ・デルボー
僕の村は戦場だった アンドレイ・タルコフスキ―
尼僧ヨアンナ イェジー・カワレロヴィッチ
チェコの古代伝説 イジー・トルンカ
野いちご イングマール・ベルイマン
第七の封印 イングマール・ベルイマン
鏡の中にある如く イングマール・ベルイマン
渇望 イングマール・ベルイマン
自転車泥棒 ヴィットリオ・デ・シーカ
グリード エリッヒ・フォン・シュトロハイム
審判 オーソン・ウェルズ
フォルスタッフ オーソン・ウェルズ
ガートルード カール・テオドア・ドライヤー
ジャゴ・フア・サベア A.J.カルダル
貧しい恋人たちのクロニクル カルロ・リッツァーニ
土曜の夜と日曜の朝 カレル・ライス
黒い神と白い悪魔 グラウベル・ローシャ
晴れた空 グリゴリー・チュフライ
誓いの休暇 グリゴリー・チュフライ
美しき五月 クリス・マルケル
女狙撃兵マリュートカ グレゴリー・チュフライ
肉体の悪魔 クロード・オータン=ララ
美しきセルジュ クロード・シャブロル
生きる 黒澤明
私はモスクワを歩く ゲオルギー・ダネリヤ
切腹 小林正樹
怪談 小林正樹
大樹のうた サタジット・レイ
大地のうた サタジット・レイ
大河のうた サタジット・レイ
白毛女 シェイ・ホワ
底抜け大学教授 ジェリー・ルイス
ぼくの伯父さん ジャック・タチ
新のんき大将 ジャック・タチ
幸福の設計 ジャック・ベッケル
穴 ジャック・ベッケル/ジャン=ピエール・メルヴィル
6月6日の夜明け ジャン・グレミヨン
妥協せざる人々 ジャン=マリー・ストローブ
カラビニエ ジャン=リュック・ゴダール
勝手にしやがれ ジャン=リュック・ゴダール
気狂いピエロ ジャン=リュック・ゴダール
女と男のいる舗道 ジャン=リュック・ゴダール
恋人のいる時間 ジャン=リュック・ゴダール
僕は黒人 ジャン・ルーシュ
トニ ジャン・ルノワール
宿命 ジュールス・ダッシン
呪われた者たち ジョセフ・ロージー
銃殺 ジョセフ・ロージー
★営倉 ジョナス・メカス
アメリカの影 ジョン・カサヴェテス
裸の島 新藤兼人
イワン雷帝 セルゲイ・エイゼンシュテイン
戦艦ポチョムキン セルゲイ・エイゼンシュテイン
モダン・タイムス チャールズ・チャップリン
ニューヨークの王様 チャールズ・チャップリン
砂の女 勅使河原宏
蜜の味 トニー・リチャードソン
乾いた人生  ネルソン・ペレイラ・ドス・サンテス
街と夢 ハージャー・アフマド・アッバース
カビリアの夜 フェデリコ・フェリーニ
母 フセヴォロド・プドフキン
大人は判ってくれない フランソワ・トリュフォー
ピアニストを撃て フランソワ・トリュフォー
あこがれ フランソワ・トリュフォー
シシリーの黒い霧 フランチェスコ・ロージ
第9女収容所 フランツェ・シュティグリッツ
華氏451 フランソワ・トリュフォー
エレクトラ マイケル・カコヤニス
電動車椅子 マルコ・フェレーリ
ポケットの中の握り拳 マルコ・ベロッキオ
濁流 マルセル・カミュ
危険な曲り角 マルセル・カルネ
天井桟敷の人々 マルセル・カルネ/ジャック・プレヴェール
さすらい ミケランジェロ・アントニオーニ
情事 ミケランジェロ・アントニオーニ
太陽はひとりぼっち ミケランジェロ・アントニオーニ
雨月物語 溝口健二
鶴は翔んでゆく(戦争と貞操) ミハイル・カラトーゾフ
黒いピーター ミロス・フォアマン
ブロンドの恋 ミロス・フォアマン
海の詩 ユリア・ソーンツェワ
アフリカよ帰れ ライオネル・ロゴーシン
地下鉄のザジ ルイ・マル
恋人たち ルイ・マル
死刑執行人 ルイス・ガルシア・ベルランガ
アルチバルド・デラクルスの犯罪的人生 ルイス・ブニュエル
ナサリン ルイス・ブニュエル
ビリディアナ ルイス・ブニュエル
若い娘 ルイス・ブニュエル
皆殺しの天使 ルイス・ブニュエル
若者のすべて ルキノ・ヴィスコンティ
郵便配達は二度ベルを鳴らす ルキノ・ヴィスコンティ
熊座の淡き星影 ルキノ・ヴィスコンティ
リラの門 ルネ・クレール
ル・ミリオン ルネ・クレール
天使の家 レオポルド・トーレ・ニルソン
フィン・デ・フィエスタ レオポルド・トーレ・ニルソン
その窓の灯は消えない レフ・クリジャーノフ
プライマリー  ロバート・デュー
バルタザールどこへ行く ロベール・ブレッソン
抵抗 ロベール・ブレッソン
袋小路 ロマン・ポランスキー


あらためてその壮観さには、目を奪われました。

偶然なのですが、この作業を終えたあと、朝刊を広げて読んでいたら、社会面の最下段に、いまさっき、サドゥールのリストの中で見掛けたばかりのジョナス・メカスの訃報を見つけました。


≪ジョナス・メカスが96歳で死去、アメリカ前衛映画界の“ゴッドファーザー”
2019年1月24日 14:29

アメリカ前衛映画界の“ゴッドファーザー”とも称される映像作家で詩人のジョナス・メカスが、現地時間1月23日の早朝に米ニューヨークの自宅で死去。96歳だった。IndieWireなどが報じている。
1922年12月24日生まれ、リトアニアのビルジャイ出身のメカスは、ナチス・ドイツによって故郷を追われアメリカに亡命。1950年代にはニューヨークで実験映画のキュレーションを始め、1954年に弟とともに映画雑誌のフィルム・カルチャーを創刊する。1961年の「Guns of the Trees(原題)」で監督デビュー。1964年に発表した「The Brig(原題)」では、ヴェネツィア国際映画祭の最優秀ドキュメンタリー賞を獲得している。撮影技師としては、アンディ・ウォーホルが8時間5分にわたりエンパイア・ステートビルを定点で収めた16mm作品「エンパイア」などに参加した。
1969年には3時間に及ぶ「ウォールデン」で日常を日記のようにカメラで収める“日記映画”というスタイルを確立。リトアニアへの27年ぶりの帰郷を捉えた「リトアニアへの旅の追憶」なども知られている。また実験映画の保存、保管、上映を目的としたアンソロジー・フィルム・アーカイブスを設立。ウォーホルのほかにも、ミュージシャンのジョン・レノン、作家のアレン・ギンズバーグ、画家のサルバドール・ダリらと交流があった。
近年までコンスタントに作品を生み出し、長編では2012年の「Out-Takes from the Life of a Happy Man(原題)」、短編では2013年の「Reminiszenzen aus Deutschland(原題)」が最後の映画となる。アンソロジー・フィルム・アーカイブスのSNSでは、メカスが家族に見守られながら静かに、そして安らかに亡くなったことが報告された。日本国内では2018年10月から11月にかけて特集上映「メカスとの旅 A Journey with MEKAS」が組まれたばかりだった。≫


「営倉」
1963年5月「リヴィング・シアター」で起きた事件で、メカスは、米国社会で大きな注目を集めた。
メカスはリヴィング・シアターで行われた「営倉」という演劇を観に行き、これをフィルム化することを突如思いつく。ここで上演されていた前衛的な演目を不満に思った劇場主が上演期間中に劇場を閉鎖、反発したダンサーが封鎖を破って上演を強行し逮捕されたという事件である。
最終日であったから、メカスとこのアイデアに同意した演劇の俳優たちが翌日夜の閉鎖された劇場に入り込み、セットを俳優たちが作りなおし、同時録音の16mmカメラでいつもの公演を撮る、という方法であった(後日、メカスは映画組合に大目玉をくらったという)。
メカスは封鎖された劇場での一部始終を撮影した映画『営倉 (The Brig) 』は、同年のヴェニス映画祭ドキュメンタリー部門で大賞を受賞した。
従って、劇映画とも違うし、ドキュメンタリーとも違う。メカスの異色作である。
営倉は懲罰房、米軍海兵隊で営倉に入れられている下っ端たちは、教官に熾烈な訓練とシゴキを受ける。教官たちは絶対的な存在であり、棍棒で気の向くまま囚人たちを殴る。囚人は逆らってはならず、「Yes, Sir!」と叫んではロボットのように起床し、着替え、掃除し、走り、腕立て伏せをし、何やら復唱する。何度観ても、何を言っているのかよくわからない。ただひたすらに、叫び声と、規則的に動かす足踏みのだっだっだっという音が耳に残る。
海兵隊のシゴキを描いた映画としては、スタンリー・キューブリック『フルメタル・ジャケット』(1987年)があったが、情けのかけらもない描写と裏腹の美しい映像とドラマはあくまで劇映画だった。1日で撮られ、既に演劇を観てしまっているという予定調和を避けるために弟のアドルファス・メカスに残酷に編集させたという『営倉』の生の存在感とは、根本的に異なっている。
「これがほんものの営倉だったらどうだろう。米軍海兵隊の許可をとってどこかの営倉に入り込み、そこで行われていることを映画に撮るとしたら。人の目に、どんな記録を見せられるというのか! その時演じられていた『営倉』のありさまは、私にとってはほんものの営倉だった。」
(『メカスの映画日記』フィルムアート社)


(1964アメリカ)監督: ジョナス・メカス、製作: ディヴィッド C. ストーン、脚本: ケネス・ブラウン、原作: ケネス・ブラウン、撮影: ジョナス・メカス、編集: アドルファス・メカス、68 min


そういえば、ロバート・クレイマーが亡くなってから、もうどれくらいの時間が経ってしまったのか、とその訃報を読みながら考えていました。



by sentence2307 | 2019-01-25 23:40 | ジョナス・メカス | Comments(1)

リトアニアへの旅の追憶

ジョナス・メカスのことは、「メカスの映画日記」という本を読み、初めて知りました。

商業映画を激烈に批判していたので、もっと戦闘的な作品かと思っていたのですが、意外にも作品の中に流れる時間は、実におおらかでゆったりとしたものでした。

しかし、語られている内容は、とても熾烈です。

ナチスに追われた故郷リトアニアを、27年振りでメカス本人がカメラを回しながら訪ねるという主要な部分を挟んで、その前後に、亡命後移住したブルックリンのスケッチと、囚われていた強制収容所を再訪する場面とが描かれます。

追われた故郷に帰るために27年という時間を要したわけですから、状況は許しても、気持的に精算できなかった何かがあったのかもしれませんが、明確な説明はないまま、映画は直接リトアニアでの兄弟や幼友達と再会の日々が映し出されます。

しかし、この記録映画の白眉は、何といっても母親と過ごす場面でしょうか。

家の中で煮炊きすると煙が凄いからと屋外に出て老母は火の準備をします。

なかなか火はつきません。

メカスのカメラは、じっと母を見つめ続けます。

すると老母は、カメラを見上げて、はにかむように微笑します。

まるで

「なんだねえ、この子は。こんなところ撮ったりして。恥ずかしいじゃないかね。」

とでも言うように。

その笑みは、冷たいレンズに向かって作り笑いの演技をするような空虚さのない(息子を見ているわけですから)輝きがあります。

カメラは少し揺らぎます

「だめだよ、母さん。自然にしてなきゃ」とでも言うように。

そして、随所に見られるこの揺らぎや手振れこそが、この映画の真髄であることに気づかされたのです。

むしろメカスは、「そういうもの」しか信用していなかったのかもしれません。

カメラを支えている人間に感情がなければ、三脚と同じになってしまうのではないか。

揺らぎや手振れこそ、血の通う人間の手で握り締めるカメラに、生命の律動がそのまま伝わってくる何よりの証左じゃないか、メカスは、撮る者と撮られる者との間に信頼関係とか気持ちの通い合いとかを厳しく(現れる形は優しさですが)求めたのだと思いました。

ここまできて、メカスのことが少し分かり掛けてきたように思いました。

彼の主張は、映像を虚偽を写す手段(商売)としてではなく、愛する者たち=真実を写し撮り記録(記憶)する手段として、個人のレベルに映像を取り戻そうとする極めて道徳的な運動だったのではないかなと思えてきたのでした。

デジタル時代になったいま、時代はやっとメカスに追いついたといえるでしょうか。
by sentence2307 | 2004-11-20 17:23 | ジョナス・メカス | Comments(125)