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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:アルベール・ラモリス( 1 )

赤い風船

子供のときに見た映画で「赤い風船」という映画がありました。

題名や撮った監督のことなど、大人になってから調べて初めて知ったのですが、全編を貫いている繊細な詩のような映像美は、いまでも心に深く残っています。

記憶が正確かどうか自身がありませんが、思い出すままに心の中のスクリーンに映された場面のきれぎれを書きとどめておこうと思い立ちました。

少年が、大きな赤い風船を手にして石畳の街路を歩いています。

町並みからすると、そこは、きっとパリ。

少年に付き従っていく風船は、まるで忠実な犬のように見えます。

そして、少年は、まるでその信頼関係を試すみたいに(映画からの感じは、そんな功利的な狡さは微塵も感じられなかったことを明言しておきます)風船の糸から手を離します。

手から離れたはずの風船は、それでも飛ばずにどこまでも少年についていきます。

それが当たり前のように少年は、大きな赤い風船を笑顔で見つめています。

この場面を見た幼かった自分が、映画というものはこんなにも美しい人の気持ちを、いとも簡単に表現できるものなんだと驚いて感動したと、今でも思っています。

きっと多くの人たちが、失望とか裏切りに出会ってネガティブに「信頼や友情」を理解するとき、僕は幸運にもラモリスの映像によって、そのままの概念をまっすぐに理解することができたのだと思います。

しかし、この映画は、楽観的なただのポエムではありませんでした。

いたずら小僧の悪童たちが、寄ってたかってこの赤い風船を棒で突付いて破裂させてしまいます。

このときの風船のしわしわになって萎んでいく描写が、物凄い迫力だったのを鮮明に覚えています。

このショッキングな情景を言葉で表現するとすれば、おそらく「怒り」と、そして「悲しみ」でしょうか。

子供心にも、人間の悪意を前にしたときのこのふたつの観念が、まったく同じ根から派生するものであることを直感したのだと思います。

風船は悲しみと怒りとによって消滅します。

そのとき、消滅した赤い風船を悼むかのように、街中から悲しみと怒りに呼び寄せられるみたいに、おびただしい風船たちが少年のもとに集まってきて少年を包み込みます。

これが多分この映画のラストシーンだと思うのですが、そのあとの描写が記憶のスクリーンには、はっきりと映りません。

親友を失った少年を風船たちが抱きかかえるようにして大空に連れ去ったという記憶と、悪童を追い払ったあとで大空に消えていく多くの風船たちを呆然と少年が見上げている描写で終わった記憶と、ふたつあるのです。

デ・シーカの「ミラノの奇蹟」のラストと混同しているのかもしれません。

しかし、もし前者だとすると、それは残酷すぎて、とても怖い話になってしまいますが、きっとその前者だったような気もしてきました。

僕の思い出のなかの映画の一本です。
by sentence2307 | 2006-05-28 10:41 | アルベール・ラモリス | Comments(0)