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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:ロードムービー( 1 )

ロードムービー

朝、通勤電車の中で、何となく「ロード・ムービー」について考えていました。

この言葉、例えば、何とかの定理とか法則とかに匹敵するほどの大発見だと思いませんか。

映画が誕生してからの100年余の間に撮られた作品のかなりの部分が、強引にこじつければ、この言葉の中にほとんど取り込まれてしまうのではないかと思えるくらいです。

逆に言えば、映画というものの本質を一言でカバーしてしまったすごい造語です。

一般的には、ヴェンダースの「パリ、テキサス」を頂点としたそれなりの系譜がちゃんとあって、なんでもOKという訳ではなく、「ロード・ムービー」であるためには相応に厳しい条件を満たさなければならないらしいのですが、あまり、そういうややこしいことには囚われず、頭に浮かんだままの作品を挙げてみます。

以前「テルマ&ルイーズ」を見たとき、すぐに「バニシング・ポイント」を連想しました。

しかし「テルマ・・・」の方は、追い詰められ、いわば「分かってしまった」女たちが、もはや嘘で固めた空々しい日常に舞い戻る気にもなれず、むしろ自殺を選ぶ方がよっぽどマシだわ、とでもいうようなサバサバした爽快な映画・・・らしかったのですが、しかし、残念ながら、その彼女たちの死に対して幾分同情的なニュアンスがこめられたりした分、その甘さが作品全体の引き締まりを殺いでしまって、見終わった後の何か煮え切らない徹底性を欠いた、不消化なとでもいう感じが残ってしまいました。

多分、彼女たちを死に追い詰めていった敵というものが、あの「同情」の描写によって却って見えずらくしてしまったからだったと思います。

「バニシング・ポイント」は、実に明確な映画でした。

車の陸送を仕事とする男が、配送時間の記録を賭けてパトカーの追跡をかわしながら疾駆し、ラストで、道を塞いだパトカーの停止線に突っ込んでいくという壮絶な映画でした。

「イージー・ライダー」の鮮烈な記憶が、まだ生々しい中でのこの作品との遭遇でした。

目の前には自由を阻もうとする警官隊がいて、権力の意地にかけてその疾走を止めようとしています。

この映画は、見ている者すべてが、自由でいることの誇らしさ、それを放棄することは死ぬことと同じだと信じた息詰まるような真摯な時代の中で、誰もがその自滅に向かう暴走車のアクセルをいっぱいに踏み込むことを、いささかも躊躇しなかったある精神の高揚を思い出させる今となっては眩いばかりの作品です。

この映画の原題の意味は、確か「消滅点」、きっと、これは、ある観念の成熟を示していたのだなあと今にして思える作品です。

ロード・ムービーの作品群を書く積りが、出だし早々の「バニシング・ポイント」で引っかかってしまいました。

本当は、僕なりの「ロード・ムービー」をつながりの中で挙げていきたかったのですが。

或る夜の出来事、駅馬車、怒りの葡萄、恐怖の報酬、野いちご、さすらい(アントニオーニ)、勝手にしやがれ、気狂いピエロ、俺たちに明日はない、イージー・ライダー、スケアクロウ、バニシング・ポイント、ゲッタウエイ、ペーパー・ムーン、都会のアリス、まわり道、さすらい、旅芸人の記録、道、センチメンタル・アドベンチャー、ストレンジャー・ザン・パラダイス、パリ、テキサス、ワイルド・アット・ハート、テルマ&ルイーズ、ストレイト・ストーリー・・・とか。

でも、感動した自分なりの「ロード・ムービー」考えるのって、とても楽しいですよ。

だいたい、映画を見るってこと自体、「ロード・ムービー」みたいなものじゃないですか。

あれこれ考えるだけで、通勤電車の辛いのも忘れて、とてもハッピーな気分になれます。

あっ、駅に着いた。僕はここで降ります。じゃ、また。
by sentence2307 | 2007-04-07 17:34 | ロードムービー | Comments(0)