世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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カテゴリ:市川崑( 8 )

果しなき情熱

「見てから処理する」というコンセプトで、溜まりに溜まったVHSの録画済みのビデオテープを片っ端から見始めています。

というのは、長い期間、それなりの労力を費やして、せっせと録画してきたものを、いくらご時世が代わってしまったからとはいえ、見ないで処理(破棄)するというのは、気持ち的にどうしても引っ掛かるものがあるからなのですが、なら画像の方はどうなのよと突っ込まれれば、そりゃあ多少劣っていることは否めませんけども、自分のようなモノクロの邦画が大好きな時代遅れの人間にとっては「画調」など、もともとがアレなのですから、なんら支障はありません、立派に見られればOKです。

家人などにいわせると、いまのご時世、300円とか400円とかだせば簡単にダビングできるのだから、片っ端からDVDにしてしまえばええやんかとか言われますが、うかうかそんな甘言にのせられるわけにはいきません、それこそ「それほどまでは、する気イはないねん」とか迂闊なことを口走ったりしたら、なにしろ敵はこんなもの、さっさとゴミとして捨ててしまいたい腹でいて、絶えずこちらのスキを狙っているので、そんな失言でもしようものなら聞き逃すことなく、すかさず柳眉を逆立て厳しく突いてくるに違いありません。なにしろ場所塞ぎの数百本のVHSテープ(すべて3倍速録画なので重複したものも含めて優に映画千本分はあるかもしれません)に対しての敵意と殺意を抱いているのですから、こちらが反応する言葉のひとつにも、入念な心配りが必要とされるというわけです。

それに当のVHSテープに入っている映画といっても、なにも手元に置いておきたいほどの「名作」などはなく、ただ、会社勤めをしていたときに、見るに見られない日中に放映されている未見の映画を見逃すのが口惜しくて片っ端から録画していただけにすぎず、いざ見てみると、だいたいは「な~んだこりゃ、がっかり」みたいな映画ばかりなので、「そんなもの、さっさと捨ててしまえ」という家人の苛立ちや断捨離にも一理あることはあるものの、しかし、そうはいっても「な~んだこりゃ、がっかり」も愉しみのうちのひとつには違いなくて、現在のところ「それ」を楽しんでいる最中というわけです。

そういうことで、暇になったとき、適当に選んだ1本のテープ(ラベルには「東北の神武たち」1957と「果しなき情熱」1949というメモがあります)を見始めました。

特段、録画した年月日の記載がないので、いつ頃録画したものかは見当もつきませんが、たぶん市川崑監督が亡くなられたときに特集で放送されたものだったと思います。

かつては貧農の家に生まれた次男坊以下は、無駄飯食らいの単なる厄介者にすぎず、蔑まれて虐げられ無視された、そういう悲哀と絶望的な状況を描いた「東北の神武たち」は、まるで極限にまで研ぎ澄まされた寓話のような深沢七郎の原作です、思えば、あの「楢山節考」だって、見ようによってはとことん現実離れの抽象化された寓話(というか昔話)じゃないですか。木下恵介監督が、あの陰惨なストーリーを描くに際して、極力リアリズムを避けて「母親と息子の情愛」の奇麗な部分だけに焦点を絞り、貧しさから口減らしのために生きたまま生母を捨てるというこの物語の持つ陰惨さを薄めるため劇中劇みたいな舞台劇風な歌舞伎的にデフォルメした気持ちがなんだか分かるような気がします。

しかし、木下監督が目をそらした「陰惨さ」と「リアリズム」のそぎ落とした部分こそが、まさに「楢山節考」の欠かせない核心ではないかと見定めた今村昌平の描き方にも、やはり納得できるものがありました。

もちろん今村作品は見ることができなかったでしょうが原作者深沢七郎にとって、どちらが納得できる映画だったかといえば、これはあくまでも予想にすぎませんが、やはり今村作品の方だったのではないかという気がします。

当時、木下恵介の「楢山節考」を深沢七郎がどう反応したのか、知りたいような気がしますので、その辺の当時の社会状況など機会があれば後日調査してみたいと思います。

さて、市川崑の描いた「東北の神武たち」のリアリズムも、第一印象的には「すごいな」と感じましたが、今村昌平の「くそリアリズム」と比べると、それらは明らかにタイプの異なるものであることは明確です。

この映画に登場する人物たちの「汚さ」をつきつめた市川崑の姿勢は、「細雪」でみせた晴れやかできらびやかな衣装を凝らすための「つきつめの姿勢」のタイプに通ずるものがあって、やはり同じようなスマートさを感じてしまいました。

その姿勢を「リアリズムにとっては贋物」とまでは言いませんが、今村昌平が目指して捉えようとした「汚さ」とは明らかに異質なものであることは歴然です。

さて、VHSテープの収録されていたもう1本の作品「果しなき情熱」は、この「贋物感」という観点からいえば、このひたすら陰々滅々の厄介なストーリー(なにしろ主人公の歌謡曲の作曲家は自殺することばかり考えているような御仁です)に食らい付いていく初期の市川崑の必死感とか格闘感(ストーリーはともかく素晴らしい映像美です)に自分的には大変好感が持てて、これは小手先で処理したような器用でスマートさからは完全に免れているという印象を持ちました。

そこでこの市川崑監督作「果しなき情熱」にアプローチする手がかりにするために、どこかのサイトでざっくりした「あらすじ」をチョイスしようと検索してみたのですが、やはり超マイナーな作品だけあって、ヒットしたのは、ほんのわずかでしたが、いつもお世話になっている「昔の映画を見ています」さんのブログに素晴らしいコメントがあったので拝借してエッセンスだけちゃっかり要約しちゃいますね。

ここまで書き込んでいただいたなら、「ほかになにも言うことなんてあるわけない」というくらい素晴らしいコメントです。(部分的修正はご容赦ください)

≪(1)作曲家・堀の妄想の一端は、信州の湖畔で出会った麗人(にしては、オバン臭い顔の折原啓子)への一方的な片思いにあるということになっていて、この逢う事さえままならない女性(何しろ名前も住所も知らない)への堀の想いが、次々曲を作る動機になっており、その彼女への妄執が曲として「湖畔の宿」「夜のプラットフォーム」に結実して、これがまた次々とヒットしてしまい、「自分だけの想い」だったものが、「大衆の愛唱歌」になっていくことで汚されてしまうというその怒りが、彼をさらに破滅的な行動に駆り立てていく。
(2)和田夏十・市川崑の「流行歌」という存在の「読み替え」が、そもそも無茶があるのだ。「流行歌」というのが、すでにもう、ずぶずぶの「俗情との結託」なのだから、そこには作家個人の「私情」などあるわけがない。おまけに、この夏崑コンビは、おそらく意図的に、作曲家が作詞(私情の吐露)も担当しているという誤解を貫き通している。
(3)もうどうしようもない超根暗野郎として描写されている堀雄二=服部良一のドラマに、たぶん苦笑しつつ、音楽監督として付き合う服部良一の度量! しかし、こんな映画でも、すばらしいのは「モダンな職人さん」市川崑の、モダンな映像。キャメラ移動、ミニチュア適時使用、光と影の演出の素晴らしさ。ドラマ部分はダメだが、映像のしゃれた展開には、ニヤニヤするばかり。快だなあ。撮影は小原譲治、やはりか。≫

もうこれだけ要約してしまえば、自分の書きたいことなどすべて語り尽くされていて、さらに語ることなどさらさらないのですが、ただひとつだけ補足してみたい「視点」があるのです。

作曲家・堀に、あたかもお情けで拾われ、もうちょっとで結婚までいきそうになった忍従の女性・月丘千秋の存在です。あれじゃあまるで、DVを受けることと、そこに愛情を感じることとが等価で、暴力を振るわれるたびに(自分以外のことでですよ)、そのこと自体に愛も感じるという、なんとも絶望的な被虐の再生産というか、完全なる負のスパイラルとしか言いようのないものだと思うのですが、作曲家・堀は、彼女のそういう卑屈なところに苛立って、彼女に異常ともいえる執拗さでつらく当たっていたのではないかと、ふと考えてみました。

堀には心に秘めた意中の人があり、その思いが曲となって結実し、流行歌として世間に流布されると形骸化した曲の流布に苛立って憤懣を不幸な許婚者・月丘千秋にぶつける、あるいはこれみよがしのようなあてつけの自殺未遂をしでかすという、これじゃあなんとも許婚者・月丘さんの立場というものがまるっきりないじゃないかと思えたからでした。たとえ無茶苦茶をされるにしても、せめてその理由なりとも本人が自覚していれば本人もまた納得して虐められることに耐えられるという構図は、一応は成り立つのではないかと考えた次第です。

実は、この作品を見ながら、むかし読んだ志賀直哉の「孤児」という小説を思い出していました。従妹にあたる「敏(とし)」という女性のことを書いたこの作品、幼くして父を失い、まだ若かった母親は幼な子を志賀直哉の実家にのこして嫁いでしまいます。その実家で彼女は志賀直哉の妹として育てられますが、適齢期になり縁談がおこり(彼女はあまり乗り気でない様子も少し描かれています)神戸に嫁いでいきます。

しかし、姑との折り合いが悪いという便りを聞くうちに妊娠し、子供でもできればうまくいくかもしれないと話しているうちに出産しますが、しかし事態は好転せず、ほどなく子供を置いて実家に戻されてくるという小説です。

二親の愛情を知らずに育った敏は、無条件に注がれる愛情の前で他人と接することも、他人にあまえかかることも知らずに、心を閉ざして育ってきました。

この小説の中に2箇所、敏の性格についての記載があります。

「敏は冷ややかなところのある女です。欠点だけれど、これあるがゆえに忍べるのだと思ったら、なお可哀そうになりました」

「あの大きな欠点を認めてもなお愛さずにはいられない美しい性質があるのではないかと思う。冷ややかかもしれないが親切な女だ。強いかもしれないが優しいところのある女だ。誰にもこういう矛盾はあることだ。ただ敏のは、避けられない境遇のために、それが著しくなったばかりではないだろうか、そして敏からこの冷ややかさと強さとをまず認めたのがあの鋭い姑ではなかったろうかなど思う。」

度重なる不幸の中に育った敏の性格が、その過酷な環境に耐えるために、いつの間にか異常な強さで歪んでしまったとしても、それは悲しいことではありますが、たぶん無理ならぬことだったかもしれない、と志賀直哉は書いています。

そう考えると、この役はとても困難な役だったのだなあと、つくづく思います。こうしたしっかりとした役の性格付けが欠けていれば、たぶんこの映画で石狩しんを演じた月丘千秋のような、ちょっとつかみどころのない訳の分からない女性像になってしまったのだと思います。
そして、もしこの役を高峰秀子が演じたなら、結構うまく演じられたかもしれないなと、ちらっと思ったりもしました。

(1949新世紀プロ・新東宝)監督・市川崑、脚本・和田夏十、製作・井内久、音楽・服部良一、撮影・小原譲治、助監督・山崎徳次郎、美術・小川一男、録音・根岸寿夫、照明・藤林甲、挿入歌「雨のブルース」「夜のプラットホーム」「蘇州夜曲」「私のトランペット」「湖畔の宿」「セコハン娘」「ブギブギ娘」
出演・堀雄二(三木竜太郎)、月丘千秋(石狩しん)、笠置シヅ子(雨宮福子)、折原啓子(小田切優子)、清川虹子(石狩すて)、江見渉(千光)、斎藤達雄(砂堂)、鮎川浩(野々宮元)、服部富子(夏目千鳥)、若月輝夫(阪東梅吉)、伊藤雄之助(料理人・塙)、山田長正(肥満したコック)、山室耕(暴漢)、山口淑子(美しき歌手)、淡谷のり子(ブルースを唄う女)、
配給=東宝 1949.09.27 10巻 2,503m  91分 白黒
 


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by sentence2307 | 2018-11-09 21:25 | 市川崑 | Comments(0)

和田夏十という人

もうずっと以前のことになりますが、名優・仲代達矢の半生を紹介する特集番組を見たことがあります。

幼少期から青年期に掛けてとても苦労された生い立ちや、俳優になってからの幸運な出会いの数々が、主演した思い出深い舞台写真とともに精密に語られていたそのなかで、もっとも印象的だったのは、やはり宮崎恭子夫人との出会いと別れを、こみあげてくる昂ぶりを抑えながら、努めて冷静に語ろうとしていた部分だったでしょうか。

話題が彼女の回想に向けられるたびに、遠くを見さだめるような遥かな眼差しで、恭子夫人のことを訥々と話していたことが、いまでも忘れられません。

掛け替えのない盟友として、いかに彼女を必要としていたか、そして頼っていたかを、彼女を失ってから既に相当な歳月を経ているのに、その痛手から未だに立ち直れていないかのような、取り返しのつかない悔恨で自分を責めているみたいに語られていた恭子夫人の面影が、仲代達矢にとって、この世の中で結ばれるべき唯一の伴侶であったに違いないと思わせる、出会いから別れに至るすべてのことが、おそらく「運命」だったに違いないと思えた秀逸な特集番組でした。

しかし、これらのことを、僕が、何の脈絡もなく不意に思い出したわけではありません、ちゃんとした切っ掛けがありました。

それは、久しぶりに見た「炎上」1958によってでした。

生涯最高の演技と絶賛された市川雷蔵を向こうに回して、一歩たりともひけをとらず、戸刈という屈折した人間像を濃密に演じ切った仲代達矢を見ていたら、彼が語っていた恭子夫人との絆の話を、ごく自然に思い出したのです。

「炎上」を見て、そんなふうに思うなんて、あとから考えると、随分と不思議な切っ掛けだったんだなあと思います。

なにしろ、夫婦の関係が盟友と呼ぶのに最も相応しいといえる象徴的なカップルといえば、むしろ「炎上」を撮った市川崑監督と脚本家・和田夏十の方が、巷間に認知されていたからでしょう。

いまは亡き夫人を回想するときのご両者の雰囲気が、とても似通っていたものがあったことも、あるいは想起させた一因だったかもしれませんが。

ですが、その時点において、僕の和田夏十に関する知識(それさえ、きわめて僅かなものでした)といえば、亡き市川崑監督が語っていたものがほとんどで、独自に収穫した情報など、正直言って皆無だったと思います。

そんなふうな気後れを抱え込んでいた矢先、その頼りなさを払拭するような読み物に遭遇しました、最近キネマ旬報社から刊行された「シネアスト・市川崑」です。

かつて「キネマ旬報」誌に掲載された市川崑監督に関する記事を集めて編まれた旧記事のアンソロジーのような特集本です。

アイデアが枯渇し、貧弱な企画しか捻り出せない現状において、窮余の一策として、昔の記事を蒸し返して一冊でっちあげたなどという悪口もあるのかもしれませんが、どの出版社も同じような台所事情を抱えている昨今、「それを言ったらオシマイだよ、おいちゃん」という気もしますし、また、僕のように昔の記事を読みたい者には、却って、とてもありがたい書籍ではあります。

そして、その収録記事のひとつに、和田夏十のインタビュー記事が収録されていました、題して「文学・シナリオ・映画」です。

本誌掲載が、1960年2月下旬号というのですから、市川作品でいえば、「鍵」「野火」「女経」「ぼんち」「おとうと」「黒い十人の女」「破戒」「私は二歳」「雪之丞変化」「太平洋ひとりぼっち」など、まさに市川監督の絶頂期にあたり、市川カラーがしっかりと確立されていった時期と重なります。

「和田夏十」という命名が、名優ロバート・ドーナットに由来しているという話から始まって、自分はミッションスクール出なので、きれいな話とかテーマへの共感に拘る部分(限界とは認識されていないのが、彼女の強さだと思いました)があり、正反対の市川監督からは「道徳派」と揶揄されていて、考え方の食い違いを意識しながら、という前提で自分の脚本作法(原作を理解するために、一度原作をバラバラにして、組み立て直す)を語っています。

ほとんど自分一人が喋り、散々喋べらせておいて、おもむろに市川監督が良いところだけ取るというディスカッションをユーモラスに語りながら、イメージを固めていく様子がリアルに語られています。

たとえば「鍵」。

もっとも映画化しにくいといわれた小説を苦労して脚色していく部分です。

「あのモラルが理解できるほど、自分は大人じゃない。」と考えている和田夏十は、市川監督に、まず、この主人公を肯定するのか、否定するのかを聞きます。

市川監督「否定」。

ひとまず安心・・・それなら、その否定の表し方はどうするのか、「否定」の立場なら、当然全員を殺すという視点から考え始めなければならない。

そして「殺す」段取り(誰が殺す)を新たに作っていきます。

殺しのサンプルを作り、監督の反応を聞く。殺す方法を決めていくという感じです。

そして、そのあと、脚色化しにくい小説と、しやすい小説について話しはおよんでいきました。

プロットの多い新聞小説は苦手だし嫌いだと話したあとで、一番好きなタイプの小説をこんなふうに語っています。

完結した思想を表現しなければならない映画にとって、作者の頭の中でトコトン燃焼され、こちらがどこまで突き詰めていっても、きちっとまとまっていて、底の底まで分析しても筋が通っている小説でないと映画にならない。

そういう小説なら最初から枠組みがしっかりしているからやりやすい。

そのひとつとして上げられた作品が泉鏡花の「日本橋」1956でした、この小説が映画化されたとき、たしか淀川長治がボロクソに酷評したという作品です。

そして、こんなふうにも話しています。

その作品の作者の書いた前作と、後作を読むことにしている。

そしてそこに作者の曲がり角の作品に遭遇することがある。

前に書かれた作品はその作者の無限に広がる可能性のようなものを感じさせるし、後に書かれた作品は、おのれの限界を知ったその作者が、自分の世界に深く入っていこうとしているような姿を感じさせる。

このふたつの間に挟まった、曲がり角の混沌とした作品にぶつかることがあるのだ。

その混沌とした不思議な魅力がある作品が「日本橋」だったような気がすると。
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by sentence2307 | 2008-08-31 09:50 | 市川崑 | Comments(436)

億万長者

市川崑監督がご逝去されました。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。

時代というものに決しておもねらず、かといって無粋な抵抗などに拘わることなく、その絶妙なバランス感覚で「成熟した大衆性」を忌憚なく表現することの意味を熟知していた市川監督の作品は、耽美的な描写で観客を魅了してやまなかった一方で、逆に、あまりに時代を先取りしすぎたために、先鋭な時代感覚が空回りしてしまったような実験的な作品もありました。

「奇抜な着想」と「鋭い風刺」といった一定の距離を置いたそれらの評価は、決してそれ以上には市川作品の本質に迫ろうとすることなく、市川作品に真摯に向き合おうとすることを回避した「敬して遠ざける」という逃げの姿勢にすぎなかったのではないかとずっと思っていました。

しかし、市川監督は、そういう「理解できないものは決して受け入れようとしない世間の偏狭さ」などという虚妄なものと格闘して、無駄な時間を浪費することの無意味を十分に知っていた「大人」だったのだと思います。

それらは、市川監督のとても大きな魅力のひとつだったに違いありません。

しかし、僕としては、その「奇抜な着想」と「鋭い風刺」というお座なりな常套句によって「賛辞」という名で不当な待遇を受けてきた作品、百万の言葉を狂気のように早口でまくし立てながら空回りし、その意を十分に伝えられないまま、ついに最後には口ごもるようなフラストレーシュンを再生産し続けながらみずから抱え込み、ついには収拾がつかなくなった挙句に息切れするように力尽きてしまうという作品の方にも、たまらない魅力を感じていました。

そのひとつが「億万長者」です。

エピソードのことごとくが迷走し、混迷し続けるようなこの作品を一言で表現することは、とても困難なことではあります。

深くて暗い底なし井戸に目を凝らすような徒労感に、まずはどう抗すればいいのか途方に暮れてしまうかもしれません、これが、僕のいままでのこの作品に対する印象でした。

しかし、最近あるサイトでひとつの言葉と出会いました。

この作品「億万長者」を黒澤明の「生きる」と、「太陽を盗んだ男」を引き合いに出して感想をつづっている文章でした。

着想は面白いけれども、例にあげたどちらの作品も、あまりに生真面目すぎて適当とは思えない、比較するにはちょっと無理があるかなと感じました。

「生きる」をあげたのは、小心者の下級公務員がモデルということが符合するだけですし、「太陽を盗んだ男」などは原子爆弾を手作りしてしまおうとする着想が一致するというだけにすぎません。

あげるなら、むしろ「生きものの記録」ではないでしょうか。

後年、黒澤監督がこだわった(取り憑かれた、などと表現する人もいますが)神経症的な恐怖心の部分がモロに表現されていた作品だと思います。

とにかく、どちらの作品にも、人類殺戮最終兵器「原子爆弾」というものに対する底知れない恐怖心が核として描かれた生真面目な作品でしょう。

原子爆弾の「効果」を、失われた人間の命の数によって実際に試されたこの国の構成員のひとりとして、多くの映画人が、その被害者の立場から原子爆弾の恐怖と犯罪性を怒りを込めて描き続けてきたであろうそのような「時局」にあって、市川監督は、それらの被害妄想を揶揄し、まるで神経を逆撫でするような作品、原子爆弾を手作りしてしまおうという「億万長者」を撮ったのです。

「反戦映画」が一方にあるなら、市川監督のこの危険な立ち位置は、どう理解すればいいのでしょうか。

オールマイティの「平和主義」という大義名分を放棄した市川監督の目指したところを「奇抜な着想」と「鋭い風刺」などという誤魔化しの言葉で有耶無耶にするのでなければ、僕たちはもう少し先のタブーの限界領域を見据えながら、表現の可能性に踏み込むことが出来たかもしれません。

「平和主義」と「ヒューマニズム」という足枷によって身動きできなくされている膠着した現状を突破しようとした市川作品「億万長者」は、日本映画史に綺羅星のように輝く作品群とは、同じ平面状では語ることができない異次元の、既存の価値観など凌駕してしまった表現の限界にまで挑んだ稀有な作品なのかもしれませんね。

(54新東宝)監督脚本・市川崑、企画・本田延三郎、製作主任・浅野正孝、撮影・伊藤武夫、音楽・団伊玖磨、美術・平川透徹、録音・安恵重遠、脚本協力・安部公房、横山泰三、長谷部慶次、和田夏十、照明・平田光治、編集・河野秋和、助監督・小林大平
出演・木村功、久我美子、山田五十鈴、伊藤雄之助、信欣三、高橋豊子、岡田英次、加藤嘉、左幸子、多々良純、北林谷栄、関京子、織田政雄、薄田つま子、春日俊二、織本順吉、西村晃、高原駿雄、清村耕次、松山省次、山形勲、岸本みつ子、原泉、野本昌司、10月会、劇団生活部隊、前進座子供会

製作=青年俳優クラブ  1954.11.22 10巻 2,270m 83分 白黒
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by sentence2307 | 2008-02-17 11:42 | 市川崑 | Comments(28)

かあちゃん

この手放しの「善意」が、ただの「善意」のままで終わるわけがない、なにしろこの作品は、かの市川崑の作品なのだからという思いを抱えながら、結局最後までその気持ちの持って行き所を探し出せず、また映画の核心の明確なイメージも掴めないままで遂に終わってしまったのは、きっと、僕のなかで培ってきたはずの市川崑作品のイメージと、この「かあちゃん」という作品との間に、大きなズレがあったからだろうと思います。

だからといって、決して、この市川崑作品(75本目だそうですね)にケチをつけるつもりはありません。

ただ、長い間、市川崑作品を見てきた僕にとって、そこに描かれている「善意」は、最後には必ずや屈折した諧謔に変質するに違いないと勝手に思い込んでいた期待の分だけ、裏切られてしまった「苛立ち」を、自分のなかで処理し切れなかったからだろうと思います。

しかし、飄々と流れる台詞回しがカタチ造る独特の市川崑ワールドは、この作品でもしっかりあって、そうした時空間の流れのままに身を委ね、いつもながらの不思議な市川崑の虚構の世界に浸り込んで、リラックスできた悦楽の時間を持てたことは僕にとって大きな喜びでした。

それだけに、湧き上がる感情を悉く押さえ込むような、でき得る限り無感動であろうとする乾いた独特の台詞回しと、市川崑が描こうとした現実から少し距離をおいた人間像とが決して不可分なものではないという思いが、僕がこの作品「かあちゃん」に感じた居心地の悪さの原因かもしれないなと気がつきました。

その場のシチュエーションに反応する出来合いの感情表現をむしろ廃して、その台詞回しから「表情」というものを悉く奪い取ることで、交錯しながら揺れる人間の活きた感情表現に幅と奥行きを持たせて、計り知れない複雑な人間感情の奥底にある得体の知れないものまでをも表現できた証明は、僕たちが彼の多くの作品の中に見てきた通りだったと思います。

しかし、岸恵子演じる「かあちゃん」の薄気味悪いくらいの善意の正体が、ラスト近くで語られるあの剥き出しのグロテスクな台詞「子として親を悪く云うような人間は大嫌いだよ!」によって一挙に明かされてしまうという「かあちゃん」の正体とともに、作品そのものまでをも小さくしてしまったような気がしてなりません。

それまでは掴み所のなかった「かあちゃん」や、その「善意」の正体が、底の知れた薄っぺらな教訓に繋がってしまうことで、実に小さなものでしかなかったのだと、冷水を浴びせ掛けられるようにして気づかされてしまった一瞬でした。

それまでは、どうにか気づかれないように慎重に運ばれてきたものが、一気に明かされた結果、当然のことですが、アレは「その程度のもの」でしかなかったのかという落胆に繋がったのだと思います。

しかし、最近、ある知人から、僕が感じた「落胆」と全く同じ内容の感想を聞いたとき、そのグロテスクの謎が天啓のように解けました。

自分で考えているときには気がつかなかったものが、同じ内容を第三者から客観的に聞かされると、その考えの欠陥がたちどころに分かるいい例だったかもしれません。

ある記録によれば、この作品は、すでに50年前に故・和田夏十と共同で書き上げたシナリオだということを知りました。

しかし、50年前といえば、市川崑監督が、その感覚とテクニックによって、時代に拮抗するアフォリズムに満ちた、あるいはアモラルな絢爛たる作品を撮り続けていた時期と重なります。

その時期に、果たして本当にこの善意に満ちた作品が書かれたのか、奇妙な感じというか、ある疑わしさをもってその記録を読みました。

しかし、逆にそれが「謎」なら、その答えは簡単なような気がします。

つまり、捻りのないそのような素直な作品だったからこそ、当時にあっては日の目を見ることがなかったのだと。

そのように考えれば、(失礼を承知で、あえて申し上げるのですが)そろそろ人生の総決算をしなければならない時期にさしかかった市川崑監督が、いまは亡き同志・和田夏十の書いた素直な言葉のひとつひとつをたどりながら、映像に結実させる意味が分かるような気がしましたし、また、この映画を市川監督が一点のクモリのない善意のままで終わらせることに些かの躊躇もなかったと考えることは容易かもしれません。

この手放しの善意こそは、アフォリズムもアモラルも放棄した久里子亭への静かで誠実な鎮魂歌だったのでしょうか。

(01東宝)監督・市川崑、製作・西岡善信・中村雅哉・長瀬文男・松村和明、プロデューサー・西村維樹、猿川直人、鶴間和夫、野口正敏、原作・山本周五郎、撮影・五十畑幸勇、脚本・和田夏十・竹山洋、音楽・宇崎竜童、タイトル画・和田誠、美術・西岡善信、編集・長田千鶴子、衣装(デザイン)・乾保直、録音・斉藤禎一、スクリプター・川野恵美、スチール・橋山直巳、音響効果・斉藤昌利、林彦佑、ナレーション・小沢昭一、監督補・小笠原佳文、照明・下村一夫、古川昌輝
出演・岸恵子、原田龍二、うじきつよし、勝野雅奈恵、山崎裕太、飯泉征貴、紺野紘矢、石倉三郎、宇崎竜童、中村梅雀、春風亭柳昇、コロッケ、江戸家猫八、尾藤イサオ、常田富士男、小沢昭一、仁科貴、横山あきお、阿栗きい、新村あゆみ、1時間36分
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by sentence2307 | 2007-06-23 22:29 | 市川崑 | Comments(52)

花ひらく 眞知子より

予備知識がないまま、この映画を見たら、これがあの市川崑監督のデビュー作かと、すぐには信じられないくらいの陰鬱さに驚かされるに違いありません。

特に、ボサーっと突っ立っているだけで絵になる二枚目「上原謙」が、いままで見たこともないような屈折した学生運動の活動家を演じているのですから、本当にびっくりです。

ミスキャストとか、そんな生易しいレベルでは気持ちの持っていきようがないほどの、これはもう悪趣味を通り越して深刻なグロテスクを感じてしまうくらいの相当無理な設定と思ったのは果たして僕だけだったでしょうか。

もっとも、ある資料によれば、これは和田夏十の趣味だったそうですから、まあ市川監督には責めがなかったといえるかもしれませんが。

そういうわけで、後年の軽妙洒脱な演出の冴えをみせる市川監督らしさを、このコテコテのメロドラマ作品から見つけ出そうというのは、かなり難しい問題なのですが、しかし、だからといって後年のスッとぼけたような市川監督一流の不思議な味わいがまったく「皆無」かといえば、決してそうではありません。

学生運動の活動家・上原謙の下宿のすぐ裏に精神病院(映画のなかでは、なんの躊躇もなく、それこそきっぱりとモロ差別用語である「キチガイ病院」と言い放っています)があって、時々聞こえてくる狂人たちの叫び声にこの活動家の荒んだ気持ちが慰められるとかいう場面があります。

斜に構えたこの青年のヒネクレ加減からみても、この活動家が相当に屈折した心の持ち主であるらしいことが伺われ、一層そのインインメツメツとした暗さに、観ているだけでもうんざりさせられてしまうのですが、しかしそのなかにあって、せめてもの魅力は、この「キチガイ病院」を動物園と同じレベルで捉えている市川監督の突き放したような描き方に、軽妙洒脱な市川演出の冴えが見られるといえるかもしれません。

それはまあ、「かろうじて」という感じではあるのでしょうが。

しかし、この叫び声だけを象徴的に描きながら「人間」を「動物」にすり替えてしまうアクロバット的な奇妙な発想の可笑しみは、考えてみればこの「一大メロドラマ」全体を覆いつくしているような気がします。

この物語を少し整理して考えてみると、自分が属している上流階級のぬるま湯に苛立ちを感じている「眞知子さん」は、なにやらいわくありげな左翼の活動家に惹かれ、接近していくうちに次第に見えてくる彼の心の荒廃と怠惰と人格的な欠陥に失望して(実は、男は重婚を隠して眞知子さんに求愛しています)彼を見限るという物語でした。

みずからが属する上流階級への嫌悪と、貧しい階級への同情から、眞知子さんは階級闘争の闘士に惹かれていくのですが、そのモラル(あるいは反モラル)までは受け入れることができず彼に従う決心がつきません。

しかし、この眞知子さんの関心と失望の過程は、実は、前述した「キチガイ病院」から奇怪な「叫び声」だけを切り取って可笑しがるという姿勢と不思議に重なっていることに気づかされます。

深刻な人格障害を病理的に理解することなどせずに、病気から発せられるその叫び声だけをあっさり抽出して面白がるという姿勢は、そのままこの物語に描かれている眞知子さんの革命への関心と失望の淡白な過程と、同じ軌跡を辿っています。

時代錯誤の紅衛兵か、遅れてきた赤軍派みたいなことを言うみたいで大変恐縮なのですが、生来持っていたモラルを克服しなければ「革命」なんて理解できるわけがないし、ましてや死を覚悟した変革への献身などできるはずもありません。

この物語が、捨てられた男の側から描かれているシニカルなものなのならまだしも、どこまでも「お嬢さん」の不定見な関心と鈍感な失望の物語にすぎず、ただ一方的に澄ましかえって終始するあたりが、この幼稚な作品を、とても俗悪で、それゆえに却って奇妙な味わいをかもしながら、一定の作品に仕上げることができたのかもしれません。

市川演出は、うわべだけの物語の流れを皮肉的に敷衍して見せたのだと思いました。

ラストシーンは、生きていく道を絶たれ、明日を見失ったはずの眞知子さんが、「明日から頑張るぞ」みたいな晴れ晴れしい顔のアップで終わっているのですが、ここには、彼女自身、遂に克服できなかったものがなんだったのかの見当さえつかないまま、上流階級の身勝手なお嬢さんのひとりよがりの、図太いまでに鈍感な感受性(もし、これでも「感受性」などと呼べる種類のものであるとして、ですが)が、描かれているのだと思いました。

(48新東宝) (監督) 市川崑 (原作)野上彌生子(脚本)八住利雄(撮影)小原譲治(美術)河野鷹思(音楽)早坂文雄
(出演)高峰秀子、上原謙、藤田進、吉川満子、三村秀子、田中春男、村田知英子、水原久美子、春山葉子、伊達里子、江見渉
(88分・35mm・白黒)
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by sentence2307 | 2007-03-25 22:53 | 市川崑 | Comments(1)

炎上

いまから考えてもみても、三島由紀夫と市川雷蔵とでは、誰もが考えつかなかったような異色の取り合わせだったと思います。

白塗りの二枚目の時代劇スターが、金閣寺(映画では、驟閣寺でしたっけ?)に放火した屈折した青年僧を演じたわけですからね。

市川監督が常々「企画が決まって、台本が決まって、キャスティングが決まったときに、その作品の格は、ほぼ決まってしまう。その映画が、いけるか、いけないかは、その段階で大体分かるものだ。演出は、ただその後をついていくようなものだ。」と言っているそうです。

この言葉を、金に飽かした豪華なキャスティングという意味にとるか、または、誰もが考え付かなかったような奇抜なアイデアによる組み合わせの妙と取るかは、いかな市川作品といえども、そのキャスティングの結果からだけでは判断に苦しむかもしれません。

「高打率」を残している市川監督作品でさえも、そのキャスティングからうかがえる図は、監督が納得して撮り始めたものとは到底思えないような、よく言えば中途半端、はっきり言って妥協の産物としか思えないものが多かったのではないか、と思われるくらいです。

それだけに、そこには様々な条件を抑えて、とにかく形あるものとして作品をスタートに漕ぎ付けた苦渋の痕跡を見ないわけにはいきません。

演出を最終的なものといっているあたりも、あるいは市川監督一流のテライとかハニカミもあってのことだろうとは思いますが、それならもうひとつ、監督に必要な資質として「政治力」でも挙げたくなるくらいの煩悶のあとを見ないわけにはいきません。

さて、市川監督が、雷蔵と組んだ仕事は、この「炎上」1958と「ぼんち」1960と「破戒」1962です。

えっ、「雪之丞変化」1963にも出ていましたっけ? 

大映京都のプログラム・ピクチュアーの中で育てられた時代劇スター雷蔵が、その驚異的なノルマをこなしながら、市川崑や溝口健二、衣笠貞之助や三隅研次、吉村公三郎や増村保造、山本薩夫と出会い、アクターとしてのキャリアの質を高めていったことは驚くべきことだと思いますが、さらに、市川雷蔵という役者にもっと驚かされることは、それら「いわゆる」芸術作品に出た後でも、「芸術」に毒されることなく、堂々と白塗りの二枚目スターとして緻密スケジュールの下で股旅ものや時代劇に出演していることです。

市川雷蔵という役者を見ていると、「芸術」とそうでないもの、つまり対大衆的なものを区別しようとしている図式からしてそもそも何か間違っているのかもしれないなと思わせる存在感の凄さを感じさせられてしまうのは僕だけでしょうか。

「炎上」の次の作品は「日蓮と蒙古大襲来」(渡辺邦男)、「ぼんち」の次の作品は「大江山酒天童子」(田中徳三)、「破戒」の次の作品は「中山七里」(池広一夫)です。

どうです、凄いでしょう。

製作・永田雅一、企画・藤井浩明、原作・三島由紀夫、脚本・和田夏十、長谷部慶治、撮影・宮川一夫、照明・岡本健一、美術・西岡善信、音楽・黛敏郎、邦楽・中本利生、編集・西田重雄、助監督・田中徳三、製作主任・橋本正嗣、出演・市川雷蔵、中村鴈治郎、仲代達矢、新珠三千代、北林谷栄、信欣三、浦路洋子、中村玉緒、舟木洋一、香川良介、水原浩一、寺島雄作、上田寛、浜村純、志摩靖彦、伊達三郎、五代千太郎、藤川準、大崎四郎、旗孝思、井上武夫、浜田雄史、石原須磨男、浅井福三男、小林加奈枝、小柳圭子、宮田暁美、西坂一男、山本大樹、アレン・カワスジー、
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by sentence2307 | 2004-11-18 21:22 | 市川崑 | Comments(0)

ビルマの竪琴

この重厚な作品をどうひねって見ても、これはやっぱり、どこまでもヒューマン・ドラマです。

野に晒された無残な戦友の屍を異国の地にそのまま残して祖国へ帰るに忍びず、それら死者たち同胞を供養するため、僧となって荒廃したビルマの戦場にとどまる水島上等兵の胸を打つこの物語の中には、例えばあの「プーサン」で見せたどこか茶化すような自嘲をあえて噛み殺し、かつ一定の距離を保ちながら視野を狭めることなく対象を冷徹に見据える観察眼はどこにも見られません。

市川監督作品にはめずらしい深い思い入れの込もった一途な作品なだけに僕にとっては違和感も残る作品でもあります。

後年、カマビスシク言われるようになった日本のアジア侵略の意識的欠陥の一事例として(この作品が、ということではなかったと思いますが)、日本人が、自国の戦死者・兵士たちのみを悼むことはあっても、あの戦争に巻き込んだアジアの多くの人々の死を同じように悼んだことがあったか、という非難にかなってしまうような場面が、確かにこの映画のなかにも見られます。

しかし、そもそも戦争に参加した日本人=庶民にとって、あの戦争に赴く観念に祖国の解放とか自由のための闘いという特別の意思や決意が込められていたかどうか、いや大儀すらあったとは思えません。

致し方なく、単に「駆り立てられて」戦争に参加したにすぎない彼らにとって、そこで行われた戦闘行為は、自由を守るためでも、祖国を守るためでも、家族を守るためでもなく、単に「駆り立てられた」という被強制意識のもとでただ命ぜられるままに殺し合いを行い、そして、(おそらくは、たまたま)戦闘的殺人を為したにすぎないからこそ、彼らにとって罪の意識は極めて希薄で、あえてそれを求めようとすること自体に無理があるように思えて仕方ないのです。

山本薩夫「真空地帯」や福田晴一の「二等兵物語」でさえも、その被害者意識を例証していて、だから、兵士たちは、戦争犯罪という意識からは、かなり遠いところにいたのではないか、と思えて仕方ありません。

彼ら「駆られた兵士たち」は、戦場でどんなに残虐な行為をしようと、日常生活に戻れば、なんの不自然さもなく元の生活に戻れる理由が、その辺の免罪符のような根深い被害者意識にあるように思えて仕方がないのです。

ずるくてはあっても、それがごく普通のたくましい庶民の生活意識だったのではないか、あの「戦場のメリー・クリスマス」でタケシが演じたハラ軍曹を重ね合わせながら思いました。

だからむしろ、当時、多くの日本人にとっての「ビルマの竪琴」という物語の、考えもしなかったヒューマニズムに、虚を突かれるような衝撃を受けたのではなかったかと思います。

現在見れば、なんでもないヒューマニズムも、この作品が、戦争直後のあの時代に与えた毒と衝撃度は、僕たちには計り知れないものがあったのかもしれませんね。

そういえば、突然、GHQから戦争犯罪人として告発され、「よりにもよって、なんで、この俺が!」と驚くノン・フィクションを多く呼んだ記憶があります。

原作は、シリアスな一般小説として発表されたものではなく、児童文学のひとつとして発表されたものだそうです。

そのあたりにも市川崑監督の「悪意」を感じてしまうのは、僕だけでしょうか。

製作・高木雅行、原作・竹山道雄(毎日出版文化賞)、脚本・和田夏十、撮影・横山実、照明・藤林甲、美術・松山崇、録音・神谷正和、音楽・伊福部昭、竪琴・阿部よしゑ、振付・横山はるひ、編集・辻井正則、助監督・舛田利雄、特殊撮影・日活特殊技術部、製作主任・中井景、

出演・三国連太郎、安井昌二、浜村純、内藤武敏、西村晃、春日俊二、三橋達也、伊藤雄之助、中原啓七、伊藤寿章、土方弘、青木富夫、花村信輝、峯三平、千代京二、小柴隆、宮原徳平、加藤義朗、成瀬昌彦、森塚敏、天野創治郎、小笠原章二郎、佐野浅夫、中村栄二、北林谷栄、沢村国太郎、長浜陽二、ヴェネチア国際映画祭サン・ジョルジオ賞を受賞。
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by sentence2307 | 2004-11-18 21:20 | 市川崑 | Comments(0)

足にさわった女

阿部豊監督が、1926年に撮った伝説の作品を1952年に市川崑監督がリメイクした、こちらも快調なテンポの秀作です。

何といってもオリジナルの方は、アメリカ帰りの阿部ジャッキー(豊)が、新鮮なモダニズムと快調なテンポを見せて日本の観客の目を見張らせた作品で、主役の岡田時彦の青年、梅村蓉子の女スリ、そして島耕二の探偵の三人のいずれも溌剌とした演技が評判になりキネ旬の第1位となった伝説的な作品です。

なにしろ、その時の第4位が衣笠貞之介の「狂った1頁」で、第7位が溝口健二の「紙人形春の囁き」などを抑えての第1位ですから、これだけでも当時の評価のされ方が想像できるかもしれません。

オリジナルの阿部作品が、才気に満ちたルビッチばりの、淀みなく畳み掛けるようなソフィスティケイトされたスキのない作品ですので、市川監督がその洗練された部分をどう料理するのか、監督の器用さ(良い意味だろうと悪い意味だろうと、そんなことは何でもかまいません。要するに手腕、です。)が楽しめる作品だと思います。

物語は東海道線上り特急列車から始まりました。

2等車でスリの事件が発生し、列車に乗り込んでいた女スリ・塩沢さや(越路吹雪)を大阪から尾行してきた刑事(池部良)は、彼女の仕業と疑います。

彼は、塩沢さやの後を追って列車を降りていきました。

ところが、犯人は別におり(スリの老婆を三好栄子が演じています。)、彼女自身もスリの被害者だったことが分かります。

熱海の宿で流行作家(山村聡)から色仕掛けで金をせしめたあと、彼女は船で下田に向かいます。

戦時中に自分たち一家を国賊よばわりした親類たちの鼻をあかしてやろうと、女スリ塩沢さやは、スパイ容疑で自殺した父親の大法要を行いますが、今では好々爺となってしまった老人たちを前にしてなんだか拍子抜けしてしまいましたスリを廃業し、人生をやり直す決心をした彼女は、すすんで刑事に逮捕してもらいます。

何日かして、東海道線下り3等車に、連行される塩沢さやと刑事がまるで恋人同士のように描かれる場面でラストとなりました。

都会的なほろ苦い別れをさらりと見せた阿部作品とはまた違った面が見られて、その辺が市川監督の真骨頂といえるかもしれません。

市川演出の軽快なテンポが光る秀作です。

伊藤雄之助が女スリの弟分に扮し、おなじみの怪演を披露しています。

60年には大映で市川崑門下の増村保造が再々映画化した際にも市川監督は和田夏十のコンビで脚本を担当しています。

軽妙な黛敏郎の音楽も評判になりました。(84分・35mm・白黒)

製作・藤本真澄、原作・沢田撫松、脚本・和田夏十&市川崑、撮影・安本淳、照明・石井長四郎、美術・河東安英、録音・宮崎正信、音楽・黛敏郎、編集・坂東良治、助監督・古澤憲吾、製作主任・根津博、

出演・池部良、越路吹雪、山村聰、藤原釜足、見明凡太朗、伊藤雄之助、岡田茉莉子、沢村貞子、加東大介、村上冬樹、高堂國典、長浜藤夫、柳谷寛、三好榮子、廣瀬嘉子、山本廉、渋谷英男、堺佐千夫
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by sentence2307 | 2004-11-18 21:19 | 市川崑 | Comments(0)