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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:キューブリック( 2 )

バリー・リンドン

「バリー・リンドン」の映像の美しさに言葉を失うほどの衝撃を受けたとき、同じようなショック(魅せられたというべきかもしれません)を受けた作品として、フェリーニの「カサノバ」を思い浮かべました。

きっと、僕をこの連想へといざなったものは、単にその「映像の美しさ」にあっただけでなく、物語を貫く主人公の破天荒な「遍歴」に続く生涯の最後に仄めかされていた「虚しさ」にあったからかもしれません。

例えば「カサノバ」の場合、次から次へと女漁りを続けていく彼の「欲情」を支えていたものが、決して淫らな「好色さ」への耽溺などではなく、むしろ限りなく繰り返される女性に対する「失望」にあり、理想が裏切られるたびに余儀なくされる「遍歴」が、皮肉にも彼にはっきりとした「理想の女性像」を結ばせることとなって、その失意に追い立てられるかのように「人形」という生命無き女性に辿りつかせるという無残な結果が、しかし同時に、人間に対する深い絶望感をも意味していたことを思うと、そこにキューブリックの不世出の名作「バリー・リンドン」に一脈通ずるものがあると直感した僕の連想は、あながち根拠のないものではなかったのだと思うようになりました。

爵位を持たないわが身の行く末を案じたバリーが、爵位を欲したことから始められた浪費によって、急坂を転がり落ちるように破滅に向かっていく本編後半部分のクライマックス、成長した義理の息子ブリンドンとの衝突、わが子ブライアンの事故死、そして妻レディ・リンドンの失意の果ての自殺未遂を契機に決行されることとなる義理の息子との決闘の場面に、この物語の重要なテーマは語りつくされていると思います。

そこには、かつて幾度かの決闘を経験し修羅場を潜り抜けてきたことで平然と構えているバリーに対して、死の瀬戸際で恐怖に怯える若年者ブリンドンの無様な姿が対比的にリアルに描かれています。

迫り来る死の恐怖から惨めに嘔吐し、極度の緊張から準備の段階で銃を暴発させてしまうブリンドンに、バリーは銃を地面に向けて撃ち放ち、撃つ権利を放棄して、ブリンドンに猶予を与えます。

もしこのとき、バリーがブリントンに向けて発砲していれば、かつての経験と実績から判断しても、義理の息子ブリンドンを撃ち殺していた可能性は大きかったと思います。

なぜバリーは、このときあえて射撃の権利を、それはつまり、あれほど欲した爵位を獲得できたかもしれない可能性をあえて放棄したのか、なぜそのような選択をしたのか、まさか「紳士たる者のマナー」でもあるまいし、というのが、長い間この作品に僕が抱いていた疑問でした。

そして、最近こう考えるようになりました。

バリーは、この決闘の場において、既にこの撃ち合いに勝つ積もりなど最初からなかったのではないか。

多くの貴族たちの前で義理の息子ブリンドンと大喧嘩を見せ付けてしまったことで、以後貴族たちはバリーをあからさまに敬遠します。

貴族たちは、あの事件以来、バリーとブリントンのどちらが「貴族」で、どちらが氏素性の知れない「卑しい成り上がり者」であるのかに、すっかり気がついたのだと思います。

無視と排他の空気をバリー自身も気が付かないわけがありません。

たとえ、この決闘に勝ったとしても、自分を貴族社会が受け入れることなど最早ないことを認識していたからこそ、バリーは、爵位を得ることができたかもしれない可能性=射撃の権利を放棄したのだと思います。

女=人間に対する限りない失意に囚われた絶望的なカサノバを考えるよりも、むしろ従来の世評のとおりカサノバを「好色な女たらし」と理解した方がまだ救いがあるように、詐欺師バリーが貴族の忘れ形見たる息子との決闘によって敗れ、まるで天罰のように片足を失い、表舞台から姿を消したと考えるほうが、救いがあるのかもしれないなと思い始めてきました。

(75WB)製作監督脚本スタンリー・キューブリック、原作ウィリアム・メイクピース・サッカレー『The Memories of Barry Lyndon esq.』、共同制作バーナード・ウィリアムズ、製作総指揮ヤン・ハーラン、撮影ジョン・オルコット、プロダクション・デザイン・ケン・アダム、編集トニー・ローソン、音楽編曲レナード・ローゼンマン、衣装デザイン・ウラ・ブリット・ジョダールント、ミレナ・カノネーロ、サウンド編集ロドニーホランド、録音ロビン・グレゴリー、ダビング・ミキサー・ビル・ロウ、製作会社ワーナー/ホーク・フィルムズ
出演・ライアン・オニール、マリサ・ベレンソン、パトリック・マギー、ハーディ・クリューガー、スティーヴン・バーコフ、ゲイ・ハミルトン、マリー・キーン、ダイアナ・コナー、マーレイ・メルヴィン、フランク・ミドルマス 、アンドレ・モレル、アーサー・オサリバン、ゴッドフレイ・キグリー、レナード・ロシター、フィリップ・ストーン、リオン・ヴィターリ、ナレーション・マイケル・ホーダーン、ドミニク・サベージ、デイヴィット・モーレイ、ジョン・ビンドン、ロジャー・ブース、ビリー・ボイル、ジョナサン・セシル、ピーター・セリエー、ジョフリー・チェイター、アンソニー・ドウズ、パトリック・ドーソン、バーナード・ヘプトン、アンソニー・ヘリック、バリー・ジャクソン、ウルフ・ケーラー、パトリック・ラファン、ハンス・メイヤー、ファーデイ・メイン、リアム・レドモンド、パット・ローチ、フレデリック・シラー、ジョージ・シューエル、アンソニー・シャープ、ジョン・シャープ、ロイ・スペンサー、ジョン・サリバン、ハリー・タウブ
カラー185分/ワイドスクリーン(1×1.66)ヴィスタ、1976.7.3日本公開、

1975アカデミー賞
作品賞ノミネート、監督賞ノミネート スタンリー・キューブリック、脚色賞ノミネート スタンリー・キューブリック、撮影賞授賞 ジョン・オルコット、音楽(編曲・歌曲)賞授賞 レナード・ローゼンマン、美術監督・装置授賞 ケン・アダム/VERNON DIXON/ROY WALKER
衣裳デザイン賞授賞 ウラ・ブリット・ジョダールント/ミレナ・カノネーロ、LA批評家協会賞 1975年、撮影賞授賞 ジョン・オルコット

★使用音楽
*ヨハン・ゼバスティアン・バッハ Johann Sebastian Bach (1685-1750) 2台のチェンバロのための協奏曲 第1番 ハ短調より第2楽章「アレグロ」 Konzert f в Cembalo, Streicher und Basso Continuo Nr. 9 C-Moll BWV 1060 (F в 2 Cembali) - Allegro (1730頃)、  
*フリードリヒ(二世)大王 Frederick The Great (Friedrich der Gorsse) (1712-1786) ホーエンフリードベルク行進曲 Hohenfriedberger Marsch、
*ジョージ・フリードリック・ヘンデル Georg Friedrich Handel (George Frideric Handel) (1685-1759) ハープシコード組曲 第2巻 組曲 ニ短調 HWV 436 第3楽章「サラバンド」HWV 436: Suite de pi Qce in D minor, Vol 2 No 3 (1733) (オーケストラ編曲版) (ヘンデル版「ラ・フォリア」)
*ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791) オペラ・セリア《イドメネオ》Idomeneo K.366より「行進曲」 
*ジョヴァンニ・パイジェッロ Giovanni Paisiello (1740-1816) 歌劇《セビリャの理髪師》Il barbiere di Siviglia より「カヴァティーナ」Cavatina (編曲) 
*フランツ・シューベルト Franz Schubertピアノ三重奏曲 第2番 変ホ長調 第2楽章「アレグロ・コン・モト」 Klaviertrio Nr.2 op. 100 D. 929 - Andante con Moto
*アントニオ・ヴィヴァルディ Antonio Vivaldi (1678-1741) チェロ協奏曲 ホ短調 RV.409 第1楽章「アレグロ」 Concerto Pour Violoncelle & Basson En Mi Mineur, Rv409 : Allegro
*Irish Traditional Music by THE CHIEFTAINS (チーフタンズ)
*シューベルト:ピアノ三重奏第2番ホ長調D.929,Op.100から第2楽章、五つのドイツ舞曲より第1番ハ長調D.90-1 Schubert: Piano Trio in E-Flat Op. 100  Performed by RALPH HOLMES Violin (ラルフ・ホームズ)、MORAY WELSH Cello (マリー・ウェルシュ)、ANTHONY GOLDSTONE Piano (アントニー・ゴールドストーン)
*ヴィヴァルディ:Vivaldi: チェロ協奏曲ホ短調RV.409から第3楽章、Cello Concerto in E-Minor  PIERRE FOUNIER, Cello (ピエール・フルニエ)、Recorded on DEUTSCHE GRAMMOPHON
by sentence2307 | 2007-04-28 22:58 | キューブリック | Comments(1077)
スチール写真を眺めながら、見た映画のことをあれこれ思い出して時間を過ごすのがとても好きなので、多くの作品の様々な場面をそのように眺めてみると、さりげない場面の意外な魅力を発見することもあるのですが、やはり、どうしても大見得をきってキメたポーズの、意識的に作った場面の魅力には、どうしても勝てません。

もっとも、どれもそうなのですが、スチール写真というのは、作品内の時間の流れの中からワン・シーンだけを切り取るわけですから、「静→動・クライマックス」に至る映画本来の動態としての魅力を、静止画によって、ただそれだけですべてを推し量るというのは、ちょっと酷かもしれませんね。

まあ、そういうことを十分に意識したうえで、一番堪能させてくれる映像作家を上げるとすれば、僕にとっては、まず、スタンリー・キューブリックです。

「シャイニング」「時計仕掛けのオレンジ」「2001年宇宙の旅」、「バリー・リンドン」、いやいや、まずは「博士の異常な愛情」を挙げなければいけませんでしたよね。

「アイズワイズシャット」も、ものすごく好きなシーンがたくさんありました。

初期の「現金に体を張れ」や「突撃」「スパルタカス」、それより何よりも「ロリータ」を最初に挙げるべきでした。

ウカツでした。

年齢なんか関係ない、もとより打算であるわけもない生まれたときから身に備わっている女の、男を誘う本能的な媚とか仕草とか。

「打算」とは、破滅から身を守る知恵だったんだなあと、その時、思いました。

さて、ここからが本題です。

最近、キューブリックに関する面白い記事をみつけたのです。

1963年に映画雑誌に要請されてキューブリックが選んだ映画史上のBEST TENです。

①青春群像(53フェデリコ・フェリーニ)
②野いちご(57イングマール・ベルイマン)
③市民ケーン(41オーソン・ウェルズ)
④黄金(48ジョン・ヒューストン)
⑤街の灯(31チャールズ・チャップリン)
⑥ヘンリー5世(45ローレンス・オリビエ)
⑦夜(61ミケランジェロ・アントニオーニ)
⑧ザ・バンク・ディック(40エディ・クライン)
⑨ロキシー・ハート(42ウィリアム・ウェルマン)
⑩地獄の天使(30ハワード・ヒューズ)、

意外とマトモじゃん、って誰だって思いますよね。

あのキューブリックがですよ。

これじゃあ、まるで映研の大学生の初々しさですね。

しかし、⑧のエディ・クライン(バスター・キートンの2巻物の喜劇映画を多数監督したことで有名)、⑨のウィリアム・ウェルマン(多彩な監督で、30年代に秀逸なギャング映画から視野を広げた社会問題と真正面から取り組んだ社会劇に力量を発揮し、手法は極めて直截で一直線に主題に切り込む鋭敏さが高く評価された)、⑩のハワード・ヒューズ(「地獄の天使」は、ジーン・ハーロウを抜擢して新時代のセックス・シンボルとして売り出そうとした名高い作品。

当時としては、異例の1年半の歳月と400万ドルを投入した戦争メロドラマ。

しかし、当時の評価は、「凡庸」でした)など、この辺は、さすがキューブリックらしいなと思いました。
by sentence2307 | 2007-04-28 22:53 | キューブリック | Comments(159)