世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:堀川弘通( 1 )

あすなろ物語

週刊誌の編集者をしている友人から、酒の席でこんなことを訊かれました。

「日曜日なんか、なにしてる?」

改めて聞かれると、別にたいしたことをやっているわけでもないので答えに窮してしまうのですが、無難なところで「映画でも観てるかな」くらいに答えました。

それに、この聞かれっぱなしというのもシャクですので、つい「お前は?」と切り返してしまうのですが、後からよく考えてみると、どうも彼のこの「なにしてる?」は、自分の日曜日の過ごし方を言いたいがための、僕を質問者に仕立てる誘導尋問だったフシがあります。

でも別に構わないのです、特に急ぎの用がある金曜日の夜だったわけでもなし、それに明けの土曜日も、そしてその次の日曜日も、あの「映画でも観てるかな」がすべてを言い尽くしている代わり栄えのしない休日が控えているだけの暇な体なのですから。

さて、それからが、案の定、週刊誌編集者の日曜日の過ごし方の講釈でした。

ここのところ暫く見掛けませんが、センセーショナルな事件や芸能界のスキャンダルが途絶える夏枯れの時期に備えて(それが、いつ起こるか分からないのですが、水不足の確率くらいで必ず起こるのだそうです)、週刊誌の編集者たる者は、特集「あの人はいま」の取材を日常的な心得というか、業務にしているというのです。

つまり、日曜日ともなると、鋏片手に一週間に溜め込んだありとあらゆる業界新聞から芸能雑誌を繰っては、かつての売れっ子芸能人が、いまはいかに落ちぶれて荒んだ生活を強いられているかという記事を探しては切り抜きに励んでいるというのです。

それを聞いたとき、そこまでしなければならないのかと、呆れるよりも一種の悲哀を感じてしまいました。

まさに「甘い生活」のマストロヤンニが演じていた耐えがたい空しい生活の実態がそこにはありました。

しかし、そのことを自覚していないだけ僕の友人は幸せ者かもしれません。

確かに彼の語調には自己嫌悪なんぞより、一流編集者としての威風堂々誇らしげな自負さえ感じ取れました。

ひとまず安心です。

そこで彼に僕が長い間疑問に思っていたことを質問しました。

特集「あの人はいま」のなかには確かに誂え向きの、かつての栄光を失って意気消沈して今を生きている哀れな人もいる変わりに、雑誌社の意図に沿わないような、有名無名など眼中になく貧しくとも無名でも威厳に満ちた堂々とした生き方をしている人がいるのはどうしてだろうと。

「それが困るんだよな」がまずは彼の第一声。

しかし、週刊誌編集者という職業にこのうえない誇りと価値観をもって生きていける彼に、その「威厳」は到底理解し得ないことかもしれないなと感じました。

マスコミからチヤホヤされたり、大衆から支持されなくとも、そういう虚妄にまったく価値を置かない人、特集「あの人はいま」の編集者を失望させるほど快活にその無名を堂々と生きていく人、「それが庶民の強さなのかな」と僕は、日曜日も働き続けている栄光の週刊誌編集者に語りかけました。

「ん?」

僕の言葉が聞き取れなかったらしい彼は、顔を向けて聞き返してきました。

焦点の定まらない彼のうつろな眼差しを捉えようとして空しい努力をしている自分のなかで、もしかしたら彼は聞き取れなかったのではなく、「無名に生きる庶民」など到底理解できなかったのかもしれないなという気がしてきました。

つい最近日本映画専門チャンネルで見た「あすなろ物語」に出演していた女優たちのことが、なぜか連想されたのでした。

(55東宝)監督・堀川弘通、製作・田中友幸、原作・井上靖、脚本・黒澤明、撮影・山崎一雄、音楽・早坂文雄
(配役)久保賢、岡田茉莉子、木村功、三好栄子、鹿島信哉、根岸明美、小堀誠、久保明、久我美子、高原駿雄、小山田宗徳、太刀川洋一、金子信雄、村瀬幸子、浦辺粂子、
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by sentence2307 | 2007-07-07 22:59 | 堀川弘通 | Comments(1)