世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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カテゴリ:ルキノ・ヴィスコンティ( 4 )

揺れる大地

先日の朝、いつものように出社前の慌ただしい身支度をしながらテレビのニュースをチラ見していたら、いま稚内港ではスルメイカが豊漁で、全国のイカ釣り漁船がこの最北の港に集結し、港町全体が大いに賑わっているというニュースを流していました。

意外でした、確かつい先だっては、今年は全国的にスルメイカの不漁が続いており、函館では、そのアオリを受けて老舗の水産加工会社が廃業するなど、事態はずいぶん深刻化しているというニュースを聞いたばかりだったからです。

そこには中国船・韓国船が出張ってきて不法に乱獲していることもかなり影響していると報じていたことも、うっすら記憶しています。

久しぶりの豊漁に恵まれた稚内のニュースでは、いまの水揚量が1604トンで、市の試算によると経済効果は実に2億3800万円だとか、そして、稚内の町では関連の周辺産業(発泡スチロールの出荷量は既に1年分を超えた)だけでなく、スーパーマーケットやコインランドリー、飲食店、はては銭湯などまで広くその好影響が及んで繁盛していると報じていました。

ひと月前の暗いニュースから一変したずいぶん景気のいい話になっているので(函館の方はどうなっているのか分かりませんが)、思わず食事の手を止めて、テレビの画面に見入ってしまいました、テレビに映し出されていた市の職員(経済効果を試算した人です)は、「この豊漁がこの先、何か月も続いてくれるといいのですが」とホクホク顔でインタビューに応じています。

そのニュースのなかで、誰もがやや訝しそうに、なぜこんなふうにイカが大量に押し寄せてきたのか分からない、とちょっと首をかしげながら話しているのがとても印象的でした、しかし、その怪訝な表情も一瞬のことで、すぐに晴れ晴れとした顔に戻り、「まあ、いずれにしろ、この豊漁なので、どちらでもいいようなものですが」と笑って答えていました。

何年も不漁続きだったのに、ある日突然、不意に大量の魚群が浜に押し寄せてきて、寒村が狂喜に沸き返る、というこの感じが、以前どこかで体験した=読んだような気がするのですが、それがどの本だったのか、どうしても思い出せません、気になって通勤途上もずっと考え続けたのにもかかわらず、結局、思い出せないまま会社につき、伝票の整理に取り掛かったときに、不意に記憶がよみがえってきました。
そうだ、これって、以前読んだ吉村昭の「ハタハタ」という小説の一場面です。

短編ながら、自分に与えたインパクトは実に強烈で、あのニュースの内容とどこか「共鳴」するものがあったに違いありません。

夜、帰宅してから、さっそく本棚から文庫本を探し出して読み返しました。

数頁読むうちに記憶が鮮明に戻ってきました。

東北の貧しい漁村、主人公は少年・俊一、漁師の祖父と父、母と赤ん坊とで暮らしていて、母親は妊娠しています。

貧しい漁村の生活の糧といえばハタハタ漁ですが、ここ何年も不漁続きです。

沖に回遊しているハタハタ(メス)は、海藻に卵を産み付けるために「どこかの浜」に群れを成してやってくる、そしてオスは、その卵に精液をかけるためにメスを追ってさらに大挙して押し寄せてくる、このときハタハタに選ばれた幸運な浜が「豊漁」となるのですが、俊一の暮らす浜は、この僥倖からここ何年も見放されていて、慢性的な貧しさに囚われています。

そしてまた、そのハタハタ漁の季節がやってきます。

今年こそハタハタが大挙して押し寄せてくるという「夢」を信じて、漁師たちは随所に定置網を仕掛け、番小屋で夜通し「その時」を待ち続けています。

しかし、次第に嵐が激しくなり、海がシケり始めます、網の流失を心配した網元が、ひとまず網を引き揚げることを漁民に訴えます。

その網の引き上げのさなかに、修一の祖父と父親ほか何人かの漁師が、粉雪舞う寒冷の海に投げ出され行方不明になってしまいます。

緊迫した空気のなかで行方不明者の捜索が必死に続くなか、遠くの方から微かなどよめきが聞こえてきます。

それは、ハタハタの群れが大挙して浜に押し寄せてくるという狂喜の叫び声でした。

一刻を争う人命救助を優先しなければならないことは十分に承知しているとしても、ここ何年もなかった「豊漁」の兆しを目の前にして、漁民たちは動揺します。

人命救助の建前の前で身動きできなくなってしまった漁師たちは、「死んだ者は、もどりはしねえじゃねえか。生きているおれたちのことを考えてくれや」という思いを秘めて、夫を失った俊一の母の動向をじっとうかがっています。

そういう空気のなかで母親は決断します。

「ハタハタをとってください」

漁村に暮らす者のひとりとして決断した母親のこの必死の選択も、「豊漁」の狂喜に飲み込まれた村民たちにとっては、むしろ鬱陶しく、ただ忌まわしいばかりの「献身」として顔を背け、無理やり忘れられようとさえしています。

身勝手な村の仕打ちに対して憤りを抑えられない俊一は、母親に

「母ちゃん、骨をもって村落を出よう。もういやだ、いやなんだ」と訴えます。

しかし、母親は、「どこへ行く」と抑揚のない声で答えて、赤子に父を含ませる場面でこの小説は終わっています。

最後の一行を読み終え、本を閉じたとき、次第に、この物語で語られる豊漁への「期待と失意」、嵐の中での「絶望」などから吉村昭の「ハタハタ」を連想したのと同時に、もしかしたら、ヴィスコンティの「揺れる大地」を自分は思い描いたのではないかと考えてた次第です。

なお、この吉村昭の「ハタハタ」は、「羆」というタイトルの新潮文庫に収められている一編ですが、「羆」ほか「蘭鋳」、「軍鶏」、「鳩」も憑かれた者たちを描いたとても素晴らしい作品です。


揺れる大地
(1948イタリア)監督脚本原案・ルキノ・ヴィスコンティ、脚本・アントニオ・ピエトランジェリ、製作・サルヴォ・ダンジェロ、音楽・ヴィリー・フェッレーロ、撮影・G・R・アルド、編集・マリオ・セランドレイ、助監督・フランチェスコ・ロージ、フランコ・ゼフィレッリ、
出演・アントニオ・アルチディアコノ(ウントーニ)、ジュゼッペ・アルチディアコノ(コーラ)、アントニオ・ミカーレ(ヴァンニ)、サルヴァトーレ・ヴィカーリ(アルフィオ)、ジョヴァンニ・グレコ(祖父)、ロザリオ・ガルヴァトーニョ(ドン・サルヴァトーレ)、ネッルッチャ・ジャムモーナ(マーラ)、アニェーゼ・ジャムモーナ(ルシア)、マリア・ミカーリ(マドーレ)、コンチェッティーナ・ミラベラ(リア)、ロレンツォ・ヴァラストロ(ロレンツォ)、ニコラ・カストリーナ(ニコラ)、ナレーション・マリオ・ピス、



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by sentence2307 | 2017-09-18 11:05 | ルキノ・ヴィスコンティ | Comments(0)

地獄に堕ちた勇者ども

先日、法科大学院に通っている親戚の子が、ふらりと我が家に遊びにきました。なんだか見るからに疲れ気味です。

それはそうかもしれません。最近の法科大学院を取り巻く状況はかなり厳しく、聞くところによれば、入学者数が激減して大学院経営は大打撃をこうむり継続が困難になって、ついに廃止されるなんて法科大学院もチラホラ出始めているそうじゃないですか。

そもそも、当初は、司法試験の合格者を3000人まで引き上げるとかなんとかいっちゃって、すごい鼻息だったこの法科大学院、その当時は誰もが、もしかすると自分も司法試験に「合格!」ってなことになるかもしれないなんて甘い幻想を抱いて、我も我もと法科大学院に押しかけて、それはもう社会現象といってもいいくらいの勢いがありました。

いまでいうとAKB48の人気に匹敵するくらいでしたよ、ホント。

しかし、現実はそんなに甘くなく、「そうは問屋はおろさない」というヤツでした。

司法制度改革そのものに現状認識について楽観的すぎる幾つかの重大な誤りがあって、それがいま、数々の現実的な負の数字として現れてきているのだと思います。

ピカピカの未来が約束されて始まったはずの法科大学院ですが、現状は、かなり厳しく、想定していた弁護士の需要だって思わしくなく、低迷する合格者数に比例して法科大学院の入学者の激減(そりゃあ授業料が目茶目茶高いことと、一生を誤りかねない伸るか反るかの大博打なのですから、いくら人数を増やすといったって相当の自信と覚悟がなければ腰が引けてしまうのは当然でしょう)を招いて、このふたつに挟撃されて、法科大学院の経営をおびやかすことは容易に想定され(すでに現実化しつつあります)、このままでは近い将来、ぶっちゃけ合格者を増やせない法科大学院は、潰れるか、あるいはその前に潰されるか・・・まで追い込まれているとみるのがリアルな認識といえるでしょう。

至れり尽くせりの総花的法科大学院教育よりも、ガリガリ勉強した一発勝負の旧司法試験の方が、よっぽど優秀な人材を輩出したなんて、なんとも皮肉な話じゃないですか。

結構、「司法制度改革」を考え出した偉い先生方自身が旧司法試験をクリアしてきた人たちで、「俺たちの頃は、こんなものじゃなかったぞ」くらいに内心思いながら、立場上司法改革の要請にどうにか応えなければならないので、仕方なく、こういうことを考えたのかもしれませんが、どちらにしてもこの質的低下は、老婆心ながら日本の司法にとって取り返しのつかない禍根を残すのではないかと心配です。

とにかく、新任弁護士の就職先がみつからないまま、行き場がなくて巷を流浪する弁護士があらわれるなんて実に笑えない深刻な話(「そんなに増やしてどうするの」という危惧の)が、いまの現実なんですよね。

ひと昔まえなら、司法試験合格者といえば、そりゃあもう希少価値というか、ただそれだけで社会的に尊敬されるに十分なステータスだったはずです。

まあ、名だたる民主党議員のなかにも、物事をはっきり言わず、グジャグジャといつも逃げ道を作っておいて、多解釈が可能な怪しげは言葉を操る狡猾な政治家の前身をみてみると、だいたいが弁護士出身者であることを考えれば、「尊敬されるべき希少価値的存在」なんて考えは、早いところ改めた方がいいのかもしれません。

ですので(話は冒頭に戻ります)、その親戚の子というのも(いまだに司法試験に合格できると考えて疑ってないあたりが、実にずうずうしいというか世間知らずというか、むかしみたいに受験回数の制限がないという大らかな時代では最早ありませんからね)、以前は弁護士志望だったと聞いていたのですが、今回彼の話すことを聞いていると、どうも検察官志望に変わったようなのです。検察官といえば、最近世間ではあまり評判のよろしくないその「検事」です。「どうして、志望が変わったの?」と当然、聞きたくなりますよね。

彼が話すところによれば、最近、試験合格後、検察官になったという大学の先輩と話す機会があったそうなのです。以下は、その先輩から彼が聞いたという話の内容です。

《新任検事は、任官した各地の検察庁でそれぞれ研修指導を受けることになっており、ある日、5名の同僚検事とともに指導官に連れられて、その地にある拘置所で死刑執行に立会うことになった。
その日の受刑者は2名、壇上で彼らは「皆さま、お世話になりました」とか、「私の罪をお許しください」などと、別段感情を高ぶらせることもなく、淡々として落ち着いた調子でそう言ったかと思うと、突然バタンと音がして、目の前に人間の体が物凄い勢いで落ちてきた。
乾いた突然の大音響と、目の前の光景(人間が縊死によって苦悶の果てに絶命に至る瞬間)に立ち会わされることになった誰もが、瞬間的に体をこわばらせたまま(金縛りといったほうが相応しいかもしれない)しばらくは、目の前の苦悶する人間の断末魔を観察することになった。
胸が2,3回ふくらんで、ぶらりぶらりと揺れ、その間もすぐ眼の前で死の断末魔のけいれん状態が続く。
医務官が、ぶら下った受刑者の腕をとって脈が停止したことを確認し、執行は終了した。
そのとき、その先輩は、検事という仕事は、そうしたいわば日常生活では決して経験することのない異常な体験も、国家権力という巨大なうしろだてのもとで「日常的なこと」として生活の中に織り込んでしまえる職業なのだと実感したという。
この異常な光景を自分の仕事=取調べと捜査を通して完成させることができる「検事」という仕事→権力に操られるままになる仕事にぞくぞくするようなたまらない魅力を感じたと話した。》

そのように語った先輩の真意が、どの辺にあるのか、自分にはもうひとつ理解できないところがありましたが、彼が死刑執行の現場を見て、驚異の目で権力に対する魅力を見出したということは、なんとなく分かりました。

なんだか、かつてヴィスコンティが描いた権力の甘き香りに魅入られ酔い痴れた者たちの宴のような狂気を感じてしまいました。

彼が帰ったあと、「あいつ、大丈夫か?」と女房に聞きました。

勉強のしすぎと、将来の展望が開けない焦りとで、彼にもついに来るべきものが来たのかもしれないという危惧の思いで、しばらくは少し靄っている夏空を見上げていました。

ふうっとため息をついたあと、無意識に「今日も暑つうなるぞ」という言葉を口にしていました。

あっ、これって「東京物語」の笠智衆のセリフじゃないか。暑い盛りになると、一日の始めにまずこの言葉を、自然につぶやいている自分がいます。


★蛇足的参考
 【現在の判例】判例は、「死刑そのものが一般的に直ちに残虐な刑罰に該当するとは考えられない」が、「その執行の方法等がその時代と環境とにおいて人道上の見地から一般に残酷性を有するものと認められる場合には、これを残虐な刑罰といわねばならぬ」から、「将来若し死刑について火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残酷な執行方法を定める法律が制定されたとするならば、その法律こそは、まさに憲法36条に違反するものというべきである」とし(最大判昭23・6・30刑集2・7・777)、「現在各国において採用している死刑執行方法は、絞殺、斬殺、銃殺、電気殺、瓦斯殺等であるが、これらの比較考量において一長一短の批判があるけれども、現在わが国が採用している絞首方法が他の方法に比して特に人道上残虐であるとする理由は認められない」(最大判昭30・4・6刑集9・4・665)と判示している。
 【規定】現行法上、刑訴法475条以下、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律178条等、および明治6年太政官布告65号等に文教して規定され、一個の法体系のもとにまとめて規定されていない。
前記布告は『絞首』という死刑の執行方法について凡絞刑ヲ行フニハ先ツ両手ヲ背ニ縛シ紙ニテ面ヲ掩ヒ引テ絞架ニ登セ踏板上ニ立シメ次ニ両足ヲ縛シ次ニ絞縄ヲ首領ニ施シ其咽喉ニ当ラシメ縄ヲ穿ツトコロノ鉄鐶ヲ頂後ニ及ホシ之ヲ緊縮ス次ニ機車ノ柄ヲ挽ケハ踏板忽チ開落シテ囚身地ヲ離ル凡一尺空ニ懸ル凡二分時死相ヲ験シテ解下ス」と規定している。明治22年4月12日勅令93号により、布告65号所定の絞縄解除までの時間2分を5分と定めた以外には、現在に至るまで、同号の規定と異なる規定は設けられていないし、同布告の廃止を規定したものもない。同布告は現行憲法下においても法律と同一の効力を有するものとして存続している(栗田正「死刑(絞首刑)の宣告は憲法31条に違反するか―明治6年太政官布告65号絞罪器図式の効力」ジュリスト232号50頁)。同布告65号所定の執行方法は地上絞架式(2階から1階に吊り下がる)に変更されているが、絞縄による絞首という執行方法の基本は変わっていない。
 
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by sentence2307 | 2012-07-27 09:51 | ルキノ・ヴィスコンティ | Comments(2)

白夜

先々週の水曜日にあった月例の取締役会の決定というのが、この先週、各部署・各課に回覧されてきました。

それを見た社員全員は、みんなビックリ、腰を抜かしてしまいました。

そこには、海外の商取引に関係している部署と関連する各課の営業マンは、今後、商取引の相手国のポピュラーな名前を「通称」として名刺に刷り込み、商談の際には、そのネームの方を使って営業にイソシムようにという破天荒な「試み」のお達しです。

一度読んだだけでは、なにがなんだか理解できません、「どういうこと?」という疑問の声がアチコチから上がるのも当然です。

正直なところ、社員の反応は、「取締役会が、また、変なことをいってきた」という不信感しかありませんが。

この世界経済の厳しいご時世に、もっと考えなければならないことがヤマとあると思うのですが、こんな愚にもつかないこと(聞かなくたって、きっと「そう」です)を真剣になって議論しているのかと思うと、日々無謀な売上の負荷に押し潰されそうになっている社員のあいだに、「もう、どうでもいいや」みたいな捨て鉢な脱力感の蔓延というか、なんだか退廃的なムードまで漂ってしまいますから、ココはひとつ職場の士気を保つためにも、すみやかな対応が必要になってきます。

一応、課を代表して、僕が、部を統括している山田さんに、この回覧の真意を聞いてきました。

年長者ともなると、こういう間抜けな仕事が、実に多くなってくるものです、いたずらに歳を重ねてしまった報いかもしれませんね。

山田統括が話してくれたところによると、この奇妙な発案は、今年傍系の子会社から電撃的に昇進してきた辣腕の渡辺取締役からの意見が採用され、取締役一同「面白い、やってみようじゃないか」ということになったらしいのです。

山田さん「まあ、文字通り、アメリカさん相手の交渉なら、ジョーとかヘンリーとか『源氏名』名乗って商談しろってことだろうな」

「なんでまた?」

理由は、外国人にとって日本名の中に発音のしづらい「音」が多々あり、そのことでしばしば商談がスムーズにいかないことがママあるらしいのです。

例えば、彼らには「つ」が上手く発音できない、「松本克巳」が、「まちゅもと・みちゅみ」みたいになってしまう。

赤鬼のような異国の大男に、真剣な顔で「ちゅーちゅー・ちゅーちゅー」やられたら、呼び掛けられるたびに拍子抜けして気が萎え、値切れるものも値切れなくなる、つまり商いの切っ先が鈍ってしまうという意見があったらしいのです。

そんな瑣末なことが障碍になって、大事な商談に支障がでるくらいなら、いっそのこと日本名のほかに、アチラさんが親しんでいるような発音し易い営業用の名前を使えばいいではないか、というわけなのです。

「キミ、難局に当たるには、もっと柔軟な頭を持たにゃあいかんよ」くらいはいったかもしれません。

「柔軟」と「迎合」の境界線をどのあたりに引くかはともかく、かなり難しい問題であることだけは確かです。

でも、なんだかこの発想、創氏改名などという歴史上の暗い記憶を揺さぶりかねない危ういものを感じてしまいますが。

しかし、取締役会の決定とあれば、たとえそれが「生類憐れみの令」のたぐいの馬鹿げた決定であっても、そして、海外との交渉などなにひとつないわが課でも、末端とはいえ管理職のハシクレたる者、社の大方針には率先して姿勢を示さなければなりません。

つまり、ここでもやはり年長者の自分が実験台(生まれて初めてイングリュッシュ・ネームを命名してもらえます)ということになりました。

女子社員は大喜びで、盛り上がっていましたが、命名されるそれら数々の英語名の対象が、常にこの「僕」と結びつけられることになるのですから、その悲惨さは、たまらないものがあります。

「ブラッドなんてどうよ?」が、即この僕とダブルイメージされるわけですから、その途轍もない落差(彼らの頭の中ではブラッド・ピットが僕と重なるわけです)に「ワッハッハ!」の大爆笑を誘わないわけがありません。

下手をすると女性社員から「ヘーイ、ブラッド」と呼ばれかねない雰囲気でした。

そんなふうに散々にイジラレ・キャラを演じさせられ、何日か経ったときのことでした。

やはりその日もイジラレ・キャラを演じさせられ、夕方疲れきって会社を出ました。

会社も随分と罪な管理職いじめの御触れを出したものです、やれやれと思いながら駅への道を歩いていたら、隣の課の橋本さんに呼び止められました。

あちらの課も事態はだいたい同じようなもので、橋本さんもイジラレ・キャラを演じさせられているクチです。

そこで「御同役、お互い大変ですな」という感慨を述べました。

しかし、橋本さんの方は、少しニュアンスが違うような、ただ傷つけられただけでない寂寥感みたいな、ちょっと深刻な印象を受けましたので、「何かあったのですか」と聞いてみました。

橋本さんは、こんな話をしてくれました。

橋本さんの課には、フィリピンの支社から研修のために配属されて、こまごまとした雑務をこなしているごく若いフィリピン女性が働いています。

仮に、ミス・ステファニーとしておきましょうか。

彼女が、その日の帰り際に、今回の取締役会のお達しに対して、日本人の社員全員が、疑問も持たず唯々諾々と素直に従おうとしていることに、憤慨というか失望したと橋本さんに伝えに来たというのです。

自分たちは日本に憧れ、こうして日本で働けることを幸せに思い、喜びを感じている。

それに、仕事も満足に出来ないような未熟で貧しい私たちに、別に嫌な顔ひとつせずに親身になって仕事のこと・日常のことなどなにくれとなく面倒をみてくれることに心から感謝している。

だから私たちは、大好きなこの日本と、素晴らしい日本の人たちを理解するために、早く言葉をマスターしたいと思っている。

難しい発音の日本の名前も、一生懸命勉強して、大好きな日本の友人たちの名前を正しい発音で呼べるようになりたいと思って努力しているのに、あの「取締役会のお達し」には本当に失望した。

商売のために、外国人が発音しにくいという理由だけで大切な名前を棄てるのか。

その名前を美しいと思って、上手に発音したいと願って勉強してきた私たちは、なんだか辱められたような気がする、日本人は自分の名前・自分の文化にもっとプライドを持っていいのではないですか、と言われたというのです。

その言葉に物凄く感動してしまった橋本さんは、日本の商習慣を弁解したいという思いと、むしろ、なにか言葉に出来ない孤独感のようなたまらない感情に襲われ、そのまま彼女を帰すことができず、強引なくらいの勢いで食事に誘い、お酒も飲んだそうです。

その夜も、それからあとも、別になにがあったというわけではありません、ただ、若い女性と実にたくさんの話しができたというだけのことにすぎません。

しかし、気持ち的には、どうしようもなく彼女に傾いていて、冷静に見れば、入れ揚げていたという状態だったと、その夜の橋本さんは静かに話してくれました。

ということは、現在の橋本さんはもう冷静なのだなと直感しました。

そこで僕はもう一度「何かあったのですか」と聞いてみました。

今日、昼休みに屋上でひとり、給水塔の影で弁当を食べていたら、聴きなれたステファニーの声が、給水塔の向こうから聞こえてきたので、ハッとして思わず聞き耳を立てたのだそうです。

特徴のあるたどたどしい日本語が、すぐに彼女のものだと分かりました。

「日本人は、どうして自分の国のことにプライドを持たないのですか。商売のために名前を棄てるなんて。難しい発音の日本の名前を正しい発音で呼べるようになりたいと思ってワタシたち努力しているのに、とても失望しました、とても悲しい」

橋本さんに熱く語り掛けたときには、もう少し流暢な日本語だったことを思うと、そのたどたどしさには、相手が誰であれ、回を重ねたであろう彼女の負の熟練を感じることができたと思ったそうです。

橋本さんのその感想は、彼自身が受けた深く痛々しい失望でもあったのだろうなと思いました。

しかし、ステファニーが、ただ食事やお酒にありつくためだけに取締役の決定した「創氏改名」の方針に憤る振りをしていただけだったのなら、この話にはまだまだ救いはあるのだと思うと橋本さんは言いました。

そう、それが空腹を満たすためだけのただの演技に利用されたものであってくれたなら、そしてそれが彼女の小さな狡猾に帰するものにすぎないのなら、深い所で誰ひとり傷つかずに済む。

きっと、もっとも悲惨なのは、戦争に繋がる記憶を持ったアジアの貧しい少女が、日本の繁栄の中で傷ついたそのこと・真意を理解してもらおうと、必死になって日本人のあいだを彷徨い歩いてその焦燥から誰彼構わず真意を説いて回り、そのたびに失望を重ねているという構図なのかもしれません。

橋本さんのこの話を聴きながら、なぜかヴィスコンティの「白夜」を連想していました。
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by sentence2307 | 2008-10-04 11:14 | ルキノ・ヴィスコンティ | Comments(2)

ルートヴィヒ

安倍首相の突然の辞任劇が、とてもショックだったことは確かですが、それが「政治的」な意味においてでなかったことだけは、なにか確信を持って言えるような気がします。

辞任によって政治の混乱を招いたといっても、正確に言えば「政治の空白」を作ったというだけで、安倍首相の不在によって日本が深刻な政情不安に陥ったかといえば、世情はきわめて平穏に推移しており、民衆は次の首相が選出されるのを静かに待っている(実をいえば、僕の周りでは、それさえ無関心という感じですが)という現状から見れば、こういう言い方は安倍首相には大変失礼であり残酷かもしれないのですが、むしろこの平穏さのなかには、一種の「ああ、(辞めてくれて)よかった」というような安堵感さえ伺えるように思われます。

それはつまり、その辞任によって「政治の混乱」をさえ招くことのできなかった影響力はおろか、存在感さえも乏しい政治家(いや、「政治家」とは到底いえないかもしれない)安倍晋三という人の存在そのものが、ただ鬱陶しい存在でしかなかったのではないかと勘繰りたくなるくらいです。

失笑をかってしまうほど空気を読めない(引き際を弁えない、ということでしょうか)政治家らしからぬ「安倍晋三」という人に大衆は、一種の苛立ちを持っていたような気がします。

ですので、あの突然の「辞任」には、安堵とともに、奇妙な違和感をもまた感じてしまったのだと思います。

しかし、最近よく思うことがあるのです。

それは安倍晋三という人をどこまでも「政治家」として見ようとするところに(本人も自分は政治家だと思い込んでいたところに)、そもそもの誤解があったのではないか。

そう考えたとき、ふいにヴィスコンティの「ルートヴィヒ」が思い浮かんできたのでした。

誰からも理解されることのない高邁な理想を抱き、狂王と呼ばれながら失意と孤独の生涯の果てに、イッカイの性格破綻者として狂乱のなかで自死(事故死かもしれません)に及んだこの王と安倍前首相を比較しようとすること自体途轍もない強引な飛躍であることは十分に承知のうえで、仮説を立ててみたのです。

安倍首相が辞任するに相応しい機会は、「かつて」も「これからも」いくらでもあり得たはずです、「今回」の間の悪いタイミング以外ならどこにでも。

郵政造反組を復党させてからの支持率の低下のとき。

参議院選挙で歴史上かつてなかったような大敗を喫したとき。

相次ぐ閣僚の会計処理のスキャンダルが立て続けに発覚したとき。

やがて給油法案が否決されるであろうとき。

誰もが納得できるタイミングなら、これからでもいくらでもあるはず。

なのに、よりにもよって、続投を表明し、組閣し、所信表明演説をした後などという最悪のときに何故、という奇妙な違和感が僕を捉えたのだと思います。

安倍晋三が首相になったとき、真っ先に唱えたのは「憲法改正問題」でした。

いまどき、正面きって「憲法改正」など、時代錯誤もいいところだという思いを抱きました。

いまや憲法など飾りでしかないことは、誰もが知っています。

変転進化する現実が、とっくの昔に、うわべはともかく、「憲法」の本質のところは「解釈」と「運用」によって、いまや大きく変えられてしまっていることは、誰もが暗黙裡に十分に認識しているところです。

いまさら憲法改正など持ちだす意味も、そして相応しい時でもないことは誰もが承知していることです。

民衆感覚からずれたその奇妙で時代錯誤な発想の理由はすぐに分かりました。

彼は亡霊=祖父が果たせなかった見果てぬ夢を実現しようとしただけだったのでしょう。

誰にも理解できない理想を、誰にも理解されない抽象的言語を弄して空回りさせた彼自身にとって、多分それが自身から発せられた本当の「理想」でなかったことが、つまり、「憲法改正」への熱い思いの核が、「まがいもの」だったところに、この日本の狂王の痛ましい悲惨があったのだと思います。

(72イタリア・フランス)監督・ルキノ・ヴィスコンティ、製作総指揮・ロバート・ゴードン・エドワーズ、製作・ウーゴ・サンタルチーア、脚本・ルキノ・ヴィスコンティ、エンリコ・メディオーリ、スーゾ・チェッキ・ダミーコ、音楽・ロベルト・シューマン(子供の情景)、ルヒャルト・ワグナー(ローエングリーン第一幕の前奏曲・トリスタンとイゾルデ・タンホイザー、ジャック・オッフェンバック、演奏指揮 :フランコ・マンニーノ、撮影・アルマンド・ナンヌッツィ、編集・ルッジェーロ・マストロヤンニ、美術・マリオ・キアリ、マリオ・シッシ、衣装・ピエロ・トージ、配給:パンタ・チネマトグラフィカ
出演・ヘルムート・バーガー、ロミー・シュナイダー、トレヴァー・ハワード、シルヴァーナ・マンガーノ、ゲルト・フレーベ、ヘルムート・グリーム、イザベラ・テレジンスカ、ウンベルト・オルシーニ、ジョン・モルダー・ブラウン、フォルカー・ボーネット、ハインツ・モーク、アドリアーナ・アスティ、ソニア・ペトローヴァ、マルク・ボレル、ノラ・リッチ、マーク・バーンズ
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by sentence2307 | 2007-09-22 21:11 | ルキノ・ヴィスコンティ | Comments(0)