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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:ピエトロ・ジェルミ( 2 )

鉄道員

久しぶりに「鉄道員」を見て、いろいろな思い出がよみがえってきました。

当時感じたことなど、例えば、この作品の描いている家族愛とか人情描写の世界が、きわめて日本的で、まるで木下恵介監督の作品のようだと勝手に思い込み、人にもそんなふうに吹聴していたことなどです(それほど木下恵介作品を見ていたわけでもないのにね)。

しかし、いま思えば、それはただ、耳学問で知った木下恵介という監督のイメージをたよりに何となく連想しただけのことで、いまなら、木下恵介作品に「鉄道員」に匹敵するストレートに下町的な義理人情を扱った作品など存在しないのではないかと考えています。

むしろ、初期の小津安二郎監督作品のなかにこそ、そのような下町情緒ならありそうだなという気がします(「出来ごころ」だとか「長屋紳士録」とか)。

たぶんその頃、すでに小津安二郎の名前は、もはや忘れられた古臭い映画監督で、きっと誰もがそのように考えていて、ひとむかし前の過去のものとなりつつあるその大御所の名前など、あえて語ろうとする映画評論家も映画ファンなども誰ひとりいなかったように記憶しています(海外からの示唆がなければ、日本人が独自で小津安二郎を過去から再発見することなど、まずなかっただろうという記憶しかありません。)。

時代は、すでに才人・木下恵介の全盛期であり、撮るたびにその斬新な試みは話題となり、飛ぶ鳥を落とす勢いの大監督として持て囃されていたことも合わせて思い出されます。

「鉄道員」を見て、自分のその見当違いな思い込みに気がついたことに加えて、もうひとつ大きな思い出があります。

それは、イタリア語の独特の響きの美しさです。

当時、その物悲しいイントネーションに心引かれ、全編を見終わった後でもう一度、目を瞑ってただ聞いていたいとさえ欲したことも思い出しました。

そういう思いは、フェリーニ作品を見たときにも感じましたし、また、ジャン・ギャバンやアラン・ドロンの話すフランス語の美しさにも同じように魅せられていたと思います。

そういえばベルイマンのスウェーデンの言葉の響きにも魅せられました。

しかし、そのとき、思いました、外国人も日本の映画を観て、自分が感じたように日本語の美しさを感じるようなことがあるのだろうかと。

試みに、目を瞑って映画の中で語られる日本語のセリフの響きに耳を傾けてみます。

映画にもよるのでしょうが、しかし、どうのように聞き込んでみても、日本語には、あのイタリア語やフランス語のような音楽的な響きに恵まれているとは思えません。

決して卑下ではなく、このような抑揚のない一本調子の話し方では、外国人が日本語の言葉の響きに魅せられるとなどということは、到底有り得ないだろうなと若いときからずっと考えてきました、ある時期、その考えを他人に話してみたこともあります。

賛同を得たこともありますし、反発されたこともあります。

しかし、多くの反応は、「そんなこと、どうでもいいじゃないか。要するに映画がおもしろいか、そうじゃないか、というだけのことだろう。」というものでした。

まったく、そのとおりかもしれません。

「鉄道員」が作られた同時代のイタリア映画にだって、汚いイタリア語を話す下卑た映画もあったでしょうしね。

そして同時に、このことを人に話すことの無意味さと、そのように考えた自分の意図に気がつきました。

自分としては、ただ聞くに堪える美しい日本語というものが、はたして存在するのだろうかという疑問に、なんらかの回答を誰かに示唆して欲しかったのだと気がつきました。

それからずっと、ついに最近にいたるまで、その回答を見つけることができませんでした、つい最近まで。

あるとき、テレビを見ていたら、秋田県男鹿半島のナマハゲの紹介番組が放送されていました。

突如ナマハゲが民家になだれ込んできます。

そこで待ち受けた戸主が、酒をふるまいナマハゲと問答する様子が写されています。

子供たちは、隣の部屋や押入れに隠れ、母親に抱かれて恐怖に震えています。

ナマハゲ「うぉー。泣ぐ子いねえが。怠け者いねえが。言うごど聞がね子どらいねえが。親の面倒み悪りい嫁いねえが。うぉーうぉー。」

戸主「ナマハゲさん。まんず座って酒っこ呑んでくなんしぇ。」

ナマハゲ「おめでとうございます。」(大晦日の夜に各戸に降臨します)

戸主「おめでとうございます。なんと、深け雪の中、今年も来てけで、えがったすな。」

ナマハゲ「親父、今年の作なんとであった。」

戸主「お陰でいい作であったすでば。」

ナマハゲ「んだが。子どら、皆まじめに勉強してるが?」

戸主「おらいの子どら、まじめで、親の言うごどよぐ聞ぐいい子だがら。」

ナマハゲ「ほんとだが? 学校から帰ってけば、すーぐテレビゲームばりして、勉強さねで、手伝いもさねでねが?」

戸主「なんも、なんも、ナマハゲさん。おらいの子どら、ゲームばするども、その後、勉強さして、手伝いもしてけるすよ。」

ナマハゲ「んだが。親父、子どら、言うごど聞がねがっだら、手っこみっつただげ。へば、いづでも山がら降りてくるがらな。どれ、もうひとげり探してみるが。うぉーうぉー」

戸主「ナマハゲさん。まんず、この餅っこで御免してくなんしぇ。」

ナマハゲ「親父。子どらのしづけ、がりっとして、えの者皆まめでれよ。来年まだ来るがらな。」

さて、ナマハゲを紹介する番組は、以下のようなコメントで締めていました。

子供たちは、恐ろしいナマハゲに早く帰って欲しいと願っているのに、父親はのんびりとナマハゲに酒や餅をすすめて、むしろ、できるだけマナハゲの滞留時間を長引かせているかのようにも見えるほどです。

「この習俗の真の姿は、この問答それ自体にあるように考えられます。
戸主は、ナマハゲと問答しながら、ナマハゲの口を借りて、ここで家族に対し言いたいことを言わせ、別室に隠れている家族にあえてそれを聞かせることによって、家族を守らねばならないという戸主の役割・強さと優しさを示し、家族に伝える意味があるのではないか、そして、家族もまた戸主に見守られているという安心感を得るとともに、その期待に応えるために一層努力しようと決意して、家族の絆を深め、各家族が協調し合う集落の人間関係を構築するとともに、それを後世に伝え遺そうとしているのではなかろうか。」

ナマハゲと戸主のあいだで交わされる言葉のイントネーションの美しさに、思わず聞きほれてしまいました。

「標準語」というものに、散々に侵食されてしまったとはいえ、日本には、まだまだ豊かな言葉が、こうして各地にのこされているのであって、かつて日本語の響きに失望した自分の不明をこそ恥ずべきだったことを思い知ったのでした。
by sentence2307 | 2009-07-20 09:14 | ピエトロ・ジェルミ | Comments(3)

鉄道員

映画って「ラストシーンがすべて」みたいなところがありますよね。

先日同期会の席上で、ひょんな切っ掛けから、出席者それぞれの印象に残っている映画のラストシーンを披露し合うという奇妙な展開になりました。

出席者は、同期の入社で、むかしから互いに気心の知れた映画好きの少人数の会なので、いつも最後には映画の話題に落ち着いてしまうというのが、だいたいのパターンです。

ラストシーンといえば、まずアレだろうなと思っていると、やはり経理の橋本さんが「シェーン」を持ち出してきました。

「シェーン・カムバック!」のあれです。

土地を追われそうな無力で貧しい開拓民のために、ならず者に立ち向かう孤独な早撃ちガンマン・シェーン、しかし最後は、ジョーイ少年の目に映る自分の「英雄像」をみずから否定して(はずれ者の自分を自嘲しながら自己否定して立ち去る感じは、当時の西部劇では新鮮だったように思います。日本の股旅ものでは定番のシチュエーションでしたが)立ち去るあのニヒルな感じが、子供心にも大人の映画だなとつくづく感じたものでした。

「シェーン」があがってしまった以上、しばらくは西部劇づくしだなと思っていると、すかさず営業の近藤さんが「荒野の決闘」をあげてきました。

「クレメンタイン、実にいい名前だ。」

血生臭い決闘のあとで呟かれるこのひと言で、アメリカ人が愛する「クール」の意味がなんだか分かったような気になりました。

それから「真昼の決闘」とか「駅馬車」があげられたあとで、四国から転勤してきたばかりの法務室の相沢さんが「明日に向かって撃て」をあげました。

あれは、僕も愛してやまないとても素晴らしいラストシーンです、そして僕の感覚としては、あの映画以来、ホモセクシャルな作品がだんだん社会的に許容されていったのではないかという印象をもっています。

ここからが、映画好きばかりが集まる宴会の醍醐味です。

誰かが「明日に向かって撃て」と「冒険者たち」の近似性をひとくさり話したあと、さらに人事の渡邉さんが、この2作品と「俺たちに明日はない」との近似性について話しました。

もう喧々諤々の大変な大論争になりました。

映画のマニアたちを魅了するなにかが、それらの作品の中に悪魔のようにひそんでいるに違いありません。

その「なにか」とは、例えば、弱々しい余韻のなかに、残照のようにいつまでも後をひく哀しみの郷愁、とでもいえば少しは近いでしょうか。

どうもうまく言葉では表現できそうにありません。

しかし、これらの作品のなかの「哀しみの郷愁」の感覚は、きっと誰もが感じていたに違いありません。

不意に座談が途切れ、しばらく沈黙が続きました。

それはきっと誰もが、今年に入って相次いで急逝した同期会のメンバー2人のことを考えていたからでしょう。

この作品群のラストに共通している「早すぎる死」のテーマが、あっけなく僕たちの目の前から姿を消した同期のふたりを連想させるものがあったからだと思います。

なんだか座が、しんみりしてしまいました。

こうなってしまったら、もう宴会も潮時かな、それにしてもこのまま帰るのでは後味が悪いなと思っていると、普段無口な資料課の大野さんが、突然話し始めました。

大野さんの挙げた映画は「鉄道員」です。

鉄道員? もちろんタイトルは、よく知っていますし、かなりむかしですが、見た記憶もあります。

この作品って、ネオリアリズモの洗礼を受けた映画にしては、随分メロドラマの要素をもった異色作で、変に甘ったるい印象が強く残っている作品です。

しかし、ともかく名画であることに異存はありません。

だけど、そのラストシーンとなると、思い出せません。

「あれって、どういうシーンだったっけ?」

聞き手の僕たちは、思わず互いに目を見合わせて相手の訝しげな顔を確認するばかりでした。

大野さんの話す映画のあらすじを聞いているうちに、だんだん思い出してきました。

貧しい家庭ですが、少年は鉄道員の父親を物凄く尊敬しています。

誰かが、「あの子役は、自転車泥棒と同じ子役か。」「違うだろう」、とかなんとかチャチャが入ります。

大野さんは、そんなことなど意に介さず話し続けます。

そうそう、大野さんの話しを聞きながら、だんだん思い出してきました。

あの映画は、少年の父親への尊敬の念の「揺らぎ」がテーマだったのかということも遅ればせながら、大野さんの話を聞きながら気がつきました。

大野さんは続けます。

「父親は、家庭内と浮世のゴタゴタをすべて乗り切ったあと、一家和解のパーティを終えて、やっと一息ついた夜に、深い安堵の中に沈み込むかのように、ひとり静かに死んでしまうのです。
あそこに描かれている死は、少なくとも、思い半ばで未練をこの世に残したままの不慮の事故死とか不意の死とかじゃない。
すべてを成し遂げ、見届けたあとの死ですよね。
果たして、このような充たされた死を何人の人間が迎えられ、許されるのか考えさせられてしまいました。」

充たされた安堵の中で迎える静かな死、そんなこと考えたこともありませんでした。

宴会がはねた後、駅までの道を終電に急ぐ人の波に押されながら、映画「鉄道員」のことをいつまでも考えていました。

(56イタリア、エニック・ポンティ・ラウレンティス)製作:カルロ・ポンティ、監督:脚本:ピエトロ・ジェルミ、脚本:アルフレード・ジャンネッティ、ルチアーノ・ビンセンツォーニ、脚本修正・エンニオ・デ・コンチーニ、カルロ・ミュッソ、原案・アルフレード・ジャンネッティ、撮影:アイエチ・パロリン、レオニーダ・バルボーニ、音楽:カルロ・ルスティケリ、美術・カルロ・エジーディ、
出演:ピエトロ・ジェルミ、エドアルド・ネヴォラ、ルイザ・デラ・ノーチェ、シルヴァ・コシナ、カルロ・ジュフレ、サーロ・ウルツィレナート・スペツィアーリ、サーロ・ウルツイ
by sentence2307 | 2007-10-27 12:19 | ピエトロ・ジェルミ | Comments(0)