世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:工藤栄一( 2 )

十三人の刺客

以前、時代劇ファンの人たちの「十三人の刺客」の高い評価を知ったとき、正直、意外な感じを受けました。

特筆するほどの物凄いものが、なにかこの映画にあるのだろうかという意外さです。

そのことを知ってから、注意してこの映画に関する記事を読むようになりました。

折に触れて読んだ幾つかの記事の内容をまとめると、だいたいこんな感じになるでしょうか。

①1963年に隆盛をみせた集団抗争時代劇(東映京都撮影所で撮られた作品に限る)を代表する傑作である、

②従来の時代劇を否定したリアリズム・タッチが斬新である、

③従来の時代劇になかった権力者に対する政治的テロリズムが描かれている、

よく考えてみれば、これらに示唆されていることはどれも、それまで東映という会社が撮ってきた自社の時代劇作品に対する自己否定でしかないことを思うと、「十三人の刺客」という作品を(「日本映画史上」ではなく、「東映時代劇の」)「傑作」たらしめている風評には、眉に唾して限定的に考えないといけないかなという気がしてきました。

つまり、東映時代劇が、そのマンネリからの脱皮しようとした模索(その模索の動機づけは、前年比21億5000万の減益のショックです)の過程で、例えば「集団抗争時代劇」というひとつの形を思い至ったとしても、しかし、その実態は、東映が抱えていた「スターシステム」を全否定することが出来ないまま、ずるずると到達した折衷案にすぎなかったのではないかと思えて仕方がないのです。

例えば、こんなふうに考えたことってありませんか、あの13人の侍たちのうちの果たして何人を、個人として認識することができるだろうかと。

スター俳優はすぐにも思い出せるものの、端役の侍たちを個々に識別することはどうしても出来ません。

それは観客の注意力が足りないからではなく、それまでの東映時代劇が「そう」だったように、端役などどうでもいいという撮り方をしているのだから当然の結論だったのです。

「七人の侍」において、あれほど細心周到に時間を割いた人物紹介など、だからこの映画に求めることなど最初から所詮無理なことだったかもしれません。

日本経済新聞の木曜日の夕刊に連載している「時代劇映画のたのしみ」の執筆者・縄田一男氏は、よほど「十三人の刺客」に思い入れがあると見えて、2008.6.19の記事の中で、読んでいても赤面してしまうほどの賛辞のあとで、この作品の持つ意義のひとつとして、
「千恵蔵が、嵐寛寿郎が、里見浩太朗が、脇役の俳優たちと共に刀を振り回し、体力の限りを尽くしてぶつかっていく。そのことはとりもなおさず、スターシステムの崩壊を意味する」という西村雄一郎という人の文章を抜粋しています。

「脇役の俳優たちと共に刀を振り回す」ことが、スターシステムの崩壊ではなく、むしろ証明だったからこそ、東映時代劇の崩壊があったのだと何故理解できないのかと僕とても不思議ですが、この作品が依然として集団抗争時代劇を代表する傑作であることにはいささかの疑いも持っていません。

しかし、この集団抗争というヤツ、どうしたって小学校の運動会を遠目で見ているような緊迫感の欠落したお祭騒ぎみたいに間延びしていて、退屈以外のものを感じることが出来ませんでした。

この無様な戦闘場面のどこに、それまで東映時代劇が長い間培ってきた舞うような殺陣より優れたものがあるといえるのか、リアリズムって、いったい何なんだ、という思いです。

この作品が一見群像劇に見えて、しかし、その実態がどこまでもスターシステムに支配されている映画にすぎないからに違いありません。

東映時代劇を支えていた「勧善懲悪」という営業理念に手を付け、ただ単に商魂から昂然と反権力の立場を装おうとした自己否定の賭けによって得たものが、「止揚」などではなく、皮肉な「凋落」だったことを思うと、この「十三人の刺客」は、その記念碑的な意味において忘れられない作品だったのかもしれません。

 * * *

【別バージョン】いつ書いたのか、記憶にないのですが・・・古いファイルにありました。

自分のブログを読み返していて、突然あることに気がつきました。

「七人の侍」を取り上げる頻度が物凄く多いのに、その他の時代劇映画というものを取り上げることが皆無に近いということに、です。

自分の好みもあるのですが、「七人の侍」が、従来の「時代劇作品」とは、まるっきり違う作られ方をした作品なので、「七人の侍」を語っていく過程で、他の時代劇に言及するということがない(優劣という意味ではなく、語られる「叙情性」というもののタイプが全然違うという意味において)ということだと思います。

長谷川伸が描く股旅もの、例えば「はぐれ者の悲しみ」という思想を、「七人の侍」の壮絶なリアリズムの延長線で語ることの困難は容易に想像できると思います。

義理のために斬らなくてもいい相手を斬り殺し、罪の意識に苛まれて遺された女房と遺児を助けながら、彼女に恋心を抱いてしまう自分の気持ちを厳しく諌め、やくざはやくざらしく、人間のクズとして生きていくことをニヒルに選ぶという筋立ての延長線上に「七人の侍」という作品を置きにくいということと同じことかもしれません。

しかし、そういう「時代劇」の成り立ちが崩れていく過程で作られた映画として、「集団時代劇」というか「群闘時代劇」というジャンルがあって、それらの作品の象徴的な存在としてよく語られる作品に東映作品「十三人の刺客」1963があります。

語る人によれば、この「十三人の刺客」が、「七人の侍」のように世界的に評価されなかったのは、東映の宣伝が足りなかったからだ、それくらいに優れた作品だ、という意味らしいのです。

僕も、その話題性に釣られて、この作品を見てみました。

手におえない暴君を、公儀の手前オオヤケには手出しができないので、謀って密かに暗殺するという物語です。

その侍の人数が13人、しかし、七人の侍ほどには個々のインパクトが薄く、せいぜい覚えているのが四人という印象の希薄さでした。

希薄さということから言えば、その「群闘」というカタチも、極めて希薄でした。

それぞれが必死になって、やたら刀を振り回しているだけで、見ている側に緊迫感を与えることができないばかりか、シラケてしまいました。

「七人の侍」が群闘劇だと思い込んでいるとしたら、それはただの勘違いでしかありません、個々人が斬り合うという研ぎ澄まされた緊迫感を丹念に重ねていくことで成り立っていた作品だったと思います。

そして、どうしてこんなふうに誤解を増幅させて、「時代劇」が変な方向に反れてしまったのか考えてみました、それはもしかすると、この作品が撮られた60年安保の影響かもしれません。

皇居前の写真で有名な例の無味乾燥なあの乱闘場面の影響かも。

だが、しかし、多分それだけではないと思います。

きっと、なによりも乱心に狂う「暴君」の扱い方が、ただ不可解で、旧態依然の人間味を感じさせない絵空事だったからかもしれません。

(1963東映・京都撮影所)
製作=東映(京都撮影所)企画・玉木潤一郎 天尾完次、監督・工藤栄一、助監督・田宮武、脚本・池上金男(池宮彰一郎)、撮影・鈴木重平、音楽・伊福部昭、美術・井川徳道、装置・西川春樹、装飾・川本宗春、録音・小金丸輝貴、照明・増田悦章、編集・宮本信太郎、語り手・芥川隆行、スチール・江崎洋
配役・片岡千恵蔵、里見浩太郎、嵐寛寿郎、内田良平、西村晃、丹波哲郎、月形龍之介、阿部九州男、菅貫太郎、山城新伍、水島道太郎、加賀邦男、汐路章、沢村精四郎、春日俊二、片岡栄二郎、和崎俊哉、丘さとみ、藤純子、河原崎長一郎、三島ゆり子、高松錦之助、神木真寿雄、高橋漣、水野浩、原田甲子郎、北龍二、明石潮、堀正夫、有川正治、小田部通麿、香川良介、松浦築枝、藤井貢、尾上華丈
1963.12.07 11巻 3,438m 125分 白黒 シネマスコープ
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by sentence2307 | 2008-06-28 12:43 | 工藤栄一 | Comments(0)

十三人の刺客

自分のブログを読み返していて、突然あることに気がつきました。

「七人の侍」を取り上げる頻度が物凄く多いのに、その他の時代劇映画というものを取り上げることが皆無に近いということに、です。

自分の好みもあるのですが、「七人の侍」が、従来の「時代劇作品」とは、まるっきり違う作られ方をした作品なので、「七人の侍」を語っていく過程で、他の時代劇に言及するということがない(優劣という意味ではなく、語られる「叙情性」というもののタイプが全然違うという意味において)ということだと思います。

長谷川伸が描く股旅もの、例えば「はぐれ者の悲しみ」という思想を、「七人の侍」の壮絶なリアリズムの延長線で語ることの困難は容易に想像できると思います。

義理のために斬らなくてもいい相手を斬り殺し、罪の意識に苛まれて遺された女房と遺児を助けながら、彼女に恋心を抱いてしまう自分の気持ちを厳しく諌め、やくざはやくざらしく、人間のクズとして生きていくことをニヒルに選ぶという筋立ての延長線上に「七人の侍」という作品を置きにくいということと同じことかもしれません。

しかし、そういう「時代劇」の成り立ちが崩れていく過程で作られた映画として、「集団時代劇」というか「群闘時代劇」というジャンルがあって、それらの作品の象徴的な存在としてよく語られる作品に東映作品「十三人の刺客」1963があります。

語る人によれば、この「十三人の刺客」が、「七人の侍」のように世界的に評価されなかったのは、東映の宣伝が足りなかったからだ、それくらいに優れた作品だ、という意味らしいのです。

僕も、その話題性に釣られて、この作品を見てみました。

手におえない暴君を、公儀の手前オオヤケには手出しができないので、謀って密かに暗殺するという物語です。(報復の意味合いもあったようですが)

その侍の人数が13人、しかし、七人の侍ほどには個々のインパクトが薄く、せいぜい覚えているのが4人という印象の希薄さでした。

希薄さということから言えば、その「群闘」というカタチも、極めて希薄でした。

それぞれが必死になって、やたら刀を振り回しているだけで、見ている側に緊迫感を与えることができないばかりか、シラケてしまいました。

「七人の侍」が群闘劇だと思い込んでいるとしたら、それはただの勘違いでしかありません、個々人が命を掛けて斬り合うという研ぎ澄まされた緊迫感を丹念に重ねていくことで成り立っていた作品だったと思います。

そして、どうしてこんなふうに誤解を増幅させて、「時代劇」が変な方向に反れてしまったのか考えてみました、それはもしかすると、この作品が撮られた60年安保の影響かもしれません。

皇居前の写真で有名な例の無味乾燥なあの乱闘場面の影響かも。

だが、しかし、多分それだけではないと思います。

きっと、なによりも、乱心に狂う「暴君」の扱い方が、ただただ不可解で、旧態依然の人間味を感じさせない、作られた絵空事だったからかもしれません。

(63東映・京都撮影所)
製作=東映(京都撮影所)企画・玉木潤一郎 天尾完次、監督・工藤栄一、助監督・田宮武、脚本・池上金男、撮影・鈴木重平、音楽・伊福部昭、美術・井川徳道、装置・西川春樹、装飾・川本宗春、録音・小金丸輝貴、照明・増田悦章、編集・宮本信太郎、語り手・芥川隆行、スチール・江崎洋
配役・片岡千恵蔵、里見浩太郎、嵐寛寿郎、内田良平、西村晃、丹波哲郎、月形龍之介、阿部九州男、菅貫太郎、山城新伍、水島道太郎、加賀邦男、汐路章、沢村精四郎、春日俊二、片岡栄二郎、和崎俊哉、丘さとみ、藤純子、河原崎長一郎、三島ゆり子、高松錦之助、神木真寿雄、高橋漣、水野浩、原田甲子郎、北龍二、明石潮、堀正夫、有川正治、小田部通麿、香川良介、松浦築枝、藤井貢、尾上華丈
1963.12.07 11巻 3,438m 125分 白黒 シネマスコープ
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by sentence2307 | 2008-03-06 22:30 | 工藤栄一 | Comments(0)