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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:グリゴーリ・チュフライ( 1 )

誓いの休暇

すぐ頭に血がのぼる激しやすい人とか、妙に冷静で過剰なくらい醒めている人とか、人にはいろいろなタイプがありますが、その平均的集大成というか、延長線上に「国民気質」というものがあるような気がします。

そこには、オノズカラその国その国のカラーみたいなものが形成されて、そのタイプを敷衍していく結果として、それぞれの国民性を論じることは、あながち間違いでもないのだろうなという思いでいます。

それは、そのまま映画についても言えますよね。

特に、そのことを顕著に感じるのは、(少し前の)共産圏の国々の映画を見たときでしょうか。

例えば、かつてのソビエト連邦で作られていた映画といえば、反革命勢力の挑発を退けて、強固な社会主義建国のために一致団結してみんなで頑張ろうみたいな、大義名分のみの「抽象的な戦意」を描いた作品が多かったように思います。

ですので、たまに、そうしたカラーから外れた映画に出遭うと、ことさらに印象に残ったのかもしれません。

たとえば、あのタルコフスキーの「僕の村は戦場だった」1962は、敵に両親を殺された憎しみと報復とを深く胸に沈めて、復讐のため命懸けで戦場を駆け回る少年兵を描いた映画でしたが、そこには戦うことが「社会主義の擁護のため」とか「人民同胞のため」とかではなく、殺された自分の両親の復讐のためというはっきりとした個人的な動機づけと意思とが明確に描かれていたことで、それまでソビエト映画ではあまり見たことのなかった新しさを感じたのだと思います。

戦場において、人は本当に「人民のために」とか「社会主義のために」などというレベルの理由だけで人殺しができるものなのか、人を殺すためには、それなりの個人的な怒りとか恨みという人間的な動機があって始めて「人殺し」という異常な行為も可能なのではないか、たとえ、人がその殺人という異常な行為をなすにしても、それは政治思想で凝り固まった薄気味悪い殺戮ロボットがするのではなく、どこまでも人間的な動機を持った・人間がする行為でなければならないというタルコフスキーの思いがあったからに違いありません。

しかし、復讐に凝り固まり、憑かれたように敵を殺すために戦場へ赴く少年兵を、タルコフスキーは、将校の目から見るという第三者的な視点で描くことによって、少年兵から少しだけ距離を置くことで、その少年の行為が自分には到底理解できないもの・少年の荒廃した心の在り様には一応理解を示しながら、一方では、やはりそれは理解しがたい異常なこと・遠い世界の出来事であるという立場も意識的に残しているように感じました。

それが、社会主義思想に対して無条件に帰依することを承服しなかった(結局、彼がその生涯を「第三者」として過ごした)部外者・タルコフスキーの率直な所感の反映だったのかもしれません。

そして、同じように「距離を置いた作品」というイメージを持った作品にグリゴーリ・チュフライの「誓いの休暇」がありました。

タルコフスキーの「僕の村は戦場だった」が、自分と対象との間に冷徹な距離を保った作品だとすると、チュフライの「誓いの休暇」には、ヴェンダースの「ベルリン 天使の詩」の視点を想起させるような、それぞれのエピソードのなかで描かれる貧しい庶民を、優しさと悲しみの眼差しの至近距離で捉えようとした同胞愛が痛いほど感じられました。

母親に逢うために許された僅かな休暇を、故郷へ帰るその旅の途中で、戦争に苦しむ同胞のために気前よく費やしたため、待ち侘びていた母親には遂にひと目だけしか逢うことができなかったこの物語の最後には、さらに、その心優しい兵士が、それきり母のもとには帰ってこなかったという暗示さえ付け加えられていました。

殺された両親への復讐のために憎悪と殺意に憑かれたような狂気を抱えて戦場に赴いていった「僕の村は戦場だった」の少年兵イワンと比べたとき、気の遠くなるようなその落差に、暗然たる思いを禁じ得ませんでした。
(1959モスフィルム)監督脚本・グリゴーリ・チュフライ、脚本・ワレンチン・エジョフ、撮影・ウラジーミル・ニコラーエフ、エラ・サヴェーリェワ、美術・ボリス・ネメチェク、音楽・ミハイル・ジフ
出演・ウラジーミル・イワーショフ、ジャンナ・プロホレンコ、アントニーナ・マクシーモア、ニコライ・クリューチコフ、エフゲニー・ウルバンスキー、エリザ・レジデイ、
9巻 1時間30分
く1960年>カンヌ国際映画祭最優秀賞、サンフランシスコ国際映画祭監督賞、ロンドン国際映画祭監督賞、テヘラン国際映画祭銀メダル(監督賞)、チュフライ監督に<ダヴィト・ディ・ドナテロ>賞、ミラノ国際映画祭名誉賞、イタリア批評家連盟賞、全ソ映画祭第一賞ほか多数受賞●「キネマ句報」ベストテン<日本初公開:1960年11月>
by sentence2307 | 2008-06-06 22:36 | グリゴーリ・チュフライ | Comments(133)