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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:ジーン・ハーロー( 1 )

ジーン・ハーロー伝説

あるコラムを読んでいたら、その筆者が、むかし、週刊誌のグラビアで、すっかり老いた皺くちゃのリタ・ヘイワースを見たことがある、と回想している一文に出会いました。

その箇所を読んだとき、不意に、実は僕も、往時の美貌など見る影もなく老いさらばえた皺くちゃのリタ・ヘイワースの写真を、リアルタイムで見たことを鮮明に思い出しました。

たぶん、同じ週刊誌に掲載された同じ写真だったに違いありません。

すっかり忘れていたことなので、記憶といっても随分あやしいものになりかけているのですが、薄れた記憶の片隅にあるのは、老いたリタ・ヘイワース(これがあのリタ・ヘイワースだと、あえてコメントされていなかったら、たぶん、その老婆が、往年の大女優リタ・ヘイワースであることなど、誰にも分からなかったに違いありません)が、少し開けたドアの向こうから、恐る恐る顔を覗かせている映像です。

その顔は、なんとも無残に皺くちゃで、むかしの美貌を知っているファンには、相当なショックだったことを思い出しました。

今でこそ、そのような悪趣味で優しさのない写真小僧の暴露写真を、冷静に突き放して怒ることも軽蔑することもできるのでしょうが、当時にあっては、あまりにもショックが大きすぎて、怒りなど思いつく余裕もなかったような気がします。

そのコラムには、こんなふうに解説されていました。

「長い間の男性との波瀾に満ちた遍歴と、その嘆きと、悔恨をもっぱら酒でまぎらわしてきた荒廃は、かつてグラマーだった彼女の容貌を無残に食いつぶしていた。
アルコールに毒された彼女の目は白濁して、力を失い、虚ろというよりは、義眼かと錯覚させるほど、生気を欠落していた。」

しかし、それにしても、あの写真を見たのは、いつ頃のことだったのだろうか、そして、その週刊誌が、どの週刊誌だったのか、インターネット検索で確かめてみたくなりました。

たぶん、イメージからいえば、「週刊文春」とか「週刊朝日」だったような気がします。

そして、時期を推理すれば、すっかり老いたあの様子からすれば、没年の1987年9月14日に限りなく近いいずれかの日と仮定してみました。

まず、どういう言葉を入れていくかです、当然、まず最初は「リタ・ヘイワース」と素直に入力してみました。

検索されたどの写真も、輝くような美貌をほしいままにした若き日の全盛期のリタの写真の数々です。

どの写真も懐かしく、しばし見とれてしまいましたが、そうしてばかりはいられません。

次の項目の「リタ・ヘイワース」をクリックしても、そのまた次の「リタ・ヘイワース」をクリックしても、結果は同じでした。

ディスプレイに映し出されてくる「リタ・ヘイワース」は、どれも美しいままの彼女です。

入力する言葉をどうにか工夫しなければ、このままでは結果は同じことの繰り返しです。

どこまでいっても無限のリタが出てくるだけです。

では、どういう言葉を工夫するか、です。

「老いさらばえたリタ・ヘイワース」?

「皺くちゃのリタ・ヘイワース」?

「老残をさらすリタ・ヘイワース」?

「ファンから忘れられ、生きながら既に葬られたにリタ・ヘイワース」?

残酷な言葉を組み合わせ、工夫しながら、次第に猛烈な自己嫌悪に襲われました、「オレは、いったい何を検索しようとしているのだ」という思いです。

次から次に、美しいリタ・ヘイワースが限りなく検索されることの、いったいどこが悪いのだ、という思いです。

映画を見ることが、夢見ることと同義なら、「老残をさらすリタ・ヘイワース」を検索すること自体、なんかとんでもない背信行為を犯しているような遣り切れない気分に襲われ、「検索」も当然中止、この文章も結局中止ということになりそうです。

そんなわけで、不測の事態が起こったために、ついにタイトルの「ジーン・ハーロー伝説」まで、行き着くことができませんでした。

ここまで読んでくれた方には、たいへん申し訳ないのですが、当初考えていたこの短文の設計図だけでも明かし、お許しを願いたいと思います。

リタ・ヘイワースは、ジーン・ハーローの後継者と目された女優でした。

しかし、それは、彼女にとって女優としてのイメージづくりには、ある程度プラスになったとしても、同時に命取りにもなったと考えていいでしょう。

妖艶・淫猥な肉体の中に、清涼で傷つきやすい純粋な心を持った、男たちに理解されない気のいい女としての自分自身を演じながら、しかし、そういう生き方のことごとくに失敗しなければならなかったのは、それは、きっとジーン・ハーローという「女」の一部分しか彼女が理解できていなかったからだと思います。

このコラムには、ひとつのこんなジーン・ハーロー伝説を紹介していました。

「プラチナ・ブロンドといわれたジーン・ハーローは、戦前のハリウッドを代表する女優でありながら、夜になると髪の形や化粧を崩して変装し、街角に立って、旅回りの雑貨売りのセールスマンとか、電気器具の月賦販売人をつかまえては、彼らと安ホテルにしけこみ、映画出演に支障がでてきてしまうような破滅型の人生をたどった。
彼女はメトロ・ゴールドウィンの看板女優になりながら、26歳の若さで尿毒症で急死してしまう。
そんなハーローに替わって登場してきたのが、リタ・ヘイワースだった。」

「男」を楽しみ、閃光のように果てたジーン・ハーローの伝説を生き切ることのできなかった後継者リタ・ヘイワースは、その代わりに男たちから何倍もの仕打ちを受け、そして悲憤のなかにあって、ハーローよりも更に何倍もの過酷な人生を生きなければならなかったリタヘイワースの、若く美しい写真だけを、これから先は、見ることに決めました。
by sentence2307 | 2010-10-09 23:22 | ジーン・ハーロー | Comments(102)