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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:クロード・ガニオン( 1 )

Keiko

本当に久し振りに、このクロード・ガニオン監督作品「Keiko」1979を見ました。

この作品を見た当時、それまでは当然のように思っていた「映画」に関する約束事や常識が、ことごとく根底から突き崩される衝撃を受けたことを思い出します。

猥雑な都会であてどなく生きるひとりの女性を、まるで動物の生態観察のように捉えることで細部のリアリティを表現しようとしたその姿勢は、作為的な虚偽を積み上げ強引にひとつの結論に導こうとするドラマ臭から解放されるとともに、説明的な動作や表情による演技を丹念に追うことの制約から自由になったカメラもまた、そのポジションという拘束から解き放たれ、Keikoの孤独により深く迫れたのだと思います。

そのひとつに、この作品の出演者全員が、オーディションで選ばれた素人たちによって構成されていたということもあったかもしれません。

訓練された職業俳優なら、決して肯定できるはずもない曖昧な所作やよく聞き取れない発声や語尾が立ち消えるような頼りないセリフまわし(従来なら、これら無意味な所作と、聞き取れないセリフ回しなどは、当然に退けられて然るべきものとして、除外され、矯正され、整理される否定の対象でした)が、この作品では、それがかえって新鮮で魅力的な初々しさに見えてしまうのが不思議なほどです。

稚拙だとか、たどたどしいとか指摘されかねない所作が、実は、溢れるような思いを自制・抑圧して、失意と諦念の中で生きる都会の女性の孤独と空虚を、鮮烈に描き出していることを実感したのだと思います。

思いを上手く相手に伝えられずに、意識すればするほど尚更ぎこちない振る舞いにとらわれ、凝り固まり、自信なくぐずぐずと口ごもり、自らの無様さに戸惑いながら、気まずく言葉を飲み込んでしまうあの適齢期を迎えて揺れ惑うKeikoのみずみずしさは、葛藤のすえに傷ついていく痛ましさと、苦しみに歪む表情の隅々をとらえるカメラによって、実に見事に表現されていたのだと思います。

そこで描かれていた「躊躇」は、猥雑な都会で、OLとして自由気ままに何不自由なく暮らしている彼女を見舞う男たちとの出会いと裏切りに直面するたびに、常に問い返される「この選択で本当にいいのか」とためらう深い孤独感と同義だったからかもしれません。

やがて、Keikoの孤独を理解し、支えてくれる存在として、会社の同僚カズヨが現れ、ふたりだけの飲み会のあと、互いの孤独を癒しあうように女性同士の関係が結ばれます。

もし、Keikoが、カズヨとの関係を持つことがなかったなら、きっと、さらに長い間、彼女は苦しみの中で足掻き続けなければならなかったかもしれないというもうひとつの局面で、しかし、彼女を癒すはずのこの道ならぬ関係(1979年当時、同性愛は、多くの人々の意識の中では未だ公民権を得ていない忌避される関係でしかありませんでした)も、Keikoに身動きとれない新たな苦しみを与えずにおかなかったものでもありました。

世間の常識に背を向けて生きる代償としての指弾に立ち向かうだけの決心もつかないKeikoは、やがてカズヨに別れを告げる失意の置手紙を記すところまで追い込まれていきます。

「こんなやり方しか出来なかった私を許してください。
あなたと居て、あなたに会えて、本当に嬉しかった。
あなたほど私の気持ちが分かってくれる人はいなかったし、あなたほど優しさの分かる人ってなかった。
でも、しょうがないこと、どうしようもないことだらけで、そんなことに押し潰されては、私、まるで駄目になってしまいそうに感じるの。
でも、本当は、本当は、とってもさみしい・・・」

お互いの「孤独」を理解し、その傷ついた心を重ね合わせるように結ばれたカズヨとの痛ましい負の関係に、Keikoは、その意識の弱さから、守られ続け、優しさをただ与えられるだけの平穏に身を浸すことにも怯え続けなければならない閉塞状況に耐えられず、カズヨとの生活を棄て、親から強いられた「結婚」を選択します。

自分の気持ちを押さえつけ、微かな自由への意思も押し潰されて、定められた運命に従順にしたがっていくしかない無力な日本人女性の無残な受身の姿を、客観の視点を持ったこのクロード・ガニオン作品は丹念に描き出しています。

そして、そのKeikoの結婚相手に、冒頭の映画館のシーン(そこで上映されていた映画は高林陽一監督の「往生安楽国」でした)で「痴漢」として登場していた同じ男を、悪意をもって配しています。

「自由」を手にすることが出来たかもしれない反逆のチャンス(この世界での唯一の理解者・カズヨとの生活)を、ただ世間体を憚ることであっさりと放棄し、自ら社会の旧態依然たる良識にがんじがらめに囚われていくKeikoは、結局その臆病さの代償を払うかのように、親が決めた見合いの相手=痴漢男との愚劣な結婚に屈服します。

式場での場面、取り繕った彼女の卑屈な笑みのなかに、ガニオンは、彼女の暗澹たる未来への痛切な暗示を描いてみせていました。

(1979ヨシムラ・ガニオンプロ=ATG)製作・ユリ・ヨシムラ・ガニオン、クロード・ガニオン、監督クロード・ガニオン、脚本クロード・ガニオン、撮影アンドレ・ペルチエ、音楽・深町純、美術・橋本敏夫、録音・渡辺芳丈、照明・アンドレ・ペルチエ、編集クロード・ガニオン
出演・若芝順子、きたむらあきこ、池内琢磨、橋本敏夫、中西宣夫、中村隆、寺島千春、高岡由起子、松島路子、鳶野克巳、森山浩一、荒川正也、松崎勤、山中直美、宮本はじめ、大坪悦子、久保充
1979.11.17 119分 カラー
1979年度キネマ旬報ベストテン日本映画第3位、1979年度報知映画賞特別賞受賞、1979年度日本映画監督協会新人賞(クロード・ガニオン)受賞



クロード・ガニオン監督
1949年カナダ・ケベック州生まれ。70年代に約10年間、監督、編集者として過し、 日本滞在の決算として『Keiko』79を発表した。京都に暮らす23歳OLの暮らしを、 ドキュメンタリータッチで綴ったこの映画は、開放的な性描写や即興演出の斬新さから、当時大変な話題を呼んだ。 ATG配給で長編デビューした彼は、外国人としては異例の日本監督協会新人賞を受賞した。カナダ帰国後に監督した実話に基づく感動ドラマ『ケニー』87はモントリオール映画祭アメリカングランプリ受賞、ベルリン映画祭ユネスコ賞受賞他、多くの賞を受賞し、全世界40か国以上で公開された。1994年、ヨーロッパの大手テレビ局TF1の依頼を受け、監督、共同脚本、共同製作として参加した『トーマの愛のために』は、 38.2%のトップ視聴率の成功を収めた。そのほかの監督作に『セント・ヒヤシンス物語』82、『スロウタイム』85、『ピアニスト』91、『リバイバル・ブルース』04、『窯焚』05など。
by sentence2307 | 2008-09-09 21:54 | クロード・ガニオン | Comments(10)