世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:マーヴィン・ルロイ( 2 )

哀愁

むかし、ある映画を見ていたときのことですが、その映画が相当につまらない作品だったらしく、すっかり集中力を欠いてしまい、傍らに置いてあった文庫本に手を延ばして、いつしか映画そっちのけでその本を夢中で読んでいました。

映画に「END」マークが出てからも、ビデオを停止する気さえ起きず、そのままテープを回転させていたら、突然、画面にジョン・フォード監督作品「怒りの葡萄」の、あの感動のラストシーンが映し出されたので、びっくりしたことがあります。

つまり、一本のテープに何度も映画を重ね録りしていた結果、上映時間の長い作品のラストシーンの部分だけが残った状態になっており、消去されなかったそのわずかな最後の場面が連続して(というのは、「怒りの葡萄」のほかに「道」と「哀愁」のラストシーンが続いて録画されていました)流れてきたというわけです。

それはまるで、感動のラストシーンばかりを集めたダイジェスト版を見ているような、ちょっとしたサプライズ体験でした。

いままで見ていた映画が印象の薄い「いまいち作品」でテンションが下がりまくっていただけに、なおさら印象を強くしたのかもしれません。

ちょうど、「ニュー・シネマ・パラダイス」のラストシーン・神父が風紀上よろしくない場面をカットした上映禁止の「キス・シーン」が立て続けに流れたあの感動の場面をじっと見つめている感じとダブルものがあったからでしょうか。

その「怒りの葡萄」、場面はジョード一家が、やっと自由で公平な国営キャンプに落ち着くことができて、さあこれから暮らしも安定すると思っていた矢先、真夜中に巡回している警官たちの密談を聞いてしまったトム(ヘンリー・フォンダ)が、身元を警察に嗅ぎつけられ明日にも逮捕されるかもしれないと知り(彼は前にいたキャンプ地で殺人を犯しています)、夜陰に乗じて逃げようとする直前の僅かな時間に、母親(ジェーン・ダーウェル)と濃密な言葉を交わす緊迫した別れのシーンです。


「トミー、黙って出ていくのかい」

「どうすべきか分からない。外へ出よう。警察が車のナンバーをチェックしていた。誰かにバレたんだ。でも心の準備はできているよ」

「座って」

「一緒にいたかったよ。住むところを見つけて、母さんに喜んで欲しかった。幸せな顔が見たかったけど、もう無理だ」

「お前ひとりくらい、かくまえるよ」

「殺人犯をかくまうと、母さんまで罪に問われる」

「わかったよ、これからどうする気なの」

「ずっと考えていた、ケーシーのことをね。彼が言ったことや、彼がしたこと、そして彼の死にざま、目に焼き付いている」

「いい人だったからね」

「俺たちのことも考えていた。豚のように生きる人間と眠っている豊かな土地、広大な地主の土地。10万の飢えた農民・民衆が団結して声を一つにすることができれば」

「そんなことしたらケーシーの二の舞だ」

「遅かれ早かれ、俺は捕まるよ、そのときまで・・・」

「えっ、トミー、誰かを殺すんじゃないだろうね」

「そんなつもりはないよ、だが俺は、いずれにせよ無法者さ。でも、こんな俺にもできることがあるはずだ。それを探し求めながら不正を正していきたいんだよ、自分でもまだはっきりとは分からないんだ、なにをすればいいのか。まだ力不足だからね」

「この先、どうなるのかしら。もし、お前が殺されても、母さんには分からないじゃないの」

「ケーシーがいつも言ってたよ。人間の魂は大きな魂の一部なんだとね。この大きな魂は皆につながっている。そして・・・」

「だから、何」

「たとえ暗闇の中であろうと、俺はいつでも母さんの見える所にいるよ。飢えている人が暴動を起こせば、俺はそこにいる。警察が仲間に暴行を加えていたら、そこにもいる。怒りで叫ぶ人の間にもいるさ。夕食が用意されて喜びに満ちた幸せな子供たちの所にも俺はいる。人が自分で育てた物を食べて、自分が建てた家で安らぐ時にも俺はそこにいるんだ」

「よく分からないわ」

「俺もだよ。でも、ずっと考えていたことさ。手を出して。元気でね、母さん」

「お前もね。ほとぼりがさめたら、また戻ってきてくれるだろうね」

「もちろんだとも」

「あまりキスなんか、したことないけど」

「じゃあ、母さん、行くね」

「元気でね。トミー、トミー」


何度でも繰り返して見てきた素晴らしい場面です。

これらのセリフを筆写しながら初めて気がついたことですが、このラストが僕たちに与えた高揚感は、決して「言葉の羅列」だけにあるのではなく、ヘンリー・フォンダの抑えた名演があったからだと今更ながら実感しました。


つづいてフェリーニの「道」のラストシーンが映し出されています、いまではすっかり老いたザンバーノ(アンソニー・クイン)が侘しい夜の海岸で泥酔し、悲しみの果てに寂しく死んだという捨てた女・ジェルソミーナの思い出に打ちのめされて、その失ったものの大きさと、神に見捨てられた絶望的な孤独の深さとに慄然として号泣する場面です。

おびただしい凡庸な作品に取り囲まれ、ほとんどが失望と嫌悪しか経験できないような繰り返しの毎日の中で、なぜ自分は相も変わらず映画を見続けようとしているのか、かつて自分を決定的な感動で映画に引き寄せた「感動と動機」の原点に生で触れる思いがして、改めて思いを新たにした素晴らしい体験でした。


そして、続いて映し出されたのが、マーヴィン・ルロイ監督の「哀愁」です。

実は、自分は、今でもこのラストシーンの部分だけはyou tubeで繰り返し見ています。

バレエの踊り子マイラ(ヴィヴィアン・リー)は、ウォータールー橋でロイ・クローニン大佐(ロバート・テイラー)と出会って恋に落ち、しかし、大佐はすぐに出征しなければならないために、慌ただしく結婚を約して、ふたりは別れます。

やがて、待ち続けるマイラの目に飛び込んできたのはクローニン大佐の戦死記事。

絶望し、生きる意欲も失い、「もう、どうでもいい」という虚脱と、そして生活苦から、マイラは娼婦となって夜の街頭に立ち始めます。

そんなある夜、駅の雑踏で適当な客を探すマイラの前に突然、戦地から戻ってきたクローニン大佐が現れます。「僕が帰ってくるのが、よく分かったね」と彼は微かに訝りながらも、喜びでたちまち掻き消されてしまうその「真の理由」が、後々に彼女の破滅・自殺の原因として暗示されている、なんとも痛切なラストシーンです。

どんな好色な相手の淫らな要求にも、いかようにも応じることができるしたたかな娼婦の、客を淫らに誘う薄笑いの表情が、クローニン大佐の突然の出現によって、一瞬にして清純だった「あの頃の乙女」に立ち戻るヴィヴィアン・リー生涯の名演技です、何度見ても見飽きることも色あせることもありません。

しかし、あの時、この突然の出会いがよほど嬉しかったにしろ、娼婦として客待ちしている人間が、あんなふうに突然豹変できるものだろうかという疑念に微かに捉われたことがありました。

自分の頭の中にはそのとき、卓越した日本の映画監督の幾つかの作品が交錯していたのかもしれません。

例えば、溝口健二演出なら、喜びのあまり駆け寄って抱擁するなんてことは、まずはあり得ません。

それでは、大佐と別れたあとで彼女が体験しなければならなかった過酷な過去を、すべて無視し・否定することになる、溝口健二のリアリズムにとっては到底考えられない理不尽な演出になってしまいます。

自分が娼婦にまで身を落とさなければならなかった原因のひとつは、荒廃した戦時下の社会にひ弱な女性が、なんの手当もされずに突如無一文でひとり放り出されたことにあります。

裕福らしく見える大佐なのですから、婚約した以上、もう少しどうにか生活に困らないだけの手当をしてあげることもできたのではないか、経済力を持たない踊り子にやがてどのような過酷な未来が待ち受けているか、少しも想像できなかったクローニン大佐の迂闊と無邪気さが、マイラの苦痛と堕落の因となったわけで、その意識をマイラもまた少しでも持っていたとしたら、まずは「憤り」をぶつけて掴みかかるくらいが当然で、溝口健二もそのように演出したに違いありません、少なくとも「喜びのあまり抱き着く」なんて演出は、まずはあり得ない・理不尽な行為と考えたはずです。

それなら、小津演出なら、どうだったか、駆け寄る大佐に冷笑を浴びせ、客として一夜を共にし、金を受け取ってウォータールー橋で別れさせたかもしれません。別れがたく後ろを何度も未練がましく振り返る男と、一度も振り返ることもなく毅然として立ち去る女、架空の小津作品を妄想しながら、これも違うなという思いもまた、意識のどこかにありました。

実は、自分の気持ちは、ずっと、成瀬巳喜男監督作品「驟雨」のラストシーンに占められていました。

妻(原節子)は、夫とデパートの屋上で待ち合わせますが、遠目から、夫が上司の夫婦と話している姿を見つけます。

華やかに着飾っている上司の妻に引き換え、自分のみすぼらしいナリを恥じて、妻は物怖じしながら物陰に身を隠すというシーンです。

それを思うと、娼婦として客を誘っていることの意識がマイラにあれば、その延長線上で考え得る行為は、「憤激」や「冷笑」よりも、むしろ「物陰に身を隠す」方が、なんだか最も相応しいように思えてきました。

あえてドラマを動かさずに、日常の揺れを繊細に撮り続けた成瀬監督が、果たして全編にわたるヴィヴィアン・リーのヒステリックな演技をどう抑え込むことができたかは、ちょっと想像することはできませんでしたが。


哀愁 (1940 MGM)
監督製作・マーヴィン・ルロイ、製作・シドニー・A・フランクリン、原作戯曲・ロバート・E・シャーウッド、脚本・S・N・バーマン、ハンス・ラモー、ジョージ・フローシェル、撮影・ジョセフ・ルッテンバーグ、美術・セドリック・ギボンズ、編集・ジョージ・ベームラー、挿入曲・別れのワルツ
出演・ヴィヴィアン・リー(マイラ・レスター)、ロバート・テイラー(ロイ・クローニン大佐) 、ルシル・ワトソン(マーガレット・クローニン) 、ヴァージニア・フィールド(キティ) 、マリア・オースペンスカヤ(オルガ・キロワ) 、C・オーブリー・スミス(公爵) 、ジャネット・ショー(モーリン)、レオ・G・キャロル、ジャネット・ウォルド(エルサ)、ステフィ・デューナ(リディア)、ヴァージニア・キャロル(シルヴィア)、レダ・ニコヴァ(マリック)、フローレンス・ベイカー(ビータース)、マージェリー・マニング(メアリー)、フランシス・マクナーリー(ヴァイオレット)、エレノア・スチュワート(クレイス)、



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by sentence2307 | 2017-10-01 10:26 | マーヴィン・ルロイ | Comments(0)

悪い種子 The Bad Seed

観た直後には、「物凄い作品」だと感じた映画が、その後、幾度か接する機会があり、二度三度と見返していくたびに、当初の強烈な印象がだんだん薄まり、最初は感動したと信じていたものも単なる自分の思い込みにすぎなかったとか誤解だったと判明し、結局修正して、最初の感動のエッセンスが徐々に間引かれて、つまるところ最初に感じた「物凄さ」が、実はなんでもないものだったと均されてしまうようなことが、いままでに何度もありました。

自分にとって大切なはずの「初見の印象」を、そんなふうに、なし崩し的に失っていくたびに、その作品の熟知とか、正確性の確保なんてことが、本当に必要なことなのか、そんな取るに足りないことで、当初の自分の感動を変質させてしまう意味が分からなくなってしまうことがありました。

8歳の少女が平然と殺人を犯すというショッキングなテーマを扱ったこのマーヴィン・ルロイ監督の1956年作品「悪い種子」は、かなり以前、テレビ放映のときに観て以来、(幸いにも)その後数十年の間、再びマミエル機会のないまま現在に至りました、つまり、新たな記憶の書き込みを免れてきたという意味では随分と稀有な、自分にとってはとても幸福な作品だったといえるかもしれません。

しかし、よく考えてみれば、逆に、これほどの作品が、再放映されなかったというのも、なんだか不自然な感じがします。

このマーヴィン・ルロイ監督作品は、アカデミー賞にノミネートされ(主演女優賞・助演女優賞・撮影賞)、あるいはゴールデングローブ賞では助演女優賞を受賞(アイリーン・ヘッカート)した、いわば業界では既に認知されている秀作なのに、「あえて」放映を差し控えるような何かがあって、この「微妙な扱い」になっているのか、という疑問が常にありました。

多分それは、この作品のテーマが、サイコパスによる殺人を扱った陰惨な映画のために大衆受けはしないだろうという供給側の判断によるものだろうという自分なりの理由づけで無理やり納得してきた感じです。

そして最近、ネットでこの作品についての書き込みを見かけました。それは数年前にスカパーで放送されたとき(やっぱり、放映されていたんですか)の感想です。

コメント氏は、1950年代にこうした映画が撮られたことにまずは驚きを示し、さらに、その殺人鬼のモンスターが、いたいけで華奢な少女だったこと(サイコパスに年齢は関係ないという事実)にも衝撃を受けたと述べています。

彼女(娘・ローダ)は、原作では、ジ・エンドを迎えても、社会的にも宗教的にも、そして小説的にも何ひとつ罰せられることはなく、のうのうと生き延びていく設定になっています。

娘・ローダが通う学校のピクニックで級友クロードの溺死事故が起こります。

しかし、捜査の結果、それは事故ではなく、少年は何者かに殴打されて桟橋から突き落とされ溺死したらしいことが分かってきます。

それにクロードが当時所持していたペン習字で獲得したという金メダルも紛失している。

娘のローダが事件の直前、クロードと一緒にいた目撃証言もあります。

母・クリスティーンは、娘・ローダに疑惑の目を向けます、ローダの机の引き出しには、クロードが持っていたという金メダルが密かに隠されていたからでした。もしかしたら、娘が少年を殺したのかもしれないと。

そして母・クリスティーンは、ウィチタにいたときのある事故のことを思い出します。

同居していた老婆が階段から落ちて亡くなった事故のこと。

その老婆は、美しいクリスタル・ボールを持っていて、生前に、自分がもし死んだらローダにやると約束していました。

そしてその老婆が事故で亡くなったあと、ローダはいつの間にか手に入れたらしいそのクリスタル・ボールを誇らしげに見せびらかしていたことを不意に思い出して、あの子は、他人の物がどうしても欲しいと思ったら、どんなことをしてでも手に入れる子なのだと慄然とします、「どんなこと」をしてでも。

金メダルを突き付けて問い詰めても、平然と嘘をつき通すローダを見て、疑いが徐々に確信へと代わりはじめます。

《他人への無関心、無慈悲な心、良心を感じない会話内容、欲求不満を解消させる暴力の肯定、眼が笑っていない作り物の笑顔、殺害をなんとも思わない異常性をマコーマックはこの映画でその害毒を撒き散らす。
この映画はまさにパティ・マコーマックを見るためのプログラムであり、彼女の凄みを見せつけられると、今回も記事を書くために二回ほど見終わってから、しばらくはなんともいえない嫌な気持ちになりました。
1950年代の映画ですので、殺害シーンも直接描写はありませんが、見る者が想像力を膨らませてその現場を補うので、かえってより戦慄の走る後味の悪さがあります。
クリスタル・ボールを奪われたおばあさん、書き方コンクールのメダルを奪うためだけに殺害されてしまう少年、ローダの秘密を暴いた口封じのために殺害される使用人リロイ、そして彼女を殺害したと思い込み拳銃自殺する母親、そして殺害をほのめかされる大家のオバサンの殺害シーンはひとつもありませんが、ほのめかすだけでも十分にショッキングでした。》

たまたまそのとき、母・クリスティーンは、訪ねてきた父親から、実は自分は養女で、本当の母親は、かつて世間を騒がした美貌の殺人鬼ベッシー・デンカーであると聞かされ衝撃を受けます。

そして自分の血を継ぐ娘のローダにも、殺人鬼の異常な血(悪い種子)が流れていると思うと、母親は、邪悪な血を絶やすためには、もはや娘を殺し、自分も死ぬしかないと決心します。

映画でも、本編の120分を過ぎたあたりで、母親(ナンシー・ケリー)は、娘・ローダ(マコーマック)に致死量の睡眠薬を飲ませたあとで、自分も拳銃で頭を撃ち抜きますが、しかし、薬を飲む振りをしただけの娘・ローダは生き残ります。

そして、出張から急いで帰って来た軍人の父親が、娘・ローダと病院で抱き合って終わるという不吉な余韻をたたえた怖い結末までが原作どおりで、自分がかつて見たテレビで放映された映画もここで終わっていました。

しかし、スカパーで放送された映画というのには、そのあとに10分ほどの付け足しがあったそうなのです。

夜明け前にローダは、嵐の中をこっそり家を出て、あの少年の金メダルを事件の現場の桟橋まで探しにいきます。

その動機は、たぶん「物欲」を断ち切れないからというよりも、自分に不利になる「証拠を隠滅」するためとした方が理解を得られると考えたのかもしれません。

そこで突然の落雷に打たれて死んでしまうというのです。

そして、なぜか頭部を拳銃で撃ち抜いて死んだはずの母親が、生き返っていて夫と会話しているという、なんとも物凄い結末なのだそうです。

邪悪が栄えるという設定は、明らかに「ヘイズ・コード」(「未成年が関与する犯罪行為を取扱う作品は、それらが若者達の反道徳的な模倣を誘発するようであるならば認可されるべきではない」)に引っかかるために、ラストにはどうしても因果応報勧善懲悪(神の存在と神の正義の鉄槌の徴)が必要だったのでしょうが、それにしても軽く懲らしめる程度のエンディングを想定していた観客には、雷に打たれて跡形もなく消滅するなどというのは、かなりショッキングだったに違いありません。

さすがにこのままで公開するのは、躊躇われたのか、アメリカ公開版では、さらに、主役の少女ローダを演じたパティ・マコーマックをはじめ、劇中死亡した出演者も含めたキャスト全員による、芝居風のカーテン・コールのエンディングが付け加えられたということです。

ですので、この作品の放映を躊躇させている理由をあえて探すなら、現在では、もはや当時の拘束力と機能をすっかり失っている「ヘイズ・コード」(道義的意味)などにはなく、たぶん、凶悪な殺人鬼の血をひく子供が、また殺人者になりかねない(母親はその血の継承の恐怖から娘を殺すという無理心中を思い立ちます)という優性遺伝の偏った視点がいまではすっかり古び(差別ですらある)、現代では、ちょっとこのストーリーの在り方が問題になってしまうからかもしれませんね。

そして、ローダという難しい役を見事に演じてアカデミー賞助演女優賞ノミネートという快挙を遂げた当時10歳のパティ・マコーマックですが、その後、この「偉大な悪役の54位」を凌駕するほどの演技があったのか、彼女の出演作の検索を試みたのですが、残念ながらついに見つけ出すことはできませんでした。

「子役は大成しない」というムゴイ言葉を、ちらっと思い出しました。

(1956ワーナー・ブラザーズ)製作監督・マーヴィン・ルロイ、原作・ウィリアム・マーチ、作劇・マックスウェル・アンダースン、脚色・ジョン・リー・メイヒン、撮影・ハロルド・ロッソン(第29回アカデミー賞撮影賞ノミネート)、音楽・アレックス・ノース、美術・ジョン・ベックマン、ラルフ・S・ハースト(セット装飾)、衣装・モス・メイブリー、編集・ウォーレン・ロー
出演・ナンシー・ケリー(第29回アカデミー賞主演女優賞ノミネート、母クリスティーン・ペンマーク)、パティ・マコーマック(同アカデミー賞助演女優賞ノミネート、ローダ・ペンマーク)、ヘンリー・ジョーンズ(アパート清掃員リロイ)、アイリーン・ヘッカート(第14回ゴールデングローブ賞助演女優賞受賞、同アカデミー賞助演女優賞ノミネート、デイグル夫人)、イヴリン・ヴァーデン(アパートの大家モニカ)、 ウィリアム・ホッパー(父ケネス・ペンマーク) 、ポール・フィックス(Bravo)、ジェシー・ホワイト(Emory)、Gage Clarke(Tasker)、Jaon Croyden(Miss Fern)、フランク・キャディ(Mr.Daigle)

【パティ・マコーマック出演作】
花婿来たる(1951米)、
白い丘(1957)19世紀の中頃、ウィスコンシン州に実際にあった、スコットランド移民の若夫婦とその子供たちをめぐる心暖まる物語でCBSテレビのクリスマス特別番組としても放送され、好評を博した。監督・アレン・レイスナー、製作サム・ウィーセンサル、原作脚本・キャサリン&デール・ユンソン、撮影監督・ウィリアム・V・スコール、音楽はマックス・スタイナー、出演・キャメロン・ミッチェル、グリニス・ジョンズ、パティ・マコーマック、レックス・トンプソン、テリー・アン・ロス、ヨランド・ホワイト、アラン・ヘール、マーガレット・レイトン、
悪い種子(1956米)、
嵐の学園(1961米)、
地獄の暴走(1968)ミニ・スカートの地獄の天使たちの生態を描く作品。製作・監督モーリー・デクスター、脚本・ジェームズ・ゴードン・ホワイト、撮影・アーチ・R・ダルゼル、出演・ジェレミー・スレート、ダイアン・マックベイン、シェリー・ジャクソン、パティ・マコーマック
俺たちに鎖はない(1968)十代の少年少女の、家出問題を扱っている。監督・アーサー・ドレイファス、製作・サム・カッツマン、脚本・オービル・H・ハンプトン、撮影・ジョン・F・ウォレン、音楽・フレッド・カーガー、作詞作曲・ケヴィン・コフリン、美術監督・ジョージ・W・デイヴィス、メリル・パイ、編集・ベン・ルイス、出演・ブルック・バンディ、ケヴィン・コフリン、パティ・マコーマック、
ヤング・アニマル(1968)アメリカ人の心に巣食う有色人種偏見、それにより生ずる感情的な対立と忌まわしい暴力行為、差別に対する不満から展開される学園紛争、病めるアメリカのハイティーン高校生の無軌道な生態。監督・モーリー・デクスター、脚本ジェームズ・ゴードン・ホワイト、撮影ケン・ピーチ、音楽レス・バクスター、出演・トム・ナルディーニ、パティ・マコーマック、デイヴィッド・マックリン、ジョアンナ・フランク
燃える昆虫軍団(1975)大地の亀裂からはい上がってきた巨大な昆虫たちと人間の戦いを描く。製作・ウィリアム・キャッスル、監督・ジャノー・シュワーク、脚本・キャッスル&トーマス・ペンジ、原作・トーマス・ペイジ、撮影・ミシェル・ユーゴー、音楽・チャールズ・フォックス、出演・ブラッドフォード・ディルマン、ジョアンナ・マイルズ、リチャード・ギリランド、アラン・ファッジ、ジェミー・スミス・ジャクソン、ジェシー・ヴィント、パティ・マコーマック
ジェシカ 超次元からの侵略(1984米)、
鷲の翼に乗って(1986米)、
プライベート・ロード(1987米)、
スネーク 猛毒の大群(1999米)、
インハビテッド(2003米)、
リビング・ブラッド(2004米)、
フロスト×ニクソン(2008米・英・仏)



【映画史上最も偉大な悪役トップ100】
1.「スター・ウォーズ」シリーズ、ダース・ベイダー(デヴィッド・プラウズ/声:ジェームズ・アール・ジョーンズ)
2.「羊たちの沈黙」シリーズ、ハンニバル・レクター(アンソニー・ホプキンス)
3.「サイコ」シリーズ、ノーマン・ベイツ(アンソニー・パーキンス)
4.「ダイ・ハード」ハンス・グルーヴァー(アラン・リックマン)
5.「ブルーベルベット」フランク・ブース(デニス・ホッパー)
6.「狩人の夜」偽伝道師ハリー・パウエル(ロバート・ミッチャム)
7.「2001年宇宙の旅」HAL9000(声:ダグラス・レイン)
8.「オズの魔法使」西の魔女(マーガレット・ハミルトン)
9.「吸血鬼ノスフェラトゥ」オルロック伯(マックス・シュレック)
10.「スター・トレック2/カーンの逆襲」カーン(リカルド・モンタルバン)
11.「時計じかけのオレンジ」アレックス(マルコム・マクダウェル)
12.「ユージュアル・サスペクツ」カイザー・ソゼ?
13.「第三の男」ハリー・ライム(オーソン・ウェルズ)
14.「シンドラーのリスト」アーモン・ゲート(レイフ・ファインズ)
15.「ハロウィン」マイケル・マイヤーズ?
16.「バットマン」ジョーカー(ジャック・ニコルソン)
17.「カッコーの巣の上で」ラチェッド婦長(ルイーズ・フレッチャー)
18.「影なき狙撃者」アイスリン夫人(アンジェラ・ランズベリー)
19.「JAWS/ジョーズ」サメ(通称:ブルース)
20.「セブン」ジョン・ドウ(ケヴィン・スペイシー)
21.「ターミネーター」シリーズ、T-800(アーノルド・シュワルツェネッガー)
22.「ミザリー」アニー・ウィルクス(キャシー・ベイツ)
23.「シャイニング」ジャック・トランス(ジャック・ニコルソン)
24.「ウエスタン」フランク(ヘンリー・フォンダ)
25.「アマデウス」サリエリ(F・マーリー・エイブラハム)
26.「M」ハンス・ベッカー(ペーター・ローレ)
27.「In the Company of Men」(1997)Chad(アーロン・エッカート)
28.「エイリアン」シリーズ、エイリアン
29.「疑惑の影」(1942)叔父のチャーリー(ジョセフ・コットン)
30.「エルム街の悪夢」シリーズ、フレディ・クリューガー(ロバート・イングランド)
31.「地獄の黙示録」カーツ(マーロン・ブランド)
32.「チャイナタウン」ノア・クロス(ジョン・ヒューストン)
33.「危険な情事」アレックス・フォレスト(グレン・クローズ)
34.「フルメタル・ジャケット」訓練教官ハートマン(R・リー・アーメイ)
35.「ブレードランナー」ロイ・バディ(ルトガー・ハウアー)
36.「マトリックス」エージェント・スミス(ヒューゴ・ウィーヴィング)
37.「魔人ドラキュラ」ドラキュラ伯爵(ベラ・ルゴシ)
38.「マラソン マン」クリスチャン・ゼル(ローレンス・オリヴィエ)
39.「ターミネーター2」T-1000(ロバート・パトリック)
40.「素晴らしき哉、人生!」ポッター氏(ライオネル・バリモア)
41.「エクソシスト」悪魔パズズ(声:マーセデス・マッケンブリッジ)
42.「黒い罠」クインラン警部(オーソン・ウェルズ)
43.「レオン」ノーマン・スタンフィールド(ゲイリー・オールドマン)
44.「ケープ・フィアー」マックス(ロバート・デ・ニーロ)
45.「007/ゴールドフィンガー」ゴールドフィンガー(ゲルト・フレーベ)
46.「リチャード三世」(1995)リチャード三世(イアン・マッケラン)
47.「見知らぬ乗客」ブルーノ(ロバート・ウォーカー)
48.「コックと泥棒、その妻と愛人」アルバート(マイケル・ガンボン)
49.「深夜の告白」フィリス(バーバラ・スタンウィック)
50.「アメリカン・サイコ」パトリック・ベイトマン(クリスチャン・ベイル)
51.「ヒッチャー」ジョン・ライダー(ルトガー・ハウアー)
52.「グッドフェローズ」トニー(ジョー・ペシ)
53.「イヴの総て」イヴ(アン・バクスター)
54.「悪い種子(たね)」ローダ(パティ・マコーマック)
55.「死の接吻」(1947)トミー(リチャード・ウィドマーク)
56.「白熱」(1949)コディ・ジャレット(ジェームズ・キャグニー)
57.「白雪姫」王女(声:ルシル・ラ・ヴァーン)
58.「レベッカ」ジャック・ファヴェル(ジョージ・サンダース)
59.「恐怖の岬」マックス(ロバート・ミッチャム)
60.「博士の異常な愛情」ジャック・リッパー将軍(スターリング・ヘイドン)
61.「オースティン・パワーズ」シリーズ、Drイーヴル(マイク・マイヤーズ)
62.「タクシードライバー」トラヴィス(ロバート・デニーロ)
63.「氷の微笑」キャサリン・トラメル(シャロン・ストーン)
64.「悪魔のいけにえ」レザーフェイス(ガンナー・ハンセン)
65.「ウォール街」ゴードン・ゲッコー(マイケル・ダグラス)
66.「ローズマリーの赤ちゃん」ミニー・カスタベット(ルース・ゴードン)
67.「脱出」現地人(ビル・マッキーニー&Herbert 'Cowboy' Coward)
68.「トレーニング デイ」アロンソ刑事(デンゼル・ワシントン)
69.「何がジェーンに起ったか?」ジェーン(ベティ・デイヴィス)
70.「101匹わんちゃん」クルエラ(声:ベティ・ルー・ガーソン)
71.「メトロポリス」(1926)悪魔と化したマリア(ブリギッテ・ヘルム)
72.「激突!」トラックドライバー(?)
73.「ザ・シークレット・サービス」暗殺者(ジョン・マルコヴィッチ)
74.「オペラの怪人」(1925)エリック(ロン・チェイニー)
75.「甘い毒」ブリジット(リンダ・フィオレンティーノ)
76.「ヘンリー」ヘンリー・ルーカス(マイケル・ルーカー)
77.「Sexy Beast」(2000)Don Logan(ベン・キングズレー)
78.「暗くなるまで待って」ロート(アラン・アーキン)
79.「レザボアドッグス」ミスター・ブロンド(マイケル・マドセン)
80.「アギーレ/神の怒り」アギーレ副官(クラウス・キンスキー)
81.「ファイト・クラブ」タイラー・ダーデン(ブラッド・ピット)
82.「バットマン リターンズ」キャットウーマン(ミシェル・ファイファー)
83.「ロブ・ロイ/ロマンに生きた男」アーチボルト・カニンガム(ティム・ロス)
84.「卒業」ロビンソン夫人(アン・バンクロフト)
85.「カサブランカ」将校シュトラッサ(コンラート・ファイト)
86.「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズ、ビフ(トーマス・F・ウィルソン)
87.「フェリスはある朝突然に」エド(ジェフリー・ジョーンズ)
88.「ロジャー&ミー」ゼネラル・モータースの会長、ロジャー・スミス(本人)
89.「許されざる者」(1992)リトル・ビル・ダゲット保安官(ジーン・ハックマン)
90.「フランケンシュタイン」フランケンシュタイン(ボリス・カーロフ)
91.「フラッシュ・ゴードン」ミン皇帝(マックス・フォン・シドー)
92.「W/ダブル」新しい父親(テリー・オクィン)
93.「真実の行方」謎の男?
94.「シェーン」ウィルソン(ジャック・パランス)
95.「血を吸うカメラ」マーク・ルイス(カール・ベーム)
96.「戦艦バウンティ号の叛乱」ウィリアム船長(チャールズ・ロートン)
97.「レジェンド/光と闇の伝説」魔王(ティム・カリー)
98.「鮮血の美学」クルッグ(デヴィッド・ヘス)
99.「ロリータ」(1961)クレア・キルティ(ピーター・セラーズ)
100.「カリガリ博士」カリガリ博士(ヴェルナー・クラウス)



《町山智浩「トラウマ映画館」(集英社)より》
「悪い種子」は精神医学上、重要な例を示したともいわれている。
サイコパス、または反社会性人格障害である。
それは精神異常ではない。彼らは狂ってはいない。それどころか冷静沈着で計算高い。犯罪心理学者ロバート・D・ヘアの著書「診断名サイコパス(原題・良心なし)」によれば、サイコパスの特徴は以下のとおり。「良心の欠如」「他人に対する冷淡さ、共感のなさ」「慢性的に平然と嘘をつく」「罪悪感がまったくない」「尊大で自己中心的」「口が達者なので魅了されてしまう人も多い」
これらの条件がすべて当てはまる典型的なサイコパス例として、ヘアは「悪い種子」のローダを挙げ、原作の小説から精神科医レジナルドの言葉を引用した。
「世間の人は、大量殺人を行うような人間は、その心が奇怪であるごとく、容貌もまた恐ろしいものと考えがちである。すぐに分かることだが、これほど間違った考えはない。現実に生きているこれらの犯罪者は、その容貌、行動とも、まったくの普通人である兄弟姉妹に比べて、かえって、より一層普通人である」
その引用のさらなる引用が1997年に日本を騒がせた。
神戸連続児童殺傷事件の犯人「酒鬼薔薇聖斗」こと少年A(当時14歳)が書いたとされる「懲役13年」という文章に「診断名サイコパス」経由で「悪い種子」が孫引きされていたのだ。少年Aはローダと共鳴したのだろうか。彼は「境界性人格障害」と鑑定され、治療を受けた。
サイコパスの原因には多くの説がある。「悪い種子」のクリスティーンのように遺伝と考える説は優生主義的で危険だとされる。それにサイコパスが皆、犯罪者になるとは限らない。マーサ・スタウトの「良心を持たない人たち」によると、25人に1人の割合でサイコパスが存在するという。彼らの大部分は、普通に社会生活をしている。感情表現もする。ただし、演じているだけだ。
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by sentence2307 | 2013-04-29 14:44 | マーヴィン・ルロイ | Comments(299)