世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:ウェイン・ワン( 1 )

スモーク

前回、「マイ・ベスト10」というタイトルでコラムを書きました。

おもな理由は、自分がいままで書いてきたコラム群が、そのまま自分が感動した映画作品と必ずしもイコールってわけじゃないことを書き残しておきたかったからです。

つまり、映画「花芯」の感想を書いているあいだにも、実に多くの映画に出会っていて、実は、そちらの方をこそ書きたかったこと、むしろ書き残しておくべきだったのだけれども、そうできなかったのは、それなりの「遣り過ごさなければならなかった事情とイキサツ」のあったことなどを書いておかなければと、ちょっと「遣り切れない気持ち」から、背中を押されるようにして書きました。

いつのときもきっと「そう」なのでしょうが、すべてのことを忘れてしまうくらいの時間が経ってしまったとき、コラムの表題の羅列を眺めながら、そのなかに混ざり込んでいる「花芯」のタイトルを見つけ、「ああ、こんな作品にも関心を持ったんだ」と、この自分でさえもシンプルに思ってしまうに違いない可能性(いわば、「懼れ」です)が大いにあることに呆然とし、当然それは現実には避けられないことであって、そういうこと(忘却)の繰り返しで日常は成り立っているのだとしても、そのタイトルを掲げたことによって剥落したもの(タイトル)もまたあったのだということを書き残したかったのだと思います。

時が過ぎ、すべての記憶が失われ、やがてくる未来のいつの日かに、たまたま「花芯」のタイトルを見出した時、「花芯」に囚われていたその時間の流れの中には、自分のチカラ不足のために、たとえ自立したコラムとして成立させることができなかったとしても、そこには同時に


「ニーチェの馬」、「裁かれるは善人のみ」、「ひつじ村の兄弟」、「ブルックリン」、「若者のすべて」、「スモーク」、「さよなら歌舞伎町」、「裸足の季節」、「教授のおかしな妄想殺人」、「ティエリー・ドグルドーの憂鬱」、「セトウツミ」、「ある終焉」

に寄せる想いもまたあったこと、いや、そればかりではなく、実に多くの愛すべき作品たち、

「ドリームホーム 90%を操る男たち」、「朗らかに歩め」、「座頭市 地獄旅」、「箱入り息子の恋」、「嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん」、「ターザン:REBORN」、「カミハテ商店」、「黄色いからす」、「ザ・ギフト」、「ジュラシック・ワールド」、「ジュリエットからの手紙」、「座頭市 牢破り」、「地獄」

に揺れた想いもまたあったのだということを書き残しておきたかったこと、少なくともそれが「いま」の自分のリアルでもあったことを「未来」に向けて是非とも書き残しておきたかったのだと思います。

さて、こんなふうに言い訳がましいことを縷々書き綴ってきたのですが、それにはひとつの理由があります。

それは、「スモーク」(監督:ウェイン・ワン)の感想を書きたいと思いながら果たせないでいるという現状があって、ただ、手元にはその素晴らしい一場面を書き残したメモだけが中途半端な「猶予」の状態で残ったままになっています。

これをなんとかしなければという気持ちから、この一文をここまで無理やり引っ張ってきた次第です。

ブルックリンの街角で小さな煙草屋を営んでいるオーギー・レン(名優ハーヴェイ・カイテルが演じています)は、10年以上毎日同じ時刻の同じ場所で写真を撮影する習慣をもっている。

煙草屋の常連でオーギーの親友でもあるポール・ベンジャミン(これまた名優ウィリアム・ハートが演じています)は作家で、数年前の銀行強盗があったとき流れ弾で妻を亡くして心に深い傷を負っています、それ以来、小説がまったく書けない状態(静かな悲嘆と空虚な日々)が続いています。

ある夜、切れた煙草を求めて閉店間際の店に駆け込んできたベンジャミンは、たまたまオーギーに写真撮影の趣味のあることを知り、アルバムを見せてもらいます。

「みんな同じ場所だ」と驚くポールに

「そう、しかも同時刻にね」とオーギーは答えます。

いわゆる「同時刻・定点撮影」というやつです。

そして、アルバムのページをめくっていくポールは、その写真集のなかに亡き妻の在りし日の姿を見つけて驚き、号泣するというとても素晴らしい場面です。

妻を亡くして傷心を抱え持った男の孤独と、孤独がどういうものか知り尽くしている親友の優しい交歓の傑出した場面、そう簡単には忘れるわけにはいきません。

そのシーンのやり取りを必死になって逐一メモりました。


ポール「みな同じだ」
オーギー「そう、4000枚、みな同じ写真だ。朝の8時の7番街と3丁目の角、4000日、1日も欠かしていない。休暇もとれない。毎朝、同じ時間に同じ場所で写真を撮る。」
ポール「こんな写真は初めてだ。」
オーギー「おれのプロジェクトだ。一生を懸けたおれの仕事だ。」
ポール「驚いたな。だが、分からない。なぜそんなことをする。そもそもこんなことを始めた切っ掛けはなんだ。」
オーギー「ただの思いつきさ。おれの街角だ。世界の小さな片隅にすぎないが、いろんなことが起こる。おれの街角の記録だ。」
ポール「確かにすごい記録だ。」

同じ時間・同じ場所で撮られた写真ばかりだと知ったポールは、無造作にさっさとページを繰り始めます。

オーギー「ゆっくり見なきゃだめだ。」
ポール「どうして?」
オーギー「ちゃんと写真を見てないだろう。」
ポール「でも、皆同じだ。」
オーギー「同じようでいて一枚一枚全部違う。よく晴れた朝、曇った朝。夏の日差し、秋の日差し。ウィークデイ、週末。厚いコートの季節、Tシャツと短パンの季節。同じ顔、違った顔。新しい顔が常連になり、古い顔が消えていく。地球は太陽を廻り、太陽光線は違う角度で差す。」
ポール「ゆっくり見る?」
オーギー「おれはそれを勧めるね。明日、明日、明日、時は同じぺースで流れる。」

そして、

ポール「これを見ろ。見ろよ。エレンだ。」
オーギー「そうだ、奥さんだ。ほかにも何枚かある。出勤の途中だ。」
ポール「エレンだ。見ろよ。僕が愛したエレン。」

そして、ポールは泣き崩れます。

同じようでいて一枚一枚全部違うこと、ポールにとっては特別な一枚である写真を見つけ出します。


よく晴れた朝、曇った朝。

夏の日差し、秋の日差し。

ウィークデイ、週末。

厚いコートの季節、Tシャツと短パンの季節。

同じ顔、違った顔。

新しい顔が常連になり、古い顔が消えていく。

地球は太陽を廻り、太陽光線は違う角度で差す。


季節はめぐり、時は移ろい、穏やかな静けさで残酷に時を刻み、新しい顔が常連になり、そして、古い顔が消えていく。

失われた名優ウィリアム・ハートに思いをはせながら、名優ハーヴェイ・カイテルのこの述懐の素晴らしい場面を繰り返し見続けました。

(1995米日独)監督・ウェイン・ワン、原作脚本・ポール・オースター『オーギー・レンのクリスマス・ストーリー』(邦訳・新潮文庫『スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス』所収)、製作・ピーター・ニューマン、グレッグ・ジョンソン、黒岩久美、堀越謙三、エクゼクティヴ・プロデューサー・ボブ&ハーヴェイ・ウェインスタイン、井関惺、製作・堀越謙三、黒岩久美、ピーター・ニューマン、グレッグ・ジョンソン、撮影・アダム・ホレンダー、音楽・レイチェル・ポートマン、美術・カリナ・イワノフ、編集・メイジー・ホイ、
出演: ハーヴェイ・カイテル(オーギー・レン)、ウィリアム・ハート(ポール・ベンジャミン)、ハロルド・ペリノー・ジュニア(トーマス・コール)、フォレスト・ウィテカー(サイラス・コール)、ストッカード・チャニング(ルビー・マクナット)、アシュレイ・ジャッド(フェリシティ)、エリカ・ギンペル(ドリーン・コール)、ジャレッド・ハリス(ジミー・ローズ)、ヴィクター・アルゴ(ヴィニー)、ミシェル・ハースト(エム)、マリク・ヨバ(クリーパー)、ジャンカルロ・エスポジート(トミー)

95年ベルリン映画祭金獅子賞受賞。95年度キネマ旬報外国映画ベストテン第2位



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by sentence2307 | 2017-06-18 09:39 | ウェイン・ワン | Comments(0)