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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:沢田順介( 2 )

毬の行方 ①

「何が彼女をそうさせたか」を見てから、少しずつ時間が経過するにつれて、そのとき自分が「感動した」と思った気持ちが、果たして本物だったのだろうかと、だんだん自信がなくなってきました。

それは、ちょうどエイゼンシュタインの強烈な映像群に接し、衝撃的映像に強引に捻じ伏せられたときに感じたあの「感動」に似ていることに気がついたからです。

エイゼンシュタインの強引な映像に捻じ伏せられることの快感を、当初は、マギレもなく「感動」だと信じていたのですが、時間がたつにつれて、その「感動」が違和感のある嫌なものに変質し始めたことに気がつきました。

たぶん、その感情は、「唆された」とか、「煽られた」とか、「騙された」みたいな、自分の積み上げてきた映画体験とは程遠い「きな臭い」ものだったからかもしれません。

しかし、「傾向映画」なんていうものは、だいたいがそういうものだよと言われてしまえば、それまでなのですが、偏った政治的主張のために、ただの道具として利用されたり、使い捨てされる現実をみることをは、映画を愛する者にとって、なんだか居たたまれない思いにさせられることには違いなく、それではあまりにも「映画」というものが哀れでなりません。

亀井文夫や山本薩夫、そして今井正など日本の優れた映像作家たちに対して、自分がもうひとつ共感できなかった理由は、たぶんそのあたり(被虐性を売り物にする)にあったのかもしれません。

「何が彼女をそうさせたか」を見て、とても印象深かったのは、孤児・すみ子を食い物にする周囲の悪辣な人間たちを過剰に演じる役者たちの名演技ぶりです。

たとえ過剰であったとしても、やり過ぎだとまでは感じさせないその嫌らしいほどの悪辣さを、堂々と、そして嬉々として演じていました。

エイゼンシュタインは、日本の歌舞伎の大見得からヒントを得て、それを演技指導に生かしたと言われていますから、この「何が彼女をそうさせたか」に登場したバイプレイヤーたちの名演技は、その「逆輸入」の効果が十分に発揮されていたと見ていいかもしれません。

それに引き換え、主人公・すみ子の演技はどうだったか。

過酷な運命に見舞われ、ときには悲しみに表情が顔を曇らせることがあっても、しかし、それはあくまで「微かなもの」でしかなく、だいたいは、まるでバスター・キートンのような無表情を通して、世間の辛酸や虐待に対峙します。

そして、そのすみ子の、終始崩れることのない「無表情」に次第に観客はジレてきて、ついには彼女の負のイメージの妄想を広げることになります。

つまり、このように苛められ虐げられることが、彼女にはいまだ信じられない、それほど彼女は幼く、健気にして純粋無垢、さらに弱々しくて無力な少女なのだと、その運命を先読み・深読みしてしまうことになるかもしれません。。

「これが手だな」と思いました。いわゆる「被虐性を売り物にする」です。

僕のごく少ない鑑賞経験からすれば、ポルノ作品において、例えば男優が加虐の演技をいくら激しくギンギンに演じようと、女優の被虐の演技で上手に受けて合わせないと、どうしてもひとりだけ空回りして男優だけが浮いてしまう、観客を欲情させられない失敗作となってしまうはずです。

僕のごく少ない鑑賞経験からいうと(こればっかり)、受けに回る女優の過剰な「七転八倒」の演技よりも、声を殺して恥じらいに耐える抑制された演技の方が、遥かにイイ効果をもたらすと思います、友人から聞いた話ですが。

日本映画史上屈指の名作「何が彼女をそうさせたか」をポルノ映画の観点から論じるなどお叱りを蒙りそうですが、虐待され苛められるすみ子の無表情にこそ、この「傾向映画」を成功(?)に導いた鍵があるのだと言いたかったのです。

佐藤忠男「日本映画史 1」には、この映画の助監督を務めた木村荘十二のインタビューが掲載されています。

「・・・感情を興奮させるようなモンタージュを使っている。多少煽情的にね。曲馬団の場面では、芸人に苦しめられている次のショットにねずみが籠の中で空まわりしているショットをモンタージュしたりね。・・・客の反応がね、すごいんです。最後の方で主人公が反抗するところがあるんだが、その辺になると『そうだ! やっつけろ』って下駄や草履をスクリーンにぶっつけるんだな。」(303頁~304頁)

しかし、自分は、なにも映画を見て、その煽情的な内容のままに、激昂したり、怒りの拳を突き上げたり、権力打倒の革命歌を歌う積りも、そして、歌わせられる積りもありません。

こんなふうに、名作「何が彼女をそうさせたか」に、確かに感動はしたけれども、その一方で、それと同じくらいの後味の悪さも感じていた折も折、これもまたyou tubeで「毬の行方」という大変興味深い作品を鑑賞しました。

あとで分かったことですが、奇しくも、この作品は「何が彼女をそうさせたか」と同じ1930年の作品で教育映画として作られたとのことで、かたや傾向映画の全盛期を象徴する作品「何が彼女をそうさせたか」と対峙する格好な作品ではないかと位置づけて(自分勝手にですが)、この「毬の行方」を大変面白く鑑賞することができました。

さて、教育映画「毬の行方」ですが、佐藤忠男「日本映画史 1」では、こんなふうに紹介されています。

《貧しい少女と金持の少女との友情を扱った美談調の内容である。貧しい少女は、父親が酔っぱらいで、小学校卒業後、女学校へ進学できない。金持の同級生が同情して、両親に頼んで貧しい少女の父親の死後、彼女を自分の家に引き取って、一緒に通学できるようにしてあげる。貧しい少女は感謝するが、ある日、他人の世話になるのは良くないと決心してこの家を出て自立する。そして何年か後、作家となって成功した彼女は、クラス会で懐かしい友達と再会する。貧しい少年少女が健気に努力するということと、金持の子には意地悪な子と善意の子がおり、意地悪な子はやがて後悔し、善意の子は感謝されるという物語もまた、この時代の教育映画の定型をなしている。》

若干補足すると、貧しい少女というのは「一子」というのですが、「字面的にどうなの」という感じなので、ここではあえて「かず子」と書くことにします。

「父親が酔っぱらいで」とありますが、ただの酔っぱらいなどという人は、この世にはいません(自分もむかし生意気な女から「ただのデブ」といわれて、カッときたことがあります)。
この父親、「馬方」という立派な職業人なのですが、なにせ天候によっては仕事にならない日があるために収入が不安定で、それでたまたま「貧乏」なときもあるというだけ、たぶん金回りのいいときだってあるはずです。

ストーリーを追っていくと、なんだか「酔っぱらい」と「貧乏」とを結び付けたがっているように見受けられますが、それは明らかに誤りです。

肉体的疲労を回復させるか、あるいは一時的に忘れるために疲労した肉体をアルコールで麻痺させることが職業人としての馬方の急務なので、父親としても「酔い」を愉しむなどという段階では最早なかったはずです。
しかし、映画にみるように、だらしなくグデングデンになるまで酔うのは、家計を圧迫するほどの大量な飲酒によるものではなく、すでに健康を害している病的な現われとしての酔態と見るべきで、少量のアルコールでもあのように酔いつぶれるというのは、疑いなく喫緊の病魔が迫っていると見るべきかもしれません、なにしろ、そのすぐ後で死んでしまうのが、いい証拠です。

現代に生きる僕たちには、進学のみならず生活全般も世話してくれる恩人の家を断りもなく密かに出て行くなどというあたりが、もうひとつ理解できない部分で、ここははっきり先様に自分の気持ちをお話しして納得づくで独立するなり、なんらかの行動に出ればよかったのではないかと考えたりもするのですが、そんな甘いもんじゃないよキミと、なんだか明治の人に叱られそうな感じです。

貧乏人にもプライドがある、誰の世話にもならず立派に自立して成功したあと、しかし、受けた恩だけはきっちり返す、というわけです、この自助努力、実に立派です。見上げたものです。

「何が彼女をそうさせたか」の「おねだり姫」のようなすみ子とは、ここが違うのです。

まあ、自分としても、鬱憤晴らしに教会を焼き払ってしまうより(これも凄い話ですが)、どちらかといえば和やかなクラス会の方が好みなので、「ヤッパ、教育映画の勝ち」ということになりますが、佐藤忠男氏の解説の最後の方で「そして何年か後、作家となって成功した彼女は、クラス会で懐かしい友達と再会する。」とあるのは誤りで、「かず子」は作家になったのではなく、お蕎麦屋さんで成功し、かつてお世話になった親友(画家になっています)の絵を大金で購入することで親友の窮地を救うということが、この映画の最後で語られていました。

いわば友情の証しですよね。

(1930サワタ映画製作所)監督・沢田順介、脚色・松本英一、山本夏山、原作・佐藤紅緑(「少女倶楽部」昭和3年1月号~昭和4年7月号連載)、撮影・久山義遠、浜田雄三、活弁士:松田春翠
出演・山口定江(宮下一子)、筒井徳二郎(その父安兵衛)、佐々木美代子(外山礼子)、末吉春人(外山雪堂)、木ノ花澄子(夫人里子)、立花敬輔(矢沢先生)、高井敏子(田圃の小母さん)、関口紀代子(百瀬幸枝)、島岡道子(飯塚芳子)、井上三郎(礼子の弟茂)、工藤正夫(山田の金ちゃん)、
製作=サワタ映画製作所 1930.01.26 大阪敷島倶楽部 6巻 白黒 無声
by sentence2307 | 2016-07-16 20:14 | 沢田順介 | Comments(0)

毬の行方 ②

参考のために、1930年に作られた作品のうち、自分の知っている監督のものをピックアップした一覧を掲げましたので、参照してください。

結婚学入門(1930.01.05松竹蒲田 小津安二郎)
レヴューの姉妹(1930.01.10松竹蒲田 島津保次郎)
美人暴力団(1930.01.10松竹蒲田 斎藤寅次郎)
摩天楼 愛慾篇(1930.01.14日活太奏 村田実)
女来也 前篇(1930.01.15東亜京都 石田民三)
チャンバラ夫婦(1930.01.21松竹蒲田 成瀬巳喜男)
たゝかれ亭主(1930.01.27松竹蒲田 斎藤寅次郎)
独身者御用心(1930.02.01松竹蒲田 五所平之助)
女(1930.02.01日活太奏 東坊城恭長)
何が彼女をそうさせたか(1930.02.06帝キネ長瀬 鈴木重吉)
俺は天才(1930.02.07マキノ御室 滝沢英輔)
情恨(1930.02.07マキノ御室 並木鏡太郎)
筆禍夢物語 高野長英伝(1930.02.08阪妻プロ太奏 犬塚稔)
運命線上に躍る人々(1930.02.14マキノ御室 マキノ正博/久保為義)
純情(1930.02.14松竹蒲田 成瀬巳喜男)
オイコラ行進曲 湯煙り長屋合戦の巻(1930.02.21マキノ御室 松田定次)
戦線街(1930.02.22右太プロ 古海卓二)
紅唇罪あり(1930.02.22松竹蒲田 清水宏)
人斬伊太郎(1930.02.28マキノ御室 並木鏡太郎)
女来也 後篇(1930.02.28東亜京都 石田民三)
朗かに歩め(1930.03.01松竹蒲田 小津安二郎)
直侍(1930.03.03松竹下加茂 井上金太郎)
剣を越えて(1930.03.07日活太奏 渡辺邦男)
春風の彼方へ(1930.03.14千恵プロ 伊丹万作)
藤原義江のふるさと(1930.03.14日活太奏 溝口健二)
祇園小唄絵日傘 第三話 草枕(1930.03.14マキノ御室 金森万象)
偽婚真婚(1930.03.28マキノ御室 久保為二/マキノ正博)
新訂 涙(1930.03.28松竹下加茂 井上金太郎)
大東京の一角(1930.03.28松竹蒲田 五所平之助)
踊る幻影(1930.04.03帝キネ 鈴木重吉)
落第はしたけれど(1930.04.11松竹蒲田 小津安二郎)
真実の愛(1930.04.18松竹蒲田 清水宏)
麗人(1930.04.26松竹蒲田 島津保次郎)
腕一本(1930.05.01日活太奏 渡辺邦男)
不景気時代(1930.05.02松竹蒲田 成瀬巳喜男)
岐路に立ちて(1930.05.09松竹蒲田 清水宏)
好きで一緒になったのよ(1930.05.09松竹蒲田 斎藤寅次郎)
この母を見よ(1930.05.09日活太奏 田坂具隆)
続大岡政談 魔像篇第一(1930.05.15日活太奏 伊藤大輔)
名槍血陣譜(1930.05.21東亜京都 石田民三)
かげろう噺(1930.05.23マキノ御室 並木鏡太郎)
微笑む人生(1930.05.24松竹蒲田 五所平之助)
あら!その瞬間よ(1930.05.24松竹蒲田 斎藤寅次郎)
女性誉(1930.05.29日活太奏 阿部豊)
女性の輝き(1930.05.30マキノ御室 衣笠貞之助)
友愛結婚(1930.06.07帝キネ 豊田四郎)
笑へぬ凱歌(1930.06.13マキノ御室 滝沢英輔)
抱擁(1930.06.13松竹蒲田 清水宏)
未果てぬ夢(1930.06.13日活太奏 東坊城恭長)
からす組 後篇(1930.06.13阪妻プロ太奏 犬塚稔)
渦潮(1930.06.14千恵プロ 稲垣浩)
南極に立つ女(1930.06.20マキノ御室 滝沢英輔)
清川八郎(1930.06.20東亜京都 石田民三)
姉妹篇 母(1930.06.26松竹蒲田 野村芳亭)
唐人お吉(1930.07.01日活太秦 溝口健二)
その夜の妻(1930.07.06松竹蒲田 小津安二郎)
若き血に燃ゆる者(1930.07.08帝キネ 木村恵吾)
木屋町夜話 鴨川小唄(1930.07.10マキノ御室 金森万象)
腹の立つ忠臣蔵(1930.07.13マキノ御室 久保為義/マキノ正博)
石川五右衛門の法事(1930.07.13松竹蒲田 斎藤寅次郎)
大都会 爆発篇(1930.07.13松竹蒲田 牛原虚彦)
素浪人忠弥(1930.07.15日活太秦 伊藤大輔)
天国其日帰り(1930.07.25日活太秦 内田吐夢)
エロ神の怨霊(1930.07.27松竹蒲田 小津安二郎)
奪はれた唇(1930.07.27松竹蒲田 斎藤寅次郎)
怪我功名仇討譚(1930.07.31東亜京都 石田民三)
盲目の弟(1930.08.01マキノ御室 二川文太郎)
ぶらいかん長兵衛(1930.08.01マキノ御室 並木鏡太郎)
巨船(1930.08.01松竹蒲田 島津保次郎)
仇討破れ袴(1930.08.08松竹下加茂 井上金太郎)
海の行進曲(1930.08.08松竹蒲田 清水宏)
海坊主悩まし(1930.08.08松竹蒲田 斎藤寅次郎)
怪談累ケ淵(1930.08.15マキノ御室 二川文太郎)
女よ!君の名を汚す勿れ(1930.08.15松竹蒲田 五所平之助)
鬼鹿毛若衆(1930.08.15日活太秦 池田富保)
アラ!大漁だね(1930.08.22松竹蒲田 斎藤寅次郎)
処女入用(1930.08.22松竹蒲田 五所平之助)
恋車 前篇(1930.08.28千恵プロ 渡辺邦男)
愛は力だ(1930.08.29松竹蒲田 成瀬巳喜男)
押切新婚記(1930.08.29松竹蒲田 成瀬巳喜男)
辰巳の小万(1930.09.01松竹太奏 犬塚稔)
アイスクリーム(1930.09.05マキノ御室 滝沢英輔)
剣道見世物師(1930.09.12松竹下加茂 井上金太郎)
この太陽 第一篇(1930.09.12日活太奏 村田実)
野獣群(1930.09.15帝キネ 木村恵吾)
素浪人商売往来(1930.09.19河合 千葉泰樹)
青春の血は躍る(1930.09.19松竹蒲田 清水宏)
浮気ばかりは別者だ(1930.09.19松竹蒲田 清水宏)
諧謔三浪士(1930.09.19千恵プロ 稲垣浩)
裏切小天狗(1930.09.19東亜京都 石田民三)
この太陽 第二 多美枝の巻(1930.09.19日活太奏 村田実)
ザッツ・オー・ケー いゝのね誓ってね(1930.09.26松竹蒲田 島津保次郎)
この太陽 第三篇(1930.09.26日活太秦 村田実)
関東大殺篇 国定忠治(1930.10.01河合 千葉泰樹)
子守歌(1930.10.01帝キネ 鈴木重吉)
かたわ雛(1930.10.03松竹下加茂 井上金太郎)
足に触った幸運(1930.10.03松竹蒲田 小津安二郎)
腕(1930.10.03帝キネ 鈴木重吉)
絹代物語(1930.10.10松竹蒲田 五所平之助)
恋の借金狂ひの戦術(1930.10.10松竹蒲田 斎藤寅次郎)
逃げ行く小伝次(1930.10.10千恵プロ 伊丹万作)
日本晴れ(1930.10.10日活太奏 阿部豊)
興亡新選組 前史(1930.10.17日活太奏 伊藤大輔)
御浪人横丁(1930.10.24マキノ御室 松田定次)
天保夜鴉伝(1930.10.24河合 千葉泰樹)
興亡新選組 後史(1930.10.31日活太奏 伊藤大輔)
霧の中の曙(1930.11.01松竹蒲田 清水宏)
母三人(1930.11.07日活太奏 阿部豊)
愛慾の記(1930.11.10松竹蒲田 五所平之助)
潜行戦線(1930.11.14マキノ御室 滝沢英輔)
百姓万歳(1930.11.14帝キネ 木村荘十二)
若者よなぜ泣くか(1930.11.15松竹蒲田 牛原虚彦)
中山七里(1930.11.21) マキノ御室 並木鏡太郎
遊侠白浪囃(1930.11.21) 河合 千葉泰樹
秋はアパートの窓に(1930.11.21) 帝キネ 川口松太郎
おさらば伝次(1930.11.28河合 千葉泰樹)
色気だんご騒動記(1930.11.28松竹蒲田 斎藤寅次郎)
旅姿上州訛(1930.11.31日活太秦 伊藤大輔)
涙の街(1930.11. 松竹下加茂 犬塚稔)
破恋痴外道(1930.12.05マキノ御室 二川文太郎)
煙突男(1930.12.05松竹蒲田 斎藤寅次郎)
新時代に生きる(1930.12.05松竹蒲田 清水宏)
忠直卿行状記(1930.12.05千恵プロ 池田富保)
心驕れる女(1930.12.05帝キネ 豊田四郎)
お嬢さん(1930.12.12松竹蒲田 小津安二郎)
切られお富(1930.12.19帝キネ 石田民三)
雪の夜話(1930.12.24松竹下加茂 井上金太郎)
血染の伽羅 前後篇(1930.12.25日活太奏 渡辺邦男)
酒場の女(1930.12.28日活太奏 東坊城恭長)
艶麗春の粧い(1930.12.31松竹下加茂 大久保忠素)
蒲田ビックパレード(1930.12.31松竹蒲田 島津保次郎)
一心太助(1930.12.31千恵プロ 稲垣浩)
日活オンパレード(1930.12.31日活太奏 阿部豊)
大食漢地獄往来(1930. 東亜京都 石田民三)
by sentence2307 | 2016-07-16 20:12 | 沢田順介 | Comments(0)