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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:山下敦弘( 1 )

オーバー・フェンス

先日、社員食堂でひとりランチをとっていたら、背中合わせに座っていた若い4人の女子社員たちが、にぎやかに映画の話で盛り上がっていたので、思わず耳を傾けてしまいました。

話しているその映画というのは、どうも山下敦弘監督作品「オーバー・フェンス」らしいことが、彼女たちの会話の内容からすぐに分かりました。

最近自分もwowowでこの作品を見たばかりだったので、なおさら興味を惹かれました。

いつもランチなど5分もあれば十分というくらいの早食いが身上の自分ですが、彼女たちのこの面白そうな話を聞くために、当然ここはゆっくりとした咀嚼にギアチェンジした次第です。

彼女たちの会話を盗み聞きながら、その内容のまえに、「へぇ~」と思ったのは、その4人が4人とも、このやたらに地味でシリアスな作品「オーバー・フェンス」を皆が実際に見ているらしいということがだんだん分かってきたので、ちょっと意外な感じを持ちました。

この作品は、どう考えても女性客に魅力を感じさせるような内容の映画とは、到底思えません。

なにしろ、重厚で暗く悲壮感にみちた原作です、どのように味付けしてみたところで、その根にあるのは「生きよう」という意欲を失った悲観と絶望に満ちた、いわば「死」に魅入られた失意の視点から描かれた、あまりにも弱々しすぎる佐藤泰志の作品です。

生きる意欲に満たされた「繊細さ」ならともかく、悲観と絶望に満たされた「繊細さ」など、いささかたりとも理解したいとは思いません。

仮に、なんらかの希望をほのめかしたラストシーン(この実作品もそうかもしれません)を付け足そうとも、そこに描き出される風景は、結局のところ、すでに死を決している者・これから死していこうとしている自殺予定者の見る捨て鉢で投げやりな荒廃した死の風景に変わりなく、正直、自分など見ていて胸苦しくなるばかりで、まともに対峙などしたくない、ギスギスした世界が描かれているばかりで、できれば敬遠・遠慮したいというのが正直な気持ちですが、だからなおさら、こういう作品を若い女性があえて見ようとしたことがなんとも意外でした、きっと、それもこれも主演のオダギリジョーという役者の集客力のタマモノなんだろうなと感じました。

ひとりの女性が、友だちに盛んに疑問を投げかけています、それは、映画の中でたびたび唐突に演じられる聡(蒼井優)の「鳥の求愛」の所作の意味が、さっぱり分からないと話しているのでした、「あれって、なんなん?」。

なるほど、なるほど、たびたび挿入される聡の「鳥の求愛」みたいな奇妙な踊りには、自分も引っかかるものがありましたが、むしろシラけが先に来て、いちいち考えるのもなんか億劫で面倒くさくて、あえて意識的に見過ごしたのですが、それだけに彼女の素朴な疑問に虚を突かれたような感じを受けました、迂闊です。

それにしても、この女性、実にいいところをついていると思いました。

こういう「素朴な疑問」こそ見過ごしにせずに、しっかりと向き合うという姿勢が、とても大事なんですよね。

彼女、たぶん、これがなにかの象徴らしいとは感じているのですが、なんの象徴なのかが分からないので、なおさら、その意味を知りたがっているのだと思います。

真向かいに座っていた女性が、「ああして彼女、いつも誰かを求めていたんじゃない? つまり、求愛のサインとか」と返すと、別の女性が、「でも、どう見ても『求愛』じゃないところでも、彼女、踊っていたわ」「うん、あった、あった、酔った店の客にもね」と、話はどんどんヒートアップしています。

そういえば、白岩(オダギリジョー)が、はじめて聡を見かけた場面、路上で妻帯者らしき男となにやら揉めていて、男をなじり、苛立ちをあらわにしながら鳥の動作で奇声(鳥の鳴き声だと思います)を発して男の周囲を踊り廻っていたという場面は、少なくとも「求愛」ではなかったと思いますが、しかし、別の場面では、知り合ったばかりの白岩に「鳥の求愛はどんなふうにするの?」と問われ、突如スーパーの駐車場で踊り始め、しかし、踊りながらだんだん気分を害した聡が憮然として立ち去ってしまうという場面には、彼女が本心からではない形ばかりの踊りを踊ることでその「空疎感」に堪えきれなくなって(好意を抱き始めた白岩の前だからこそ)苛立ちのあまり立ち去ったのだと考えれば、逆に、その裏には、踊る真の目的を貶められ汚され、そのことを理解できない白岩に彼女が憤ったと考えるのが順当なのかもしれません。

たぶん、この映画でもっとも重要な場面は、聡にキャバクラへの同伴出勤を依頼された夜、白岩がカウンターで飲んでいるところに、同じ職業訓練校に通っている訓練生・代島(松田翔太)が不意にあらわれ、そこに白岩を見止めてちょっと驚き、さらに自分のキープしているボトルを白岩が飲んでいるのにも気が付きます、その不審顔の代島のもとにすぐに聡が駆け寄って弁解するという、3人が揃うこの場面に、この映画のすべてのエッセンスが集約されているのだと感じました。

代島は、白岩に、聡と本気で付き合っているのかと問いつめます、傍らで聡は、水割りを作りながら、代島の話を聞いて終始ヘラヘラとニヤついているという場面です。

その場面をちょっと再録してみますね。

「白岩さん、この女と本気で付き合ってるんすか。本気じゃないですよね。こいつはただのヤリマンっすよ。」

「ちょっと、やめてよ」

「お前が、やめろや。白岩さんは、真面目なんだからよ。お前に、嵌まってっけよ」

「嵌まってるの?」

「白岩さん、この女はマジでそういう女じゃないんすよ。俺がやったときなんか、あれ、クスリかなんかで決まってた? 外でやってんのに声出してたべ。やばかったんですよ。白岩さん純粋だから、そういう女だって分かんねえんだよなあ。こういう商売、向いてないかもしんないですね。ああ、他に誰かいねえかな。学校の奴らにろくなのいねえからな。」

聡は、卑屈とも見えるニヤニヤ笑いを崩すことなく、カウンターの奥に音楽をかけてくれと声を掛けてその場を立ち去り、店の奥で流れる曲に乗って激しく踊り始めます、きっと、いつもそうするように。

その聡の踊る姿を見ながら、さらに代島は白岩に話し続けます。

「頭おかしいんですよ、あいつ。白岩さん、女で失敗するタイプだから、気を付けたほうがいいっすよ」

聡の踊る姿をじっと見つめながら、その話を聞いていた白岩は、代島に答えます。

「心配ないよ。俺、なくすものなんか、なんにもないから」

そう答えて白岩は立ち上がり、聡が引く架空の引き綱に引き寄せられるように彼女に近づいて、そして不意に彼女の細い体を深く抱き締めます、社会からはじき出され、裏切り傷つけられ続け、ついに行き場を失った男と女が、もう二度と傷つけられまいと身構えた疑心暗鬼のすえの、薄汚れた場末の飲み屋で始めて心かよわせることができた痛切な場面なのだなと気が付きました。

あの終始保っていた聡の卑屈ともいえるニヤニヤ笑いは、この社会で二度と傷つくまいとする、負け犬なりの「武装」だったのに違いありません。

そしてそれなら、あのとき、職員食堂で女子社員たちが疑問として語り合っていた「求愛の踊り」にしても、かつて傷つけられた者が、他人とまともには接したくないという必死の「武装」だったのかもしれないと思えてきました。


(2016)監督・山下敦弘、原作・佐藤泰志、脚本・高田亮、撮影・近藤龍人、製作・永田守、製作統括・小玉滋彦、余田光隆、エグゼクティブプロデューサー・麻生英輔、企画・菅原和博、プロデューサー・星野秀樹、アソシエイトプロデューサー・吉岡宏城、佐治幸宏、米窪信弥、キャスティングディレクター・元川益暢、ラインプロデューサー、野村邦彦、撮影・近藤龍人、照明・藤井勇、録音・吉田憲義、美術・井上心平、編集・今井大介、音楽・田中拓人、
出演・オダギリジョー(白岩義男)、蒼井優(田村聡)、松田翔太(代島和久)、北村有起哉(原浩一郎)、満島真之介(森由人)、松澤匠(島田晃)、鈴木常吉(勝間田憲一)、優香(尾形洋子)、塚本晋也(義男の元義父(声))、



by sentence2307 | 2017-11-03 16:14 | 山下敦弘 | Comments(0)