世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:イングリット・バーグマン( 1 )

ロシア革命によるロマノフ王朝崩壊のとき、ニコライ2世の一族が銃殺刑に処せられたのですが、しかし皇女アナスタシアだけが奇跡的に生き残って逃れ、どこかで生存しているらしいという風聞がこの物語の発端です。

皇女を発見すれば、莫大な賞金が手に入るとあって、金目当ての山師たちが幾人もの偽の皇女を仕立て上げ亡命中の皇太后に接見させます。

皇太后にすれば、たとえ、ほんのわずかな可能性でも皇女の生存を信じたいというその思いから、露骨な金目当ての多くの偽者に会うことを断ち切れず、その度に失望し、やがて今では不信感で頑なに心を閉ざしている傷心の様子が痛ましい程の見事な演技で伝わってきます。

皇女の死を信じたくない、という思いが、逆に金目当ての浅ましい悪意に自分を晒す結果となっているのです。

そんな中でのバーグマン演じるアナスタシアとの接見となるのですが、珠玉のような素晴らしいシーンでした。

皇太后は頭からバーグマンを信じていません。バーグマンが、いままで孤独だった分、やっと会うことができた血縁者に愛を求める言葉をいかに尽くしても、それが、切実な心情を吐露すればする程、皇太后は言います、「みごとな演技だ。金が欲しいのならあげよう」と。

他人の悪意に傷ついた人間が、二度と人を信じまいとする時、あらゆる言葉は無力です。そして、更に拒絶されたバーグマンは、崩おれ咳き込みます。

「おびえると、咳がでる癖があるのです」と言うと、それがアナスタシアであることの証しとなるのです。

傷ついた人間同士が、自分の心の鎧を必死に脱ぎ捨てて触れ合う感動的な素晴らしい場面でした。

イングリット・バーグマンが、総てを棄ててロッセリーニの元へ走ったとき、いとも簡単に彼女に棄てられたアメリカ映画界にとっては、あらゆる意味で当然侮辱されたと感じたに違いありません。

タテマエは、その不貞行為に対する非難でしたが、アメリカは、以後彼女をボイコットしました。

そのロッセリーニと組んだイタリア時代のバーグマンの作品は、一般には芳しくない評価しか得られませんでしたが、それは、二人の過去の実績に照らしてのことで、僕は、それぞれがとても素直で好感の持てる作品だと思っています。

まあ、そこは、バーグマンを中心に据えた女性映画ということになりますから、ソフィスケートされた分だけ、ロッセリーニ・リアリズムを期待した観客には物足りない感もあったのでしょうが、例えば「ヨーロッパ1951年」など、とてもいい作品だと思いました。

現実のぬるま湯的環境から、自己変革を求めてもがき苦しむ上流階級の主婦が、結局行き場を失い、禁治産者=精神異常者として収容所に拘禁されてしまうという映画でした。

心情はよく分かりました。バーグマンが、ハリウッドでは、決してできなかったこと・演じてみたいと思っていたことが、多分こういうふうな役柄だったろうとは想像はできます。

しかし、一方で、こうした役をいくら懸命に演じたとしても、積み上げてきた過去の実績というものも現に残酷なくらいに生々しくそこに「あった」のでした。

「追想」は、バーグマンのアメリカ映画界復帰第一作、この作品で2度目のアカデミー主演女優賞を受けることとなります。
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by sentence2307 | 2004-11-06 11:23 | イングリット・バーグマン | Comments(137)