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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:青柳信雄( 2 )

四つの結婚

結納を届けることを依頼され、仕方なく友人の結婚話を進めていくうちに、その妹に恋してしまい、あれこれと紆余曲折があってその娘と結婚の約束を取り交わすまでの過程を描いたほのぼのとしたラブ・ストーリーです。

ただ、随分迂闊だったのですが、見ているうちに、劇中で唐突に話される「敵を殲滅する」とか、「味方の犠牲を最小限に抑える」などといった過激なセリフから、初めてこの映画が戦前の作品であることに気がつきました。

結婚話に揺れる乙女の心情を描いたこのドラマからすると、これらの雄々しいセリフは、ドラマ全体の雰囲気とは、無理やり挿入したような違和感は拭えません。

まあ、考えてみれば、結納の代理を頼みに来た友人の藤田進の、結納を届けることができなくなった理由というのが、突然の召集令状を受け取ったために急いで帰郷しなければならなかったからだし、同級生でもある当の婿さん(江川宇礼雄が演じています)というのも、大陸浪人みたいな感じですし、そもそも主人公の河野秋武自身が「航空研究所」とやらで、爆撃機の飛行安定性を研究しているという設定なので、もうこれで十分戦時色満載の映画だったのに、過激なセリフから、やっと戦意高揚の国策映画であることに気がつきました。

とにかく、予備知識もないままに見始め、しかも、冒頭の「四つの結婚」というタイトルが出たあとは、キャストもスタッフの名前さえも紹介されないまま、突然本編が始まってしまったので、これがどういう作品なかの、見当もつかないまま見ていました。

しかし、それにしても、出演者が物凄い顔ぶれです。

入江たか子に山田五十鈴、山根寿子に高峰秀子という、それぞれが主演して4本軽く撮れてしまいそうな豪華キャストです。

しかも四姉妹のお話ということなので、これではまるで「細雪」みたいです。

しかし、考えてみれば、この「不自然すぎる豪華さ」というあたりが、力にモノを言わせた国策映画たる所以なのかもしれませんね。

それに当時の東宝もみずから進んで国策に寄与していたのですから、この御忠信ぶりの反動が、後年の「東宝争議」に繋がっていったのだと聞いたことがありました。

婚約者の家を初めて訪れた婿の江川宇礼雄が、「20年も経てば、我々が中国大陸に注いだ血の結晶として日本の大木が雄々しく繁る」みたいな大言壮語を吐く場面があるのですが、この映画が公開されたのが昭和19年の9月だったことを考えると、ほんの数カ月先ではどうなるかも分からないまま、時の権力に盲目的に従わざるを得えずに、きっと半信半疑だったであろう大仰なセリフを無我夢中で言わねばならなかった俳優たちの演じることの残酷さを感じないわけにはいきません。

実はこの映画、日本映画専門チャンネルで、「生誕100年 原作・太宰治 映像の世界」と題した記念番組の一本として放映されたものであることをあとで知りました。

太宰治がこのような戦争協力小説を書いていたということが、まずは意外でした。

戦後文学の旗手、無頼派の一人という先入観があったので、「無頼派」→「反骨」→「反戦」という勝手なイメージを描いていた思い込みが、打ち砕かれたような感じをもちました。

つまり、太宰治という人は「反骨」などとは無縁な、ただ時代に迎合し、そして「ご時世」に添い寝するタイプの作家にすぎなかったのかという感じを受けました。

彼が自虐の果てに公言していた「生きる恥ずかしさ」の意味とは、こういうことだったのかと、この戦意高揚の国策映画を見ながら、なんだか納得するような気持ちで見続けました。

(1944東宝) 製作・山下良三、監督・青柳信雄、原作・太宰治「佳日」、脚本・八木隆一郎、撮影・川村清衛、美術・北川惠笥、音楽・服部正、録音・倉辺正雄
出演・入江たか子、山田五十鈴、山根寿子、高峰秀子、河野秋武、清川荘司、江川宇礼雄、藤田進
by sentence2307 | 2009-09-05 18:38 | 青柳信雄 | Comments(1)

鉄路の弾痕

「鉄路の弾痕」という物凄い題名の1950年度の大映作品を見ました。

このバタ臭いタイトルからすると、銃弾がドンパチ行きかう賑やかなギャング映画をつい考えてしまいますが、それらしい場面が出てくるのは、ほんの最初だけ、列車の貨物を強奪する強盗に、阻止しようとした鉄道員が射殺されるシーンくらいです。

映画は、その事件を契機にして鉄道公安官が警戒を強化するということで、室長の岡譲二が部下に訓示をたれるシーンから始まるのですが、その訓示の内容がビックリです。

鉄道公安官は残念ながら武器を携帯することが許されていないけれども気力で頑張れ風な訓示なのです。

「武器の携帯を許されていないのに、どんな警戒ができるって言うんだよ」みたいなどこか物欲しげなトーンを感じたとすれば、それは正解です。

この映画、旧国鉄の鉄道公安官がしっかりと後援している作品なので、ほとんど素手で撲りあう暴力シーンなども、勘繰れば「武器の携帯を許されていなくとも、私たちはこんなに頑張っているんだもん」みたいな嫌味な映画とも受け取れます。

まあ、それはともかく、この映画に、弱味を握られて仕方なく悪の手先になって操られる男を若き小林桂樹が演じていました。

どんな映画でも、彼の持ち味は終始一貫、融通の利かない生真面目さとか不器用さ(老境に入ってその傾向は顕著になってきました)にあるのだろうと思うのですが、その限定されたキャラクターの中でも多様なバリエーションを演じ分けていくという器用さによって、長い俳優生活を維持してきたことを僕は高く買っている一人です。

この作品のあとに続いて見た東宝作品「紙芝居昭和史・黄金バットがやって来る」72でも小林桂樹が軽妙な演技を見せていました。

この重厚さと軽妙さを演じ分ける落差を考えれば、彼の演技を「変幻自在」といってもいいような気がします。

環境に応じてそれぞれに変わり身をしながら順応していく小林桂樹の変幻自在振りを不思議な魅力として最も遺憾なく発揮した作品が、青柳信雄監督の「風流温泉番頭日記」62だったと思います。
by sentence2307 | 2004-12-25 21:07 | 青柳信雄 | Comments(2)