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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:山下敦弘( 1 )

天然コケッコー

この「天然コケッコー」を見た当時、僕の友だちが、こんなことを言っていたのを思い出しました。

「この作品って、ずいぶん説明不足みたいなところがあるよな」と。

実はそのとき、僕も彼と同じ印象を持ったのですが、そう思ったことが別に不快ではなかったので、その場では彼に同調しませんでした。

しかし、ちょっとショックなその彼の言葉は、意識していなくとも、いつまでも僕のなかに残っていたのだと思います。

それは、この作品が、確かに「説明不足」という印象でありながら、それが決して不快ではなく、むしろ「心地よさ」に通じているという奇妙な感覚です。

そして、この作品を二度目に見たとき、その訳が、なんとなく分かってきました。

これは、あくまでも、そよの視点、そよの感性で描かれたことだからだ、と。

ここでは、彼女が「見たい」と思ったことだけが描かれていて、「見たくない」と思ったことは、目をそらすようにしてしか描かれていないのだ、と。

例えば、父親が大沢の母親(元は恋人の関係だったらしく、付き合っていたけれども振られたという事情もあるらしいのです)と浮気しているのではないかという疑い(それらしい現場も彼女は見ています)を、映画は「それ以上」追及しようとはしません。

しかし、その物語の中絶は、「説明不足」という印象を与えるどころか、まるで親の浮気という事実を知るのが怖くて、かえって、慌てて目を覆ってしまう思春期の少女の動揺する感性を瑞々しく表現していることに気づかされます。

また、いよいよ卒業という日、約束のキスを大沢から求められたそよが、逆に、自分から大沢に仕掛けることによって、彼を戸惑わせ動転させる場面(そよのキスには「愛がない」と大沢に言わせています)がありました。

「されるより、自分からしてみたい」や「不安なことは、あえて知りたくない」と思うこのそよの感覚・そよの視点・少女のリアリズムを忠実に再現できたからこそ、この作品が思春期の瑞々しい少女の感性を僕たちにリアルに伝えることができたのだと思います。

生前、黒澤明監督は、よくこんなことを言っていました。

自分は、映画を作るに際して、たったひとことで語れてしまえるようなシンプルなストーリーを目指している、と。

百姓が侍を雇って野武士と死闘を繰り広げる話とか、余命幾許も無い下級官吏が、自分の生きていた証をこの世に残すためにあらゆる圧力を撥ね退けて児童公園造りに残り火のように最期の生命力を燃え上がらせる話とか。

そんな具合に、この「天然コケッコー」を、もし、ひとことで言い表すとすると、どんなふうになるだろうかと考えてみました。

静かにゆっくりと何かが始まろうとしていながら、一方で、静かにゆっくりと何かが終わろうとしている物語、でしょうか。

これではあまりにも抽象的すぎるかもしれません。

そよと大沢との距離が、穏やかな田園風景につつまれて、一年の時間をかけて少しずつ縮まっていくのと同じ速度で、そよが愛した友だちや家族、そして分校そのものが静かに終わろうとしている離散と崩れのかすかな気配に揺らいでいく感じを、無味乾燥なこんな言葉でしか表現できないことに少し苛立ちを感じます。

しかし、こう書けば、成長していく少女の「ときめき」と、時間の経過のなかでどのように足掻いても避けようのない「崩れ」とが、まるで別の物のようになってしまうかもしれません。

まるで別もののように感じていた「ときめき」や「崩れ」が、同じ時間帯のなかで、混在し続けながら、一見穏やかな田園の日常生活においても、静かに、ゆっくりと、確実に動いていることを描いてみせてくれたのだと思います。

それは、そよが呟くあの言葉「もうすぐ消えてなくなるかもしれんと思やあ、ささいなことは急に輝いて見えてきてしまう」のとおりなのだと思います。

しかし、それにしても、現実においても映画でも、学校という場所が、こんなにも好きでたまらない子供たちを見るというのは、僕にとっては初めての経験でした。

(2007ピクニック・アスミック・エースエンタテインメント)監督・山下敦弘、原作・くらもちふさこ、脚本・渡辺あや、撮影・近藤龍人、照明・藤井勇、編集・宮島竜治、音楽・Rei harakami、主題歌・くるり「言葉はさんかく こころは四角」、プロデューサー・小川真司、根岸洋之
出演・夏帆、岡田将生、柳英里沙、藤村聖子、森下翔梧、本間るい、宮澤砂耶、夏川結衣、佐藤浩市、斉藤暁、廣末哲万、黒田大輔、大内まり、田代忠雄、二宮弘子、井原幹雄、中村朱實、渡辺香奈、岩崎理恵、大津尋葵、峯崎雄太、前田想太、浅田茂人、能島瑞穂、上田静香、服部富士美、大畑喜彦、新垣昌利、
第81回 キネマ旬報ベスト・テン 日本映画ベストテン第2位、第70回 朝日ベストテン映画祭 最優秀作品賞(第1位) 、第29回 ヨコハマ映画祭 日本映画ベストテン第2位 、「映画芸術」誌 2007年度作品ベストテン 第3位、第31回 日本アカデミー賞 新人俳優賞(夏帆) 、第32回 報知映画賞 最優秀新人賞(夏帆)、第29回 ヨコハマ映画祭 最優秀新人賞(夏帆) 、第32回 日本インターネット映画大賞 最優秀新人賞(夏帆)
by sentence2307 | 2008-09-23 11:38 | 山下敦弘 | Comments(26)