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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:チャップリン( 1 )

超弩級の傑作活劇映画「七人の侍」の黒澤明監督が、その後に撮った作品で次第に爽快な荒々しさを失い、以後の作品に色濃くなる湿っぽいヒューマニズムや虚無感など、およそ「七人の侍」を撮った黒澤明には到底似つかわしくないというのが自分の持論なので、酒の席などで友人相手に酔いに任せて、ぐずぐすとオダをあげて嫌がられていました。

そりぁ、そういう作品(ヒューマニズムや虚無感)にだっていい映画はあるには違いないでしょうが、あの黒澤明が、よりにもよって「デルス・ウザーラはないだろう」という思いでいたので、その気持ちをそのままブログにも書きました。

青年期からロシア文学に親しみ傾倒していたといわれる黒澤監督です(ドストエフスキーの超難解な「白痴」を映画化しようなどと思うこと自体、その「傾倒」ぶりは並大抵のことではありません)、読み漁ったであろうロシア文学のなかには、そりゃあ「デルス・ウザーラ」もあったでしょうが、なにもそれだけというわけではなくて、もっと粗野で、もっと荒々しい、獣のような露国の野蛮な土民を描いた(鴎外の翻訳した)「樺太脱出記」や「馬丁」とも出会っていたでしょうから、自分としては、黒澤監督にもっともふさわしいと思えるそれら「粗野で、もっと荒々しく、獣のような露国の野蛮な土民」の小説をあえてしりぞけて、甘々な「友情と郷愁」とを描いた静謐な「デルス・ウザーラ」なんかを選択したその脆弱さを「はなはだ残念」という思いもふくめて、どうにも納得ができず、これは明らかに黒澤監督のミスチョイスだよなという居たたまれない思いから、夜の居酒屋で「オダをあげた」ということに相成るわけです。

そのときの自分の中には、当然、第2次世界大戦時、ナチス劣勢とみるや独ソ不可侵条約を突如破棄してドイツになだれ込みドイツ人女性・市民を手当たり次第にレイプ虐殺したこととか、また、同じく満州国境にも侵攻して日本人開拓民に対して淫らな薄ら笑いを浮かべながら行った悪逆非道な、人の弱みに付け込む鬼畜のような数々のソ連軍の蛮行(空恐ろしいロシア人のケダモノ性)が、もちろん脳裏にはありました。アンブローズ・ビアスは、その著「悪魔の辞典」でロシア人のことを「カフカス人の肉体とモンゴル人の魂を持つ人。吐き気をもよおさせるタタール人」と評していました。名言です。

それにまた、「七人の侍」においては、おのおのの侍の死が、あれほどに精密に痛ましく・重々しく描き分けられていたのに、例えば「乱」における兵士たちのおびただしい死体が累々と広がる荒涼たる戦場を、まるでキャベツ畑を俯瞰でひとまとめに撮ってしまう無神経な素っ気なさによって、実にあっさりと捉えた場面を見たとき、人間をもはや単なる物質、そのカタマリとしか捉えることができなくなってしまった黒澤明の不能と衰弱をはっきりと実感せずにはいられませんでした。

しかし、友人にここまで話したとき、それまでドン引きしていた迷惑顔の友人から、かえってこう言われたことがありました。

「どんな監督だって、柳の下の2匹目のドジョウを狙って同じタイプのものを作り続けていたら、いつかは世間からは飽きられ・呆れられ、その才能さえも疑われ、結局『傑作・七人の侍』も巻き込むかたちで映像作家・黒澤明の価値を自分からおとしめてしまう結果になるんじゃねえのか?」と。

その言葉に二の句を継げなかった自分は、せいぜいのところ「そうだよな、そういうことなんだよな」としか言うことができませんでした。
「だってさ」と友人は続けます。「おれに『黒澤明の100本』を教えてくれたのは、オタクじゃん。『七人の侍』は、たしかに世界におけるナンバーワン映画かもしらんが、必ずしも『これでパーフェクトだ、ついに到達した』とは、黒澤明自身が思っていなかったという何よりの証拠だよ。どんな天才にだって、どこかしら自分にないもの、自分に欠けているものを埋めようとして≪「次の作品」(未来)≫を模索して前進していくしかないんだ。生きている限り、もがきながらね、だから『赤ひげ』も『どですかでん』も『夢』も『八月の狂詩曲』も、それぞれ必死の模索した結果だし、評価もしている、オレは、あんたのようには考えられないわけよ」

「うん、うん」

「それにね、話は少しそれるかもしれないけど、あるサイトに『黒澤明のベスト10』というのが掲載されていてね、それとオタクに教えてもらった『黒澤明の100本』とを照合してみたら、なんか微妙に違っている部分があるのよ。ほら、これこれ」と友人は、タブレットを引っ張り出してその画面を見せてくれました。

それはこんな感じです。


黒澤明の10本
ドクトル・マブゼ(1922) フリッツ・ラング監督
チャップリンの黄金狂時代(1925) チャールズ・チャップリン監督
✔ニーベルンゲン(1925) フリッツ・ラング監督
✔ウィンダミア夫人の扇(1925) エルンスト・ルビッチ監督
三悪人(1926) ジョン・フォード監督
アッシャー家の末裔(1928) ジャン・エプスタン監督
アンダルシアの犬(1928) ルイス・ブニュエル監督
モロッコ(1930) ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督
会議は踊る(1931) エリック・シャレル監督
三文オペラ(1931) G.W.パプスト監督


なるほど、なるほど、チェックの入った「ニーベルンゲン(1925)フリッツ・ラング監督」と「ウィンダミア夫人の扇(1925)エルンスト・ルビッチ監督」の2本が「黒澤明の100本」の中には入ってないというわけね、つまり、彼が言いたいのは、好みはその時々で変化するし、作家たちは現状に満足できないからこそ進歩できるっていうことを言いたいわけで、たとえ、そこで生み出されるものが駄作でしかなかったとしても、過去の栄光にすがりついて遺産の模造品を作り続けるよりも、オタクのいういわゆる駄作(自分的には「そう」は思わないからこそ)の方が、よほど価値があると思うわけよ。

そこで自分が「よく分かりました!」と宣言して平伏して負けを認め、「デルス・ウザーラ懐疑説」を全面撤回して引っ込めてしまえば、それはそれでよかったのかもしれませんが、もともと素直な性格とは程遠い自分です、こんな時にも、ついひとこと余計なことを言いたくなる性分なので、こんなふうに言ってしまいました。

でもこの2本てさあ、小津監督の好きそうな映画じゃね? 特に「ウィンダミア夫人の扇(1925)エルンスト・ルビッチ監督」なんて、もしかして、小津好みの作品の方から誤って紛れ込んでしまったなんて考えられないか。そういえばフリッツ・ラングだって、ドイツ表現主義の線から言えば小津監督とのつながりを否定はできないだろう?

まさに「虚を突く逆襲、一矢を報いる」というやつです、だって言われっぱなしで撤退なんて、あまりにも悔しいじゃないですか。

ここまできて、自分も友人も「小津監督が影響を受けた映画」、例えば、それが10本というカタチで存在するのなら、その「小津安二郎の10本」というものが存在するのかどうかを知りたくなりました、しばし沈黙、すぐにタブレットであれこれ検索してみたのですが、それらしい記事を探し出すことはできませんでした。つまり、その夜の「討論」は、ここにきて打ち切り、情報不足でにっちもさっちもいかないドンヅマリ状態に達したので、これは次回までの「宿題」ということになりました。

そして、帰宅してすぐ、その夜のうちにアレコレ(小津監督が影響を受けた映画など)検索してみたのです。

あっ!! ありました、ありました。

「映画に狂って・・・」というブログに「映画人たちのオールタイム・ベスト」(個別)という記事があり、そのなかに、ついに見つけました、例の「小津安二郎の10本」。

この「すかあふえいすさん」のブログ内のどの記事も精密な調査の行き届いた素晴らしいものばかりです。

その「小津安二郎が影響を受けた映画」の全文をコピペしてみますね(無許可でスミマセン)。

しかし、この記録の緻密さには、ホント、驚かされますよね。自分などは、ただただ読み飛ばして、あとは、おぼろげな記憶をたよりに思いつくままに勘で書いている始末なので到底この緻密さには及ぶものではありません、あらためて、その資料に取り組む几帳面さと精密な記録に徹するお仕事に敬意を表したいと思います、いえいえ、これは無許可で転載するための言い訳なんかじゃ決してありません、念のため。


≪小津安二郎が影響を受けた映画(2016/12/21(水) 午後 11:56 映画人のオールタイムベスト:個別 映画監督・・・脚本家・映画監督等で活躍した小津安二郎が影響を受けた・好きだった映画のまとめ)
●「映画評論家 岸松雄の仕事」より
結婚哲学 エルンスト・ルビッチ…セックス・コメディ。オーヴァラップ(オーバーラップ、ある画面の上に別の画面が二重に重なり、やがて前の画面が消えていく演出)の使い方の巧さについて
私の殺した男 エルンスト・ルビッチ…シリアスな戦争、戦後、罪の意識
南風 キング・ビダー(キング・ヴィダー)…老後、恋愛。小津が心から感動した作品の一つ。ルビッチ以上に夢中になり演出にも影響を与えるほどだったとか
小判しぐれ 山中貞雄…時代劇。山中とは後に交流を深め、弟のように可愛がる関係に。フィルムは現在行方不明
暗黒街の女 ウィリアム・ウェルマン(ウィリアム・A・ウェルマン)…刑務所、復讐、ギャング、強盗。パラマウント時代のウェルマンは好きだったそうです。「民衆の敵」になると少し泥臭くなってしまったとのこと
ウィリアム・ワイラー
ジョン・エム・スタール(ジョン・M・スタール)
レックス・イングラム
ルイス・マイルストン
ロイドの活動狂 クライド・ブラックマン/ハロルド・ロイド…コメディ、バック・ステージ、映画狂。ロイド作品にしてはギャグが行き詰まっていると言いつつ、キャメラの使い方の上手さについて褒めていました
★常磐木ホテル チャールズ・チャップリン…コメディ…らしいのですが、題名と一致するチャップリン作品の情報を得られず。詳細求む
大久保忠素…師の一人
スットン狂 斎藤寅次郎…コメディ。フィルムは現在行方不明。斎藤とは大久保の下で共に学び、小津にとって兄弟子のような存在だったそうです
人生劇場 内田吐夢
オーバー・ゼ・ヒル(あの丘超えて) ハリー・ミラード
キック・イン(文明の破壊) ジョージ・フィッツモーリス…「懺悔の刃」への影響について
レ・ミゼラブル アンリ・フェスクール…「懺悔の刃」への影響について
豪雨の一夜 ジョン・フォード…「懺悔の刃」への影響について
・その他
暗夜行路 志賀直哉…小説
内田岐三雄…映画評論家。小津のことをデビュー作から評価していた人物の一人。親交を深めたそうです
※小津はルビッチが一番大好きな監督だと語っていました。小津本人はオーヴァラップは嫌いだったそうですが、ルビッチのように「偉い監督が有効に使うと素晴らしい効果があります」とのこと
●田中眞澄による編著「小津安二郎「東京物語」ほか」より
・Hearts of the world(世界の心) D.W.グリフィス…戦争、死。徴兵され戦地で過ごした際に手紙に記した映画の一つ
清水宏…交流の深かった映画監督の一人。口伝えで「朗かに歩め」のアイデアを貰ったそうです
溝口健二
内田吐夢
島津保次郎
マダムと女房 五所平之助…日本映画のトーキー時代の訪れについて
西部戦線異状なし ルイス・マイルストン…戦争。蝶の場面について。徴兵され戦地で過ごした際に手紙に記した映画の一つ。「非常線の女」にもポスターが登場
●「小津安二郎文壇交遊録」より
百万円貰ったら エルンスト・ルビッチ…「東京の女」で引用
結婚哲学
シヴィリゼーション トマス・ハーパー・インス(トマス・H・インス)
山中貞雄
●その他
未完成交響楽 ヴィリ・フォルスト…「一人息子」劇中に引用
明日は来らず レオ・マッケリー…老後、家族。「東京物語」のラスト・シーン
第七天国 フランク・ボーゼイジ(ボザージ/ボザーギ)…「学生ロマンス 若き日」にポスター
スピーディー( Speedy) ハロルド・ロイド…「大学は出たけれど」ポスター
ラヴレター ウィリアム・ディターレ…「風の中の牝雞」ポスター
育ちゆく年 ヴィクター・サヴィル…「風の中の牝雞」ポスター
接吻売ります リチャード・ウォーレス…「風の中の牝雞」ポスター
雨 ルイス・マイルストン…「母を恋はずや」ポスター
打撃王 サム・ウッド/ゲーリー・クーパー…「晩春」で言及していたゲーリー・クーパー主演の野球映画はコレ
乱暴ローシー フランク・ストレイヤー/クララ・ボウ…ボクシング。「朗かに歩め」に出てくるポスター
非常線 ジョセフ・フォン・スタンバーグ…ギャング。小津初期の暗黒街もの(ギャング)への影響
チャンプ キング・ヴィダー…「出来ごころ」として翻案
駅馬車 ジョン・フォード…「大人の見る繪本」以降。日本で公開された際、淀川長治に頼まれ溝口健二とともにポスターにコメントを寄せていました
恋人たち ルイ・マル…「お早よう」でポスター
手錠のまゝの脱獄 スタンリー・クレイマー/ネドリック・ヤング…「お早よう」でポスター
切腹 小林正樹…「秋刀魚の味」でポスター
●佐相勉による編集「溝口健二著作集」より
コンドル ハワード・ホークス…脚本を評価していました
●佐藤忠男の著「小津安二郎の芸術」より
チャールズ・チャップリン…サイレントにおける喜劇は最高のものとして評価する一方、トーキーとは融和しないものだと語っていました
市民ケーン オーソン・ウェルズ/ロバート・ワイズ…「大人の見る繪本」以降。かなり高い評価をしていました。従軍関係者向けの上映会で見た作品
小狐 ウィリアム・ワイラー…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
ウエスターナー ウィリアム・ワイラ-…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
嵐が丘 ウィリアム・ワイラー…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
怒りの葡萄 ジョン・フォード…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
タバコ・ロード ジョン・フォード…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
我が谷は緑なりき ジョン・フォード…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
北西への道 キング・ヴィダー…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
レベッカ アルフレッド・ヒッチコック/デヴィッド・O・セルズニック…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
ファンタジア ベン・シャープスティーン/ウィルフリッド・ジャクソン/ハミルトン・ラスク/ウォルト・ディズニー他…「大人の見る繪本」以降。上に同じ≫


ねっ、凄いでしょ、よくぞここまで調べたものと感嘆の思いで読みました、まさに完璧、言うことありません。

ただですよ、冒頭の<「映画評論家 岸松雄の仕事」より>の記事のなかに★印を付した項目、あのチャップリン作品について書かれている部分があるじゃないですか。

つまり、

「常磐木ホテル チャールズ・チャップリン…コメディ…らしいのですが、題名と一致するチャップリン作品の情報を得られず。詳細求む」

と書いてありますよね。へえ~、「詳細求む」ですか、なんか求人広告みたいじゃないですか、しかも、もっか求職中の自分などは、この「求む」の二字に相当ナーバスになっているので、すぐに反応してしまいました、でも要するに、結局のところ「常磐木ホテルのタイトル作品の所在が分からない」ということなのですよね、しかし、こんなふうな投げかけられ方をされたら、どうしても気に掛かってしまって捨て置きにできません。

でも、当初は気楽に「常磐木ホテル チャップリン」とでも検索すれば、なにかしらそれっぽい情報がでてくるだろうなぐらいに安直に考えていたのですが、ヒットしたのは、「チャップリン コネチカット州 アメリカ」という、どうもそういうホテルが米国にあるらしく、分かったのはそれくらいでした、しかし、いまはそんなホテルの記事をのんびり読んで感心している場合じゃありません。

映画のタイトルとはなんの関係もないかもしれませんが、一応、戦前、チャップリンが来日したときに泊まったというホテルを確認したところ、それは「箱根の富士屋ホテル」ですし(東京では、とうぜん帝国ホテルでしょうから)、果たして日本国内に「常磐木ホテル」なるものが存在するのかどうか、徒労を承知で検索をかけてみました。

まあ、結果からいえば、「常磐木」という地名とかはあるものの(滋賀県高島市安曇川町常磐木)、そのものズバリのホテルなんかありゃしません。それにまた、あったとしても、もはやチャップリンとは、なんの関係もないでしょうしね。

まあ、どう考えてもこちら方面には、目ぼしい情報があろうとは思えなくなりました。

しかし、自分がなぜここまで「日本名」にこだわっているかというと、ほら、チャップリンの日本人秘書に高野虎市という人がいたじゃないですか(忠勤誠実な彼の影響でチャップリンは大の日本贔屓になったといわれていますし、その訪日も高野秘書の影響と思います)、その関係から、なんとなく「常磐木」ホテルもそんな感じでスンナリ出てくるような気がしたのですが、やはりダメでした。

地名と「ホテル」の接点らしきものでも見つけられれば、あるいは「常磐木」という言葉の解明の端緒になるかもしれないと考えてアプローチを試みたのですが、どこまでいってもこのライン上には答えは見えてこないみたいですね。

しかし、考えてみれば、チャップリンの作品のなかに「ホテル」を舞台にした作品なら、それこそゴマンとありそうな気がします(なんという題名だったかは忘れてしまいましたが、その中の一シーン、貧しい放浪者チャップリンが、酔ったアル中の富豪に気に入られ意気投合して豪華ホテルに連れられていったものの、いざその富豪の酔いが醒めたら虫けらみたいに追い払われるなんていうのもありました、富豪は酔っぱらった時だけ善人に戻るという辛辣な皮肉です)が、それだってわざわざそこに日本名「常磐木」などという言葉を被せる必要なんてあるだろうか、考えれば考えるほど、その取り合わせの不自然さ、疑わしさからは免れません。

でも、折角ここまで調べを進めてきたわけですから、もう少し先に行ってみますか。

ということで、まずは、キネマ旬報から刊行された「世界の映画監督・19 チャールズ・チャップリン」を引っ張り出しました、そこには「チャップリン全作品解説(内田精一)」という実に118ページにわたる長大にして詳細な解説が掲載されています、もうほとんど書籍1冊分のボリュームという力作です。

そのリストの中に「ホテル」とつくタイトルがひとつだけありました。

作品番号13「半日ホテル(caught in the rain)」(1914)という作品です。1巻ものとありますので、10分程度の短編ものでしょうか。そうそう、この作品番号ですが、最後の作品は81「伯爵夫人」1967となっています。

さて、この「半日ホテル」、原題のcaught in the rain「雨の中の逮捕→とんだ災難のごろ合わせ」からすると、直感ですが、この作品はどうも違うような気がします。

ちょっと解説を見てみますね。

〔解説〕チャップリン最初の主演も兼ねた監督昇進第1回作品。ストーリーは、酔っぱらいのチャップリンが公園であった既婚女性を追い回しホテルの部屋までつけていって、ヒゲむじゃらの亭主に追っ払われる。この女は夢遊病、チャップリンは女を誘導しようとして部屋の窓から転落、怒った亭主やキーストン巡査の追っかけとなって、チャップリン逮捕。表現は、事件の発展につれての寄り目の画面によるカット・バックがダイナミック、テンポが好調で見事、カメラはドラマに溶け込んでいて間然するところがない。演出、演技上、感情の表出もきわめて自然でリアル、夢遊病者の人妻がチャップリンのベッド脇に来たところの描写や表現のデリカシーにはチャップリン・タッチが際立って光っている。エッサネイ=チャップリン映画「アルコール夜通し転宅」作品番号37の一部祖型的作品。

ここまで読んできて、これは違うなと感じたのは、「事件の発展につれての寄り目の画面によるカット・バックがダイナミック、テンポが好調で見事」の部分、小津監督が「ダイナミックなカット・バックによるテンポの好調さ」なんかに感心するわけがないという思いからでした。

他の解説も通して読んでみたのですが、どうもピタッとくるものがありません、正直手詰まりというやつです。

これ以上、検索しても、この先目ぼしい収穫があるとは思えませんので、だいぶ夜も更けてきたこともあり、その日はそれで就寝ということにしました。

明けて翌朝、昨夜だいぶ言葉を工夫してあれこれと検索をかけたので枯渇状態、改めてなにから始めようか、しばらく考え込んでしまいました。

そうだ、そのとき自分は、いままで「常磐木」という言葉を丸呑みして、そのまま使っていたわけですが、これが固有名詞にしろ、元々どういう意味だ、という疑問が湧いてきました。

さっそく、yahooで語句検索にかけてみました。そこには、こう書かれていました。


≪常磐木とは、冬になっても枯れず、落葉しない樹木のこと。常緑樹。常磐(ときわ)は本来は時を経ても変わらない岩石を指すが、常緑の意や永久不変の意でも使われる。「常盤」という字が使われることもある。原語のEvergreenは、常緑樹や常緑多年草など、年間を通して枯れない植物を指す。またこちらも永久不変であることの比喩としても使われる。≫


へえ~、これによると、常磐木の原語はEvergreenなんですって。

じゃあ、ちょっと待ってくださいよ、この当時日本に入ってきた欧米の横文字を日本語に直して表示するとしたら(それは大いに考えられます)、この原題は、さしずめ「Evergreen Hotel」ということになるじゃないですか。そうか、そうか。分かったぞ。

そこで、「Chaplin Evergreen Hotel」の3文字を入れ替えながらメクラメッポウ検索した結果、ありました、ありましたよ。

You tubeにチャップリンの短編ばかりを集めた「Best of Charlie Chaplin The Classic Laugh」というサイトのNo.1~42の内のNo.2に「Breakfast at Hotel Evergreen」3:11という作品がありました。

泊り客のために朝食の用意をしているチャップリンが、同時に自分の朝食を作りながら、ちゃっかり自分の方にだけ、おいしいところを盛ってしまうというコメディです。

そうか、そうか、これなら小津監督が感心したと言われれば、なんか納得できるような気がします。

この作品、自分が調べたリストには掲載がありませんでしたが、推測ですが、たぶん長編を作るための試作(ディテール)みたいなもので、コメディの短編集の中の1本として含まれていたのではないかという気がします。



by sentence2307 | 2018-12-25 15:15 | チャップリン | Comments(4)