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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:ジョン・フォード( 1 )

捜索者

全米撮影監督協会(ASC)が、20世紀における優れた撮影の映画作品100本を発表したことを、たまたまネットで知りました。

ただ、そのサイトではベスト10までの発表しかなかったので、あちこち検索して「11位~100位」までの記事を探したのですが、残念ながら、その他の90本については、結局記事を見つけることはできませんでした。

まあ、なければ仕方がないと諦めかけたのですが、反面、どうしても見られないとなると、なおさら見たくなるというのも人情です。

そこで、ASCのホームページにあるリストを引っ張ってきて自分のブログに掲載しました。どこにもアップされてないとなれば仕方ありません、非常手段です。

アップするに際して、英文リストのタイトルを邦題に置き換えなければならないのですが、原題をそのままカタカナ表記にしたものは別にして、イメージを膨らませ創造力を盛ってつけた邦題は、原題を特定するのに少々手間どりました。

製作年度と英語タイトルから邦題の見当をつけるわけですが、だいたいのところは判断できたものの、ほんのいくつかについては、ちょっとした「推理」を必要としたものもありました。

なにしろ邦題命名者が苦労して「意訳」したその分だけ、思考のプロセスを逆にたどる必要があるというやっかいな作業です。

このリストを見て、それにしても日本映画のアップがきわめて少ないじゃないかという非難もあるかもしれませんが、なにせ選んだのが全米撮影監督協会なのですから、そこはホラ仕方ないんじゃないかなと割り切って考えた方がいいと思います。

そして、このリストをざっと見ていくと、

≪捜索者(1956・撮影ウイントン・C・ホック)≫

があるのに気が付きました。

そのときは、意識のどこかでウイントン・C・ホックを「さすがアカデミー賞をとったカメラマンだけのことはある」(「全米撮影監督協会のリスト」→「卓越した『捜索者』の冒頭シーン」→「アカデミー賞受賞の名カメラマン」)と、こんなふうに自分は意識のどこかで考えたかもしれません。

この「捜索者」なら、いまでもyou tubeで断片的なシーンを見ることができますので、ぶつ切りされた一部分のシーンを適当にハシゴして楽しんでいます。そりゃあ、まるごと見るのに越したことはないのでしょうが、「一部分」を見て楽しむのも捨てたものではありません。

ほら、予告編ばかりを見て楽しむっていうのもあるじゃないですか、予告編鑑賞というのも、自分の日常生活のルーティンのひとつになっています。

かねがね思うのですが、本編より予告編の方がよほど魅力的に作られている作品がいかに多いかというのが、自分の偽らざる実感としてあります、考えてみれば、予告編が魅力的に作られていなければ「集客」にはつながらないわけですから、予告編が面白いのはしごく当然な話なのかもしれませんが。

さて、この「捜索者」、まずは冒頭のシーン、暗い室内の扉を開けた瞬間、目の前に西部の荒涼とした風景モニュメント・ヴァレーがまばゆい陽光とともにスクリーンいっぱいに広がって、観客は一気に西部の荒野のただなかに引きずり込まれます。

まばゆい逆光を一身に浴び、黒い影になっている人物の後ろ姿を部屋の内側からとらえたカメラは、ゆっくりと歩み出すその影を追って戸外に出、遥か地平線に目を凝らし、彼方から馬に乗ってやってくるイーサン(ジョン・ウェイン)を遠望し、そして少しずつ近付いてくる彼を家族総出でじっと待つというこのファーストシーンは、何度見ても集中して見入ってしまう静かで抑制のきいた実にすばらしい場面です。

実弟の妻マーサが、まぶしそうに義兄イーサンを見つめ、そして高まる思いを抑えて室内に招き入れる所作の優美と艶めかしさに、このふたりの間に秘めたタダならぬ思いが瞬時にかよい合うのが見て取れますし、義妹へのこの秘めた思いが、この映画のラストにおいて、強烈な人種偏見者イーサンが、一族の血統を守るためにインディアンによって汚された姪への殺意を和らげていく「理由」になっていることを、この映画「捜索者」を何度も見ていくうちに、やっと気が付いたことでもありました。

このわずかなシーンだけで、場所と人間関係の大方を一瞬にして観客に理解させてしまうというジョン・フォードの力量を感じさせずにはおきません。

ジョン・フォードの失われゆくものに対するこの郷愁と抒情性が、小津監督にも、黒澤監督にも多大な影響を与えたということも、なんだかうなずけますよね。

月末にwowowのプログラムが送付されてくると、その放送日に予定があろうとなかろうと、ともかく、一応、「見たい」作品に総チェックを入れるというのが自分の楽しみのひとつになっています。

この1月には、なんとジョン・フォード監督の3本の名作が予定されていて、つまり「怒りの葡萄」「わが谷は緑なりき」「荒野の決闘」を放映するそうなのです。

なるほど、なるほど。そりゃ楽しみだわ。

28日~30日は、いまから予定を開けておいて、なんとしてでも絶対に見たい、と思った瞬間、ちょっと待てよと。
自分的にも、いままでジョン・フォードの名作の3作といえば、やはりこの「怒りの葡萄」「わが谷は緑なりき」「荒野の決闘」の3作をあげていました。

やっぱり、自分の意識の中でも「捜索者」(この作品に対する最近の高評価を知っていますが)という作品は、まだまだなんだなと思いながら、この作品がどんなふうにいままで扱われてきたのか、ちょっと調べてみたくなりました。

まずは、AFI(アメリカ映画協会)が、1997年に発表した「アメリカ映画100年ベスト100」というランク・リストがあって、その10年後(2007年)には改訂版というのが発表されています。

そのリストの中でジョン・フォード作品の評価がどう動いたか、見てみますね。

怒りの葡萄 1997年・21位→2007年・23位
駅馬車 1997年・63位 →2007年・消去
捜索者 1997年・96位 →2007年・12位 

アメリカ映画史において歴史的な金字塔をうち立てた名作「駅馬車」も、その記念碑的な役割を終えて姿を消し、そのかわりにアメリカ開拓史における特異で深刻なインディアンによる白人の拉致事件を描いた「捜索者」が、近年、評価が高まり、あるいは、歴史的な意味からも注目され始めた象徴的な「交代」ということを反映しているのかもしれません。

しかし、公開当時においては、この緊張感と迫力に満ちた作品も興行的には成功したとは言いがたく、また批評も芳しくなくて、ジョン・ウェイン主演のありきたりな西部劇の1本と認識されて軽く扱われ、ほどなく失敗作という評価が定着して忘れ去られたということでしょうか、もちろん同年のアカデミー賞の候補にも選出されていません。ジョン・フォードのキャリアもこの作品以降ゆるやかな下降線をたどったといわれています。

再評価の契機となったのは、1989年創立のアメリカ国立フィルム登録簿に登録された最初の映画のなかの1本となって、現在ではフォード監督の西部劇「駅馬車」「荒野の決闘」を凌ぐ代表作であり、西部劇映画を代表する傑作として高い評価を得ています。

2008年にはアメリカ映画協会によって「最も偉大な西部劇映画第1位」に選出されています。

自分が、「捜索者」でいい仕事をしてアカデミー賞を受賞したと思い込んでいたウイントン・C・ホックの実績も勘違いだったことに気が付きました。受賞したのは、以下の3本。

1948年 ジャンヌダーク
1949年 黄色いリボン
1952年 静かなる男

そもそも、それまで、インディアンによる白人女性の虜囚と奪還の物語「捜索者」という作品に対して、注意も敬意も払われなかった(単に見たくないものを遠ざけた)というのが、実態だったような気がします。いわば、すべてのアメリカ人の痛みと血の恐怖を描いた作品だったからこそ、あえて無視し「冷遇」したというのが本当のところだったのではないかと。

この作品を論難した代表的な見解というものがあります。

≪(先住アメリカ人の扱いについて)これまでに製作された最も悪意に満ちた反インディアン映画のひとつである。全編を通して、インディアンを殺すことが「インディアン問題」の唯一の解決策という論調に加担している。(ジョン・タスカ)≫
あるいは、
≪この映画は、憎悪と偏見の痛ましい結果を描いており、人間はそうした感情を克服したときにのみ生き続けることが出来ると言っているかのようだ。・・・インディアンはおしなべて残忍で強欲な強姦者か殺人者であるという「真実」と「公正さ」(やられたからやり返す)の追求という点で、この映画は当時の如何なる西部劇よりも先端的だったかもしれないが、もどかしいのは、この映画が本当の意味での公正さのかなり手前で立ち止まっていることだ。≫

たしかに、この物語を最後まで強力に牽引するものは、濃密で根深い「人種的偏見」であり、その思想が端的に描かれているのは、イーサンとマーティンが長い旅のあいまに久しぶりに故郷に戻ると、そこでは、恋人マーティンの帰還を待ちくたびれたローリーが別の男と結婚しようとしている場面、いままさに式がおこなわれようとしているところに行き会い、マーティンは激怒して花婿と殴り合って男を追い払ったあと、恋人ローリーが長い間自分をほったらかしにしていたマーティンの無責任さをなじり怒りをぶつける場面です。

ローリーは彼に、デビー探しなどイーサンにすべて任せてしまえばいいと迫ります。あなたは私のそばにいてと。

「コマンチからデビーを救い出したら、イーサンは異人種の血で汚されたデビーを殺すつもりなのよ。そのためにデビーを探しているの、そんなこと分かり切ったことじゃない。きっと、何度も売り物にされて、高値をつけた男たちにさんざん弄ばれたはずよ。もう、いまごろは野蛮人の子供だっているかもしれない。イーサンがデビーを殺したとしても、それは善いこと、正義にかなうことだと思うわ。天国にいるデビーのお母さんだって、きっとそれを望んでいる。家族の誰もが野蛮人の血で汚された恐ろしい汚点を断ち切って血統を守ることを望んでいるわ」と。

ローリーの美しい顔は、恐ろしい言葉を吐きながら険しくゆがみ、その目は、≪コマンチの頭皮を踏みつけて土中に埋めたときのイーサンの目のように、燃えるような憎悪で輝いていた≫

インディアンを餓死させるために、その食料であるバッファロウを殺しまくり、そして、冷笑を浮かべながらコマンチの死体の目を憎しみを込めて打ち抜いたジョンウェインのその怒りと憎悪に燃える険しい目つきは、まさに鬼気迫る迫真の演技でした。

しかし、マーティンは「自分がいる限り、そんなことはさせない」と激しく否定します、「だから自分も一緒に行かなければならないのだ」と。

実は、このマーティンは白人娘とインディアンの混血で、エドワーズ家に拾われて養育されたという生い立ちをもち、これもまたイーサンの偏見に晒されているひとりとして設定されています。「俺のことを伯父さんなんて呼ぶな、お前のおじさんなんかじゃない」とマーティンに吐き捨てるように言うシーンもありました。

このインディアンと交わりをもった白人(混血児のふくめて)についての強烈な偏見に満ちた所感なら、1961年に撮られた「馬上の二人」のなかでも再度語られています。

ジェームス・スチュアート扮する保安官が、コマンチに拉致されて10年も経った少年について語る場面、

「その子はいま、三つ編みにした髪を肩まで垂らして、髪はバッファロウの脂を塗りたくられ、もの凄い悪臭を放っている。そして、体中のあちこちに傷跡をつけている、自分が勇ましい男であることを証明するためにさ。英語はもうとっくに忘れている。ただコマンチの言葉を唸るように発するだけだ。当然、いままでにも何人もの白人を殺しているだろうさ。そして、頭皮をはぎ取っている、白人の頭皮をね。いわば勇者の誇りってやつだよ。しかも、チャンスさえあれば、相手がきみだろうと白人娘とみればレイプするだろう。それから、切れ味のいいナイフやおんぼろのライフルと交換に、きみを品物みたいに仲間に譲り渡す。そういう若者を、私に連れ戻してほしいと言うのかい?」

もはや、そういう彼を白人社会に同化させることは、いまさら無理なのだと。

しかし、一族の血統を守るためにインディアンへの憎悪と殺意にもえたイーサンが殺すことばかり考えていたインディアンに汚された姪を救出して抱きかかえたとき、気持ちに変化が訪れます。

ジョン・ウェインは、このシーンの演技を正確に理解して、こう語っています。

「最後にイーサンがデビーを抱き上げるとき、その顔を見つめるイーサンの胸中にはどんな思いが浮かんでいたのか、それを自分は考えたんだ。その時イーサンはデビーの瞳の中に彼が愛する女の面影を見ていたのだと思う。それは、イーサンの憎悪を流し去るのに十分だったのさ」

インディアンから姪を奪い返し、安住の家に届けたイーサンは、その家に入ることなく、きびすを返して荒野にむけて立ち去ります。
ファーストシーンで開けられた扉は、このラストシーンでは孤独な男イーサンの後ろ姿を断ち切るように静かに閉じられて物語は終わります。

ジョンフォードは、この映画を、「家族の一員になることの出来なかった一匹狼の悲劇」と述べています。

数日かけてこの小文を書いているあいだに、数本の映画を見たのですが、そのなかにSF西部劇映画「カウボーイ&エイリアン」(2011、ジョン・ファヴロー監督)があって、その解説で、こんな一文に出会いました。

≪スピルバーグがこの映画のエグゼクティヴ・プロデューサーをつとめたとき、監督のジョン・ファヴローや脚本家たちに「捜索者」のニュープリントをみせて、本物の西部劇のなんたるかを理解させた≫と。

この一文を読んだとき、スピルバーグが少年の時にジョン・フォードを訪ねたと、なにかの作品で話していたことを思い出しました、あて推量の「たぶん」という気持ちを手掛かりに、ピーター・ボグダノヴィッチのドキュメンタリーを検索してみました。

なるほど、なるほど。

「ヒッチコック/トリュフォー」 (2015)ってボグダノヴィッチの作品だったんですね。

そして著作としては、

"The Cinema of Orson Welles" (1961)
"The Cinema of Howard Hawks" (1962)
"The Cinema of Alfred Hitchcock" (1963)
"John Ford" (1967; expanded 1978)
"Fritz Lang in America" (1969)

などがありました。すごい、すごい。

これってもう立派な映画史家ですよね。

この分なら、ジョン・フォードのドキュメンタリーだって、あながち「ない」とはいえないのではないかという気持ちになってきました。

そこで、「John Ford」と打って動画検索をかけてみたところ、あるじゃないですか、ボグダノヴィッチが監督した1時間50分のドキュメンタリー映画「映画の巨人 ジョンフォード」(2006、ワーナーと記されています)、これです、これ、自分がむかし見たのと同じものです。

きっと、スピルバーグが少年のときにジョン・フォードを訪ねたというエピソードを語る場面もきっとこのなかに存在しているはずで、最初からとおして見てみることにしました。

イーストウッド、スピルバーグ、スコセッシ、ウォルター・ヒルのフォード賛辞のコメントのあとに映し出されたのは、なんとあの「捜索者」のファーストシーンでした、やっぱね。

そして次には、ボグダノヴィッチが、フォードにインタビューし、ぶっきらぼうな答えしか得ることができず、結局は適当にあしらわれたすえに、業を煮やした偏屈なフォードから「カット!」と叫ばれ突然インタビューが打ち切られてしまうという失笑の場面のすぐあとに、「それ」はありました、スピルバーグの「少年の時にフォードを訪ねた」というエピソードを語るインタビュー、もちろんこの場面のすべてを聞き書きタイプしました。

≪ジョン・フォードに会った、15歳の時分だ。
ある人に会いに行き、将来何になりたいか聞かれたので、監督ですと答えた。その人は、自分はテレビ畑の人間だから、向かいのオフィスの人に逢って話すといいと言われた。誰ですか、と聞くと、ジョン・フォードさと答えた。
そのオフィスに行くと、フォードは昼食に出て留守で、彼の秘書に紹介された。椅子に腰かけて彼女と45分くらい話をした。
突然男が入ってきた。まるで猛獣狩りの格好だ。サファリの服にへなへなの帽子をかぶっていた。アイパッチをしていてハンカチを噛んでいた。手には葉巻を持ち、顔中にニセモノのキスマークがついていた。完全な唇の形をしているやつが、額と頬と鼻にあった。彼はさっさと部屋に入り、秘書がティッシュを持ってあとに続いた。やがて出てきた秘書が1分だけ話せるわよって告げた。
私が部屋に入ると、ジョン・フォードが座っていた。彼の前の机にはブーツが載っていた。
「映画の作り手になりたいんだって?」
「はい、監督志望です」
「映画は、詳しいか?」
「故郷のアリゾナ州で8ミリ映画を撮っています」
「芸術について何を知ってる?」
私はしどろもどろで、なにか答えたと思う。
フォードは、「壁に絵が掛かっているだろう」と言った。
西部の絵だった。「あの絵に何が見えるか言ってみろ」
「馬に乗った先住民がいます」
「そうじゃない、地平線はどこだ。地平線が見えんか」
自分が地平線を指さすと、
「指さすな、どこにあると言ってるんだ。絵全体を見て地平線は?」
「絵の一番下です」
「よし、次の絵だ」次の絵の前に立つと、また「地平線はどこだ」
「絵の一番上にあります」
「こっちにこい」と言われ、彼の机のそばに行った。
フォードは言う。
「つまり地平線の位置を画面の一番下にするか、一番上にする方が、真ん中に置くよりずっといい、そうすれば、いつかいい監督になれるかもな。以上。おわり!」≫

なにしろ、ジョン・フォードとスピルバーグの組み合わせなんですから、とにかく想像力を掻き立てられるものすごい場面ですよね、う~ん、ヒッチコックとトリュフォーの取り合わせというのもすごいには違いありませんが。


捜索者
(1956アメリカ)監督・ジョン・フォード、脚本・フランク・S・ヌージェント、原作・アラン・ルメイ、製作・メリアン・C・クーパー音楽・マックス・スタイナー、撮影・ウィントン・C・ホック、編集・ジャック・ムーレイ、美術・フランク・ホタリング、ジェイムス・べイスヴィ、
出演・ジョン・ウェイン(イーサン・エドワーズ)、ジェフリー・ハンター(マーティン・ポーリー)、ナタリー・ウッド(デビー・エドワーズ)、ワード・ボンド(クレイトン牧師)、ヴェラ・マイルズ(ローリー・ジョージェンセン)、ヘンリー・ブランドン(コマンチ族酋長スカー)、ラナ・ウッド(デビーの少女期)、ハリー・ケリー・ジュニア(ブラッド・ジョーゲンセン)、オリーヴ・ケリー(ジョーゲンセン夫人)、ケン・カーティス(チャーリー・マッコリー)、パトリック・ウェイン(グリーヒル少尉)、メエ・マーシュ(砦の夫人)、ジョンクェイルン、



by sentence2307 | 2019-01-16 16:08 | ジョン・フォード | Comments(0)