世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


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カテゴリ:成瀬巳喜男( 30 )

稲妻

「えっ~、まだ見てなかったのぉ!?」なんて言われてしまいそうですが、そうなんですヨ、成瀬巳喜男監督作品「稲妻」1952を通して見たのは今回が初めて、しかも、いまさらながら、そのことに、まったく気づかず、やっと今回、そのことに改めて気づかされたというわけなのです。

「はぁ? なに言ってんだか、さっぱり分からないよ、それじゃ」

そうですよね、そりゃ、うまく説明しないと、この辺の事情は分かっていただけないかもしれませんよね。

今回は、「その辺の事情」というのも含めて成瀬作品「稲妻」について書いてみたいと思います。

メディアによって紹介されることの多い名作映画にはよくあることですが、この「稲妻」も、かなり頻繁に取り上げられていて、そのたびに必ず映し出されるのがラストシーン、三女・清子(高峰秀子が演じています)が母親(浦辺粂子が演じています)に

「どうして自分たち兄妹を、同じ父親の子として産んでくれなかったのよ」

となじる場面だけが切り取られたカタチで、僕たちはいままで繰り返し見せられ続けてきたような気がします、数え切れないくらいにです。

大写しの高峰秀子が、悲嘆と怒りに歪めた泣き顔で母親に必死に訴えかける、悲痛で、それだけにとても美しい場面です。

もし同じ父親から生まれた子供だったら、自分たち兄妹は、こんなにもバラバラにならずに済んだかもしれない、いや、きっとそうだ、こんなにも気持ちを荒ませ、疑心暗鬼で互いを傷つけ合うこともなかったと詰る痛切な場面は、間違いなくこの作品の「核」になる最も重要な場面と言っても、決して過言ではありません。

それに、清子が母親をなじるまでに気持ちを高ぶらせたのは、その直前に、隣家の心優しい兄妹(根上淳と香川京子が演じています、香川京子の清らかさと美しさに思わず目を奪われてしまいました)の仲睦まじさを目の当たりにして心和ませ、羨望の思いに捉われていた彼女に、その兄・根上淳から逆に「ご兄弟は?」と問い返されて、思わず口ごもって表情をくもらせる場面に、他人に依存しなければ生きていけない家族への嫌悪と、自分が切り開こうとしている将来の希望など、清子の一連の心情が的確に描かれている傑出した場面です。

その兄・根上淳からの突然の問いに、思わず、清子が、兄妹の存在そのものまで否定へと揺らいだことは明らかで、もしかしたら、彼女のその「くもらせた表情」のなかには、たとえ微かにでもその否定に動いてしまった罪悪感も、母親への「なじり」に込められていたはずです。

そもそも清子に、家族を捨て山の手の下宿先へ家出同然の(突然の)転居を決意させたものは、・・・などと彼女が少しずつ積み重ねてきたストレスのひとつひとつを逆に辿っていけば、母親をなじるに至る感情の軌跡と、その思いの複雑さは徐々に明かされるとは思いますが、しかし、いま、ここで問題にしているのは、このぶつ切りにされて見せられ続けてきたラストシーン、「清子が母親をなじる」というシーンだけを孤立して見せられ続けたことによって、自分が「稲妻」という作品のイメージを、いつの間にか「別のもの」として作り上げてしまっていたらしいこと(自分的には「刷り込まれた」と言いたいのですが)を説明したかったのです。

ずいぶんウザッタイ持って回った言い方をしてしまいましたが、要するに自分は、いままで、この母親をなじる高峰秀子の悲痛な顔のアップに「終」の字が被るに違いない、これがこの作品のラストシーンだといつの間にか思い込んでしまっていました、実際にこの作品を見る「つい昨日」までは。

しかし、今回見て、それが自分のまったくの思い違いであることに気が付きました。

清子は、母親をなじり、激高のすえに両手で顔を覆って泣き出します。

一瞬「東京物語」のラストシーンの原節子を思わせるくらいの実に美しい場面です。

すると母親は、「私だって、なにも好きこのんでそうしたわけじやない」と抗弁し、その時その時の過酷な現実に翻弄された思いをよみがえらせ、そのときだって精一杯誠実に生きてきて今の現在があるのだと、積み重ねた苦労に胸詰まらせ、そのように生きるほかに自分はどうすればよかったのだと、やはり泣き出します。

そして、「兄妹のなかでお前がいちばんいい子だと思っていたのに、母親をこんなに泣かせるなんて、なんて悪い子だ。」と清子を逆になじります。なんで私が非難されなけりゃいけないんだとでも言うように。

その言い方、その声の調子は、まるで聞き分けのない幼い子を叱る母親の柔らかさに満ちていて、虚をつかれた清子はふっと顔をあげ、思わず苦笑気味に愚鈍な「母親」を見つめます(「見つけます」と言ってもいいかもしれません)。

幾人もの男たちに依存して生きてきたそのだらしなさと愚かさの結果が、「父親違いの子供たち」というイビツな現実を生み出してきたのだとしても、そのようにしか生き得なかった母親の無防備な善良さに不意を打たれた清子は、それさえも愚かしいと唾棄し、罵り否定できるのかと戸惑います。
どうあろうと、この人が私の母親に違いないのだという感じでしょうか。

理解や同意まではできないとしても、この母親もそれなりに・彼女なりに懸命に生きてきたことを受け入れようとする娘と、どこまでも「被害者」として理解を押し付けてくる母親とが、かろうじて心かよわせる安らぎと柔らかさに満ちたシーンです。

帰る母親を駅まで送る夜道で、母親は何かを拾います、「なんだ、王冠だ、五十銭銀貨かと思った」と言って捨てる姿に「いまどき五十銭銀貨なんてないわ」と苦笑で応じる清子の眼差しには、ついさっきまでの母親への非難の厳しさは、すでに消えています。

これが、成瀬作品「稲妻」の本当のラストシーンです。

そうか、分かってしまえば、なんてことありません。

自分の「刷り込み」から妄想した悲嘆と絶望の大アップが、この映画の最終画面だなんて、少し考えてみれば、そんな切羽詰まった終わり方をするなど、もっとも成瀬巳喜男作品らしからぬ「有り得ない終わり方」であったことくらい、すぐにでも分かりそうなことでした。

しかし、これで自分の中に長い間わだかまっていた「オリ」のようなものが、氷解しました。

ここまでは、思い込みが如何に恐いかというお話なのですが、ここで話が、すこし飛びますね。

以前、「映画好き」が集まるある会合で、この自分の思い違いを話したことがあり、この話を聞いた参加者はどっと沸いて、座を大いに盛り上げたことがありました。

しかし、そのすぐあとで、こんなことを言った人がいました。

≪この「稲妻」は、いったい「誰と誰」との物語なのだろうか≫というのです。

座を盛り上げた自分の話が、あたかも「清子対母親」の物語のように聞こえ、その人は、そのことに違和感を持ったのかもしれません。

そのように言う以上、その人にも、また別の意見があるに違いないと考えた自分は、「あなたは、どのように考えているのか」と尋ね返してみました、実際には、この時を得た極めて恰好な話題が一座の関心を一気にさらい、談論風発の状況を呈して、自分の問いなど、その多くの人たちのザワメキの中に飲み込まれてしまって届きませんでしたが。

いちばん多かった意見は、やはり、全編を通して描かれている、金のチカラによって清子を無理やり我が物にしようと画策したパン屋・綱吉(小沢栄太郎が実に嫌らしく演じています、名演です)との確執でしょうか。

いや、この場合「確執」というのはおかしい、綱吉は清子につきまとっているだけで、嫌悪から避け続けている清子にとって「確執」という交渉まで至っていないというのが、本当のところかもしれません。
だとすれば、それは、物語を大きく包み込む「不吉な影」ではあったとしても、決してそれ以上のものではなかったような気がします。
綱吉の経済力に全面的に依存しているこの家族にとってその「不吉な影」は、結局は「恐怖」でしかなく、物語をひとつひとつ推進させるチカラ(まさに確執こそが「それ」です)にはなり得ていないような気がするからです。

あえて「確執」というなら、盛んに綱吉との縁談をすすめようとする長姉・縫子(村田知英子が演じています)とのギスギスとした関係の方が、むしろ相応しいのではないか。

しかし、なぜ長姉・縫子は、清子を綱吉に結びつけようとしたのか、もちろん、そこには清子に対する綱吉の並々ならぬ感心(あからさまな肉欲です)があったからには相違ないのですが、すでに綱吉とカラダの関係を持っていたに違いない長姉・縫子にとって、自分の位置を脅かしかねない清子を、あえて綱吉に人身御供としてあてがうメリットはあるだろうか。

いやいや、まさに次姉・光子(三浦光子が演じています)の例があるじゃないですか。

自分に欠けているもの(綱吉の欲望を満たすだけの性的魅力)を「次姉・光子」にカラダで担わせて、自分・長姉・縫子は利益(見返り)の方だけをちゃっかり頂戴しようと思っていたところ、結局は、自分の地位を脅かされていることに気づいて、不安と疑心暗鬼のすえに大喧嘩して、次姉・光子の家出・行方不明という事態を招きます。

ここには長姉・縫子が思い描いていた「姉妹の協力=役割分担」など、到底有り得ないことだったと彼女自身も思い知らされたわけですよね。

それは、次姉・光子にしても同じことだったと思います。利用されたとみせかけて、身をくねらせて綱吉の欲望を満たし、その見返りに金を引き出そうとした彼女も、姉の嫉妬によって企みがすべて瓦解するという「姉妹バラバラ」の事態を招いていますから、それはどうにも身動きのとれない、この先物語がどう展開するのか、まったく予測できない膠着状態をきたします。

そこで、ふたたびラストシーン、三女・清子のあのセリフ
「どうして私たち兄妹を、同じ父親の子として産んでくれなかったのよ」
に返りますね。

いままで考えてきたことすべてを受けたこのセリフの響きに、当初感じた突き放し、見捨てたような響きが、幾分薄らいできたことに気づきました。

少なくとも、清子は、綱吉を嫌悪したのと同じように、姉たちを見ているわけではない、もしかしたら、一時の怒りに激高した思いをこえて母親を許し、受け入れたのと同じように、欲望に翻弄された姉たちをもまた、許し、受け入れようとしているのではないかという思いさえ抱きました。

いずれにしても、高峰秀子の陰影のある奥深い演技があったればこそ、ここまで考えさせられたことは事実です。

思えば、この作品「稲妻」が撮られた1952年から、まさに女優・高峰秀子のピークに駆け上る成熟期のスタートの年として記憶されています。

稲妻(1952大映東京)
カルメン純情す(1952松竹大船)
女といふ城 マリの巻(1953新東宝)
女といふ城 夕子の巻(1953新東宝)
煙突の見える場所(195エイトプロ3)
雁(1953大映東京)
第二の接吻(1954滝村プロ)
女の園(1954松竹大船)
二十四の瞳(1954松竹大船)
この広い空のどこかに(1954松竹大船)
浮雲(1955東宝)


しかし、これらの「名演技」を、高峰秀子自身が、どのように自覚していたか、「子役スターから女優へ」という傑出したインタビュー記事が残されているので紹介しますね(聞き手は、佐藤忠男)。


佐藤 でも例えば「稲妻」なんて大映ですね。非常に細かいちょっとした仕草みたいなものが、非常に意味がある映画のようなものですね。「稲妻」は私、高峰秀子さんの最高傑作のひとつだと思っています。

高峰 忘れちゃった、あれはバスの車掌さん・・・。

佐藤 バスガールで、浦辺粂子さんの娘で種違いの兄妹がいる。村田知英子と三浦光子と、植村謙二郎が村田知英子のご主人で、・・・。

高峰 それで私どうするんですか(笑)。

佐藤 それであなたは、よりよく生きたいという理想を持っていて、だけれども、実に現在の生活がみじめったらしい。経済的にみじめったらしいというのではなくて、精神的にもみじめったらしく、何もものを考えていそうにない家族ばっかりで、こんな家にいるのは嫌だと。嫌なんだけれども、血肉の愛情があって、捨てるわけにもいかない・・・。

高峰 それで浦辺さんと移動で歩いていて、浦辺さんがなにか拾ったら、ビンの栓だった。そこだけ覚えている。あと何にも覚えてない。

佐藤 それはお金かなと思って拾った。何てまあいじましいんでしょうという。

高峰 そうそうそう。あれ変だな、だって「秀子の車掌さん」というのもバスガールですね。

(講座・日本映画、6巻「日本映画の模索」より)

高峰秀子生涯の名演技に話しを向けたところ、すぐにいなされ、「秀子の車掌さん」に逃げられる、そこには彼女一流のテレもあったかもしれませんが、高峰秀子という人の資質を十分に伝えてくれる逸話だと思います。


そもそもこの座談が、高峰秀子の「忘れちゃった」という一言で始められているのも、出色ですよね。



このラストでも成瀬巳喜男は、説明的なセリフや強い感情をモロに伝えるセリフを嫌い、田中澄江の脚本を大幅に改変し、日常的にしっくり嵌らないセリフはことごとく削除・省略したといわれています、とくにこのラストにおいて。

母娘の言い争いが収束にむかう会話

清子「母ちゃん・・・こんど浴衣一枚買ってあげるわ。売れ残りの安いのを」

おせい(機嫌はなおっています)「いやだよ、売れ残りなんて」

この会話を受けて田中澄江の元の脚本では、ラストシーンは、こんなふうになっていたそうです。

夜の道

ときおり稲妻が光っている

並んで歩く母娘


おせい「帰ってくるよ・・・きっとお光は。あの子小さい時から雷が嫌いでね。雷が鳴り出すと私にしがみついたもんだ」

「終」


しかし、成瀬巳喜男の「削除・省略」を経た実際のラストシーンは、「こう」なりました。

下宿の一階

家主「お帰りですか」

おせい「お邪魔しました」

家主「お構いもしませんで」

おせい「どうぞよろしくお願いします。(すぐに家主の作っている人形に気づき)あっ、お人形ですか。まあまあ」

清子「お母ちゃん!」

おせい(あきらめて)「あいよ。それじゃ」


そして、夜の道

並んで歩く母娘

おせいは何かに気づき、拾い上げる

清子「お母ちゃん、なに?」

おせい「50銭銀貨かと思ったら、ビールの口金だよ」

清子「50銭銀貨なんて、今ありゃしないわよ」

おせい「そうだよ。あたしも変だと思ったよ」

清子「いやあね。あ、ねえ、お母ちゃん、あのルビーの指輪ねえ、見てもらったら本物だって」

おせい「そうだろう。そうだとも。お前のお父っつぁんは、嘘なんかつけない人だったよ」


「終」


そういえば、誰やらが書いた成瀬本の書名に「日常のきらめき」というサブタイトルがあったのを、いま思い出しました。

(1952大映)監督・成瀬巳喜男、脚本・田中澄江、原作・林芙美子、企画・根岸省三、撮影・峰重義、美術・仲美喜雄、音楽・斎藤一郎、助監督・西條文喜、撮影助手・中尾利太郎、美術助手・岩見岩男、録音・西井憲一、録音助手・清水保太郎、音響効果・花岡勝太郎、照明・安藤真之助、照明助手・田熊源太郎、編集・鈴木東陽、製作主任・佐竹喜市、装置・石崎喜一、小道具・神田一郎、背景・河原太郎、園芸・高花重孝、移動・大久保松雄、工作・田村誠、電飾・金谷省三、技髪・牧野正雄、結髪・篠崎卯女賀、衣裳・藤木しげ、 スチール・坂東正男、記録・堀本日出、
出演・高峰秀子(小森清子)、三浦光子(次姉・屋代光子)、村田知英子(長姉・縫子)、植村謙二郎(縫子の夫・龍三)、香川京子(国宗つぼみ)、根上淳(つぼみの兄・周三)、小沢栄(栄太郎)(パン屋・綱吉)、浦辺粂子(清子の母・おせい)、中北千枝子(田上りつ)、滝花久子(杉山とめ)、杉丘毬子(下宿人・桂)、丸山修(清子の兄・嘉助)、高品格(運転手)、宮島健一(バスの老人客)、伊達正、須藤恒子、新宮信子、竹久夢子、
製作=大映(東京撮影所) 1952.10.09 9巻 2,392m 87分 白黒





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by sentence2307 | 2017-07-16 09:09 | 成瀬巳喜男 | Comments(0)

あにいもうと

例えば、長年気に掛かっていた未見の作品を、やっと見られるという機会に遭遇しても、その時もたまたま忙しくて、残念ながらやり過ごさなければならず、結局またも見逃したという作品なら、そりゃいままでだって数え切れないくらいあったわけですが、しかし、成瀬巳喜男作品だけは、どんなに多忙でも仕事の折り合いをつけて、必ず見るという自分のなかでの決め事だけは守ってきたつもりでした。

しかし、最近、その長年の思いが、結構「そう」でもなかったのかもしれないという事実を突きつけられた事態に遭遇しました。

実は先日、川本三郎の「成瀬巳喜男 映画の面影」(新潮選書2014.12.17刊)を読んでいたときのことでした、読みながら、ずっとある思いに捉われていました。

この本の冒頭は、淀川長治と対談したときのことから書き起こされていて、そこにはこんな遣り取りが記されています。

川本が「成瀬巳喜男は、お好きですか」と問うと、淀川は「いやよ、あんな貧乏くさい監督」とにべもなく即座に答えたというのです。

何事も派手好みで、黒澤明が大のお気に入りだった淀川長治らしい答えですが、川本三郎は、この答えを逆のバネにして、成瀬巳喜男の数々の名作群を語り出しています。

成瀬巳喜男が、十分すぎるくらい地味で貧乏くさい監督なのは、いまさら言われるまでもないことですし、その一方で、抑圧された生活に耐える小市民の悲哀を淡々と描いた成瀬作品のもつ魅力は、すでに海外においても高い評価を得ていることは、僕たちも十分に承知しており、これも「いまさらいわれるまでもない」ことではあります。

つまりこの本が、「いまさらいわれるまでもない」ことについて書かれているだけの本にすぎず、自分にとっても取り立てて得るものはなかったのですが、しかし、読んでいる間、ずっと気に掛かっていたのは、なぜ冒頭に、わざわざあの見当違いで低次元な淀川発言を据える必要があったのかでした。

まあ「貶しておいてから持ち上げる」というその「落差」によって書くテーマに精彩を与えようとするのは、物書きがよく使う姑息な手法にすぎないといってしまえば身もふたもありませんが、しかし「いやよ、あんな貧乏くさい監督」は、いくらなんでもひどすぎるのではないかと、ずっと気に掛かっていたのです(というよりも、とても嫌な気持でした)。

これってまるで、誰かに取り入るために誰かを貶さなければならないみたいなジレンマを課すみたいな、卑劣さと罪悪感とを読む人間に強いるそんな「いかがわしさ」を感じてしまったからだと思います。

しかし、それはそれでいいのです、そういう手法を駆使した本なら世間にはいくらでもあるし、むしろその方が「常道」なのかもしれません。

自分が感じたのは、「いまさらいわれるまでもない」成瀬巳喜男の魅力について書かれたこの本を読みながら、もしかしたら、ここに書かれているもはや言い古された感のある「成瀬巳喜男の魅力」は、本当に「そう」なのかという疑問でした。

例えば、淀川長治が、その「豪放磊落さ」によって黒澤明が大のお気に入りだったというなら、それはやはり「七人の侍」によってだったろうし、そして「用心棒」や「椿三十郎」によってだったに違いなく、決して「静かなる決闘」に対してではなかったはずです。

そういう意味では、性病と愛する許婚者のあいだで思い悩む女々しさを惜しげもなく描いた「静かなる決闘」は、黒澤明らしからぬ作品だったために、あまり語られることのなかった失敗作だったかもしれませんが、しかし、黒澤作品であることには変わりなく、これを「無視」するというのは、なにか違うのではないかという気がしたのです。

作家が抱え込むこの違和感を、「らしさ」で売るための商業上つくられた「虚像」から外れる異端作「静かなる決闘」を無視せざるを得ない行き方が、一方的な「黒澤明」像を確立させてしまったのではないかとずっと考えてきました。

考えてみれば、かくいう自分だって「静かなる決闘」を実際に見たのは、「豪放磊落」な黒澤明の諸作品を見たのち、かなり経ってからのことだったと思います。

そのとき、自分にとって「静かなる決闘」に相当するような成瀬巳喜男作品とはいったいなんだろうと考えたとき、1953年大映東京作品「あにいもうと」が思い浮かんだのでした。

自分が「あにいもうと」を実際に見たのは、つい最近のことです。

それは「あにいもうと」の語られる機会が、とても少ないことと呼応していることと関係あるかもしれません。

川本三郎の「成瀬巳喜男 映画の面影」のなかでも、この作品のタイトルが出てくるのはたったの二箇所で、それも内容を論ずるなどというものではなく、著名作品と撮影場所が同じとかいう理由でチョロっと紹介されるにすぎません。

そりゃあ「めし」1951や「おかあさん」1952、そして「稲妻」1952、「夫婦」1953、「妻」1953、「山の音」1954から「晩菊」1954、「浮雲」1955と至る成瀬巳喜男のピークを論じるとき、たしかに「あにいもうと」1953の成瀬らしからぬ荒々しさは異色ですし、とても違和感があって、そういう作品をあえて諸作品の系譜のなかに無理やり溶け込ませようとすれば、辻褄あわせがたたって論旨が破綻してしまうかもしれません。

実をいうと、自分もずっとこの「あにいもうと」の荒々しさは、苦手でした。

京マチ子の「もん」はともかく(炸裂するその激しい演技は「羅生門」ですでに経験済みです)、名優・森雅之を粗暴でぐうたらな川人足役で起用するなんて、ミスキャストも甚だしいではないかと人一倍感じてきました。

それは、兄・伊之吉を演じた森雅之が、「妹を思う気持ちは人一倍あるが、それをうまく現わすことのできない兄の、面と向かえば口汚く罵ることしかできない」表面的なことは演じられても、はたして、「妹との深い兄弟愛」という深い部分を演じ切ることができただろうか、という疑問です。

「口汚く罵る」ことの更にその向こうにあるという「妹を思う気持ち」がその演技に感じられてさえいれば、他の著名作品にくらべても遜色なく、この作品がこれまでこんなにも不遇をかこつこともなかったに違いありません。

おそらく、妹を孕ませた学生・小畑(船越英二が演じています)が「もん」を訪ねてやってきたその帰り道、伊之吉が小畑を待ち伏せする場面に、兄が「妹を思う気持ち」をどのよう表現すればよかったのか、そのすべてが掛かっていたのだと思います、そして結果は、残念ながら支離滅裂の印象しか受けませんでした。

最初、伊之吉は小畑に、妹を孕ませたことに激しく言いがかりをつけ、恐喝するだけなのかと思っていると、突然妹とのむかしの思い出をしんみりと語りだし、自分がいかに妹を心配してきたかをしみじみと小畑に訴えかけます。

伊之吉から凶暴な怒りをぶつけられて危害を加えられるのかと恐れおののいていた小畑は、突然妹との懐旧の思いを聴かされる伊之吉のその豹変ぶりに呆然自失して、棒立ち状態に見えてしまいました。

演者の船越英二自身が、その演技の豹変をどう受けていいのか戸惑っている様子がありありとしていました。

それはちょうど、伊之吉の荒々しさが「妹を思う気持ち」にまで辿ることのできない置き去りにされた観客の「呆然」に通ずるものがあったからに違いありません。

暴力を振るっておいて、オマエを殴るのはお前を思う「優しさ」からなどという歪んだアクロバティックな論法に、そもそも無理があったのだと思います。

しかし、世の中にはDVを受けたながら「あの人は私を愛しているから殴るの」とか訳の分からないことを言って別れられない女性もいるとかいうくらいですから、それを思うと森雅之のあの演技の分裂も、結構あれはあれでよかったのかもしれませんね、そんなふうに思えてきました。

キネマ旬報5位。
この年の1位は、今井正の「にごりえ」、2位「東京物語」、3位「雨月物語」、4位「煙突の見える場所」。
同じ原作の映画は、木村荘十二監督による「兄いもうと」1936がある。

(1953大映東京)監督・成瀬巳喜男、企画・三浦信夫、原作・室生犀星、脚本・水木洋子、撮影・峰重義、録音・西井憲一、照明・安藤真之助、美術・仲美喜雄、装置・小宮清、音楽・斎藤一郎、編集・鈴木東陽、助監督・西條文喜、製作主任・西沢康正、装飾・尾上芳夫、小道具・永川勇吉、背景・中村柱太郎、園芸・坂根音次郎、工作・田村誠、電飾・金谷省吾、技髪・鈴木英久、結髪・篠崎卯女賀、衣装・堀口照孝、音響効果・花岡勝次郎、移動・小野秀吉、スチール・椎名勇、記録・堀口日出、俳優事務・中山照子、撮影助手・中尾利太郎、記録助手・三橋真、照明助手・田熊源太郎、進行係・阪根慶一、
出演・京マチ子(もん)、森雅之(伊之吉)、久我美子(さん)、堀雄二(鯛一)、船越英二(小畑)、山本礼三郎(赤座)、浦辺粂子(妻・りき)、潮万太郎(貫一)、宮嶋健一(喜三)、河原侃二(坊さん)、山田禅二(豊五郎)、本間文子(とき子婆さん)、高品格、高見貫、原田該、鈴木信、日下部登、筑紫美枝子、目黒幸子、美川陽子、谷遥子、花村泰子、村松若代、松永倭文子、
2378m(10巻)、1953.8.19
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by sentence2307 | 2015-04-18 11:46 | 成瀬巳喜男 | Comments(2)

旅役者

少し前、成瀬作品「杏っ子」を手ひどくこき下ろしてしまった後味の悪さだけがいつまでも尾を引き、疚しさが執拗に体にまとわり付いて、そこからなかなか抜け出せずにいます。

なんだ、そんなことかと思われるかもしれませんが、成瀬作品をこよなく愛する自分にとっては、これは少なからざるダメージです。

だいたい、いままで自分は成瀬作品を貶したということがありません。

「杏っ子」の小文の冒頭にも書いてありますが、成瀬作品の感想を書くときは常に「まず、褒める」という姿勢で臨んでいます。

しかし、これはなにも「悪い」を「良い」とするわけではなくて、「まあまあ良い方」を「すごく良い」、あるいはいまどきの言葉にすれば「メッチャイイ」とするだけで(だいたい評論などというものは「身贔屓」から出発するのは当然なことで、そもそも批評のツボというのは、自分のコダワリを正当化するという、まさに「偏見の掘り下げ」にほかなりません)、とにかく褒め倒し一辺倒でいままでやってきて、かつて成瀬作品を貶した経験など皆無です。

なので、たとえ「杏っ子」が本当にイマイチ作品だったとしても、あんなふうに口汚く罵ってしまったあとの鬱々した自分の気持ちの持っていきように戸惑い、自業自得とはいえ副作用のような罪の意識に見舞われ苦しんでいるというのが現状です。

たぶん、場の勢いに乗って悪口を言い募る気持ちの良さに酔いしれてしまい、口を滑らせ、必要以上に余計な悪感情を盛り込み過ぎたせいで、疚しさの黒い芽を同時に大きく育ててしまったのかもしれません。

つまり、「杏っ子」という映画が、事実どう形容詞を駆使しても、せいぜいその程度の作品だったのですから、それをそのまま正直にいってみたまでのことで、究極的には自分に非はないとしても、やはり無謀な発言後の心のケアは必要です。

そう言えば、だいたいいつもそうなのですが、知名度が高くて、内容がそれに伴わないイマイチ作品に出会うと反射的発作的にムカムカと苛立ち、激昂にかられて逆上し、とめどなく毒舌が噴出するという心のメカニズムが自分にあるみたいなので(明らかにそれは病的なもので、思えばこれで失敗したことが幾度かありました)、これも性分なので致し方ないものと半分は諦めています。

たぶん甘やかし放題にした放蕩息子(性分)のツケに直面したダメ親爺(自分)みたいなお手上げの心境に近いものがあるかもしれません。

しかし、この嫌な心の状態だけは、なんとか納め所を見つけておかなければなりません、このまま放っておくわけにはいかない。

そこで思いついたことがありました、(自分だけがそう思っているだけかもしれませんが)ここはいちばん、成瀬巳喜男の「隠れた名作」を賞賛しまくって、心のバランスをとるというのはどうでしょう。

これはいい、すごくいいじゃないですか。

そこで「旅役者」を褒め倒すことに決めました、「旅役者」という作品が、ストーリーが進展していくにつれて、次第に現実を突き破ってしまうような底知れないシュールなパワーを持っていて、そこのところに圧倒された記憶と印象の割には、作品自体の知名度がイマイチ低く(自分がそう思っているだけかもしれませんが)、なんだか不当に冷遇されすぎているような、自分的には「成瀬巳喜男の隠れた名作」と思っている作品です。

この作品は数ヶ月ほど前にインターネットで見たばかりなので(それが初見でした)、その印象たるや、いまもって滅茶苦茶リアルで決して古びたりなどしていませんし、過大評価とか過小評価かの心配も一切無用です。

あの「杏っ子」は、成瀬巳喜男にとって、「めし」から始まり「浮雲」に至るまでの怒涛のような「名作」量産時代のピークを越えたころの、そろそろ失速の気配を見せはじめた下降期にある作品と捉えている自分にとって、それを見たときの印象は、成瀬演出らしからぬ余裕のなさと、無駄なチカラが入りすぎた人物の感情表現も雑で繊細さを欠き、それがいっそう観客の登場人物たちへの理解と共感を阻み、物語の最後まで同調できない苛立ちを感じさせた、なんだか嫌な緊張感(いまにして思えば、それがピークを過ぎた成瀬の焦燥感の現われだったのかもしれません)に終始した映画だったなあという印象でした。

たぶんそれは「山の音」1954において同じ父親役を演じた山村聡を定点観察的に比較すれば、容易に察しがつくことかもしれません。

大作家が、生活力のない作家志望の無能男と結婚した娘を、自分の社会的地位を利用し、あらゆる手管を駆使して、亭主から引きはがし、その貧窮した生活から娘を救い出すという(当然、その後の無能男への配慮など、いささかの仄めかしもありません)、考えようによっては、我儘娘の思慮を欠いた結婚から端を発した、なんとも一方的な身内贔屓と身勝手な内輪話というだけで、それだけで十分、観客の共感を得られそうもない条件が揃ってしまった映画といえたと思います。

そのことを考えると「旅役者」の評価には破格のものがあります、ネットでちょっと「評判」を検索してみれば、「どう褒めるか」の違いはありますが、ひたすら賞賛を浴びせかけるといっていい言葉で溢れかえっています。

また、自分の周囲の誰彼に聞いてみても、とても評判がいい傑出した作品といえます。

「杏っ子」に寄せられた悪評価に比べたら、それはまさに雲泥の差です。

ストーリーは、地方巡業の一座の話、うらぶれた信州路の田舎町に六代目中村菊五郎一座(「尾上」にあらず)がやってきます。

一座の当たり狂言は「塩原多助」で、そこで長年馬の役を務めているのは俵六と仙平の息のあったコンビ、特に師匠格の俵六はみずから「日本一の馬の脚」と自慢するほどの芸熱心な「馬の脚役者」で、日頃から、馬の細かい動きなどを観察し、常に芸を精進することに余念がありません。

この菊五郎一座に目をつけた町の興行師・若狭屋と北進館が、一座を呼んで大儲けしようと企み、町の顔役・床甚に、本物の「尾上」菊五郎がくると偽って資金を出させます。

しかし、一座を歓迎する顔つなぎの宴会で正体を知ってしまった床甚は怒り、酔って暴れ回った勢いから楽屋に入り眠り込んでしまいますが、そのとき俵六の商売道具の馬の頭を踏み潰して壊してしまいます。

翌朝、馬の頭が壊されたことを知った一座は、これでは芝居ができないと大騒ぎになります。

あわてた床甚は壊れた馬の頭を提灯屋に直させますが、とにかく提灯屋の仕事なので、出来あがってきたものは馬の頭にはおよそほど遠い丸顔のまるで狐にそっくりの滑稽なしろもの。

これではとても芝居なんか演れないと、俵六はごねます。

興行はひとまず菊五郎の急病ということで中止にしますが、休演で損失は膨らむばかりなので、一座をいつまでも遊ばせておくわけにいかない若狭屋たちは、困り果てたすえに曲馬団にいた本物の馬を連れてきて芝居に使ったところ、これが観客に大受けします。

気をよくした座長・菊五郎も、今後は本物の馬を使うと宣言し、馬役の後ろ足だった仙平には人間の役をふり、俵六には馬の番人を命じます。

機嫌を損ねた俵六は、馬の番をしながら昼間から焼け酒を煽っていると、俵六の名演技を見に来た小料理屋の女・お光とお咲に冷やかされて、それなら俺の芸を見ていろ、こんな本物の馬なんかより、よっぽど俺たちの馬の方が馬らしいんだぞとばかり、後ろ足の仙平と支度を整え、珍妙な丸顔の馬の着ぐるみを着て本物の馬の前で芝居を始めます。

ますます酔いが廻り、興も乗ってきた俵六は夢中になって演じるにつれて次第に激昂し、狐顔のグロテスクな馬のカシラを激しく振りたてて本物の馬をおどかし怯えさせたところ、驚いた馬は小屋の囲いを蹴破って逃げ出してしまいます。

馬の着ぐるみを着た俵六と仙平も、憑かれたように(狂ったように)逃げる馬をどこまでも追いかけ、月明かりの道をひたすら走り去っていくのでした。

宇井無愁のユーモア小説「きつね馬」(直木賞候補作でした)を成瀬巳喜男が自ら脚色・監督したこの映画「旅役者」は、成瀬巳喜男としては、前作「まごころ」1939から一年以上もあいてしまった作品です。

そのブランクの理由は、みずから撮るつもりのシナリオを、病気のためにほかの監督に譲ったり、前年10月に施行された映画法の脚本事前検閲に通過しなかったためだといわれています。

笑いの中にも哀愁が込められたこの作品は、名脇役・藤原鶏太(釜足)と柳谷寛を主役に得たこともあり、地方ロケの背景なども十分に効果を発揮して、成瀬としては、「蒲田時代を彷彿とさせる叙情的な佳作となったものの、戦時色強まる蛮声横行の時代には、作中の馬の脚役者たちのごとく、滅び行くものたちの弱々しい挽歌として埋没した」と解説書にあるとおり、「佳作」とされながらも、しかし、戦時下の民意に合わず「埋没」したと残念がられている作品です。

時代の空気にそぐわず、十分な評価も受けないまま埋没しなければならなかったこの作品の「処遇」を象徴するかのようなエピソードが残っています、クレディットにある「藤原鶏太」(僕たちがよく知っているあの「藤原釜足」と同一人物)ですが、本来の「釜足」という芸名が忠臣・鎌足を愚弄するものと当局から注意を受けて「釜足」を名乗れずに、1940年6月から戦後まで「鶏太」と名乗ったというエピソードが、この作品の運命をも象徴しているように思えてなりません。

あるいは、この作品を評するときによく使われる「笑いの中にも哀愁が込められた」という常套句にしても「埋没」させた元凶を感じます。

「常套句」というものには、微妙で猥雑なものを一言で片付け、ジャンルに整理してしまうという大雑把な強引さと無神経さとがあるばかりで、しかし、実は、その「微妙な猥雑さ」の内容の吟味こそが、物語や映画を楽しむ醍醐味があるのに、いつの間にかその吟味の愉しみを忘れてしまっている、「旅役者」という作品が、単なるドタバタ喜劇として「整理」されてしまったのではないかと思えて仕方ないのです。

例えば、僕たちが、この物語の最初で出会う《「日本一の馬の脚」と自慢する芸熱心な「馬の脚役者」》という設定に、まずは思わず失笑してしまうかもしれませんが、しかし、なんで失笑してしまうのかまでは、考えたくないことを我ながら十分に熟知してもいます。

このままその連想を野放しにしてしまえば、行き着く果てには、なにかとてもヤバイものが控えている気がするからです、もしかしたら、それが「日本一の営業マン」だとか「日本一の経理マン」だとか「日本一の商社マン」とか、それらとなんら変わらない同じものとして繋がってしまうことを薄々感じているからでしょう。

ここで「日本一の馬の脚」だけの失笑や憐笑に留めておかなければ、暴走のまま、果ては「日本一の営業マン」や「日本一の経理マン」や「日本一の商社マン」であることまで、すべてが憐笑の対象になりかねない、それは困る。

ここは、あくまで「日本一の馬の脚」だけの憐笑に留めておかなければならない、僕たち観客を試すものがこの作品には込められています。

しかし、また、この作品になされた解説「笑いの中にも哀愁が込められた」という意味は、ごくつまらない「馬の脚役者」の仕事にだって熱心になれるだけの十分な意味と価値とがあって、それと「日本一の営業マン」「日本一の経理マン」「日本一の商社マン」との間になにひとつ落差のないことが、むしろ分かってくる、果たして「馬の脚役者」とどれだけ異なるものがあるのかという揶揄をこの映画に発見したとき、僕たちは、生きること自体の「意味」と「哀愁」の本当の意味をこの映画「旅役者」から感じることができるのだと思います。

本物の馬よりも遥かに本物らしい自分の「馬」の演技によって、自分の仕事を脅かしている本物の馬を、いまこそ演技において圧倒しなければ、生きる意味とプライドと存在自体も危ういと感じた俵六は、自分の持てるチカラのすべてを掛けて、「馬」(もはや、それは「馬」でさえなく、なんか別の何かになりかけていますが)を追って闇に閉ざされた道をひた走ったのだと思います。

どうにか汚されまいと、プライドを賭けて血相変えて必死にひた走ることなど、僕たちにとっては、ざらにあるほんの日常的な瑣末時にすぎません。

(1940東宝東京)製作・氷室徹平、原作・宇井無愁「きつね馬」より、監督脚本・成瀬巳喜男、撮影・木塚誠一、照明・佐藤快哉、美術・安倍輝明、録音・長谷部慶次、音楽・早坂文雄、
出演・藤原鶏太(・釜足、市川俵六)、柳谷寛(中村仙平)、高勢實乘(中村菊五郎)、山根寿子(氷屋の娘)、清川虹子(小料理屋の女・お光)、清川荘司(市川七右衛門)、御橋公(若狭屋)、深見泰三(北進館主人)、中村是好(床甚)、伊勢杉子(小料理屋の女・お咲)、榊田敬二、林喜美子、石川冷、山形凡平、土屋守、田中利男、大杉晋、澤村春寿郎、辰巳錦吾、築地博、山崎仁左衛門、馬野都留子
1940.12.18 新宿東宝 7巻 1,932m 71分 スタンダードモノクロ モノラル
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by sentence2307 | 2014-08-23 11:46 | 成瀬巳喜男 | Comments(1)

杏っ子

この成瀬作品「杏っ子」を見るたびに感じることがあります、もし、予備知識なしにこの作品を見たとしたら、自分的に、はたして、別のもっと好意的な見方の選択肢もあり得たのだろうかと。

とにかく、成瀬巳喜男作品です、映画ファンを自認するなら「好意的に見る」という立場にはどこまでも固執すべきで、ある程度「まず評価する」という立場の拘りをもって作品に対してもいいのではないかと常日頃考えている自分です。

例えば、あの戦後民主主義映画の珍品「浦島太郎の後裔」1946でさえ、自分はどうにか評価しようと最後まで格闘したくらいの、どこまでも誠実な「成瀬の味方」のつもりでした。

確かに「浦島太郎の後裔」には、好意的な評価の余地は有り得たと思うし、「全否定」というのもなかったと思います。

しかし、この「杏っ子」に限っては、どのような資料を読んでも、この映画の評価の低さには驚くべきものがあります、その有無を言わせぬ断定的否定は、まさに「一蹴する」という言い方が相応しいくらいです。

自分が接した決定的な「一蹴」批評は、田中純一郎の「日本映画発達史Ⅳ・史上最高の映画時代」(中公文庫 昭和51.3.10刊)303頁に書かれていた僅か一行の
「出来栄えは薄汚い」
でした。

なんだよこれは、あの「浦島太郎の後裔」でさえ、結論的に結局は否定だったとしても、そこに至るまでの「やんわり」という節度くらいは一応保たれていたではないか、という憤りに似た思いは当然ありましたが、それでも全否定と改めて念押しされてみれば確かにそうかもしれないなという思いもあります。

「浦島太郎の後裔」は、作品自体なにが言いたいのかさっぱり分からない(世評もそう一致していました)からこそ、「やんわり」程度の仄めかしで十分「否定の意志」は通じたのであって、せいぜいのところ「スミス氏都へ行く」と「ターザン」あたりが合わさった「民主主義バンザイ」映画らしいということがなんとなく通じれば批評としてはそれで十分合格点だったのですが、しかし、この「杏っ子」に限っては、そうはいきません。

作品の言いたいことはよく分かる、「よく分かりすぎる」分だけ、その欠陥は決定的・断定的に徹底して否定されなければならなかったのだと思います。

この作品が言いたいことは、「才能のないやつは、小説なんか書くなよ。せいぜい金でも稼いでろ、まぬけ」です。

小説家になることを夢見て小説を書き続けるそういう夫(そのどこが悪いわけ、と言いたい)を妻・杏子は励ますどころか、彼の「金を稼げない」ことだけを理由に軽蔑の眼で見下し、最初から「あんたなんかね、うちらの父親に比べたらさあ、ただのクズなのよね」などとほざき倒し、あまつさえ夫の人格までをも否定しくさり、なにかというと大作家の父親の名声を持ち出してはひけらかすという実にどうもその鼻持ちならない高慢さといったら、単に大人=妻になりきれない未熟なうすらバカの娘がいるというだけのことなのです。

その背景には常に大作家・平山平四郎が大きく立ちはだかり、自分の取り巻き(大作家ですから当然いるわけですネ)を総動員して婿をいたぶり、さらに追い詰めて、八方ふさがりにおちいった失意の婿に、薄ら笑いを浮かべて「ざまあみろ」と罵倒しているようなグロテスクさです。

そりゃあね、大作家だかなんだか知らないけども、毎日毎日「無能野郎」呼ばわりされて締め上げられれば、誰だって素直になんかなれません、しかも嫌味っぽく「お父さんのおみやげヨ」などといわれたって、思わずカッとくるのがせいぜいで、恐る恐るでもそんな禍々しいもの、蹴りつけずにはいられよかてなものですよね(映画の場面でもそんな感じの情けなさがよく表現されていました)。

この物語のすべてが、大作家の視点から歪められて一方的に描かれているので、「娘には同情的、婿には否定的」な偏見に阻まれた、そのまた向こう側に隠されてある「真実」を見透すことは、たとえ最終的にはこの成瀬作品を否定しなければならないとしても、成瀬巳喜男ファンとしては、きわめて必要で重要な責任ある作業だろうという認識でこの考察を進めました。

だいたい、この娘・杏子が、結婚相手を決めるまでの過程に、幾つか不自然な点のあることを指摘しないわけにはいきません。

高名な小説家・平山平四郎(山村聰が演じています)一家が、東京の戦火を避けて高原の町に疎開してくるところから、この物語は始まっています。

しかし、疎開先でもやはり物資不足で、なにかと不自由する平山一家に、近所に住むラジオ修理業の青年・漆山亮吉(木村功が演じています)は、日用品の買い付けなど、なにくれとなく世話をみてくれます。

一方、婚期にある平四郎の娘・杏子(香川京子が演じています)には、世話する人があって、その紹介で東京から見合いの相手がひっきりなしに訪ねてくるという日常が続いていますが、杏子はどの見合い相手も物足りなく、イマイチ結婚相手を決めかねているという状態です。

あるとき、東京から、法務省の役人で伊島という見合い相手がやってきて、彼の女扱いに馴れた柔らかな物腰にとてもリラックスできた杏子は、伊島にすこし気持ちを動かされます。

そんなおり、杏子と伊島の二人の姿を見かけた亮吉が、あとで杏子に「自分は戦地で伊島と会ったことがある、そのとき彼の不潔な面を見た」と伝えます。

どういう「不潔」なのかは、杏子にも観客にも、はっきりとは知らされずに、その事実は隠されたまま、一方的に想像を掻き立てられ、妄想の中でだけ「卑猥さ」は増幅されて、実際以上の得体の知れない妄想の怪物に膨れ上がってしまったかもしれません。

さらに亮吉は平四郎に、「あんな男が求婚できるのだから、自分にも求婚する資格がある。杏子さんを自分にくれ」と杏子と結婚したい旨の希望を伝えます。

現実問題として他人から「彼の不潔な面を見た」などといわれたら、それがどのような「不潔」なのか、さらに問いたださずにはいられないはずです、それが人情であり道理というものでしょう。

問いただせば、なんだそんなもの「不潔」でもなんでもないじゃないか、問題にもならないと、あるいは、当人だけが「不潔」と感じる程度の主観的な感想に留まる、取るに足りないことと判明するかもしれません。

いや、むしろ、それを「不潔」と感じてしまうこと自体に、彼の異常な潔癖さ、道徳的限界の危うさを示している、彼自身の異常さの証明になってしまうものなのかもしれないのです。

それに、「(不潔な)あんな男が求婚できるのだから」という不潔をひとつの尺度とする考え方こそ、とても奇妙な歪んだ発想といえます。

しかし、ここでは、なによりも、そういうこと一切を追求しようとしない杏子の無関心さこそ、とても奇妙で、いちばんに疑問としなければならないことかもしれません。

そして、父・平四郎が、亮吉と結婚する意志はあるのかと杏子に尋ねる少し前のシーンに、杏子が、平四郎に読んでもらうために亮吉が託した原稿を、ひそかに見るという場面が挿入されていました。

しかし、なぜ、ここにこのような場面を挟む必要があったのかが、どうしても解せないのです。

「亮吉の原稿を読む」→「亮吉との結婚を承諾する」と続くならば、彼女は、当然亮吉の才能をある程度認めたと解さなければこのストーリーはとても不自然になってしまいます。

そして、ひとたび彼の才能を認めたのならば、父親がなんといおうと自分の直感を信じて、愛する人=伴侶に自分の人生のすべてを賭けるべきだと考えるのがフツーの人の考え方です。

たぶん、ここでいう「貧乏」というのは、別の次元の問題なのであって、「貧乏」だから「不幸」だとするのは筋違いの逸脱の論理でしかない。

あるいは、物語の中で杏子が言っていた「父親の書いたものは一切読んだことがない」という言を信じるのであれば(敷衍して「彼女には小説の巧拙が分からない」としても)、彼の才能を信じる、という彼女の思いをいっそう妨げないものと考えられます。

過保護親父が未熟なドラ娘をあたかも自立した良識ある女性であるかのように「えこひいき」して無理やり描こうとしたことに、この物語の破綻のすべての原因があるように思えて仕方ありません。

この小文の締め括りに、室生犀星の娘・朝子と結婚し、そして別れた「青木和夫」なる人物の劇的な「その後」をインターネットで検索し、大向こうをアッと言わせるような事実を探してみようとしたのですが、残念ながら興味をそそるようなネタなどなにひとつネットには転がっていませんでした。

しかし、負け惜しみではありませんが、その荒涼とした空白は、才能なきひとりの青年が、絶望の果てについには口を噤まねばならなくなった虚の深さをそのまま表しているように思えてなりませんでした。

あるいはまた、観客からは決して共感を得られることのない不毛な役・杏子を懸命に演じた香川京子にしても、泥沼のような役に必死に取り組むことで「現実」の深みに嵌り込み、リアルかもしれないが「女優」である必要性も同時に失ってしまうような演技の荒廃ぶりには、ただ暗然とするばかりでした。

これがあの「東京物語」において背筋を伸ばして気高く高潔な娘役を演じた香川京子と同じ人物なのかと眼を疑いたくなり、暗澹たる欝に見舞われたことをひとこと申し述べておかなければなりません。

(1958東宝)監督・成瀬巳喜男、脚本・田中澄江、成瀬巳喜男、原作・室生犀星、企画・森岩雄、製作・田中友幸、音楽・斎藤一郎、撮影・玉井正夫、美術・中古智、録音・藤好昌生、宮崎正信、照明・石井長四郎、編集・大井英史、チーフ助監督・川西正純、製作担当・島田武治、整音・宮崎正信、現像・東宝現像所、
出演・香川京子(平山杏子)、山村聰(平山平四郎)、夏川静江(平山りえ子)、太刀川洋一(平山平之助)、木村功(漆山亮吉)、中北千枝子(漆山すみ子)、三井美奈(山本りさ子)、中村伸郎(八木原俊雄)、小林桂樹(田山茂)、加東大介(菅猛雄)、賀原夏子(村井えん子)、沢村貞子(鳩井夫人)、佐原健二(鳩井息子)、林寛(佐藤博士)、千秋実(吉田三郎)、三田照子(吉田さち子)、藤木悠(岡田)、土屋嘉男(伊島)、河美智子(杏子の友人)、佐田豊、馬野都留子、森啓子、林幹、北野八代子、江幡秀子、河辺昌義、三浦常男、草間璋夫
11巻 2,991m 白黒
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by sentence2307 | 2014-08-16 20:26 | 成瀬巳喜男 | Comments(1)

はたらく一家

ここのところインターネットの無料動画にハマっています。

未見の映画が何本も公開されていることを知り、片っ端から見てやろうと頑張っています。

つい先日も成瀬巳喜男の1938年製作「はたらく一家」を見ました。

この作品は、自分のところにも録画したものがあるのですが、TVの前に座っている時間よりも、パソコンの前にいる方が、はるかに長い最近の生活習慣からいうと、パソコンで映画(「だけ」でないところも凄いことですが)を見られるということの計り知れない利点を痛感しています。

たとえば、映画鑑賞が机の上でできるので、近くの書棚からキネマ旬報社の「日本映画監督全集」をすぐに取り出せたり、「俳優名鑑」やそのほかの資料も傍らに積み上げておいて映画が見られるので、自分の映画鑑賞環境は、このところ激変した感じです。

この「はたらく一家」もそういう環境下で見た1本でした。

さて、この作品の見終わったあと、はたしてこの作品が、本当に成瀬らしい作品といえるのか、それとも、らしからぬ作品なのか、ちょっと思い悩んでしまいました(どのような映画を見たあとも、シンプルな質問を一応設定し、自分に問い掛けてみることにしています)。

というのも、この作品は、プロレタリア作家・徳永直の短編小説を成瀬巳喜男が脚色したということなので、本来なら「貧乏好き」の成瀬巳喜男のことですから、プロレタリア文学とは感覚的にごく近しいはずなのに、まあ、製作年からみて、いまだ「成瀬演出の未成熟」という部分を一応差し引いて考えたとしても、なんだかたどたどしく、後年僕たちが見るような、主人公が縷々煩悶し絶望し失意に向けて下降しながらも、諦念の中にあって微かな光明を見出していくという成瀬演出の核というか、繊細な部分を見い出すことができなかった、いわば「ミスマッチ」というか、違和感がどうしてもぬぐえませんでした。

この違和感は、いったいなんだろうと思い悩んだわけで、手元にあった幾つもの資料をめくり・めくり読んだのですが、そこには、どれもだいたい同じような書き方・見方をしているものばかりでした。

代表的なものをちょっと書き写してみますね(資料といっても、目に付いたものを手当たり次第に複写してアナログ的に編綴しているだけなので整理が行き届かず、出展を明記できない場合も多々あり、これもそのひとつであることをオコトワリしておかねばなりません、乞寛容)。

《貧しい大家族を舞台に、自立するために家を出て苦学して資格をとりたいと願う長男と、その長男に同情し、兄の思いに自分たちの将来の不安をも投影せざるを得ない弟たち・否応なく家族の家計を背負わされた子供たちの反抗を受けて、その苛立ちを心情的には理解しながらも、大家族を抱えて息子たちの収入を当てにしなければならない不甲斐ない父親の、息子の自立をどうしても認めてあげることができない父親の葛藤の物語が、成瀬の温かい眼差し(この指摘は、あきらかに間違っています)によって描写されている。
日常的生態描写の連続のなかで、そこから脱出しようとする長男の焦りと、それを理解しながら叶えてやることのできない父親の苦衷と葛藤が、この映画の主題として浮上している。
成瀬にとっては、かつて体験した現実に近く、後年《たいへん気持ちよく撮れた、好きな作品です。僕の一番よく分かっている貧乏の話ですからね。》と回想しているくらいだが、それだけに、視野が一家の貧困の現実に限られ貧困の環境にまで及んでいない。
「はたらく一家」といいながら、彼らが実際に働いている場面がないのは、彼自身が脚色したことによる客観性の不足だろうか。
したがって貧困の構造も見えず、曖昧で無意味な結末に終わってしまったのは当然であった(原作でも未解決のままだが)。
とはいえ、これは安定した技術をもとに久々の成瀬らしい作品となった。》

ここに書かれた批評の要諦は「視野が一家の貧困の現実に限られ貧困の環境にまで及んでいない」の一文に集約されます。

しかし、これは、なんの見識もない左翼批評家が、プロレタリア文学の立場と称し、多くのすぐれた芸術作品を批判する(実は「批判」でもなんでもなく、オトシメルというのが実態でした)ときの常套句みたいにして乱用されたものと同質のものにすぎず、カレらは、この無思考で愚劣なフレーズを駆使することによって、多くの芸術家たちの若い芽を摘み取ってしまったことを改めて想起する必要があります。

つまり、この成瀬作品が、一家の貧困の描写ばかりにとらわれ、「貧困の環境」を一向に描いていないと批判しているわけですが、その「貧困の環境」とかいうのは、いったいなんなんだということでしょう、逆に、そんなものを描いてどうするのだという気がします。

あらゆる芸術が、大衆を教育することや、啓蒙するためだけに「有効な手段」でなければならないという定型の観念に成瀬作品を無理やり取り込もうとした愚かな一文というしかなく、この成瀬作品の要点をはずした、まったくの見当違いの評文というしかありません。

極貧のなかの一家の困窮を救うために、息子は、もっといい給料を得ることのできる資格を取ることを思い立ちます。

そのためには、自分に勉強する時間を与えてほしい、たとえいまは苦しくとも、この時期を耐えれば、いつの日か近い将来にきっと希望が持てる時がくる、と家族を説得します。

家族を現在の苦境から救い出し、将来の展望を断たれたような自己犠牲ではない、自分の将来につながる家族再生のための計画なのに、いま息子たちの給料を当てにしている目先のことしか見えない親には、どうしてもそれが届きません。

ここには、苦しすぎる「いま」を乗り越えられない「貧困」の苛烈さ残酷さが描写されているのですが、しかし、この成瀬作品は、ただそれだけを描こうとしているわけではないと感じました。

夢を断たれ、仕方なく家族のために再び将来の見えない「労働」に戻ることを決意した長男・希一の思いの中には、不思議に「悲壮感」というものは感じられません。

そこには、静かな諦念のなかで、延々と続けられる日常に立ち戻っていく庶民の揺るぎないリアリズムが、しっかりと捉えられているからかもしれません。

この作品「はたらく一家」が撮られた1939年は、苛烈を極めた戦時下にあって、その実力を発揮できずに低迷を余儀なくされたことが「日本映画監督全集」を読んでいると実感できます。

それなりにキャリアのある日本映画界の巨匠たちが、若い世代の監督たちのように軍部の求めに呼応し、変わり身早く時局に迎合して器用な戦意高揚映画を撮るなど、そうやすやすとできるはずもなかったことを考えれば、その「低迷」も当然の結果だったかもしれません。

時代に対して超然と距離を保った小津安二郎にしろ、どうにか自分なりに「時代」を消化しようとして七転八倒した溝口健二などに比べると、成瀬巳喜男の「時代」への対し方は、いかにも成瀬らしい、消極的で女々しい印象(もちろん、テコでも動かない頑固な芯の強さを隠して、ですが)を受けます。

だからといって、その軍部の圧力の反発から、素直に「ブロレタリア文学」的な思潮に同調できたかということの答えが、クシクモこの「はたらく一家」に描かれているのだと思います。

(1939東宝東京撮影所)製作・武山政信、原作・徳永直、監督脚色・成瀬巳喜男、製作主任・大岩弘明、演奏・P.C.L.管弦楽団、装置・撮影・鈴木博、美術・松山崇、音楽・太田忠、録音・下永尚、編集・岩下広一、照明・岸田九一郎、
出演・徳川夢声(職工・石村)、本間教子(女房・ツエ)、生方明(長男・希一)、伊東薫(次男・源二)、南青吉(三男・昇)、平田武(四男・栄作)、阪東精一郎(五男・幸吉)、若葉喜世子(長女・ヒデ)、大日向傳(小川先生)、椿澄江(喫茶店の娘・光子)、真木順(工場の組長)、藤輪欣司(職工)、
65分、35mm、1787m(8巻)白黒スタンダードサイズ 3月11日・日本劇場 1939.03.11 
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by sentence2307 | 2012-12-02 11:30 | 成瀬巳喜男 | Comments(3)

禍福 (前篇・後篇)

ストーリーが展開するために必要な、いわば物語の推進力みたいなものが、登場人物たちの葛藤や軋轢によって生み出されていくものなら、この成瀬巳喜男作品「禍福」は、僕たちにとても奇妙な印象を抱かせる作品だと思いました。

なぜそのように感じたかというと、この壮大な愛憎劇のなかで繰り返し描かれる衝突は、つねに奇妙な形で収束されて、その都度繰り返し挫折を強いられるという印象を抱かされるからかもしれません。

愛する者の背信行為によって生じるはずのそれぞれの憎悪が、その都度あまりにもあっけなく、そして、それが奇妙な相似形を保ちながら、ことごとく挫けてしまうということでしょうか。

愛する人の思いを裏切り、そして自分を傷つけ・苦しめた相手に対して、当然抱くはずの憎悪は、その都度、登場人物たちの無責任な逡巡と、なりゆき任せのような煮え切らない態度によって、当初観客が当然に思い描いていたストーリー展開とは、まったく別の方向へ動き始めていくという局面に、絶えず晒される(正直なところは「裏切られる」とでも言った方が相応しいのですが)ことになるからだろうと思います。

例えば、その最初の例としては、豊美(入江たか子)との結婚まで約束した皆川(高田稔)が、経済的苦境にある実家の父親から強硬に仕組まれた持参金付きの娘との結婚に、反発しながらも肉親のシガラミに囚われて断り切れず、仕方なく見合いだけはしなければ義理が立たないということで帰郷する物語の発端部分に、それはまず登場します。

許婚者・豊美には、心配はいらない、すぐに戻ってくるからと言い残して、気の進まない見合いに臨んだはずの皆川は、幼馴染でもある美しい見合いの相手・百合恵(竹久千恵子)に逢うと、すぐに心惹かれてしまいます。

この場面の描写は、観客には、皆川の一方的な「ひと目惚れ」のように見えてしまうかもしれません。

しかし、たとえ「ひと目惚れ」にしても、東京には許婚者が待っている身であり、心配は要らない、自分はただ親への義理から嫌々いくのだから待っていてくれとまで言って帰郷しているのです。

それをすんなり心変わりするなんて、あまりといえばあまりの仕打ちです。

物語は、そのとき棄てた許婚者のお腹には皆川の子供が宿っており、結局皆川には、告げられることのないまま、この子供はひそかに産み落とされ、物語はさらに錯綜していくこととなります。

そして、もう一度、似たパターンが繰り返されることになります。

豊美が働いている洋裁店の客として現れた百合恵と豊美は、意気投合して友人つき合いを始めますが、やがて彼女が皆川の妻だと知って驚きながらも、豊美はどうしても百合恵個人を嫌いになることができません。

まさにこれは、皆川が百合恵に出会って、彼女の魅力に囚われてしまい、どうしても別れられなくなってしまった「あの状況」とまったく同じケースです。

この映画の随所に仕掛けられている罠は、もっとも憎まなければならないはずの相手をいざ前にすると、その魅力に囚われてしまい、いままで自分が最愛の人だと思っていた相手が急激に色褪せてしまうという挫折を繰り返すことによって、ストーリーは縺れに縺れ、こじれにこじれてしまいます。

考えてみれば、その後繰り返し製作され、ヒットした大恋愛メロドラマ(運命的な出会いによって、ただひとりの人への愛を一途に貫く)といわれる作品と比べるとき、この作品の特異さは、きわめて際立った特徴を有しているといえるかもしれません。

みんながみんな、こんなにも惚れっぽかったら、物語は根本的に成立しなくなるだろうし、後年に撮られる「浮雲」を知っている僕たちにとって、この作品にみせている成瀬巳喜男の集中力の途切れが、そのまま作品に反映してしまったかのような印象を受けた作品でした。

(1937東宝東京)監督・成瀬巳喜男、原作・菊池寛、脚色・岩崎文隆、撮影・三浦光男、美術・北猛夫、録音・鈴木勇、音楽・仁木他喜雄(前篇)、伊藤昇(後篇)
出演・入江たか子、高田稔、丸山定夫、英百合子、船越節子、生方明、伊東薫、入江たか子、御橋公、伊藤智子、竹久千恵子、汐見洋、三条利貴江、逢初夢子、大川平八郎、嵯峨善兵、神田千鶴子、清川玉枝、

(前篇)2138m 9巻 10月 1日 日本劇場、(後篇)2151m 9巻 11月 11日 日本劇場
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by sentence2307 | 2009-05-10 09:59 | 成瀬巳喜男 | Comments(190)

怒りの街

現代から見ると、成瀬巳喜男作品のタイトルのなかで、突出した違和感を覚える作品といえば、1950年製作の「怒りの街」ではないでしょうか。

こんなにストレートなタイトルは、後にも先にも成瀬巳喜男の作品群のなかでは極めて珍しいのではないかと思います。

この堂々たるタイトルの響きからすると、つい山本薩夫監督の作品や今井正監督の作品の戦闘的なイメージを抱いてしまうのも無理ないわけですから、なおさらその落差に違和感を覚えたのは仕方ありません。

実際僕もそうでした。

そこで、タイトルの頭に「怒り」などという言葉の付く映画がどれくらいあるのか、つい調べてみたくなりました、寄り道ですが。

手近にあった資料から拾い出してると、ざっとこんな感じでしょうか。

今井正監督「怒りの海」1944東宝砧、
久松静司監督「怒れ三平」1953大映、
小沢茂弘監督「怒れ!力道山」1956東映、
久松静司監督「怒りの孤島」1958松竹、
長谷和夫監督「怒りの男、続青雲やくざ」1965松竹、

これらの意気のいいアクティブな諸作品と、成瀬巳喜男監督の物静かな作風がマッチするわけがないという確信はあるのですが、しかし、そんなことを検証するために、映画を「観る」ということになれば、ちょっと躊躇せざるを得ません。

映画を見るという素朴な楽しみが歪められ、変な先入観でガンジガラメに縛り付けられて、義務のように強制的に見せられるみたいなのはゴメンです、決していい気持ちはしません。

しかも、実際に「怒りの街」を見るずっと以前に、多くの評者たちのあまり芳しくない文章を散々読まされてきているだけに、気持ち的に一層の重荷になっていました。

批評のほとんどが
「(成瀬巳喜男の)類型的でモタモタした人物描写が、時勢の急激な変化についていけず、結果的に戦後風俗のけばけばしさへの追随に終わっただけという印象で、結果、なおさら成瀬巳喜男の不振を増幅させて、ほとんど過去の人扱いされかけていた。」
といったものだったのですから。

こんなふうな先入観を持たされて映画を見るというのは、実にシンドイ作業なので、この作品を見るのを先送りにしてきたというのは、たぶん仕方のなかったことだったと思います。

そして、つい最近やっと、どうにかモチベーションを高めて、この映画を見ることができました。

どういうふうにモチベーションを高めたかというと、この映画に使われた丹羽文雄の小説が「光クラブ事件」に大きく影響を受けた小説だということを知ったからでした。

東大生が金融業で成功するが、やがて行き詰まって自殺するという戦争直後の目的意識を失った青年たちのアプレゲールという時代的風潮を象徴するような超有名な事件です。

むかし、三島由紀夫の「青の時代」を読んで感動したことを思い出しもしました(この事件をモデルにした小説は、ほかに高木彬光「白昼の死角」、北原武夫「悪の華」などがあります。)。

それまでは確固たるものだった価値観が、敗戦によって脆くも崩壊するのを目の当たりにした青年たちは、戦時下の「純粋な死」をはじめ、総てがただの嘘っぱちにすぎなかったことを知って深く傷つきます。

すべてを失ってしまった彼らは、逆に、この愚劣な社会を生きるためには、有能な者・強い者だけが成功を約束され、そのためのすべての行為が許される戦後を生き始めます。

この選民意識(エリートには、すべてのことが許される)の奥底には、きっと、時代に裏切られた若者たちの虚脱と悲しみの憤りが潜んでいます。

この映画のタイトル「怒りの街」には、そういう意味が込められているのかもしれないなと勝手に解釈しながら、果たしてこの成瀬作品に、その辺りの「時代の苛立ち」みたいなものが描き切れていただろうかをという思いで見てみました。

しかし、この映画に登場する誰もが、どんどんエスカレートしていく須藤の非行を理解不能という眼差しで見つめているだけです。

誘惑して騙して棄てた娘の父親の差し金で、ヤクザに顔を切られた須藤が、「今度は、この傷を売り物にしてやる。」と嘯くラストの場面にそれは端的に示されています。

この男の真意を測りかね、また、どういう理由でこのようなことを言うのか、どう演出したらいいのか、混乱の極にいる成瀬巳喜男の迷いをはっきりと感じることができます。

それは、確かに成瀬巳喜男の時代認識の限界だったかもしれない。

しかし、そのような時代に翻弄されたゲスな心情を理解できないことが、果たして映画監督の限界なのか、僕にはどうしても納得できませんでした。

「限界」を、あたかも衰弱や時代遅れの迷妄のようにとらえる意味での「限界」なら、それは違うと思いました。

小津安二郎の描いた閉ざされたササヤカな世界は、それこそ限界的な世界だったといえると思うし、ひたすら「人間」にこだわり、そして囚われた黒澤明にしたところで、その極端な映画の世界は、いわば限界そのものだったといえるかもしれないではないか、という気持ちです。

この「怒りの街」もまた、成瀬巳喜男のスランプ時代の一作として認識されているのだとしたら、この作品も時代に対して否定的に(理解不能という仕方で)反応した作品であることをしっかりと認識しなければいけないのではないかという気がしてきました。

それらのどれもがすべて「成瀬巳喜男の世界」を形作っている重要な要素としての作品なのだと思いはじめてきました。

(1950東宝・田中プロ)製作・田中友幸、監督脚色・成瀬巳喜男、原作・丹羽文雄、脚色・西亀元貞、撮影・玉井正夫、照明・島百味、録音・三上長七郎、美術・江坂実、音楽・飯田信夫、
出演・宇野重吉、原保美、東山千栄子、村瀬幸子、若山セツ子、浜田百合子、久我美子、木匠久美子、志村喬、岸輝子、柳谷寛、木村功、菅井一郎、立花満枝
1950.05.14 9巻 2,878m 白黒
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by sentence2307 | 2009-04-29 15:52 | 成瀬巳喜男 | Comments(2360)

乱れ雲

日本ばかりでなく、世界の経済が大変なことになっているこの時期、まさかチャラチャラした忘年会でもないだろうというわけで、結局昨年(まだ一週間と少ししか経ってないので、この「昨年」という言い方には、なかなか慣れることが出来ません)は、いつもの忘年会は取り止めになり、それぞれの課ごとに有志が集まって、ささやかや会が持たれました。

それまでの「忘年会」は会社の事業の一環なので、名目上は自由参加となっていましたが、事実は半強制的なもので、僕たちの時代には、欠席すれば昇進に関わるという強迫観念的な認識を多くの社員は持っていて、それが「結束感」にも「切磋琢磨」にも繋がって、逆に社員間のいい競争を刺激していたと思います。

しかし、自由参加とした今回の忘年会に集まった社員は中年以上の社員がほんの僅か、経済の好不況というものが、こういう認識まで変えてしまうのかと、なんだか感無量(この言葉を、こんなふうに使っていいものかどうかは自信ありませんが)でした。

寂しい忘年会に参加しながら、まるで「会社内の結束なんて、セイゼイこんなものさ」という若手社員たちのシビアな認識を眼前に突き付けられたようなショックを受けました。

その衝撃があまりに大きかったので、どうしても自分ひとりの中に納めておくことに耐えられず、思い余って隣に座っていた経理の深野さんにその気持ちを愚痴りました。

その深野さんの言葉です。

「かえって良かったんじゃないですか。
この忘年会に参加した人たちは、強制的に狩り出されて嫌々参加した人たちじゃありません。
まさか昇進という餌に釣られて、強迫観念でこの席に座っている人もいないでしょうしね。
そんな必要もないわけだし。
僕たちの時代、会社が自分の家で、同僚を自分の家族みたいに思っていたじゃないですか。
グローバル化した経済の現代から思えば、随分と甘い認識だったかもしれませんが、そういうものを信じることができた時代に働けたということは、幸福だったんだなあとつくづく感じます。
今日この席にいる人たちは、変な雑念から自由でいられて、しかも信じることを知っている或る意味《幸福な人たち》なんですよ。」

ただここまでなら、昔を懐かしむ中年男のありきたりな述懐にすぎません。

僕が映画好きなのを知っている深野さんは、突然こんなふうに続けました。

「最近、成瀬巳喜男の『乱れ雲』を見たんですよ。アレ見たことあります?」

見たことあります?どころじゃありませんよ。

ストックしてある作品で繰り返し見ている大好きな成瀬作品のひとつです。

ただこの成瀬作品の世評が、あまり芳しくないことも知っていましたので、そのことも深野さんに話しました。

「そうなんですよ、ひどいのになると『浮雲』以来、成瀬巳喜男は碌な作品を撮れなかったなんて書いている批評家さえいますからね。
碌な作品を撮れなかったという中には当然『乱れ雲』も入っているでしょうからね。」

そうそう、それは僕も読んだ記憶があります。

成瀬巳喜男は、晩年まで、ついに1950年代の諸作品をしのぐ作品を撮ることができなかった、という例のアレですね。

深野さんは言いました。

「じゃあ、あなたも『乱れ雲』は到底『浮雲』に及ばなかったと思っていますか。」

なにも世評を鵜呑みにしているわけではありませんが、いままで、そうやって比較して考えたことがなかったので、答えに窮していると、深野さんはこんなふうに話してくれました。

「当時のことはよく分かりませんが、『乱れ雲』の不評は、きっと『浮雲』との比較において為されたんじゃないかなと思います。
『浮雲』の幸田ゆき子(高峰秀子が演じています)は、この世の中のなにもかもを打ち棄てて、うらぶれた駄目男・富岡(森雅之)の赴任地・屋久島まで付いていき、彼の地で野垂れ死にます。
世俗にまみれ、汚れきり、この世のすべてに絶望しながら、ただ一人の男に付いていこうというこの薄幸の女の決意の純粋さは、その「野垂れ死に」によって更に浄められたかのような感動を観客に与えました。
そういう『浮雲』の感動の記憶を持った観客や批評家たちが、『乱れ雲』の冷ややかなラストを見たら、突き放されたような失望感を抱くのは当然だったかもしれません。
江田由美子(司葉子)は、最後には結局、三島史郎(加山雄三)の赴任地へは同行しません。
そこには、どうしてもそうできない由美子のワダカマリ(三島が夫を轢き殺した加害者でもあること)があったかもしれませんが、その障碍をどうしても乗り越えることができない由美子の描き方を通して成瀬巳喜男の衰弱を、いまだ『浮雲』の純粋な愛のカタチに感動した記憶を持ち続けていた観客や批評家たちは、鋭敏に感じ取ったのだと思います。」

僕は、深野さんの話しをここまで聞いてきて、なぜ深野さんが『乱れ雲』や『浮雲』の話を始めたのか、その唐突さの理由が分かりました。

濃密に働いてきた僕たちの世代の象徴的な姿が「幸田ゆき子」なのであって、この席に姿を見せない合理的で淡白な若い社員たちが「江田由美子」の生き方なのだと言いたかったのだと感じました。

最後に深野さんはもう一度「『乱れ雲』は、『浮雲』に到底及ばなかったと思いますか。」と質問してきました。

なんだか優劣をつけるなど無意味な気がしてきました。

ただ、これだけは言えるかもしれません、ある時代には描けたものが、別の時代では描けなくなってしまっただけなのだと。

それは衰弱でもなんでもない、その時代が求めるそれぞれのカタチだったのだと思います。

そのとき、僕の気持ちが、忘年会に出席しなかった若手社員たちを弁護してあげたいような気持ちに傾きかけていたことは、事実でした。

(1967東宝)製作・藤本真澄、金子正且、監督・成瀬巳喜男、監督助手・高橋薫明、脚本・山田信夫、撮影・逢沢譲、音楽・武満徹、美術・中古智、録音・藤好昌生、整音・下永尚、照明・石井長四郎、編集・大井英史、製作担当・古賀祥一、現像・東洋現像所、
出演・加山雄三、司葉子、草笛光子、森光子、浜美枝、加東大介、土屋嘉男、藤木悠、中丸忠雄、中村伸郎、村上冬樹、清水元、十朱久雄、浦辺粂子、伊藤久哉、竜岡晋、左卜全、小栗一也、草川直也、佐田豊、一の宮あつ子、中川さかゆ、青野平義、田島義文、松本染升、石田茂樹、赤木春恵、津路清子、浦山珠美、音羽久米子、宇野晃司、小川安三、アンドリュー・ヒューズ、デイヴ・ビューリントン
1967.11.18 8巻 2,954m カラー 東宝スコープ


【以下は、ボツにした書き出し部分です】

昭和30年のキネマ旬報ベスト1に「浮雲」が選出され、最高の評価を受けたことは、その後の成瀬巳喜男の仕事を考えると、必ずしもいいことばかりではなかったのではないかと、つい考えてしまいます。

「浮雲」以前に撮られた成瀬作品と、「浮雲」以後に撮られた作品とを引き比べてみれば、余計な力みが入ってしまって空回りしているような印象が、実感としてありました。

それらの作品から、あのゆったりとした成瀬巳喜男らしさは影を潜め、ぎすぎすした題材と、せかせかとした話運びがどうしても気になってしまいます。

題材的にも、ずいぶんと無理しているなという感じも受けました。

しかし、これも「おしなべて」の印象にすぎず、この時期の成瀬作品に優れたものがなかったと思っていたわけではありません。

ただ、印象としての「空回り」を感じるたびに、キネマ旬報ベスト1という評価を、過重なプレッシャーと感じた足掻きがが、そこにあるような気がしてきました。

しかし、僕のその所感―もはや成瀬巳喜男は「浮雲」に匹敵するだけの作品を残すことができなかったのだという―は、「乱れ雲」を見たときに一挙に崩れました。

遺作「乱れ雲」を見て、その生涯の最後で、成瀬巳喜男は、「浮雲」に匹敵する作品を残したことを知りました。
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by sentence2307 | 2009-01-03 20:41 | 成瀬巳喜男 | Comments(64)

朝の並木路

最近、成瀬巳喜男の1936年作品「朝の並木路」でちょっと不思議な体験をしたので、ここに書いておこうと思います。

因みに、このタイトルは、「あした・の・なみきみち」と読むのだそうですね。

この作品のタイトル「朝の並木路」があまりに内容と合致しないので、このタイトルに出会うたびに、いまだ見てない成瀬作品と思い込んで、繰り返し見てしまいます。

見始めれば、ああこの作品か、既に見ているということがすぐに分かるのですが、それからまた数年経つと、依然として内容と乖離したこの孤立したタイトルに釣られて、改めて見てしまうということを繰り返しています。

なぜこのタイトルが自分の中で内容と一体になって定着しないのか、同じことを繰り返すたびに堪らない苛立たしさをもてあましていました。

何度も繰り返して見ているために、内容は隅々まで覚えてしまっているのに、そのタイトル「朝の並木路」とは、どうしても結びつきません。

たぶんこのタイトルから真っ先にイメージするのは、どうしても「爽やかな朝の散歩」くらいのイメージしか思い浮かばず、本編の息詰まるような水商売の女性の生活などイメージできなかったからだろうと思います。

それにP.C.L.のネーミングの「無意味さ」は当時から随分話題になっていたということですから、その辺の影響もあったかもしれませんが。

しかし、それなら、その作品の内容があまりに希薄なので、印象に残らなかったのかといえば、そんなことはありません。

地味な田舎の暮らしに耐えられず、華やかな東京の暮らしに憧れて上京してきた若い女性・千代を待っていたものは、上辺だけの華やかさとは裏腹な過酷な都会の現実です。

カフェーの女給(使うのが憚られる言葉ですが、確か映画の中でもそのように使われていたと思うので使います)くらいしか仕事がなく、また、そういう場所に憂さを晴らしに来る客たちの、それぞれ屈折した怠惰な閉塞感に囚われ、自分は一生こうした暮らしから抜け出せないのではないかと足掻き迷う女性の気持ちが、成瀬巳喜男らしい繊細な感覚で描かれています。

当時の批評家たちから、「巧妙な演出だが、自分の限界に留まって安全から脱しない低回趣味」とか、「線の細い感情の針で作られていくものには脆弱な興味があるが、逞しい情熱が感じられない」(水町青磁)などという成瀬監督の資質を無視したところで、無い物ねだりのような評価が下されていたらしいのですが、しかし、この作品には、脆さや弱さだけと片付けるには済まない、もうひとつの踏み込んだ迫真の描写があるように思いました。

それは、何度か見ているうちに、どうしても理解できないラスト・シーンにあるのではないかと気づいた部分です。

千代は、結婚をぼんやりとですが意識するくらい好感をもっている客の小川(大川平八郎が演じています)が、突然転勤を告げにきたとき、別れ際に彼が渡していった連絡先のメモを破いて川に捨ててしまいます。

何度見ても、このシーンの千代の本心がどうしても分かりませんでした。

一度は結婚まで夢見た相手です。

連夜カフェーに通う金を捻出するために、小川が公金を着服するという不吉な連想(その不安は、具体的に「夢」を見るということで現されています。)があったとはいえ、それはどのようにも否定出来るただの夢にすぎません。

僕は、幸か不幸か繰り返しこの場面を見ているうちに、このシーンの重大さに気づき始めました。

小川が転勤を知らせに来たとき、千代の心の中には、求婚されるのではないかという期待があったはずです。

少なくとも、小川から転勤先に一緒に来てくれないかくらいは告白されるのではないかという期待を、千代が抱いてもおかしくないような描かれ方はされていました。

しかし、求婚も転地への同伴の勧誘も受けないまま、連絡先だけを手渡された千代が、やがて、そのメモを破り捨てるという行為にでるのは、作劇上から見ても、あまりの飛躍ではないかと思っていました。

「なぜ千代は、小川の残したメモを破り捨てたのだ」

この恋は始まったばかりで、どう発展するか分からない状態であるのに(別れ際、小川の未練を残したような態度を見れば、まだまだ結ばれる望みは残されているとみていいと思います)、小川との連絡の余地を断つという性急なその行為の意味が、僕にはどうしても理解できませんでした。

あの不吉な「夢」を見たことを受けて、カフェーの女給という生活から抜け切れない自分が、小川の重荷になるという恐れから、愛する彼のために関係を断とうとしたのかという考えは、彼が会いに来たことを知った時の彼女の嬉しそうな態度からすれば、まず否定していいように思います。

だから尚更、大切な「連絡先」を破り捨てる行為が、唐突で不可解だったのだと思います。

でも、なぜそれを「唐突で不可解」な行為と感じたのか、きっと、この千代の気持ちを理解できるまで、映画の神様は、僕にこの作品を繰り返し何度も見ることを課したのかもしれないという思いが、突然湧いてきました。

そこには、それまでの千代なら、自分を今の境遇(貧しさ)から救ってくれるかもしれない小川の連絡先を大事に懐に仕舞い込むシーンが当然用意されているものと思い込んでいる僕たち観客の先入観を裏切り、「唐突で不可解」な破り捨てるという行為を置いた成瀬巳喜男の意図があるのだと確信しました。

「小川」にこだわっている限り、彼女のその行為の意味は決して理解できない、たとえそれが「小川」でなくとも、「男」に揺れ惑う自分の「あてどなさ」を、千代はあの行為によって否定したのではないか、「女の自立」という強い決意表明ほどではないにしても、いま自分の居る場所から、遂に都会での新たな仕事が見つからず、たとえカフェーの女給のままでいることになっても、自分ひとりの力で生きていこうという、千代のさり気ない決意のシーンだったのではないかという気がしてきました。

(1936P.C.L.映画製作所、東宝映画)演出脚本・成瀬巳喜男、撮影・鈴木博、音楽・伊藤昇、美術・北猛夫、録音・山口淳
出演・千葉早智子、大川平八郎、赤木蘭子、清川玉枝、清川虹子、伊達里子、夏目初子、御橋公、山口ミサヲ、三島雅夫
1936.11.01 日本劇場 7巻 1,639m 60分 白黒
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by sentence2307 | 2008-05-18 09:45 | 成瀬巳喜男 | Comments(6)

女の座

成瀬巳喜男作品に見られる小津安二郎の影響について、例えば具体的に「母は死なず」と「父ありき」の相似について考えていたとき、実はもう一組同じような印象でぼんやり思い浮かべていた作品がありました。

小津監督の「東京物語」と、1962年に成瀬監督が東宝で撮った「女の座」です。

なぜ、そう感じたかというと、それは、この映画のラストシーンで老夫婦(奇しくも笠智衆と杉村春子が演じていました)が、親の財産をめぐって牽制し合っているそんな子供たちより、むしろ、健気に尽くしてくれる血の繋がりのない長男の嫁の方に情愛を感じ、これからも一緒に暮らしていこうと語り掛ける場面を見ながら直感的に感じただけのことなのですが、しかし、この成瀬作品「女の座」に対する当時の批評を読んだとき、そのあまりの素っ気無さというか、お座なりな評価に少し驚いた記憶があります。

それは、この作品を、スター総出演の総花的で大味な平凡な作品である、「大スター総出演」という会社側の要請を受けて、成瀬巳喜男は、俳優それぞれの顔を立てることに腐心した妥協的で、多くの出演者を捌くために無理やり設定した不自然な「大家族映画」にすぎないというのです。

しかし、そのとき、この作品評が、本当にこの作品を精密に吟味検証したうえでの批評だったのかという疑問が湧いてきて、その取って付けたような常套句の羅列に少し腹が立ちました。

「スター総出演」が前提にあるということだけで(「そんなスターの顔見世映画が、いいわけがない」という先入観だけで)作品の出来を判断し、お約束のように「総花的」(東宝のスターシムテムへの妥協と奉仕の産物ということなのでしょう)と一蹴し、そして当然のごとく「大味で平凡な作品」と結論づけたのかと思うと、見かけの「ラベル」によって映画の出来を決めて掛かるという旧態依然とした悪弊というか、褒め上げるか貶すかというスタンスが見る前から既に出来上がっているような批評の仕方に疑問を感じました。

この作品のダイナミズムは、後妻の母親(杉村春子)の前に、先の婚家先に残してきた子供(宝田明)が、突然成人になって現れるところから、一挙に出演者各人各様のそれぞれの立場が緊張状態に高揚するところにあると思います。

後妻である母親には、息子の突然の出現は嬉しい反面、婚家への遠慮もあり、それに、別れて以来ずっと、息子のことなど省みることもなかったという負い目もあるものの、母親に会ってすぐに借金の申し出をするような、なにやら良からぬ素行の息子に危惧を感じるものの、その借金の申し出を拒絶できないでいます。

母親は、そのことで煩悶しますが、「後妻」という立場から、夫や義理の娘たち=「他人」ばかりのこの大家族の誰にも到底相談ができないなかで、ただひとり相談できるのは嫁の芳子(高峰秀子)だけでした。

そんなふうに母と息子の橋渡しをする嫁・芳子は、次第に「息子」の暗い過去を知ってしまう立場に立たされ、「息子」に思いを寄せる長女・梅子(婚期を逸している義姉という状況です)の結婚の意志を、母親の手前理由は明らかにできぬままに阻むという役割を担わされます。

さらに厄介なことには、当の息子の方は芳子に思いを寄せているという事態を錯綜させるオマケまでついているので、まるで三竦みの状況を呈しています。

この三者の緊張関係が極点に達し、一挙に爆発して家族の絆の脆さが露呈したとき、母親も嫁も、この家族から疎外された存在であることが明らかにされることを受けて、前述の老夫婦からの共棲の申し出が描かれるのですが、しかし、それは「東京物語」に描かれていた最後の「救い」に匹敵するだけのものでは到底ありませんでした。

実のところ、「大家族」から疎外された者同士、せめて肩寄せあって生きていこうという追放者の苦々しい印象しか残りませんでした。

思いは結局、あの「東京物語」の最後に示された「救い」の印象とはいったい何だったのだろうという所に落ちていきます。

血の繋がった子供たちの、身勝手で冷ややかな行為や仕打ちに、諦念しながらも老父は、しかし子供たちに対して憤りをみせたわけではありません。

あの場面は、そんなふうには描かれてはいない。

老父は、ただ黙し、時の流れに任せて何もかもをただ遣り過ごそうとしているかのように見えます。

しかし、一方、老親のためにできる限りの誠意を尽くした嫁が、その深い思いのなかでかすかに揺れた「迷い」の告白したとき、老父は彼女に対してひたすらな「赦し」を与えています。

繰り返される懺悔に対して、繰り返し「赦し」を与えているのです。

「東京物語」におけるこの清浄な場面を繰り返し見続けているうちに、僕たちもまた浄められ、赦されるような境地に導かれるような気がします。

やはり、成瀬作品「女の座」もまた、残念ながら「東京物語」とは、似て非なるものなのだなあと実感しました。

(1962東宝)製作・藤本真澄 菅英久、監督・成瀬巳喜男、助監督・川西正純、脚本・井手俊郎 松山善三、撮影・安本淳、音楽・斎藤一郎、美術・中古智、録音・藤縄正一、整音・下永尚、照明・石井長四郎、編集・大井英史、スチール・秦大三、製作担当・井上卓之、現像・キヌタ・ラボラトリー、
配役・笠智衆、高峰秀子、司葉子、星由里子、淡路恵子、草笛光子、三益愛子、杉村春子、北あけみ、丹阿弥谷津子、宝田明、団令子、三橋達也、小林桂樹、夏木陽介、加東大介、大沢健三郎、大村千吉、関田裕、音羽久米子、一の宮あつ子、潮田満、三田照子、塩沢とき、坂部尚子、坂部紀子、小西ルミ、香川良介、大塚国男、谷晃、西条康彦、三浦敏男、河辺昌義
1962.01.14 8巻 3,041m 白黒 東宝スコープ
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by sentence2307 | 2008-05-02 21:56 | 成瀬巳喜男 | Comments(1957)