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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:熊谷久虎( 1 )

指導物語

「日本映画専門チャンネル」の原節子特集の中の1本として、長い間見る機会がなかった1941年度の東宝作品・熊谷久虎監督の「指導物語」をやっと見ることができました。

なるほど、この作品、いままで単に読んだり聞いたりの耳学問から勝手に作り上げていた想像を遥かに凌駕する作品で、SLが併走して驀進するシーンのド迫力などは、聞きしに勝るものでした。

この映画が作られた1941年度のキネマ旬報ベストテンでは、第1位が小津監督の「戸田家の兄妹」、第2位に山本嘉次郎監督の「馬」がランクされ、この作品「指導物語」は、堂々第10位にランクされています。

この作品「指導物語」が、時局に沿って急速に右傾化していった熊谷監督が、まさにその絶頂期に、国策に沿いながら気負いに満ちて撮った力強い作品であるという評価(「キネ旬10位」が証しています)と同時に、また一方では、批判性も抵抗性も持たない作家不在の、事大主義的な単なる時局迎合映画でしかないと退けられ、これ以後映画から離れていく契機となったといわれる、ある意味で記念碑的な作品ということもできますね。

例えば、今井正は、こんなエピソードを残しています。

抗日ゲリラとの戦いを描いた「望楼の決死隊」を撮っていた頃、今井監督のもとに、原節子が熊谷久虎(この頃は既に、国粋主義思想団体「すめら塾」の教祖的存在だったといわれています)の手紙を届けにやってきます。

「その手紙には、日本は全勢力を挙げて南方諸国に領土を確保しなければならない。
その時に日本国民の目を北方にそらそうと目論でいるのはユダヤ人の陰謀だ。
この『望楼の決死隊』は日本国民を撹乱しようとするユダヤの謀略だから即刻中止されたい、というようなことが書いてあった。」
というのです。

しかし、軍部の強圧的な要請を無抵抗に受け入れ、それをそのまま社員に課した当時の東宝という会社の体質を考えれば、このエピソードが醸し出す独特の印象を額面通り素直には受け入れ難い部分もあります。

熊谷久虎は「戦争の時代」を生きた映画人として、日本映画史において独特の地位を占めた映画監督です。

上海事変時の海軍陸戦隊の苦闘をセミ・ドキュメンタリー・タッチで描いた「上海陸戦隊」や、軍用列車を運転する機関兵の訓練の葛藤ぶりを真摯に描いたこの作品など、「時代精神」に強く共鳴したという紛れもない事実は、同じような国策的主題を扱いながら戦後社会に適応していった多くの映画人とともに、ひとつの厳然とした事実として歴史に刻印されるべきものだと思います。

さて、この作品は、千葉陸軍鉄道連隊・補充隊の新兵(いずれ戦線で軍用列車を運転する「機関員特業」と呼ばれる兵士たち)が省線機関区に配属されて、厳しい3ヶ月の速成教習訓練を受けたのちに出征していくという、ジャンル的には所謂「師弟もの」に分類されていいかもしれない映画です。

機関員特業の青年兵を熱情を込めて指導に当たる老機関士に丸山定夫が、その同僚機関士を藤輪欣司が演じており、指導を受ける農村出身の逞しい青年兵を藤田進と、そして東大出身でかつて左翼運動にも関係したことのあるという設定のインテリ兵を実際に東大出身の映画俳優第1号・中村彰が演じて、両者を対比的に描いています。

どんな身分の者であろうと、いかなる思想を持っていようと、軍隊というところは、そのすべてを受け入れる度量の広さと、そして貧しい農民の子も豊かなインテリ学生も、おしなべて総ての者がみな等しく平等なのだというイデオローグを、ひ弱な「学生」が厳しい機関士の訓練に耐えて「人間的」に大きく成長していく過程を通して描かれていきます。

きっと、その「完全平等主義」のひとつの表れとして、老機関士・丸山定夫の娘・原節子は、あえて農村出身の朴訥で逞しく誠実な青年兵・藤田進に、ほのかな思いを寄せていくというラストが用意されているのかもしれません。

多分、すぐれた映画に共通していえることは、作品中の各所で心配りの効いた緻密なディテールと出会うことでしょうか。

この作品でいえば、石炭使用量の節約を競い合ったり、汽車の走行中、速度計を見ないで速度を言い当てるという訓練を延々と続ける場面です。

戦場にあっては、列車運行の正確さが作戦遂行上欠くべからざる条件となるのですから、この訓練の重大さを意識すればするほど、極度の緊張に晒されて焦る若き訓練兵には、どうしても現在の正確な速度を言い当てることができません。

幾度も言い間違え、そのたびに帝国軍人たる者がどうしてこれくらいのことができないのかと老機関士は言葉を荒げ恫喝し、苛立ち詰り続けます。

景色の流れや、車輪のレールの継ぎ目を刻む音から速度を計ろうと焦れば焦るほど訓練兵にはどうしても言い当てることができません。

「どうしてこれくらいのことが自分には出来ないのだ」という劣等感と自己嫌悪で彼は深刻に悩みます。

また、東大出の訓練兵の方は、恐慌に囚われ「こんな下らないことに何の意味がある」という思いにまで追い詰められて、楽しかった学生時代のことなどを逃避的に妄想しているときに事故を起こし重傷を負ってしまいます。

彼は自分の不注意を深く反省し、担当機関士に今まで甘えていたこと、迷惑を掛けてきたことを謝り、人が変わったように訓練に精励し、優秀な機関員として成長を遂げていきます。

この部分には、当時の国民に向け、国策映画として表明すべき重大な教訓が描かれています。

うんざりするほど単純な作業を延々と繰り返させ、その作業をとおして彼自身の中で湧き起こる軍務に対する嫌悪や忌避の思いと存分に葛藤させ、徹底的に悩ませ、ある諦念の思いに自ら至らせるまで待つ、そしてその葛藤した過程の成就、つまり考えることを止めたその時こそ死を恐れない「使いものになる兵士」に育て上がるのだという極めてシビアな教訓です。

あるいはこれを、「悟り」と言い換えるなら、そういうことになるかもしれません。

この作品が公開された2ヶ月後、真珠湾攻撃によって日本は太平洋戦争に突入しています。

(41東宝東京)(製作)森田信義(監督)熊谷久虎(製作主任)佐伯清(指導)勝見栄二、青鹿謙三 (原作)上田広(脚本)澤村勉(撮影)宮島義勇(美術)北猛夫、平川透徹(音楽)早坂文雄、スメル音楽研究所(演奏) P.C.L.管弦楽団(独唱) 牧嗣人 (大道具) 稲垣円四郎 (録音) 片岡造 (照明) 平田光治 (編集)後藤敏男(現像)西川悦二(後援) 鉄道省 陸軍省報道部

(出演)丸山定夫、原節子、若原春江、三谷幸子、藤田進、馬野都留子、北沢彪、藤輪欣司、中村彰、汐見洋、津田光男、横山運平、小杉勇、深見泰三、榊田敬治、山川ひろし、真木順、龍崎一郎、坂内永三郎、沼崎勲、柳谷寛、高松文麿、岬洋二、佐山亮、大杉晋、光一
(13巻 2,923m 107分 白黒) 1941.10.04 
by sentence2307 | 2005-03-06 19:25 | 熊谷久虎 | Comments(1)