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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:ヴィットリオ・デ・シーカ( 2 )

ふたりの女

火曜日の午前中は、得意先回りを心がけています。

特段の用事がなくとも、定期的にお得意様を訪ねて雑談するだけで、どこかに商機がころがっているものだと、むかし先輩から得意先周りの大切さをよく指導されたものでした。

訪ね先は、いつも顔を出しているお得意様のことですから、行く前にあらかじめの電話など入れて約束を取り付けるなどということはしません。

ちょっと顔を出して挨拶する程度ですから、だいたいは「アポなし」OKなのですが、なかには、それくらいでもアポなしをとても嫌がる人がいます。

3回に1回は居留守を使われたりしますが、それだけのことならなんていうこともありません。

むしろ、アポなし訪問を一向に改めようとしないこちらの態度に業を煮やしてか、見せしめ的な嫌がらせとしか思えない仕打ちを仕掛けてくる人も、なかにはいました。

例えば「15分で戻るから、待っていてほしい」などという伝言を受け取ると、一応その「15分」は、待たないわけにはいきません(たとえ、そのとき社内のどこかにいると分かっていても)。

そういう場面で「また来ますから」とか言って、帰ってしまえるくらい気が強かったなら、あるいはもう少し出世が望めたかもしれないのですが。

さて、その「15分待っていてほしい」のために、仕方なく応接室の片隅に積まれた何日分かの新聞を時間つぶしでながめていたときのことでした。

文化欄に掲載してあるカラー写真が目にとまりました、ソフィア・ローレンです。

もちろん、そこには往年の色香や美しさなど望むべくもありませんが、一目で彼女だということは、そのオーラで分かりました。

記事によれば、もう76歳なんですね。

ここのところ往年の大スターの訃報に接することが多いので、こうした元気な写真や記事に接すると、なんだか自分も元気がでてきます。

ちなみに、「ローレン」は、むしろ「ロレーン」に近い発音をするそうですね。

記事には、高松宮殿下記念世界文化賞受賞で来日したのだと書かれています。

貧しい少女時代から大スターを夢見て育ち、カルロ・ポンティに出会って夢を実現させたのだとインタビューに答えています。

デ・シーカ作品に出ていたあのままの活きのいい女性で、「なり上がり」を恥ずかしいと思うどころか、そんな苦労話も自慢げに話してしまえる屈託のなさが彼女の魅力なんだなと素直に思えるいい記事でした。

しかし、僕が注目したのは、その部分ではなく、記事の後半に「100本以上の出演作のなかでは、『ふたりの女』『特別な1日』『ああ結婚』が思い出ぶかい」と書かれた部分でした。

「へえ~、そうなんだ」という感じでした。

いつも感じていることなのですが、観客がベストの出演作だと感じ、だからまた、俳優自身もそう考えているに違いないという思いが、俳優自身の言葉によって大きく否定されてしまうことをこれまでも何度か経験しています。

ソフィア・ローレンといえば、まずは「昨日・今日・明日」それに「ひまわり」だろうなと思っていた自分にも、これは少し意外でした。

しかし、彼女にアカデミー主演女優賞はじめカンヌの女優賞などをもたらした「ふたりの女」には、異論はありません。

それまでのデ・シーカ作品らしからぬシリアスな作品だったことを覚えています。

そして、代表作を問われて、「昨日・今日・明日」ではなく、「ふたりの女」と答えるあたり、彼女も女優なんだなあという感じを持ちました。

戦火に負われた母娘が、ゆきずりの兵隊たちにお互いの目の前で強姦され、悲しみと絶望に見舞われ自失した娘が、母親に反発し、そしてふたたび母親に心を開くまでを描いた感動作でした。

むかし、この映画を見た友人が、「娘の母親への反発は、筋違いだろう」といっていたことを思い出しました。

たかが中学生くらいの思春期の少年が、この映画を見たら、誰だってショックを受け、戸惑うに違いありません。母娘が、おたがいの目の前で男たちによってケダモノのような強姦されるのですから。

しかし、兵隊たちに犯されたのだから、兵隊たちに憤るのが「筋」だと主張する彼に、そのとき、遣り切れない幼さを感じてしまいました。

この映画に描かれた母親に反発する娘の気持ちが想像できないような彼に、何を言っても通じないかもしれないなと感じたのかもしれません。

彼は、自分が思春期を過ごしていく過程で、親たちもまた「性」持つ同じ人間であることを見出すことに失敗し、だから彼らが「性」をもてあまし、僕たちと同じように「性」に戸惑い、そして、いまだに煩悶している同じ人間であることを意識したことがなかったのだと思いました。

それではあまりにも迂闊な青春です。

親の中に自分と同じように「性」に煩悶する人間を見出したとき、軽蔑や同情や共感や憤懣などの感情を通して、はじめて同じ哀れなひとりの人間として親を許し、超えることができ、決別もできる。

その過程において、もし親への敬愛や尊敬がいまだ存在しているというのなら、それならそれでいいだろうとは思っています。

あるいは、そういう場所にある敬愛や尊敬なら、少しはホンモノに近いかもしれません。

娘は、目の前で無残なかたちの母親の「性」を直視させられ、そして、自分の辱められる「性」を母親の目の前にさらしました。

「性」から目をそらして親に付き従ってきた子供(もうすっかり「大人」のくせに、庇護されるためだけに子供の仮面をかぶった人間)としては、それは耐え難いことだったに違いありません。

見たくないものを直視させられ、その直視している姿を親に見られたという衝撃が、娘を反発させたのだと、「大人」になるために苦しんだことのないこんな友人に、この道理をどう説明すればいいのか、途方にくれました。

いずれにせよ、当時の自分には到底できなかったことであろうことだけは、はっきりしていたのですが。

(1960イタリア)監督ヴィットリオ・デ・シーカ、原作アルベルト・モラヴィア、脚本チェザーレ・サヴァッティーニ、撮影ガボール・ポガニー、美術ガストーネ・メディン、製作カルロ・ポンティ、作曲アルマンド・トロヴァヨーリ、編集アドリアーナ・ノヴェッリ
出演・ソフィア・ローレン、ジャン・ポール・ベルモンド、エレオノーラ・ブラウン、ラフ・ヴァローネ、カルロ・ニンキ、レナード・サルバトーリ、アンドレア・ケッキ、プペラ・マッジョ
by sentence2307 | 2011-01-29 18:58 | ヴィットリオ・デ・シーカ | Comments(6)
父と子の心の交流を描いた名作として、まず最初に思い浮かぶのは、やはりなんと言っても小津安二郎の「父ありき」でしょうか。

かつてロバート・レッドフォードが監督した「リバー・ランズ・スルー・イット」の中で親子が渓流で流し釣りをしているシーンを見たとき、思わずこれは小津監督の「父ありき」だなと直感したことを思い出しました。

並んで釣り糸をたらしているところから、そろって竿を振り上げ振り返すところまで、まるでそっくりのシーンでした。

父ひとりの片親だけで育てられた幼い息子が、つねに父親と一緒に暮らしたいと願いながら果たされず、また、成人になってからも離れ離れに暮らすことを余儀なくされて、ついに父と死別してしまうという、なんとも切ない映画でした。

ラストシーンで父の遺骨をたずさえたその息子が、

「僕は子供の時から、いつも親爺と一緒に暮らすことを楽しみにしていたんだ。
それがとうとう一緒になれずに死なれてしまった。
でも、よかった。
たった一週間でも一緒に暮らせて。
その一週間が今までで一番楽しい時だったよ。」

というセリフには、本当に感動しました。

互いを思いやり、そして求めるそれぞれの気持ちが、考えられないくらいに純粋で透き通っていて、本当に綺麗というか、清浄なと言いたくなるくらいの素晴らしい作品です。

しかし、ひとつだけ長い間気になっていたことがあります。

成人した息子が今度こそ一緒に暮らしたいと父に願う場面があって、確かその時の父の答えが「私情に溺れず天職を全うせよ」みたいな答えだったと思います。

随分じゃないか、とその時思いました。

親子が離れて暮らさなければならない理由にしては説得力のまるでない冷たすぎる理由です。

こんなにもキメの細かいシナリオだけに、この血の通っていない「決めセリフ」には、ずっと納得がいきませんでした。

しかし、最近になってその辺の事情が分りました。

この作品「父ありき」は、「戸田家の兄妹」に続く戦地に行っていた小津監督の帰還第2作として撮られた作品ですが、脚本の方は応召直前に既に脱稿されていたものが、日中戦争最中の4年間という戦時体制の進行で大幅な改訂を余儀なくされたらしいのです。

例えば、この映画に描かれている父親像は、本来もっと心優しい弱々しいイメージの設定だったらしいのですが、それが時世の変化に沿って「私情に溺れず天職を全うせよ」などと元気一杯息子を励ます強い父親像に書き換えられてしまったらしいのです。

そして戦後の再公開の際にも、おそらくそうした「改竄された部分」が最も多くの自主的カットをほどこさねばならなかった作品だったのだそうです。

この「父ありき」に描かれている父親を思う息子の優しい気持ちの描かれ方には、小津安二郎という人の俗世界にどうしても馴染むことが出来なかったピュアで根源的な優しさみたいなものを感じてしまいます。

確かヴェンダースが「ベルリン天使の詩」の冒頭で小津安二郎を天使に譬えていたように記憶していますが、俗世間に馴染めなかったという意味で、僕もやはりヴェンダースの意見に賛同するひとりです。

それは、どの小津作品でも演出する監督の視点は、常に神を仰ぎ見る位置から撮られていることでも証し立てられているかもしれません。

そして、僕にとって、神の眼差しを感じる作品がもうひとつあります。

デ・シーカの「自転車泥棒」です。

仕事をするためになくてはならない自転車を盗まれた父親が、まだ少年の息子を連れてローマの街中を懸命になって探し回ります。

自転車がなければ、仕事につくことが出来ない、食べていけないという切実な思いを抱えて、父と子は盗まれた自転車を求めて必死に歩き続けます。

しかし、結局自転車を探し出すことができず、失意のなかでたまたまサッカー場の駐輪場にたどり着いた父は、息子を先に帰し、そして、そこにとめてある一台の自転車を盗もうとする場面です。

息子は父親のことが気掛かりでなりません。

乗るべき市電に乗り損ねたとき、多くの人が駐輪場に向かって走って行き、口々に「泥棒だってさ」みたいな話し声を聞いて、息子もまた不安な気持ちを抱えたまま走り出します。

そこで見たものは、自転車を盗み損なって散々に小突かれながら、いままさに警察に突き出されようとしている父親の姿でした。

息子は、毒づきながら父親を小突きまわす大人たちに縋り付き、父を許してくれと泣きながら懇願します。

このとき、息子の気持ちを僕はいつも想像します。

一日中自転車を求めて必死になって父と歩き回った息子です。

父親の落胆は、息子には痛いほど分かっています。

父親を小突く大人たちに縋って「お父さんは、悪くない」と訴えたでしょうか。

市電に乗りそこね、やがてサッカー場に向かって駆けていく人波を見たときに咄嗟に感じた胸騒ぎは、息子が父親と同じ気持ちになっていたことを示していると思いました。

息子はきっと「お父さんは、悪くない」などと言うとは、どうしても思えません。

きっと、「お父さんに何をするんだ」と言うはずに違いない気がして仕方ありません。

もし、この世界に神が存在しているなら、きっとこの父を罰しようとしている大衆を息子と同じように指弾するに違いないと確信しています。
by sentence2307 | 2005-02-28 00:14 | ヴィットリオ・デ・シーカ | Comments(3)