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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:岡崎宏三( 1 )

撮影監督の岡崎宏三さんが去る13日午前4時29分、噴門部がんのため目黒区の病院でご逝去されました、享年86歳だったそうです。

とても残念でなりません。

岡崎キャメラマンは、1919(大正8年)年の東京生まれ、1935(昭和10年)年に新興キネマ大泉撮影所に撮影助手として入社して、青島順一郎キャメラマンに師事しています。

1940年には、「愛の記念日」(伊奈清一監督作品)で一本立ちとなってデビューしています。

戦中は記録映画、戦後はニュース映画や啓蒙映画(占領軍民間情報局企画)に従事し、戦後の1952年には、「モロッコ」、「上海特急」などの世界的巨匠ジョセフ・フォン・スタンバーグが日本で撮影した「アナタハン」のキャメラを任され、大きな影響をうけました。

その後、主に東宝系の宝塚映画や東京映画で個性派監督達と組み、名作を次々と発表して日本映画の黄金時代に数多くの名監督たちと仕事をしています。

川島雄三監督「青べか物語」、山本薩夫監督「華麗なる一族」、木下恵介監督「衝動殺人・息子よ」、そして小林正樹などといった戦後日本映画を代表する監督たちと所属会社を超えて名作を撮り続け、また、「駅前」シリーズなど娯楽作も幅広く手がけて担当作は150本近くに上るという現役最長老の撮影監督でした。

『六條ゆきやま紬』(松山善三監督)でブルーリボン撮影賞・NHK技術賞を、『化石』(小林正樹監督)では日本テレビ技術賞など各種の映画撮影賞を受賞しており、他の代表作に、『太夫さんより・女体は哀しく』(稲垣浩監督)、『御用金』(五社英雄監督)、『吾輩は猫である』(市川崑監督)、『ザ・ヤクザ』(シドニー・ポラック監督)などがありますが、「アナタハン」53をはじめとして、ジョン・フランケンハイマーやシドニー・ポラック監督の「ザ・ヤクザ」の撮影監督を務めるなど、国際的な活動でも注目された撮影監督です。

03年にアフガニスタン・ロケをした大沢豊監督の「アイ・ラヴ・ピース」が遺作になってしまいましたが、ネットのフィルモグラフィではこの作品が実に149本目の仕事だそうです。

1983年に紫綬褒章、1994年勲四等旭日小受賞および日本映画ペンクラブ賞、1996年 山路ふみ子賞(功労賞)の他に、日本アカデミー賞撮影賞、毎日映画コンクール撮影賞を幾度も受けています。


訃報に接し、岡崎さんの死を悼むためにはどういうふうにすればいいのか、自分なりに考えて、やはり、ここは僕が見ることの出来た岡崎さんの仕事のひとつひとつを思い出して辿ることが、ご冥福を祈ることに通じるのではないかと自分なりに考えました。

五社英雄監督「御用金」69、篠田正浩監督「無頼漢」70、小林正樹監督「いのちぼうにふろう」71、今井正監督「海軍特別少年兵」72、熊井啓監督「朝やけの詩」73、山本薩夫監督「華麗なる一族」74、宮城まりこ監督「ねむの木の詩」74、市川崑監督「吾輩は猫である」75、小林正樹監督「化石」75、堀川弘通監督「アラスカ物語」77、小林正樹監督「燃える秋」78、熊井啓監督「お吟さま」78、木下恵介監督「衝動殺人・息子よ」79、パウロ・ローシャ監督「恋の浮島」80、森谷司郎監督「漂流」81、丸山誠治監督「南十字星」82、村上龍監督「だいじょうぶマイフレンド」83、今井正監督「戦争と青春」91、

1940年から1本立ちされたのですから、僕が見たのはほんの一部でしかないことを考慮に入れても、とにかく凄いラインナップですね。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。合掌。
by sentence2307 | 2005-01-16 12:32 | 岡崎宏三 | Comments(0)