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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:エリア・カザン( 6 )

草原の輝き

夏の高校野球が始まる時期になると、決まって思い出すことがあります。

青春のほろ苦い思い出というやつでしょうか。

しかし、なにも僕がそれほど野球に夢中になっていたというのではありません。

運動神経が鈍いうえに、根っからの野球音痴ときているので、いくらやってもうまくならず、守るポジションは少年野球時代から今に至るまでずっと外野と決まっていました。

その少年野球の頃に、思い出したくもない嫌なトラウマがあって、野球から遠去かってしまったのも、そのせいかもしれません。

ある地区大会のとき、頭数が足りなかったとみえて、急遽自分が一塁を守らされたことがありました。

ヒットで相手のチームのランナーが一塁にいるという状況です。

一塁手の自分は緊張しながら、全神経を打者に向けていたとき、何かが僕の頭上をスッと通り過ぎていくのを感じ、その瞬間、敵ランナーは、物凄い迫力で狂ったようにスタートを切りました。

なにがなんだか、訳が分かりません、大パニックです。

ピッチャーが、僕に向かって盛んに「ボール、ボール!」と懸命に叫びながら、僕の後方をグイグイ指差しています。

敵のベンチからも味方のベンチからも、ドッというどよめきが起こり、その怒声と嘲笑が自分に向けられているらしいことだけは、どうにか分かりました。

喚声に煽られ、焦れば焦るほど頭が混乱して、なにをどうすればいいのか、ますます分からなくなってしまいました。

ピッチャーが指差した方には、ひとり孤独なボールが、のんびり転がり去っていくのが見えます。

あとで聞いた話では、走者がいるときの一塁手は盗塁をさせないために、味方投手の手から打者へボールが放れる瞬間まで、牽制に備えて投手の動作に注意しなければならないのが常識なのだそうです、そんなこと、始めて知りました。

自分が「野球」を全然知らないことが、みんなにバレバレになってしまいました。

花の内野手になれるチャンスをみすみす逃して以来、遂に二度とそのテの機会にめぐり合うこともなく、長い補欠の春秋をベンチで過ごして、そのうちに野球をすること自体から疎遠になりました。

それはそれでいいのですが、高校生になると、高校野球という大変鬱陶しい夏休みの行事が待っています。

自分に関わりのないところで行われるだけなら、どうぞご勝手に、というところなのでしょうが、予選の試合の観戦応援に全員が刈り出されるのには閉口しました。

高校野球に関心のないやつなんか、人間じゃねえみたいな「高校野球」を神聖視したファッショ的な風潮は、いまよりも当時の方が相当強かったような気がします。(この主催だか共催だかが、「朝日新聞社」というのも笑わせます。この新聞社が戦争中に活躍した尻尾のなごりがコレかもしれません。)

みんながみんな、野球好きというわけでもないのにね。

しかし、観戦にいかなければ「保健体育」の単位はやらないぞ、とコワモテの教師から脅迫されるので、しぶしぶ夏の暑い盛りに応援にいきました。

これは、そんな折のエピソードです。

僕の所属していたクラブは、女子に全然人気がなく、男ばかりの少人数のオタクっぽいクラブでした。

異性の存在がないと、どうしてもだらしなくなるのは仕方ないことかもしれませんが、部室は汚れ放題、掃除なんて何年もしたことがありません。

一日の授業が終わると、帰宅時間がくるまで、部員はその部室でだらだらと寝転び、エッチな本を読んで過ごしました。

何故か、部室にはエッチな本がやたらとありました。

その理由は簡単です、誰もが家に置いておけないアイドルの際どいグラビア本とかエロ本のたぐいの処理に困って(親や近所の目があって「燃えないゴミ」として出す勇気など到底ありません)、各自の家から三々五々治外法権のこの部室に持ち込んだ結果、溜まりに溜まってしまったというわけなのでしょう。

しかし、その冊数たるや並大抵の数ではありません。

そして、突然沸き起こった問題は、もうすぐ夏休みが迫っているということでした。

休暇に入れば、生徒のいない部室は、学校側の行う空調工事かなんかで強制的に扉を開けられるおそれがあります。

それは想像するだけでも、とてもオソロシイことです。

この100冊に近いエロ本の山を全校生に知られてしまったら、どんな嘲笑と罵倒に晒されるか。

とりわけ女の子には、絶対知られてはなりません。

つきあい始めたばかりの「彼女」に軽蔑されるのが、なによりもオソロシイし、そんなことになったら恥ずかしくて学校にもいられなくなります。

そんな切迫した恐怖の情勢を受けて、急遽部長の発案で、夏休み前にエロ本の山をどうにか処理することにしました。

しかし、問題は、その方法です。

まさかゴミの日に、学校の門前に、正々堂々とエロ本を積み上げるわけにもいきません、どこかに捨てるにしても、合法的に捨てればスグに身元がばれるし、非合法に捨てられる場所をあちこち物色してみたのですが、実際問題となると、「捨てる」という行為がなかなか容易でないことがよく分かりました。

僕たちは、エロ本の山を前にして途方に暮れました。

古本屋に売りに行くのはどうか、
「こんなエロ本ばかりを? 一体誰が? 100冊のエロ本を背景にして、○○高生が笑顔でVサイン」なんて新聞に出ちゃうぞ。

喧々諤々、最後には「なにも、こんなに読むことないだろう」と、なんだか険悪な仲間割れの様相を呈してきました。

そんなとき、下級生のひとりが、驚天動地の提案をしたのです。

数日後に迫っているわが校の「夏の野球大会」予選試合の時に、応援に乗じ、切り刻んだこのエロ本を紙吹雪にして撒いてしまえば、これって完全犯罪じゃないすか、学校からは褒められるし、野球部員からは感謝されるし、保健体育の単位は貰えるし、女の子からは惚れられるし(?)、すべてOKですよ。

そうだ、そうなんだよ、なんでそこに気がつかなかったかなあ、ヨヨヨヨヨ、というわけで早速その日から、各自ハサミ片手に紙吹雪の製作にとり掛かりました。

こんなに身を入れて作業に没頭するのは、あとにも先にも文化祭の準備以来のことです。

しかも不思議な連帯感も実感されるなど、証拠隠滅の秘密の作業でありながら、そのまま清廉潔白な学校行事への挺身を果たしている充実感もあって、まさに大義名分はわれにあり、というわけです。

なんという大胆不敵な発想でしょうか。

悪を征するに悪をもってす、ですよね。

ときどき自分が慣れ親しんだアイドルの水着写真などにめぐり逢い、条件反射的にたちまちイカガワシイ眼に変わって、じっと太腿や胸のあたりを凝視し、しばし作業の手を止めて感無量の境地に浸っているヤツもいたりしました。

さて、試合当日、各自が作った紙吹雪をスポーツ・バッグに入れて球場に入りました。

最上段の観客席には、わがクラブの部員が一列に座を占め、足元のバッグのくちを開けて準備OK、紙吹雪を撒くチャンスを今や遅しと待ちました。

しかし、紙吹雪を撒くというタイミングは、当然、わが校野球部のチャンスに限られねばならないわけですから、その瞬間を待ち続けたのですが、残念ながらその機会は、まったくありませんでした。

打つ方は、相手投手の豪腕で無四球無安打ピッチングに抑えられ(大会記録でした)全然ダメ、投げては、奇数イニングごとに打者一巡の猛攻にあい、アッという間にコールド負けを喫してしまいました。

紙吹雪など、撒くチャンスも、へったくれもあったものではありません。

あっけなく試合が終わり、ほとんどの観客が席を立ってしまうなか、僕たちは呆然と、ただバッグいっぱいに詰め込まれた紙吹雪を見つめて座り込んでいるしかありませんでした。

意気揚揚と持ち込むときは、全然感じなかった紙吹雪の重さも、これをこのまま持ち帰らなければならないのかと思うと、徒労感と挫折感とでなんだか二倍くらい重くなったのではないかとさえ感じられました。

バッグを担ぎ、うんざりして球場を出るときに、何気なく顔を上げると、少し先にJRの鉄橋が見えました。

そうだ、土手がある、川があるじゃないかと、お互い確認するように顔を見合せました。

この重くて邪魔な紙吹雪を土手から川に向かって一気に撒いてしまおう、これで総てを終わらせることができる、というわけです。

土手をのぼり、川までの距離は少々あるものの、これだけの強風が吹いていれば問題ない、ことごとく盛大に撒いてしまおう、とバッグから紙吹雪を鷲掴みして風に向かって撒き始めたとき、「君たち、君たち」という呼び掛ける声に振り向きました。

そこには自転車を押しながら初老の警察官がたたずんで、怪訝そうに僕たちの紙吹雪の散布をじっと見つめていました。

「なにしてるの?」というわけです。

咄嗟に、このエロ本解体散布の発案者である下級生がしゃしゃり出て、いま母校が高校野球の予選で惨憺たる敗北を喫し、用意してきた紙吹雪を撒く機会を逸したので、いまこうして撒いているところです、とそのまんま、とはいっても本当は事実の半分だけを正直に説明していました。

「そりゃあ残念だったねえ」とかなんとか善良そうなそのお巡りさんも、穏やかに受け答えをしてくれています。

これは、OKかな、と安堵したとき、その下級生の手元に眼が行き、驚愕のあまり全身の血が一挙に逆流しました。

彼が握り締めている紙吹雪の絵柄(大雑把に切ってあるヤツなので、絵柄がモロに分かります)が、見えました。

全裸の女性が猿轡をされ、後手に縛られながら心地よげに悶えているなんとも物凄い写真です。

どっと冷や汗が噴き出しました。

なにも知らない下級生は、紙吹雪を握ったままのその手で平気で額の汗を拭ったりしています、警察官のすぐ目の前を、全裸の縛られた女性の物凄い写真がひらひら行ったり来たりしているのに、ふたりは一向に気がつかずに話し続けています。

もっとも、気がついていたら大変なことになっていたわけですが。

「あんまり川を汚しちゃまずいんだけど、まあ野球に負けちゃったのなら仕方ないか。」

そう言い残し、大目に見てくれた警察官は遠ざかっていきました、そして当の下級生は無邪気に破砕したエロ本散布を続けます。

人知れず僕だけが大量の冷や汗をたっぷりかいたわけですが、まあ知らぬが花です、知らなければ知らないほうがいいこともあるのだと思いました。(このサスペンスの部分を強調するとすれば、この小文のタイトルは「太陽がいっぱい」が相応しいかもしれませんネ)

こうして用意したすべての紙吹雪も撒き終わり、土手の斜面から川に至るまでの野原一面を、そのエロ本の破片群が、薄っすらと覆い尽くしました。

切り刻んだグラビアは、すべてが若いアイドルたちのヌード写真です。

散布したあとの野原一面を見渡したとき、そこに光り輝く艶やかな肌をした巨大な女体が横たわっているのかと錯覚を起こさせるような、なんともいえない壮観さでした。

(1961アメリカ)監督製作・エリア・カザン、原作脚本・ウィリアム・インジ、撮影・ボリス・カウフマン、音楽・デヴィッド・アムラム、編集・ジーン・ミルフォード
配役・ウォーレン・ベイティ、ナタリー・ウッド、パット・ヒングル、ゾーラ・ランパート、サンディ・デニス、ショーン・ギャリソン、オードリー・クリスティー、フィリス・ディラー、バーバラ・ローデン、ゲイリー・ロックウッド、フレッド・スチュワート、パット・ヒングル、チャールズ・ロビンソン
by sentence2307 | 2013-04-20 11:17 | エリア・カザン | Comments(2)

紳士協定

アカデミー賞の8部門にノミネートされ、そのうち作品・監督・助演女優の3部門を受賞したエリア・カザンの演出力を存分に見せ付けた「紳士協定」を見たとき、いくら名作の折紙つきの作品とはいえ、実はあまりいい印象は受けませんでした。

反ユダヤ人主義を告発する記事を書くために、ユダヤ人を装ったルポ・ライターが、表面的にはリベラルな市民のなかに根深く潜む差別の存在に直面してショックを受け、社会の深奥にある差別の実態を苦しみながら暴いていくという衝撃的な告発映画なのですが、しかし、その描き方にどうしても賛同しかねる部分が最後まで鼻について仕方なかったというのが、実感でした。

アメリカ社会の奥深くに巣食うユダヤ人差別を告発していく過程で、人々の差別への無関心こそが、差別という存在を許容し、助長し、ひいては加担さえしているのだと憤る相手を、あろうことか、自分の婚約者にぶつけ彼女自身の問題として問い詰めていくという、なんともやりきれない描き方なのです。

いくら彼女が「自分は、いままで人を差別などしたことはない」と強く否定しても、彼はさらに彼女のその無意識こそが「無意識ゆえの差別」なのだと糾弾し、そのことを「自己批判」しないかぎり、あなたはその無責任という重大な罪からは決してのがれることができないなどと執拗に問い詰め、さらには彼女との婚約の解消さえちらつかせ、彼女を怯えさせます。

彼女がいくら弁明しても、非を認めるまで、彼は決して許そうとはしません。

彼女自身、自分のどこに「非」があるのかさえ分からないうちに、とにかく謝りさえすればいいのかという心境にまで追い込まれ、しかし、それさえ「どういう理由であなたは謝ろうとするのだ。そういうところが、差別を知らぬ間に容認しているあなたの罪なのだ」と詰られる始末です。

これでは、まるで転向を迫る戦前の特高警察か、どこかの党の党員が政治的失態について査問委員会で追及されているのと同じです。

ユダヤ人差別を自分たちの恋愛感情にまで持ち込もうとする彼は、いわば差別の問題はふたりの愛情の問題でもあるのだと無理難題を押し付けて、彼女をぎりぎりのところまで脅迫的に追い詰めていくのですが、この粘着質の執拗な描写には、見ているだけでうんざりさせられてしまいました。

いくら差別の告発映画とはいえ、このような物語の作り方に、いささか疑問符を投げかけざるをえません。

思い返せば、この執拗さは、「極左のオルグが、対立者を論破し、徹底的に屈服させて自己批判させたうえで思想に服従させるあの方法と同じ論法ではないか」という嫌悪感に辟易させられたというのが正直な感想です。

それも、ごく身近なものに対する「内部告発」という姿勢を疑問も無く進めていく強引さに、フツーこのようなことを最愛の恋人に対して本当にするだろうかという疑問を持ちました。

切迫した極限状態を設定して、ぎりぎりの心理状態に役者を追い込み将棋の駒のように動かす方法は、演出家エリア・カザンが役者に対して演技力を磨かせるために推奨したメソッドのひとつかもしれませんが、それはあくまでも、チョッピリ政治臭をおびた訓練のハウツーでしかないために、当然そこには尋常でない嘘っぽさが伴わざるを得ません。

その意味では、非米活動委員会が、カザンの物語口調に敏感に容共の臭いを感じ取って反応したのは、あるいは当を得ていたかもしれません。

あの反論を許さない強い立場(誰しも差別の存在など、表面きって賛成したり出来るわけがありません)をいち早く確保して、論敵を完膚なきまでに叩き潰すという、きわめて政治的な論法を、恋人との人間関係にすり替えて描くという方法が、当時のハリウッドにあってはきわめて斬新な手法と受け取られたのかもしれませんが、しかしそれは、単に巧妙な論理のすり替えによってもたらされた見せかけの効果にしかすぎず、もし当時のアメリカ映画界がこの作品に賞を与えるほどに感激し評価を与えたのだとしたら、それはきっと、その目新しい「すり替えの巧みさ」に惑わされたからではないかという印象を持ちました。

そして、さらに、「紳士協定」につづく「ピンキー」を見たとき、エリア・カザンという人が、どういうタイプの人か、だんだん分かりかけてきたような気がしました。

カザンは、なにも「差別」というものを心底憎んだり、正そうとしたりしたわけではない、単に素材として、なにか観客の耳目を惹くような目新しい「差別」はないかといろいろな態様の「差別」を物色し、善良な知識人や批評家にアピールできるものを次々と用意しようとしたにすぎないのではないかと思うようになりました。

キャリアのない新人監督が、ハリウッドで成功を勝ち取るためには、どうしても目新しい手法や素材を必要としたに違いありません。

しかし、それなら、なぜそれが、他のことではなく、よりによって「差別」だったのかといえば、彼がユダヤ系ギリシャ移民であり、実感として「差別」されることが身近な経験としてあったからだと考えられます。

だから、差別されることの屈辱や憤りを核にして、様々な差別を取っ替え引っ換えして描くことにリアルな実感を込める自信はあったということだったのかと。

しかし、それでは、のちに非米活動委員会に対して密告者という卑劣な役割を演じてまでも自己保身に走ったエリア・カザンという人を説明できたことにはなりません。

差別される側の苦しみが最初にあり、素材としては、それが「ユダヤ人」であろうと、「黒人」であろうと、「ユダヤ系ギリシャ人」であろうと、「共産主義者」であろうと、なんでもこい、自分には、なんでも理解できるし、自由自在に作劇できるのだと自負してみせたパフォーマンスの先には、どうにかしてアメリカ社会に受け入れられたいと願うどこまでも疎外された移民としての飢えた思いがあったのだと思います。

その飢えた思いが媚びに変化していく過程で、「差別」を告発することを思いついたのだと思います。

「告発」という行為が、「媚び」と密接に関係していることを証明できれば、非米活動委員会に対するエリア・カザンの密告も理解できないことではない。

移民という部外者が、「真の」アメリカ人らしく振舞うために、民主主義の大原則を謳いあげるマニュアルどおりの「正義」を実行したものが、結果的に「迎合→内部告発→密告」となってしまったのではないかと考えるようになりました。

(1947アメリカ)監督エリア・カザン、製作ダリル・F・ザナック、脚本モス・ハート、音楽アルフレッド・ニューマン、撮影アーサー・C・ミラー、編集ハーモンジョーンズ、
出演・グレゴリー・ペック、ドロシー・マクガイア、ジョン・ガーフィールド、レステ・ホルム、アン・リヴィア、ジューン・ハヴォック、アルバート・デッカー、ジェーン・ワイアット、
by sentence2307 | 2010-08-22 08:57 | エリア・カザン | Comments(0)

ピンキー

日本では未公開だったエリア・カザンの「ピンキー」が、テレビ放映されたので、早速録画して鑑賞しました。

白い肌に生まれついた黒人娘が、東部の学校で高等教育を受けて、久しぶりに故郷に帰ってくるところから、この映画は、はじまります。

べつに彼女の家が裕福だったから、東部の学校に進むことができたわけではなく、彼女の家も、黒人たちが集まる貧民窟に住む貧しい母子家庭の一軒にすぎません。

しかし、娘の聡明さを見抜いていた母親は、洗濯物の頼まれ仕事の手間賃をどうにか貯めて、娘を東部の学校へあげたのでした。

貧しい黒人ばかりが住むこの町にとどまっていたら、娘もまた自分と同じように社会の最底辺で辛く貧しい生涯をおくらなければならないであろうことを十分に承知していたからこそ、無理をしてでも娘に高等教育を受けさせたのだと思います。

それに加えて、たまたま白い肌に生まれついた娘には、その好条件を利用してでも、どうか幸せになってほしいという特別な思いもあったかもしれません。

それは、黒人であることを隠して生きるというよりも、「黒人」であること自体を捨てることができればなおさらいいし、娘には、陽のあたる社会で、ちゃんとした職業に就いてほしいと、母親は願い、貧しい生活のなか、さらに無理をして教育費を捻出し、上級学校へ行かせたのだと考えられます。

しかし娘が、母親と同じように白い肌で生まれたことを、幸運なチャンスとか好条件と感じたかというと、必ずしもそうでないらしいことが次第にあかされていきます。

娘は、母親の希望通り、東部の学校で看護師の資格を得て、久しぶりに帰郷しますが、東部のリベラルな空気にすっかり馴染んでいた彼女にとって、閉鎖的な南部の人種差別は殊更に厳しく、あらためて黒人として生きる困難を目の当たりにし、早く人種差別のない東部へ帰りたいと思う一方で、自分が果たして白人になりきって生きていけるのかと悩み抜いています。

こから先のストーリーは、幼い頃からピンキーが、コチコチの人種差別の偏見の固まりと思っていた地主の奥様が、実はピンキーに目を掛けていたことが、彼女の財産の相続者として名指ししたことで明らかになります。

そして、ピンキーが相続人となるには、すべての条件が不利とみえた環境を、この事件を裁く判事が一挙に覆し、ピンキーが相続することを認めます。

そのときはじめて、ピンキーは、自分が貧しい黒人たちのために何をなすべきなのかを、ようやく見出すという映画でした。

南部の人たちの中にも、良心や善意ある人々がおり、黒人の未来は、たとえ少しずつであってもいい方に向かっているのだ、という終わり方をした作品でした。

もし、この映画の主人公ピンキーが、単に黒人の聡明な娘という設定だったら、ここで描かれている「黒人差別」というテーマは、もっとシンプルかつシリアスに深められていったかもしれません。

例えば、アーサーペンの「逃亡地帯」1966とか、ノーマン・ジェイソンの「夜の大捜査線」1967や「ミシシッピーバーニング」1988のように。

しかし、エリア・カザンは、主人公を白い肌を持った黒人と設定したことで、より話が内面的に複雑化させた代わりに、黒人差別という問題への直視を避け、問題提起を故意に薄めたように感じました。

アカデミー賞3部門を獲得した前作「紳士協定」は、高い評価を得たのと同じくらいの批判をもまた受けたことを学習しての政治的な措置だったと考えることができるかもしれません。

しかし、ストーリーの中心的テーマが、彼女の帰郷の本当の理由、恋仲の白人の医師から結婚を申し込まれ、実は自分が黒人であるということを打ち明けられないまま、悩み抜いたすえに、彼から逃げるようにして母親の住む故郷に帰ってきたことをこそ、エリア・カザンが描きたかったことだったのだとしたら、カザンは、なにも「差別」というものを心底憎んだり、正そうとしたかったわけではない、単に素材として、なにか観客の耳目を惹くような目新しい「差別」はないかといろいろな態様の「差別」を物色し、善良な知識人や批評家にアピールできるものを次々と用意しようとしたにすぎないのではないかと思うようになりました。

別段どうというキャリアを持たない新人監督が、ハリウッドで成功を勝ち取るためには、どうしても目新しい手法や素材が必要だった、くらいのことだったのでしょうか。

「ピンキー」を見て、そんな印象を持ってしまいました。

白い肌を持った黒人を描いた映画でよく挙げられる作品は、カサヴェテスの「アメリカの影」1959とダグラス・サークの「悲しみは空の彼方に」1959なのですが、白い肌を持った黒人の映画として僕の記憶している映画にミシェル・ガスト監督の「墓にツバをかけろ」1959(アメリカを描いたフランス映画でした)というのがありました。

実は、断片的な記憶をたどってインターネットでやっと探し当てたのですが、製作年代を見てびっくりしました。

奇しくも3作ともに1959年の製作ではないですか。

1959年という年に、白い肌を持った黒人の映画が同時に3作製作されたというのは、単なる偶然なのか、それともなにか他にインパクトのある大きな事件でもあったのかは、残念ながら詳らかにしません。

(1949アメリカ)監督エリア・カザン製作ダリル・F・ザナック脚本ダドリー・ニコルズ、フィリップ・ダン撮影ジョゼフ・マクドナルド音楽アルフレッド・ニューマン編集ハーモン・ジョーンズ
出演・ジーン・クレイン、エセル・バリモア、エセル・ウォーターズ、ウィリアム・ランディガン、ケニー・ワシントン
by sentence2307 | 2010-08-20 14:09 | エリア・カザン | Comments(5)

波止場

エリア・カザンの「波止場」を名作だと言い切ったとしても異論を唱える人は、きっと誰一人いないと思います。

本当に見ごたえのある重厚な作品ですよね。

しかし、その感動の中身は、よく考えてみれば、幾つもの違和感に満ちた曲がり角を経なければならなかったことに気が付くでしょう。

この重厚な作品を、ただ「名作」というだけでは、なにか物足りない、はたすべき理解を途中で放棄してしまったような違和感をどうしても拭うことができないのです。

たしかに「名作」ですが、これはとんでもない被害妄想にみちた歪んだ「名作」です。

たとえばこの作品を、「若い沖中士が、港を牛耳っている組合のボスを、正義のために叩きのめす話だ」みたいな素直な解説に出会ったら、きっと物凄い戸惑いを覚えてしまうに違いありません。

僕なら、「無知な沖中士が、正義の名の下に周囲から煽られ追い詰められて、港を牛耳っていたボスを叩きのめしに行かねばならなくなった話」とでもいった方がいいような気がします。

この作品のどこを探しても、社会悪に対する怒りにつながるような単純な「正義」を見つけ出すことは、とても困難です。

むしろ、周囲の強烈な個性を持った様々な人間に思うがままに吹き込まれ操られ動かされて、無理やり「悪」に向かわされた気の弱い若者の物語とでもいった方がいいかもしれません。

そこには、「なにひとつ俺は悪くない」という理不尽な蔑視に対する切実な抗議の叫びが聞こえてくるようです。

殺人を唆した組合のボスを、テリーが公聴会で告発する証言をしたあとの民衆からの蔑視を、謂われのない不可解なものとして描いているのが、きっとなによりもの証拠といえるでしょうか。

俺が命を賭けてあえて危険な証言をしたのに、何故仲間=民衆は自分を密告者・裏切り者呼ばわりをして蔑視するのか。

「俺は、正義のために悪を告発する証言をして、お前たちを助けたんだぞ」という切実な叫びです。

単純な正義と悪が図式的に描きやすい映画ならともかく、それを現実のこの社会に当て嵌めたとき、その正義と悪とに当たるものがそれぞれどれなのか、彼が裏切った映画界がどれで、彼がおもねった権力がどれなのか、僕たちは、このあまりにも歪められた作品が象徴するものに戸惑うかもしれません。きっとこの映画が、あまりにも見事に作られている「名作」だからこそ。

マーロンブランドは、「欲望という名の電車」51、「革命児サパタ」52、「ジュリアス・シーザー」53の3度のノミネーションを経て、この「波止場」による連続4度目のノミネートで主演男優賞を獲得しました。

当初、このボクサーくずれのテリー役には、前年に「地上より永遠に」で、友情に殉じるという主人公の唯一の理解者という繊細な兵卒役で助演男優賞を得て高い評価を受けたフランク・シナトラが予定されていたのですが(しかし、この役を手に入れるためにマフィアの手を借りたという黒い噂が囁かれました)、その製作会社コロンビアの意向を無視したエリア・カザンは、ブロードウエイ出身の逸材(助演男優賞に一作品から実に3人ものノミネート者―マルデン、コッブ、スタイガー、を出しました)をそろえたといういわくつきの作品です。

当時のメジャー系プロデューサーは、専属スターや契約俳優の保護のため、ニューヨークの舞台俳優を使うことを歓迎しなかったのですが、サム・スピーゲルなどインディペンデント系の進出によって、メジャー主導のシステムは急速に崩れだし、その影響は演出家にまで波及し、やがてニューヨーク派の台頭を促すことになったといわれています。
by sentence2307 | 2005-10-22 21:16 | エリア・カザン | Comments(0)

革命児サパタ

新聞の追悼記事などを見ていると、エリア・カザン監督作品におけるマーロン・ブランドの代表的な出演作というと、どうしても「欲望という名の電車」か、アカデミー主演男優賞をとった「波止場」が上げられ、代表作はこの2作品と相場が決まっているような印象を受けます。

しかし、僕は、その谷間で撮られたような「革命児サパタ」がとても気になるのです。

この作品は、一言でいえば、革命家は統治者にはなれないとか、革命家は革命家ありつづけることはできない、ということを悲惨なリアリズムで描いた寓話のような作品です。

革命に目覚めていく若きサパタに危険を感じた時の統治者が、サパタの名をブラック・リストに書き込む場面が、そのまま、革命に成功し今や統治者になったサパタが反抗的な青年の名をブラック・リストに書き込もうとして、はたと自分がいかに堕落した統治者に成り下がったかを悟るという見事なシンメトリーを形作っている場面でした。

彼は、罠と承知で敵の只中に飛び込んでいきます。

永遠に革命家であり続けるためには、壮絶な死が必要なことを誰よりもサパタ自身が知っており、その死によって彼は伝説の革命家になることができたのです。

この作品は、こなれていない図式的な映画かもしれませんが、「こなれていな」くとも「図式的」でも、人を感動させる映画を、僕たちは数多く知っているはずです。

「赤狩り」によって転向声明を出した後に作ったこの「革命映画」が、僕の知る限り世評は、まるで無視の態度をとっているみたいに、この作品についてのコメントがあまりに少ない気がして仕方ありません。

「革命に対する裏切り者のくせに、いけしゃあしゃあと革命映画なんか撮りやがって」という受け止められ方だったのでしょうか。

何を描こうと、今更なにを言ってんだという素直には受け入れられない強固な嫌悪の壁が既に出来上がっていて、拒否とか無視とかの対応を受けたのかもしれません。

作品そのものの価値を素直に受け入れられない嫌悪感がまず先立って、とにかく拒絶されたのでしょうか。

また、例えば、カザンに前非を食い、あらためて映画界に受け入れてもらいたいという気持ちがあったのなら、何故もっと受け入れられやすい政治色のないソフトな作品を作らなかったのか疑問が起きませんか。

「革命児サパタ」では、ナーバスになっている関係者にたいして、まるで神経を逆撫でするような行為といわざるを得ません。

僕は、エリア・カザンは、確信を持って非米活動委員会に「密告」したのであり、意図的に「革命児サパタ」を作ったに違いないと思っています。

「紳士協定」で描かれたアメリカ社会に根強く存在する偏見に対する不信や批判が、彼のこの一連の行為の底をしっかりと貫いているように思えてなりません。

もしかすると、マーロン・ブランドのアカデミーに対する姿勢にも、共通するものがあるのではないか、などと考えています。
by sentence2307 | 2004-11-20 18:01 | エリア・カザン | Comments(0)

追悼エリア・カザン

エリア・カザンが亡くなったのは、もう去年のことなんですよね。

94歳でした。

僕とって、カザンは、特別な監督でした。

確かに、こなれていないナマの舞台的な演技が剥き出しになっていて鼻につく部分もなかったわけではありませんが、随所に描き込まれていた過ぎ去ってゆく青春への痛切な思いが鋭いナイフのように僕の胸を刺し貫き、手放しで感動したことが忘れられません。

なかでも「草原の輝き」1961のラスト・シーン、思春期の「性」によって深く傷ついたナタリー・ウッドが、病が癒えた数年後、かつての恋人ウォーレン・ベイティに会いにいくシーンを見るたびに胸が押し潰されそうになります。

既に、そこにはもう「青春」と呼べるようなものは、何ひとつ残されていないし、また、取り戻すべくもない。

ただ、そのことを確かめるためだけに逢いにきたようなかつての恋人との再会に、もとより甘美なものなど何ひとつ入り込む余地などない、痛烈な喪失感と絶望だけが余韻として残されたラストでした。

喪失感の只中にいるナタリー・ウッドが、とりあえず明日をどうやって生きていけばいいのか、何を糧にして生きていけばいいのかなど何ひとつ示されることなく映画は観客を突き放すように終わりました。

99年のアカデミー賞授賞式でエリア・カザンが特別名誉賞を受けた際の映画関係者の冷たい反応は、アメリカ映画人にとって「赤狩り」がいかに大きなダメージだったかよく分かりましたし、万事に寛大なアメリカ人にもああいう一面のあることを知って意外に思いました。

あの裏切りが、あまりにも多くの映画人から仕事を奪い、抹殺に加担したことは、「真実の瞬間」1991に容赦なく描かれていました。

裏切り者を憎む気持ちと、自由の国アメリカが「赤狩り」という恥ずべき過去を持ってしまったという憤りが、深い嫌悪感と過剰な拒否反応を支えているのかもしれません。

僕の好きなカザンの作品に「アメリカ アメリカ」1963があります。

極貧の中で自由の国アメリカを夢見るトルコ青年の物語でした。

度重なる苦難にもめげず、彼は、何が何でもアメリカ往き果たします。

そのためには、妻を欺き、信頼を裏切ることも厭いませんでした。

片方で容赦ないトルコの圧制が描かれていて、一層「自由」への渇望が、青年を一直線にアメリカに向かわせます。

「赤狩り」の裏切りを考えるとき、僕はいつもこの映画を思い出してしまいます。

故郷を捨てて、自由であるためにアメリカの一員となった彼らにとって、その地位を脅かす恐怖に対して、市民権を守るためなら「裏切り」などなにほどのこともなかったのではないか、などとつい考えてしまいました。

エリア・カザン監督のご冥福をお祈りします。
by sentence2307 | 2004-11-20 18:00 | エリア・カザン | Comments(0)