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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:中川信夫( 8 )

深夜の告白(中川信夫)

日本映画専門チャンネル10月の「蔵出し名画座」というコーナーで大変めずらしい(自分がそう思っているだけかもしれませんが)中川信夫監督の「深夜の告白」1949を放映すると知ったので、(DVDはないので)これを見逃しては一大事とばかり、カレンダーに太い赤線でグリグリグリと印をつけたうえで放送時間も書き込んでおきました。

おかげで、今回は見逃すことなく無事に見ることが出来ました(フツーはだいたいは見逃しています)。

たいへん面白く見たのですが、なんだか登場人物のさばき方がもたついている印象を受けました。

最初に、ある新聞記者(池辺良)が、たまたま闇市で見かけた食堂のおやじが戦争中に行方不明になった早川飛行機会社社長の早川道平(小沢栄→栄太郎)だと直感し、尾行するなどして素性を調べていく過程で、迂闊にもこの話が少しずつ部外者(関係者)に知れるところとなり、うわさがひろがって動揺がひろがるという様子が描かれます。

とにかく、政財界の中枢の痛いところを握っているらしいという噂のある影の重要人物です、失踪後、背任横領罪に問われたというのも、なんだか腐敗した政界と司法の癒着がそうさせたかのような策謀くさい説明もあったような気がします。

国家をゆるがすレベルの秘密を握っているらしい彼が表舞台に現れたら、それこそ政財界は大激震をおこして、現内閣の存立も危ぶまれるくらいの大変なことになるぞと匂わせておきながら、この映画では、それらしい発展は一向に描かれません。

描かれているものといえば、不名誉な父の生存を、世間と舅である老男爵に知られたくない若男爵夫人・峰子(三宅邦子)と、戦死したその兄・浩之の駆け落ちの相手・七重(元・女中)が、なんだかごちゃごちゃと口争いをするというのが、おもなストーリーの牽引力で、「松本清張映画」をさんざん見慣れてきた現代の自分たちからすると、この緊迫感のない新聞記者の取材の仕方(取材の秘匿などお構いなしの関係者へダダ漏れ状態です)にはあきれ返るばかりですが、戦後のどさくさに紛れて「行方不明の重要人物が、実は別人に成りすまして生きていた」というストーリーとして恰好の筋立ても、こんな扱いじゃあ散々じゃないですか、と思いながら、キャストをJMDBで一人一人確認していたところ、早川道平の娘でいまは男爵夫人になっている峰子役の三宅邦子の名前が欠落していることに気が付きました。チョイ役ならともかく、早川道平の娘にして男爵夫人・峰子の役は、この映画にとってとても重要な役どころです。失踪後、背任横領罪に問われた父親を恥じて、「早川社長発見」の極秘情報を知らされた時も(同じアパートの住民に強請られて初めて知ったのですが)、喜ぶどころか、できればいままでどおり「失踪状態」が続いてくれることがベストと、舅にもひた隠しにしていたくらいで、それに兄・浩之の愛人七重との関係がギクシャクしたのも、もとはといえば、父親の発見を世間に知られることを拒んでいることが直接の原因でもあります。

この映画には欠かせない主要な役とその俳優の三宅邦子の名前がJMDBから欠落しているのには、少しおどろきました。

JMDBの「深夜の告白」の項目には、こんなふうに掲載されています。自分流に少し加工しましたが。

≪(1949新東宝)製作・竹井諒、筈見恒夫、監督・中川信夫、脚本・八木隆一郎、撮影・河崎喜久三、音楽・伊福部昭、美術・梶由造、録音・片岡造、照明・平岡岩治出演・小沢栄(早川道平)、千田是也(波多野)、青山杉作(波多野の息子)、東山千栄子(波多野の妻)池部良(新聞記者森口茂也)、東野英治郎(松木助作)、月丘千秋(松木キヨ子)村瀬幸子(お初)、山根寿子(七重)
製作=新東宝 1949.06.20 8巻 2,143m 78分 白黒≫

また、逆に「三宅邦子」(実際は「三宅くにこ」とありましたが)の項で検索すると、1949~1950の記事はこんな感じでした。

≪84.1949.02.09 わが恋は燃えぬ  松竹京都  ... 岸田俊子
85.1949.05.04 花婿三段跳び  松竹大船
86.1949.05.09 フランチェスカの鐘  松竹京都
87.1949.09.13 晩春  松竹大船  ... 三輪秋子
88.1949.09.23 まぼろし夫人  松竹京都
89.1949.11.20 獄門島  東横  ... 鬼頭早苗
90.1949.12.05 獄門島 解明篇  東横  ... 鬼頭早苗
91.1950.04.19 女医の診察室  新東宝=滝村プロ
92.1950.07.15 夢は儚なく  東宝=三上プロ
93.1950.09.09 アルプス物語 野性  大泉映画=芸研プロ
94.1950.10.28 薔薇合戦  松竹京都=映画芸術協会  ... 里見真砂≫

「中川信夫」の項の「深夜の告白」のキャストから三宅邦子の名前が欠落している以上、当然「三宅邦子」の項(上記)の「深夜の告白」にも出演した記録がないのは当然ですが、べつにこういう「整合性」ならいりません。でも世界の映画関係者がアクセスするJMDBです、こういう信頼を損なうことがあってはならないと思います。「映画.com」も同様でした。

ただ、試みに、wikiで「三宅邦子」を検索して少し安心しました。そこには、こんなふうに記載されていました。

≪◇小津安二郎監督作品の出演映画
戸田家の兄妹(1941年)
晩春(1949年)
麦秋(1951年)
お茶漬の味(1952年)
東京物語(1953年)
早春(1956年)
お早よう(1959年)
秋日和(1960年)
秋刀魚の味(1962年)

◇その他の出演映画
虞美人草(1935年)
兄とその妹(1936年)
家庭日記(1938年)
お加代の覚悟(1939年)
新女性問答(1939年)
みかへりの塔(1941年)
肖像(1948年)
獄門島(1949年)
★深夜の告白(1949年)
帰郷(1950年)
うず潮(1952年)
郷愁(1952年)
母の初恋(1954年)
絵島生島(1955年)- 天英院
海軍兵学校物語 あゝ江田島(1959年、大映) - 村瀬きく
細雪(1959年)
細雪(1983年)
夢の涯てまでも Until the End of the World (1992年)(ヴィム・ヴェンダース監督作品)≫

まあ、細かく見ていくと疑問がどんどん出てくるので、このくらいにしておきますが、実は、この小文を書きはじめる当初、この映画「深夜の告白」が、作劇的に「市民ケーン」の影響を受けているのではないかとチラッと思った部分もあったので、その線でも検索をかけたのですが、実は、ヒットする情報は、どれもみなビリー・ワイルダーの「超」がつくほどの名作「深夜の告白」の方ばかりで、中川信夫版「深夜の告白」は、残念ながら、今回、日本映画専門チャンネルが放映するということでアップされている関係記事ばかりでした。こればっかりは、仕方のないことですが。

余談ですが「日本映画専門チャンネル」のサイトは「右クリック禁止サイト」で、世間では、すこぶる評判が悪いです。つまらない情報ばかりなのに、思い上がるなと言いたい。

どうも長くなりそうなので、ビリー・ワイルダーの名作「深夜の告白」は、次回に回すことにします。



by sentence2307 | 2018-10-14 22:37 | 中川信夫 | Comments(0)
前回で中川信夫作品「石中先生行状記・青春無銭旅行」をロードムービーと書いてしまったことが、とても気になって落ち着きません。

それは、この中川作品の底抜けに明るい楽天性と、あのヴェンダースやジャームッシュが描いたひたすら陰鬱な、落ち着き場所を遂に得られず、行き場も絶たれ、あてどなくさすらい続ける不安に満ちた作品群と同じ俎上に乗せて語ること自体の困難に、ようやく気付き始めたからだろうと思います。

ヴェンダースやジャームッシュが描き上げたあてどない旅が、「行き場もなく」どころか、「帰るべき場所」そのものさえ失っている拠り所のない絶望的な人間の存り方そのものを「さすらう」という言葉で象徴したのだったら、まさに「石中先生行状記・青春無銭旅行」で僕たちが体験した楽観に充たされた呑気な世界は、ヴェンダースやジャームッシュ作品が描いた殺伐とした地獄絵とは、まったく無縁の別の世界の出来事だと思うしかありません。

この作品に登場する若いふたりの学生は、旅立ちの朝、朗らかに記念写真に納まったその出発の地に、何の疑問も抱くことなく再び当然のように帰るであろう揺るぎない価値観のなかで生きていることは、この作品の全編を覆っている無防備な楽観が示しているとおりです。

むしろそれは、「確固たる確信をもって」最初から帰還すべき場所を目指して為されたといってもいいくらいの彼らの「無銭旅行」の実態が、実は、ご近所を軽く徘徊する程度のただの「漫遊記」でしかないことに気づけば、果たして、いままで日本映画が真の「彷徨」など描いたことがあっただろうかという疑念に捉われ、あの「確固たる確信」をもった楽観が、なにに基づいたものだったのかと訝しくなるくらいです。

考えてみれば、わが国で繰り返し大量に再生産されたあの「股旅物」でさえ、結局は帰る場所が保証された感傷的な「漫遊記」と名づけるべきものであり、決して「さすらい」などとは到底言い得ないものだったような気がしてきました。

失った故郷を常に感傷的に意識し続ける喪失感のうえで為される彷徨は、観客の情感に支えられた叙情性のうえに成立していたものであって、「さすらい」とは到底言い難い、何か別のジャンルの物語だったことに気づかされるのかもしれないからです。

しかし、そのヴェンダースやジャームッシュが描いた「さすらい」の本質に迫る作品が日本に皆無だったかといえば、すぐに思い当たる作品がありました。

日本的な楽観から遠く孤立した作品、それは同じ中川信夫が監督した「若き日の啄木 雲は天才である」(1954新東宝)です。

中川監督がこの作品で描いた啄木像は、あまりに純粋すぎて、薄汚れた社会にどうしても馴染むことができない=受け入れられない天才詩人の孤独と苦悩が描かれています。

そして、この「純粋で傷つきやすい」啄木以外の庶民といえば、だいたいは上役に取り入り、媚びへつらいながら世渡りに長けた愚劣なおべっか遣いか、陰日向のあるずる賢い俗物ばかりが登場します。

まるで、ただひとり純粋な魂を持った啄木だけが、こんな愚劣な世界で生きていくことができず追い立てられるのだという理由付けのように、俗世に生きる「俗物たち」は、啄木を放逐する役を演じ、天才詩人はひたすら理不尽な被害者の顔を保ちながら、その地を立ち去っていくことになります。

観客としては、純粋で繊細な芸術家には、この俗世間で生きることなど所詮無理なんだよなあ、という感慨を強いられるのは、予想される当然の結果だったかもしれません。

そういう純粋な啄木の憤りに「共感」せざるを得なくさせられる観客は、また一方で、現実の社会においては、結構快活に生活している逞しい俗物のひとりである事実をもまた背負っているわけで、この映画を見ている僕たちにとって、この作品のいささか過激な主張によって、極端に振れることを強要される気持ちのギャップに、どうしても「後味の悪さ」は避けられなかったのだと思います。

正直なところ、ひとりの「俗物」の立場から言わせてもらえば、社会に馴染めない啄木の俗世間へのその嫌悪感は、自意識過剰の「天才」の独りよがりの幼い驕りとしか僕には見えません。

社会に適応できないからといって、なぜそれが「純粋」の証しになるのだ、よくよく考えてみれば、遅ればせながら猛烈な腹立たしさに襲われました。

庶民はみんな、結構無理して社会の一部分にもぐり込もうと自分を殺して必死に努力しているのに(まあそうするしかないので仕方がないのですが)、それを詰ろうとしているこの映画の、「天才」の無神経さと鈍感さに、むしろ憤りを感じたというのが率直な感想だったと思います。

自分が無理やり「俗物」の側に位置付けられたこと、そのために咄嗟の自己弁護へと動いてしまった気持ちの有り様に、憤りと同じ量の「後味の悪さ」があったからだろうと思います。

とにかく、この映画においては、僕たちが「社会不適応者」として啄木を放逐した見送る側の人間であり、そして、啄木と彼を写すカメラは、ともにこの地を立ち去る「放浪者」であることで、この映画が日本では稀有なロードムービーの精神を貫き保った作品であることを証明しているように感じたのだと思います。

(1954新東宝)企画・山崎喜暉、監督・中川信夫、脚本・館岡謙之助、撮影・横山実、音楽・黛敏郎、美術・鳥居塚誠一、録音・沼田春雄、照明・秋山清幸、
配役・岡田英次、若山セツ子、杉寛、本間文子、田川恵子、細川俊夫、丹波哲郎、佐々木孝丸、高原駿雄、山形勲、角梨枝子、左幸子、久保菜穂子、上田吉二郎、
1954.05.25 11巻 2,756m 101分 白黒
by sentence2307 | 2007-12-23 08:17 | 中川信夫 | Comments(60)
「石中先生行状記」のタイトルで僕が見た作品といえば、成瀬巳喜男が50年に撮った、池部良や三船敏郎などが出演した映画ただ一本しか知りませんでした(なお、このほかに、佐伯清監督「石中先生行状記より 戰後派お化け大會」1951年・新東宝・藤本プロ、丸山誠治監督「石中先生行状記」1966年・宝塚映画・東宝の2作品が撮られているそうです。)。

この中川信夫作品「石中先生行状記・青春無銭旅行」が、新東宝作品であることは承知していたのですが、成瀬巳喜男作品も新東宝作品だったことを始めて知って、虚を突かれた感じを持ちました、あの成瀬作品は、僕のなかでは、どう見ても「東宝作品」以外のなにものでもないと信じていたからでした。

しかも、なんと成瀬作品の方が4年も前に撮られた作品だったことなど、立て続けの驚きで、とても新鮮な印象でこの「石中先生行状記・青春無銭旅行」を見ることができました。

成瀬作品のほうが相当新しい作品と思い込んでいたあたりにも、両監督の資質を現しているなにかがあるような気がしています。

こんなふうに成瀬作品との比較でこの中川作品を見ることができたのは予期しなかった収穫で、この作品を十分に楽しめた原因だったと思います。

どう見ても成瀬作品の方は女優が大活躍する(杉葉子や若山セツ子の溌剌とした印象が強烈です)繊細で軽妙な恋愛映画だったのに比べて、中川作品の方は、女優の印象はきわめて希薄な作品で、無骨で重厚な「男性」中心の放浪映画(立派なロードムービーです)といえる映画でした。

例えば、成瀬作品の繊細さを示す象徴的なものといえば、若き朴訥な農村青年を演じる三船敏郎でしょうか。

黒澤明の初期の作品で、戦後の荒廃した闇市を殺気だって彷徨う特攻帰りの怒りに満ちたギラギラした演技の三船しか知らない僕たちにとって、この成瀬作品に登場する三船敏郎のフニャフニャな演技は、背中がこそばゆくなるくらいの落差があるものの、しかし、こうして不意を突かれたことに、果たして戸惑いだけしか感じなかったかと言えば、いやいや、その落差の違和感を大いに楽しめた作品だったと答えたくなるくらいです。

ここには、理不尽な社会に対する怒りも殺意もなく、もちろん豪快さもない、ただの「朴訥で粗野」なだけの、結婚したくとも好きな女性に上手く求婚さえできないでいる臆病な農村青年の、なんとも情けないキャラクターを演じさせるそこに、あの黒澤作品で確立された三船敏郎のイメージを、あえて捻じ曲げようとした成瀬巳喜男演出の醍醐味があるのだと感じました。

ただ、その大胆な試みが成功したかといえば、もとより別な話であると言わなければならないでしょうが。

まずは、成瀬巳喜男の芸術的嗜好に、石坂洋次郎作品と共通するなにものかがあったかどうかを考えてみる必要があるかもしれません。

さて、この中川信夫監督作品「石中先生行状記・青春無銭旅行」を見て、その魅力と限界を書いておこうと思います。

この作品にも、確かにあの「青い山脈」に通じる日本の戦後すぐの限りない自由への憧れの活力が横溢しています。

自由な旅、開放的で平等な、ひたすら明るい男女関係、いまだ旧権力が支配する封建的な残滓への痛烈な批判など、日本と占領軍との間で「民主主義」という幻想を共有できたつかの間の蜜月が描かれた記念碑的な作品といえるかもしれません。

しかし、この作品には、反面とても受け入れ難い嫌らしい部分も持っています。

村長の借金を返済できず、そのために数年の奉公を課される貧しい家の娘、しかし、その奉公とは名ばかりのもので、実は、村長に「カラダをおもちゃにされる奉公」だと母子が泣いている場面に無銭旅行の学生たちは遭遇します。

そこで彼らは同級生である知事の息子の名を騙って、知事に代わって視察に来たのだと嘘をついて不正を糾してその娘の窮地を救います。

そこまではよろしい。

その後、知事の息子の名前を騙った偽者と知れた彼らは捕まって、遅れてやってきた御曹司の本物と対決させられる場面となりました。

この場面をどう収束させるかが、監督の力量の見せ所だったかもしれません。

しかし、結末は最悪の終わり方でした。

試験のカンニングを黙っていてやるだの、女子学生に送った恋文の和歌の盗用を許すだの、夏休みの宿題を代わりにしてあげるだの、あまり芳しくない代償によって権威の後ろ盾を得ることでしかこの事態を収束できないと描くこの作品の、チカラある者へのオモネル卑屈な姿勢は、借金のカタに貧乏人の娘のカラダをもてあそぶという発想と同じ根から発しているものにすぎないとしか思えませんでした。

しかし、こんな映画でも、ただひとつだけ救いがありました。

借金のカタに村長へ人身御供にされそうになった左幸子演ずる村娘の存在です。

村長の毒牙にかかる危ういところを学生たちに救われたその娘、実は大変な好き者で、村の若い衆の誰とでも見境なくやってしまうという極め付きの「ツワモノ」だったという落ちがついていました。

それなら、わざわざ苦労して救うこともなかったのではないかと訝しく思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、さにあらず、弱みに付け込んで権力に強いられる屈辱的なSEXは拒んでも、自らすすんで選び取る自由な意思のSEXなら大歓迎という、発想のコペルニクス的大転回が用意されていたというわけなのです。

そんなに好きなら村長だろうと誰だろうと、やりまくったらいいじゃないかと、その発想に異議を唱えたくなる方は、まだまだ「民主主義」というものの深い部分の理解が足りないとかなんとかGHQからきついお叱りを受けるかもしれませんぞ。

(54新東宝)企画・山崎喜暉、監督・中川信夫、脚本・館岡謙之助、原作・石坂洋次郎、撮影・岡戸嘉外、音楽・斎藤一郎、美術・朝生治男、録音・中井喜八郎、照明・矢口明
出演者・筑紫あけみ、和田孝、左幸子、小高まさる、千秋実、東野英治郎、松本克平、相馬千恵子、宮田重雄、小倉繁、井上大助、城実穂、高橋豊子、十朱久雄、村田嘉久子
1954.08.24 9巻 2,446m 89分 白黒
by sentence2307 | 2007-12-16 23:52 | 中川信夫 | Comments(1)

思春の泉

原作は石坂洋次郎の「草を刈る娘」という小説だそうですが、題名は「思春の泉」と換えられています。

この題名、やや抽象的すぎるキライはあるものの、原題よりも余程いいと思いました。

後年の中川信夫=新東宝作品というマッチングから僕たちが思い浮かべるイメージの、良質の上澄みの部分だけを抽出したような感じの作品です。

「青い山脈」だって、この「思春の泉」みたいに描くことも可能だったのではないかと思わせるくらいの中川信夫の力量を感じました。

実はこの「思春の泉」を書き残しておきたいと思いついた理由は、僕のこの直感にあったといってもいいかもしれません。

「青い山脈」がスマートに整理された爽やかな啓蒙作品だったとすると、中川作品「思春の泉」はその「啓蒙的」部分を押さえながら、放置しておけば交合を始めかねない若い男女の切羽詰った「性」が、太い線となってこの物語を貫いています。

その、ほったらかしにしておけば暴走しかねない若い男女のアヤウイ性衝動もふくめて、村のしきたりとか周囲のメンツとかも損なうことなく、いかに上手に収めていくかというのが民主主義なのだと描いているのがこの作品です。

随所に描かれている開けっぴろげの村民たちの泥臭い描写も、民主主義に欠かせないものとして描かれているあたりなども、なんか好感が持てます。

好き合って交合に至るという人間のごく自然な成り行きを阻むものが村の旧封建思想だとするなら、その男女の「自然な成り行き」を助けるのが民主主義なのであるという実に分かりやすい解釈が、この映画を支えています。

それに加えて、この映画の中でたびたび使われる男女の交合をあからさまに仄めかす土俗的な言葉も、いい効果を出していると思いました。

周囲では若い男女を結び付けようとして、わざと二人だけを一緒の仕事場で働かせるという企みを(当初は、老婆たちは積極的に「くっつけ合わせよう」としています)謀ったのに、そして、そこには十分に「性的」な要素が織り込まれているというのに、いざ時造がムラムラときてモヨ子を押し倒しキスしようとしたことから(モヨ子も抵抗して時造の指を噛み返したことから)、村中を巻き込んだ大騒動に発展します。

しかし、このキスと指噛みから端を発した「大騒動」が、やがて底抜けの明るさで歌われる大合唱のラストに至るまで、この映画に登場するすべての人物を包み込む優しさと温かさは、あの「青い山脈」には決してなかったものかもしれません。

原題「草を刈る娘」から不意に吉永小百合の同名の主演作品を思い出しました。

残念ながら未見なのですが、偶然にも最近、その吉永小百合のデビュー作なるものを見る機会があったのです。

「ガラスの中の少女」60です。

大学教授の義父は、「女は結婚するまで純潔を守る」ことばかり言い続けている男です。

そして、娘がかつての同級生(浜田光男)と心中するに及んで、最後にこんなことを言うのです。

「心中までしたのだから、まさか純潔でいるわけがないか」と。

娘の死を差し置いて、そこまで「純潔」に拘るグロテスクさに、その部分を巻き戻して何度も聞き返したのですが、多分間違ってはいないと思います。

手放しで性を謳歌した素晴らしい「思春の泉」を撮った日本映画が、そして日活が、10年も経たないうちに、グロテスクな「ガラスの中の少女」を生み出したという失速に少しショックを受けました。

吉永版「草を刈る娘」が、どんなふうに変質させられているか、なんだか知るのが怖くなってきました。

豊かになる、成熟するということが、いったいどういうことだったのか、一度ゆっくり考えてみなければならないかもしれませんね。

あ、そうそう、デビュー作といえば、この作品が宇津井健のデビュー作なのだそうです。

あらためて、大器は最初から、やはり完全無欠の大器だったのだなと、その堂々たる演技を見て、変な納得の仕方をしてしまいました。

誤解されると困るので、ひとこと付け加えておきますが、「堂々たる演技、あるいは構え」というのは、演技や台詞まわしの巧拙を言っているのではなく、自分が被写体として十分な存在感を持っていることを知っていて、だから周囲も、安心してカメラを向けることができる、今ではすっかり絶滅したそういう「二枚目的な存在」なのだと思います。

それから、言わずにはおれない薀蓄をもうひとつ、この「思春の泉」が公開された1953年11月3日は、奇しくも小津安二郎の名作「東京物語」の公開されたのと同じ日でした。

(53新東宝・俳優座)製作・高木次郎 山崎喜暉 佐藤正之、監督・中川信夫、脚本・館岡謙之助、原作・石坂洋次郎、撮影・横山実、音楽・斎藤一郎、美術・北川勇、録音・中井喜八郎、照明・関川次郎
出演・左幸子、宇津井健、岸輝子、高橋豊子、永井智雄、東野英治郎、辻伊万里、阿部寿美子、花沢徳衛、小沢栄、永田靖、千田是也、東山千栄子、成瀬昌彦、松井博子、城美穂、城よし子、
製作=新東宝=俳優座 1953.11.03 10巻 2,420m 88分 白黒
by sentence2307 | 2007-08-08 08:48 | 中川信夫 | Comments(0)

怪談ベスト10

古い本を読んでいたら、面白いコラムを見つけました。

佐藤重臣氏の書いた「怪談映画寸感」というコラムです。

歌舞伎研究家の落合清彦氏とディスカッションをして決めたという怪談ベスト10が掲載されていて、それがまた、なかなかいいのです。

なにがいいかというと、中川信夫監督の「地獄」が、なんと3位にラクされているのです。

時代を先取りしているのか、それとも単なる時代錯誤だったのか、そんなことはどうでもいいのですが、とにかく沼田曜一のとび抜けた怪演のインパクトの強烈さに撃たれました。

「撃たれた」のは、一面では、これが「メジャーな作品ではない」という確信があったから、というのも大きな要素だったと思いますが、それだけに、当時すでにこれほどまでに評価されていたのかと思うと、自分だけのものと思っていただけに、なんだかがっかりです。

が、反面、嬉しさも確かにあります。

そんなわけで、そのベスト10を紹介しましょう。

①東海道四谷怪談(59新東宝・中川信夫)
②恐怖奇形人間(69東映・石井輝男)
③地獄(60新東宝・中川信夫)
④雨月物語(53大映・溝口健二)
⑤怪談(64にんじんくらぶ・小林正樹)
⑥白夜の妖女(57日活・滝沢英輔)
⑦怪談お岩の亡霊(61東映・加藤泰)
⑧鬼火(56東宝・千葉泰樹)
⑨怪談蚊喰鳥(61大映・森一生)
⑩怪談累が淵(57新東宝・中川信夫)

このベスト10選出に際して、その他の候補として、木下恵介や豊田四郎の「四谷怪談」や、黒沢明の「蜘蛛巣城」も候補に挙がったが、あまり怖くないということで、ランキングから外したという記述がありました。

【特別付録】データ「地獄」(新東宝)9巻2753米、昭和35年7月30日、新東宝スコープ、フジカラー、総指揮・大倉貢、企画・笠根壮介、監督脚本・中川信夫、脚本・宮川一郎、撮影・森田守、照明・石森浩、中井喜八郎、美術・黒沢治安、録音・渡邊宙明、編集・後藤敏男、助監督・土屋啓之助、製作主任・高橋松雄、スチール・式田俊一、その他の技術者・根田忠広、中溝勇雄、原新明三室明、佐藤幸助、栗原嘉男、石川守、斎藤友一、大橋豊一、室賀満、野島芳一、滝村繁司、
《出演者》天知茂、三ツ矢歌子、沼田曜一、林寛、大友純、山下明子、津路清子、宮田文子、中村虎彦、徳大寺君枝、小野彰子、大友文彦、宮浩一、山川朔太郎、石川冷、新宮寺寛、泉田洋志、高村洋三、晴海勇三、北村勝造、信夫英一、西一樹、鈴木信二、山口多賀志、加藤章、三宅実、渡邊高光、岡竜弘、嵐寛寿郎
by sentence2307 | 2007-02-03 09:19 | 中川信夫 | Comments(2)

虞美人草

珍しい作品を見ました。中川信夫監督の「虞美人草」1935です。

上映に先立つ冒頭で「征かぬ身は、いくぞ援護へ、まっしぐら」という字幕が出てきました。

これだけでも、戦時下の緊張した雰囲気が反映されている映画なのですが、作品そのものは、戦時色などまったく感じられないコテコテの漱石作品です。

しかし、中川信夫といえば、市川右太衛門やエノケンの作品を数多く撮った監督としてよりも、僕にとっては、「おどろおどろしい」という形容詞を躊躇なく使える新東宝で撮った傑作「地獄」や、ATGで撮って遺作となった「怪異談 生きてゐる小平次」など、多くの怪奇映画を撮った監督としての知識しかありませんでした。

それが、よりにもよってハタケ違いの漱石作品とは、ちょっと意外でした。

さっそくに中川信夫監督のフィルモグラフィをのぞいてみました。

なるほど、撮った作品の中に漱石の「三四郎」がありますね。

それから、啄木の伝記らしいタイトルの作品もあります。

もし、僕の記憶が確かなら、この作品のラストシーンは、啄木が老いた母を背負ったふたりのシルエットが障子戸越しに映し出され、画面横に「たわむれに・・・」というあの有名な歌の字幕が流れていたあれでしょうか。

まあ、取り立ててこれといった印象がなかったために、時間の経過と共に記憶が薄れてしまったのだと思いますが、たぷんあのラストは、この薄幸の天才歌人・啄木の、さらに続く絶望的な生活苦が暗示されながら取り立てて印象に残らないような゜凡庸な終わり方だったように覚えています。

年譜によれば、学生時代の一時期、中川信夫は、横光利一など新感覚派に傾倒した文学志望の青年で、そういう文学的な傾倒の延長線上のひとつの試みとして「キネマ旬報」に映画批評を寄稿しながら、映画界入りを果たしたということですから、そういうことなら却って全作品に占める文芸ものの比重が極端に少ないような印象を受けます。

しかし、この「虞美人草」を見る限りでは、原作の持つ重苦しい雰囲気を、原作のセリフをそのままなぞって、そっくり忠実に移し変えることだけで再現しようとしているにすぎない安直な印象を覚えました。

原作のテーマである急速な西洋化の中で新旧の価値観の対立に晒されながら頽廃していく日本人の心の変節や、家族内で食い違う複雑な心理の葛藤を、映像的に組み立てようとした工夫の跡とか、もしくは、文学への造詣の深さを窺わせるようなものは、残念ながらこの作品からは些かも見い出すことはできませんでした。

結局のところ、「虞美人草」が、なさぬ仲の「継母」との気持ちの軋轢を描いたママハハものみたいな作品になってしまっているところから判断すると、高度の解釈と自分なりの解体が求められる文学作品を、独自の映像表現にまで高めねばならない作業には、中川監督はどうも向いていなかったのかもしれません。

しかし、それは、向き不向き、得意不得意の問題にすぎないのであって、もとより能力の優劣をウンヌンするような次元のものではありません。

それにしても、まれにみる美貌の「霧立のぼる」という宝塚出身のこの女優の扱われ方は、その日本人離れした端正な顔立ちから、こうした「お高くとまっている冷たい令嬢」みたいな役が多かったのでしょうか。

数少ない鑑賞作品からの印象なので、僕の憶測がはずれていることを念じながら、山中貞雄の名作「人情紙風船」で白子屋お駒を健気に力演した艶姿を胸に秘めておくことにしておきます。

(41東宝映画・東京撮影所)製作・富岡厚雄、監督・中川信夫、脚本・桜田半三、原作・夏目漱石、撮影・三浦光雄、音楽・早坂文雄、美術・河東安英、録音・安藤重遠、照明・岸田九一郎、
出演・高田稔、霧立のぼる、伊藤智子、玉井旭洋、江川宇礼雄、花柳小菊、北沢彪、嵯峨善兵、勝見庸太郎、花井蘭子
1941.06.18 日本劇場9巻 2,409m 88分 白黒
by sentence2307 | 2007-01-09 22:14 | 中川信夫 | Comments(0)

毒婦高橋お伝

僕の子供の頃は、日本はまだまだ経済的に未成熟で、余暇のための遊戯施設なども十分でなく、休日を安価に過ごせる手ごろな暇潰しといえば映画を観ることくらいしかありませんでした。

日本の映画館が、黙っていたって観客が自然と集まってきた黄金時代だったわけで、それはちょうどTVが各家庭に浸透する直前の、いわばTVに観客を持っていかれる前の蜜月時代だったわけですよね。

電気紙芝居の安直なドラマで満足できる観客がどんどんTVに流れてしまったというこの現象は、きっと映画界にとって、とてもいいヒントを与えてくれたはずだったのに、以後の映画づくりにそれを生かせず、無策のまま凋落の一途を傍観してしまったことが、日本映画の質にとって、より深刻な事態を招いてしまったのかもしれませんね。

しかし、その頃、大人たち(大人といっても、当時二十代前半くらいの近所のお兄さんとかお姉さんだったと思いますが)は、頻繁に子供たちを映画館に連れて行ってくれたものでした。

お兄さんとは東映時代劇、お姉さんとは日活無国籍活劇、家族とは東宝の宇宙戦争ものをよく観にいきました。ごくたまにですが、松竹映画も見に行った記憶が、晩年の小津監督作品の幾つかを記憶していることで確認できます。

その頃は、正直言って小津作品が他のホームドラマとどう違うのか、子供に判別できたわけはないのですが、劇中、軽石を削って呑み、オデコを小突くとオナラが出るというギャグが面白くて(その場面は、朝の通学路で末の子がデコピンの試みに失敗してオモラシしてしまい、お尻を押さえて急いで家に逆戻りするというほのぼのとした場面に笑い転げました)、この監督の子供を見つめる眼差しの確かさ優しさに子供心にも感心したものでした。

そんなふうにして上記4社の映画を週代わりで代わる代わる見に連れて行ってもらったのですが、いまにして思えば新東宝映画作品だけは誰も連れて行ってはくれなかったのだなあと気がつきます。

それはそうでしょう、豊満な肉体の、はちきれるような胸と腰に申し訳程度のわずかな布切れを纏い付かせているだけの、殆ど裸同然の海女が、仁王立ちして挑むような目でこちらを睨み付けているような、あの毒々しい色合いの扇情的なポスターを考えれば、子供連れではなかなか行きにくい映画だったと思います。

そこには、子供心にも決して近づいてはいけない「性の」タブーに触れる危険な大人の性の匂いを嗅ぎ取っていたと思います。

「新東宝映画」が、他の4社とは違う観点から(きっと、「いかがわしい」と感じたと思いますが)大人のために作られた、子供なんかが観てはいけない映画なのだと感じたのだと思います。

しかし、後年、新東宝映画を見るにつけ、そのとき感じた「他の4社とは違う観点」が、それほどでもないと感じたことは事実です。

「性」のモラルに対して、殊更に社会的な制約に挑戦するとか、タブーに挑むとかいった明確な観念に貫かれた意識的な作品などといったものをいままで見た記憶がありません。

むしろ、放埓な性の行為を露悪的扇情的に描いておいて、最後では「だから、こういうことをしてはいけないんだよねえ」みたいな、後出しジャンケン的に破綻させるエゲツナイ結末で括る作品(どちらかと言えば、こちらの方が不誠実なくらいに道徳的な映画かもしれません)が多かったように思います。

いままで見た日本の映画の多くが悪女を描く場合、「こんな女に誰がした」みたいな「社会の被害者面」したスタンスで描くことが多く、正直言って、そのミエミエの性善説が、長い間、僕には鬱陶しくて仕方ありませんでした。

芯からの悪女がこの世には一人もいないとでも言う積もりか、という苛立ちです。

周りを見回せば、男好きの根っからの性悪女=足手まといになればわが子を平然と捨てるか、あるいは捨てる勇気がなければ食事を与えずに餓死させるか、虫けらのように殴り殺してしまう女なら、現実の中にゴロゴロいるのに、です。

この新東宝作品「毒婦高橋お伝」も、きっと「こんな女に誰がした」の観念の中に必死になって括りこもうとしながら、この女の生きた「真実」に裏切られて随所で破綻を見せている映画です。

あたかも連れ添った男たちが根っからの悪党か、運命に翻弄されるだけの優柔不断な意気地のない男だったために、お伝は不本意ながら悪の道に引きずりこまれました、という虚構によって必死に囲い込もうとしているのに、結局は欲情に色づいた彼女の肉体が活き活きとはみ出して見えてしまっている映画かもしれません。どのように囲い込もうと、どのように取り繕うと、理由付けを拒んだ高橋お伝の肉体は、淫らに男に抱かれ、彼女の欲望に答えられずに邪魔になればさっさと殺してしまう女だったと思います。

「それが何故悪い」という観念を正当化する斬新な視点は、おそらくアーサー・ペンの「俺たちに明日はない」の登場を待つしかなかったのかもしれません。

(58新東宝)製作・大蔵貢、企画・津田勝二、監督・中川信夫、脚本・仲津勝義 中沢信、撮影・河崎喜久三、音楽・渡辺宙明、美術・黒沢治安、録音・沼田春雄、照明・折茂重男
出演・若杉嘉津子、松本朝夫、明智十三郎、丹波哲郎、中村彰、舟橋元、山田美奈子、宮田文子、沢井三郎、芝田新、大関啓子、水原爆、明日香実、宗方祐二、西一樹、天野照子、野中吉栄、国方伝
1958.02.25、74分 白黒製作8巻 2,026m
by sentence2307 | 2006-10-17 00:04 | 中川信夫 | Comments(0)

中川信夫「虞美人草」 

「日本映画専門チャンネル」で珍しい作品を見ました。

中川信夫監督の「虞美人草」1935です。

上映に先立つ冒頭で「征かぬ身は、いくぞ援護へ、まっしぐら」という字幕が出てきました。

これだけでも、戦時下の緊張した雰囲気が反映されている映画なのですが、作品そのものは、戦時色などまったく感じられない漱石作品です。

しかし、中川信夫といえば、市川右太衛門やエノケンの作品を数多く撮った監督として知られているほか、「おどろおどろしい」という形容詞を躊躇なく使うことができる新東宝で撮った傑作「地獄」や、ATGで撮って遺作となった「怪異談 生きてゐる小平次」など、多くの怪奇映画を撮った監督として、僕でさえ持っているその程度の知識からしても、よりにもよってハタケ違いの漱石作品とは、ちょっと意外な取り合わせに驚き、さっそくに中川信夫監督のフィルモグラフィをのぞいてみました。

なるほど、撮ったものの中に漱石の作品「三四郎」がありました。

それから、啄木の伝記らしいタイトルの作品もあります。

もし、僕の記憶が確かなら、その作品のラストシーンは、啄木が老いた母を背負ったふたりのシルエットが障子戸越しに映し出され、画面横に「たわむれに・・・」というあの有名な歌の字幕が流れたと思いますが、取り立ててこれといった印象になかったのは、時間の経過と共に記憶からいつの間にか漏れてしまったことでも分かります。

この薄幸の天才歌人・啄木の、さらに続く絶望的な生活苦が暗示されながら終ったように覚えています。

年譜によれば、学生時代の一時期、中川信夫は、横光利一など新感覚派に傾倒した文学志望の青年で、そういう文学的な傾倒の延長線上のひとつの試みとして「キネマ旬報」に映画批評を寄稿しながら、映画界入りを果たしたということですから、それなら、なおのこと全作品に占める文芸ものの比重が極端に少ない印象を受けます。

しかし、この「虞美人草」を見る限り、原作の持つ重苦しい雰囲気を原作のセリフをそのままそっくり忠実に移し変えることで再現しようとしているにすぎない、原作のテーマである急速な西洋化の中で新旧の価値観の対立に晒されながら頽廃していく日本人の心の変節と、家族内の複雑な心理の葛藤を、映像的に組み立てようとした工夫の痕跡は残念ながらこの作品からは些かも見い出すことはできません。

結局のところ、「虞美人草」が、なさぬ仲の「継母」との気持ちの軋轢を描いた、ママハハものみたいな作品になってしまっているところから判断すると、高度の解釈と自分なりの解体が求められる文学作品を独自の映像表現にまで高める作業は、やはり、この監督には向いていなかったのかもしれません。

しかし、それは、向き不向き、得意不得意の問題なのであって、もとより能力の優劣をウンヌンするような次元のことではありません、念のため。

それにしても、まれにみる美貌の「霧立のぼる」という宝塚出身のこの女優の扱われ方は、その日本人離れした端正な顔立ちから、こうした「お高くとまっている冷たい令嬢」みたいな役が多かったのでしょうか。

数少ない鑑賞作品からの印象なので、僕の憶測がはずれていることを念じながら、せめて山中貞男の名作「人情紙風船」での白子屋お駒の力演を胸に秘めておこうかと思っています。
by sentence2307 | 2004-11-13 12:43 | 中川信夫 | Comments(0)