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by sentence2307
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カテゴリ:トニー・リチャードソン( 6 )

マドモアゼル ふたたび

映画を見て、感銘した作品について感想を書いたり、あるいは落胆した作品についても努めて感想を書くことを続けてきたこのブログを、曲がりなりにも現在までどうにか持続させることができたのは、きっと、自分の感じ方に少しばかり「特異」な部分があって、それが反発の「バネ」になり継続につながったからだと思います。

メディアやネットに表れる多くの「感想」や「批評」が、自分の感じ方のそれと大差のないものなら、きっと自分は書き続ける意欲も意味も見失い、「映画収集狂」というブログの看板なんてさっさと下ろして、躊躇なく口を閉ざし、心静かに「沈黙」を選ぶこともできたと思います。

なにもわざわざ大勢の考え方をなぞるような「提灯持ち」や「迎合」をしてまで、苦労して「キャッチコピー」の更なるコピーをアップするような愚をおかすことだけはすまいというのが、自分に課した一応の指針であり覚悟でした。

ですので、逆に言えば世間に流布される「大勢」に対する違和感が、自分のブログを持続させてきた原動力・推進力だったといえるかもしれません。

さて、今回、映画「マドモアゼル」のコラムを書くにあたって、語句の解釈を確認するために語句検索をかけていたら、こんなロイター電に遭遇しました。


題して
≪消える「マドモワゼル」、フランスの行政文書で使用禁止に≫とあります。
フランスのフィヨン首相は、今後同国の行政文書に、未婚女性の敬称「マドモワゼル」を使用しないと発表した。
国内の女性団体が昨年9月、この単語の使用が性差別に当たると陳情しており、首相がこれに対応した形となった。
首相は、正当な理由なく女性の婚姻区分を示す単語が書類に使用されていると言及して、新たに印刷する書類から「マドモワゼル」は消去され、女性を示す性別欄は「マダム」で統一されることになる。
なお男性には従来から選択肢がなく、一律で「ムッシュ」とされている。
「マドモワゼル」には、若さや未熟といった意味合いも含まれており、一定の年齢に達しても結婚しない女性にはそぐわない言葉だった。
[パリ 2012年 02月23日 ロイター] 


なるほど、「マドモワゼル」という言葉にそんな微妙な意味(一定の年齢に達しても結婚しない女性に「若さや未熟」はそぐわない)もあったなんて、この記事を読むまで知りませんでした、迂闊です。

女性が結婚していようがいまいが、行政文書における「性別欄」の表記は、男(ムッシュ)がそうであるように、「マダム」と単一表記に統一すべきという、つまり「性差別を含んだ用語の使用を禁止する」という、いささか遅すぎた感もありますが、これは歴史的な措置なのだと分かりましたが、しかし、この記事が示唆しているのが、それだけではなくて、婚期を逸した未婚女性には「若さや未熟」(つまり、処女性です)を連想させる言葉は似つかわしくない・相応しくない、という意味もあるとも読めました。

「結婚していようがいまいが、大きなお世話だ」とする女性たちの性差別への抗議が結実したその一文に、知らぬ間に取り込まれた「(単に表示としての)処女性の否定」という付帯概念まで女性たちは認識し、容認したのだろうかという疑問です。

この年になって、いまさら「処女」がどうのなんて、ちゃんちゃらおかしいわよと冷笑するか、

幾つになっても女として「処女(若さや未熟)」の初々しさを失わずに持つことは大切なことだわと思うか、です。

このロイター電がどこまでのことを言おうとしているのか、その及ぼす「射程」について考えてしまいました。

そもそも、この記事に出会った切っ掛けというのが、映画「マドモアゼル」のコラムを書くための語句検索の途上だっただけに、なんだか複雑な思いです。

映画「マドモアゼル」は、女性差別を告発したり啓蒙したりするようなタイプの映画ではありません。

ジャンヌ・モローが演じている村の女教師は、どう見ても35歳~40歳の女性で、僕の子供時分の言い方からすれば、「オールド・ミス」(いまでは、こう口にするだけで糾弾されかねない恐れとオノノキを感じてしまうくらいの世間を憚る死語になっています。そういえば「シスターボーイ」なんて懐かしい言葉もありました、まあ関係ありませんが)というジャンルに属する女性です、しかし、当然ながら「マドモアゼル」の方がはるかに素敵で響きもよく、「淑女」という印象さえ感じられていると思っていたら、この言葉には、リスペクトのほかに、暗に「老いた未通女」とでもいうべき揶揄も含まれていると町山智浩がyou tubeで話していることを知り、ちょっと意外な感じを受けました。

しかし、たとえそうだとしても、「オールド・ミス」の呼び方の酷さ(救いも温かさもない蔑称という印象です)は、到底その比ではありませんし、だからなおさら、「性的抑圧」というニュアンスをこの言葉から一層感じ取ってしまうのかもしれません。
このトニー・リチャードソン監督作品「マドモアゼル」は、確認できる限り、いまでもネットにおいては、「理解不能」と「嫌悪感」の大合唱に満たされている作品です。


自分が投稿サイトで読んだ感想は、だいたいこんな感じでした。

≪マドモアゼルがイタリア人の出稼ぎ労働者マヌーに惹かれ、実際森の中でするsexも執拗に描写されているのに、なぜ彼女は彼に対して態度を豹変させたのか、そこがどうしても理解できない。
マドモアゼルは、どういう理由でいつ殺したいと思うほどの殺意が芽生えたのかが正直わからない。
故意ではなかった最初の火事が、どうして邪悪な「水門の破壊」や「放火」や「家畜の毒殺」にまでエスカレートしたのか、その後の事件を起す動機がまったく理解できない。
第一マドモアゼルとマヌーの関係は、どちらかといえば物語の中では希薄な印象で、むしろ、マヌーと直接接触する以前、彼女は、マヌーの息子ブルーノに意識的に接近し、執拗に親切にしようとしたかと思うと、すぐに態度を変えてみすぼらしい服装を非難したり貧しさを罵声する場面(まったくひどい話です)の方に比重をかけて描いているのにも理解できない。マヌーの気を引くためにそうしているとも思えないし、なんだかあの前後の辻褄があわないような気がする。
これってただの女性特有の単なる気紛れとか、ヒステリーなのか。
いずれにしてもマドモアゼルの悪意(心理と行為)の在り方が謎すぎて追えない。
冷徹な抑えた映像と乾いた暴力的な描写には「映画」として惹かれるものがあったけれど、この邪悪な物語自体には嫌悪感さえ覚えたし、ストーリー的にはチンプンカンプンだった。≫


この難解な作品からすれば、「そりぁそうだ」と、この感想氏の疑問符には自分も全面的に同意したい気分になりました。

しかし、これらの反応が、別にいまさら湧きおこったことでもなんでもなく、1966年カンヌ映画祭に出品されたとき以来の疑問符が、現在まで継続して投げかけられ続けている反応にすぎず、そうだとすれば、多くの映画ファンは、この「マドモアゼル」という作品に馴染めないまま、「理解不能」と「嫌悪感」(解明できない「違和感」という癌細胞)を抱えて、実に半世紀ものあいだ悶々としてきたことになります。

その非理解(「理解」の放棄)と拒否反応は、現代においても維持されていて、それがそのまま、ネットにおける情報のあまりの少なさに反映しているような気がします。

当時の時代的限界を踏み越えたアンモラルなこのテーマ(水門破壊、放火、飲料水への毒物混入、淫乱、児童虐待、愛人への裏切り)は、あらゆる批評家から愚劣なポルノ映画にすぎないと決め付けられ、迫害と無視の仕打ちにあいます、それにトニー・リチャードソンとジャンヌ・モローのスキャンダルなども加味され、モロー本人の人間性と才能を疑問視されたうえ、彼女の仕事を選ぶ基本的な能力までをも疑われるなど、作品は深刻なダメージを受けて興行的にも失敗を余儀なくされました。

いわば、この映画で描かれた「家畜を溺死させた水門破壊、焼死者を出した放火、家畜の飲料水への毒物混入による家畜の毒殺、貧しさのための粗末な服装をみっともないと罵った児童虐待、そして淫乱と裏切り、そして罪を着せた愛人の撲殺」のどの犯罪に対しても理解を得ることや賛同を得ることが困難だったとしても、しかし、将来の長きにわたって、この作品を決定的に拒否させたものは、映画の最後でマドモアゼルの犯罪のすべてを許容したかに見える(否定的姿勢といえば、せいぜいマヌーの息子ブルーノがマドモアゼルに唾を吐きかける場面があるくらいです)演出者トニー・リチャードソンに対する観客の嫌悪と拒否でした。

「長距離ランナーの孤独」において、ゴールライン直前で「勝たないこと・負けること」で有産者階級への厳しい抵抗を示したあの「怒れる作品」とは、わけが違います。そこにも、この作品に対して観客が抱いた厳しい違和感と拒絶の根があったかもしれません。


半世紀もの長きにわたって、良識ある世界から一貫して拒絶され、一度として受け入れられることのなかった異色作「マドモアゼル」は、主演女優・ジュンヌ・モローのその死に際しても、それが彼女の輝かしい経歴の中に数えられることもなく、まるでそんな作品など最初から存在しなかったかのような「無視」の扱いを受けています。

その間、このアンモラルな映画が、最初から嫌悪と拒否のなかで終始全否定されて不遇な扱いを受けてきたかというと、決してそうではありません、「理解」への努力は為されたはずです。

しかし、この作品に描かれているジャンヌ・モロー演じるマドモアゼルの悪意に満ちた密かな数々の奇行と犯罪のなかに、仮に「狂気」を想定したとしても、最後には結局悉くその「理屈」の予測は裏切られてしまう、絶え間ない「否定」に次ぐ更なる「否定」の連続という「ちゃぶ台返し」(「愛の不在」などという生易しい次元ではこの謎解きはできません)にあい、肩透かしを食わせられる苛立ちと、男に対する異常な関心・性的欲情と罪悪感も、フロイトの尺度だけでは到底測り得ないと気が付いたときの自棄的な「駄作呼ばわり」とか、あるいはお座なりな「階級対立」の絵解きだけでは到底説明のつかない覚束なさとか、この作品の掴み所のなさに対する苛立ちと嫌悪感に満たされている印象を自分もまた受けてきました。

そして、いままで得られなかったその答えというのが、はたして老いた未婚の処女(マドモアゼルでありオールド・ミス)が抱いた狂気の妄想と「犯罪」として具現化された奇行にあるのか、自分もまた「この地点」までようやく辿り着いたまま、その先に進めず、タジロギ、身動きができなくなりました。

一両日「この先」を考えたのですが、しかし、書き加えるべき1行のアイデアも思い浮かばず、自分に課した許容時間も過ぎました。
しかし、答えはきっと、「聖ジュネ」の中に記されているはずです。

ギブアップの苦し紛れついでに「聖ジュネ Ⅰ」「すべてであるに至るためには、何事においても何ものでもないように心がけよ」の章の298頁上段(註11)に掲げられているエピソードを紹介しておきますね。

≪ジュネは自分の子供を殺したいという誘惑につかれている病女に問うたことがある。
「なんだって子供を殺すの。君の夫ではだめなの?」
すると彼女は答えた。
「だってわたしはそれほど夫を愛していないんだもの」≫

自分も文中で
「愛の不在」などという生易しい次元ではこの謎解きはできません
などと言ってしまっている以上、ここに書かれている「愛していないんだもの」も一筋縄ではいかない屈折したものと理解せざるを得ません。


(1966ウッドフォール)監督・トニー・リチャードソン、脚本・マルグリット・デュラス、原案・ジャン・ジュネ、製作・オスカー・リュウェンスティン、音楽・アントワーヌ・デュアメル、撮影・デヴィッド・ワトキン、編集・ソフィー・クッサン、アントニー・ギブス、美術ジャック・ソルニエ、製作会社・ウッドフォール・フィルムズ・プロダクションズ、字幕翻訳・中沢志乃
出演・ジャンヌ・モロー(Mademoiselle)、エットレ・マンニ(Manou)、ケイス・スキーナー(Bruno)、ウンベルト・オルシーニ(Anton)、ジェラール・ダリュー(ブーレ)、ジャーヌ・ベレッタ(Annette)、モニー・レイ(Vievotte)、ジョルジュ・ドゥーキンク(The priest)、ロジーヌ・リュゲ(Lisa)、ガブリエル・ゴバン(Police Sergeant)、
シネマ・スコープ(1:2.35)、モノクロ/シネスコ、モノラル、35mm



by sentence2307 | 2017-08-19 11:36 | トニー・リチャードソン | Comments(2)

マドモアゼル

今月の初めに検査入院とやらを経験しました。

6月の定期健診で腫瘍マーカーの値が基準値を超えているといわれ、専門医の診察を受けるようにという指示の書かれた検査表に、「紹介状」も添えられていました。

まあ、ことがことだけに、いままでのように無視するわけにもいかず、さっそく近くの中規模の専門病院に予約を入れて診察を受けにいきました。

特に中規模病院を選んだ理由は、仮に検査の結果が思わしくなかった場合、その病院でそのまま「手術」→「入院」という一連の手続きができるからと考えたからです。

自分の身近にも、健診センターで「悪結果」が出て町医者に掛かり、そこで改めて一からの検査を受け直して、再び「悪結果」が出たとき、ここでは手術ができないからと、さらに手術のできる大きな病院に回され、そこでまた改めて初めから検査を受けさせられるという時間のかかる例を幾度も見てきたので、それならと、最初から一つの検査で、「手術」→「入院」とストレートに済む中規模病院を選びました。

いままで自覚症状らしきもの(それが「自覚症状」と言えるとしてですが)なかったわけではありません、ごく軽い「残尿感」とか「頻尿」とか、もっと軽い「尿漏れ」とか、そういうものなら、確かに幾つかは思い当たるものがあった気がします。

あっ、そうそう、ここのところ「ノコギリヤシ」の新聞広告なんかも、やたら目についたということも、あるいは「自覚症状」のひとつだったかもしれません。

そんなふうにして受けたMRIの検査結果では、とくに異常なものは見つからなかったのですが、さらに検体検査をやってみましょうということで、冒頭の1泊2日の「検査入院」ということにアイなった次第です。

入院手続きの際、受付の人に「これなども入院ですか」と聞いたら、目をむいて「もちろんですよ」と怒られてしまいました、なにかその人のプライドを傷つけてしまったようなことを言ってしまったのかと軽い罪悪感に襲われたのですが、あるいは、たまたま彼の腹の虫の居所が悪かっただけだったのかもしれませんが。

実は、「入院」と名の付くものは、今回がまったくの初めてで、どうにも勝手がわかりません。

もちろん不安はありますが、いくら心配したって、検査とか治療の方は自分ではどうすることもできない、まさに「俎板の鯉」状態なので、ここは腹をくくるしかないと思い定めて、むしろそれ以外のことを考えることにしました。

これまで幾人かの友人の入院を見ていると、共通しているのは、持て余す時間をどう埋めていくかにかかっているような印象を受けています。

入院手続きの際、その受付の人からテレビを契約するかと聞かれたのですが、思わず入院患者が一日中ぼんやりとテレビを見ている生気のない姿が思い浮かんできて、どうあっても「あれだけは避けたいな」とすぐに思い、それなら、パソコンを持ち込むのだって、同じようなものだと考えて両方とも取りやめました。

しかし、改めて考えてみれば、これってまさに「一日だけ自由な時間が与えられる」願ってもないチャンスなわけですよね、勤めのある自分にとって、夢のような解放された「自由時間」なわけで、そういうことなら結論はきわめて簡単です、思い悩む必要などありません。

「晴耕雨読」の生活が夢だった自分にとって、ここは、やはり読書しかありません、読みながらまどろみ、まどろみながら読む、これ以上ない、なんという「至福」だろうかと考えたとき、不意に、それならいつも通勤電車でやっていることと同じじゃね~かという思いに虚を突かれ、「青い鳥」じゃありませんが、人間って結構、どのような生活を送っていても、知らないうちにほんの少しずつ、それなりの「理想」に近づこうとしているものなのだなと考えた次第です。

こうして1日だけの入院生活は、絶え間ない読書とまどろみによって終わりました、「読書三昧」ということなら、理想的な1日だったと言うことができると思います。

そしていまは、その検査の結果を待っているという状態です。

「しかし、あのさあ、これってアンタのたった1日だけの入院生活の話でしょ、タイトルの『マドモアゼル』とは、なんの関係もないじゃないですか」

お叱りはごもっともです、ごもっともですが、しかし、こんなことで驚いちゃいけません、いままでだって自分のブログは前振りのダベリが長すぎて、横道にそれっぱなしで、主題を見失ってしまったことなんて、そりぁ数えきれないくらいありました、否定はしませんが、今回の場合に限っていえば違います、大いにね、隅々に至るまですべてが緻密な計算で張り巡らされて「主題まっしぐら」なのですから。ホントです。

なので、その話をしますね。

入院に際し、例の「絶え間ない読書とまどろみ」のための1冊を選ぶお話をすれば、きっとその辺の空気感を分かっていただけると思います。

本選びに際して、自分がまず考えたのは、いままで読んだことのない「新刊」を持参するか、あるいは、かつて読んだことのある「既読本」を持っていくかということですが、それは考えるまでもなく「既読本」です、当然じゃないですか、いまさら新たな感動など求めたって仕方ありません。

前記した「晴耕雨読」という言葉が象徴している状態は、新たな感動を得るなどという攻めの状態ではなく、むしろ乱読で読み飛ばして、いままで振り返ることもしなかったかつての「感動」のひとつひとつをもう一度静かに辿り直したい・振り返りたいという「守り」の思いしかありません。

実は、自分は学生時代にサルトルに嵌った時期がありました、著作の中では、特に「聖ジュネ」に大いに感銘を受けました、当時、世間的にも自分的にも一種の「倒錯ブーム」みたいなものがあったと思います。

ですので、今回の入院に際し、ぜひ「聖ジュネ」を読み直したいという気持ちから、例の人文書院刊のクリーム色の本を時間ギリギリまで探したのですが、どうしても見つけ出すことができません。

残念だったのですが、仕方なくサルトルの「嘔吐」を持っていくことにしました。

これも、自分に大きな影響を与えた本でした、哲学書としてではなく、風変わりな小説として。

特に、登場するタイプとしての「独学者」の人間像に強く惹かれました。

「嘔吐」の書き出しは、こんな言葉から始まっています。

≪いちばんよいことは、その日その日の出来事を書き止めておくことであろう。はっきり理解するために日記をつけること。取るに足らぬことのようでも、そのニュアンスを小さな事実を、見逃さないこと。そして特に分類してみること。どういう風に私が、この机を、通りを、人々を、刻み煙草入れを見ているかを記すべきだ。なぜなら、変わったのは、「それ」だからである。この変化の範囲の性質を、正確に決定しなければならない。≫

辛抱強く書き続けることが、なによりも大事なのだと説きながら、一方で、それが生活の、ひいては生きるための技術を説いているようにも読める、そんなふうにこの小説を「入院」している間に読みました。

実は、退院してから、溜まってしまっていた新聞を、1頁1頁目を通していた時、ジャンヌ・モローの訃報に接しました。
そこには彼女の出演作が紹介されています。

「死刑台のエレベーター」1957、「雨のしのび逢い」1960、「突然炎のごとく」1961、「ジャンヌ・モローの思春期」1979、

どれも彼女の女優人生にとって重要な作品には違いありませんが、もっとも彼女らしい作品と思っていた「マドモアゼル」1966が掲げられていないことが、自分にはなんだかとても不満でした。

入院前の慌ただしい時に、サルトルの「聖ジュネ」を堪らなく読みたくなって、探しまわったことも、なんだか啓示のように感じられてなりません。

トニー・リチャードソン監督「マドモアゼル」は、泥棒にして性倒錯者ジャン・ジュネが、シナリオに参加した異色作です。

(1966英仏)監督・トニー・リチャードソン、脚本・マルグリット・デュラス、原案・ジャン・ジュネ、製作・オスカー・リュウェンスティン、音楽・アントワーヌ・デュアメル、撮影・デイヴィッド・ワトキン、編集・ソフィー・クッサン、アントニー・ギブス、美術ジャック・ソルニエ、製作会社・ウッドフォール・フィルムズ・プロダクションズ、字幕翻訳・中沢志乃
出演・ジャンヌ・モロー(Mademoiselle)、エットレ・マンニ(Manou)、キース・スキナー(Bruno)、ウンベルト・オルシーニ(Anton)、ジェラール・ダリュー(ブーレ)、ジャーヌ・ベレッタ(Annette)、モニー・レイ(Vievotte)、ジョルジュ・ドゥーキンク(The priest)、ロジーヌ・リュゲ(Lisa)、ガブリエル・ゴバン(Police Sergeant)、
シネマ・スコープ(1:2.35)、モノクロ/シネスコ、モノラル、35mm


by sentence2307 | 2017-08-13 18:52 | トニー・リチャードソン | Comments(2)

長距離ランナーの孤独

盗みで少年院に送られたコリンが、院長からその健脚を見込まれて、「少年院」対「パブリック・スクール」のマラソン大会に出場することを命じられ、辛い労働を免除されて、毎日早朝から練習に集中するという特別扱いを受けています。

院長の面子にかけて、このマラソン大会に勝つことが厳しく求められている一方で、収容者仲間からは特別扱いを受けていることに対して、コリンは、白い目で見られています。

野山を駆けながら、孤独と貧しさの中で盗みをしていた日々がよみがえります。
警官から逃げるために、どうしても速くなければならなかった自分の「足」のことや、働きづめで癌のために死んだ父親のこと、その後、父の保険金で母親が男たちと遊び回っていたことなどを思い出します。

そしてレース当日、コリンは、終始トップを走り続けながら、ゴールを目前にして、突如立ち止ります。

騒然となる観衆や「走れ!」と怒鳴る尊大な院長を尻目に、コリンは挑み掛かるような不適な薄笑いを浮かべて、その場から一歩も動こうとしません。

弱者を見下し、徹底的に利用しようとする尊大なあらゆる権威に対して、コリンは、不服従の意志をあらわに挑みかかります。

警察官から逃れるためにひたすら走り続けなければならなかったコリンの「足」は、いま、その走りを放棄することによって、はじめて権力に痛打をあびせることができたのだと思います。

社会の底辺で貧困や屈辱に傷つきながらも、不服従によって偽善に満ちた権威・権力に痛打を浴びせ、誇り高く生きていこうとする者の気高さを教えてくれた作品でした。

(1962イギリス)製作監督・トニー・リチャードソン、脚本・アラン・シリトー、音楽・ジョン・アディソン、撮影・ウォルター・ラサリー、編集・アンソニー・ギブス、
出演・トム・コートネイ、マイケル・レッドグレイヴ、ピーター・マッデン、ジェームズ・フォックス
by sentence2307 | 2013-04-10 22:28 | トニー・リチャードソン | Comments(28)

蜜の味

トニー・リチャードソンに関して多くの解説書ではこんなふうに紹介しているかもしれません。

「フランスのヌーヴェルバーグ運動の影響を受けて、イギリス映画も、厳しい階級社会が存在する自国の労働者階級や社会の底辺に生きる若者たちをリアルに見つめようという機運が高まってきた。
それはイギリス映画の新しい波として、旧来の道徳観・硬直した製作ポリシーを悉く粉砕する強烈な社会批判を込めたフリー・シネマ運動として推し進められ、ついには「怒れる若者たち」と呼ばれる世代が形成され、その映画運動を指導した代表がトニー・リチャードソンだった。」

その運動とは、つまり、リチャードソンの「怒りをこめて振り返れ」「蜜の味」「長距離ランナーの孤独」、ライスの「土曜の夜と日曜の朝」、リンゼイ・アンダーソンの「孤独の報酬」、ジョン・シュレシンジャーの「或る種の愛情」「ダーリング」によって結実した製作活動の総体としての総称でした。

そして、まさにこの輝かしい運動の初期に撮られた作品が、トニー・リチャードソンの歴史的名作(正確には、「反歴史的名作」といった方がふさわしいかもしれません)ともいうべき「蜜の味」でした。

僕としては、この作品を見るのは、今回が初めてでした。

見る前の期待的な印象としては、「長距離ランナーの孤独」に先立つ映画なのですから、あの作品よりも数倍権力者に対する怒りを炸裂させた先鋭な反抗の物語だろうと考えていた先入観が、少し肩透かしを食わされた感じでした。

ですので、閉ざされた情況に対する苛立ちをむしろ抑圧し、その憤りが外へではなく、母と娘の葛藤を描きながら、内へ内へと向かうように作られていることに、少し意外な感じを受けたのだと思います。

そして、あえて、この作品の中で、社会に対する「反抗」や「挑発」という意味に適うシチュエーションを示そうとすれば、たぶん、それは、娘がやがて「黒い赤ん坊」を生むであろうという部分でしょうか。

しかし、その当時の日本にあっては、確かに「黒い赤ん坊を生む」ということは、その閉鎖性社会においてかなりのプレッシャーの伴う衝撃的な行為だったかもしれませんが、広く世界に植民地を保有していたイギリスでは、もしかしたら、極東の単一民族国家の島国(その虚構も既に崩れ始めていますが)で考えるよりも、それほどの衝撃ではなかったのかもしれないという気がしました。

娘を孕ませた黒人船員が、自分の出身はリバプールだと映画のなかで話していましたよね。

実は、この作品「蜜の味」を見た後、ある疑問に囚われ、すぐに、ひとつの確認を実行しました。

それは、奇しくも同じ母と娘の葛藤を描いた今村昌平監督の「にっぽん昆虫記」の製作年度の確認です、そしてそれは1963年でした。

「蜜の味」は、1961年製作、日本公開は1963年と聞いています。

きわめて似ているシチュエーションながら、あえて異なっている部分を上げるとするなら、それは淫乱な母親に対する娘の描き方の違いかもしれません。

「蜜の味」の娘ジョーは、淫蕩な母親への嫌悪と親から見捨てられた孤独感から黒人船員の子を孕み、いみじくも母親と同じ道を歩き出そうとする絶望の暗示でこの映画は終わっていますが、今村監督の「にっぽん昆虫記」においては、その「性」は、男たちを操る快楽の道具あるいは売り物として十分に活用され、女自身もそのくらいのことで傷つくようなヤワな「道徳心」も「感傷性」も持ち合わせず、女という肉体を十分に駆使して図太く快活に生きていく女たちの逞しい姿が描かれていました。

もし、リチャードソンの「蜜の味」からの影響を受けてあの「にっぽん昆虫記」が作られたのだったら、今村昌平の、そのあまりに見事な独自性によって、人々に連想の機会を与えなかった、あるいは許さなかったのかもしれません。

このタイトル「蜜」という言葉に込められた意味が、母親の拘束から解き放たれた僅かの時間、あるいは「性」に煩わされないで過ごした穏やかな時間の意味でもなく、男たちとの性交の快楽とか、女の肉体そのものの悦楽性を示唆したのだとしたのならば、それは今村作品「にっぽん昆虫記」においてこそ、はるかに見事な結実を見せたといわねばならないかもしれません。

やがてこのフリー・シネマ運動も、ほんの数年を境に、怒りの姿勢は、次第にシニカルで斜に構えた皮肉に転じていくこととなります。

怒りと反抗が、深い失望と挫折によって結局不毛に終わったあと白々しい挫折感だけが残り、屈折したその絶望感は、旧来のイギリス人独特の皮肉と風刺の苦々しい笑いのなかに取り込まれていったのでしょうか。

もしかすると、「怒れる若者」の作風には、そもそもその最初から、ある種の弱々しさのなかに既にしてその投げ遣りな苦さが含んでいたのかもしれません、この「蜜の味」という作品を見ながら今村昌平のしたたかさ・力強さを逆に感じたのでした。

(1961BLC)監督製作脚本・トニー・リチャードソン、脚本・シェラ・デラニー、撮影・ウォルター・ラッサリー、音楽・ジョン・アディソン、助監督・ピーター・イエーツ、
出演・リタ・トゥシンハム、ドラ・ブライアン、マーレイ・メルヴィン、ロバート・スティーヴンス、ポール・ダンクア、デヴィッド・ボライヴァー、ジーン・カデル、マーゴ・カニンガム、ヴェロニカ・ハワード、
by sentence2307 | 2008-06-03 21:20 | トニー・リチャードソン | Comments(1)

怒りをこめて振り返れ

フランスのヌーベルバーグとほぼ時を同じくしてイギリスで起こった映画運動が、いわゆる“怒れる若者たち”のフリーシネマ運動でした。

どうしても見る機会を持てなかった「怒りをこめて振り返れ」59に先立って、僕がまず見たのが「長距離ランナーの孤独」62でしたから、例えば、その怒りの表現の仕方も随分と抑制された形の、まあ、皮肉っぽく言えば、イギリスらしい理性的で完成度の高い場所から、この運動が、理念的にも映画作法的にも洗練された作品を生み出しながら開始されたものという先入観を持っていました。

「長距離・・・」の描いているトム・コートネイが精一杯のふてぶてしい薄笑いを浮かべながら為された「不服従」という抵抗は、権力に対する抵抗の中では、結局のところ、ねじ伏せられた殆ど敗北に近い負け犬の抵抗と言わねばなりません。

この映画を最初に見たとき、やっぱりイギリスは違う、これが大人の抵抗の描き方だ、と勝手に思い込んでいたのです。

しかし、今回、「怒りをこめて振り返れ」を初めて見て、そうした思い込みが、全くの誤りであることを思い知らされました。

この作品は、生活に追い捲られる青年が、ゆとりのない厳しい現実に夢を抱くことさえできず、苛立ちとやり場のない怒りに屈折した思いを、上の階級に属していた最愛の人(自分の貧しさのために生活に追われ次第に所帯やつれしていく彼女の姿に男は耐えられません)に、逆に、口汚い罵りの言葉を吐き掛け続けるような何とも鬱陶しい映画です。

いや、映画にまで消化しきれていない殆ど「演劇」です。

全編をベタで埋め尽くしている救いのない激しい生の言葉の応酬や、誰かに叩き付けずにはいられない深い孤独から絶叫するしかない独白、そのどれもが、かつて映画の中ではみることの出来なかった苛立ちと激怒する下層階級の人間の生の姿だったに違いありません。

稚拙ではあるかもしれないけれども、そうした総ての固定観念を殴り倒すような力強さがこの映画にはありました。

「トレインスポッティング」など現代のイギリス映画にその息吹ははっきりと感ずることが出来ます。

富める階級の人たちがこの映画を見たら、こう思ったでしょうか。「彼らにも、怒る権利があるのか?」と。

出演は、リチャード・バートン、クレア・ブルーム、メアリー・ユア。

バートンは映画デビューしたばかりながら、「聖衣」53「アレキサンダー大王」56でその演技は既に認められていましたし、クレア・ブルームは、チャップリンの「ライム・ライト」52の大抜擢の後、「リチャード三世」55のローレンス・オリビエ、「アレキサンダー大王」56のリチャード・バートンなどイギリス劇団の大物との共演を果たした後の充実した時期の作品でした。

トニー・リチャードソンが、「トム・ジョーンズの華麗な冒険」で、63年アカデミー作品賞を受賞した時、助演女優賞にこの作品からジョイス・レッドマン、ダイアン・シレント、イーディス・エバンスの3人がノミネートされました。

1作から3人のノミネート俳優を出したというリチャードソンの卓越した演出を今に伝える伝説的な語り草になっています。
by sentence2307 | 2004-11-07 11:30 | トニー・リチャードソン | Comments(239)

長距離ランナーの孤独

盗みで少年院に送られたコリンが、院長からその健脚を買われ、少年院対パブリック・スクールのマラソン大会に出場することを命じられ、毎日早朝から練習するために辛い労働を免除される特別扱いを受けています。

院長の面子にかけて勝つことが厳しく求められている一方で、収容者たちからは白い目で見られます。

野山を走りながら、孤独と貧しさの中で盗みを働いては警官から走って逃げるために足だけは速かったこと、父が働きづめで癌で死んだ後、その保険金で母親が男たちと遊び回っていたことなどを思い出したりします。

そしてレース当日、コリンは、終始トップを走り続けながら、ゴール直前で突然立ち止ります。

騒然となる観衆や「走れ!」と怒鳴る院長をコリンはその尊大で自信たっぷりのうぬぼれを叩き潰し挑み掛かるような不適な薄笑いを浮かべてその場を動きません。

僕は、このシーンで映画というものがどういう精神性を持つものか初めて知りました。

映画には左右硬軟いろいろあるでしょうし、もしかしたら、この作品は極端に位置する異端の作品群にはいるのかもしれませんが、映画というものの在り方とか考え方とかの基本的なものを教えてくれた作品でした。

社会の底辺で貧困や屈辱に甘んじながらも、どこまでも誇り高く偽善に満ちた権威・権力に反抗し続けながら、生きていこうとする者の気高さを教えてくれました。
by sentence2307 | 2004-11-06 00:13 | トニー・リチャードソン | Comments(0)