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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:陳凱歌( 1 )

人一倍のオーラを放ち、観客を深く魅了することができる役者は、また、そのことによって、肉体的にも精神的にも、逆に自身こそが大きく傷ついてもいたのか、とレスリー・チャンの突然の訃報を聞いて深いショックを覚えたのが、つい昨日のことのように思い出します。

数々の優れた作品に魅了されてきた僕にとって、彼の死を自分の中でどう処理していけばいいのか戸惑いながら、彼の数々の作品とともにこの作品「さらば、わが愛/覇王別姫」を思い返したのだと思います。

冒頭、子供の蝶衣が、娼婦の母親に引き摺られるように京劇の養成所に連れ来られる強烈な場面が忘れられません。

母子共に共倒れしかねない生活苦から、母親が我が子を京劇に売り飛ばそうとする悲痛なシーンです。

しかし、その子には指が6本あって、そんな子は、使い物にならないと入団を拒否されてしまいます。

母親は、すぐさま子供を外に連れ出すと、鉈で指を1本切り落とし、再度師匠に懇願して入団を果たします。

このシーンを見たとき、この映画がもつ崇高さのすべてを予感しました。

「6本指」、「切り落とす」、しかも、その非情な行為のすべてを為したのが母親なのです。
母に捨てられた子供・蝶衣は、自分が売り物としての条件を満たすために、母に指を切断されたのです。

その人生のはじめに、無償の愛情を注がれるべき母親から、自分の存在のすべてを否定されるような、こんな経験をした子供が、厚かましくも堂々と他人を愛することができるようになる訳がありません。

人を愛することの必須条件は、相手の思惑など一切気にしない自分勝手な図々しさにあります。

強引さで相手巻き込んでいくだけの「押し」がなければ、まずは片方が熱くなって始められる恋愛関係など、そもそも成立しようがありません。

そして、それができるのは、愛というものに不信感を持たないままに大人になった人間、裏切られることのない愛情に包まれて育った子供だけに許された能力なのです。

蝶衣と段小婁の関係を思うとき、いつもそのことを痛感します。

そして、それがそのまま、蝶衣が隠し持っていた剣で自分の喉を突き通して果てるラストシーンにつながっているのだと思います。

母親から否定された命を、遅ればせながら大人となって、人の愛し方が分からない絶望のままに自分の命を否定することとなる痛ましい場面でした。

この場面を見ながら、予備知識をまったく持ってないレスリー・チャンの人生が何故かダブって仕方ありませんでした。

ほんの十数年前は、僕の映画好きの友人たちでさえ、ホンネのところは香港映画をまともに相手にしないような揶揄的な空気が確かにありました。

もし、レスリー・チャンの存在がなかったら、はたして今日あるような、これだけの世界的な信頼を、はたして香港映画が持ち得たかどうかは、すこぶる疑問だと言わざるを得ません。
by sentence2307 | 2004-11-13 23:40 | 陳凱歌 | Comments(0)