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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:新藤兼人( 10 )

銀心中

以前はよく出版各社が競って「世界文学全集」や「日本文学全集」という長大な企画を、時間をかけて地道に出版していた時期がありました。

思えば、ずいぶん贅沢で余裕のあった時代だったのだなとつくづく思います。

世界文学全集にしろ、日本文学全集にしろ、それこそ何十巻という、企業にすれば完結するまで何年もの長い時間を要して、それだけのリスクも抱えるわけで、その期間中、刊行部数をいかに保てるか、毎月1冊か2冊の配本ペースで刊行されるその配本開始時には、夏目漱石とか芥川龍之介、川端康成、三島由紀夫、太宰治など超人気作家を連ねて一般読者にアピールし、購買意欲を掻き立て、そのまま成果の見える時期はいいとしても、ネームバリューのあまりない作家の部数の落ち込みをいかに抑えられるか(ならしたときの収支)という工夫に各社の企画力が試されたのだと思います。

しかし、シロウト考えですが、いかに読書好きとはいえ、誰もが「現代日本文学」の(マイナーな)名作までもすべて読み倒したいと思うかという疑問はあります。

誰にも「作家の好み」というものがあって、自分にとって「取っ付きにくい作家」や「苦手な作家」をも、あえて「読まなければならない」と考えたり、自分に課したりするだろうか、偏屈に陥りがちの読書人(自分です)にはちょっと在り得ないことのように思ったからでした。

思春期の青少年ならともかく、捻くれるだけ捻くれて年を重ねてしまった大人が「折角こんな名作があるのに、まだ読んでいないなんて、もったいないヨ」とかなんとか示唆されても、興味のない新しい分野に今更あえて挑戦するなんことはとても考えられないし、その必要などまるっきり感じていませんでした。

誰もが自分の好きな小説だけを読み、それで自分の時間を大いに楽しみ、満足を得られればそれでいい、読書とは、あくまでもそういった「個人的」で嗜好的なものなのだから、それをあえて「文学全集」を全巻所有するなどという発想自体が「読書好き」とは無縁の、つまり百科事典や英会話セットを全巻揃えたいと思う気持ちと大差ない「一応の教養とかハクをつけるためだけ」みたいな俗悪で不純な欲求のような気がしてならず、そういう理由で自分はいままで「現代日本文学全集」などというタグイのものは、一切買わないと決めてきました。

そしていまでも、「全巻揃える」ということに対する忌避の気持ちには変わりはないのですが、しかし、この信条のために「こんな名作があるのに、まだ読めてない」という、自分から作ってしまった垣根を越えられない負い目は感じていました。

近所に小さな古本屋があって、通勤の行き帰りに、店頭に設置されている廉価本(全品100円です)の棚をのぞく習慣がいつの間にか身についてしまいました。

店の中に入ることは滅多にありません。

その店頭の廉価本の棚には必ずといっていいほど、昭和40年代に各社が盛んに出版した「現代日本文学全集」各種が並んでおり、いまさら芥川龍之介や太宰治でもないか(全集の刊行開始時に大量に刷った超人気作家たちです)と思いながら、昭和45年前後に中央公論社から出版されたブルーの箱入り装丁の「日本の文学」(「文学全集」のなかでも結構なベストセラーだったと思います)の幾冊かのなかに、「井上友一郎・田宮虎彦・木山捷平集」を見つけ、へ~え、木山捷平とはね、と思わず手に取りました、しかも、そこには「大陸の細道」が収載されているではないですか。とても懐かしい気持ちで、反射的に購入してしまいました。

「大陸の細道」は、とても愛すべき小品で、抑えた優しい語り口がいつまでも心に残っている作品です。

そして今回も、その快いかつての思い出だけを求めるようにして思わず購入してしまった感じでした。

余談ですが、それから少しあとになって、本棚の奥に、講談社文芸文庫版の「大陸の細道」も見つけてしまいました。

自分はずっと、その「こころよさ」だけを呼び起こすために、こんなふうに、「思い出」に出会うたびに買い求めずにはいられなくなり、読了後も捨てきれないまま本棚の奥に留めておいて、そのことをすっかり忘れた頃に、ふたたび「思い出」に出会い買い求めずにはいられないということを繰り返し同じ書名の本を何冊も溜め込んできたのかもしれません。

しかしそれは、自分にとっては、決していやなことではありませんでしたが。

さて、古書店から購入したその本「井上友一郎・田宮虎彦・木山捷平集」は、三人集なので、当然ほかの作家のものを読むことになります。

田宮虎彦の「足摺岬」は、吉村公三郎監督作品として、いままで幾度も鑑賞しているので、実際にこの小説を読んだことがないとしても(記憶は、はっきりしませんが)、その強烈な暗鬱さが読み見始める切っ掛けを阻み、「足摺岬」と、その脚本段階で加味されたという「菊坂」および「絵本」だけは、真っ先に読もうという気が起こりませんでした。

仕方なく、タイトルだけは聞いたことのある「銀心中(しろがねしんじゅう)」から、まずは読み始めました。

戦中から戦後にかけてのお話しです、東京で理髪店を営む夫婦(喜一と佐喜枝)のもとに、郷里の甥(珠太郎)が理髪師修行のために上京して同居します。

そのうちに夫・喜一に召集令状が届き、留守を託された甥・珠太郎も、すぐに召集されることになるのですが、夫のいない僅かの期間に、妻・佐喜枝と甥・珠太郎のあいだに微妙な感情が芽生えます。

明日は甥・珠太郎が入隊するという夜、妻・佐喜枝は感情の昂ぶりを抑えながら寝床に横臥しています、甥・珠太郎は思いを告白できないもどかしさの中で悶々としながら、息を潜めて別れの夜をやりすごします。

戦地に甥を送り出したあと、妻・佐喜枝は夫の戦死を知らされます。

戦争が終わり、女ひとりで生きることの屈辱的に耐えていたとき、甥が不意に戦地から戻ってきて、ふたりは激しく燃えあがり、そして結ばれますが、苦労してやっと新たな店を構え、ようやく仕事も軌道に乗りはじめたとき、戦死と聞かされていた夫・喜一が突然帰ってきます。

すぐに甥は姿を消しますが、事情を知った夫は、ふたりのすべてを許したうえで「よく話し合おう」というばかりです、いっそ激怒して殴る蹴るで離婚となれば、まだしも甥と結ばれる途が開けるのに、妻と離れることのできない夫・喜一のその優しさ(煮え切らなさでもあります)が、喜一の恩を裏切れない甥・珠太郎を逡巡させ、追いすがる妻・佐喜枝を遠ざけ、拒否し、さらに彼女から逃げることしかできない切迫感に彼を追い詰めます。

甥にしてみれば、夫が死んだと聞かされていたからこそ妻・佐喜枝と結ばれることを決心したのであって、もし夫が生きていることを知っていたら、最初からこの関係は在り得なかったと珠太郎は思い悩み、そもそも自分には、恩ある喜一に対して「背信」を犯すなどという大それた意図など毛頭なかったのだと(自分こそ騙されたのだという思いで)、追いすがる妻・佐喜枝を拒み続けたのかもしれません。

まるで「三竦み」のこの膠着状態の打開策は、やはりラストの「心中」以外になかったのだろうか、と小説を読んだ後、しばらく考えていたところ、なんと、自分の録画ストックのなかに、この「銀心中」があるじゃないですか。

録画したこと自体すっかり忘れていましたが、さっそく映画を見てみました。

なるほど、なるほど、映画では、この「ラストの心中」部分が大きく改変されていたので、少し驚きました。

原作の小説では、佐喜枝が行方不明になった翌朝、崖下の川辺で佐喜枝の死体と、その亡骸に覆いかぶさるように死んでいる源作が見つかります。

佐喜枝は、手首を切ったあと崖から身を投げたらしく、それから4、5時間後に源作が死んだことが判明します。

珠太郎から「東京へ帰れ」と拒否された佐喜枝が絶望して崖から身を投げたのを源作が知り、「理由は分からないが、」おそらく同情からあと追い心中をしたものらしいと、小説はその最後を結んでいます。

(実は、理由というのは、小説の中で、源作が自身の身の上を佐喜枝に語る部分で説明されていて、代々農奴のように差別されてきた自分を分け隔てなく接してくれたのは軍隊で上官だった少尉と佐喜枝さん、あんただけだったと語り掛ける部分があります。)

珠太郎は「東京へ帰れ」と佐喜枝に怒鳴り雪の中を立ち去ったきり、小説のなかでは、もはや出番を作らなかったのは、この小説を作者は、失恋による単なる心中ものとしたくなかったからかもしれません。

しかし、映画においては、佐喜枝の死体が発見されたのとは別の場所で、珠太郎もまた死体となって発見されるという設定になっています。

この別々の場所で命を断った2人に対して、佐喜枝の死体を抱え挙げる源作が、「なぜ、一緒に死ななかったんだ?」とその亡骸に問いかけていますが、しかし、これは観客の疑問を先取りしてしまっただけの、実に空虚に響く不手際な問い掛けでしかありません。

このひとことは、果たして、セリフとして本当に有効なものだったろうかという思いから、どうしても自分は自由になれませんでした。

佐喜枝に「東京へ帰れ」と怒鳴りつけ、吹雪の中を立ち去った珠太郎が、その足で死地に赴いたとは、どうしても考えられない。

もし佐喜枝が彼の死を追って時間差心中をしたというなら、少なくとも珠太郎の死体を確認してからでなければ、辻褄は合いません。

珠太郎にとっては、佐喜枝の思いを受け入れることは、恩ある喜一を傷つけることと同じことである以上、彼はもう佐喜枝に一歩も近づくことができないという身動きできない状況に追い込まれているはずであり、「もういい加減に俺のことを追い掛けずに、さっさと亭主の元に帰れよ」という言葉に込められているものこそ、むしろ珠太郎自身が生きる余地を別の場所に求めたいと願っているからだと思えてならないのです。

ウィキでは、原作者・田宮虎彦の最期をこんなふうに紹介しています。

「1988年1月に脳梗塞で倒れ日産玉川病院にて療養、右半身不随になり、同年4月9日午前9時15分頃、同居人である旧友の子息の不在中に東京都港区北青山2丁目のマンション11階ベランダから投身自殺する。脳梗塞が再発し手がしびれて思い通りに執筆できなくなったため命を絶つとの遺書が残されていた。享年77。墓所は多磨霊園にある。」

奇しくも、佐喜枝と同じ投身自殺だったと記されていました。

(1956日活)監督脚本・新藤兼人、原作・田宮虎彦、製作・山田典吾、糸屋寿雄、撮影・伊藤武夫、音楽・伊福部昭、美術・丸茂孝、録音・中村敏夫、照明・吉田協佐
出演・乙羽信子(佐喜枝、梅子)、長門裕之(珠太郎)、宇野重吉(喜一)、殿山泰司(源作)、河野秋武(芳造)、堀込さなえ(芳造の子供)、利根はる恵(さく)、北林谷栄(信代)、細川ちか子(おかみ)、相馬幸子(清水屋の女中)、下條正巳(町内会長)、久松晃(隣組長)、菅井一郎(栗本)、小夜福子(栗本の女房)、島田文子(見習いの少女)、野口一雄(小僧)、千代京二(職人)、田中筆子(白猿旅館の下女)、若原初子(白猿旅館の女中)、清水一郎(伊東の店の主人)、近藤宏(伊東の店の職人)、河上信夫(しろがねの警官)、小田切みき(めしやの女)、浜村純(栗本理髪店の客)、下元勉(喜一の店の客)、安部徹(職人風の客)、山田禅二(うどん屋の客)、三鈴恵以子(うどん屋の客:)、新井麗子(温泉旅館の女中)、
1956.02.05 10巻 2,723m 1時間39分 白黒スタンダード
by sentence2307 | 2014-07-13 20:18 | 新藤兼人 | Comments(0)

裸の十九才

日本映画専門チャンネルで、ここ数ヶ月にわたって新藤兼人監督作品の特集をずっと放映しています。

ただ、僕には、ある時期の新藤監督が陥っていた(としか思えないのですが)手法がどうしても理解できず、戸惑いと拒否反応が先入観として残ってしまった辟易した諸作品があって、「新藤作品離れ」を起こしていた時期がありました。

きっとその最たるものが「鉄輪」72だったような気がします。

新藤作品の魅力は、あくまでも粘っこい散文的なところにあると勝手に信じていた僕にとって、あの斬新な方法論にひたすら挑戦したような自滅的というか、どう贔屓目に見てもあの身の丈に合わない「ATG調」に無理やり自分をあてはめて、時勢に迎合したあのような作品には(きっと時代がそうさせたのだと思いますが、過剰な「性」描写へのこだわりなども)到底理解を超えたものがありました。

なにもそんなに時流にオモネルことはないじゃないか、新藤兼人は新藤兼人らしく堅実で愚直なリアリズムで、粘っこく現実ににじり寄っていけば、それだけでいいではないか、という思いが強く、とてもついていけそうにないという失望を抱いたのだと思います。

それくらい「鉄輪」は強烈すぎて、敬遠というか嫌悪感が、僕のなかに刷り込まれてしまって、それ以来新藤作品に対しては、熱心な観客では、なくなってしまったかもしれません。

ですので、この一連の特集の、未見作品も含めた多くの新藤作品と出会えることは、僕のなかの戸惑いを、どうにか処理できるかもしれないという気持ちもあって、そんな気持ちで幾つかの作品を観ていくうちに、次第に見えてきた新藤監督のテーマというのが、「母親」なのだなとやっと気がつきました(少し遅すぎたかもしれません)。

そう見ていくと、例えば、それまでは、稚拙すぎるという印象が強くて、見ている方が気恥ずかしくなるくらいの気おくれから、作品のなかにどうしても踏み込めないでいた例えば「触角」70という作品なども、だんだん分かり始めてきたような気がします。

むしろ、そのあまりにも素直すぎるメッセージに、なんだか好感をさえ持ち始めている自分に気づいたくらいでした。

あるいは、息子の家庭内暴力と父親による殺害を描いた「絞殺」79なども、母親という大きな繋がりの中で語られた息子の、父親への憎悪の物語だったんですね。

そして、未見だった「裸の十九才」に出会いました。

なぜ永山則夫が「連続射殺魔」にならなければならなかったのか、集団就職で上京した貧しく無力で孤独な少年が、うわべだけは豊かな都会のなかで無力で惨めな自分をしたたかに思い知らされ、痛みつけられ、そしてただ抹殺されていくただの消耗品として、高度成長の末端でゴミのように自分たちを使い捨てる社会に対しての憤りを核にしながら、踏みにじられた自尊心の唯一の生き場所として、かろうじて息つくことを許されている「虚」の場所で、自分にも他人にも必死に吐き続ける嘘→無視され抹殺された自分の存在を虚偽によって保たなければならなかったのかもしれません。

そして、その嘘で塗り固めた彷徨のなかで、たまたま手に入れた拳銃は、この社会から疎外され追放された彼が、ただひとつ社会と繋がり得るアイテムだったのだと思います。

無視され抹殺され、自分の存在を虚偽で確かめてかろうじて保たなければならなかった彼にとって、唯一社会と繋がり得る方法とは、ただ市民を射殺することだったのだという悲惨をこの作品は描いています。

しかし、この映画が、社会への憤りに突き動かされ、拳銃を向ける相手が、例えば、自分に牙を剥く悪意ある相手だったとしても、現実には、自分とあまり変わらない立場の市井の庶民を殺して回ることでしかない惨たらしさまでをも描き込んでいるかといえば、それは疑問のような気がします。

そして、その代わりのように、もうひとつの「理由」として、母親から見捨てられた少年の孤独がダブルイメージで描かれているわけですが、しかし、はたしてそれが連続殺人の理由を十全に説明できたといえるのか、肩透かしを食わされたような軽い失望感を禁じ得ませんでした。

この時期、日本をさすらいながら縦断するシチュエーションを借りて、高度経済成長の影の部分で深刻化にしていった日本の荒廃を描いた優れた作品が幾つもありました。山田洋次の「家族」、そして大島渚の「少年」なども、そういう作品だったと思います。

どうしてもそれらの作品群と比較してしまう「裸の十九才」は、皮肉などではなく、新藤監督のオリジナリティが発揮された作品なのだなあと思いました。

(70近代映協・東宝)監督・新藤兼人、製作・絲屋寿雄、能登節雄、桑原一雄、脚本・新藤兼人、松田昭三、関功、撮影・黒田清巳、高尾清照、音楽・林光、小山恭弘、美術・春木章、録音・大橋鉄矢、照明・岡本健一、編集・榎寿男、ナレーター・宇野重吉、
配役・原田大二郎、乙羽信子、吉岡ゆり、鳥居恵子、太地喜和子、佐藤慶、草野大悟
1970.10.31 9巻 3,285m 白黒 シネマスコープ
by sentence2307 | 2007-11-25 12:07 | 新藤兼人 | Comments(1337)

裸の島

以前ある友人から、世界的な評価を得ているこの新藤兼人作品「裸の島」について、こんなふうに話していたのを今でも覚えています。

「貧しさのために都市部から離れている孤島に暮らさねばならない家族が、その不便さゆえに子を失い、悲嘆にくれた母親が、その棄民同然の怒りと悲しみのどん底から、再び表情を殺して荒地を耕作する生活に戻っていくあの場面、あれさえなければ、この映画もっと素晴らしい映画になっていただろうになあ」と。

その言葉を聞くまでは、むしろ、母親が、子供を失った悲しみに耐え切れず、それがたとえほんの一瞬だったとしても、怒りを炸裂させて、必死に生活の重圧にあがらう意思を遠慮がちにでも露わにしてみせたあの場面こそが、この物語をドラマチックな感動作にしていた理由だと信じていた僕にとって、彼のその言葉はとてもショックでした。

多分そのときも、僕はきっと、こんなふうに言葉を返していただろうと思います。

「母親が、それまで抑圧していた感情を炸裂させるあの場面がなければ、この映画は、一日の大半をただ水を運ぶことだけの無意味な労働に費いやされる、なんの「やま」もない単調な夫婦の労働の物語で終わってしまったのではないか」と。

しかし、僕がそのように返す言葉を準備することで、実はこのとき同時に、既に僕自身で答えを見出していたのかもしれないという気がしてきました。

映画を見るとき、僕たちはいつの間にか「ドラマチック」なヤマ場を見るため、そのクライマックスを準備する理路整然と説明的していく場面を段階的に見ている、そういう見方に馴れ切ってしまっているのかもしれません。

そんななかで、壮絶なクライマックスの場面が到来するまで、それらの説明的なシーンが流れているときは、とりあえず眠ってやり過ごすなんていう要領のいい「映画の見方」が成り立ち得るのでしょうか。

しかし、現実の生活において、都合のいい「クライマックス」なんて果たしてあるのかといえば、きっとあるはずもなく、僕たちは退屈な日常生活をただやり過ごす無為の苦痛に耐えるという方が、なんだか現実的なような気がします。

近代映画協会が経営の危機にあって、来るべき「解散」が現実的な問題となったとき、もしこれが映画を撮る最後の機会なら、もっとも撮りたい映画を撮ろうではないかということで撮られた作品が、この「裸の島」だと聞いています。

興行収入も観客受けも何も考えることなく、ただ撮りたい映画を撮ったということと、生活のために・そして生きるために、高台にある畑へ注ぐ水を運び上げるという行為自体を執拗に描き続けるだけに徹したこの映画の、もっと純粋な「在り方」を友人は示唆したのかもしれません。

全編を通して観ていけば、この作品で最も重きを置いているのが、子を失った母親が無意味な労働に怒りを炸裂させる場面などではなく、むしろ、重い水桶を小嶋の船着場から一歩一歩踏み締めよろけながら、丘の上の畑まで運び上げる過重な作業の方にこそあったのだと。

その一歩一歩の執拗な描写は、見る者を省察へと導くだけの力強さがありました。

「過重な労働」の向こう側に子を失った母の悲しみが描かれている以上、「労働」への呪詛めいた解釈も当然あろうかとは思いますが、夫を扮した殿山泰司の表情には、その悲しみに拘泥することもできないほどの人間の生きる残酷な力強さみたいなものを見せ付けられたように感じました。

あの「クライマックス」がなければ、この作品がもっといい作品になっていたかどうかはともかく、人が働くという意味を、一歩一歩踏みしめて水桶を運び上げる行為を執拗に描写することによって、人間と、人間が生きていることを描き切ることのできる「映画」の素晴らしさを「裸の島」から教えられたような気がします。

(60近代映画協会)監督脚本美術・新藤兼人、製作・新藤兼人、松浦栄策、撮影・黒田清巳、音楽・林光、編集・榎寿雄、録音・丸山国衛、照明・永井俊一
配役・乙羽信子、殿山泰司、田中伸二、堀本正紀
モスクワ映画祭グランプリ、メルボルン映画祭グランプリ、リスボン映画祭銀賞、ベルリン映画祭セルズニック銀賞、諸国友好のための親善映画祭グランプリ、マンハイム映画祭グランプリ、宗教と人間の価値映画祭国際ダグ・ハマーショルド賞、キネマ旬報ベストテン6位
by sentence2307 | 2007-04-21 18:06 | 新藤兼人 | Comments(104)

愛妻物語

新藤兼人監督初の監督作品「愛妻物語」を見て以来、自分なりの感想を書こうとして気持ちだけはハヤルのですが、これといった書き出しの「ひとこと」が思いつきません。

気持ち的には、ツボを得た書き出しの「ひとこと」さえ思いつけば、あとは一気呵成に最後まで書き上げてしまえる気だけはあるのですが、しかし、考えてみれば、この取っ掛かりのなさこそ、深刻な致命傷なのであって、結局自分が何を言いたいのか全然掴めていないというのが本当のところなのかもしれません。

そこで、「自分が、何故一歩も前に踏み出せないでいるのか」というところから考え始めてみました。

それは、まずこの「愛妻物語」というタイトルに引っ掛かるものがあるからだと思いあたりました。

この物語は、夫がシナリオ・ライターとして独り立ちできるまで、陰ながら励まし、応援し続け、やがて苦労のしどおしの果てに肺結核で亡くなった糟糠の妻に対して、新藤監督が彼女をいかに愛し、同時に、妻の苦労に報いられなかったことを「すまなかった」と詫びる悔恨の情が作らせた懺悔の作品のはずなのに、実のところその「悔恨の真情」とかいうやつが、僕には少しも伝わってこなかったのでした。

ただの甘美な「愛妻物語」なら、この作品を見た後に残る苦々しさはいったい何なんだ、というわけで、それならいっそ自分からこの作品に相応しいタイトルを考えてみたのです。

それはすぐに思いつきました。

「溝口健二と愛妻の相克の物語」、いやいや「愛妻を殺した溝口健二の物語」くらいにしなければ、甘美という煙幕で隠したこの作品の本質を暴くことなどできないかもしれません。

このことに最初から気がついていれば、この作品の感想を書くうえで、こんなにも迷うことはなかっただろうと思います。

シナリオを書くために、そして映画を作るために、自分の生活や家族のすべてを犠牲にし、そうしなければ果たせない活動屋の夢の非情さが、そこでは描かれています。

自分の仕事に関わる者たちに、そのような犠牲を求めた溝口健二という人の残酷さ・非情さも描かれています。

どのようにしてでも、助けようがあったかもしれない瀕死の妻を、「シナリオ」を選択したために(その選択こそ奥さんが求めていたものでもあったのですが)、なんの手当てもせずに傍観して死なせたことと、それらの悔恨と贖罪によって作品を甘美な追憶の物語として体裁を整えたこととの間には、実は深い亀裂が存在していて、新藤監督が本当に言いたかったこと、言い淀みながら明言を避けたこととは、自分の仕事に関わる者すべてに対して徹底した犠牲を強いた溝口健二の狂気に対する「恨みごと」だったのではないか、という気がしてきました。

この映画を見た最初、作品に込めた新藤監督のメッセージをこんなふうに考えていました。

「妻は死に、自分はシナリオ・ライターとして生まれることができた」と。

しかし、この文章を書きながら、だんだん考えが変わってきました。

「妻は、溝口健二と、自分と、そして《映画》が殺したのだ」と。

この作品が描いているのは、みずからの個人的で悲惨な物語も、「映画」として客観視し、「物語」という体裁に整えてしまう非情さのなかに、自らの不幸を無限に描き続ける活動屋の絶望と、どうしようもない宿命が描き込まれているのかもしれませんね。

(51大映・京都撮影所)監督・脚本: 新藤兼人、撮影: 竹村康和、美術: 水谷 浩、音楽: 木下忠司、助監督・天野信、撮影助手・田中省三、美術助手・内藤照、録音・中村敏夫、照明・岡本健一、照明助手・辻井義男、編集・西田重雄、特殊撮影・松村禎一
出演・宇野重吉、乙羽信子、香川良介、英百合子、滝沢修、清水将夫、菅井一郎、原聖四郎、伊達三郎、殿山泰司、大美輝子、堀北幸夫、菊野昌代士、柳恵美子、大河内伝次郎、玉置一恵、羽田修、旗孝思、玉村俊太郎、小林叶江、三星富美子
10巻 2,654m 97分 白黒 スタンダード モノラル1951.09.07 



この「愛妻物語」を検索していたら、面白い記事を見つけました。

タイトルは《監督とその妻、出会いあるいは最初の仕事》、態様ごとに8つのカテゴリーに分類されていて、資料的にも面白いので、覚書き程度に引用させてもらいました。

【A:この伴侶あってこその名声。運命の赤い糸で結ばれた二人】
道(1954/伊) フェリーニとジュリエッタ・マシーナ
お葬式(1984/日) 伊丹十三と宮本信子
大誘拐 Rainbow Kids(1991/日) 岡本喜八と岡本みね子
ガラスの動物園(1987/米) ポール・ニューマンとジョアン・ウッドワード
瞳の中の訪問者(1977/日) 大林宣彦と大林恭子
愛の奇跡(1963/米) カサベテスとジーナ・ローランズ
人間模様(1949/日) 市川崑と和田夏十
愛妻物語(1951/日) 新藤兼人と乙羽信子

【B:夫婦で数々の作品を世に送り出す】
ブラッドシンプル(1985/米) ジョエル・コーエンとフランシス・マクドーマンド
秋津温泉(1962/日) 吉田喜重と岡田茉莉子
日本の夜と霧(1960/日) 大島渚と小山明子
暗殺(1964/日) 篠田正浩と岩下志麻
河の女(1955/伊) カルロ・ポンティとソフィア・ローレン
ゴーストハンターズ(1986/米)カーペンターとサンディ・キング
いとこ同志(1959/仏) クロード・シャブロルとステファーヌ・オードラン
宿命(1957/仏=伊) ジュールス・ダッシンとメリナ・メルクーリ
ジェラシー(1979/英) ニコラス・ローグとテレサ・ラッセル

【C:夫婦だったのか】
青いパパイヤの香り(1993/仏=ベトナム) トラン・アン・ユンとトラン・ヌー・イエン・ケー
ショコラ(2000/米) ハルストレムとレナ・オリン
フレンチ・ドレッシング(1964/英) ケン・ラッセルとシャーリー・ラッセル
夜行列車(1959/ポーランド) イエジー・カワレロウィッチとルチーナ・ウィンニッカ
名もなく貧しく美しく(1961/日)松山善三と高峰秀子
乱菊物語 谷口千吉と八千草薫
ふたりだけの窓 ロイ・ボールティングとヘイリー・ミルズ
にがい米 ディノ・デ・ラウレンティスとシルバーナ・マンガーノ

【D:家庭に入り夫を支える】
Shall we ダンス?(1995/日) 周防正行と草刈民代
インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説(1984/米) スピルバーグとケイト・キャプショー
下宿人(1926/英) ヒッチコックとアルマ・レビル
一番美しく(1944/日) 黒澤明と矢口陽子
狼と豚と人間(1964/日) 深作欣二と中原早苗

【E:せっかく上手くいっていたのに】
恐怖の報酬(1952/仏) アンリ・ジョルジュとベラ・クルーゾー
ボギー!俺も男だ(1972/米) アレンとダイアン・キートン
ヘンリー五世(1989/英) ケネス・ブラナーとエマ・トンプソン
吸血鬼(1967/米)ポランスキーとシャロン・テート
仮面 ペルソナ(1966/スウェーデン) ベルイマンとリブ・ウルマン
小さな兵隊(1960/仏) ゴダールとアンナ・カリーナ
サマー・ナイト(1982/米) アレンとミア
嘆きの天使(1930/独)スタンバーグとディートリッヒ

【F:どうなのよ?】
タイタニック(1997/米) キャメロンとスージー・エイミス
TATTOO〈刺青〉あり(1982/日) 高橋伴明と関根恵子
夕映え(1974/米)
ボルジア家の毒薬(1952/仏) クリスチャン・ジャックとマルチーヌ・キャロル

【G:離婚しちゃったけどね】
キャリー(1976/米) デ・パルマとナンシー・アレン
ニキータ(1990/仏) ベッソンとアンヌ・パリロー
紅いコーリャン(1987/中国) チャン・イーモウとコン・リー
ターミネーター(1984/米) キャメロンとリンダ・ハミルトン
フィフス・エレメント(1997/米=仏) ベッソンとミラ・ジョヴォヴィッチ
モダン・タイムス(1936/米) チャップリンとポーレット・ゴダード
中国女(1967/仏) ゴダールとアンヌ・ヴィアゼムスキー
情事(1960/伊) アントニオーニとモニカ・ヴィッティ
次郎物語(1941/日) 島耕二と轟夕起子
悪徳の栄え(1962/仏=伊) ヴァディムとカトリーヌ・ドヌーヴ
危険な関係(1959/仏) ヴァディム(2度目)とアネット・ストロイベルグ
妻よ薔薇のやうに(1935/日) 成瀬と千葉早智子
バーバレラ(1968/米=仏=伊) ヴァディム
彼女と彼(1963/日) 羽仁進と左幸子
江戸の悪太郎(1939/日) マキノ正博と轟夕起子
若草の頃(1944/米) ヴィンセント・ミネリとジュディー・ガーランド
ザ・フォッグ(1979/米) カーペンターとエイドリアン・バーボー
のらくら(1921/米) チャップリンとリタ・グレイ
アウトロー(1976/米) イーストウッドとソンドラ・ロック
素敵な悪女 ロジェ・ヴァディムとBB
媚薬 リチャード・クワインとキム・ノヴァク
女体蟻地獄 アルマンド・ボウとイサベル・サルリ

【H:失敗のうえに離婚】
ストロンボリ 神の土地(1950/伊) ロッセリーニとバーグマン
カットスロート・アイランド(1995/米) レニー・ハーリンとジーナ・デイビス

とりあえず、覚書まで。
by sentence2307 | 2007-02-21 23:02 | 新藤兼人 | Comments(1)

讃歌

谷崎潤一郎の「春琴抄」は、川端康成の「伊豆の踊り子」とともに、今まで多くの監督によって映画化されてきたポピュラーな作品のひとつです。

ざっと思い浮かべただけでも、島津保次郎が田中絹代と高田浩吉で撮った「お琴と佐助」35から始まって、伊藤大輔の「春琴物語」54、衣笠貞之助の「お琴と佐助」61、山口百恵と三浦友和で撮った西河克巳監督の「春琴抄」76などまるで時代の節目節目で撮ることが定められているかのような作られ方をしている感さえ受けますが、これらの作品のある箇所を見るたびに、僕にはとても引っ掛かるところがあるのです。

むしろ、よく分からない部分と言った方が適切かもしれませんね。

お琴が身籠り、そのいきさつを主人から問い詰められた使用人の佐助は、自分にはまったく身に覚えがないと、お琴の子の「父親」であることを頑なに否定します。

結局この真相は明かされないまま、物語はなし崩し的にずるずると最後まで進行し、真相は分からず仕舞いのままで(佐吉であることは、いつの間にか暗黙の了解が得られてしまったかのような感じなのもなんだか不思議ですが)物語の方は終息に向けて勝手に突き進んでしまうという、なんとも肩透かしを食わされたような中途半端な印象をずっと持ち続けていました。

しかし、誰が考えても、お琴の身ごもった子の父親は佐助に間違いないはずです、だったらなぜ、形ばかりの「否定」に佐助がこだわり、そして、周囲の者たちも敢えて誰の子なのだという追求をすることもなく、物語だけがどんどん進んでしまうのか、なんとも腑に落ちず、納得のいかない感じを持ち続けていました。

体裁をただ取り繕うだけの否定の背後にあるもの、まるで佐助自身がお琴の性交相手であるべきでないとこだわり続ける理由が、どうしても分からないのです。

そこに佐助がお琴と公然と「男と女の関係」になってはいけないものがあるのだとしたら、せめてその理由を観客に仄めかすくらいの誠意があって然るべきなのではないかと、どうしても納得ができません。

もちろん、この場面は、あの百恵・友和作品にも当然存在しています。

最初から「純愛」という絶対命題を課せられていた作品のなかでは、ことさら佐助の否定は奇妙な感じを与え(「純愛」なら、愛を否定したり拒んだりするなど、もってのほかの所業です)、変に浮き上がったものとして見えたと思います。

お琴に対して一途に愛を貫こうというのなら、佐助のあの「否定」は、むしろその「愛の物語」をただ混乱させこそすれ、観客を得心させるものなど何ひとつなかったというべきでしょう。

きっとそれは、この物語が「純愛物語」とは似ても似つかないタグイの物語だったからだと思います。

ねじれ歪んだ特異な男女の気持ちの駆け引きと、そしてドロドロのその破滅にまで至る鮮烈なドラマとしての「春琴抄」は、映画化に際して常に見当違いな「純愛物語」の枠の中に無理やり押し込められることによって、この物語の持つ異常性を歪められ続けてきたといってもいいかもしれません。

新藤兼人監督の「讃歌」は、そこのところをしっかりと見極めて作られた明確な作品だったと思います。

使用人・佐助は、お琴が「もよおせば」、厠まで手を引いて連れて行き、彼女が排便し終わるのを見定めて彼女の尻を拭き清め、そして、その排出物をささげ持って、そして庭の片隅に恭しく埋めて処理することを日常の仕事としています。

それは「嬉々として」でも、「嫌々」でもなく、きわめて淡々と自分に課せられた日常の仕事を忠実に果たしているといった描き方です。

新藤兼人は、この佐助の日常的な作業を執拗に辛抱強く描き続けることによって、もしかしたら、あの否定された「性交」もまた、「しもの世話」の付帯的なひとつの行為にすぎなかったのではないかと思わせてしまう強引さが、そこに潜んでいることに気づかされるかもしれません。

作中、佐助が、お琴を師匠と仰いで三味線を習い始めた時、覚えの悪い佐助に業を煮やしたお琴が佐助を手ひどく折檻し、折檻し続けているうちにお琴も自らの抑えがきかなくなって、ついに父親から佐助に三味線を教えることを禁じられる場面は、お琴が際限もなく感情的に高揚していく異常さに父親が危険を感じたというよりも、逆に二人だけの黙契のうちに交わされる被虐と加虐のいかがわしいプレイの匂いを父親が恐れたのではないかという気さえします。

佐助の「否定」も、お琴の、自分が産み落としたその子供に対する執着のなさも、同じ根から発した二人だけの黙契のもとでの、単なる「プレイ」によって生じた余計な副産物にすぎなかったからこそ、そこには当然のような「冷淡」があり得たのだと思わざるを得ません。

(72近代映画協会=日本アート・シアター・ギルド)(監督脚本) 新藤兼人(製作)新藤兼人、葛井欣士郎 、赤司学文 (原作)谷崎潤一郎(撮影)黒田清己(美術)渡辺竹三郎(音楽)林光(編集)近藤光雄(録音)辻井一郎(スクリプター)新関次郎(助監督)星勝二(照明)岡本健一(書)貞広観山
(出演)渡辺督子、河原崎次郎、乙羽信子、原田大二郎、殿山泰司、戸浦六宏、草野大悟、武智鉄二、初井言栄、本山可久子、新藤兼人
1972.12.29 112分 カラー
by sentence2307 | 2006-12-11 22:29 | 新藤兼人 | Comments(2)

原爆の子

いままで見る機会がなかった新藤兼人の歴史的な名作「原爆の子」を初めて見ることができました。

むかしから僕にとって、新藤兼人作品を見るということは、ある程度の覚悟と、さらにそれを上回るバワーが、どうしても必要でした。

というのは、それはきっと新藤作品の息詰まるような緊張を強いられる生真面目さと(以前からそういう先入観があるのです)、情緒を厳しく排して事実の核心に一気に迫ろうとする脇目も振らない性急さが、見る者に目を逸らすことさえ一切許さないような、観客に対するとても厳しい姿勢を常に感じてしまうからかもしれません。

その真摯な姿勢には、もちろん敬意は表しているものの、押し付けがましくも感じられてしまう分、どこかケン・ローチ作品に対する時と同じような緊張感が必要で、正直言って映画を気楽に見たいと思っている僕にとっては、そういう見方はあまり得意な見方ではなく、どうしても敬遠してしまうということになってしまったのだと思います。

きっと、僕がそのような考え方を持ち始めたのは、家庭内暴力を扱ったあのやりきれない映画「絞殺」をリアルタイムで見て以来からかもしれません。

息子の家庭内暴力に思い余った老夫婦が、これ以上暴力がエスカレートしたら、自分たちは殺されてしまうという危機感から、切羽詰った父親がその恐怖を殺意にまで昇華させて、ついに息子を絞殺してしまうという悲惨な事件を扱った作品でした。

どのような事情があるにせよ、そして思い余ったすえのこととはいえ、親が自分の子供を殺すというのは、よくよくのことのはずです。

映画において「そのこと」を観客に納得させるためには、余程の強力な説得力と信念、そして観念のアクロバティックなアプローチが必要だったに違いありません。

しかし、「冷血」を撮るのと同じ方法=「一切の情緒を厳しく廃し、客観的な事実の積み重ねだけによって核心に迫る」というその新藤兼人の方法が、果たしてこの題材に相応しいものだったのかどうか、僕は当時否定的な思いを持たざるを得ませんでした。

あの作品に描かれていたのは、ただの寒々しい暴力と、それに対する報復のような「殺される前に殺ってしまえ」というなんとも図式的な、殺意を持った者と恐慌に囚われた者たちの、肉親の臭いのしない無味乾燥なただの力学的な関係描写でしかないように思われたからでした。

多分、あの映画で描かれるべきは、過保護に育てられた世間知らずの息子の、甘えの延長のような家庭内暴力(家庭外では、きっとおとなしい優等生だったはずです)と、溺愛するあまり子供の「悪戯」を際限なく許し続けた結果、ついには収拾できないほどのモンスターにまで育て上げてしまった親たちとの、あくまでも「家庭劇」の枠内に限られた遊戯のような愛憎劇の延長として撮られるべきものだったと思いました。

そのような違和感を経験した僕にとって映画史上に厳然として立ちはだかる「原爆の子」を見ることは、いかにも近付き難く相当な決意を必要とした気の重い行為だったといわざるをえません。

しかし、そのように思っていた僕を、あえてこの作品に近づかせたひとつのメッセージに出会ったのでした。

それは、原爆で家族を失った主人公・孝子が、何年ぶりかで広島を訪れて目にする「ピカ」を浴びた人々の過酷な運命を見て回るという突き放したようなこの「視点」が、優者(原爆の被害を免れた五体満足な者)が劣者(原爆の後遺症で苦しんでいる人々)を見下しているような随分思い上がった構図なので反感を抱いた、という感想でした。

「(抜粋)・・・それ以上に違和感を覚えたのは孝子の立場だ。
孝子はモダンで清潔な衣装で汚れた姿の人々と接する。
彼女は自身も被害者でありながら、どこか広島の人々を傍観している節がある。
涙を流し、子どもを引き取ろうとする姿には聖人的なヒロイン像を見出せるが、彼女の衣装を初めとした清潔感が広島との消しがたい壁を示しているようにどうしても思えてしまうのだ。
新藤兼人はどこまで彼女の視点に気を遣っただろうか。
復興の勢いがある広島の町並みと、その陰で7年前の悲劇にいまだ苦しめられている人々の生への枯渇が映し出されるなかにあって、孝子の清潔感は全体を異様で不調和な構造にしている。
私には孝子と子どもたちとの矛盾を含んだ不気味な関係性をどうしても受け入れられない。
それは、原爆の悲劇を映像や子どもたちの姿で伝えながら、肝心の孝子の内にその悲劇を見出せないからであろう。」

この一文を読んだとき、あの新藤の方法=「一切の情緒を厳しく廃し、客観的な事実の積み重ねだけによって核心に迫る」の意味が一瞬のうちに見えました。

国家犯罪によって為された目を覆いたくなる惨状を・国家によって為された犯罪を告発するためには、原爆の後遺症に苦しむ人々の具体的な絶望と悲惨をひとつひとつつぶさに見て回り悲惨なエピソードを蒐集するという厳しく緻密な姿勢こそが、映像作家として求められたことであり、また一介の市井に生きる庶民が為し得る精一杯のことではなかったのか、これ以外に「原爆」という国家犯罪・歪んだ国家意志を告発する方法があるとは思えないという気がしてきたのでした。

そしてこの方法がいかに力のある方法だったかは、1953年カンヌ国際映画祭に出品された「原爆の子」が、アメリカの圧力に呼応した日本国外務省のあからさまな妨害によって受賞を逸したこと、さらに当時の西ドイツでは時局に相応しからぬ反戦映画として軍当局に没収されたという事実が如実に物語っていると思いました。

この「原爆の子」において、かつての使用人・岩爺(滝沢修)との邂逅と死が描かれるエピソードに、おそらくその現実を直視する「映像の力」は最も顕著に象徴されていたといえるでしょう。

かつて家の使用人だった岩爺は、原爆を浴びて失明し、いまは物乞いをしながら粗末な掘っ立て小屋でひとり細々と暮らしていますが、しかし、そのような岩爺にとって、唯一心の支えになっているのは、近くの孤児院で世話をしてもらっている孫の存在です。

いつかは一緒に暮らしたいと願っている岩爺の熱い思いは、そのまま彼を心から慕う孫の思いでもあることが描かれたのちに、孫の行く末を考えるとき、このまま孤児院での生活を続けることがその少年にとって最も相応しい選択なのかどうか、善意から孫を預かろうと申し出る孝子の提案が描かれることで、苦しい選択を迫られる岩爺は意を決して、孫を説得しようとしますが、しかしその説得が、自分を決して棄てないでくれと縋り付く孫の哀願によって失敗に終わったとき、煩悶の中で事故死とも自殺ともつかない衝撃的な死に方をし、結局孫は孝子とともに小島に向けて荒廃した広島の地をあとにします。

ラストで映し出される青く透き通った夏空に浮かぶ白い雲が、あの「瞬間」を想起させる不吉なものとして衝撃性と怒りとをもって描かれていたのが深く胸を突きました。

(52近代映画協会=劇団民藝)(監督脚本)新藤兼人(撮影)伊藤武夫(美術)丸茂孝(音楽)伊福部昭
(出演)乙羽信子、瀧澤修、清水将夫、宇野重吉、東野英治郎、寺島雄作、殿山泰司、柳谷寛、英百合子、山内明、多々良純、細川ちか子、北林谷榮、芦田伸介、大瀧秀治
(1952.08.06 10巻 2,685m 95分・35mm・白黒)
by sentence2307 | 2006-04-02 10:20 | 新藤兼人 | Comments(0)

《参考》 新藤兼人

1912年・明治45年、広島県佐伯郡大字石内村(現・広島市佐伯区五日市町〉に生まれる。

石内村は広島市内から一山越えた農村で、豪農の家に生まれるが、父が借金の連帯保証人になったことで、14歳の頃に一家は離散。高等科に進み広島市内へ活動写真を見に通う、夜遅く提灯を下げて山を越えて帰宅した。

1933年、尾道の兄宅に居候中に見た山中貞雄の映画『盤獄の一生』に感激して映画監督を志す。

1年半のアルバイトで金を貯め、なんのあてもないまま京都へ出る。助監督への道は狭く1934年、新興キネマに入社、現像部でフィルム乾燥雑役から映画キャリアをスタートさせたのは満州国が帝制に移行した年。辛い水仕事を一年ほどしたとき撮影所の現像部で見たシナリオに「映画の秘密がある」とシナリオ修業を決意、独学で脚本術を研鑽した。

新興キネマ現像部の東京移転に同行し美術部門に潜り込む。美術助手として美術デザインを担当。仲間からは酷評されても暇を見つけてシナリオを書き続け投稿して賞を得るが、映画化はされなかった。

家が近所だった落合吉人が監督に昇進し、脚本部に推薦され『南進女性』で脚本家デビューする。

1941年京都の興亜映画に出向し、溝口健二の『元禄忠臣蔵』の建築監督として溝口健二作品に携わりながら以後溝口に師事し脚本を執筆する。

シナリオを1本書いて溝口に提出するが、「これはシナリオではありません、ストーリーです」と酷評され大きなショックを受ける。劇作集を読みあさり再出発を誓う。

1942年、情報局の国民映画脚本の公募に応募、佳作に終わる。当選は東宝の助監督、黒澤明の『静かなり』であった。

翌年『強風』が当選。これを知った溝口から連絡があり生涯ただ1度だけ祇園で御馳走にあずかる。

1944年、所属していた興亜映画が松竹大船撮影所に吸収され脚本部員として移籍。同年4月、1本も書かないうちに応召され二等兵として呉海兵団に入団。既に32歳ながら10代の若者にこき使われ、彼らの身の周りの世話をする。上官にはクズと呼ばれ、木の棒で気が遠くなる程叩かれ続けた。兵隊は叩けば叩くほど強くなると信じられていた時代だった。同期の若者は大半が前線に送られた。

1945年、宝塚海軍航空隊で終戦。宝塚歌劇団の図書館で戯曲集を全部読み終え松竹大船に復帰。

同年秋書いた『待帆荘』がマキノ正博によって映画化され1947年のキネマ旬報ベストテン4位となり初めて実力が認められた。

1946年と1949年に溝口のために『女性の勝利』と『わが恋は燃えぬ』を書く。

1947年、吉村公三郎と組んだ『安城家の舞踏会』は大ヒットしベストテン1位も獲得、この決定的な評価によってシナリオライターとしての地歩を築いた。その後は吉村とのドル箱コンビでヒットを連発。木下恵介にも『結婚』、『お嬢さん乾杯』を書く。

1949年、『森の石松』の興行的失敗や『愛妻物語』に会社首脳が「新藤のシナリオは社会性が強くて暗い」などとクレームをつけるなど初監督作品をめぐる会社との対立から、1950年に盟友・吉村監督とともに独立を決意して松竹を退社し、作家としての主体性を貫くべく独立プロダクションの先駈けとなる近代映画協会を吉村公三郎、俳優・殿山泰司らと共に旗揚げした。

1951年、『愛妻物語』で39歳にして宿願の監督デビューを果たす。以後、自作の脚本を自ら監督するスタイルが確立。主演した大映の看板スター乙羽信子がこれをきっかけに近代映画協会へ参加する。また大映に持ち込んだ『偽れる盛装』が1951年大ヒット、新藤=吉村コンビの最高傑作となった。

作家主義を貫く近代映画協会において、大手会社では実現困難な社会的テーマを掲げた企画に次々と取り組み、52年には、労組などのカンパで自主製作映画第1作「原爆の子」を発表し、原爆を描いた初の劇映画として大きな注目が集まった。

翌1953年、カンヌ国際映画祭に出品。米国がこの作品に圧力をかけ、受賞に外務省が妨害工作を試みた。また西ドイツでは反戦映画として軍当局に没収されるなど各国で物議を醸した(現在ではヨーロッパでの上映は多い)。以後劇団民藝の協力やカンパなどを得て数多くの作品を発表するも、しかし芸術性と商業性との矛盾に悩み失敗と試行錯誤を繰り返した。

1960年離島の農民一家が大地にへばりつくように生きる姿を淡々と描き出した台詞のない映画詩『裸の島』は資金が無いため、近代映画協会の解散記念にとキャスト2人・スタッフ11人で瀬戸内海ロケを敢行し1ヶ月かけて550万円で作り上げたこの作品でモスクワ国際映画祭グランプリを獲得し、一躍新藤兼人は世界の映画作家として認められることとなった。世界中に上映権を売りまった結果、世界62ヶ国で売れてそれまでの借金をすべて返済した。

その後放射能を題材とした『第五福竜丸』59など意欲的な自主製作を次々と発表し、独立プロ運動の重要な役割を果たすとともに独立プロ運動を牽引する第一人者となった。

62年「人間」、64年「鬼婆」、70年連続拳銃事件の永山則夫を題材にした「裸の十九才」、77年「竹山ひとり旅」、『さくら隊散る』、家庭内暴力に材を取った『銃殺』、死と不能をテーマにした『性の起源』、老いをテーマとした『午後の遺言状』などなど独自のテーマに基づいた多くの問題作を発表。また頼まれた仕事は断らないを信条に自作の制作と平行に日本映画の数多くの作品の脚本を手がけた。中には映画史に残る名作、話題作や評価の低い作品と色々あるが、「優れた芸術家は多作である」という観点から意欲的な活動を展開している。

評価の高い作品としては川島雄三監督『しとやかな獣』62、鈴木清順監督『けんかえれじい』66、などがある。また神山征二郎監督『ハチ公物語』87、「午後の遺言状」95、「三文役者」00、そして最新作の『ふくろう』04に至るまで、40本以上の監督作そして200本以上のシナリオを世に送り出した。また、それらの作品を語る際には、監督の生涯のパートナーだった女優・乙羽信子や、名脇役・殿山泰司といった同志たちの存在も忘れることはできない。

怪作としては江戸川乱歩の原作をミュージカル仕立てにした『黒蜥蜴』(1962年)などがある。TVドラマ、演劇作品も含めると手がけた脚本は370本にも及び、数えきれない程の賞を受賞した。「ドラマも人生も、発端・葛藤・終結の三段階で構成される」というのが持論である。現在も現役で活躍、70年の映画キャリアを誇り、世界最長老の映像作家と思われる。尚、近代映画協会は一時100近く有った独立プロのうち唯一成功し現在も作品を送り出している。

結婚は3度経験して、1994年に死去した女優の乙羽信子は3度目の妻。

長年の映画製作に対して、76年に独立プロの実績が高く評価され朝日賞を受賞し、1997年に文化功労者を、2002年に文化勲章を授与された。1996年、日本のインディペンデント映画の先駆者である新藤の業績を讃え、独立プロ58社によって組織される日本映画製作者協会に所属する現役プロデューサーのみが、その年度で最も優れた新人監督を選ぶ新藤兼人賞を新たに創設した。 

主な監督作品
1951年「愛妻物語」キネマ旬報ベストテン10位
1952年「原爆の子」チェコスロバキア国際映画祭グランプリ、英国アカデミー国連賞、メルボルン映画祭グランプリ
1953年「縮図」キネマ旬報ベストテン10位
1959年「第五福竜丸]キネマ旬報ベストテン8位
1960年「裸の島」モスクワ映画祭グランプリ、キネマ旬報ベストテン6位
1962年「人間」芸術祭文部大臣賞
1963年「母」毎日芸術賞、キネマ旬報ベストテン8位
1964年「鬼婆」
1965年「悪党」(原作:谷崎潤一郎)キネマ旬報ベストテン9位
1966年「本能」キネマ旬報ベストテン7位
1967年「性の起原」
1968年「薮の中の黒猫」
1969年「かげろう」キネマ旬報ベストテン4位、芸術祭優秀賞
1970年「裸の十九才」モスクワ映画祭金賞、キネマ旬報ベストテン10位
1974年「わが道」キネマ旬報ベストテン6位
1975年「ある映画監督の生涯 溝口健二の記録」キネマ旬報ベストテン1位・監督賞
1977年「竹山ひとり旅 」 - モスクワ映画祭監督賞、キネマ旬報ベストテン2位
1981年「北斎漫画」キネマ旬報ベストテン8位
1988年「さくら隊散る」キネマ旬報ベストテン7位
1992年「墨東綺譚」キネマ旬報ベストテン9位
1996年「午後の遺言状」キネマ旬報ベストテン1位、日本アカデミー賞最優秀作品賞 他多数
1999年「生きたい」モスクワ映画祭グランプリ
2003年「ふくろう」
2003年「三文役者」キネマ旬報ベストテン6位

主な脚本作品
1946年「待ちぼうけの女」監督:マキノ正博  
1946年「女性の勝利」監督:溝口健二  
1947年「安城家の舞踏会」監督:吉村公三郎 キネマ旬報ベストテン1位
1948年「四人目の淑女」監督:渋谷実  
1948年「幸福の限界」監督:木村恵吾  
1948年「わが生涯のかがやける日」監督:吉村公三郎 キネマ旬報ベストテン5位
1949年「お嬢さん乾杯」監督:木下恵介 キネマ旬報ベストテン6位
1949年「森の石松」監督:吉村公三郎 キネマ旬報ベストテン9位
1950年「長崎の鐘」監督:大庭秀雄   
1951年「舞姫」監督:成瀬巳喜男   
1951年「上州鴉」監督:冬島泰三   
1951年「自由学校」監督:吉村公三郎  
1951年「偽れる盛装」監督:吉村公三郎 キネマ旬報ベストテン3位
1951年「源氏物語」監督:吉村公三郎  キネマ旬報ベストテン7位
1952年「西陣の姉妹」監督:吉村公三郎  
1953年「夜明け前」監督:吉村公三郎 
1953年「女ひとり大地を行く」監督:亀井文夫   
1954年「足摺岬」監督:吉村公三郎 
1955年「美女と怪龍」監督:吉村公三郎  キネマ旬報ベストテン10位
1956年「あやに愛しき」監督:宇野重吉   
1956年「赤穂浪士 天の巻・地の巻」監督:松田定次   
1957年「美徳のよろめき」監督:中平康 
1957年「うなぎとり」監督:木村荘十二 
1958年「夜の鼓」監督:今井正 
1958年「裸の太陽」監督:家城巳代治 キネマ旬報ベストテン5位
1959年「からたち日記」監督:五所平之助 
1960年「大いなる驀進」監督:関川秀雄 
1960年「がんばれ!盤獄」監督:松林宗恵 
1960年「路傍の石」監督: 久松静児
1961年「献身」監督: 田中重雄
1962年「しとやかな獣」監督:川島雄三 キネマ旬報ベストテン6位
1962年「黒蜥蜴」監督:井上梅次 
1962年「鯨神」監督: 田中徳三
1962年「斬る」監督:三隅研次  
1964年「卍(まんじ)」監督:増村保造 
1964年「傷だらけの山河」監督:山本薩夫 キネマ旬報ベストテン7位
1964年「駿河遊侠伝 賭場荒し」監督:森一生 
1966年「こころの山脈」監督:吉村公三郎 キネマ旬報ベストテン8位
1966年「座頭市海を渡る」監督:池広一夫 
1966年「けんかえれじい」監督:鈴木清順 
1966年「刺青」監督:増村保造 
1967年「華岡青洲の妻」監督:増村保造 キネマ旬報ベストテン5位
1972年「軍旗はためく下に」監督:深作欣二 キネマ旬報ベストテン2位
1972年「混血児リカ」監督:中平康 
1975年「昭和枯れすすき」監督:野村芳太郎 
1978年「事件」監督:野村芳太郎   - キネマ旬報ベストテン4位
1978年「危険な関係」監督:藤田敏八  
1979年「配達されない三通の手紙」監督:野村芳太郎 
1980年「地震列島」監督:大森健次郎 
1980年「遥かなる走路」監督:佐藤純弥 
1983年「積木くずし」監督:斎藤光正 
1983年「映画女優」監督:市川崑  - キネマ旬報ベストテン5位
1987年「ハチ公物語」監督:神山征二郎 
1992年「遠き落日」監督:神山征二郎 
1999年「おもちゃ」監督:深作欣二 
1999年「完全なる飼育」監督:和田勉 
2001年「大河の一滴」監督:神山征二郎

著書
『ある映画監督―溝口健二と日本映画』
『老人読書日記』
『女の一生―杉村春子の生涯』
『弔辞』(岩波新書)『午後の遺言状』
『三文役者の死―正伝殿山泰司』
『追放者たち』
『愛妻記』(岩波書店)
『新藤兼人の足跡』(全6巻)著作集 他多数
by sentence2307 | 2006-04-01 16:59 | 新藤兼人 | Comments(7)
【松川事件】
戦後の典型的な冤罪事件として知られる列車妨害事件を描いたドキュメント・ドラマで、製作費4,500万円全額がカンパでまかなわれた。新藤は嘘の自白をしてしまった男の弱さを描こうとしたが、そのために製作委員会と対立し、山形雄策により修正されたという。
(61松川事件劇映画製作委員会)(監督)山本薩夫(脚本)新藤兼人、山形雄策(撮影)佐藤昌道(美術)久保一雄(音楽)林光
(出演)宇野重吉、宇津井健、永井智雄、西村晃、多々良純、千田是也、加藤嘉、永田靖、下元勉、織田政雄、沢村貞子、北林谷栄、岸旗江、高友子、岸輝子
(162分・35mm・白黒)

【青べか物語】
干潟の広がる江戸川河口の町にやってきた文士先生と、地元のアクの強い面々との聖俗まみれた交わりを描いた周五郎文学の映画化。野卑な老人に徹した東野英治郎の芝居が絶品である。派手な発色をあえて抑えた岡崎宏三のカラー撮影術にも注目。
(62東京映画)(監督)川島雄三(原作)山本周五郎(脚本)新藤兼人(撮影)岡崎宏三(美術)小島基司(音楽)池野成
(出演)森繁久弥、池内淳子、左幸子、乙羽信子、フランキー堺、山茶花究、園井啓介、東野英治郎、中村メイコ、丹阿弥谷津子、加藤武、桂小金治
(100分・35mm・カラー)

【斬る】
虚無をたたえた天才剣客(市川)の半生を、鋭利な演出で彩った異色時代劇。美術監督・内藤昭によれば、大幅にセリフを切り詰め、ト書きさえ「詩のような書き方」に徹した新藤の脚本を三隅監督は全面的に尊重したという。三隅は『愛妻物語』のセカンド助監督だった。
(62大映京都)(監督)三隅研次(原作)柴田錬三郎(脚本)新藤兼人(撮影)本多省三(美術)内藤昭(音楽)斉藤一郎
(出演)市川雷蔵、藤村志保、渚まゆみ、万里昌代、成田純一郎、丹羽又三郎、友田輝、柳永二郎、天知茂
(71分・35mm・カラー)

【人間】
59日の間海上を漂流し、人肉食いの危機に直面した漁船員たちに肉薄した野上弥生子の「海神丸」を原作に仰ぐ。新藤の主眼は「人間が獣に移行するプロセス」であり、そのため動物園に赴いて牛、熊などいろいろな動物の生態を観察したという。
野上弥生子の小説「海神丸」を新藤兼人が脚色・監督した秀作人間ドラマ。食料はおろか水までもなくなってしまった難破船という極限状態の中で次第に精神に異常を来しはじめる4人の人間たちの姿を、冷徹な視点で淡々と描写。人間の“生きる闘い”の姿の中に人間そのものを追求する意欲作。「裸の島」に続いてスタッフ・出演者は静岡県松崎町に合宿しオールロケで制作された。
(62近代映画協会)(監督脚本美術)新藤兼人(原作)野上弥生子(撮影)黒田清己(音楽)林光
(出演) 乙羽信子、殿山泰司、佐藤慶、山本圭、加地健太郎、渡辺美佐子、村山知義、観世栄夫、浜村純
(117分・35mm・白黒)

【しとやかな獣】
舞台劇のようにセリフが多く、ほとんどが団地の部屋のワンセット撮影という新藤の野心たぎる密室劇。川島雄三は、凍りつくような笑いに満ちた新藤のオリジナル・シナリオに惚れ込んだものの、登場人物が性悪ばかりという設定のため製作会社探しに苦労したという。
(62大映東京)(監督)川島雄三(原作脚本)新藤兼人(撮影)宗川信夫(美術)柴田篤二(音楽)池野成
(出演)若尾文子、伊藤雄之助、山岡久乃、高松英郎、小沢昭一、船越英二、山茶花究、ミヤコ蝶々、浜田ゆう子、川端愛光
(96分・35mm・カラー)

【母】
敗戦後間もない広島に生きる、バラック住まいの戦争寡婦(乙羽)とその母(杉村)。望まぬ結婚でできた新しい生命をどうするか、女の決意表明が描かれる。のちに頻繁に取り上げられる“性”のテーマを初めて本格的に前面に出した、新藤流の“母性”論。
(63近代映画協会)(監督脚本美術)新藤兼人(撮影)黒田清己(音楽)林光
(出演)乙羽信子、杉村春子、殿山泰司、髙橋幸治、頭師佳孝、宮口精二、佐藤慶、加藤武、武智鉄二、小川真由美、夏川かほる、本山可久子、横山靖子
(101分・35mm・白黒)

【鬼婆】
中世の戦乱期、落武者を殺しては武具を売りさばいて暮らす二人の女(乙羽・吉村)のもとに戦場帰りの男(佐藤)が現れ、女たちの生活にさざなみを立てる。新藤自らが代表作に挙げる映画の一つで、ススキの野原を捉える黒田清巳の撮影も素晴らしい。
(64近代映画協会)(監督脚本美術)新藤兼人(撮影)黒田清巳(美術)松本博史(音楽)林光
(出演)乙羽信子、吉村実子、佐藤慶、宇野重吉、殿山泰司、松本染升、加地健太郎、荒谷甫水、田中筆子
(102分・35mm・白黒)

【清作の妻】
愛する夫(田村)を戦場に送り出したくないがために、その目を釘で貫いてしまう妻(若尾)を描いた増村保造作品。日本初の反戦映画とも呼ばれた1924年の村田実作品のリメイクだが、新藤は吉田絃二郎の原作を大幅に変え、男女の情念を中心に据えた。
(65大映東京)(監督)増村保造(原作)吉田絃二郎(脚本)新藤兼人(撮影)秋野友宏(美術)下河原友雄(音楽)山内正
(出演)若尾文子、田村高廣、千葉信男、紺野ユカ、殿山泰司、早川雄三、成田三樹夫、潮万太郎、穂高のり子、杉田康
(93分・35mm・白黒)

【惡党】
原作は谷崎潤一郎の「顔世」。南北朝時代、成り上がりの権力者(小沢)が他人の妻(岸田)に惚れ、彼女を横取りしようとしつこく策略を巡らすが…。京都府亀岡市に寝殿造のオープンセットを組み、新藤組おなじみの合宿撮影を敢行した。
(65近代映画協会=東京映画)(監督脚本)新藤兼人(原作)谷崎潤一郎(撮影)黒田清巳(美術)丸茂孝(音楽)林光
(出演)岸田今日子、小沢栄太郎、乙羽信子、木村功、宇野重吉、高橋幸治、殿山泰司、加地健太郎、江角英明、川口敦子
(119分・35mm・白黒)

【刺青】
背中に女郎蜘蛛の入れ墨を彫られて芸妓となり、魔性の女へと変貌してゆく質屋の娘(若尾)の悲劇。「刺青」と「お艶殺し」をベースに、新藤はそうした初期谷崎らしいケレン味ある残酷さを活かした。宮川・西岡など大映京都撮影所の名スタッフたちの仕事にも注目。
(66大映京都)(監督)増村保造(原作)谷崎潤一郎(脚本)新藤兼人(撮影)宮川一夫(美術)西岡善信(音楽)鏑木創
(出演)若尾文子、長谷川明男、山本学、佐藤慶、須賀不二男、内田朝雄、藤原礼子、毛利菊枝
(86分・35mm・カラー)

【座頭市海を渡る】
「座頭市」シリーズの14作目で、シリーズ唯一の新藤脚本。座頭市が本州を離れて四国の礼所めぐりをする設定も、斬った男の娘(安田)の刃を甘んじて受けてしまう展開も珍しい。西部劇への敬意も感じられるアクション・シーンは池広監督らしい演出。
(66大映京都)(監督)池広一夫(原作)子母沢寛(脚本)新藤兼人(撮影)武田千吉郎(美術)西岡善信(音楽)斎藤一郎
(出演)勝新太郎、安田道代、井川比佐志、三島雅夫、山形勲、田中邦衛、五味龍太郎、千波丈太郎、東野孝彦
(82分・35mm・カラー)

【本能】
被爆のために性的不能に陥った男が、蓼科高原の自然の中で体験する新しい世界。新藤の映画を彩る二つの鍵、“原爆”と“性”が混沌と融け合っており、撮影後は「やりたいことを、やりたいようにやった」と述懐している。『人間』で見いだされた能楽界の異端児・観世栄夫の主演作。
(66近代映画協会)(監督脚本)新藤兼人(撮影)黒田清巳(音楽)林光
(出演)観世栄夫、乙羽信子、東野英治郎、殿山泰司、宇野重吉、島かおり、田中筆子、川口敦子、蓼くにえ、江角英明、大木正司、草野大悟
(103分・35mm・白黒)

【けんかえれじい】
時代は昭和の初期。日々喧嘩に明け暮れながらも、恋に目覚めてしまった硬派学生(高橋)の苦い青春を描く。コミカルなタッチの中にも詩性がきらめく、鈴木清順の代表作の一つである。やや唐突な結末は、新藤の脚本ではなく鈴木監督の意図とされる。
(66日活)(監督)鈴木清順(原作)鈴木隆(脚本)新藤兼人(撮影)萩原憲治(美術)木村威夫(音楽)山本直純
(出演)高橋英樹、浅野順子、川津祐介、宮城千賀子、加藤武、玉川伊佐男、浜村純、佐野浅夫、松尾嘉代、野呂圭介
(86分・35mm・白黒)

【華岡青洲の妻】
全身麻酔手術に挑もうとする医師・青洲(市川)のため、人体実験の被験者に志願する妻(若尾)と母(高峰)の凄絶な対立を見せる。有吉の重厚な構想力、新藤の繊細な人物造型、増村の鋭利な演出が三つ巴になって生み出された傑作。
(67大映京都)(監督)増村保造(原作)有吉佐和子(脚本)新藤兼人(撮影)小林節雄(美術)西岡善信(音楽)林光
(出演)市川雷蔵、若尾文子、伊藤雄之助、渡辺美佐子、丹阿弥谷津子、原知佐子、浪花千栄子、内藤武敏、伊達三郎、田武謙三、木村玄、南部彰三
(99分・35mm・白黒)

【薮の中の黒猫】
平安末期の争乱の頃を舞台に、虐殺された女の怨念を幻想的に描いた怪談。「今昔物語」から出発しながらも、実は、新藤家に棲みついた黒猫が着想の源になったという。『雨月物語』の影響が感じられ、新人・太地喜和子のエロティックな魅力も評判になった。
(68近代映画協会=日本映画新社)(監督脚本)新藤兼人(撮影)黒田清己(美術)丸茂孝、井川徳道(音楽)林光
(出演)中村吉右衛門、乙羽信子、佐藤慶、戸浦六宏、太地喜和子、殿山泰司、観世栄夫、江角英明、大木正司、加地健太郎
(99分・35mm・白黒)

【強虫女と弱虫男】
炭鉱の閉鎖で失業した夫(殿山)と、やむなく京都に出て「ネグリジェサロン」のホステスになった妻と娘(乙羽・山岸)をめぐるコメディ。新藤は創作ノートで、この女たちを生命感あふれる「新種のキノコ」になぞらえ、底辺の人間から立ち上がるヴァイタリティを謳いあげた。
(68近代映画協会=松竹)(監督脚本)新藤兼人(撮影)黒田清巳(美術)井川徳道(音楽)林光
(出演)乙羽信子、山岸映子、殿山泰司、観世栄夫、中村良子、草野大悟、戸浦六宏、川口敦子
(107分・35mm・白黒)

【かげろう】
バーのマダムの死体が尾道の海に浮かび、捜査を始めた刑事は20年前の殺人事件に突き当たる。瀬戸内の美しい風景の中に女の復讐劇があぶり出されてゆく。スタッフは「集団創造」の原則を固守、広島県三原市を中心に、合宿をしながら3か月にわたるロケを行った。
(69近代映画協会)(監督脚本)新藤兼人(脚本)関功(撮影)黒田清己(美術)井川徳道(音楽)林光
(出演)乙羽信子、戸浦六宏、伊丹十三、殿山泰司、富山真沙子、宇野重吉、小沢栄太郎、吉沢健、菅井一郎、山村弘三、北林谷栄
(103分・35mm・白黒)

【裸の十九才】
19歳の永山則夫による連続射殺事件(1968年)をモデルにした作品で、役名は異なるがかなり忠実な映画化である。集団就職で上京した少年が転落してゆく様を、これがデビューとなる原田大二郎が演じたが、脚本は少年の生い立ちや母親像も細かく追っている。
(70近代映画協会)(監督脚本)新藤兼人(脚本)松田昭三、関功(撮影)黒田清巳(美術)春木章(音楽)林光、小山恭弘
(出演)乙羽信子、原田大二郎、草野大悟、佐藤慶、渡辺文雄、殿山泰司、河原崎長一郎、観世栄夫、小松方正、戸浦六宏、太地喜和子
(120分・35mm・白黒)

【軍旗はためく下に】
夫(丹波)が亡くなったいきさつを知ろうと、戦争寡婦(左)は執念で夫の戦友たちを訪ね歩くが、それぞれの証言は食い違い、やがて人肉喰いの事実や卑劣な上官の存在が暴かれる。「戦後処理」の不可能性において、新藤と深作欣二が共鳴しあった迫力ある一本。
(72東宝=新星映画)(監督脚本)深作欣二(原作)結城昌治(脚本)新藤兼人、長田紀生(撮影)瀬川浩(美術)入野達弥(音楽)林光
(出演)左幸子、丹波哲郎、江原真二郎、夏八木勲、中村翫右衛門、三谷昇、中原早苗、内藤武敏、藤田弓子
(96分・35mm・カラー)

【鉄輪(かなわ)】
夫に裏切られた女が生霊となり、夫と愛人を恨んで呪いの五寸釘で祈り殺そうとする能の「鉄輪」が本作の出発点。セックスと嫉妬というテーマを全面展開しながら、古代・現代の2つのストーリーを同時に進めてゆく。頭に鉄輪をかぶった乙羽信子の演技が鬼気迫る。
(72近代映画協会)(監督脚本)新藤兼人(撮影)黒田清己(美術)春木章(音楽)林光
(出演)乙羽信子、観世栄夫、フラワーメグ、戸浦六宏、殿山泰司、原田大二郎、川口敦子、蓼くにえ、中村門
(91分・35mm・カラー)

【讃歌】
盲目の三味線師匠・春琴(渡辺)と丁稚・佐助の秘められた情愛を綴る名作「春琴抄」が原作。すでに複数の映画化作品があるが、新藤はとりわけ男のマゾヒズムを強調し、それをきめ細やかに描き出している。
(72近代映画協会=日本アート・シアター・ギルド)(監督脚本)新藤兼人(原作)谷崎潤一郎(撮影)黒田清己(美術)渡辺竹三郎(音楽)林光
(出演)渡辺督子、河原崎次郎、乙羽信子、原田大二郎、殿山泰司、戸浦六宏、草野大悟、武智鉄二、初井言栄
(112分・35mm・カラー)

【心】
漱石の名作「こころ」を、学生運動の高揚の余韻が残る1970年代に移植した作品。だが単に時代の風俗になじませたのではなく、下宿屋の娘の人物造型などには原作への新藤の挑戦が感じられる。登場人物K(=「先生」)役は、劇団四季の人気俳優だった松橋登。
(73近代映画協会=日本アート・シアター・ギルド)(監督脚本)新藤兼人(原作)夏目漱石(撮影)黒田清巳(美術)難波一甫(音楽)林光
(出演)松橋登、辻萬長、杏梨、乙羽信子、殿山泰司、荒川保男
(87分・35mm・カラー)

【わが道】
青森からの出稼ぎ男性が東京で行き倒れ、身元不明のまま医科大学の解剖実験材料にされた事件をもとに作られた告発の一篇。青森を訪問していた近代映画協会のプロデューサー能登節雄が、自伝を映画化してほしいという人物の提案を承諾して実現した。
(74「わが道」製作実行委員会=近代映画協会)(監督脚本)新藤兼人(撮影)黒田清巳(美術)大谷和正(音楽)林光
(出演)乙羽信子、殿山泰司、戸浦六宏、金井大、河原崎長一郎、佐藤慶、伊丹十三、森本レオ、堀内正美、岡田英次、渡辺文雄
(130分・35mm・カラー)

【ある映画監督の生涯 私家版】
若き日、溝口健二に強烈なインパクトを受けた新藤が、生前の溝口と仕事をした映画人に自らインタビューして作ったドキュメンタリー。裏話に終始することなく、その人間性や創作過程にも迫ろうとした執念が感じられる。
(75近代映画協会)(監督脚本)新藤兼人(撮影)三宅義行
(出演)田中絹代、依田義賢、入江たか子、永田雅一、香川京子、山田五十鈴、京マチ子、伊藤大輔、宮川一夫、増村保造ほか
(150分・35mm・カラー)

【竹山ひとり旅】
津軽三味線の不世出の名手・高橋竹山の流浪時代を、本人のインタビューと演奏を交えて描く。暗澹とした修業時代を描きながらも、主演の林隆三の演技がユーモアを与えていて重苦しさを感じさせない。泥棒役の川谷拓三が小さい役ながら存在感を見せている。
(77近代映画協会=ジャンジャン)(監督脚本)新藤兼人(撮影)黒田清巳(美術)大谷和正(音楽)林光
(出演)高橋竹山、林隆三、乙羽信子、倍賞美津子、観世栄夫、根岸明美、川谷拓三、戸浦六宏、殿山泰司、佐藤慶、島村佳江、金井大、小松方正、松田春翠
(124分・35mm・カラー)

【事件】
女性の殺人事件をめぐって繰り広げられる、大岡昇平原作の重厚な法廷サスペンス。「過剰に書く」ことを目指した新藤の脚本は、検事役・芦田伸介と弁護士役・丹波哲郎など名優の演技とあいまって、全体の半分以上を占める法廷シーンを絶えず緊張感で包む。
(78松竹)(監督)野村芳太郎(原作)大岡昇平(脚本)新藤兼人(撮影)川又昂(美術)森田郷平(音楽)芥川也寸志
(出演)丹波哲郎、芦田伸介、大竹しのぶ、永島敏行、松坂慶子、森繁久弥、佐分利信、渡瀬恒彦、乙羽信子、西村晃、山本圭、夏純子、佐野浅夫
(138分・35mm・カラー)

【絞殺】
暴力を振るいだした高校生の息子を、耐えかねて殺してしまった父親。閉塞感の漂う時代の家族像を示したが、撮影現場で物語のイメージを引き出すため、新藤はあえて「ゆるいシナリオ」にしたという。西村晃演じる俗物の父親像、乙羽信子の体当たりの演技も印象深い。
(79近代映画協会)(監督脚本)新藤兼人(撮影)三宅義行(美術)大谷和正(音楽)林光
(出演)西村晃、乙羽信子、狩場勉、岡田英次、観世栄夫、戸浦六宏、森本レオ、会田初子、殿山泰司、小松方正、草野大悟、根岸明美
(116分・35mm・カラー)

【地震列島】
学者(勝野)が警鐘を鳴らした大地震が実際に起こり、地下鉄浸水、高層ビル火災といった災害が東京を襲う。当時人気のあったアメリカの同種映画にもひけをとらないパニック映画で、『日本沈没』の特撮監督・中野昭慶による東京崩壊のスペクタクルも圧倒的。
(80東宝映画)(監督)大森健次郎(原作脚本)新藤兼人(撮影)西垣六郎(美術)阿久根巌(音楽)津島利章
(出演)勝野洋、永島敏行、多岐川裕美、松尾嘉代、松原千明、佐藤慶、佐分利信、山崎努、大滝秀治、岡田英次、三木のり平、松村達雄
(126分・35mm・カラー)

【北斎漫画】
矢代静一が「浮世絵師3部作」の一つとして発表した戯曲をもとに、絵師・葛飾北斎(緒形)と戯作者・滝沢馬琴(西田)の終生の友情、そして魔性の女(樋口)に魅入られ、春画の制作に没頭してゆく北斎の姿を描く。北斎の娘役の田中裕子は15歳から70歳までを演じた。
(81松竹)(監督脚本)新藤兼人(原作)矢代静一(撮影)丸山恵司(美術)重田重盛(音楽)林光
(出演)緒形拳、西田敏行、田中裕子、樋口可南子、フランキー堺、乙羽信子、宍戸錠、大村崑、愛川欣也、初井言榮、観世栄夫、殿山泰司
(119分・35mm・カラー)

【地平線】
家を破産から救うために「写真結婚」でアメリカに嫁いだ女性を主人公に、日本人収容所に入れられた時代も含めて、20余年にわたる日本人移民たちの苦闘を描く。炎熱の荒地を耕す夫婦の姿には、『裸の島』のイメージも重なるだろう。
(84MARUGENビル)(監督原作脚本)新藤兼人(撮影)丸山恵司(美術)大谷和正(音楽)林光
(出演)永島敏行、秋吉久美子、藤谷美和子、時任三郎、田中美佐子、川上麻衣子、乙羽信子、ハナ肇、井川比佐志、殿山泰司、西田敏行、風間杜夫、愛川欣也、戸浦六宏、初井言栄、園佳也子
(136分・35mm・カラー)

【落葉樹】
先祖から受け継いだ土地を失う父、軍人の兄、アメリカ移民となる姉、そして必死で家族を支えようとする母。こうした没落家族の肖像が、老いた作家の回想として語られてゆく。亡くなった母親への追憶の思いがこめられる新藤の私小説的な一篇。
(86丸井工文社)(監督原作脚本)新藤兼人(撮影)三宅義行(美術)重田重盛(音楽)林光
(出演)乙羽信子、財津一郎、小林桂樹、大滝秀治、梶芽衣子、初井言榮、殿山泰司、森塚敏、内藤剛志
(105分・35mm・カラー)

【ハチ公物語】
亡くなった飼い主を駅頭で待ち続けた犬「ハチ」の有名な逸話を、飾ることなく映画化した一篇。近代映画協会で新藤・吉村の両監督の助手を務めていた神山征二郎のヒット作で、のちに新藤自らがノンフィクション小説にも書き下ろしている。
(87東急グループ=三井物産=松竹グループ)(監督)神山征二郎(原作脚本)新藤兼人(撮影)姫田真佐久(美術)西岡善信(音楽)林哲司
(出演)仲代達矢、八千草薫、石野真子、柳葉敏郎、尾美としのり、殿山泰司、田村高廣、長門裕之、加藤嘉、三木のり平
(107分・35mm・カラー)

【さくら隊散る】
原爆で命を落とした移動演劇隊9人の隊員の足どりを、再現ドラマとゆかりの人々の証言からたどった記録映画で、新藤の被爆者に対する鎮魂の思いが再びこめられる。杉村春子、宇野重吉など演劇界の巨星たちが隊長・丸山定夫を回想するシーンが印象的。
(88近代映画協会=天恩山五百羅漢寺)(監督脚本)新藤兼人(原作)江津萩枝(撮影)三宅義行(美術)重田重盛
(出演)古田将士、未來貴子、川島聡互、八神康子、及川以造、竹井三恵、川道信介、水野なつみ、元松功子、北川真由美、内堀和晴
(111分・35mm・カラー)
by sentence2307 | 2006-04-01 16:49 | 新藤兼人 | Comments(1)
フィルムセンターでは、4月4日から5月28日まで、「シナリオ作家・新藤兼人」と題して、独立プロという独自の立場から日本映画界に多大な影響を与え、そしていまなお強力な牽引力で意欲的な活動を今なお続けている新藤兼人監督を、おもにシナリオ作家の面にスポットをあてて特集します。

現在93歳、第一戦バリバリの現役でまだまだ旺盛な意欲を衰えさせない、まさに巨人という名に相応しい映画監督・新藤兼人です。

シナリオ芸術を極め、演出家としてヒューマニズムを追い求めたこの稀有な映画人の、70年以上にわたる映画人生を67本の作品をとおして俯瞰します。


【北極光】
親子二代に渡る樺太の鉄道敷設工事の労苦を描きつつ、北方開拓の重要性を説いた戦時下の作品。新藤は村上元三が書き下ろした原作シナリオを脚色したほか、萬世橋にあった鉄道博物館などを調査して時代考証も担当。厳寒の2月に実施された大がかりな樺太ロケにも参加した。
(41新興キネマ)(監督)田中重雄(製作)六車修(原作脚本)村上元三(脚本美術)新藤兼人(撮影)青島順一郎(編集)本庄益子(美術)植田種康(録音)神保幹雄(音楽)横田昌久
(出演)小柴幹治、美鳩まり、平井岐代子、原聖四郎、葛城文子、真山くみ子、新田実、黒田記代、加藤精一、岩田祐吉、淡島みどり、逢初夢子、山口勇、上田寛、若原雅夫、浦辺粂子、原不二男、鳥橋一平、植村謙二郎
(108分・35mm・白黒)

【結婚】
日本の経済状態がまだ不安定だった戦後間もない当時を背景に、経済苦のために結婚できないでいる男女と、なんとか彼らを結婚させてあげたいと奔走する娘の父親の姿を描いた松竹がもっとも得意としたメロドラマ。前年に脚本家としてデビューした新藤兼人脚本が、木下恵介のオリジナル・ストーリーを脚色。田中絹代と上原謙という松竹の名コンビで、つましく生きる庶民の悲哀を愛しむような優しさで描いている。一家の生計をひとりで支える文江(田中絹代)には結婚を約束した恋人(上原謙)がいたが、家庭の逼迫する経済事情のために結婚を断念せざるを得ない。美術は「母を恋はずや」以来「秋刀魚の味」まで、小津安二郎の全松竹作品を担当した浜田辰雄。
(47松竹大船)(監督原案)木下惠介(脚本)新藤兼人(撮影)楠田浩之(美術)浜田辰雄(音楽)木下忠司
(出演)田中絹代、上原謙、東野英治郎、東山千栄子、井川邦子、鈴木彰三、小沢栄太郎、久慈行子、村瀬幸子、岸輝子
(85分・35mm・白黒)

【安城家の舞踏會】
没落していく華族階級の物語を一夜の舞踏会に限定して描いた作品。チェーホフの「桜の園」をベースに脚本を執筆した本作は「キネマ旬報」ベストテン1位に輝き、シナリオ作家としての新藤の出世作となった。吉村監督とはじめてコンビを組んだ作品でもある。
(47松竹大船)(監督原作)吉村公三郎(脚本)新藤兼人(撮影)生方敏夫(美術)浜田辰雄(音楽)木下忠司
(出演)原節子、逢初夢子、瀧澤修、森雅之、清水将夫、神田隆、空あけみ、村田知英子、殿山泰司、津島惠子
(89分・35mm・白黒)

【四人目の淑女】
復員してきた男が音楽学校時代の女友達を訪ね歩くが、彼女らに戦前の可憐な面影はなく、戦後の荒廃した社会で物欲にとらわれた生活を送っていた…。フランス映画『舞踏会の手帖』(1937年)風の脚本構成で、新藤は同時代の日本社会をシニカルな視点で描出した。
(48松竹大船)(監督)澁谷實(脚本)新藤兼人(撮影)長岡博之(美術)濱田辰雄(音楽)服部良一
(出演)濱田百合子、三浦光子、月丘夢路、木暮實千代、森雅之、笠智衆、坪内美子、望月美惠子、殿山泰司、山路義人
(90分・35mm・白黒)

【誘惑】
病床の妻(杉村)をもちながら恩師の娘(原)に恋情を募らせてしまった中年男性(佐分利)が、二人の女性の間で苦悩するというメロドラマ。翌年の『嫉妬』とともに、新藤は中年夫婦の精神的危機をドラマティックに描いたオリジナル脚本を執筆。杉村春子の熱演が印象的。
(48松竹大船)(監督)吉村公三郎(脚本)新藤兼人(撮影)生方敏夫(美術)浜田辰雄(音楽)木下忠司
(出演)原節子、佐分利信、杉村春子、山内明、神田隆、殿山泰司、文谷千代子、西村青児
(85分・35mm・白黒)

【わが生涯のかゞやける日】
終戦後の殺伐とした時代を背景に、暴力団の用心棒(森)と、その男を父の仇だと知らずに愛してしまったキャバレーの女(山口)との激しい愛情がダイナミックな演出で表現される。戦時下に「李香蘭」を名乗っていた山口淑子が、本作で本格的な映画復帰を果たした。
(48松竹大船)(監督)吉村公三郎(脚本)新藤兼人(撮影)生方敏夫(美術)浜田辰雄(音楽)木下忠司、吉沢博
(出演)山口淑子、井上正夫、滝沢修、森雅之、清水将夫、加藤嘉、宇野重吉、村田知英子、清水一郎、三井弘次、殿山泰司、逢初夢子、山内光
(101分・35mm・白黒)

【お嬢さん乾杯】
自動車修理工の戦後成金(佐野)と旧華族の令嬢(原)という生まれも育ちも異なる二人の恋愛を描いた松竹らしい明朗喜劇で、木下恵介の軽快な演出が冴える。オリジナル脚本を執筆した新藤は、価値観が変容した戦後の社会を喜劇として巧みに再構築した。
(49松竹大船)(監督)木下惠介(脚本)新藤兼人(撮影)楠田浩之(美術)小島基司(音楽)木下忠司
(出演)佐野周二、原節子、青山杉作、藤間房子、永田靖、東山千栄子、森川まさみ、増田順二、佐田啓二、坂本武
(89分・35mm・白黒)

【喜劇 嫉妬】
妻の浮気を理不尽に疑う横暴な夫(佐分利)と、その夫からの自立を試みる妻(高峰)を描くことで、抑圧的な家父長制を辛辣に批判するメロドラマ。妻の微妙な心の変化を、夫婦間の慣習化したコミュニケーションの食い違いによって表現する演出は見事。
(49松竹大船)(監督)吉村公三郎(脚本)新藤兼人(撮影)生方敏夫(美術)森幹男(音楽)吉沢博
(出演)佐分利信、高峰三枝子、宇佐美淳、小宮令子、幾野道子、三井弘次、河村黎吉
(88分・35mm・白黒)

【森の石松】
農民生活に嫌気がさして次郎長の子分になった石松の無鉄砲な生き様を喜劇的に描いた占領期的な「侠客もの」。野心的な作品ではあったが興行的に不入りで、新藤と吉村が松竹を離れるきっかけとなった。石松の悲壮な死の場面は、ハリウッドのギャング映画『民衆の敵』(1933年)を想起させる。
(49松竹京都)(監督)吉村公三郎(脚本)新藤兼人(撮影)生方敏夫(美術)水谷浩(音楽)吉澤博
(出演)藤田進、轟夕起子、河村黎吉、志村喬、殿山泰司、笠智衆、朝霧鏡子、澤村貞子、西川壽美、飯田蝶子、三井弘次、安部徹
(97分・35mm・白黒)

【春雪】
貧しくも正しく生きる勤労者たちを、新藤と吉村の名コンビが愛情をもって描いたメロドラマ。鉄道職員の孝子(藤田) は機関士(佐野)と婚約しているが、ゆとりのない家庭のため結婚をためらっていた。ある時孝子は裕福な指揮者(龍崎)に求婚されて心が揺れる…。
(50松竹大船)(監督)吉村公三郎(脚本)新藤兼人(撮影)生方敏夫(美術)森幹男(音楽)吉澤博
(出演)藤田泰子、佐野周二、高橋貞二、志村喬、英百合子、龍崎一郎、青山杉作、東山千栄子、殿山泰司、沢村晶子
(87分・35mm・白黒)

【赤城から来た男】
『森の石松』に続いて新藤が執筆したオリジナル時代劇脚本。「忠治」という名前は出てこないが明らかに国定忠治の物語である。捕吏から逃れるため、親分の滝蔵(大河内)は子分たちを連れて赤城山を落ち延びるが、行く先々でなじみの人々から裏切られてゆく。
(50大映京都)(監督)木村惠吾(原作脚本)新藤兼人(撮影)牧田行正(美術)上里義三(音楽)飯田三郎
(出演)大河内傳次郎、山田五十鈴、星美千子、沢村貞子、東野英治郎、加東大介、加藤嘉、香川良介
(94分・35mm・白黒)

【偽れる盛装】 (102分・35mm・白黒)
男たちを手玉にとる勝ち気な芸者(京)と市役所に勤める妹(藤田)を対比させつつ、欲望が渦巻く京都の花街の世界をリアルに描く。新藤は吉村と共に宮川町の花街で入念な聞き取り調査を行って構想を練った。「キネマ旬報」ベストテン3位。1964年に『肉体の盛装』としてリメイクされた。
(51大映京都)(監督)吉村公三郎(脚本)新藤兼人(撮影)中井朝一(美術)水谷浩(音楽)伊福部昭
(出演)京マチ子、藤田泰子、村田知英子、滝花文子、柳惠美子、橘公子、小林桂樹、河津清三郎、菅井一郎、進藤英太郎、殿山泰司

【愛妻物語】
新藤の監督第1作は、自身のシナリオ修業時代の実話をベースに若干のフィクションを加えた自伝的作品。1942年、新藤は溝口健二に師事して脚本を学びながら「近代劇全集」(全43巻)を読破したが、彼を支え続けた妻の久慈孝子を翌年に急性結核で亡くしている。
(51大映京都)(監督脚本)新藤兼人(撮影)竹村康和(美術)水谷浩(音楽)木下忠司
(出演)宇野重吉、乙羽信子、大河内傳次郎、菅井一郎、滝沢修、香川良介、英百合子、清水將夫、殿山泰司
(97分・35mm・白黒)

【源氏物語】
大映創立10周年記念大作。新藤は与謝野晶子の「新訳 源氏物語」などを参照しつつ、長大な原作を約1年半の物語に脚色し、さらに「淡路」(京)という人物を新たに創造して独自性を出した。水谷浩による豪奢なセット・デザインと、カンヌ映画祭撮影賞を受賞した杉山公平の映像も見所。
(51大映京都)(監督)吉村公三郎(脚本)新藤兼人(撮影)杉山公平(美術)水谷浩(音楽)伊福部昭
(出演)長谷川一夫、大河内傳次郎、木暮實千代、水戸光子、京マチ子、乙羽信子、堀雄二、菅井一郎、進藤英太郎、小澤榮、長谷川裕見子、相馬千惠子、英百合子、東山千榮子、加東大介、殿山泰司
(123分・35mm・白黒)

【西陣の姉妹】
新藤は少年時代の実体験を元にしばしば「一家の没落」をテーマに脚本を執筆してきたが、本作もその系譜に連なる。京都の織元として名をはせた旧家の主人が借金を残して自殺。周囲の人情に支えられつつも、夫人と3人の娘はどうすることもできず、債権者は容赦なく一家の身ぐるみを剥いでゆく。
(52大映京都)(監督)吉村公三郎(脚本)新藤兼人(撮影)宮川一夫(美術)小池一美(音楽)伊福部昭
(出演)宮城野由美子、三浦光子、津村悠子、田中絹代、宇野重吉、三橋達也、菅井一郎、進藤英太郎、柳永二郎、日高澄子、東山千栄子、近衛敏明、殿山泰司
(110分・35mm・白黒)

【原爆の子】
原爆の洗礼を受けた広島の子供たちの作文集から、新藤兼人が脚色・監督した。家族でただひとり被爆を免れた女教師が、かつて保母をしていた幼稚園の生き残った園児たちの消息を訪ねて歩くという設定で、痛ましいエピソードを積み重ねてながら、荒廃した広島の町の風景が原爆の残虐さを訴えた。
(52近代映画協会=劇団民藝)(監督脚本)新藤兼人(撮影)伊藤武夫(美術)丸茂孝(音楽)伊福部昭
(出演)乙羽信子、瀧澤修、清水将夫、宇野重吉、東野英治郎、寺島雄作、殿山泰司、柳谷寛、英百合子、山内明、多々良純、細川ちか子、北林谷榮、芦田伸介、大瀧秀治
(1952.08.06 10巻 2,685m 95分・35mm・白黒)

【暴力】
無為徒食の輩どもが住む大阪の細民街を舞台に、虐げられた女(日高)が家族を守りながら力強く生きる様子が映し出される。新藤のオリジナル脚本で、当初は京マチ子主演の大映作品になる予定だったという。なお、詩人が吟詠するのは萩原朔太郎の詩集「氷島」の一節。
(52東映京都)(監督)吉村公三郎(脚本)新藤兼人(撮影)宮島義勇(美術)小池一美(音楽)伊福部昭
(出演)日髙澄子、夏川靜江、若山セツ子、菅井一郎、木村功、殿山泰司、進藤英太郎、内藤武敏、泉田行夫、松浦築枝、浪花千栄子
(86分・35mm・白黒)

【縮図】
自然主義文学者徳田秋声の未完小説を映画化したもの。芸者に売られた銀子(乙羽)の苦難の半生を描写することで、日本社会に蔓延する貧困という暗部を浮き彫りにした社会派ドラマの大作。新藤作品を支え続けた丸茂孝の美術は本作で日本映画技術賞。乙羽信子もブルーリボン主演女優賞。
(53近代映画協会)(監督脚本)新藤兼人(原作)徳田秋聲(撮影)伊藤武夫(美術)丸茂孝(音楽)伊福部昭
(出演)乙羽信子、日高澄子、山田五十鈴、山村聰、宇野重吉、山内明、沼田曜一、瀧澤修、菅井一郎、清水將夫、殿山泰司、嵯峨善兵、進藤英太郎
(131分・35mm・白黒)

【夜明け前】
島崎藤村の長篇歴史小説の映画化で、近代映画協会が独立プロの威信をかけて劇団民藝とともに製作した大作。幕末から維新にかけての動乱の時代。庄屋で国学者の青山半蔵(滝沢)が、理想に燃えつつも新時代に幻滅し、座敷牢で生涯を終えるまでの軌跡が重厚に表現されている。
(53近代映画協会=劇団民藝)(監督)吉村公三郎(原作)島崎藤村(脚本)新藤兼人(撮影)宮島義勇(美術)丸茂孝(音楽)大澤壽人
(出演)伊達信、細川ちか子、滝澤修、小夜福子、乙羽信子、山内明、清水將夫、日高澄子、高野由美、宇野重吉、原久子、北林谷栄、菅井一郎
(142分・35mm・白黒)

【足摺岬】
田宮虎彦の3つの短篇小説「菊坂」「絵本」「足摺岬」を新藤が独自に脚色。軍国主義が台頭するなかで愛と理想を押しつぶされてゆく若者たちの傷ましい青春が容赦なく描写された本作は、田宮の叙情性と新藤のリアリズムが融合した一種の社会派メロドラマに仕上がっている。
(54近代映画協会)(監督)吉村公三郎(原作)田宮虎彦(脚本)新藤兼人(撮影)宮島義勇(美術)丸茂孝(音楽)伊福部昭
(出演)木村功、津島惠子、日高澄子、殿山泰司、御橋公、森川信、赤木蘭子、信欣三、神田隆、菅井一郎、金子信雄、下元勉
(107分・35mm・白黒)

【どぶ】
社会からあぶれた人々が集まる川沿いの貧民街に、人を疑うことを知らない純真無垢な女(乙羽)が迷い込んできたことから展開する一種の風刺劇。オリジナル脚本を書いた新藤は、横須賀線の車窓から見える鶴見川沿いの集落を眺めながらアイディアをふくらませたという。
終戦直後の横浜・鶴見川のほとりの湿地帯、通称カッパ沼に建ち並ぶバラック長屋の部落を舞台に繰り広げられる人間模様をユーモラスに描く風刺ドラマ。行き倒れで住み着いた、お人好しで気の優しい女ツル(乙羽)を、沼の住民たちは街娼に仕立て、金を巻き上げようとするが・・・。
(54近代映画協会)(監督脚本)新藤兼人(脚本)棚田吾郎(撮影)伊藤武夫(美術)丸茂孝(音楽)伊福部昭
(出演)乙羽信子、宇野重吉、殿山泰司、山村聰、菅井一郎、藤原釜足、神田隆、中北千枝子、木匠マユリ、飯田蝶子、下元勉
(111分・35mm・白黒)

【狼】
新藤のオリジナル脚本。それぞれ不幸な過去を背負った5人が保険勧誘員の見習いとして働き始めるが、追いつめられてやむなく郵便車強盗を実行するまでの心の軌跡をたどった社会派サスペンス。冒頭に郵便車襲撃シーンを配置した斬新なシナリオ構成が際立っている。
出口のない状況に陥った人間たちが犯罪に手を染め破滅するまでを、緊迫感あふれるタッチで描く社会派作品。新藤兼人が自らのオリジナル脚本を監督し、妻の乙羽信子、浜村純、殿山泰司らが出演。戦争未亡人の秋子(乙羽)、元銀行員の原島(浜村)ら5人は保険会社の外務員となる。しかし厳しい契約ノルマを果たせず、追いつめられた彼らは現金輸送車を強奪する計画を立てる。首尾よく大金を奪うものの、警察の手が迫り・・・。
(55近代映画協会)(監督脚本)新藤兼人(撮影)伊藤武夫(美術)丸茂孝(音楽)伊福部昭
(出演)乙羽信子、髙杉早苗、殿山泰司、浜村純、菅井一郎、宇野重吉、小澤榮、東野英治郎、清水将夫、三島雅夫、永田靖、御橋公、信欣三
(128分・35mm・白黒)

【赤穗浪士 天の巻 地の巻】
東映創立5周年記念のオールスター大作で、数ある忠臣蔵映画のなかでも特に完成度の高い作品として知られる。新藤は大佛次郎が創造した上杉家の密偵・堀田隼人(大友)に特に焦点を当てて独自の脚色を施した。1961年に松田定次自身がリメイクしている。
(56東映京都)(監督)松田定次(原作)大佛次郎(脚本)新藤兼人(撮影)川崎新太郎(美術)角井平吉、森幹夫(音楽)深井史郎
(出演)片岡千惠蔵、市川右太衛門、中村錦之助、伏見扇太郎、東千代之介、大友柳太朗、小杉勇、月形龍之介、進藤英太郎、薄田研二、龍崎一郎、宇佐美淳
(151分・35mm・カラー)

【銀(しろがね) 心中】
『足摺岬』に続いて新藤が手がけた田宮虎彦の同名小説の映画化。戦争末期、理髪店を営む夫婦のもとに妻の従弟が弟子入りする。出征した夫の戦死を知った妻は終戦後に従弟と結ばれるが、そこへ死んだはずの夫が還ってきた…。ロケ中に殿山泰司が谷底へ転落するアクシデントが発生したという。
(56日活)(監督脚本)新藤兼人(原作)田宮虎彦(撮影)伊藤武夫(美術)丸茂孝(音楽)伊福部昭
(出演)乙羽信子、長門裕之、宇野重吉、殿山泰司、河野秋武、北林谷栄、細川ちか子、下條正巳、菅井一郎
(99分・35mm・白黒)

【殺したのは誰だ】
うだつが上がらない自動車セールスマン(菅井)を主人公にして保険金詐欺を絡めたサスペンス映画で、菅井自身が当初監督するつもりで新藤にシナリオ執筆を依頼した。新進監督・中平康の小気味よいカッティングと、姫田真佐久のパン・フォーカス撮影が印象的。前年にデビューした小林旭も出演している。
(57日活)(監督)中平康(脚本)新藤兼人(撮影)姫田真佐久(美術)松山崇(音楽)伊福部昭
(出演)菅井一郎、山根寿子、殿山泰司、小林旭、西村晃、青山恭二、渡辺美佐子、筑波久子、清水将夫、髙野由美、浜村純
(91分・35mm・白黒)

【海の野郎ども】 (81分・35mm・白黒)
新藤の監督作で唯一の石原裕次郎主演映画。港の鉄くず運びの人夫頭(石原)が、酒びたりの高級船員に反旗を翻した外国人船員たちと対立するが、やがて友情を育む。東京港のロケでは撮影用の船が貨物船に衝突され、スタッフが殉死する事故もあった。
(57日活)(監督脚本)新藤兼人(撮影)宮島義勇(美術)丸茂孝(音楽)伊福部昭
(出演)石原裕次郎、安井昌二、木室郁子、多摩桂子、ジェリー・伊藤、殿山泰司、西村晃、安部徹、織田政雄、夏川大二郎、菅井一郎

【悲しみは女だけに】
港町の飲み屋へアメリカから帰ってきた姉をめぐって、店主(小沢)一族の生活に波風が立ち始める。姉役の田中絹代のほか、娘に京マチ子、先妻に杉村春子と豪華な演技者が揃った。もとの戯曲は劇団民藝向けの「女の声」で、新藤の生い立ちを反映している。
(58大映東京)(監督脚本)新藤兼人(撮影)中川芳久(美術)丸茂孝(音楽)伊福部昭
(出演)田中絹代、小澤榮太郎、京マチ子、望月優子、杉村春子、市川和子、船越英二、乙羽信子、水戸光子、宇野重吉、見明凡太朗、殿山泰司
(105分・35mm・白黒)

【氷壁】
新藤が、大映の新鋭監督・増村保造と初めて組んだ作品。井上靖のベストセラー小説をもとにしたサスペンス・ドラマで、登山中の親友の転落死が、他殺だったのか事故だったのかが厳しく追究される。主人公の上司を演じた名脇役・山茶花究の演技も印象に残る。
(58大映東京)(監督)増村保造(原作)井上靖(脚本)新藤兼人(撮影)村井博(美術)下河原友雄(音楽)伊福部昭
(出演)菅原謙二、山本富士子、川崎敬三、野添ひとみ、上原謙、山茶花究、浦辺粂子
(96分・35mm・カラー)

【夜の鼓】
原作は近松門左衛門の姦通話の一つ「堀川波鼓(ほりかわなみのつづみ)」。下級武士(三国)が、妻(有馬)の不義の噂を確かめようとするが、やがて悲劇へなだれ込む。近代映画協会の同人だった山田典吾が興した現代ぷろの作品で、脚本は橋本忍との華やかなタッグ。
(58現代ぷろだくしょん)(監督)今井正(原作)近松門左ヱ門(脚本)新藤兼人、橋本忍(撮影)中尾駿一郎(美術)水谷浩(音楽)伊福部昭
(出演)三国連太郎、有馬稲子、森雅之、日高澄子、雪代敬子、奈良岡朋子、夏川静江、中村萬之助、金子信雄、東野英治郎、菅井一郎、加藤嘉、殿山泰司
(95分・35mm・白黒)

【不敵な男】
田舎出の娘をかどわかしては赤線に売り飛ばすチンピラ(川口)が、犠牲者の少女(野添)の復讐を受ける中で変貌してゆく。野添が川口を蹴り飛ばすシーンが印象的。増村作品としては『氷壁』より後の公開だが、こちらが先に書かれた。当初の題名は「最低の男」。
(58大映東京)(監督)増村保造(脚本)新藤兼人(撮影)村井博(美術)下河原友雄(音楽)塚原晢夫
(出演)川口浩、野添ひとみ、船越英二、川上康子、市川和子、岸田今日子、永井智雄、杉田康
(85分・35mm・白黒)

【裸の太陽】
鉄道機関士たちの友情を描き、「夏の日のスケッチみたいな映画」と新藤が述懐する爽やかな青春映画。若き仲代達矢が恋に悩む青年を好演している。監督は、新藤と同じく独立プロを中心に活躍し、社会的弱者に視線を注いできた家城巳代治。
(58東映東京)(監督)家城巳代治(原作)氷室和敏(脚本)新藤兼人(撮影)宮島義勇(美術)北川弘(音楽)芥川也寸志
(出演)江原眞二郎、丘さとみ、中原ひとみ、星美智子、仲代達矢、山形勲、高原駿雄、飯田蝶子、柳谷寛、東野英治郎
(85分・35mm・白黒)

【第五福竜丸】
1954年、太平洋ビキニ環礁の水爆実験に遭遇し、被曝した漁船員たちの事件を「記録とドラマのモンタージュ」として綴った一篇。新藤は莫大な借金を覚悟して撮影に乗り出し、俳優座や民藝などの新劇人を総動員して完成にこぎつけ、代表作の一つとなった。
(59近代映画協会=新世紀映画)(監督脚本)新藤兼人(脚本)八木保太郎(撮影)植松永吉(美術)丸茂孝(音楽)林光
(出演)宇野重吉、乙羽信子、稲葉義男、殿山泰司、永田靖、永井智雄、原保美、浜田寅彦、小沢栄太郎、千田是也、清水將夫、松本克平
(107分・35mm・白黒)

【大いなる旅路】
鉄道映画に定評のある関川秀雄が演出した、国鉄機関士とその家族の30年にわたる年代記。鉄道マンを演じる三国連太郎は機関士の実地研修を受け、事故のシーンも廃車予定の機関車を実際に転落させた。音楽の巧みな挿入も各時代の感覚を表している。
(60東映東京)(監督)関川秀雄(脚本)新藤兼人(撮影)仲沢半次郎(美術)森幹男(音楽)斉藤一郎
(出演)三国連太郎、高倉健、南廣、梅宮辰夫、中村賀津雄、小宮光江、八代万智子、星美智子、風見章子、東野英治郎、河野秋武、花沢德衞
(95分・35mm・白黒)

【裸の島】
水もない瀬戸内の離島に暮らす農民一家の、土との闘いを全篇台詞なしで演出した、新藤兼人生涯の代表作。モスクワ国際映画祭でのグランプリ受賞は、経営難の近代映画協会にとって起死回生の一打となった。国際的知名度も高まり、ロシアでは現代のA・ソクーロフ監督に至るまで本作を激賞する人があとを立たない。
瀬戸内海に浮かぶ小島に暮らす家族の姿を通して、厳しい自然と闘い共存しながら生きいく人間を描く。モスクワ映画祭グランプリ受賞ほか各国に広く紹介され、一躍、新藤兼人の名が世界に知れ渡った。セリフを一切排し、映像だけで語るという実験意欲に満ちた詩篇。黒田清己の撮影、林光による音楽が織り成す映像叙事詩。
(60近代映画協会)(監督脚本)新藤兼人(撮影)黒田清己(音楽)林光
(出演)乙羽信子、殿山泰司、田中伸二、堀本正紀
(96分・35mm・白黒)
by sentence2307 | 2006-04-01 16:48 | 新藤兼人 | Comments(750)

村八分

偶然ですが、CSで現代ぷろだくしょんの作品を2本立て続けに見てしまいました。

農村の閉鎖性を描いた「村八分」53と東洋のマタハリといわれた川島芳子を描いた「燃える上海」54です。

この辺の知識はもっぱら書籍から仕入れているのですが、日本の独立プロの隆盛を高く評価したことで有名なジョルジュ・サドゥールが、1955年当時、こんなことを書いています。

「日本の進歩的映画は、きわめて良心的かつ効果的に、つぎのようなテーマを目指している。
すなわち、軍国主義の告発による戦争反対の闘争(真空地帯、日の果て、雲流るるはてに、)、アメリカの戦争犯罪(原爆の子、ひろしま)、占領による不幸(混血児)、労働者階級による闘争の鼓舞(どっこい生きている、赤い自転車、蟹工船、女一人大地を行く、太陽のない街)、貧農の闘争(箱根風雲録、村八分、米)、民衆の独立と文化遺産の称揚、日本資本主義の告発、等。
1952年~54年に日本の進歩的映画人は、一連の主要作品を生んだが、それはイタリア・ネオリアリズム派を凌駕するかとさえ思われる。
ローマは、資本主義諸国の映画界において、東京の好敵手である。」

そして、サドゥールは、その著「世界映画史」においては、さらに踏み込んで「1950年以降、日本のネオ・リアリズムは、その力強さと飛躍の点でイタリアを凌駕したように思われた。」と書いています。

「進歩的映画人」の行き過ぎた左傾化を警戒した日本の大手映画資本の、硬軟取り混ぜた圧力によって一斉に攻勢をかけてきた苦しい製作状況がまずあって、仕方なく選択された「独立」という苦しい部分もなかったわけではないにしても、やはり表現の自主性を守るという高潔な選択が、海外の映画人の注目するところとなったのだろうと思います。

イタリア・ネオリアリズムが、あくまでも「人間」の根源を見据えて、やがて感傷的な叙情に流れていったのに対して、日本の独立プロダクション運動は、遙かに政治色が強く、それだけに映画そのものの仕上がりには、首を傾げたくなるようなものもありました。

この「村八分」という作品は、そういう一作かもしれません。

この作品は、選挙のとき村で公然と行われていた替え玉投票(不在者の投票用紙を集めて、それを任意の者に替わって投票させるもの)を、ひとりの少女が疑問に思って新聞社に投書したことから、大騒ぎになり、一家が村中の非難を受けて総スカンされる、いわゆる村落の因習的な閉鎖性を告発した映画なのですが、上記でサドゥールが分類したカテゴリー「貧農の闘争」にはちょっと当て嵌まらないかもしれません。

むしろ、「貧農との闘争」と言った方が相応しいのではないかと、この映画を見ながら思いました。

この映画に描かれている「八部」は、タテマエとしては、村のボス的実力者に抵抗できない貧しい村民たちが致し方なくやっていることかもしれませんが、しかし、実は、村の利益に反するようなことをした裏切り者は排除するという農民たちのダークな「自主性」もしっかりと描かれているように感じます。

この映画は、八部によって近所の助力を得られず、苦慮している一家を(話し合いによって、こういうことは間違っているという結論に達した)学生たちが大挙して救うところで終わります。

こういう終わり方をどう見るか、これを果たして希望に満ちた終わり方といえるのかどうか、ちょっと迷います。

結局、一家を排除した村の農民たちは、誰一人現れず、作られた溝は埋められないまま、無知で、そのうえ因習固陋に凝り固まった農民など啓蒙するに値いしない、何の望みもない存在だと打ち棄て、無視し、こっちはこっちで勝手にやるさ、あのドン百姓ども、むしろこっちから無視してやるぞみたいな、なんともかんとも、とにかく絶望的なラストということだけは、よく分かりました。

(53近代映画協会=現代ぷろだくしょん)監督・今泉善珠、脚本・新藤兼人、撮影・宮島義勇、音楽・伊福部昭
出演・中原早苗、山村聡、乙羽信子、日高澄子、菅井一郎、藤原釜足、英百合子、殿山泰司、山田巳之助、御橋公
1953.03.21 10巻 1,575m 95分・モノクロ
by sentence2307 | 2006-03-26 22:36 | 新藤兼人 | Comments(1)