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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:大島渚( 7 )

中平康ばかりでなく、映画批評家に対する不信感というのは、映画監督には、とても根深いものがあります。

特に、晩年の黒澤監督などは日本国内では辛辣な批評にさらされ、マスコミからも無視されて、かろうじて海外の「遺産のような名声」で救われていたような感があって、なんだか憐れにさえ思ったこともありました。

もし、コッポラやジョージ・ルーカスがいなかったら、リスペクトなき日本におけるその晩年はきっとさらに惨憺たるものがあったと思います。当時、彼らコッポラやジョージ・ルーカスが霞むほど黒澤明を強力に援護した日本の映画批評家がいたかどうか、その印象はまったくありません。

そういえば、かの小津監督もひと言くらい、見当違いな作品批評に業を煮やして苦言を呈したことがあったはずと思い、「小津安二郎を読む」や「小津安二郎新発見」で探してみたのですが、残念ながら確認するまでには至りませんでした、でも、そりゃあ映画批評家やマスコミへの苦言のひとつやふたつくらいは「あった」と思います。

例えば、小津作品に対する典型的な批評として、こんなのがありました。

《ベテラン作家里見弴の小説を脚色した「秋日和」は、これよりも多くの点で優れている10年前の小津作品、すなわち「晩春」のほとんど歪めることのない「改作」にほかならない。・・・二つの作品のほぼすべての登場人物は、面白いほど交換できるものである。つまり、お決まりの笠智衆は「晩春」では父親だったが、「秋日和」では結婚する娘の伯父に扮し、原節子は結婚する娘から母親になる。また、「晩春」の叔母(杉村春子)は、笠智衆の演じる伯父に変形され、他方では司葉子が結婚する娘の役で原節子と入れ替わっている。こうした家族の些細な事柄は、外見的には他愛のないおどけたものであるが、実際にはもっと大切なことなのだ。というのも、少なくとも「晩春」から、小津(と野田高梧)は実際同じような作品を絶えず作り変えていて、囲碁のゲームの規則と同様な単純さと複雑さを持つ、家族の無限なヴァリエーションを繰り返しているに過ぎないからである。》(オリビエ・エケム「子供=王者の変身」)

褒めているのか貶しているのか、判断に苦しむこの評文ですが、小津ファンなら末尾の素っ気なく突き放したような部分「同じような作品を絶えず作り変えていて、囲碁のゲームの規則と同様な単純さと複雑さを持つ、家族の無限なヴァリエーションを繰り返しているに過ぎないからである」の舌足らずの感じはいかにも歯がゆく、もう一押し説明を求めたくなるような過剰反応を抱いてしまうのは当然です。

自分もまた、そう思ううちのひとりなのですが、しかし、ここでは、あれこれ言わず、小津監督の無常観を補足する意味で「小早川家の秋」のラストシーン、火葬場の煙突から出る煙を見上げながら交わす農夫・夫婦の言葉を挙げるだけで十分かなと思っています。


≪(河原)
女房「爺ィさまや婆ァさまやったら大事無いおもうけんども、若い人やったら可哀そうやなあ」
男「う~む、けんど、死んでも死んでも、あとからあとから、せんぐりせんぐり生まれてくるわな」
女房「そうやなあ、ようでけとるわ」≫


こういう事例から考えると、映画批評における見当違いの非難や貶しと受け取ってしまうなかにも、もしかしたら、表明する場所の字数制限が厳しいために(新聞の映画批評など「数百字の世界」です)説明不足もあって、読者がそれを読み誤るということも、あるいはあったかもしれないなと、一瞬ちらりと思ったのですが、しかし、かの「日本の夜と霧」に対する無節操な褒め倒しは「確信犯」そのもので、「映画」の評価のなかに、映画とは異質な評価基準が紛れ込んできた兆しなのではないかと思い直しました。

いまだ戦争の記憶が生々しく、政情不安定のなかで右傾化する政府に呼応するかのように左傾化に振れるメディアの「武器」として、映画は格好の標的になったことは、ちょうど米下院非米活動委員会が、まずは見せしめとしてハリウッドを生贄にしようとしたことと表裏をなしていると思います。いずれにしても、つねに無力な「映画」が、右と左とによって、思いのままに染め上げられてしまう「現実」というのが、そこにはあったと思います。

かつては体制におもねりへつらっていた同じ脆弱さで「進歩的知識人」にいち早く変貌を遂げたにすぎないヤカラが、その贖罪のような「民主主義コンプレックス」を駆使して褒め倒した大島渚の「日本の夜と霧」は、映画批評家(および知識人)にとって「試金石」になったのではないかという思いを自分は持ち続けてきました。

しかし、大島渚自身、この作品を一般的な映画作品(例えば成瀬巳喜男の「女が階段を上る時」)と同列に考えていたかどうかといえば、それはきわめて疑問です。たぶん、後年、この作品のことを話題に上らせることを嫌い、自分の作品として恥じてさえいたのではないかと推測しています。

前回、大島渚の「日本の夜と霧」について、≪内容はともかく、映画としてはどうなのという映画で、この作品を高ランクにつけた批評家を「批評家の定見なき無節操」といわざるをえません、「なんだか理解できないけれども、分からないからきっと凄いらしい、そうに違いない」という理由で票を投じたのではないかと想像します。≫と書きました。

大島渚の前作で金儲けの味を知った松竹が、さらに客の入るセンセーショナルな作品を大島渚に期待して「次回作」を求めたとき、資本の論理の逆を突いて大島渚が出した答えというのが、超映画「日本の夜と霧」なわけで、あきらかに、お前ら、これでもオレに映画を撮らせることができるのかと凄んだ松竹に対する挑発だったというのが、自分の考えでした。

そして、それは、(映画としては)それ以上のものではないという認識が大島渚の中にもあって、そんな作品を「映画」としてもっともらしく評価して、「ベスト10」の10位に選出した能天気な選者を、大島渚も含めて多くの映画監督たちが、その無定見を嘲り、失笑し、冷笑し、罵り、哄笑し、この程度の愚劣な者たち(映画に群がる業界の寄生虫)に自分の作品を評されることにやり場のない憤りを感じたに違いありません。

自分がそんな風に書いたときには、念頭には、「無知の映画批評家」しか想定してないというポーズをとって他の有象無象らに「逃げ場」を作ってあげたつもりでいたのですが、評価した連中をラインアップして驚きました。この映画をマジにとったとんでもない確信犯(大学教授や作家まで)が雁首を並べてゴロゴロいるじゃないですか、その幼稚な世間知らずぶりには、ちょっと驚いてしまいました。

そこで、選出当時、この「日本の夜と霧」に高評価を与えた選者というのを高得点順に調べてみることにしますね。

採点は、現在と同じ、「1位が10点、・・・10位が1点」方式です。選者総数は、42名。

いまから58年前に彼らがなんと言って「日本の夜と霧」に一票を投じ評価したか、実に楽しみです。



【「日本の夜と霧」に点数を投じた人々】

★10点 鶴見俊輔(評論家)
(評)映画が原作となって他の領域に働きかけるものを中心として選びました。「日本の夜と霧」はジャーナリズムの働きを映画によってよりよく果たした例と思います。「血は渇いてる」のなかでは、アメリカ産の社会心理学が、日本人の現在の関心によって見事に使いこなされています。マルクス主義をも近代主義をも見渡すことのできる視点を持つ人が映画製作の分野に現れたことがおもしろいです。
≪「よく果たした」とか「使い込まれた」とか、まるで映画をなにかの「手段」としてしか見てないこのようなイカガワシイ視点からは、映画史に張ったりをかました吉田喜重の虚像もついに見抜けなかったことが明かされているにすぎません。マルクス主義や近代主義どころか、なんの作品も生み出せず、小津監督に虚勢を見抜かれた痛々しい思い出を自慢げに繰り返し吹聴して余命をつないでいるぶざまな凋落ぶりをどう見るか、あなたは、なにを見損なったのだと鶴見俊輔に問いただしたいところです。≫

★10点 南博(一橋大学教授)
(評)1960年の日本映画の特徴は、ヌーヴェルバーグという名をつけることには不賛成だが、新しい監督によって新しい方向を見出そうとする努力がなされたということであろう。その頂点に立つものが、大島渚監督の「日本の夜と霧」、「太陽の墓場」であり、全体としてはいろいろな欠陥があって票を入れない新人監督の作品にも今後に期待できるものがあった。それに反して既成大家が振るわなかったが、これは映画作家が新旧交代に差し掛かったことを表していた。「日本の夜と霧」を第1位に圧した理由は、難点はあるがやはり全く新しい方向を切り開いたという点で歴史的な意義ある重要な作品であったためである。
≪すでに、ほぼ50年を経た現代からこの予測について言えることは、この時期には、まだまだ「映画作家の新旧交代」はなされなかったし、また南氏が期待したようには「この作品が歴史的な意義ある重要な作品」になるような革命も起こらなかった。むしろ、その後20年のうちで目を引く活躍を見せたのは、ヌーヴェルバーグの都会的なスマートさを備えた脆弱な彼ら(吉田、篠田、大島)ではなく、日本映画史を一身に担ったのは皮肉にも日本土俗にしっかりと足をつけ、粘っこいリアリズム(本当はもっと違う言い方をするのですが)で現実を捉えた、骨太のあきらかに内田吐夢の系統に位置する新人・今村昌平でした。≫

★8点 小倉真美(自然編集長)
(評)上半期の日本映画は不振を極めたが、秋以後ようやく立ち直ったようだ。アクション・ドラマ専売の日活で「豚と軍艦」を作った今村昌平の土性骨をまず認めたい。外国依存の政治で破綻を糊塗している日本の現実を痛烈に風刺した逸品である。市川崑がどんな原作と取り組んでも自己のペースで勝負する風格は立派である。作品の完成度から言えば、「おとうと」が第1位だが、彼に期待するものは、「プーサン」→「満員電車」の系列上での発展である。映画界の停滞を破った大島渚と吉田喜重の仕事は高く評価したい。「日本の夜と霧」は日本映画史上初めてのディスカッション・ドラマだ。この力作を公開禁止した松竹の不明朗な態度は追及されねばならない。独立プロの3作、新藤兼人、山本薩夫、亀井文夫の仕事は、今年も日本映画の良心であることを示した。「青春残酷物語」「血は渇いてる」「白い粉の恐怖」「砂漠を渡る太陽」「ぼんち」「大いなる旅路」「笛吹川」などは記憶に残る佳作である。
≪今村昌平を評価し、市川崑の行く末を「プーサン→満員電車の系列上の発展」と見抜いた慧眼には敬意を表するものの、しかし、「市川崑がどんな原作と取り組んでも自己のペースで勝負する風格は立派である」はどうだったかといえば、手を広げすぎて「系列上の発展」には失敗したというべきと思います。しかし、それにしても、ここに記されている「日本映画の良心」とは、いったいなにを意味しているのか、映画になにを強要しようとしているのか、ここで規定されている「新藤兼人、山本薩夫、亀井文夫」は、つまり思想の奴隷としか見做されておらず、あるいは、見くびられているにすぎず、その愚劣な括りに「裸の島」も入れてしまうのかと、その鑑識眼のなさには、すこしばかりショックを受けました。≫

★8点 岡田晋(キネ旬編集長)
(評)不作気味の1960年度日本映画の中で「おとうと」はやはりベスト・ワンとして恥ずかしくない作品である。死者の時からそう感じ、やはり結果としてそうせざるを得なかった。「黒い画集」「日本の夜と霧」は、日本が1960年に置かれている状況を、これほど見事に描いた作品は、今までの日本映画にはなかったように思う。「ぼんち」もあまり認められていないが、僕はその野心的構成を買う。「豚と軍艦」も「黒い画集」の系列に属する1960年らしい作品。「笛吹川」以下は、他に上げるものがなかったので―といった感じだ。


★8点 武田泰淳(作家)
(評)感想なし。1おとうと、2裸の島、3日本の夜と霧、4偽大学生、5黒い画集、6秘境ヒマラヤ、7女が階段を上がる時、8酒と女と槍、9花の吉原百人斬り、10流転の王妃
≪感想がないのでアゲ足取りができませんが、ベスト10に「流転の王妃」をいれますか? という違和感をどうしても持ってしまいますよね。「悪い奴ほどよく眠る」でもなく「笛吹川」でもなく「秋日和」でもなく、「流転の王妃」ですものね。たわむれに、もしかしてアンタ愛新覚羅溥儀の親戚か? と思った瞬間、「司馬遷は生き恥さらした男である。」の一節を思い出しました。ああ、そういうことかと≫

★8点 外村完二(映画評論家)
(評)毎年毎年言うことだが、今年の映画が示したでクラインの角度は、危機的である。実は白票を投じようと思ったが、考え直してとにかく10篇を選んだ。しかし、そのどれにも見逃せない欠陥がある。「笛吹川」は、無常観の強調と、発想としては面白いが、ときに乱用の感じがある特殊な色彩設計に抵抗を感じ、「日本の夜と霧」とは、政治的ポレミークを生のままに投げ出した観念性の裸出に飽き足らず、「おとうと」は、最後の部分の腰砕けが不満だ。「豚と軍艦」は、狂騒的な演出過重が気になり、「黒い画集」は、逆に単調な演出が難点、「狂熱の季節」は、これもラストが安定していなく、「青春残酷物語」は、やはり演出過重で、「花の吉原百人斬り」は、テーマが平凡でありすぎる。全体的に、今年の邦画は、技巧的変化を狙いすぎて、内容的に掘り下げた深さが足りなく、華美な包装紙だけの感じが深い。「人間みな兄弟」は、記録映画ではあるがその誠実さが光る唯一の作品だ。
≪こんなどうしょうもない批評を書かれたら映画監督もたいへんだわ。その作品の持つ本質的なものを一切検討しようとしていないで、言うに事欠いて亀井文夫の「人間みな兄弟」が、唯一評価できる作品だというに及んでは、自分でも言っているように、あなたはやはり「白票」を出すべきでしたね、だって、そもそもあなたには最初から選考する資格なんてなかったわけだからね。≫

★6点 押川義行(日刊スポーツ新聞文化部)
(評)芸術祭参加の条件を満たすために3日間公開されただけの「豚と軍艦」を、1960年度の作品と認めることはちょっと抵抗を感じたが、名前が挙げられている以上、選ばないわけにはいかない。最近見たせいか、印象が強すぎてかえって処置に困る有様だった。「おとうと」は、原作を斜めに見下ろしたような作品だが、そこに市川崑独自の立場がはっきりと出ていて、映画界の数少ない「作家」として敬服せざるを得なかった。木下恵介の「笛吹川」が不評だったのは、私には意外だ。「二十四の瞳」や、極端に言えば「楢山節考」さえ押しのけるほど、この作品には彼の広がりが感じられたからである。反対に黒澤明が「悪い奴ほどよく眠る」で空転したのも印象的だった。大島渚の作品に対しては、巧拙など度外視して、意欲の逞しいほとばしりに拍手する。



★6点 福田定良(法政大学教授)
(評)人間を大自然の一部としてとらえることは、容易なようで容易でない。そのためには人間の労働と真正面から取り組まなければならないからである。「裸の島」はこの意味で、日本では稀有な作品の一つである。「砂漠を渡る太陽」は、政治にだまされたなどと言わないで生き得た戦中の日本人の姿を満州という世界で描いた思想性の高い作品である。どちらも日本人の一般的なイメージとは言えないが、あえてこういう特殊な人間の生活を描いたところに、私たちが自分たちの姿を顧みざるを得ないような普遍性が生まれている。これに対して、「豚」「日本」「黒い」は、特殊な人間の存在感を作品に打ち出しているところが強みでもあれば弱みにもなっている。これらの作品について論じることはたくさんあるが、「おとうと」は、作品として鑑賞するほかはない。ぼくは市川崑の今年の作品の世界が彼自身によって打ち破られることを期待している。


★5点 井沢淳(朝日ソノラマ編集長)
(評)ほかの雑誌に出した僕自身のベストテンと違うところがある。それは、このベストテンでは、作品から受けた感動の順位を中心としたからだ。その点で「武器なき斗い」は、充実感と、訴求力で圧倒的にすぐれていた。山本薩夫監督が、苦しい条件で仕事をしたということは、この評かと全く関係がない。そういう美談からは超然としたところに、この作品の迫力がある。あたかも浅沼さんが殺されたということもあったが、それともかかわりがない。実際に日本は山宣時代と少しも変わらないという感じがこれを見ているとき、ひしひしとした。黒澤監督の「悪い奴ほどよく眠る」も、迫力があった。「おとうと」も市川監督としては最高のものだが、3位にした。結果としては1位になっても当然と思う。


★5点 岡本博(毎日グラフ編集長)
(評)「最後の日本兵」は緻密に計算された思想的な仕事です。われわれが十何年の戦後体験でなし崩しにたどり着いた時点へ、主人公二人はいきなりきって落とされます。その直前まで戦争する人間だった彼らの物凄い断絶感を通じてわれわれの戦後体験を集約して見せられるわけです。ラストの飛行機のなかに二人の会話の空しさは作者(飯塚増一)の深い読みからでたものでしょう。ジャングルの中で、三人の兵隊の戦争が日常化していること、「萬世一系の大日本帝国」「友軍の転進」というような軍隊用語が魔術的に人間の行動を縛ること、農民とインテリの心理と行動の違いが極限状況の中で人間の運命を決定すること、などもっとも近代的な問題に取り組んだ作品と言えるでしょう。「森の石松」の前半が時代劇を内面から崩していくようなアイデアにも驚かせられましたが、こういう思想的な作品が、ほかならぬ東映で作られ始めたことは注意していきたいと考えています。
≪いやあ、そもそも「最後の日本兵」なる映画を自分は知らないので、そこから知識を仕込んでいくしかないのですが、そんなに凄い作品なの? それとも、この岡本さんという方が、もしかしたら奇を衒うタイプの御仁なのかと、念のため選出したベストテンを拝見しました。1最後の日本兵、2おとうと、3森の石松鬼より恐い、4裸の島、5秘密、6日本の夜と霧、7狂熱の季節、8血は渇いてる、9黒い画集、10悪い奴ほどよく眠る、なるほど、なるほど、このランキングを見る限り、ごくフツーの方のようです、と思いつつ洋画のベストテンの方を見て、少し驚きました。1甘い生活、2ロペレ将軍、3若者のすべて、4勝手にしやがれ、5大人は判ってくれない、これはまさに「イタリアネオレアリズモ」とそれこそ「ヌーヴェルバーグ」じゃないですか。
「へえ~」ばかりでは仕方ないので、後学のために「最後の日本兵」を検索してみました。


【参考】

●生き抜いた16年 最後の日本兵
昭和19年7月、グァム島日本軍陣地は米軍の猛攻盤のため潰滅の寸前にあった。奥地へ逃げる敗残兵の中に、足を負傷した高野兵長、皆川がいた。2人は途中で西村上等水兵と一緒になり洞窟に逃げこんだ。中には伊藤兵長ら10名ほどの兵隊がいた。米軍の食糧置場襲撃に失敗し、激しい攻撃を受け、全員ちりぢりになり西村は戦死した。グァム島を制圧した米軍は士民兵を使ってジャングルの掃討を開始した。別れ別れになってジャングルを逃げまわる皆川、伊藤、高野は、ある日、偶然にも再会することが出来た。
昭和20年8月15日、日本は連合軍に無条件降服し、3人もジャングルに米軍のまいたビラで知った。しかし、これをアメリカの謀略と思い、捕虜になれば銃殺になると投降勧告を拒否した。本格的なジャングル生活が始まった。寝床は枯枝や草で作り、お互の合図は「チッ、チッ」と舌打ちでやることに決めた。米軍の廃品棄場から集めたもので、生活必需品を作り、海水から塩をとった。共同生活には諍いが絶えなかった。食糧集めの得意な伊藤はともすると勝手な行動をとり、元教師高野がこれに反感を感じ、皆川がいつも止め役になった。数年の歳月が流れた。望郷の念はつのり、脱出をはかったが失敗した。3人の生活に破綻が生じ、高野は1人ジャングルの中に消えた。数カ月後、衰弱しきった高野は戻って来たが死んだ。10年経った。伊藤が発熱して倒れ、皆川は島民に発見され米軍に捕まった。伊藤も観念した。が、2人は筒井通訳の説得にもかかわらず敗戦を信じなかった。昭和35年5月、2人は15年ぶりに故郷の土をふんだ。
(1960東映・東京撮影所)製作・大川博、企画・根津昇、大久保忠幸、監督・飯塚増一、脚本・甲斐久尊、撮影・高梨昇、音楽・小杉太一郎、美術・北川弘、録音・岩田広一、照明・川崎保之丞、編集・長沢嘉樹
出演・三國連太郎(伊藤兵長)、南廣(皆川兵長)、木村功(高野兵長)、水木襄(西村上等水兵)、神田隆(参謀長)、岡野耕作(伝令の兵)、岩上瑛(伝令の下士官)、南川直(自決する兵士)、大村文武(重傷の見習士官)、島崎淳一(重傷の兵士A)、久保一(重傷の兵士B)、打越正八(重傷の兵士C)、高田博(敗走する兵士A)、瀬川純(敗走する兵士B)、滝川潤(敗走する兵士C)、山本麟一(突撃する兵)、中山昭二(洞窟の将校)、織本順吉(洞窟の兵士)、バッカス・ウィリアム(ドライブの米兵)、バンテス・ロッキー(ドライブの米兵)、谷本小夜子(公子)、山本緑(ツル)、デーテル・スティーン(巡察の米兵A)、クリフォード・ハーリントン(巡察の米兵B)、ボナード・ジョセフ(巡察の米兵C)、三重街竜(猟師風の土民A)、今井俊二(筒井通訳)、

1960(昭和35)年5月、戦後15年たってグアム島で発見された元日本兵の皆川文蔵と伊藤正の16年間の生活体験をドラマ化したものだが、その12年後の1972(昭和47年)1月、グァム島で元日本兵の横井庄一が発見され、そして、さらにその2年後の1974(昭和49年)3月、フィリピン・ルバング島で発見された小野田寛郎が日本へ帰還を果たした。≫

★2点 滝沢一(映画評論家)
(評)「笛吹川」は、歴史の輪廻を描いて厳しい抒情詩になっている。ぎっちょん籠を飛び出して戦場に赴く若者の姿に作者の嘆きが込められ、心にしみるものがある。「武器なき斗い」も昭和初年の現代史として、日本を戦争に駆り立てた者への作者の怒りを肌で感じる。「裸の島」に描かれたものは一つの日本の素顔であり、「悪い奴ほどよく眠る」が、現代の汚職悪を復讐奇譚風に描いたことを私は面白く思った。「おとうと」は、日本の中流階級の、夫婦や父子や姉弟の関係とその愛情を分析し、鋭く、温かく、光沢があった。「日本の夜と霧」には、テーマに対して疑問があるが、尖鋭な実験的技法がめざましい。
≪この選者の選択基準というか、価値観とはなんだろうと考えたとき、自分的には、「武器なき斗い」がおおきな違和感で立ちふさがっている感じがします。だいたい、このもの欲しそうなタイトルはなにごとですか、「武器なき斗い」? 戦うんだったら、武器くらい持ちなさいよ、です。これじゃあ、まるで、幼稚園児の哀訴です「ボクがなにもしてないのに、〇〇ちゃんが、ぶったの」です。「反戦」「挫折」「転向」がつねに一線上にあるのは、それらが日本社会から既に許容され帰属を約束された「なあなあ社会」のシステムの一部だからだと思います。≫

★1点 山本恭子(映画評論家)
(評)「おとうと」はメロドラマ的素材と、このように鮮烈な新しい感覚を持った人間劇に作り上げられていること。「笛吹川」は、大胆な実験的試みが成功し、映画の芸術的価値を高めていること、「秋日和」は、頑固な名工気質の結実を、それぞれに感心し、順位をつけがたい感じです。4位から9位までの作品は、一応自分の好みに従って良いと思ったものをあれこれ拾って入れました。この級の佳作はまだほかにもいろいろあると思います。10位は日本映画のヌーヴェルバーグ作品の中で、はっきりそうと言える唯一の作品と思いますので「青春残酷物語」を選びました。大島渚監督の作品では「太陽の墓場」の方がむしろ好きなのですが。
≪自分は「キネマ旬報ベストテン全集1960▶1969」(キネマ旬報2000.12.15発行)を参照しながら、このコラムを書いてきました。まず、採点表の「10位 日本の夜と霧」の項目に点数を入れている選者を抜き出し、さらに高採点順に並び替えたうえで、各選評を筆写したのですが、この山本恭子の選評には、はっきりと「10位は日本映画のヌーヴェルバーグ作品の中で、はっきりそうと言える唯一の作品と思いますので『青春残酷物語』を選びました。」と書いてあるのに、採点表では「日本の夜と霧」に「1点」が計上されていて、選評にある「青春残酷物語」には点数は記されていません、ここのみに留まらない他に影響を及ぼす恥ずべき重大な誤植です。11位が同じ大島渚監督の「太陽の墓場」で、しかも15点も差があるのだから、どうでもいいじゃないかという、そういう問題ではありません。当然、1960年当時に筆者からクレームがあったはずですし、その訂正記事(あるいは「記録」が残されていて然るべきで)が出されていたならなおさら、こういう形で版下を流用しなければならないようなときには、そうした訂正をすべて反映して完全なものにするのが編集者の務めだと思っているので、とても残念な誤植でした。≫



実は最近、アスガー・ファルハディ監督の「彼女が消えた浜辺」2009を見たのですが、自分の責任を問われたとき、人間は自己正当化のために、対話しながら事実よりも少しだけ自分寄りに歪めて伝えたり、そうあってほしい方向に向けて言葉を少し盛ったりすることで、事態をさらに悪化させていくというこの物語、もしかしたら、こういう「対話劇」を撮りたかったのではないか、この手法を被せれば、もっと違った「日本の夜と霧」をぼくたちは見ることが出来たのではないかと妄想した次第です。



by sentence2307 | 2018-09-26 22:13 | 大島渚 | Comments(0)

青春残酷物語

映画を見続けてきた者にとって、それぞれの作品に対し、自分なりの好みによって固定観念が形作られてしまうということは、その人の個性という面からいっても当然そうあるべきで、それは仕方のないことだと思います。

例えば、「七人の侍」が、自分にとって機会さえあれば何度でも見たいと思う映画だとすれば、大島渚作品「青春残酷物語」は、一度見れば十分、機会があっても二度と見たいとは思わない作品として、もう、何十年も「二度目」を見ずにきた作品でした。

しかし、「何度でも見たい」と思わせるのがひとつのインパクトなら、「二度と見たくない」と思わせることだって、もうひとつの重要なインパクトなのかもしれないなと、つい最近「青春残酷物語」を再見して痛感しました。

衝撃性の高さからいえば、「二度と見たくない」と思わせる方が、よほど強烈なのは当然だし、監督・大島渚とは、そういう映画作家だったのだということも、遅ればせながら納得しました。

それにこの「二度目」の封印が解かれた(もっとリアルな言い方をすれば「崩れた」とでもいった方がいいのかもしれません)のには、ちょっとした理由があります。

最近読んだ升本喜年の「小津も絹代も寅さんも-城戸四郎のキネマの天地」に書かれていたエピソードです。

この書名を見たとき、販路を広げるために大衆受けを狙った見え見えのずいぶん嫌な書名だなとは思いましたが、そうでもしなければ本が売れないこの時代、このくらいのことは仕方がないのかもしれません。

升本喜年は、松竹の取締役だったときに「松竹映画の栄光と崩壊-大船の時代」という本を書いて社内の顰蹙をかい、取締役会で問題にされて罷免されたという前歴をもつ人です。

自分が取締役をしている会社が、目の前で経営が左前になって危ういというのに、堂々とこういう本を書くくらいの人ですから、大らかというか無神経というか、その「時代を読めない」自覚の無さは、この本でも随所にうかがわれます。

この回顧録の終始一貫した「他人事」という突き放したスタンスが、ここに書かれているあらゆる事象に対して独特の距離感を醸し出していて、それがどこにも切実さを感じさせなくなっている理由になっています。

そしてその姿勢がどこからきているのかといえば、この人が城戸四郎に対して「イエス」としかいえなかった従順な取締役でしかなく、自分からは何の判断も下すことなく、御大の言うがままに動いていただけの単なる腰巾着にすぎなかったことを、奇しくもこの本は明かしてしまっているように感じました。

しかし逆に言えば、むしろそれはきわめてギョーカイジンらしい素直な行き方であって当然なヒトトナリだったのだといえるのかもしれませんが、こういう人たちの無責任の堆積が徐々に映画界を傾かせてきたのには違いありません。

映画界の凋落は、テレビのセイなんがでは決してありません、大衆の性向の変化が読めないまま、それでもなお、かつての成功事例に固執した錯覚がもたらした人為的なものだといわざるを得ない。

そういう意味でいえば、城戸四郎に代わった大谷博の登場と強引な経営改革(いわば挑戦)と、そういうなかで大島渚の「青春残酷物語」が撮られ、「松竹ヌーヴェルバーグ」が勃興したことは、たぶん偶然が重なったとはいえ、経営戦略上密接な関係があったといえます。

ですので、なおさら、こうしたムーブメントが「日本の夜と霧」によって挫折をとげ、旧態に戻ってしまったという終息のダラシナサは、日本映画界の限界と幼さと無力を象徴している随分皮肉な成り行きをたどったのだなと感じられてなりません。

この事件の渦中にあった人物(経営者も映画作家も)のひとりでも、開明的なリーダーがいたなら、虚妄の時代(人の底意を試すような意味で60年安保は、戦時中の「非国民」非難の装置と大差ありません)のもうひとつ先を見通すことができたのにと残念です。

そうそう、残念といえば、自分は、長い間、当時にあって折角の「松竹ヌーヴェルバーグ」が、愚かな時代的妄想(60年安保が生み出したもの)によって失速し尻すぼみになってしまったことをとても残念に思い続けてきた者のひとりなのですが、最近はすこし考え方が変わりました。

「松竹ヌーヴェルバーグ」などというものが、本当にあったのだろうかと。

すくなくともあのムーブメントは、他動的なものにすぎず、湧き出る自らの力によって動き出したものではなかったし、その証拠に、立ちはだかった(それも「芸術的」な理由からは程遠い)ほんのささいな政治的困難さえも切り開くことができなかったことを見れば明らかです。

なにしろ、その政治的圧力に対抗しようというシロモノが、芸術映画とは程遠い稚拙なイデオロギー映画「日本の夜と霧」だったのですからその無力さは歴然で、それを、ただの資本の忌避の現象だけを捉えて論じられた顛末は、(多くの卓越した映像作家たちに沈黙を強いたことをも含めて)考えてみればとても皮肉な話です。


時代が大きなうねりをもって自分に向かってなだれ込んできたとき、それを受け止めることのできなかった大島渚こそ、あの動乱の時代のサナカにあって、もっとも無力を感じたもののひとりだったろうと思えてなりません。

「青春残酷物語」の大ヒットを受けて、撮ろうと思えばなんだって撮れたかもしれない「すべてが許された状況」にあって(大衆は、大島作品をひたすら歓迎しようと、なんでもOKの待ちの状態でした)、そのとき、当の大島渚は、撮ってはならない唯一の作品、稚拙なイデオロギー映画「日本の夜と霧」を世に送り出すことしかできなかった。

それは、どのような言葉で飾り立てようとも、当時の大島渚自身の無力と増長と、そして多くの同時代人とおなじ錯覚に帰すべきものだったと思います。

升本喜年の「小津も絹代も寅さんも-城戸四郎のキネマの天地」に書かれていたエピソードを紹介しながら、「青春残酷物語」の感想を書くつもりだったのですが、話が横道に逸れてしまって、まったく別のアプローチになってしまいました。

ですので「青春残酷物語」の感想だけでも書いておきますね。

今回、久しぶりに再見して、自分がなぜ「二度目」は見なくともいいかなと思った理由が、なんとなく分かりました。

この作品の随所にあらわれる旧世代・姉・由紀(久我美子)とその元恋人・秋本(渡辺文雄)が、興ざめするくらいのステレオタイプの設定で、彼らの語る言葉の端々にはリアリティというものが全然感じられないのです。

彼らは、ことあるごとに失われた「青春」を口にし、敗北と絶望の過去を懐かしみ、抑圧した親達を恨み、再生を願いながらも薄汚い現実(彼ら自信の認識によれば、です)に脚をとられて身動きできないでいます。

そして、まるでその反動のように、やりたい放題の奔放な若者たちに、非難どころか羨望をもって激励し、さらにケシカケテいるかのようにさえ見えます。

清(川津祐介)が、堕胎した真琴(桑野みゆき)を秋本(渡辺文雄)の診療所に訪ねる場面で、一足先に秋本に会いに来ていた由紀(久我美子)が、ヨリを戻せないかと、それとなく秋本に打診する場面です。

それは見ていて気恥ずかしくなるくらい日常では決して使うことのない硬質な言葉が交わされます。

清はすぐ隣の病室で、堕胎したばかりで衰弱して寝入っている真琴(桑野みゆき)の寝顔をみながら、彼らの話を聞くともなしに聞いています。

閉ざされた絶望的な状況に追い詰められた清が、暗闇の中でひとり、真に迫ってリンゴに齧りつき、じっくりと咀嚼するシーンには圧倒されました。「咀嚼する」という行為は、生きることを肯定する行為のはず。

絶望のどん底にあって、生きるために必要な条件をことごとく奪われても、人は何かを食べずにはいられない、生の肯定が絶対条件として運命づけられている人間の残酷さが、じっくりと表現された卓越したシーンです。

これがラストシーンでもいい。

いや、たぶん、そうであるべきだと思いました。

いわば必要以上に長く撮られたシーンが、観客に「ラスト」を暗示させ、それだけでもう十分に映画として表現すべきことは、表現し尽くしたと自分も感じました。

きびしい現実から突き放され、未来もなく閉ざれた貧しい若者たちの「呆然さ」がリアルに表現されていたと思います。

しかし、映画は終わらない。

観客は、「納得」したはずのラストシーンのあとに、さらなる蛇足のようなラストシーンにつき合わされます。

やくざによって犬のように嬲り殺されたり、逃げようとした自動車に服を引っ掛け轢きずられて死ぬ不運な恋人たちの無残な場面を蛇足のように押し付けられます。

見終わったあとでの今回の感想も、この作品を「二度と見ることはないかもしれないな」でした。

(1960松竹大船)監督脚本・大島渚、製作・池田富雄、音楽・真鍋理一郎、撮影・川又昂、編集・浦岡敬一、美術・宇野耕司、録音・栗田周十郎、照明・佐藤勇、監督助手・石堂淑朗、色彩技術・坂巻佐平、撮影助手・舎川芳次、装置・山本金太郎、装飾・石川誠次、録音技術・堀川修造、録音助手・岸本真一、照明助手・高橋利文、現像・東洋現像所、衣裳・斎藤耐三、衣裳考証・松竹流行研究所、デザイン・森英恵、細野久、進行・沼尾釣、資料提供・株式会社国洋 パリステックス
出演・桑野みゆき(新庄真琴)、川津祐介(藤井清)、久我美子(新庄由紀)、浜村純(新庄正博)、氏家慎一(坂口政枝)、森島亜樹(石川陽子)、田中晋二(伊藤好巳)、富永ユキ(西岡敏子)、渡辺文雄(秋本透)、俵田裕子(吉村茂子)、小林トシ子(下西照子)、佐藤慶(松木明)、林洋介(樋上功一)、松崎慎二郎(寺田登)、堀恵子(津田春子)、水島信哉(ぐれん隊の男)、春日俊二(シボレーの男)、山茶花究(パッカードの紳士)、森川信(マーキュリーの紳士)、田村保(フォードの男)、佐野浅夫(取調べの刑事)、宮坂将嘉(取調べの刑事)、園田健二(取調べの刑事)、土田桂司(取調べの刑事)、城所英夫(清の兄)、二本柳寛(紳士)、
1960.6.3 7巻 2,638m  96分 カラー 松竹グランドスコープ
by sentence2307 | 2014-01-11 16:29 | 大島渚 | Comments(1)
新聞で「大島渚死去」の報に接したとき、まず僕のアタマに思い浮かんだのは、自分が、かつて自分のブログに掲げた「日本の映画監督ベスト10」のなかに、果たして大島渚は入っていただろうかという思いでした。

案の定、確かに自分のその懸念は当たっていました、大島渚は、ぼくの「日本の映画監督ベスト10」のなかには、みごとに入っていませんし、ヘタすると、この勢いなら、ベスト20にさえ入らないオソレがあるくらいです。

「愛と希望の街」には、それなりに触発されましたし、「青春残酷物語」「太陽の墓場」「日本の夜と霧」から受けた衝撃は、(作品のスタイルとしても)それまでの邦画には存在しなかったあまりにも桁違いすぎる作品で、それはもはやスキャンダルというべきものでした。

当然、それらの作品は、いままでの自分の固定観念には収まりきれず、それらの作品をどうにか自分の中に消化するためには、かなりの時間を要したと思います。

そんなぐあいに当時発表される大島渚作品の一本一本に対して、そのたびに深刻な衝撃を受けてきたはずなのに、現在のぼくの「日本の映画監督ベスト10」から抜け落ちてしまうというのは、いったいこれはどういうことなのか、考え込んでしまいました。

そんなとき、ある本で、大島渚について、こんな書き出しから始まる記事を読んだことを思い出しました。

「大島渚以前の日本映画と、大島渚以後の日本映画という言説がある。」というのです。

これを読んだとき、とっさに「ほんとかなあ」と訝しく感じました。

厳密にいうなら、たぶん、大島渚にこうした形容が相応とされた時期は、彼の生涯のうちでもほんのわずかな期間にしか当てはまらないように思えてならないからです。

具体的にいえば、松竹で「日本の夜と霧」という、まるで大会社の限界に挑むような、どう見ても政治的カルトムービーとしか思えない、きわめて挑戦的で過激な作品を撮り(「挑戦的」だったのは「松竹」に対してであり、必ずしも「日共」でなかった部分に、大資本傘下の体制に寄り掛かりながら気炎を吐くことになんらの矛盾を感じることのなかった官製ずれした青きインテリ京大生クズレの甘えと限界を感じます)、商業作品を量産していたメジャーの撮影所「松竹」という大会社の既成の枠に収まり切れない(当然ですが)作品を撮ったことで、予想もしていなかった「松竹」の不興を買い、あからさまではなかったにしろ大資本の冷淡さに直面し、それでも青白きインテリ京大生出のエリートの矜持から、いまさら会社におもねることもできず、その自尊心のために松竹を退社しなければならなくなり、致し方なく「創造社」を立ち上げたというのが自分の認識です。

この一面を無視して、それまでの日本映画にはなかった政治意識の導入や戦闘的かつ前衛的なスタイルとしての大島の登場=日本映画の刷新という部分を過大評価することに危惧を感じています。

そこには「日本の夜と霧」製作による予想もしなかった会社側の拒否に直面した幼稚な戸惑いがあり、あわてて独立プロを立ち上げたというところに大島渚の「資本」に対する距離のとり方の錯誤と認識不足、大衆を無視した部分でしか「革命的妄想」を描きあげられず、「批判者=カウンターパンチャー」として先鋭化させなければならなかった脆弱さがあったかもしれません。

確かにそれは、新たな時代を切り開く者の「前衛」としての孤独な限界だったかもしれませんが、しかし、たとえば、逆に、松竹を飛び出した理由というのを、今後「日本の夜と霧」みたいな作品を撮り続けたいと願い、つまり、あの政治的カルトムービーこそが、大島渚が「本当に撮りたかった作品」だったのだという認識に絞ってみるとするなら、以後、大島渚が撮った作品の数々は、「日本の夜と霧」とは似ても似つかないものばかりで、その変節には驚くべきものがあるといわざるを得ません。

そのことがなにを示唆しているのかといえば、独立プロを立ち上げ、それを会社として維持運営していかなければならなくなったために、「撮りたいものを撮る」つもりだったものが、次第に「客が入るものを撮る」という資本の要求にじわじわと侵食され、自縄自縛に陥り、その果てに、やがて独立以後の大島渚の作品は、イットキのピークを超えたのち次第に失速し、同時にテーマの純粋性を欠き続け、「異色作」を連発させながら惨憺たる末路をさらしたというのが自分の認識です。

具体的にいえば、穏やかな大衆・平穏な社会に対する苛立ちと怒りによって政治的挑発の仕掛け=テロルとしての映画だったはずのものが、やがて大衆受けする扇情的な「性」の要素を取り入れ懐柔に転じたことによって、多くの日本の巨匠たちの悪しき前例をなぞるかのように、ついに自らの作家的モチベーションを崩し、閉ざし、隘路に迷い込んで息切れし、ついに沈黙を強いられるという墓穴を掘ったのだと考えています。
by sentence2307 | 2013-01-20 11:06 | 大島渚 | Comments(4)

飼育

自分が成長してきた過程のすぐ傍に、つねに衝撃と挑発を与え続けてきた大島渚作品が併走していたことを思えば、これから先、もはや彼の新たな作品を見ることがほぼ絶望なのかという思いを自分に納得させねばならなことは、とても辛いことではあります。

きっと、その「辛さ」の中には、大島監督が体制と権力に真っ向から対してきた「挑発と闘争」を、現在の日本映画界で正当に受け継ぐものが存在しないという絶望的な思いに繋がるからかもしれません。

しかし、どうしても分からないのは、かつて大島渚が、苛立ちをもって敢然と体制に向けて突きつけ続けてきたあの反体制に向けられた問題提起のエネルギーが、なぜいま失われてしまったのかという疑問です。

もはや現代では「挑発と闘争」を必要としなくなってしまったくらいに問題がなくなったとも思えませんし、大島渚が映画を撮っていた時代というのが、いまに比べて相当に緩かったのかとも思えません。

むしろ高度経済成長至上主義を背景にもっていた右傾化ナショナリズムこそが、すべてに先行する善としてあり、その方向に逆らうものはことごとく圧殺されるのが当然という息づまるような風潮・雰囲気のなかでの大島渚作品の位置づけは、当然のような独特の冷笑と、一定の距離を置いた「理解」でもって無視ないしは敬遠というかたちで位置づけられてきました。

あるいは、そのような黙認を迫る強権が支配する一方で、あろうことか成長から取り残され疎外された大衆の中にさえも、まだまだ「左翼」に対する甘々で過剰な幻想が残っていた時代ですから、大島作品に対する左右両極から締め上げは、かなりキツいものがあったはずだと思います。

政治に「過剰な幻想」を抱いて、期待をふくらませ、やがてみずから選んだ「権力」によって過酷なしっぺ返しを受け、失望を余儀なくされるという大衆の愚行は、民主党政権を選択した楽観が、思わぬ圧制を招き寄せてしまったという惨憺たる現実によって逆に証明してしまってたように思われます。

前世紀にさんざん見せ付けれらてきた、労働者たちが、労働者のボスによって裏切られ圧殺されるという笑えない構図がここでもまた繰り返されたということなのかもしれませんが。

表現の自由を遮断されながらも、そうした状況下で敢えて撮られ続けた大島監督の幾つかの先鋭な作品があったからこそ、閉ざされた時代を切り開き、現在の「なんでも自由にモノが言える」らしい、少しはマシな状況をもたらすことができたのかもしれません。

しかし現在、実際に「その時代」に身を置く者のひとりとして、本当に「なんでも自由にモノが」言えているのかと言えば、それはすこぶる疑問だといわざるを得ません。

いま日本で撮られている映画といえば、小手先でストーリーをこねくり回しているだけの、嫌に洗練された「大恋愛映画」(それは完成度が高くなればなるほど、同時に無力感に満ちた退廃を更新し続けているとしか思えない気がします)や、うんざりするような幼児性丸出しの低次元なヒューマン・ドラマしか見ることができないでいます。

まあ、その象徴が大島監督の後継者・崔洋一の体タラクなのかもしれませんが。

なにかを書こうとすれば、すぐに「昔はよかった」みたいな繰言になってしまう自分に自己嫌悪を感じてしまう一方、かつて見た映画に再会するたびに、最近はすぐにこうした思いに駆られてしまうみたいです。お許しください。
さて「飼育」ですが、この映画は、原作の大江作品から受ける印象と比べるとき、かなりの違和感を覚えてしまいます。

この原作を読んだときの新鮮な瑞々しさは、閉ざされた辺境の村に起こった「事件」を、コテコテの軍国少年の目から捉えられたという鮮烈さだったと思います。

ある時代に生きる以上、誰もがその時代という状況の囚われからは自由になれない、それが現実を生きる人間の限界でもあるのでしょうが、軍国少年たる「僕」の目は、村に起こった数々の異常な出来事を、異常なままで受け入れ、「見つめ」続けます。

異常を異常のまま受け入れることのできる軍国少年の異常さと、そしてその時代の異常さこそが「戦争」というものの実態であると描く一方で、大江健三郎は、見つめ続ける少年の目をとおし「異常」を射とおすことで、その「異常」の表皮を剥落させて、その奥底にひそむ命の輝きをみずみずしく露わにしてしまう印象を受けました。

しかし、映画「飼育」においては、大島渚は、その「少年の感性の瑞々しさ」の方には、あまり関心を示すことなく、むしろ、三国連太郎演じる「本家」の特異な存在に異様に執着しているように見受けられます。

その特異さは、例えば、絶対的な権力をもって一族の頂点に厳然と君臨する「儀式」の家父長に比べると、その差異は歴然としています。

「飼育」で描かれている三国連太郎演じる「本家」が、「儀式」に登場した佐藤慶が演じた「家父長」とは似ても似つかない優柔不断さ・弱々しさ、異質・異形な存在として描かれていることについて、ずっと違和感を感じてきました。
例えば、「愛と希望の街」においては、ブルジョアと貧しいプロレタリアートの間に横たわる疎外の象徴として伝書鳩が登場しましたし、「青春残酷物語」では、美人局をしているカップルが社会から疎外された存在として描かれていました。

あるいは、「太陽の墓場」は、社会から隔絶されたスラム街を敗戦後の闇市のように見立て、そこで生きる人間たちを性と暴力で描き出していました。

「日本の夜と霧」においては、現在・過去・大過去が、長回しの画面の中で交錯するという複雑な構成で60年安保の挫折をディスカッションドラマとして描いました。

それらを貫く明確な社会意識は、左翼系独立プロにあった社会告発や意図的に歪曲されたリアリズムではなく、社会の歪みを共同体が持つ加害者・被害者の関係ととらえて、さらにそれを反転させていきながら、良識を挑発するに十分な姿勢に貫かれていたと思います。

その共同体と疎外の主題は、「飼育」における、終戦直前に山村に紛れ込んできたアメリカの黒人兵と村社会を描いて、反逆と挫折、国家や民族のテーマへと発展させていく契機となっていったのた゜と思います。

大島渚の作品は、そのどれもが「何か」に対しての象徴的・暗示的な作品だといわれているのは、後年の作品の随所に日章旗が描き込まれていることでもわかるように、かなり意図的に表現されている部分もあると思いますが、そこで興味深いのは、優柔不断な「本家」が、かなり揶揄的に描かれているのに対して、絶対的な権力を持った「家父長」が、それほど否定的には描かれていないように感じられることでしょうか。

日本の権力構造に向けられた階級と疎外のテーマへの関心が、抑圧された性への欲望が行き場を断たれた鬱屈を殺意に換えて暴発させる犯罪への途轍もないエネルギーを描くという徐々に「性」に向けられていく関心の変化となにか共通するものがあるのだろうかという疑問に囚われています。

主役の黒人兵に、前年ジョン・カサヴェテス監督作品「SHADOWS アメリカの影」に売れないジャズ歌手の長兄ヒュー役で出演したヒュー・ハードが扮しています。

(1961パレスフィルム・大宝)製作・田島三郎、中島正幸、監督・大島渚、原作・大江健三郎、脚本・田村孟、脚本協力・松本俊夫、石堂淑朗、東松照明、撮影・舎川芳次、音楽・真鍋理一郎、美術・平田逸郎、編集・宮森みゆき、録音・岡崎三千雄、照明・菱沼誉吉、スチル・武智俊郎、製作主任・岸田秀男、助監督・柳田博美
出演・三國連太郎、沢村貞子、中村雅子、三原葉子、岸輝子、大島瑛子、浜村純、相川史朗、山茶花究、加藤嘉、石堂淑朗、小山明子、戸浦六宏、小松方正、ヒュー・ハード、牧江重行、京須雅臣、入住寿男、上原京子、 上原以津子、島田屯、黒坂明二、今橋恒、横田利郎、竹田怯一、槇伸子

1961.11.22 10巻 2,878m 105分 白黒 シネマスコープ
by sentence2307 | 2010-01-24 10:01 | 大島渚 | Comments(0)

愛と希望の街

貧しい少年が、売った先から戻ってくる鳩を再び繰り返し売り続ける「詐欺行為」を、果たして非難することが出来るのか、この作品の衝撃的なラスト、富める者が貧しい少年の生活の糧である鳩を撃ち殺すという行為が、「決して融和することの出来ない階級の断絶」を象徴しているのだと、学生の頃、多くの「進歩的な」人たちから、賞賛の言葉とともに聞かされ続けてきた大島渚監督の衝撃のデビュー作です。

その過大とも思える評価は、あの「政治の季節」という時代が言わせた部分もあったのでしょうが、その手の押し付けがましい決め付けをあまりに度々聞かされてきたので、多分うんざりし、それでなくとも、そういう政治的な主張だけの作品というものが僕にはちょっと苦手なこともあって、見る機会を先送りにしてきた作品でした。

しかし、今回実際にこの「愛と希望の街」を見て、あの頃聞いていた印象とは、随分違っていたので驚きました。

まず、最も意外だったのは、主人公の少年です。

僕が自分なりにイメージしていたこの物語の少年像は、もっともっと抑圧された陰鬱で反抗的な少年でなければならないような気がしていました。

多分、「絞死刑」の少年Rや、日本全国を渡り歩いて各地で交通事故を装いながら示談金を詐取して回った当たり屋一家のあの「少年」のイメージが、この「愛と希望の街」の少年とダブってしまっていたのかもしれません。

しかし、この作品で描かれている少年は、異常なほどの母親思いで、言いつけを素直に聞いては忠実に実行する、いわば母親の言いなりになっているだけのただの孝行息子です。

しかも、この作品の「売り」である「鳩を売る」という極めて挑発的で悪意に満ちた発案も、実は少年ではなく母親から出たものであることを思えば、少し複雑な気がしてきました。

当の少年は、そのいささか不正な商売に疑問を感じながらも、母親の唆しを拒みきれずに渋々言いなりになっている従順で小心な孝行息子にすぎません。

その極めて消極的な彼の中に、貧しさの底辺にあって豊かな社会を絶望的に仰ぎ見、「階級闘争」という意識的な敵愾心を「報復→テロ」にまで燃え上がらせているという、憤激を自らの内部で肥大させている過激な反抗者の姿を見つけることは困難です。

もし、この少年に怒りらしきものがあるとすれば、社会の善意に甘え掛かろうとする屈辱感に根ざした自身への憤激でしょうか。

しかし、もし鳩好きの貧しい労働者が、なけなしの金をはたいて鳩を買っていってしまったらどうなるのだ、それこそ「同じ階級の者に対する裏切り行為」ではないかという素朴な疑問も残りました。

つまり、どう見ても「詐欺」としか思えないこの犯罪行為は、「貧しさ」を盾に取った社会への甘えを正当化している独善でしかなく、きっとどのような体制であっても、この「商売」を思想的に正当化するには、やはり重大な欠陥があるとしか思えません。

むしろ、最初から破綻しているこの「商売の論理」を、「貧しさ」を理由に強行に言い張り、少年に実行を強いる望月優子演じる母親にこそ問題があるのではないかと思えてきました。

僕にとって、望月優子といえば、すぐに思い浮かぶのは、木下恵介監督の「日本の悲劇」です。

苦労してようやく育て上げた子供に裏切られ、見捨てられた絶望から鉄道自殺を遂げるという悲惨なラストを持つ衝撃作です。

同じ母親でも「愛と希望の街」の母親とは随分違うという印象を持つかもしれませんが、とても似通っているところもあります。

子供たちの前で、自分がいかに犠牲になって苦労したかを、くどくどと愚痴り続け、恨めしげに泣き口説いて子供をおびやかし、その結果子供たちに母親を悲しませることを何よりも恐れさせて罪の意識=強迫観念を抱かせるという部分です。

それを受け止める子供たちの側に、見捨てる非情さを設定するか、あるいは追従する気の弱さを設定するかの違いだけが、この2作品(悲劇と喜劇?)の分かれ目だったように思えます。

これは「階級差」への怒りをウンヌンする前に、なによりも母親の反社会的な歪んだ申し出に疑問をもちながらも、拒みきれない不自然な母子関係を論ずるべき映画ではなかったかと考えざるを得ません。

観念だけで構築された「超えられない階級の断絶」という奇妙奇天烈な設定を、大真面目に恋愛関係に持ち込んだあまりにも不自然なシーンが、たとえ失笑をかったとしも、それは仕方のなかったことかもしれません。

考えてもみてください、付き合っている彼女から突然、二人の間には超えがたい「階級差」の深い溝があるのだから別れるしかないのよ、サヨナラ、なんて突拍子もない宣告をされて去られるところを。

言いたい放題のことを言うだけ言って、さっさと立ち去っていく彼女の堂々たる後姿をただ呆然と見送るしか為すすべがないにしろ、彼女が視野から消えるまで冷静に彼女と同レベルの「深刻さ」を保っていられるかどうか、きっと、彼女には失礼かもしれませんが、彼女の後姿が消えない前に、吹き出してしまうことを僕自身我慢できるとも思えません。

この「愛と希望の街」という未成熟な作品は、きっと誰もが同じ深刻さを持つに違いないと妄信した独善が作らせたそういう映画だったのかもしれないなという気がしてきました。

(59松竹・大船撮影所)製作・池田富雄、監督脚本・大島渚、助監督・田村孟、撮影・楠田浩之、撮影助手・赤松隆司、音楽・真鍋理一郎、美術・宇野耕司、装置・山本金太郎、装飾・安田道三郎、録音・栗田周十郎、録音助手・小林英男、照明・飯島博、照明助手・泉川栄男、編集・杉原よ志、現像・中原義雄、衣裳・田口ヨシエ、進行・沼尾釣
出演・藤川弘志、富永ユキ、望月優子、伊藤道子、渡辺文雄、千之赫子、須賀不二夫、坂下登
1959.11.17 5巻 1,705m 62分 白黒 松竹グランドスコープ
by sentence2307 | 2006-04-23 09:57 | 大島渚 | Comments(6)

少年

ある女流作家が、ジャン・ヴィゴの「新学期・操行ゼロ」を、それこそ読む側が気恥ずかしくなるくらい褒めちぎっていました。

この映画を、少年映画の原点と書いています。

ヴィゴが、その生涯にたった4本しか作品を残さずに夭折したことも母性本能だか悲愴感だかをくすぐる一因になったのかもしれません。

確かに、既成の概念に囚われない自由奔放な精神は、その生き生きと躍動する映像からも十分に感じ取ることが出来ますし、その辺の事情や雰囲気は、ジュリアン・テンプル&アン・デブリン監督の映画「ヴィゴ」でよく分かりました。

しかし、そんな風な「褒め倒し」を目の当たりにすると、逆に、その気取った「おフランス」が鼻について、ひとこと反撥したくなってきます。

だいたい、ヴィゴの生き方にしろ、その作品「新学期・操行ゼロ」にしても、あるいは、この作品に影響を受けたといわれる諸作品が描いているフランスの少年たちの反抗や非行にしても、結局のところ豊かな社会から甘やかされて増長した甘えか、さらには、媚びでしかないという思いが常に僕の中にあって、結局「いい気なもんだ」という苦々しい思いから自由になれないのです。

なぜそんなふうに考えるかというと、それはきっと僕の中に大島渚の「少年」阿部哲夫が、いまも大きな領域を占めているからかもしれません。

大島渚にとって、創造社における仕事のうちで「少年」という作品は、その「普通さ」において、極めて異質です。

「新宿泥棒日記」や「東京戦争戦後秘話」、「儀式」などと同時期に撮られた作品と比べるとき、この「少年」には、信じがたい程の確固とした物語性が保たれています。

映画を撮り続けていくことの困難と真正面から対峙し、あらゆる方法論を模索しながら、それらの選択肢の中から選び取られた実験的手法によって、閉塞した時代を切り開こうとした大島作品の奇を衒った挑発的な自己解体の要素が、この作品には微塵も見られません。

静かな怒りを内向させながら、受身でしか生きられなかった無力な少年の、自分を傷つけることでしか表わし得なかった深い絶望と哀しみの果ての怒りを、簡潔なリアリズムの深い静けさにおいて、「少年」は、他の作品を圧して、より強烈なメッセージ性を備えることに成功した作品といえると思います。
交通事故をよそおい示談金を詐取しながら、日本縦断の旅を続けた当り屋一家のこの映画の中で、悪夢のように繰り返し甦ってくるひとつのシーンがあります。

少年が、堕胎する継母に付き添い、病院に行く一連の場面です。

その日の生活費にも事欠く毎日を、示談金でどうにか食い繋いでいる状態下での妊娠です。

夫に堕胎をしぶしぶ納得させられた継母は、病院には来たものの、もとより堕胎する気は全然ありません。

少年を、2時間したら戻って来いと言い含めて追い払い、立ち去ったのを確認してから自分も病院から立ち去ろうとします。

しかし、まだそこらにぐずぐずしている少年を見つけ、継母は、出産を許さない父親に命ぜられて少年が自分の中絶を見届けに来たと邪推します。逆上した彼女は、日頃の憎悪をもあからさまにして少年の頬を打ちます。打ちながら、しかし、彼女は、少年も自分も同じような悲惨な境遇のサナカにあることを徐々に理解し始める場面でもあります。

これが、この悲惨な物語の中で、ほとんど唯一と言ってもいい少年が「他人」と始めて気持ちを通わせる(ように見える)場面です。

疑いを本音で少年に叩きつける継母、口汚い罵りを吐きつくすことによって、少年に少しずつ心を開いていく重要なシーンなのです。

映画もその方向で作られたのだろうと思いますが、しかし作品の意図を裏切って、固く表情のない阿部哲夫少年の顔からは「継母と絆を深めていく」痕跡を見出すことはできませんでした。

僕はこの少年・阿部哲夫の表情に、誰からも愛されたことのない、誰に対しても心を開いたことのない無残なほど痛ましい少年の深い孤独を見ました。

残されたスチール写真の彼の表情はどれも感情をあらわにすることなく、ただじっと他人を見据えています。他人との距離を測りながら人間関係をつなぎとめるために、自分の位置を定めようと努めたり、また、とりつくろうことも必要としなかった少年の、孤独のうちに生きてきたうち棄てられた者の眼差しだと思いました。

しばらくあとで知ったことですが、養護施設にいた阿部哲夫少年がこの映画に起用され、撮影の終わりに撮影チームのスタッフから養子の申し出があったのを断わり、再び養護施設へ戻ったと記されていました。
実は、前回、病院前で継母が少年に駆け寄り殴りつける部分のセリフをシナリオから拾い書きしたのですが、なにせ少年を激しく「誹謗中傷」するその言葉のあまりに激しさに、このまま忠実にリライトしていいものかどうか迷いました。

迷った結果、やはり引用した全文を削除し、代わりに、それらの言葉を「口汚く罵り」という一言に言い換えることとしました。

そこには、父親と息子という一般的な概念に対しての継母の嫉妬が、暴力を伴って土佐弁丸出しの激しい言葉で少年に投げつけられた訳ですから、そこは、どうしても生の言葉の開示が必要だったのですが、どうしても思うに任せずに、その強烈な言葉群の提示を欠きながらの「繰り返し悪夢のように甦る」場面の紹介は、迫力に欠けた不十分なものとなってしまいました。

社会の片隅で犯罪者としてゴミのように生きる人間同士の無残なぶつかり合いを、セリフ抜きで説明的に書かなければならなかったことで、田村孟が残した作品群における映画「少年」が位置する意味を検証するとっかかりも失いました。

しかし、いまとなっては、むしろそれで良かったのかなとも思っています。

ひとつは、差別的言語などに満ちたそれらのセリフを、ストーリーの流れを欠いたまま記したところで、脚本の真意を伝えられずに、不愉快な印象を与えるままで終るかもしれないこと、その部分のみのセリフの提示は、激烈なだけに、もしかすると、田村孟の意図に反する懼れもあると思えてきました。

もうひとつは、年譜をみながら思ったことですが、創造社解体以後の田村孟の、なにか拠り所を失ってしまったような元気の無さが後半生の印象として得たことでした。

ひとつの時代が終わり、その時代の最先端で、あらゆる勢力と対峙し前衛の役割を担った誇り高い充実期にあったひとりの芸術家も、創造社解体以後その役割を終えて退場していくような、そんな寂しさを感じてしまったからでした。

「少年」は、そのような田村孟の仕事のピークを示すものと思っています。

(69創造社=ATG)製作・中島正幸 山口卓治、監督・大島渚、助監督・小笠原清、脚本・田村孟、撮影・吉岡康弘 仙元誠三、音楽・林光、美術・戸田重昌、録音・西崎英雄、編集・浦岡敬一
出演・渡辺文雄、小山明子、阿部哲夫、木下剛志
1969.07.26 7巻 2,676m 97分 カラー シネマスコープ
by sentence2307 | 2006-04-23 09:52 | 大島渚 | Comments(3)

松竹映画探索 1960-70年代

長きにわたって日本映画の大看板を背負い、数多くの名監督や名優を擁してそれぞれの時代に多彩な作品を送り出してきた映画会社・松竹は、2005年に創立110周年を迎えました。

東京国立美術館フィルムセンターは、上映企画「松竹映画探索 1960-70年代」を実施するそうです。

 この特集は、小津・木下・渋谷をはじめとする巨匠の時代に重なりながら、またその後に、新感覚の監督やスタッフ、俳優たちが台頭してきた1960年代と1970年代の作品に照準を当てたものだそうです。

この時期の松竹映画を象徴する意味で「松竹ヌーヴェルヴァーグ1960年」「喜劇」「SF映画」「サスペンス映画」「青春映画」という5つのテーマを設け、上映機会の少ない隠れた秀作や話題作にも配慮した計34本の上映です。



【松竹ヌーヴェルヴァーグ1960年】

★明日の太陽
(59松竹)(監督)大島渚(撮影)川又昂  
(6分・35mm・カラー)

★日本の夜と霧
(60松竹)(監督脚本)大島渚(脚本)石堂淑朗(撮影)川又昂(美術)宇野耕司(音楽)真鍋理一郎
(出演)渡辺文雄、桑野みゆき、津川雅彦、小山明子
所謂「松竹ヌーヴェルヴァーグ」の中でも一足先に監督昇進した大島渚の問題作。結婚式での政治論争を全篇長回しで捉え、日本映画史上の「事件」を巻き起こした。新人俳優紹介用の短篇を併映。
(107分・35mm・カラー)

★ろくでなし
無軌道な「遊び」にふけり、虚無の中に自滅してゆく大学生たちを描いた吉田喜重のデビュー作で、ゴダールの『勝手にしやがれ』を想起させるシーンもある。
(60松竹)(監督脚本)吉田喜重(撮影)成島東一郎(美術)芳野尹孝(音楽)木下忠司
(出演)津川雅彦、川津祐介、高千穂ひづる、山下洵一郎、渡辺文雄
(88分・35mm・白黒)

★恋の片道切符
篠田正浩の監督第1作。ロカビリー人気の中、「和製プレスリー」とも呼ばれた小坂一也を主演に据え、バンドマンたちの焦燥を篠田らしいモダンな感覚で描く。
(60松竹)(監督脚本)篠田正浩(撮影)小杉正雄(美術)梅田千代夫(音楽)池田正義、海老原啓一郎
(出演)小坂一也、牧紀子、平尾昌章(昌晃)、永井達郎、佐竹明夫
(82分・35mm・白黒)

★彼女だけが知っている
4日ごとに現れる殺人鬼に殺されかけた娘のため、笠智衆扮する父親の刑事が奔走する犯罪ドラマ。現在は作家として活躍する高橋治のデビュー作である。
(60松竹)(監督脚本)高橋治(脚本)田村孟(撮影)川又昂(美術)宇野耕司(音楽)中村八大
(出演)笠智衆、渡辺文雄、小山明子、水戸光子、松本克平
(64分・35mm・白黒)

★悪人志願
下層労働者の愛憎を描いた名脚本家・田村孟唯一の演出作。『太陽の墓場』で注目された「ヌーヴェルヴァーグ」の象徴的女優・炎加世子が再び強烈な印象を残す。
(60松竹)(監督脚本)田村孟(脚本)成田孝雄(撮影)舎川芳次(美術)森田郷平(音楽)真鍋理一郎
(出演)炎加世子、渡辺文雄、津川雅彦、三島雅夫
(83分・35mm・白黒)

★武士道無残
京都撮影所からデビューした森川英太朗ただ一つの監督作で、殉死を名誉とする武家社会の不条理に対する憤懣を表現した。夭折した美貌の男優・森美樹の主演作。
(60松竹)(監督脚本)森川英太朗(撮影)川原崎隆夫(美術)大角純一(音楽)真鍋理一郎
(出演)森美樹、高千穂ひづる、山下洵一郎、渡辺文雄
(74分・35mm・白黒)

【喜劇】

★馬鹿まるだし
山田洋次の名を知らしめたデビュー第3作で、「寅さん」シリーズの相棒となる名キャメラマン高羽哲夫との初仕事。ハナ肇は題名通りのハチャメチャさを見せて名演。
(64松竹)(監督脚本)山田洋次(原作)藤原審爾(脚本)加藤泰(撮影)高羽哲夫(美術)佐藤公信(音楽)山本直純
(出演)ハナ肇、桑野みゆき、花澤徳衛、清水まゆみ
(87分・35mm・カラー)

★ちんころ海女っこ
太平洋に浮かぶ小島を舞台に観光化の世の中を皮肉った艶笑喜劇で、前田陽一の風刺性が早くも発揮されている。シンガー中村晃子の映画デビュー作でもある。
(65松竹)(監督脚本)前田陽一(原作)富永一朗(脚本)石堂淑朗(撮影)小原治夫(美術)佐藤公信(音楽)山本直純
(出演)中村晃子、ホキ徳田、南道郎、扇町京子
(83分・35mm・カラー)

★吹けば飛ぶよな男だが
大阪で芽生えた、しがないチンピラと家出少女の恋を綴る山田洋次の名作。ユーモアの向こう側に深い悲哀を漂わせた、森崎東と共同執筆のシナリオも素晴らしい。
(68松竹)(監督脚本)山田洋次(脚本)森崎東(撮影)高羽哲夫(美術)重田重盛(音楽)山本直純
(出演)なべおさみ、緑魔子、有島一郎、佐藤蛾次郎、ミヤコ蝶々
(91分・35mm・カラー)

★コント55号と水前寺清子の 神様の恋人
サスペンスに限らず才を発揮した野村芳太郎の庶民的喜劇で、コント55号の人気沸騰期に製作された。シリーズは東宝との競作だが水前寺清子との共演は松竹作品のみ。
(68松竹)(監督脚本)野村芳太郎(脚本)山根雄一郎、吉田剛(撮影)川又昂(美術)芳野尹孝(音楽)崎出伍一
(出演)萩本欽一、坂上二郎、水前寺清子、伴淳三郎
(89分・35mm・カラー)

★喜劇 逆転旅行
フランキー堺の悪乗りした演技も痛快な瀬川昌治の「旅行」シリーズ。東北本線を舞台にしたこの第3作では、車掌のフランキーと芸者の倍賞千恵子の掛け合いが見もの。
(69松竹)(監督)瀬川昌治(原作脚本)舟橋和郎(撮影)高羽哲夫(美術)熊谷正雄(音楽)いずみたく
(出演)フランキー堺、ミヤコ蝶々、森田健作、伴淳三郎、倍賞千恵子
(92分・35mm・カラー)

★喜劇 男は愛嬌
森崎東が鮮烈なデビューを飾った『喜劇 女は度胸』の続篇で、やはり躍動感あふれる大らかな女性像が印象的。性格の対照的な兄弟を渥美清と寺尾聰が好演。
(70松竹)(監督脚本)森崎東(脚本)熊谷勲、梶浦政男(撮影)吉川憲一(美術)芳野尹孝(音楽)山本直純
(出演)渥美清、倍賞美津子、寺尾聰、沖山秀子
(87分・35mm・カラー)

★満願旅行
団令子をマドンナにした「旅行」シリーズ第6作。西鹿児島から東京へ向かう特急列車を舞台に、いくつもの恋心が飛び交う。主題歌はピンキーとキラーズ。
(70松竹)(監督)瀬川昌治(原作脚本)舟橋和郎(撮影)丸山恵司(美術)熊谷正雄(音楽)いずみたく
(出演)フランキー堺、ミヤコ蝶々、森田健作、団令子、香山美子
(93分・35mm・カラー)

★喜劇 冠婚葬祭入門
当時のベストセラーをさっそく喜劇にアレンジした一本で、冠婚葬祭の知恵袋である係長役に三木のり平を起用。娘の恋人の落語家に扮するのは「矢来町」こと古今亭志ん朝。
(70松竹)(監督脚本)前田陽一(原作)塩月弥栄子(脚本)宮川一郎(撮影)荒野諒一(美術)芳野尹孝(音楽)木下忠司
(出演)三木のり平、倍賞美津子、由利徹、森光子、古今亭志ん朝
(87分・35mm・カラー)

★誰かさんと誰かさんが全員集合!!
ザ・ドリフターズ「全員集合!!」シリーズ第6作。いかりや長介と彼のしごきに耐える「塾生」たちのドタバタに岩下志麻がからむ。ラストの模型自動車の演出も楽しい。
(70松竹)(監督脚本)渡辺祐介(脚本)田坂啓(撮影)荒野諒一(美術)森田郷平(音楽)森岡賢一郎
(出演)ザ・ドリフターズ、岩下志麻、内田朝雄、倍賞美津子
(87分・35mm・カラー)

★喜劇 大誘拐
富豪の誘拐を決意した5人組を、誤って連れられてきた富豪の母が応援し、自ら息子に身代金を要求する。ミヤコ蝶々が愛嬌のある白髪の老女を熱演した。
(76松竹)(監督脚本)前田陽一(原作)吉田進(脚本)瀬川昌治、永井素夫(撮影)吉川憲一(美術)熊谷正雄(音楽)いずみたく
(出演)ミヤコ蝶々、三木のり平、森田健作、夏純子、小池朝雄
(90分・35mm・カラー)

★瀬戸はよいとこ 花嫁観光船
明石海峡連絡橋の工事再開を控えて、リゾート開発をめぐる人々の騒動をにぎやかに描いた瀬川昌治の隠れた秀作。結末の船のシーンも昂揚感に満ちる。
(76松竹)(監督脚本)瀬川昌治(脚本)大川久男(撮影)丸山恵司(美術)佐藤之俊(音楽)いずみたく
(出演)フランキー堺、山城新伍、朝丘雪路、財津一郎、田坂都
(93分・35mm・カラー)

★俺は田舎のプレスリー
吉幾三のヒット曲をヒントに、青森のリンゴ園で働く純朴な男のはかない恋を描いた満友敬司のデビュー作。フランス帰りのエリート留学生にカルーセル麻紀が扮した。
(78松竹)(監督)満友敬司(原作)山田洋次(脚本)朝間義隆、梶浦政男(撮影)竹村博(美術)重田重盛(音楽)渋谷毅
(出演)勝野洋、ハナ肇、カルーセル麻紀、嵐寛壽郎、鮎川いづみ
(85分・35mm・カラー)

【SF映画】

★宇宙大怪獣ギララ
東宝「ゴジラ」、大映「ガメラ」を受けて製作された松竹唯一の怪獣映画。地球上のあらゆるエネルギーを吸って怪獣化するという設定が斬新で、宇宙船の造形も秀逸。
(67松竹)(監督脚本)二本松嘉瑞(脚本)元持栄美、石田守良(撮影)平瀬静雄(美術)重田重盛(音楽)いずみたく(特撮)池田博
(出演)和崎俊哉、ペギー・ニール、柳沢真一、岡田英次
(88分・35mm・カラー)

★吸血鬼ゴケミドロ
逃亡中の暗殺者が、地球の侵略を狙うアメーバ状の生命体に寄生されて吸血鬼に変貌する。人類の絶滅まで容赦なく描こうとした異色のSF映画。
(68松竹)(監督)佐藤肇(脚本)高久進、小林久三(撮影)平瀬静雄(美術)芳野尹孝(音楽)菊池俊輔
(出演)吉田輝雄、佐藤友美、楠侑子、高英男、高橋昌也
(84分・35mm・カラー)

【サスペンス映画】

★黒の斜面
乗る予定の飛行機に搭乗せず、墜落事故を免れた男がそれゆえに抱いた恐怖。俳優座との共同製作で、京都撮影所出身の貞永方久の監督デビュー作でもある。
(71松竹)(監督)貞永方久(原作脚本)菊島隆三(撮影)丸山恵司(美術)熊谷正雄(音楽)池野成
(出演)加藤剛、岩下志麻、市原悦子、滝田裕介
(93分・35mm・カラー)

★可愛い悪女
会社社長の殺人事件に巻き込まれたスクープ雑誌の女性写真家。同時代の風俗描写にも長けたベテラン井上梅次の作品で、続篇も製作された。
(71松竹)(監督脚本)井上梅次(撮影)小杉正雄(美術)森田郷平(音楽)広瀬健次郎
(出演)范文雀、滝田裕介、中丸忠雄、森次浩司、生田悦子
(84分・35mm・カラー)

★影の爪
交通事故の加害者と被害者遺族が同居するという奇妙な事態が、もう一つの事件を引き起こしてしまう。岩下志麻と香山美子の嫉妬交じりの対立も見もの。
(72松竹)(監督)貞永方久(原作)シャーロット・アームストロング(脚本)白坂依志夫、大野靖子、桂千穂(撮影)加藤正幸(美術)重田重盛(音楽)池野成
(出演)岩下志麻、香山美子、井上孝雄
(90分・35mm・カラー)

【青春映画】

★九ちゃん音頭
歌手・坂本九扮する八百屋の店員が、商店街の仲間と友情を育み、失恋を経験する。監督デビュー間もない山田洋次が脚本に参加した歌謡ドラマ。
(62松竹)(監督)市村泰一(脚本)山田洋次、不破三雄(撮影)小杉正雄(美術)熊谷正雄(音楽)ダニー飯田
(出演)坂本九、桑野みゆき、山下洵二(洵一郎)、渡辺トモコ
(78分・35mm・カラー)

★天使の誘惑
黛ジュンの大ヒット曲に着想を得て、いくつもの恋に揺れる乙女心を彼女自らが表現した。小山ルミ主演『ケメ子の唄』に続く、田中康義監督のアイドル映画。
(68松竹)(監督)田中康義(脚本)野村芳太郎(撮影)丸山恵司(美術)佐藤公信(音楽)山本直純
(出演)黛ジュン、石坂浩二、石立鉄男、田中邦衛、芦野宏
(87分・35mm・カラー)

★小さなスナック
グループ・サウンズ(GS)流行の中、パープル・シャドウズの曲に材をとった斎藤耕一の恋愛篇。GS歌謡映画のヒロイン尾崎奈々は翌年も藤岡弘と『落葉とくちづけ』に主演。
(68松竹)(監督)斎藤耕一(脚本)桜井義久(撮影)竹村博(美術)梅田千代夫(音楽)今井久
(出演)藤岡弘、尾崎奈々、パープル・シャドウズ、ヴィレッジ・シンガーズ
(83分・35mm・カラー)

★恋の季節
卒業を控えた女子学生たちの不安と恋を活写した歌謡映画。題名は一世を風靡したピンキーとキラーズのヒット曲で、ピンキー(今陽子)の親友役に奈美悦子。
(69松竹)(監督)井上梅次(脚本)田波靖男(撮影)丸山恵司(美術)森田郷平(音楽)いずみたく
(出演)今陽子、森田健作、奈美悦子、入川保則、松岡きっこ
(87分・35mm・カラー)

★藍より青く
NHK連続テレビ小説の映画化で、終戦前の天草地方を舞台に、徴兵を前にした若い漁師とその恋人のひたむきな愛を綴る。松坂慶子の初主演作で、ラストの台風は本物。
(73松竹)(監督脚本)森崎東(原作)山田太一(脚本)熊谷勲(撮影)竹村博(美術)重田重盛(音楽)佐藤勝
(出演)松坂慶子、大和田伸也、三國連太郎、田中邦衛
(94分・35mm・カラー)

★同棲時代 今日子と次郎
「同棲」を流行語に押し上げた上村一夫の人気漫画が原作。1970年代青春映画の雄・山根成之の原点となる作品で、由美かおるの裸身ポスターも話題となった。
(73松竹)(監督)山根成之(原作)上村一夫(脚本)石森史郎(撮影)川又昂(美術)森田郷平(音楽)青山八郎
(出演)由美かおる、仲雅美、大信田礼子、ひし美ゆり子
(87分・35mm・カラー)

★としごろ
バレーボールに賭けた少女たちの中学卒業後を追う。「花の中三トリオ」のうち2人が出演したアイドル映画で、京都撮影所から青春映画へ転身した市村泰一が演出。
(73松竹)(監督)市村泰一(脚本)元持栄美(撮影)小杉正雄(美術)梅田千代夫(音楽)小川寛興
(出演)森昌子、秋谷陽子、和田アキ子、石川さゆり、山口百恵
(89分・35mm・カラー)

★さらば夏の光よ
二人の少年と一人の少女の愛の共同体が瓦解させられてゆく様を、叙情に満ちた演出と郷ひろみの名演で描いた青春映画の傑作。山根成之の評価を決定的にした。
(76松竹)(監督)山根成之(原作)遠藤周作(脚本)ジェームス三木(撮影)坂本典隆(美術)森田郷平(音楽)梅垣達志
(出演)郷ひろみ、秋吉久美子、川口厚、仲谷昇
(89分・35mm・カラー)

★パーマネントブルー 真夏の恋
四国の港町に住む少年が、砂浜に倒れていた年上の女に出会い、恋をする。過去を背負った女を演じた秋吉久美子が真夏の陽光を浴びて鮮烈な印象を残した。
(76松竹)(監督)山根成之(原作)素九鬼子(脚本)石森史郎、ジェームス三木(撮影)坂本典隆(美術)横山豊(音楽)来生たかお
(出演)秋吉久美子、佐藤佑介、岡田英次
(88分・35mm・カラー)

★恋人岬
虚飾にまみれたテレビ界を舞台に、松坂慶子演じるプロデューサーの恋と戦いを描く。『伊豆の踊子』で知られる名匠西河克己がグァム・ロケと京都ロケを敢行した。
(77松竹)(監督)西河克己(原作)梶原一騎、牧美也子(脚本)石松愛弘(撮影)竹村博(美術)芳野尹孝(音楽)平尾昌晃
(出演)松坂慶子、原田美枝子、テレサ野田、細川俊之
(91分・35mm・カラー)
by sentence2307 | 2006-01-10 00:38 | 大島渚 | Comments(14)