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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:山本嘉次郎( 3 )

役者になりたいと思いながら、それが夢だけに終ってしまった人間にとって、優れた役者の演技に接するたびに、「自分なら、こういう解釈で、こう演技する」と思い続けていたはずの気持ちが、いつの間にか薄れ始めていることに気付いた時こそ、ショックで淋しいことはありません。

スクリーン上の数々の優れた演技に接し、次第に、ただ酔い痴れ陶酔の中にひたりながら、それが同時に、自分にとっては、もはや手の届かない別世界を仰ぎ見ているような、そんな諦めにも似た淋しさを、それと意識しないままに気持ちのどこかで予感のように持ってしまっているのかもしれません。

悪あがきせず、目の前の素晴らしい演技に、ただ感動して、その快感に身を委ねることを素直に喜べるようになった今の自分も、まんざらでもないのですが、しかし、ひとつだけ、どうしても諦め切れない役があるのです。

1938年の東宝作品、山本嘉次郎監督、菊池寛原作、長谷川一夫主演の「藤十郎の恋」の坂田藤十郎の役です。

役者が演技に行き詰り、それを工夫するためには、どんなことでもやってみせるという「演技」というものの本質的な姿を描いた優れものの一作です。

この作品の製作主任には黒沢明が担当しています。

ちなみに黒沢明が助監督をつとめた山本監督の「馬」が1941年、デビュー作「姿三四郎」が1943年の作品です。

さて、「藤十郎の恋」ですが、ライバルに人気を持っていかれた焦りもあって、演技に行き詰まりを感じた藤十郎は、近松門左衛門に新作を依頼し「大経師昔暦」を書いてもらいます。

同じ長谷川一夫と香川京子の共演で溝口健二が撮ったあの名作「近松物語」の、そもそもの原作です。

しかし、藤十郎には、その芝居の濡れ事の写実的な演技の工夫がつかないまま煩悶している時に、顔合わせで使うお茶屋で、昔から懇意にしている内儀・入江たか子演じるお梶と昔話を語り合っているそのなりゆきから、彼女に、今でもあなたのことを愛している、と打ち明けます。

藤十郎の突然の告白に、動揺し、戸惑い、迷った末、お梶は意を決したように、人目をうかがいながら部屋の障子を閉めて廻りますが、彼女のその仕草を射るような醒めた眼差しでじっと観察していた藤十郎は、突然座を立ち、楽屋に芝居の関係者を集めて「新狂言の役に工夫がついた」と告げます。

新狂言が初日をむかえる頃には、「藤十郎が、ある茶屋の女房を相手に役の案を得た」という噂が立っており、お梶は、その噂を聞いて自害します。

お梶自害の報を聞きながら藤十郎は舞台に向かいます。

この作品が描いているのは、「芸道の冷酷さ」というテーマだと解説書には書かれているのかもしれませんが、しかし、これは、「演技者にとっての日常生活」という興味深い永遠のテーマでもあります。

そもそも演技者にとって、「日常的」というものが在り得るのか、と考えて悩んでしまいます。

「藤十郎の恋」において、濡れ場の演技の工夫が思いつかないまま、たまたま身近にいる女性に、その気も無いのに愛を告白することで、敏感に反応する彼女たちの動揺するサマや仕草を、つぶさに観察して演技の参考にするというテーマは、確かに冷酷であり、また残酷でもあるのですが、そこには、それ以上のものとしての演技に対する純粋さや誠実さが描かれてもいて、共感できる救いも感じることができました。

それに引き換え、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督「旅路の果て」のルイ・ジューヴェが演じた老優サンクレールの冷酷さは、「藤十郎の恋」の酷薄さなど、その比ではない程の凄まじいものでした。

この「旅路の果て」で描かれている俳優ばかりを収容する養老院という設定を見たとき、それがファンタステックなまでに非現実的なもので、そして奇抜なこのシチュエイションが、この映画独自の奇を衒った創作上のアイデアかと、長い間、思い続けていたのですが、ダニエル・シュミットの「トスカの接吻」などを見るに及んで、俳優組合の活動の延長線上に、あるいは、こうした施設が造られたとしても不思議ではないかもしれないなと最近になって思いを改めました。

そこは、もはや、役者として食べられなくなった寄る辺の無い老いた俳優たちが、老後を過ごすための養老院です。

世間から忘れ去られながらも、しかし自己顕示欲だけは人一倍強い俳優ばかりが集まるというその設定は、ただそれだけでも残酷な物語を生み出さずには置かない卓越した設定であることに、まずは感心し、その感心の度合いに等しい分だけの痛ましさをも覚えました。

俳優にとっては、世間から忘れ去られるという以上の苦痛は、おそらくないでしょう。

この養老院が殊更に残酷な設定であるというのは、そこが、忘れられた無用となった俳優たちが生きながら葬られる辛辣な捨て場所だからで、しかも、そのことを彼ら自身が十分に認識しているところにこの物語を支えている深い絶望感があると考えます。

現実を生きることそれ自体が屈辱でしかないなら、人は、過去の栄光にすがって生きることで、自らの威厳を辛うじて保つことしかできません。

のみならず、老優サンクレールは、酒場娘ジャネットが自分を憧れの眼差しで見ていることに付け込んで、その悪魔的な「演技」によって彼女を破滅の瀬戸際まで追い詰めていきます。

「自分に恋した女は、死を賭けて自分に愛の証を示すようになる」と囁きかけて、純真なジャネットに自殺をそそのかします。

その異常な演技に込められた虚栄心こそが、彼の役者としての誇りのすべてだったのでしょう。

かつての華やかな名声を捨て切れずに、毎日何通もの自分宛てのファンレターを密かに書いたりするその虚栄心は、彼の矜持でもあるのだと思います。

その虚栄の延長線上に、酒場の娘ジャネットの誘惑が描かれていきます。

やがて彼は演じ続けることによって狂気にかられ、狂気のドン・ジュアンのまま精神病院に収容されます。

演じることを職業にすることの究極的な姿をジュリアン・デュヴィヴィエがどのように考えていたのか、このシーンによって明確に察することができます。
by sentence2307 | 2006-04-03 23:48 | 山本嘉次郎 | Comments(0)

僕にとってこの作品ほど予備知識にめぐまれた戦前の作品はないかもしれません。

映画史の本や多くの解説書で、この作品のタイトルを一種特別なものとして幾度も目にしてきたからです。

だから、いままで見る機会がなかったことの方が、むしろ不思議なくらいで、豊富な予備知識を詰め込まれすぎたことによって、本人はすっかり見た気になってしまっていたのでしょうか。

その知識が質的にはどれほどのものかと言えば、例えば1年をかけて東北の美しい四季を4人の卓越したキャメラマン(唐澤弘光、三村明、鈴木博、伊藤武夫)がそれぞれの個性で分担して撮ったとか、助監督をつとめた黒澤明と、主演の「いね」を演じた初々しい高峰秀子との間に仄かなロマンスが生まれ、しかし秀子の養母のために瞬く間に破綻したとか、よくよく考えてみれば知っているものとはその程度のたわいもない周辺事情にすぎず、作品それ自体の内容や具体的な評価のことなど、実はなにひとつ知らなかったことを、実際の作品を今回始めて見て思い知りました。

しかし、この作品の内容たるや、耳学問から想像していたものとは相当違っていて、実際の作品の方が遥かに素晴らしいことが分かりました。

解説書では、この映画は、「貧しさに追われながら仔馬の世話をする少女の数年間の生活と、その仔馬が成長して軍馬として売られてゆくつらい別れを描いた作品」というふうに紹介されていて、つまり、少女と仔馬が気持ちを通わせる動物愛情物語みたいなものだと思い込んでいたのですが、その先入観は見事に裏切られ、むしろこの映画は、生活に追われまくっている貧しい農家の主婦=母のゆとりのなさと、そういう母親に対して、大人になり掛けている思春期の少女の反撥という、つまり母娘の葛藤の物語と見るべき映画だと思いました。

そういうふうに考えると、ここに登場する「馬」が、さほど重要なキャラとは思えなくなりました。

思春期の少女が、反撥する母親の馬嫌いを十分に認識していて、その嫌がらせのためにあえて馬を飼うことにこだわっているようにさえ見えてしまいます。

少女が馬への愛情を頑なに保ち続けようとするのは、母親への意地とか、突っ掛かるような反抗心からの行為と見た方が、なにかピッタリくるような気がするのです。

結局、物語的には、最終的な安易な和解によってこの親子の確執は危険な領域にまで踏み込んでいくことはありませんが、ここで見せている高峰秀子の頑なさは、後年の数々の名作で示した優れた演技の片鱗=「頑なな女」を語る上で重要なキイワードになるような気がしてきました。

さて、この映画は、「日本映画専門チャンネル」でたまたま見たのですが、この作品の推薦者・塩田丸男が、高嶺秀子についての面白いエピソードを語っていました。

家族ぐるみで共に旅行にいくほど親しくつき合っている仲だという前置きで、こんなエピソードを語っています。

旅先である旅行者が高峰秀子に写真を撮ってくれと依頼し、それに気楽に応じたというのです。

塩田丸男いわく、「あんたたち、誰に写真撮って貰っていると思っているんだ」(大女優・高峰秀子なんだぞ)といささか憤慨気味に話していました。

まあ、気持ち的には、「たれあろう、この方は、先の副将軍・水戸光圀公であらせられるぞ」みたいなものだったのでしょうが、ハタで聞いていると、あんまりみっともいいものではありません。

そっとしておけば押しも押されもしない往年の大女優なのに、こんな反語的な持ち上げ方をすると、「サンセット大通り」のグロリア・サワンソンみたいに見えてしまいます。

彼らだって高峰秀子と分かっていて黙っていたのかもしれないし、「お前らなあ」みたいな変な追求の仕方をすれば、もっとシビアな現実に立ち会わざるを得なくなる虞れだってないわけではありません。

まあいずれにしても、そういうのを贔屓の引き倒しというのです。分かりましたね、塩田さん。

それからもうひとつ、46年製作のクラレンス・ブラウンの「仔鹿物語」にこの「馬」が影響を与えたのではないかと、ふと思いついて少し調べてみたのですが、どうも僕の思い過ごしのようでした。

それにしても、この2作品、引き比べてみるのも結構面白いかもしれませんよ。

(41東宝東京=映画科学研究所) (監督脚本)山本嘉次郎(撮影)唐澤弘光、三村明、鈴木博、伊藤武夫(美術)松山崇(音楽)北村滋章
(出演)藤原鷄太(釜足)、竹久千惠子、二葉かほる、平田武、細井俊夫、市川せつ子、丸山定夫、澤村貞子、小杉義男、馬野都留子、松岡綾子、清川莊司、眞木順 (127分・35mm・白黒)
by sentence2307 | 2005-06-13 23:33 | 山本嘉次郎 | Comments(0)

綴方教室

僕なんかの感覚からいうと「子役」というものを、今風に「リッチ」とか「余裕」とかと、なんとなく思い込んでいて、是非はともかく、幼い頃から華やかな世界を目指すその「生き方」の積極さには、羨望に似たものを感じていました。

だからでしょうか、高峰秀子の「わたしの渡世日記」に出会い、彼女が貧しい養家を助けるために、興味もそれ程にはない子役を仕方なくやっていたらしいと知って、とてもショックを受けた記憶があります。

子役としてスクリーンから受けていた子役・高峰秀子の印象は、やたらとお茶目で悪戯好きで元気のいい可愛いらしい少女です。

演技とは思えないような屈託のないその可愛く活発な愛らしさは、さまに僕の固定観念をさらに確信させずにはおかないどこまでも陽気な「天才子役」という感じでした。

そののびのびとした物怖じしない彼女の演技に、僕は、子供ながらも役者として「さらに上を目指す積極的な野心」さえ感じていたくらいでした。

もちもん、すでに女優として大成したその後の高峰秀子像が僕の頭の中にインプットされていたのですから、最初からそういう思い込みで見ていたからかもしれませんが。

しかし、自伝のなかに書かれている彼女の「子役」としての映画の仕事は、まるで「うんざりするような労働」そのものみたいな描かれ方をしているのです。

これは本当にショックでした。

僕たちが、その達者な演技に感心しながら見惚れていたスクリーンの生き生きとした彼女は、実は、「うんざりするような労働」に耐えていただけの姿だったとは!

 「天才」とはそういうものかもしれないなと、そのときは、そう自分を慰めました。

そしてこの自伝がここで終わっていたら、それこそ「そんじょそこらに」ざらにある凡才が書いた嫌味な自伝でしかありません。

「いまに語り継がれている自伝『わたしの渡世日記』の素晴らしさは、家族の犠牲になって働かざるを得なくなった幾分ふてくされ気味の天才少女・高峰秀子が、あるとき山本嘉次郎という卓越した監督に出会い、示唆に富んだ素晴らしい助言を得て、女優としての演技を開眼させ、同時に人間的にも成熟を遂げていくという幾つもの感動的なエピソードに出会うことになるからです。」

と書いた部分を自分でも読み返してみて、なにか違うなという感じからどうしても自由になれませんでした。

この部分は、明らかに『わたしの渡世日記』にでてくる山本嘉次郎との有名な「冬の朝の清潔な匂いのエピソード」に無理やり繋げようとした前フリの、何の魅力も有していないただの定型句でしかありません。

そのエピソードというのは、こうでした。

冬の早朝のオープンセットでの焚き火の撮影で、少女・高峰秀子は、監督・山本嘉次郎に突如台詞の付け足しを指示されます。

「デコ、台詞をちょっと足すよ。
“冬の朝って、いい匂いがするね”だ。
すると、稔が鼻をクンクンやって、“匂いなんかしないや”って言う。
また、デコが、“ほら、するじゃないか”って鼻をクンクンやる。
それだけだ、分かったね。」

私は、うなづき、突然いままでになかった親しみを感じた。

冬の朝は確かに独特な匂いがする。

つうっと透き通るような、遠い焚き火の懐かしさのような、高原の空気のような、清潔な匂いである。

「『冬の朝の匂いが、この人には分かる。この人は、子供の味方だ。』私は感激した。」

素晴らしいエピソードです。

健康で素直な子供そのままの感性です。

この部分に繋げるために僕はあれだけの前フリを書いたのでした。

しかし、自分で書いておきながら、この部分、どうしても引っ掛かるところがあるのです。

それは、「人間的にも成熟を遂げていくという幾つもの感動的なエピソード」という部分です。

当時、一族合計9人を扶養していたといわれる働きづめの「天才子役・高峰秀子」(自伝には、ほとんど学校にもいくことが出来なかったと書かれています。)に、はたして、あるいは今更「人間的に成熟」する意味などあったでしょうか。

この少女期の高峰秀子のイメージには、「当たり屋」を描いた大島渚の「少年」を思わせるような、ぞっとさせられるところがありますよね。

当時、ある役者が、そんな高峰秀子を見て、「あの子は、気の毒なくらい気の回る子なんだ。ああ利口では、かえって可哀想なくらいだ。」といったといいます。

高峰秀子にとってこの「綴方教室」が、女優として如何におおきな意味を持っていたか、当の本人がいちばんよく分かっていたと思います。

当時、ある老優が高峰秀子のことを、

「あの子は、気の毒なくらい気の回る子なんだ。ああ利口では、かえって可哀想なくらいだ。」

と言い表したあの言葉、とても示唆に富んでいて本当にいい言葉ですね。

なんでもよく分かってしまう「利発であるという性格」が、どのような過酷な環境のもとで、そして、自己防衛の本能のように培われてきたのか、その少女の痛ましい生い立ちを考えると、「利発であること」は、もしかすると、子供にとって「不幸」のバロメーターのようなものにすぎないのではないのかとつい考えてしまうのは、きっと僕の考えすぎかもしれません。

だからでしょうか、僕にとってこの「綴方教室」の主人公・正子の「けなげさ」が、どうしても高峰秀子と二重写しになってしまうのです。

本当の自分を誰にも理解されないままでいる孤独な少女が、自分の気持ちを押し殺して、キャメラの前で笑顔をつくる、そして、僕たちはその虚像に感動する。

観客が、そういう「虚の自分」に感動する姿を見て、本当の自分を伝えられない少女がそのギャップに更に孤独を募らせてしまうというような、居たたまれないような空しさに耐えて生きていくという子供の像が、僕にはちょっと想像ができないくらい壮絶なものに感じられてしまいます。

高峰秀子という女性は、撮影所のマイナスの空気もプラスの空気も胸いっぱい吸って、少女から女性へと成熟して女優になっていった人なのだなと思います。

ここにひとつのエピソードが語り伝えられています。

ある雑誌で「綴方教室」の原作者・豊田正子との対談が企画され、その題は「二人の天才少女」でした。

その対談のなかでの質問のひとつに「好きな食べ物は?」というのがありました。

その質問に、豊田正子は言下に「梅干とご飯」と答えています。

貧しさの只中にいる少女の、いかにもそれらしい答えです。

そして一方の天才少女・高峰秀子の答えは、「いま、お腹がいっぱいだから、分からない」とされました。

もちろん、これはすべて当時の芸能ジャーナリズムの捏造でした。

高峰秀子は大いに傷つき、そして、豊田正子ともこのことがきっかけで仲たがいしてしまいます。

芸能雑誌や撮影所によって作られていく「虚の自分」を高峰秀子が、どのように考えていたのか、やがて、成熟を遂げた彼女が1950年代、1960年代に見せることとなる目を見張るような彼女の活躍が、その答えを教えてくれているように思います。

後年、才女・高峰秀子がモノした多くの著書のなかに「つづりかた巴里」と題する本があることを見ても何となく察せられます。

高峰秀子が書いた本がどのくらいあるのか知りたくなりました。

手元の資料にある限りの書名をリストアップしてみました。

巴里ひとりある記(53映画世界社、55創芸社、56河出新書)

高峰秀子(55河出新書)写真編

まいまいつぶろ(55映画世界社、56河出新書)

私のインタヴュー(58中央公論社)

瓶の中(72文化出版局)

わたしの渡世日記・上下卷(76朝日新聞社、80朝日文庫、98文春文庫)

いっぴきの虫(78潮出版社、83角川文庫)

旅は道づれガンダーラ(79潮出版社、92中公文庫)松山善三共著

つづりかた巴里(79潮出版社、83角川文庫)

いいもの見つけた(79潮出版社、86集英社文庫)

旅は道づれツタンカーメン(80潮出版社、94中公文庫)松山善三共著

秀子のピッコロモンド(81アオイギャラリー)

典子は、いま(81潮出版社)松山善三共著
台所のオーケストラ(82潮出版社)

旅は道づれアロハ・オエ(82潮出版社、93中公文庫)松山善三共著、文庫化に際し「旅は道づれアロハ・ハワイ」と改題

コットンが好き(83潮出版社)

人情話 松太郎(85潮出版社、90ちくま文庫)

あの道・この道(85美術公論社)瀬木慎一共著

旅は道づれ雪月花(86文化出版局)松山善三共著

私の梅原龍三郎(87潮出版社、97文春文庫)

雨彦・秀子のさわやか人生案内(87三笠書房)青木雨彦共著

不滅のスター高峰秀子のすべて(90出版協同社)

おいしい人間(92潮出版社)

忍ばずの女(94潮出版社)
by sentence2307 | 2004-12-25 21:05 | 山本嘉次郎 | Comments(204)