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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:佐藤武( 1 )

姿なき一〇八部隊

こういう題材を、もし小津監督が撮るとしたら、どういうふうに「料理」する?なんて、いつの間にか考えながら見ている作品って結構ありますよね。

題材が面白いからでしょうね、きっと。

最近は、めっきり「こらえ性」というものがなくなってきたので、半分我慢しても作品の世界に入り切れないと、見るのを諦めてしまうなんてことがしばしばあるのですが、この映画は最後まで付いていくことができました。

作品の冒頭は深夜の東京駅、その閑散とした貧弱さは、東武伊勢崎線の某駅でも負けてしまうような実にほのぼのとした素朴さで、「顔」を失った現在の猥雑でよそよそしい東京駅と引き比べると、きっと誰もが感動すると思います。

そして、駅で乗客を待っている電車は、こげ茶色に何かもの凄いえぐいヤツを混ぜない限り絶対にだせないような、どどめ色したあの懐かしい「省線」です。

泥酔したオヤジが足を絡ませながら必死になって階段を駆け上がるシーンも、「省線」と同じくらい懐かしくてとても素敵でした。

こう書いてみると、冒頭の5分間でこれだけ好意をもって見てしまっているのですから、きっとこの映画、僕の性に合っているんでしょうね。

終電が出た後、灯りの消えた暗闇の東京駅14番ホームに半透明の汽車が静かに到着し、客車から、これまた半透明に透けた兵士たちの一団が下り立ちます。

彼らがサイパン島で全滅したという一〇八部隊の兵士の亡霊です。

この作品は、兵士たちが祖国に残した家族のことが気掛かりで、亡霊となって日本の地・東京駅に幻の汽車で帰還し、散開してそれぞれの家族の様子を見に行くという奇想天外な想定の映画です。

黒澤明なら、さしずめ鬼気迫る死相メイクをほどこした兵士たちに、自分たちを死地に追いやった者への恨みつらみを怒気を込めて厳しく滔滔と語らせる迫真の場面を作らずにはおられないという実に魅力的なシチュエーシュンです。

しかし、この作品「姿なき一〇八部隊」に描かれている兵士たちは、亡霊である必要がないほどに実直で気のいいコテコテの兵隊たちです。

敏捷に整列し、元気いっぱい点呼をとり、威儀を正して敬礼し、隊長の訓示をかしこまって聞く彼らは、また、ご丁寧にも皇居遥拝までこなす念のイリヨウです。

しかし、僕などは、死んで亡霊になってまでも、娑婆で散々に苦しめられた組織から解放されることなく、生前と同じようにあの世でも軍隊の「お勤め」をしなければならないとなると、これ以上の「地獄」がまたとあるだろうかなどと、つい余計なことを考えてしまうのですが、しかし、ここに描き出されている兵士たちは、そんなことは一向に頓着せず誰もがとても快活で楽しそうに軍務に励んでいます。

なぜ自分たちがアノ戦争で死なねばならなかったのかなどという屈折した思いに苦しめられる「非国民」など、この映画にはただの一人も登場しません。

この作品に対する僕の感じた違和感は、この辺りからあったのかもしれません。

だいたい、祖国に残した家族の様子を見に行くという動機自体も、物語から判断する限り、部隊長の発案による一方的な命令に従って「行かされる」という、兵士たちの自主性の欠如が、そもそもこの物語のすべてのベースになっているからでしょうか。

祖国に残した家族の暮らしぶりを見に行くという発案自体が部隊長によってなされたもので、そこには兵士たち個々人の自発的な家族への配慮などというものなど、最初からまるでありませんでした。

上官からの一方的な命令に従い、ひとつの課せられた軍務として、兵士たちはただ家族のところへ「行かされる」だけだという奇妙な構図は、この作品の本質のすべてを突いているような気がします。

そこには、「死ねと命令されたから、戦場で従順に死んでいった兵士たち」の恐るべき素直さとか、あるいは「殺してしまえと命令されたので、殺ってしまいました」みたいな大量虐殺に繋がる軍隊の無責任体制とか(「私は貝になりたい」が日本映画専門チャンネルで放映されていますね。)が、そこでは図らずも描き出されています。

それを、単に描き込みが足りないためにもたらされた偶然の帰結と皮肉に考えてしまえば、それはそれまでの話なのですが、しかし、描き込みを敢えて抑えた最も大きな理由は、この映画が手放しの「善意」を誇張するために、どうしても必要だった「曖昧」さだといっていいと思います。

そして、その曖昧さこそが、こうした映画のいいところでもあり、また救いなのだなと最近思えてきました。

見る作品すべてに対して、「もし小津安二郎なら、ここはこう撮るかもしれない」という括りをすべての映画に対し批判的・否定的にぶつけていけば、自ずから見る映画を限定し、かつ狭めてしまい、結果的に常に大衆の中にあって息づく「映画」の脈動そのものを見失うおそれがあるかもしれません。

そういう見方だけはどうしても避けたい。

諦念に満ちた小津作品を愛し、虚無を見定めた小津安二郎的な生き方に限りない憧れを抱きながらも、しかし、あらゆる映画を受け入れるだけの柔軟さだけは保っていたいと願う思いは、いつも僕の中にはあります。

兵士たちは、部隊長の善意に満ちた一方的な命令によって、現在の家族の様子を「見にいかされます」。

この不自然な設定が、この映画が意図する「善意」を見事に浮かび上がらせているのですが、また、その限界をもアカラサマにしたのだと思います。

兵士たちには、家族のいまの生活の様子をただ「見る」ということしか許されていません。

しかし、家族の消息を尋ねるために荒廃した東京の街へと歩き出す彼らのうちのなかで「ただ見るだけで、どうなるのだ」という戸惑いを抱く者が誰ひとりいないというのは、とても奇異なことだと思いました。

ここには、尋ね当てた家族が不幸であるかもしれないという危惧とか予感とか、通常なら当然あっておかしくない現実に対する怯えとかが奇妙なくらい欠落しています。

それは、まるで最初から、この東京のどこかで生きている家族が不幸であるはずがないという不思議な確信が彼らを遠足気分の快活で包んでいるかのようにさえ見せています。

それはきっと、ただ「見る」ことしかできない彼らの眼の前に、もし家族の悲惨な生活が展開された場合、何も為しえない兵士たち自身にとってこそ、さらに悲惨な状況にみまわれるという苦痛を描かねばならなくなって、そうなればこの物語を支えている「善意」の論理が根底から一挙に破綻してしまうからです。

この映画の本質は、見たくない現実から巧みに眼を逸らすことによって創られた「善意」でしかありません。


そして、それはきっとそのまま太平洋戦争からたった10年しか経っていない1956年当時の日本人の誰もが抱いていた思いだったのでしょう。

生々しい戦争の記憶と、そして、戦争で傷つき壊れた「現実」をどうにか立て直し、手を汚しながら生きている人々にとって、「もし、こうすることができたのなら良かったのに」という「失われた善意」を見るために映画館が必要だったのです。

この映画に描かれている幾つかのエピソードが明らかにそのことを示しています。

祖国に残された恋人の女教師は、すぐそばに婚約者の亡霊がいるとも知らず、戦死した兵士の思い出を大切にしながら生涯独身をとおして生きていくことをカタク誓い、それを聞いた亡霊は嬉しそうに微笑みます。

また、夫の戦死で子供2人を残された戦争未亡人は、生活の苦しさをカキクドイタ後で、「取り乱してごめんなさい、アナタ。これからも家族3人できっと頑張っていきます」と遺影に誓い、亡霊はホッとして立ち去ります。

こういうシーンを見ながら、例えば「風の中の牝鶏」を思い、「小津安二郎なら、どう撮る」なんて考えていた自分こそが奇異に思えてきました。

きびしい戦後という現実の中で、例えば、貧しさの中で病気の子供の医療費を払うために売春という選択を迫られたかもしれない日本の多くの妻たちや、生活のために身を売った妻の裏切りに苦しむ戦地から戻ってきた夫たちが、果たして心穏やかに「風の中の牝鶏」を正視できたかどうか、そして、なぜ当時「風の中の牝鶏」が、戦争で傷ついた多くの国民に、そして批評家に不評だったのかを、いまなら分かる気がします。

現実をきびしく見据えた「風の中の牝鶏」よりもむしろ、現実から眼を逸らしながら、この「姿なき一〇八部隊」を見入っていた人々を、いまなら許せる気がします。

姿なき一〇八部隊(56大映・東京撮影所)

監督・佐藤武、製作・望月利雄、原作・棟田博、脚本・八木隆一郎、近江浩一、須崎勝弥、小林太平、長谷川公之、撮影・古泉勝男、音楽・富永三郎、美術・富樫辰春、録音・西川登、照明・下村一夫、

出演・笠智衆、中山昭二、藤原釜足、早川雄二、福岡正剛、矢島ひろ子、橘喜久子、和田孝、八木沢敏、花布辰男、清水谷薫、山内敬子、伏見和子、大塚昌孝、山崎幾子、岡村文子、

86分・モノクロ 10巻 2,297m 白黒 1956.2.26公開
by sentence2307 | 2004-12-22 23:47 | 佐藤武 | Comments(435)