世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:野村芳太郎( 2 )

左ききの狙撃者 東京湾

この1962年作品「左ききの狙撃者 東京湾」を見ていて、野村芳太郎監督が後年(1974年)に撮ることとなる「砂の器」が、いかに野村監督にとって生涯の集大成となる重要な作品だったかということを今回あらためて思い知りました。

しかし、この「左ききの狙撃者 東京湾」を、「砂の器」が撮られるための布石的な準備作品だとか、野村監督の映画作家としての「方程式」にあてはめた作品にすぎないとか、あるいはまた「定番」的な作品だなどというミもフタもない話をしようとは思いません。

出世とは縁の無い下積みの刑事の視点を借りて、事件を捜査していく過程で明かされていく陰惨な「犯罪」と名づけられた「現象」のなかに、社会の底辺に追いやられ、抑圧され虐げられ続けた差別に苦しむ無力な者たちの怒りの反映としてある「犯罪」にこめられた苦しみと悲しみを、痛切な共感をもって見つめる野村監督のドラマツルギーを正当に評価したいという衝動にかられました。

製作されて既にかなりの時間がたってしまった現在から、「砂の器」を意識しつつ(当然「そう」なりますが)、おびただしい予備知識をまといつかせながら「左ききの狙撃者 東京湾」を見るしかない僕たちにとって、その作品独自の価値を正当に見定めることなど、やはり、かなり困難なことに違いありませんし、ただただ絶望的なことだろうと思います。

しかし、その不運な状況にあっても、「左ききの狙撃者 東京湾」を撮られたことによって、「砂の器」の完成度がさらに深められたという予定調和的な視点とかではなく、あるいはまた、「砂の器」の成熟を明かすために「左ききの狙撃者 東京湾」の未成熟さを貶めるというような、時間を逆行するという倒錯した認識の限界を避けて、この野村芳太郎作品にアプローチしたいと考えました。

「左ききの狙撃者 東京湾」において、刑事・澄川(西村晃が好演しています)が、かつての戦友であり、そして、射殺事件の容疑者としてきわめて重い嫌疑のかかっている井上(玉川伊佐男が演じています)に対して、その「情」と「職務」のハザマで、澄川がどのような行動をとったかが、「砂の器」との違いの意味を知る手立てになるのではないかと考えました。

はたして、容疑者・井上に対して、刑事・澄川は「逮捕」をためらうような何らかの「情」みたいなものがあっただろうかということです。

例えば、澄川は、捜査を共にする若い刑事・秋根と妹・ゆき子との結婚を反対し続けています。

その理由というのが、彼だっていまに刑事の仕事が面白くなって捜査に夢中になって当然家庭など顧みなくなり、やがては自分がそうだったように早晩家庭崩壊をまねく、だから妹には、刑事となど結婚はさせない、というのが理由です、というか、理由にならない理由です。

しかし、ここで語られている重要なことは、妹の結婚如何などてはなく、むしろ「いまに刑事の仕事が面白くなって捜査に夢中になる」と語らずにはおられない犯罪捜査に取りつかれた澄川のマニアックな部分です。

いままで多くの映画の中で見た治安維持法にもとづく捜査の陰惨な拷問の場面を支えていたものは、悪を憎む「正義感」であるよりも、「権力の後ろ盾を得た捜査の異常な加虐嗜好」のような気がします。

黒澤明の「野良犬」においてさえも、その雰囲気が充満していたような気がしています。

あの作品においても、戦争によってなにもかもを失った青年復員兵の為した犯罪に対して三船敏郎の刑事は、一応の理解は示したものの、同情とか、ましてや共感などは決してあらわしてはいませんでした。

「砂の器」全編において明らかにほのめかされていたあまやかな「同情」など、この「野良犬」や「左ききの狙撃者 東京湾」には、いささかの気配もありはしません。

「犯罪者」への理解や同情など、随分近年の話にすぎないのです、社会が豊かになり、人の道義感が緩み、価値観が多様化したことによって(「多様化」とは、実に便利な言葉ですが、要は「凋落」とか「堕落」の隠蔽程度の意味合いしかなく)生じただけで、「死刑廃止」同様「社会の進歩」や「知性」の問題とは、なんら関係ありません。

この作品「左ききの狙撃者 東京湾」を貫いている理念は、「犯罪に対する確固たる憎悪」です。

たぶん、その象徴的な場面は、逃亡をはかった容疑者・井上を列車の中に追い詰め、遂に井上の持つ「現金」という物的証拠をつかんで逮捕におよぼうとする場面に描かれています。

澄川は、刑事として容疑者・井上に手錠を掛けたのであり、そこには恩ある戦友への配慮など微塵もありません。

そして、もみ合いの末に手錠につながれたまま、列車のデッキからともに転落する凄絶な場面と、そのあと、一対の轢死体として鉄橋にぶら下がっている無残なラストシーンに、刑事としての執念が象徴的に描かれているのだと感じました。

(1962松竹大船)製作・白井昌夫、企画・佐田啓二、監督・野村芳太郎、脚本・松山善三、多賀祥介、撮影・川又昂、音楽・芥川也寸志、美術・宇野耕司、録音・栗田周十郎、照明・青松明、編集・浜村義康、声・田口計
出演・石崎二郎、榊ひろみ、葵京子、三井弘次、玉川伊佐夫、西村晃、織田政雄、細川俊夫、高橋とよ、加藤嘉、富田仲次郎、浜村純、佐藤慶、穂積隆信、上田吉二郎、末永功、山本幸栄、今井健太郎、山本多美、水木涼子、
1962.05.27 6巻 2,261m 1時間23分 白黒 シネマスコープ
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by sentence2307 | 2012-01-04 23:19 | 野村芳太郎 | Comments(5)

追悼・野村芳太郎監督

「砂の器」という作品は、業病に見舞われた父親を、いわば止むに止まれず棄てねばならなかった息子の贖罪の物語、といったらとても酷なような気がします。

極寒の海岸を父子ふたりして歩き続けるあの厳しいシーンには、父子にとって最も幸福だった瞬間をもまた映し出していました。

業病に取り付かれた父親が病院に収容されるという、もし、あのとき父親と引き離されなければ、少年は、きっとどこまでも、命ある限り父親と巡礼の旅を共にしていただろうと思うと、父親を棄てた罪の意識に苦しむというあのラストは、本当に心痛みました。

すぐれた作品は、「そうでない場合もあり得た」なんてことを考えさせる余地を持たせない宿命みたいな必然性を強烈に感じさせる緊張感がありますよね。

「砂の器」とは、まさにそういう作品だったと思います。

「張込み」は、社会の片隅に追い詰められた無力な者たちの悲しみに満ち、僕を打ち据えました。

野村芳太郎監督が、8日午前零時15分、肺炎のため東京・新宿の都立大久保病院で肺炎で死去した。

85歳。通夜は11日、午後6時から。

告別式は12日午前10時30分から、東京都文京区大塚5ノ40ノ1、「護国寺・桂昌殿」。

喪主は、次男の芳樹(よしき)氏。

6月には、松竹110周年特別企画として、「砂の器」がデジタルリマスター版で上映される予定で、野村監督がメガホンを取った全88作品中60本でコンビを組んだカメラマン・川又昴氏が監修し、13日の完成を待つばかりで、監督も完成を心待ちにしていたそうですが、その願いもかわずご逝去されました。

父は大正、昭和期に活躍した映画監督・野村芳亭、映画セットを遊び場に育った生粋の映画人で、「面白くなければ映画じゃない」を信条にエンターテインメントにこだわり続けた監督でした。

ご冥福をお祈り申し上げます。
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by sentence2307 | 2005-04-10 00:13 | 野村芳太郎 | Comments(0)