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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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カテゴリ:森谷司郎( 1 )


いままで本編を見ることができないままで、ただ重厚な予告編を繰り返し見せられ続け、どんなに素晴らしい映画なのかという思いだけが勝手に募って期待がひたすら肥大しながらも、「まだ見ていない」という欲求不満のためにどうにかなりそうな切迫感の一歩手前、もう見る以外に気持ちの落ち着かせようがない所まで追い詰められてしまうみたいな経験をしたことってありませんか。

僕にとって、そういう作品のひとつが、森谷司郎監督の「首」でした。

とにかく、こんな物凄い予告編を持つ本編なら、僕のささやかな経験からしても傑作とか名作とか思って一向に差し支えないという感じです・・・と思っていたところ、それもそのはず、スタッフを見て驚きました、これってそのまんま黒澤映画じゃないですか。

なんか見る前から超弩級の期待感で煽られ、闇雲に高揚させられ、いよいよ見られるぞという時になると、こめかみは疼くわ、高まる動悸で胸のあたりは苦しくなるわ、呼吸は乱れるわで、僕的にはそれはもう大変なパニックでした。

たとえば予備知識や思い入れなどない無名の映画を何気なく見ていくうちに、じわじわと感動に囚われていくというタイプの映画経験も、それはそれなりにファンタスティックで素晴らしいのですが、予備知識も期待も十分にあって、しかもその期待感に100%も200%も応えてくれる映画との出会いの方が、それはもうマニアにとっては官能的なまでにこたえられない快楽なのは至極当然なのです。

しかし、その大いなる愉しみの裏には、それが裏切られたときの「ショック大」というリスクが伴っていることもまた覚悟しなければならないかもしれません。

この物々しいタイトルの「首」という映画は、僕にとって、その「覚悟」を思い出さなければならない残念な映画でした。

重厚な映像は、酔いしれるほどの素晴らしさに満ちているのですが、しかし、そこで語られている「執念の物語」は、どこまでも映像と噛み合うことのないまま無残な空回りを見せて、後味の悪さだけを残した不完全燃焼で終わってしまった感じです。

この映画の核心は、巨大な警察権力・検察権力相手に孤軍奮闘する弁護士の「執念」の意味を、きっと僕たちがどこまで辿ることが出来、そして理解できるかに掛かっていたのだと思います。

この映画には、権力の暴力によって為された拷問死という「権力犯罪」を、当事者たる警察・検察当局が隠蔽し、隠されたその不正な事実を暴くために果敢に国家権力に挑んだひとりの弁護士の、孤独にして壮絶な戦いが描かれています。

これはご存知、正木ひろしの原作が映画のベースになっていて、数々の冤罪事件に取り組んだことで有名なこの弁護士・正木ひろしの名前は、門外漢の僕ですら知っていたくらいですから、まさにこの作品は、「市井に生きる無力な人々の濡れ衣を晴らすために、権力に果敢に抗した正義の弁護士」というイメージを基にして作られた映画なのでしょう。

きっと、そこには、今井正監督の「真昼の暗黒」が、大きく影響しているのだと思います。

しかし、あの今井作品は、虚言癖のある犯人によって共犯と名指しされ、さらに理不尽な拷問によって一度は自白までさせられた被告たちの冤罪を晴らすという弁護士の活躍を描いた映画です。

そう考えれば、この作品「首」は、「真昼の暗黒」が描こうとしていたものとは、ちょっと意味合いを異にするかもしれません。

鉱夫の不可解な死(実は拷問死)から始まるこの事件が、弁護士に持ち込まれた理由というのが、殺された被害者自身の感情に繋がる部分(恨みとか無念を晴らしたい)は極めて希薄で、実は、鉱夫たちもまたかつて警察による厳しい拷問で痛みつけられた苦い経験があり、その忌まわしい記憶を、今回の不可解な同僚の死に繋ぎ合わせて、殺された同僚の恨みを雪ぐというよりも、いつか自分たちもまた警察の拷問によって殺されるのではないかという自身の切実な「怯えと恐怖」によって、この事件は弁護士に持ち込まれています。

きっとこの映画を見た多くの人は、物語が進行していくなかで、被害者の死が、「人間の死」というよりも、単なる「死の因果関係」をあれこれ辿っただけの、いってみれば「人間性のドラマ」からは遥かに遠い「当てもの」ゲーム的な混乱と、奇妙な迷走を体験させられてしまうかもしれません。

その違和感が何に起因するか、それは明確にこの映画の中に書き込まれていると思います。

僕は、この少し前で、「この映画の核心は、巨大な警察権力・検察権力相手に孤軍奮闘する弁護士の『執念』の意味を、きっと僕たちがどこまで辿ることが出来て、そして理解できるかに掛かっている」と書きました。

この映画を見て真っ先に印象づけられるものは、まさに「執念」です。

しかし、その執念がどういうものなのか、この映画の中で十分に掘り下げられているかといえば、それは疑問です。

あるいは、「執念」を「正義感」と同義のものと最初から妄信している部分が、この映画に、もうひとつ意気の上がらない沈滞と、無残な凡庸さをもたらしているのだと思います。

「弁護士」もまた、「裁判官」や「検察官」と対等の場所で対峙するもうひとりの権力者(あるいは志向者)であることを忘れるわけにはいきません。

この視点が欠けてしまえば、そこには人間的な魅力に欠けるただの「愚鈍な正義の味方」しか存在しません。

まがりなりにも単身で、非情で巨大な強権に歯向かおうとするのですから、歯向かうだけの意味やメリットを納得させられなかったら、この映画は人の心に届く映画にはなり得ません。

ある価値観・功利観に支えられ、欲もあり、またある程度の狡猾さで武装した生身の人間が描かれない限り、それはただの嘘っぽい美談でしかないでしょう。

おそらく僕を落胆させたものも、きっとこの辺りの人物設定の掘り下げの不十分なところにあったのだろうなと、なんとなく感じています。

もし黒澤明なら、権力悪をひたすら憎み、弱きもの、権力者から虐げられた者たちへの限りない愛情と怒り、国家権力に挑む正義感とともに、著名事件の弁護ばかりを引き受けて売名行為に躍起になっている「もうひとつの権力志向者」=弁護士という職業の密かな毒を人間的な魅力として、こっそりと仕込んだに違いないという気がしてなりません。

(68東宝)監督・森谷司郎、製作・田中友幸、脚本・橋本忍、撮影・中井朝一、音楽・佐藤勝、原作・正木ひろし、美術・阿久根巌、編集・岩下広一、録音・矢野口文雄、スチール・中尾孝、照明・森弘充、
出演:小林桂樹、神山繁、南風洋子、佐々木孝丸、清水将夫、古山桂治、鈴木良俊、下川辰平、宇宇留木康二、鈴木治夫、小川安三、加藤茂雄、三津田健、大久保正信、北竜二、辻伊万里、今福正雄、加藤和夫、灰地順、館敬介、木崎豊、渋谷英男、権藤幸彦、池田生二、小沢憬子、大滝秀治、寄山弘、榊田敬二
1968.06.08 7巻 2,732m 白黒
by sentence2307 | 2005-05-21 18:39 | 森谷司郎 | Comments(179)