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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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365日のシンプルライフ

映画の冒頭、素晴らしいファーストシーンに出会いながら、そのあとに続くストーリー展開が、あまりに凡庸で、結局、予想の範囲内で小さくまとまったストーリーにすぎなかったりすると、当初の一瞬煌めいた素晴らしいファーストシーンも、映画全体の凡庸さに引き摺られ、取り込まれて色褪せ、ついに忘れ去ってしまうという、実にもったいない経験を幾度も重ねてきました、そんな経験を最近もしたので、そのことをちょっと書いてみますね。

まあ、忘れたままでいられるのなら、なにもこのように未練がましく書くこともないのでしょうが、こういう稀有な経験にかぎって、なにかの折にふっと、まるで前世の記憶がよみがえるみたいに「覚醒」してしまうというあたりが、始末に悪いところかもしれません。

その「素晴らしいファーストシーン」というのは、最近wowowで見たフィンランド映画「365日のシンプルライフ」(ペトリ・ルーツカイネン監督、2013)という作品です。

プログラムには、こんなふうに紹介されていました。

≪全所有物を倉庫に預け、1日に1個だけものを持ち出し、新品は何も購入しない実験を行った青年の一年を追う。「人生で大切なものは何か」を問うドキュメンタリー。≫

うん、惹句としてもなかなかいいじゃないですかコレ、「具象」から「抽象」へ、一切の猥雑なものをすべて切り落とし、剥ぎ取り、シンプルで純粋な核心を捉えた素晴らしい映画なのではないか(シンプルと抽象性は、名作映画の必須条件です。例えばゴダール作品みたいな)という勘みたいなものが、自分の中で敏感に「反応」しました。あとで、それが単なる「錯覚」に過ぎなかったことが判明します。

でも、この「なにも所有しない」という考え方なら、ずっと以前、滅茶苦茶好景気で生産が追い付かないほど誰もが消費に狂奔し、だからそれにつれて物価もどんどん高騰して、また、それに見合う札びらも狂ったように刷られ放題、給料も毎月どんどん上がったという、社会に物と金とが溢れかえった狂気の循環に身を任せたあの時代に、その反動のように、狂奔の社会に嫌気がさしてドロップアウトしたジェネレーション(あふれかえる物質から自由になるために逃避する世代)というのが、少し前の時代にも、確かにありました。

彼らのことを、あるいは「フラワー・ジェネレーション」などという言い方で呼んだかもしれません。

そういう背景もあって、自分としては大いなる期待をもって、あえて、この作品を見たのだと思います。(いえいえ、自分は、「フラワー・ジェネレーション」に属した世代というわけではありませんし、その辺のことを詳しく承知しているわけでもありませんので、念のため)

そして、前述した映画「365日のシンプルライフ」のその冒頭のシーン、なにもないガランとした部屋の壁にもたれかかっている青年が映し出されて、そこに青年のモノローグがかぶさります。

≪モノとは、なにか。この6か月間、ある実験を試みている。そして、本当に必要なものが、だんだん見えてきた。≫

いや、ここまでは、いいのです。この言葉は、そのあとの映画の展開ともまっすぐに結びついていて、この趣旨で一貫しています。

まあ、自分が思い描いていた「あふれかえる物質から完全に自由になるために逃避する」というのと、この述懐は根本的に考え方としては異なりますし、むしろ、「こちらさん」の方が健全で理にもかなっており、シゴク真っ当な気がします。

なにしろ、かつての「フラワーさん」は、顔中・体中にド派手なペインティングなんかで塗りたくっちゃって所かまわず踊りまくるわ、騒ぎ倒すわ、free sexはするわ、果てはハッシシだのとかでラリッて好き放題やっちゃうわけですから、むしろ彼らこそ常軌を逸した暴走気味の勘違いだったかもしれません。

狂乱の物質消費社会から逃れでた先にあったものも、やはり同じノリの「狂気の自由」に過ぎなかったというわけですよね。

どこまでいっても、あの時代、結局は、金に踊らされるか、クスリに踊らされるか、どちらかにすぎなかったというだけで、結局、なにも変わらなかったんじゃないか、なんともやりきれないパラレルの世界で堂々巡りしていただけなのかもしれませんね。

聞くところによると、酒が厳禁されているイスラムでは、酒の代わりにハッシシが普通に常用されているらしいです、それも恐い話ですが。

人間をそんなに歪めてしまって、いったいなんのための宗教かと。勘違いもいい加減にしろと。バカ

しかし、この映画「365日のシンプルライフ」で描かれているのは、「あらゆる物質は悪だ」などと極端なことを言っているわけではなくて、「自分にとって本当に必要な物とはなんだろうか」と健全に模索しているだけで、いったんすべての家財・洋服をレンタル倉庫に収納してから、1日1個ずつ、生活するために「真に必要な物」をそのつど厳選して倉庫から毎日毎日運びつづけるという原則を貫く、いわば記録映画です。

なにもそこまでしなくともいいだろうという、この映画を貫くルールをふくめた「健全性」が、なんだかこの映画を凡庸で弱々しいものにしてしまっているような気がして仕方ありません。つまり、こんな「健全」をわざわざ映画として描く必要があるのか、という思いです。

う~ん、なんて言えばいいのでしょうか、すぐには適当な言葉が見つかりませんが、いってみれば「ドラマ性」の不在とでもいうことなのかもしれません。

だって、この青年は、
≪モノとは、なにか。この6か月間、ある実験を試みている。そして、本当に必要なものが、だんだん見えてきた。≫
と言ったあとで、こう言っています。

≪何もかもいやだ≫と。

どの時点で彼は、「モノとは、なにか・・・」と言い、さらに、「何もかもいやだ」と付け加えたのか、そういわなければならない必要があったのか、どうしても分かりません。

しかし、厳しい禁欲生活のなかで、質素に暮らす祖母から「物の意味」を教えられ、やがて恋人ができて、物が増えていく、祖母が緊急入院したとき、欲しいものがあったら持っていっていいと言われ、物色し選びながら、それらの物には祖母の「愛着」がしみ込んでいることを実感して、貰うことに気後れを感じて躊躇する、いずれの場面においてもそれぞれ「物」の意味が語られているわけですが、映画の冒頭で、雪の街路を全裸・素足で自宅マンションから倉庫まで走る衝撃的な場面に見合う結論なのかという気がしてきました。

映画のラストで、恋人とともにロッカーのシャッター扉をガラガラと開けるシーンがありました、倉庫のなかにうず高く積まれた家具や洋服の山を目の前にしたときの恋人のなんとも嬉しそうな表情が忘れられません、

物質の山を前にして「何もかもいやだ」ともらした彼が、同じ物を見た恋人の嬉しそうな顔をなんの感慨もメッセージも込めることなく撮る神経の中途半端さ(映画の方向付けの放棄)が分からず、混乱しました。

それくらいなら、物欲を全否定して、
≪顔中・体中にド派手なペインティングなんか塗りたくっちゃって所かまわず踊りまくるわ、騒ぎ倒すわ、free sexはするわ、果てはハッシシだのとかでラリッて好き放題やっちゃう≫
のほうが、まだしもマシちゃうのん、という気がしてきました。

自分としては、当然、アホな「フラワージェネレーション」のストイックさに肩を持つよりほかありません。
こんなことしているうちに、今年もなんだか暮れてしまいそうです、やれやれ。

(2013フィンランド)監督・脚本:ペトリ・ルーッカイネン、製作:アンッシ・ペルッタラ、撮影:イエッセ・ヨキネン、編集:アルッティ・ショーグレーン、音楽:ティモ・ラッシー、音響:キュオスティ・ヴァンタネン、制作:ウニフィルムOy/ヘルシンキ,フィンランド、原題:Tavarataivas 英題:My Stuff 



by sentence2307 | 2018-12-31 16:18 | ドキュメンタリー映画 | Comments(0)
超弩級の傑作活劇映画「七人の侍」の黒澤明監督が、その後に撮った作品で次第に爽快な荒々しさを失い、以後の作品に色濃くなる湿っぽいヒューマニズムや虚無感など、およそ「七人の侍」を撮った黒澤明には到底似つかわしくないというのが自分の持論なので、酒の席などで友人相手に酔いに任せて、ぐずぐすとオダをあげて嫌がられていました。

そりぁ、そういう作品(ヒューマニズムや虚無感)にだっていい映画はあるには違いないでしょうが、あの黒澤明が、よりにもよって「デルス・ウザーラはないだろう」という思いでいたので、その気持ちをそのままブログにも書きました。

青年期からロシア文学に親しみ傾倒していたといわれる黒澤監督です(ドストエフスキーの超難解な「白痴」を映画化しようなどと思うこと自体、その「傾倒」ぶりは並大抵のことではありません)、読み漁ったであろうロシア文学のなかには、そりゃあ「デルス・ウザーラ」もあったでしょうが、なにもそれだけというわけではなくて、もっと粗野で、もっと荒々しい、獣のような露国の野蛮な土民を描いた(鴎外の翻訳した)「樺太脱出記」や「馬丁」とも出会っていたでしょうから、自分としては、黒澤監督にもっともふさわしいと思えるそれら「粗野で、もっと荒々しく、獣のような露国の野蛮な土民」の小説をあえてしりぞけて、甘々な「友情と郷愁」とを描いた静謐な「デルス・ウザーラ」なんかを選択したその脆弱さを「はなはだ残念」という思いもふくめて、どうにも納得ができず、これは明らかに黒澤監督のミスチョイスだよなという居たたまれない思いから、夜の居酒屋で「オダをあげた」ということに相成るわけです。

そのときの自分の中には、当然、第2次世界大戦時、ナチス劣勢とみるや独ソ不可侵条約を突如破棄してドイツになだれ込みドイツ人女性・市民を手当たり次第にレイプ虐殺したこととか、また、同じく満州国境にも侵攻して日本人開拓民に対して淫らな薄ら笑いを浮かべながら行った悪逆非道な、人の弱みに付け込む鬼畜のような数々のソ連軍の蛮行(空恐ろしいロシア人のケダモノ性)が、もちろん脳裏にはありました。アンブローズ・ビアスは、その著「悪魔の辞典」でロシア人のことを「カフカス人の肉体とモンゴル人の魂を持つ人。吐き気をもよおさせるタタール人」と評していました。名言です。

それにまた、「七人の侍」においては、おのおのの侍の死が、あれほどに精密に痛ましく・重々しく描き分けられていたのに、例えば「乱」における兵士たちのおびただしい死体が累々と広がる荒涼たる戦場を、まるでキャベツ畑を俯瞰でひとまとめに撮ってしまう無神経な素っ気なさによって、実にあっさりと捉えた場面を見たとき、人間をもはや単なる物質、そのカタマリとしか捉えることができなくなってしまった黒澤明の不能と衰弱をはっきりと実感せずにはいられませんでした。

しかし、友人にここまで話したとき、それまでドン引きしていた迷惑顔の友人から、かえってこう言われたことがありました。

「どんな監督だって、柳の下の2匹目のドジョウを狙って同じタイプのものを作り続けていたら、いつかは世間からは飽きられ・呆れられ、その才能さえも疑われ、結局『傑作・七人の侍』も巻き込むかたちで映像作家・黒澤明の価値を自分からおとしめてしまう結果になるんじゃねえのか?」と。

その言葉に二の句を継げなかった自分は、せいぜいのところ「そうだよな、そういうことなんだよな」としか言うことができませんでした。
「だってさ」と友人は続けます。「おれに『黒澤明の100本』を教えてくれたのは、オタクじゃん。『七人の侍』は、たしかに世界におけるナンバーワン映画かもしらんが、必ずしも『これでパーフェクトだ、ついに到達した』とは、黒澤明自身が思っていなかったという何よりの証拠だよ。どんな天才にだって、どこかしら自分にないもの、自分に欠けているものを埋めようとして≪「次の作品」(未来)≫を模索して前進していくしかないんだ。生きている限り、もがきながらね、だから『赤ひげ』も『どですかでん』も『夢』も『八月の狂詩曲』も、それぞれ必死の模索した結果だし、評価もしている、オレは、あんたのようには考えられないわけよ」

「うん、うん」

「それにね、話は少しそれるかもしれないけど、あるサイトに『黒澤明のベスト10』というのが掲載されていてね、それとオタクに教えてもらった『黒澤明の100本』とを照合してみたら、なんか微妙に違っている部分があるのよ。ほら、これこれ」と友人は、タブレットを引っ張り出してその画面を見せてくれました。

それはこんな感じです。


黒澤明の10本
ドクトル・マブゼ(1922) フリッツ・ラング監督
チャップリンの黄金狂時代(1925) チャールズ・チャップリン監督
✔ニーベルンゲン(1925) フリッツ・ラング監督
✔ウィンダミア夫人の扇(1925) エルンスト・ルビッチ監督
三悪人(1926) ジョン・フォード監督
アッシャー家の末裔(1928) ジャン・エプスタン監督
アンダルシアの犬(1928) ルイス・ブニュエル監督
モロッコ(1930) ジョセフ・フォン・スタンバーグ監督
会議は踊る(1931) エリック・シャレル監督
三文オペラ(1931) G.W.パプスト監督


なるほど、なるほど、チェックの入った「ニーベルンゲン(1925)フリッツ・ラング監督」と「ウィンダミア夫人の扇(1925)エルンスト・ルビッチ監督」の2本が「黒澤明の100本」の中には入ってないというわけね、つまり、彼が言いたいのは、好みはその時々で変化するし、作家たちは現状に満足できないからこそ進歩できるっていうことを言いたいわけで、たとえ、そこで生み出されるものが駄作でしかなかったとしても、過去の栄光にすがりついて遺産の模造品を作り続けるよりも、オタクのいういわゆる駄作(自分的には「そう」は思わないからこそ)の方が、よほど価値があると思うわけよ。

そこで自分が「よく分かりました!」と宣言して平伏して負けを認め、「デルス・ウザーラ懐疑説」を全面撤回して引っ込めてしまえば、それはそれでよかったのかもしれませんが、もともと素直な性格とは程遠い自分です、こんな時にも、ついひとこと余計なことを言いたくなる性分なので、こんなふうに言ってしまいました。

でもこの2本てさあ、小津監督の好きそうな映画じゃね? 特に「ウィンダミア夫人の扇(1925)エルンスト・ルビッチ監督」なんて、もしかして、小津好みの作品の方から誤って紛れ込んでしまったなんて考えられないか。そういえばフリッツ・ラングだって、ドイツ表現主義の線から言えば小津監督とのつながりを否定はできないだろう?

まさに「虚を突く逆襲、一矢を報いる」というやつです、だって言われっぱなしで撤退なんて、あまりにも悔しいじゃないですか。

ここまできて、自分も友人も「小津監督が影響を受けた映画」、例えば、それが10本というカタチで存在するのなら、その「小津安二郎の10本」というものが存在するのかどうかを知りたくなりました、しばし沈黙、すぐにタブレットであれこれ検索してみたのですが、それらしい記事を探し出すことはできませんでした。つまり、その夜の「討論」は、ここにきて打ち切り、情報不足でにっちもさっちもいかないドンヅマリ状態に達したので、これは次回までの「宿題」ということになりました。

そして、帰宅してすぐ、その夜のうちにアレコレ(小津監督が影響を受けた映画など)検索してみたのです。

あっ!! ありました、ありました。

「映画に狂って・・・」というブログに「映画人たちのオールタイム・ベスト」(個別)という記事があり、そのなかに、ついに見つけました、例の「小津安二郎の10本」。

この「すかあふえいすさん」のブログ内のどの記事も精密な調査の行き届いた素晴らしいものばかりです。

その「小津安二郎が影響を受けた映画」の全文をコピペしてみますね(無許可でスミマセン)。

しかし、この記録の緻密さには、ホント、驚かされますよね。自分などは、ただただ読み飛ばして、あとは、おぼろげな記憶をたよりに思いつくままに勘で書いている始末なので到底この緻密さには及ぶものではありません、あらためて、その資料に取り組む几帳面さと精密な記録に徹するお仕事に敬意を表したいと思います、いえいえ、これは無許可で転載するための言い訳なんかじゃ決してありません、念のため。


≪小津安二郎が影響を受けた映画(2016/12/21(水) 午後 11:56 映画人のオールタイムベスト:個別 映画監督・・・脚本家・映画監督等で活躍した小津安二郎が影響を受けた・好きだった映画のまとめ)
●「映画評論家 岸松雄の仕事」より
結婚哲学 エルンスト・ルビッチ…セックス・コメディ。オーヴァラップ(オーバーラップ、ある画面の上に別の画面が二重に重なり、やがて前の画面が消えていく演出)の使い方の巧さについて
私の殺した男 エルンスト・ルビッチ…シリアスな戦争、戦後、罪の意識
南風 キング・ビダー(キング・ヴィダー)…老後、恋愛。小津が心から感動した作品の一つ。ルビッチ以上に夢中になり演出にも影響を与えるほどだったとか
小判しぐれ 山中貞雄…時代劇。山中とは後に交流を深め、弟のように可愛がる関係に。フィルムは現在行方不明
暗黒街の女 ウィリアム・ウェルマン(ウィリアム・A・ウェルマン)…刑務所、復讐、ギャング、強盗。パラマウント時代のウェルマンは好きだったそうです。「民衆の敵」になると少し泥臭くなってしまったとのこと
ウィリアム・ワイラー
ジョン・エム・スタール(ジョン・M・スタール)
レックス・イングラム
ルイス・マイルストン
ロイドの活動狂 クライド・ブラックマン/ハロルド・ロイド…コメディ、バック・ステージ、映画狂。ロイド作品にしてはギャグが行き詰まっていると言いつつ、キャメラの使い方の上手さについて褒めていました
★常磐木ホテル チャールズ・チャップリン…コメディ…らしいのですが、題名と一致するチャップリン作品の情報を得られず。詳細求む
大久保忠素…師の一人
スットン狂 斎藤寅次郎…コメディ。フィルムは現在行方不明。斎藤とは大久保の下で共に学び、小津にとって兄弟子のような存在だったそうです
人生劇場 内田吐夢
オーバー・ゼ・ヒル(あの丘超えて) ハリー・ミラード
キック・イン(文明の破壊) ジョージ・フィッツモーリス…「懺悔の刃」への影響について
レ・ミゼラブル アンリ・フェスクール…「懺悔の刃」への影響について
豪雨の一夜 ジョン・フォード…「懺悔の刃」への影響について
・その他
暗夜行路 志賀直哉…小説
内田岐三雄…映画評論家。小津のことをデビュー作から評価していた人物の一人。親交を深めたそうです
※小津はルビッチが一番大好きな監督だと語っていました。小津本人はオーヴァラップは嫌いだったそうですが、ルビッチのように「偉い監督が有効に使うと素晴らしい効果があります」とのこと
●田中眞澄による編著「小津安二郎「東京物語」ほか」より
・Hearts of the world(世界の心) D.W.グリフィス…戦争、死。徴兵され戦地で過ごした際に手紙に記した映画の一つ
清水宏…交流の深かった映画監督の一人。口伝えで「朗かに歩め」のアイデアを貰ったそうです
溝口健二
内田吐夢
島津保次郎
マダムと女房 五所平之助…日本映画のトーキー時代の訪れについて
西部戦線異状なし ルイス・マイルストン…戦争。蝶の場面について。徴兵され戦地で過ごした際に手紙に記した映画の一つ。「非常線の女」にもポスターが登場
●「小津安二郎文壇交遊録」より
百万円貰ったら エルンスト・ルビッチ…「東京の女」で引用
結婚哲学
シヴィリゼーション トマス・ハーパー・インス(トマス・H・インス)
山中貞雄
●その他
未完成交響楽 ヴィリ・フォルスト…「一人息子」劇中に引用
明日は来らず レオ・マッケリー…老後、家族。「東京物語」のラスト・シーン
第七天国 フランク・ボーゼイジ(ボザージ/ボザーギ)…「学生ロマンス 若き日」にポスター
スピーディー( Speedy) ハロルド・ロイド…「大学は出たけれど」ポスター
ラヴレター ウィリアム・ディターレ…「風の中の牝雞」ポスター
育ちゆく年 ヴィクター・サヴィル…「風の中の牝雞」ポスター
接吻売ります リチャード・ウォーレス…「風の中の牝雞」ポスター
雨 ルイス・マイルストン…「母を恋はずや」ポスター
打撃王 サム・ウッド/ゲーリー・クーパー…「晩春」で言及していたゲーリー・クーパー主演の野球映画はコレ
乱暴ローシー フランク・ストレイヤー/クララ・ボウ…ボクシング。「朗かに歩め」に出てくるポスター
非常線 ジョセフ・フォン・スタンバーグ…ギャング。小津初期の暗黒街もの(ギャング)への影響
チャンプ キング・ヴィダー…「出来ごころ」として翻案
駅馬車 ジョン・フォード…「大人の見る繪本」以降。日本で公開された際、淀川長治に頼まれ溝口健二とともにポスターにコメントを寄せていました
恋人たち ルイ・マル…「お早よう」でポスター
手錠のまゝの脱獄 スタンリー・クレイマー/ネドリック・ヤング…「お早よう」でポスター
切腹 小林正樹…「秋刀魚の味」でポスター
●佐相勉による編集「溝口健二著作集」より
コンドル ハワード・ホークス…脚本を評価していました
●佐藤忠男の著「小津安二郎の芸術」より
チャールズ・チャップリン…サイレントにおける喜劇は最高のものとして評価する一方、トーキーとは融和しないものだと語っていました
市民ケーン オーソン・ウェルズ/ロバート・ワイズ…「大人の見る繪本」以降。かなり高い評価をしていました。従軍関係者向けの上映会で見た作品
小狐 ウィリアム・ワイラー…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
ウエスターナー ウィリアム・ワイラ-…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
嵐が丘 ウィリアム・ワイラー…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
怒りの葡萄 ジョン・フォード…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
タバコ・ロード ジョン・フォード…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
我が谷は緑なりき ジョン・フォード…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
北西への道 キング・ヴィダー…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
レベッカ アルフレッド・ヒッチコック/デヴィッド・O・セルズニック…「大人の見る繪本」以降。上に同じ
ファンタジア ベン・シャープスティーン/ウィルフリッド・ジャクソン/ハミルトン・ラスク/ウォルト・ディズニー他…「大人の見る繪本」以降。上に同じ≫


ねっ、凄いでしょ、よくぞここまで調べたものと感嘆の思いで読みました、まさに完璧、言うことありません。

ただですよ、冒頭の<「映画評論家 岸松雄の仕事」より>の記事のなかに★印を付した項目、あのチャップリン作品について書かれている部分があるじゃないですか。

つまり、

「常磐木ホテル チャールズ・チャップリン…コメディ…らしいのですが、題名と一致するチャップリン作品の情報を得られず。詳細求む」

と書いてありますよね。へえ~、「詳細求む」ですか、なんか求人広告みたいじゃないですか、しかも、もっか求職中の自分などは、この「求む」の二字に相当ナーバスになっているので、すぐに反応してしまいました、でも要するに、結局のところ「常磐木ホテルのタイトル作品の所在が分からない」ということなのですよね、しかし、こんなふうな投げかけられ方をされたら、どうしても気に掛かってしまって捨て置きにできません。

でも、当初は気楽に「常磐木ホテル チャップリン」とでも検索すれば、なにかしらそれっぽい情報がでてくるだろうなぐらいに安直に考えていたのですが、ヒットしたのは、「チャップリン コネチカット州 アメリカ」という、どうもそういうホテルが米国にあるらしく、分かったのはそれくらいでした、しかし、いまはそんなホテルの記事をのんびり読んで感心している場合じゃありません。

映画のタイトルとはなんの関係もないかもしれませんが、一応、戦前、チャップリンが来日したときに泊まったというホテルを確認したところ、それは「箱根の富士屋ホテル」ですし(東京では、とうぜん帝国ホテルでしょうから)、果たして日本国内に「常磐木ホテル」なるものが存在するのかどうか、徒労を承知で検索をかけてみました。

まあ、結果からいえば、「常磐木」という地名とかはあるものの(滋賀県高島市安曇川町常磐木)、そのものズバリのホテルなんかありゃしません。それにまた、あったとしても、もはやチャップリンとは、なんの関係もないでしょうしね。

まあ、どう考えてもこちら方面には、目ぼしい情報があろうとは思えなくなりました。

しかし、自分がなぜここまで「日本名」にこだわっているかというと、ほら、チャップリンの日本人秘書に高野虎市という人がいたじゃないですか(忠勤誠実な彼の影響でチャップリンは大の日本贔屓になったといわれていますし、その訪日も高野秘書の影響と思います)、その関係から、なんとなく「常磐木」ホテルもそんな感じでスンナリ出てくるような気がしたのですが、やはりダメでした。

地名と「ホテル」の接点らしきものでも見つけられれば、あるいは「常磐木」という言葉の解明の端緒になるかもしれないと考えてアプローチを試みたのですが、どこまでいってもこのライン上には答えは見えてこないみたいですね。

しかし、考えてみれば、チャップリンの作品のなかに「ホテル」を舞台にした作品なら、それこそゴマンとありそうな気がします(なんという題名だったかは忘れてしまいましたが、その中の一シーン、貧しい放浪者チャップリンが、酔ったアル中の富豪に気に入られ意気投合して豪華ホテルに連れられていったものの、いざその富豪の酔いが醒めたら虫けらみたいに追い払われるなんていうのもありました、富豪は酔っぱらった時だけ善人に戻るという辛辣な皮肉です)が、それだってわざわざそこに日本名「常磐木」などという言葉を被せる必要なんてあるだろうか、考えれば考えるほど、その取り合わせの不自然さ、疑わしさからは免れません。

でも、折角ここまで調べを進めてきたわけですから、もう少し先に行ってみますか。

ということで、まずは、キネマ旬報から刊行された「世界の映画監督・19 チャールズ・チャップリン」を引っ張り出しました、そこには「チャップリン全作品解説(内田精一)」という実に118ページにわたる長大にして詳細な解説が掲載されています、もうほとんど書籍1冊分のボリュームという力作です。

そのリストの中に「ホテル」とつくタイトルがひとつだけありました。

作品番号13「半日ホテル(caught in the rain)」(1914)という作品です。1巻ものとありますので、10分程度の短編ものでしょうか。そうそう、この作品番号ですが、最後の作品は81「伯爵夫人」1967となっています。

さて、この「半日ホテル」、原題のcaught in the rain「雨の中の逮捕→とんだ災難のごろ合わせ」からすると、直感ですが、この作品はどうも違うような気がします。

ちょっと解説を見てみますね。

〔解説〕チャップリン最初の主演も兼ねた監督昇進第1回作品。ストーリーは、酔っぱらいのチャップリンが公園であった既婚女性を追い回しホテルの部屋までつけていって、ヒゲむじゃらの亭主に追っ払われる。この女は夢遊病、チャップリンは女を誘導しようとして部屋の窓から転落、怒った亭主やキーストン巡査の追っかけとなって、チャップリン逮捕。表現は、事件の発展につれての寄り目の画面によるカット・バックがダイナミック、テンポが好調で見事、カメラはドラマに溶け込んでいて間然するところがない。演出、演技上、感情の表出もきわめて自然でリアル、夢遊病者の人妻がチャップリンのベッド脇に来たところの描写や表現のデリカシーにはチャップリン・タッチが際立って光っている。エッサネイ=チャップリン映画「アルコール夜通し転宅」作品番号37の一部祖型的作品。

ここまで読んできて、これは違うなと感じたのは、「事件の発展につれての寄り目の画面によるカット・バックがダイナミック、テンポが好調で見事」の部分、小津監督が「ダイナミックなカット・バックによるテンポの好調さ」なんかに感心するわけがないという思いからでした。

他の解説も通して読んでみたのですが、どうもピタッとくるものがありません、正直手詰まりというやつです。

これ以上、検索しても、この先目ぼしい収穫があるとは思えませんので、だいぶ夜も更けてきたこともあり、その日はそれで就寝ということにしました。

明けて翌朝、昨夜だいぶ言葉を工夫してあれこれと検索をかけたので枯渇状態、改めてなにから始めようか、しばらく考え込んでしまいました。

そうだ、そのとき自分は、いままで「常磐木」という言葉を丸呑みして、そのまま使っていたわけですが、これが固有名詞にしろ、元々どういう意味だ、という疑問が湧いてきました。

さっそく、yahooで語句検索にかけてみました。そこには、こう書かれていました。


≪常磐木とは、冬になっても枯れず、落葉しない樹木のこと。常緑樹。常磐(ときわ)は本来は時を経ても変わらない岩石を指すが、常緑の意や永久不変の意でも使われる。「常盤」という字が使われることもある。原語のEvergreenは、常緑樹や常緑多年草など、年間を通して枯れない植物を指す。またこちらも永久不変であることの比喩としても使われる。≫


へえ~、これによると、常磐木の原語はEvergreenなんですって。

じゃあ、ちょっと待ってくださいよ、この当時日本に入ってきた欧米の横文字を日本語に直して表示するとしたら(それは大いに考えられます)、この原題は、さしずめ「Evergreen Hotel」ということになるじゃないですか。そうか、そうか。分かったぞ。

そこで、「Chaplin Evergreen Hotel」の3文字を入れ替えながらメクラメッポウ検索した結果、ありました、ありましたよ。

You tubeにチャップリンの短編ばかりを集めた「Best of Charlie Chaplin The Classic Laugh」というサイトのNo.1~42の内のNo.2に「Breakfast at Hotel Evergreen」3:11という作品がありました。

泊り客のために朝食の用意をしているチャップリンが、同時に自分の朝食を作りながら、ちゃっかり自分の方にだけ、おいしいところを盛ってしまうというコメディです。

そうか、そうか、これなら小津監督が感心したと言われれば、なんか納得できるような気がします。

この作品、自分が調べたリストには掲載がありませんでしたが、推測ですが、たぶん長編を作るための試作(ディテール)みたいなもので、コメディの短編集の中の1本として含まれていたのではないかという気がします。



by sentence2307 | 2018-12-25 15:15 | チャップリン | Comments(4)

樺太脱獄記

書評は、新聞各社にとって看板記事、いわば、その新聞の「顔」ともいい得るものなのではないかと思います。

読売新聞日曜版の朝刊にも、毎週「書評」の特集が掲載されていて、いつの間にかそれを読むのが日曜日の朝の自分の楽しみのひとつになっています、いわば欠かせない日曜日のルーティンと言っても過言ではありません。

でも、つねにのんびりと新聞を読んでいられるようなときばかりではないので、朝から多忙でワサワサしているようなときもあります、そんな忙しさに取り紛れて、新聞などあとでゆっくり読めばいいかと後回しにしたりすると、そのことがいつまでも気に掛かって、気分的になんだか落ち着きません。

というか、言い方としては、ちょっと奇異に聞こえるかもしれませんが、「気持ちが悪い」という感じが、いちばん近いような気がします。

最近でも、大いにインスパイアされた書評があったので、その記事を読み直しながら要所に線を引いていたら、全体のほぼ五分の四を傍線で埋め尽くしてしまいました。

こういうすぐれた書評を、以前なら切り抜いてノートに貼り込んだり保存箱に仕舞っていたりしたのですが、結局、仕舞いっぱなしで、そのまま読み返すこともなくゴミになってしまうことが多いので、それは止めて、そういう記事に出会ったら、即「文字化」することに決めました。

つまり、そのとき受けた感興を、自分の文章にして「消化」してしまうことにしたのです。

そして、それが無理なく実行できるいちばん相応しい場所が、このブログに書き込んでしまうことだと思いつきました。

思い立ったが吉日ということで、最近気になった書評からさっそく実行しようと思います。

書評に紹介されている書籍の書名は、「ヒトラーのモデルはアメリカだった」(みすず書房)という本で、著者は、ジェイムズ・Q・ウィットマン(米国、イェール・ロー・スクール教授)、そしてこの書評の執筆者は藤原辰史准教授(京大)です。

こんな感じです。

≪本書は、こうしたナチスの暴力の根拠となった人種主義のアイディアの最大の源泉がアメリカであると主張する。私たちがいまなお政治、経済、軍事的に強く依存し、その文化を存分に味わっている、好感度の高い国である。ヒトラーは、「数百万人ものインディアンを銃で撃ち殺して数十万人まで減らした」としてアメリカへの賛美を惜しまなかった。ナチスは、人種法を制定するにあたって、アメリカの移民法や異人種間の結婚に重罰を与える法律、黒人の選挙権の制限、移動の自由の制限、職業の選択を制限する制度を学び、それを人種法構築に応用したのだった。

ナチスの著述家たちはアメリカを「移民立法を通じてその血をよみがえらせようとしている」と褒めたり、「自身の至上性を維持」しそれを未来永劫確保するために「外国人種分子の流入を防ぐ」ことに共感を示したりする。アメリカの白人至上主義がなければ、ナチスはこれほどまでにエスカレートしなかったかもしれない、と思ってしまうほどだ。

本書の分析のなかで重要なのは、こうした民主主義国家と独裁国家の法的な親和性だけではない。アメリカとナチスを支える社会心理的基盤の共通性を分析していることだ。階級意識の強いヨーロッパと異なり、「最下層の者でも才能さえあれば」上り詰めることができるアメリカン・ドリームは「白人の平等主義」と表裏一体だったが、実はヒトラーもまたアーリア人であれば貧困から救出することを約束した。民主主義とナチズムの相違点と類似点。現代史の核心を衝く論点である。≫

なるほど、なるほど。

アメリカの白人至上主義と人種差別が、ナチズムの思想的基盤を形作り支えていたとは、実に驚くべき明晰な分析じゃないですか。感心しました。いやいや、これだけの傑出した書評を読めば、もう一冊の本を読了したのとナンラ変わりません。いやいや、たとえ一冊の本を読んだとしても、自分がこれだけ簡潔に理解できるかどうか、どう考えても無理な話です。

とまあ、こんな感じで書評をアレコレいじりまわして楽しんでいるわけですが、本当のところをいえば、そりゃあ新聞に掲載されている書評ですから、いまこの瞬間に世界で起こっている問題を取り上げている最新刊の書籍の紹介や書評もそれなりに貴重で魅力的なのですが、自分としてはむしろ、ある程度時間が経過して評価が定着している明治から昭和初期にかけての名作小説の記事とか、かつての文豪たちの紹介など幾分古びた話題の方がどちらかというと好ましいので、そちらの方の記事を積極的に読んでいます。

思えば、「映画」についても、そういうことが言えるかもしれませんよね。

wowowなどで2016年~2018年あたりの最新作ばかりを毎日毎日追いかけて見ていると、なんだか目まぐるしくって、それなりの「感動」というものは、もちろんあるのですが、そのうちになんだか気持ち的にパサパサに乾いてしまうような飢餓感みたいな強迫観念を抱いてしまい、その切迫感に追い立てられるのに耐えられず、そんなときは少し古い時代の名作映画を見て癒されるというか、充電して気分を一新させています。

例えば、つい最近も、久しぶりに清水宏監督の「信子」1940(神保町シアターで「清水宏と小津安二郎」の特集上映をしていますよね)を見て、「当時にあって、現在にないもの」を実感しました、こういう気分はささくれだった最近の映画からは決して得られるものではありません。

地方出身の若い女性教師(高峰三枝子)が、その方言を都会の洗練された生意気な女生徒(三浦光子)から嘲笑され、いびられて、その悔しさのあまり泣き崩れるのですが、それが意外にも見た目ほどのダメージではないらしく、むしろ継母に心を開けないまま荒んでしまった女生徒の孤独を理解してあげて逆に改心させてしまうという、現在から見るとなんとも無防備で超楽天的な不思議な映画でした(獅子文六の原作で、漱石の「坊ちゃん」の逆バージョンらしいことは分かるのですが、なにせ設定に無理があってホコロビが見えてしまい苦笑するような場面もあちこちにあります)、いまならもっと陰湿で深刻な感情問題とか人権問題が絡んできて、とてもじゃありませんが、こういう軽い結末には到底なりようがないと思う反面、現代のすっかり歪みきってしまった人間関係というものを逆に痛感した次第です。

たぶん、そう感じてしまうのも、自分の考え方とか価値観が、いまの時代の「それ」と少しずつズレ始めているからだと思いますけれども、だからなおさら「信子」みたいな、清水宏監督作品の安心できる映画が必要なのだなと自分的には考えています。

いまさら映画に社会悪をえぐったり、深刻な怒りで絶叫したりするような内容を求めようとも思っていませんし。なんだか最近、小津監督の晩年の境地に近づいているんじゃないかと我ながら思うこともあります。

しかし、このプログラムの冒頭によりにもよって清水監督の最高傑作とはいいがたい「信子」持ってきた神保町シアターの姿勢にはある意味感心するものがありました。

だって、プログラムの最初を飾る作品なのですから、ここは一発ガツンと「有りがたうさん」とか「風の中の子供」とか「按摩と女」とか「みかへりの搭」とか「簪」とか「女医の記録」とかを持ってくるのが普通じゃないですか。それをよりにもよって、フィルム状態だって万全とはいいがたい「信子」を持ってくるなんて、意外性を突いた見上げた見識だと思いました。

ちょっと寄り道をしてしまいました、例の書評の話に戻りますね。

先月末、脇に退けて置いた例の「読めないまま、後回しにした書評欄」というのが、ずっと気に掛かっていたのを遂に引っ張り出して読みはじめました。

なぜ、その新聞を忘れずに覚えていたかというと、≪「夏目漱石と森鴎外」のどちらが好みか≫という見出しがとても気になっていたからです、あとで是非とも読まなければなと思ったからでした。

自分は、漱石も好きですし、鴎外のものも「文学全集」などに掲載されている作品くらいなら、ひととおり読んでいるつもりです。

ということで、楽しみにその記事を読み始めたのですが、その内容というのが、どの図書目録にも掲載されているような、なんとも新鮮味のない代表作の羅列に過ぎないので、少しがっかりしてしまいました。

舞姫、文づかひ、山椒大夫、高瀬舟、最後の一句、寒山拾得、雁、阿部一族

なるほど、なるほど、こうしてラインアップすると、鴎外の作品というのは、ずいぶんと生真面目で堅苦しい小説ばかりなんだなあと、いまさらながら思います。

映画化された作品「山椒大夫」「雁」「阿部一族」は、なんといっても巨匠たちの名作映画ばかりなので、映画の方は繰り返し見ていますが、しかし小説自体は、たぶんその重厚な堅苦しさもあって自分も二度まで読んだ小説は、たぶんないと思います。

しかし、ただ、それだけなら、「夏目漱石と森鴎外」という見出しから、それがどういう内容の記事かとか、あるいはどういう作品が取り上げられているかなど、わざわざ確認する気にもならなかっただろうと思います。

実は、自分は、むかしから鴎外の翻訳ものをとても面白く読んでいて、いまでも折に触れて読んでいるという意味では、愛読書と言ってもいいかもしれません。

手元にある岩波書店刊「鴎外選集」でいえば、第14巻、第15巻の「諸国物語」というのがそれに該当します。

「えっ!! そりゃあダメだわ、翻訳なんか、いわば他人の作品の紹介にすぎないわけでしょう。そういうのはオリジナルとはいわないから。だめだ、だめだめ」

まあ、そりゃあそうかもしれませんが、鴎外が、欧米のもろもろの社会情勢や文学事情を紹介した「椋鳥通信」として書き続けた仕事は、まだまだ海外の事情に疎かった日本の民衆や作家たちに与えた影響は計り知れないものがあって(芥川龍之介なんかにね)、それは同時に、当時の欧米の世紀末的な文学状況を紹介し、日本の社会に多大な影響を与えたことを考えれば、この貴重な仕事の考慮と評価を欠くとすれば、森鴎外という作家の位置と役割と見損なうことにはならないかと危惧しているくらいです。

ちょっと、その内容というのを紹介しますね。


「鴎外選集 第14巻 諸国物語・上」(岩波書店)
尼(グスタアフ・ヰイド)
薔薇(グスタアフ・ヰイド)
クサンチス(アルベエル・サマン)
橋の下(フレデリツク・ブテエ)
田舎(マルセル・プレヲオ)
復讐(アンリ・ド・レニエエ)
不可説(アンリ・ド・レニエエ)
猿(ジユウル・クラルテエ)
一疋の犬が二疋になる話(マルセル・ベルジエエ)
聖ニコラウスの夜(カミイユ・ルモンニエエ)
防火栓(ゲオルヒ・ヒルシユフエルド)
己の葬(ハンス・ハインツ・エヱルス)
刺絡(カルル・ハンス・ストロオブル)
アンドレアス・タアマイエルが遺書(アルツウル・シュニツツレル)
正体(カルル・フオルミヨルレル)
祭日(ライネル・マリア・リルケ)
老人(ライネル・マリア・リルケ)
駆落(ライネル・マリア・リルケ)
破落戸の昇天(フランツ・モルナル)
辻馬車(フランツ・モルナル)
最終の午後(フランツ・モルナル)
襟(オシツプ・デユモツフ)
パアテル・セルギウス(レオ・トルストイ)


「鴎外選集 第15巻 諸国物語・下」(岩波書店)
★樺太脱獄記(コロレンコ)
鰐(ドストエフスキー)
センツァマニ(マクシム・ゴルキイ)
板ばさみ(オイゲン・チリコフ)
笑(アルチバシエツフ)
死(アルチバシエツフ)
フロルスと賊と(クスミン)
★馬丁(アレクセイ・トルストイ)
うずしホ(エドガア・アルラン・ポオ)
病院横町の殺人犯(エドガア・アルラン・ポオ)
十三時(エドガア・アルラン・ポオ)


と、こうあるのですが、読んでいて思わず「黒澤明」を思い描いたロシア小説が2作ありました、「★」印を付けた作品です。

コロレンコの「樺太脱獄記」は、定職も住む家もない貧しい乞食同然の流れ者たちが、ロシア本土で犯罪をおかし、樺太の監獄に囚人として送られてくるのですが、厳寒の地での看守たちの過酷な扱いに堪えられず、ついに集団脱獄を果たして、数々の要所を警戒する官憲の手を辛うじてのがれながら、遂に逃げ延びるという波乱万丈のストーリーです。たとえロシア本土に帰っても、しょせんは無一文の流れ者の身にすぎず、また犯罪を重ねなければ生きていけないことは十分に分かっていても、それでも自由の身になりたいと過酷な脱出をやりとげるその姿には、なにか神聖なものを感じてしまいました。

アレクセイ・トルストイの「馬丁」は、ある日、自分の牧場から自慢の名馬が盗まれ(見張りの男は居眠りをしていたから気づかなかったと証言します)、どうしても諦めきれない牧場主は、ある土地で大きな「馬市」が開かれると聞き込み、その市には各地で盗まれた馬が持ち寄られるという噂話を頼りに、馬を探す旅にでます。そして、その市で牧場主は自分の馬を見つけます。盗んだ男は、その土地でも数々の悪さを重ねていて、タチの悪い盗人として反感をかっていることから、この事件を切っ掛けにして土地の百姓たちになぶり殺しにされてしまいます。牧場主は自分の馬を引いて牧場に戻ってきますが、そこで見張り番をしながら馬を盗まれた男を問い詰めます。問い詰められた男は逆上し、あの馬市で百姓たちになぶり殺されたのは自分の息子で、自分が手引きして馬を盗ませたのだと叫び、憎しみに燃えて牧場主を殺そうと襲い掛かってきます。二人の争う声を聞きつけて牧場の人間が駆けつけ、牧場主はかろうじて助かります。牧場主を殺しそこなった男は、憎悪と殺意にみちた叫び声をあげながら、裸馬に乗って脱兎のごとく走り去っていきました。

どうにか要約してみたのですが、この小説の荒々しさと広大さとが、うまく表現できないので、「解説」の該当箇所をちょっと引用させてもらいますね。

≪コロレンコによる樺太と東シベリアの描写からは極寒の北陬の荒い風土とそこに生きる囚人や半ば流人であるともいふべき寂しい開拓者たちの、あきらめに裏打ちされた深いため息が立ち昇ってくる。また、アレクセイ・トルストイはロシアの大平原に文明の秩序も社会通念も無視し蹂躙して野獣のやうに生きる土民の、恐るべき生活力を容赦のないリアルな筆致で描いている。ともにロシアの途方もない大きさと底知れぬ険しさ荒っぽさを如実に体現し得た作品である。これがロシアなのだ、といふ鴎外の感嘆と、その感嘆をなんとかして日本の読者に伝へてみたいといふ熱情が堅く凝縮したやうな剛直の文体であると評してよいだらう。(小堀桂一郎)≫

この2作品の解説を読みながら、自分は、黒澤監督の「デルス・ウザーラ」のことを考えていました。

「七人の侍」のような豪快な作品を撮っていた黒澤監督が、果たしていつから、撮るべき作品を選び誤ったのか、とその晩年にはつい考えてしまう時期が続きました。

思い返せば「赤ひげ」も「どですかでん」も、明らかに素材の選択を誤ったと感じました。

「ヒューマニズム」も「市井に生きる庶民の哀歓」もその「色彩」でさえも、別に黒澤明が撮らなくたって、もっと器用に上手に撮ることのできる映画監督なら日本にはたくさんいるわけだし、黒澤明は、黒澤明でなければ撮れない映画だけをどうして撮れないのかと考えたものでした。

粗野で荒々しい野獣のような小説、「樺太脱獄記」や「馬丁」を読みながら、黒澤監督は、なんでよりにもよってあまりにも静謐なあの友情物語「デルス・ウザーラ」なんかを選んだのだろうかと、ちょっと疑問を感じてしまいました。



by sentence2307 | 2018-12-18 23:28 | 映画 | Comments(0)

春の悶え

むかし、といっても小学校の上級年くらいからのことだと思いますが、大人の誰彼に映画館に連れて行ってもらって観た映画の一シーンとか、当時のテレビで放映された映画の断片的なシーンをふいに思い出すことがあり、「あれって、いったいどういうタイトルの映画だったのか」とたまらなく知りたくなることがあるのですが、しかし、多くの場合は、それが前後の脈絡が断たれたぶつ切りのワンシーンにすぎないために、それをたどってタイトルを調べあげるなど(俳優の容貌から国を想定したり、ストーリーからジャンルにあたりをつけても)到底不可能、それこそ雲をつかむような話で、結局のところどうにも調べようがなく、仕方なくあきらめて、そのうちに「知りたい」と思ったこと自体もいつの間にか忘れてしまうなんてことが、いままでもよくありました。

しかし、そんななかでも、記憶に残る強烈な印象のシーンを手掛かりにして、いろいろと調べていくうちに、ついに実体の伴うタイトルに行き当たった映画というものも、ごく稀にですがありました。

そういう作品のひとつにアルネ・マットソンというスウェーデンの監督の「沈黙の歓び」1962という作品があって、その探索のイキサツを、少しむかしになりますが、このブログに書いたことがあります(2008年6月7日付)、そしてここ最近にきて、多くの方からこの「沈黙の歓び」にアクセスをいただいて、当初は「なんでだ?」と訝しく思いながら検索してみたところ、やっと分かりました。

いま、国立映画アーカイブで「スウェーデン映画への招待」というタイトルで11月27日から12月23日までのあいだ、特集上映をやっていたんですね、はじめて知りました。

なるほど、なるほど、それでこの「沈黙の歓び」が、国立映画アーカイブで上映されるのかと早合点し、アーカイブのサイトで上映プログラムを確認してみたところ、当の「沈黙の歓び」は上映予定にないことも知りました、ここでまたまた新たな壁にぶち当たったというわけです。

しかし、この「疑問」に付き添って、さらにまた、ずるずると調べをすすめていったら、なんだか途方もない迷路とか隘路とかの深みに嵌まり込んでしまいそうな不吉な予感がします、きっと、以前の自分なら、まあここらあたりで、とりあえず「まっ、いいか」と早々に切り上げて、この先に踏み込むことなく(面倒くささを敬遠して)、さっさと諦めてしまうところなのですが、しかし、なんといってもこの映画には、以前、記憶の中に埋もれていて、その「身元」さえ不明のまま永遠に失いかけていたものを苦労して発掘したという経緯があります(忘却の中から「掘り返した」という意識が強いので)、それを考えれば、自分にとって特別な意味を持つこの映画「沈黙の歓び」です、ここはまあひと汗かくのもいいかなという気持ちで、プログラムに掲載されてある作品の監督名をひとつひとつ当たり「アルネ・マットソン」という名前があるかどうかを確かめてみることにしました。

それにしても「しんどい仕事」ですが、まあ「コピペして不要部分を削除」という回りくどい作業をするくらいなら(実際、過情報のデジタルというのは、かえってそういう煩雑さってありますよね)、地道にひとつひとつアナログ的に潰して見てしまった方が、逆に能率的にも優れているように思います、いえいえ、皮肉なんかじゃありません。

それに、いざ作業にかかってしまえば、なんていう手間でもありませんし。自分は以前にも、似たような仕事をしていましたから。

そうやって、一作ずつ監督の名前を確認していくうちに、ついに「アルネ・マットソン」の名前に行き当たりました。

「春の悶え」1951という映画を監督したと記載されています、まあ、リストには、アーネ・マットソンという表記になっていましたが。

この「春の悶え」がアルネ・マットソンの作品だと知ったとき、思わず「えっ、え~!!」と驚いてのけぞってしまいました。

「らしくない」という意外さが、まずありました、不意打ちをくらって、まさに衝撃といっていいサプライズだったからでしょうか、だって、あの孤独の青年の破綻を描いた「沈黙の歓び」と、自分の知っている淫らっぽい(正直、そういう印象でした)「春の悶え」では、イメージとして天と地ほどの差があるように思えたからだと思います。

実は、この「春の悶え」が日本で公開された当時の世情(雰囲気みたいなもの)というのを自分はよく覚えています。

いやいや、ベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞したこの秀作を日本の配給会社がどのように煽情的に宣伝し、そして世間がどのように淫らがましく受け止めたか、その淫猥な紐帯で意思統一して身構えた配給者と鑑賞者の日本では、この作品をどのように受け入れたのか、その雰囲気というのを自分はよく覚えていたのです。

この映画を語る時の大人たちは、淫らな薄ら笑いを浮かべながら、人差し指と中指のあいだから親指を淫猥にのぞかせたいやらしい下卑たサインを示し「あの」映画のことを淫猥な興奮に上気して話していたのも知っています。

それに街の隅々、あらゆる電信柱とか掲示板には、まばゆいような半裸の少女のポスターが貼られ、その逆光に輝く美形の少女は、全裸が透けて見えるような薄物の服をハダケルように着て、顔だけは背けながらも、しかし、ふくらみかけた胸を恥ずかし気に両手で隠している、そんな煽情的なポスターだったと記憶しています、そしてそのポスターも貼ればたちまち剥ぎ取られて盗まれてしまうというスキャンダラスな噂話までもがまことしやかに報ぜられたことも記憶しています。

ポスターに象徴されたこのような扱いは、この秀作映画にとっても、また、思春期にあった少年たちにとっても、じつに過酷な受難であり試練だったに違いありません。

しかし、逆に、この映画が、それなら「愛こそすべてだ」と高邁に描いているのかというと、当時にあっても、そうとまでは言えないのではないかという印象を持ちました。

実は、このコラムを書く前に、ネットでこの映画に対する2、3の感想を読みあさりました。いまの若い人たちが、この映画をどういうふうに受け止めているのか、少なからず興味がありました。

しかし、もともと、この作品が超レアな作品(ベルリン国際映画祭金熊賞受賞作なのにね)ということもあって、感想自体もごく少ないのですが、代表的なものをちょっと引用させてもらいますね。それはこんな感じでした。


≪愛の前では、どんな教義も説教も全て効力を持たない。
愛を交わし語り合う若者に対して世間が持つイメージが淫靡であるように感じることがある。
愛ってそんなものなのでしょうか。
「汝の隣人を愛せよ」とキリスト教の有名な言葉があります。
それなのに、この作品で登場する神父は、若い二人が道を間違えるだろうということで引き離そうとします。
これは「若年者をコントロールしたい」という欲求があるから起こるものなのかな、と感じました。
思い通りに行かない若者を「懲らしめてやろう」ということです。
大人というものは、若者に対する偏見を持ってしまうことが多い。
それは何故か?
若さゆえの心の素直さへの「嫉妬」、はたまた年長者である自己の支持従わないことへの「怒り」、そして若さへの「羨望」。
あげたらきりが無いのかも知れないのだが、この作品にはその滑稽なまでの姿が当然の様に描かれるのだった。
ラストの葬儀のシーンでの神父と若者の顔つきの違いをとくとご覧いただきたい。
両者の表情は単純な老若でも、美醜でもないなにかが違う。
それは魂を、生を生き切る姿の違いから来る輝きなのかも知れない。
邦題が作品のカラーに合っていないので、タイトルで敬遠してしまう方がいるだろうと思うと大変残念です。≫


なるほど、なるほど、そういうことですか。

ここに書かれていることは、おおむね理解できますが、世間では、「若さがすべて、愛がすべて」と素直に妄信している人たちばかりでは、必ずしも「ない」ことは、容易にネットでも知ることは可能です。

以下は、自分が読んだうちのこの作品の解説として一般的なスタイル(ステレオタイプとまではいいませんが)だと思うので、ちょっと紹介しておきますね。


≪逆光の中で湖畔での若い男女の全裸のラブシーンが「セックス王国スウェーデン」の名をスキャンダラスに高めることになり大ヒットしたが、美しい自然描写と性的な自由さという、スウェーデン映画の一般的イメージを確立した作品でもある。この全裸シーンは輸出先の国の検閲の程度に合わせて大胆なものからおとなしいものまで3種類撮影されたというが真相は不明。日本ではむしろ「処女の泉」の強姦シーンがカットされたというところに、その後の擬似検閲の問題の始まりがあった。しかし、全篇を支配するのは、教会に代表される旧道徳に縛られた農村社会と、都市文化の流入によって、一瞬の青年期を燃焼し尽くすかのように純粋に異性を求めようとする若者たちとの、熾烈な世代間闘争のドラマである。ベルリン国際映画祭金熊賞受賞。1954年日本公開。≫


ほらほら、あるじゃないですか、これですよ、これ。

「全篇を支配するのは、教会に代表される旧道徳に縛られた農村社会と、都市文化の流入によって、一瞬の青年期を燃焼し尽くすかのように純粋に異性を求めようとする若者たちとの、熾烈な世代間闘争のドラマである。」

ここには「愛こそすべて」ばかりじゃない、さらにハイブローらしきことが書かれているにしろ、しかし、それにしても自分がこのステレオタイプの解説で興味をひかれたのは、むしろその前半部分に書かれてある箇所でした。

「逆光の中で湖畔での若い男女の全裸のラブシーンが「セックス王国スウェーデン」の名をスキャンダラスに高めることになり大ヒットしたが、美しい自然描写と性的な自由さという、スウェーデン映画の一般的イメージを確立した作品でもある。この全裸シーンは輸出先の国の検閲の程度に合わせて大胆なものからおとなしいものまで3種類撮影されたというが真相は不明。日本ではむしろ『処女の泉』の強姦シーンがカットされたというところに、その後の擬似検閲の問題の始まりがあった。」

この一文、どこかで読んだ記憶があるぞという気がしたので、書棚の本を片っ端から漁っていくと、ありました、ありました、キネマ旬報の「世界の映画作家34 ドイツ・北欧・ポーランド映画史」の219ページ中段~下段に、このようなマンマの記述がありました。

「アーネ・マットソン(1919~)の「春の悶え」1951は、逆光の中であるとはいえ、若い男女の全裸シーンのおかげで「セックス王国スウェーデン」の虚名を高めることになった。そのシーンは輸出先の国の検閲の程度に合わせて大胆なものからおとなしいものまで3種類撮影されたというが真相はわからない。日本ではむしろ『処女の泉』の強姦シーンがカットされたというところに、その後の擬似検閲の問題の始まりがあった。」(三木宮彦「北欧映画史」より「復活した北欧映画」)

あるいは、こんな一文も見つけました。

「シェーベルイ監督の『もだえ』1944のシナリオライターとしてデビューし、50年代半ばに『不良少女モニカ』『道化師の夜』ともに1953、『夏の夜は三たび微笑む』1955などで世界を驚かせたイングマル・ベルイマンが、スウェーデン映画の神秘主義を一身に背負って今日に至っている。ギリシア神話のダフネスとクロエの物語を純潔な官能美で満たした北欧版アルネ・マットソン監督『春の悶え』1951の大ヒット以来、スウェーデン映画はセックスの氾濫時代を迎えるが(その頂点がビルゴット・シェーマン監督『私は好奇心の強い女』1967)、ベルイマンはそうした流行とはまったくかかわりなく、『沈黙』1963に見られるようなセックスと神,すなわち肉欲と信仰の葛藤をテーマに映画をつくり続け、60年代末には『ベルイマンの神秘主義』に反発してフランスのヌーヴェル・ヴァーグの感覚を意識的に採り入れ、抒情性と社会性をミックスした映画をめざした新鋭監督ボ・ウィデルベルグ(『みじかくも美しく燃え』1967、『ジョー・ヒル』1971)などの登場が注目されたものの、やはり、その豊饒な創作活動と息の長いキャリアで巨匠・ベルイマンの位置は不動のままである。
なお、グレタ・ガルボを筆頭に,『第二のガルボ』といわれたイングリッド・バーグマン、アニタ・ビョルク、ビベカ・リンドフォース、ビビ・アンデルソンといったスウェーデン女優がハリウッドに輸入されたが、なかでもガルボとバーグマンはハリウッドの女優史の中核をなす重要な存在になった。」

こういう一文を前にすると、なんだかベルイマンの方へ持っていかれそうになりますが、ここはこらえてアルネ・マットソンに拘りたいと思います。

とはいえ、「アルネ・マットソン」というキイワードで検索してみても、その結果が惨憺たるものであることは経験済みです。
せいぜいのところ、≪出生地・スウェーデン、生年月日・1919年12月2日 いて座、没年月日・1995年6月28日(享年75歳)≫くらいしか存在しません。

そもそもこの監督、キネマ旬報社の「世界映画人名事典・監督(外国)編」に掲載がありません、ネットが、原本があってのコピーで成り立っている砂上の擬似(偽造)楼閣みたいなものとの認識はありましたが、しかし、ここまでひどいとは。

オリジナルなどなにひとつ存在しない、もう最初からナニオカイワンヤという感じです。国民性を考えると、著作権無視のコピー帝国・中国においてネット社会が大繁栄するということが、なんだか実感をもって深く納得できてしまう事態だと思いました。

そのなかでも、「沈黙の歓び」や「春の悶え」を含んだマットソン監督作品というのが幾本かヒットしましたので(たったのこんだけ!!)、あげておきますね。


★春の悶え
ペロロフ・エクストラームの小説「彼女は一夏しか踊らなかった」からW・セミチョウヴが脚色、新進アルネ・マットソンが監督したスウェデン映画1952年作品。撮影は「令嬢ジュリー」のイエラン・ストリンドベルイ、音楽はスヴェン・シエルドで52年度カンヌ映画祭において音楽賞を獲得した。主演はフォルケ・サンドクィスト、ウラ・ヤコブソンで、以下「愛欲の港」のベルタ・ハルとエリック・ヘル、エドウィン・アドルフソン、イルマ・クリステンソンらが助演する。
中学を終えたイエーラン(フォルケ・サンドクィスト)は夏休みに田舎の伯父の農園に行き、隣家の娘シエルスティン(ウラ・ヤコブソン)と遊び友達になった。処が頑迷な村の老人達はこの健康な若者達の行動に眉をひそめ就中牧師はことごとに彼らを攻撃した。シエルスティンの父母も娘の教育に関しては厳格をきわめ、若い二人はやっと伯父の理解で農園の納屋を解放して貰っていたが、ここで若者達の芝居をやろうという計画も、事故による伯父の重傷や二人のデイトが娘の義母に発見されたことなどからオジャンになった。娘は遠くの農家へ送られ、恋の想いに堪えられなくなったイエーランは彼女を追って森の中で再会、二人はすべてを忘れて恋に酔った。イエーランは町の両親の許に連戻されたものの再び学校を脱出して村へ戻り、納屋が牧師の指金で焼かれたので、他場所で芝居を敢行した。しかし幸福も束の間、その帰途二人をのせたオートバイが転覆して、重傷を負ったシエルスティンの若い命はうばわれた。葬儀の日、参列したイエーランが受けたのは牧師の嘲笑であった。堪えかねた彼はひそかに墓地を脱け、悄然と思い出の森の湖畔に立って、二度と帰らぬ恋に泣いた。
(1951ノーディスク・トーネフィルム)監督・アルネ・マットソン、脚色・ヴォロージャ・セミチョフ、オーレ・ヘルボム、アルネ・マットソン、原作・ペロロフ・エクストラーム『彼女は一夏しか踊らなかった』、製作・レナート・ランドハイム、撮影・イョーラン・ストリンドベルイ、音楽・スヴェン・シエルド、編集・レナルト・ウォーレン、美術・ビビ・リンドストルム/プロダクションデザイン
出演・ウーラ・ヤコブソン(Kerstin)、フォルケ・スンドクヴィスト(Goran)、エドヴィン・アドルフソン(Anders Persson)、イルマ・クリステンソン(Sigrid)、ヨン・エルフストローム(The Priest)、ニルス・ハルベルグ(Nisse)、グンヴォール・ポンテン、ベルタ・ハル(Anna)、ゴスタ・グスタフソン(Berndt Larsson)、エリック・ヘル(Torsten)、ステン・マットソン(Olle)、アルネ・シューレリュード(Viberg)、ステン・リンドグレン、エーリヒ・コンラッド、オラヴ・リエゴ、カルル・グスタフ・リンドステット、クリスティナ・アドルフソン、ジョン・メラン、ジャン・サンドクイスト、John Elfström、Nils Hallberg、Arne Källerud、Axel Högel、Hedvig Lindby、Margaretha Löwler、Ulla-Bella Fridh、Ejnar Haglund、Ingemar Holde、Gustaf 'Stålfarfar' Håkansson、Gunilla Pontén、Birgitta Wetterhall、
(日本公開年1954.3.6  110分・スタンダード(1:1.37)、モノクロ 35mm)


★沈黙の歓び
ラルス・フォルセルの原作をエヴァ・ゼーベルグが脚色し、アルネ・マットソンが監督した。撮影はアーケ・ダルクビスト、音楽はウルリク・ノイマンが担当。出演はこの映画で63年度スウェーデン・フィルム・アカデミーの最高演技賞を獲得したペール・オスカルソン、ジオ・ペトレほか。製作はローレンス・マルムステット。
この若い男(P・オスカルソン)は百貨店の夜警である。彼は毎夜、空虚な店内に投げ出されてあるマネキン人形の群を見ているうちに、いつしかその中のひとつに烈しい恋をした。彼には生身の女性よりもマネキン人形の方がはるかに美しく理想的に見えた。そしてついにある夜、彼はその人形を盗み出し、自分のアパートの部屋へ持ちこんだ。一瞬にして殺風景な男の部屋に花が咲いたようになった。彼はその人形を狂おしく愛撫した。そして沈黙の支配する中で彼は生れて初めて愛する歓びを知った。ある夜、固く動かなかったマネキン人形(G・ペトレ)が彼の愛撫に応えた。アパートの住人たちは彼の不可解な様子をいぶかった。ひとりの荒くれ男は、好奇心をおさえかねて、夜警の部屋におしいった。男がベッドの中に見たのは冷たい石のマネキン人形だった。仕事から帰ってきた夜警は皆から笑われ、その上人形をぶちこわされてしまった。愛人をこわされ、夢を破られた男は怒り狂い拳銃でその男を殺そうとしたが、失敗した。夜警の部屋には、手も足も胴もバラバラになったマネキン人形が散らばっていた。だが暗い片隅にころがっている首だけが、ニコッとほほ笑み、夜警の愛撫を求めていた。
(1963スウェーデン)監督・アルネ・マットソン、脚色・エバ・ゼーベルグ、原作・ラルス・フォルセル、製作・ローレンス・マルムステット、撮影・アーケ・ダルクビスト、音楽・ウルリク・ノイマン、
出演・パール・オスカーソン(Nightwatchman)、ジオ・ペトレ(The Doll)、トル・イセダル(Barber)、Elsa (PrawitzLandlady)、ベント・エクルンド(Caretaker)、MalouYoung(Girl)、ミミ・ネルソン(The Mother)、Ric Axberg(Young Son)、Dagmar Olsson(Charwoman)、
配給・NIC、1966年公開


★断罪
ユングベ・リットケンスの同名小説を「愛のレッスン」に出演したエヴァ・ダールベックが脚色し、「沈黙の歓び」のアルネ・マットソンが監督した作品で、犯罪実話の映画化。撮影はラース・ビヨルネ、音楽はゲオルク・リーデル。出演は「沈黙」のグンネル・リンドブロム、「禁断」のクリスティーナ・ショリン、新人エスタ・エクマンほか。製作はローレンス・マルムステット。
スウェーデン南部のある農家。近所づきあいも悪く、意地のきたない女アンナ(G・リンドブロム)は、年頃になった息子のヤン(G・エクマン)に何とか嫁をとらせようと、八方手をつくして探し廻ってみたが、そう簡単には見つからなかった。それというのもアンナとヤンの不倫な関係が噂にのぼっていたからである。だがアンナの念願がかなって、やっと近くに住む地方判事の娘ハンナ(C・ショーリン)を迎えることが出来た。息子を溺愛し、彼と肉体関係まで結んでいたアンナは、結婚後三日とたたないハンナを執念深く、皮肉たっぷりにいじめ始めた。ある日母子の破廉恥な行為を目撃したハンナはあまりの恐ろしさに気も転倒したが、何時かはヤンも自分のところ戻ってくると信じ、虐待にじっと耐えた。だがアンナの仕打ちは日増しに度を越すばかりであった。そしてアンナは息子との関係を続けていくのにどうしてもハンナが邪魔だと知るや、息子と共謀して一八八九年三月も終りに近づいた日の深夜、ひそかにハンナを殺害し、近所の人びとには誤って地下室へ落ちて死んだとふれ歩いた。裁判にのぞんでもアンナとヤンは、根も葉もない嘘をならべたて無実を証明しようとした。だが結局は判事の巧みな誘導尋問が彼らの罪をあばくことになった。かくして実子に相姦を強要し、結婚後に夫婦の関係を禁じていた世にも恐ろしい母親アンナは、スウェーデン最後の女子死刑囚として、無残にもナタで首を断たれた。しかしヤンは村人の協力でかろうじて無罪となった。
(1966スウェーデン)監督・アルネ・マットソン、脚色・エバ・ダールベック、原作・ユングベ・リットケンス、製作・ローレンス・マルムステット、撮影・ラース・ビヨルネ、音楽・ゲオルク・リーデル、
出演・グンネル・リンドブロム(Anna)、クリスティナ・ショリン(Hanna)、エスタ・エクマン(Jan)、Elsa Prawitz
配給・松竹映配、1967年公開


★慕情のひと
「春の悶え」のアルネ・マットソンが脚本・監督を担当した純愛ロマン。撮影はラース・ビヨルネ、音楽はモーツァルトの『クラリネット五重奏曲イ長調』と、ヨハン・シュトラウスの『ウィーンの森の物語』を使用。録音はラルス・クレットナーとハンス・アンデルソン。出演はノルウェー出身の歌手グリネット・モルビグ、新人ビヨルン・タンベルト、「春の悶え」のフォルケ・サンドクィストとウラ・ヤコブソンほか。
青年クリステル(B・タンベルト)は、母ベラ、父ベルイと、何不自由なく平穏な生活をしていた。だが、ある日のこと、父が交通事故で不慮の死をとげたときから、彼の日常は一変した。バルブロ(G・モルビク)という女性が現われたからだ。彼女は平凡なOLだが、生前の父と、ひそやかに関係を秘めていた。彼にとっては尊敬する父親だったのにそんな一面があったとは--。傷つきやすい青年の心はバルブロへの憎しみにもえた。だがその憎しみが、バルブロへの深い想いに変わっていくのも遠い日ではなかった。彼は愛した。そして多分、彼女も。一方、母親のベラは、息子との話しあいから、すべてを知り、バルブロに会った。一人を男を同時に愛した二人の女。共通する喜びと悲しみ。だが、その男も今は亡い。二人の女は、クリステルの将来のために、一年ほど外国留学させることにした。別れがせまった頃、バルブロの胎内に新しい生命が宿っていた。ベルイの子である。本当に愛したのはベルイ。彼のほかに自分の愛はない。彼女は、その喜びをかみしめながら、海辺の道をどこまでも歩いていく。
(1968スウェーデン)監督・アルネ・マットソン、脚本・アルネ・マットソン、撮影・ラース・ビヨルネ、音楽・ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト、ヨハン・シュトラウス2世、録音・ラルス・クレットナー、ハンス・アンデルソン、
出演・グリネット・モルビグ(Barbro)、ビヨルン・タンベルト(Christer)、フォルケ・スンドクビスト(Mr. Berg)、ウーラ・ヤコブソン(Vera)、
配給・東和、1969年公開


★牝あわせ
数々の官能作品に出演するスウェーデン女優、マリー・リシュダールが主演を務めたエロティックドラマムービー。それまであまりテーマとして取り上げられることがなかった同性愛をテーマにし、本格的なレズシーンが展開する構成で話題となった衝撃作。
年増の映画評論家アンと結婚を間近に控えたイヴ(M・リシュダール)の旅先でのアヴァンチュールを描いた作品。M・リシュダールのピチピチヌードは拝めるもののエロさはイマイチ。ただ、トラックの荷台でまわされるシーンはそれなり。アン役のG・ペトルの熟女パワー炸裂だが、いかんせん貧乳+タレ乳なので萎える。エロそうな儀式?なんかもあったが、そのとき変な映像処理がされてて最悪。ストーリーは偽善や憎しみなど、複雑な女心を描きつつ、現代女性の恋愛を描いている感じでした。それと、映画評論家に対する痛烈な皮肉なんかも描いていました。
この映画の感想にこんなのもありました。「マリーリシュダールがレズシーンに挑戦したことで、センセーションを巻き起こした話題作? 嘘つけ! レズシーンなんてどこにもないぞ! 買って損した!」なんてね。
(1971スウェーデン)監督・アルネ・マットソン、製作・レナルト・ベルンズ、脚本・エルネスト・ホッチ、撮影・マックス・ウィレン、音楽・ベンクト=アルネ・ワリン
出演・ジオ・ペトレ、マリー・リシュダール


★仮面の殺意
(1985アメリカ)監督・アルネ・マットソン、製作・トミー・イワーリング、脚本・ヴォロージャ・セミチョフ、撮影・トミスラフ・ピンター、音楽・ビョルン・ヨーソン・リンド
出演・ロッド・テイラー、ヴァレリー・ペリン、クリストファー・リー、フランク・ブレナン


★魔・少・女/ザ・ガール
小悪魔のような14歳の妖艶な少女(クレア・パウニー)に翻弄され、やがて殺人にまで巻き込まれて行く中年弁護士(F・ネロ)を描く。映像は秀逸だが、思わせぶりな冗長な描写が目立つ異常心理サスペンス物としては描き込みが足りない感じだがパウニーに魅了される。
(1986イギリス/スウェーデン)監督・アルネ・マットソン、製作・アルネ・マットソン、脚本・エルネスト・ホッチ、撮影・ラース・カールソン、ゴーラン・マシェヴァ、トミスラフ・ピンター、音楽・アルフィ・カビリョ、
出演・フランコ・ネロ、クレア・パウニー、バーニス・ステジャース、フランク・ブレナン、クリストファー・リー、マーク・ロビンソン、デレク・ベンフィールド、クリフォード・ローズ


前述の「愛こそすべて」のコメント氏は、「春の悶え」という煽情的なタイトルが、この作品の本来の価値を損なっていると嘆いている一文がありましたが、「牝あわせ」に比べたらアナタ、「春の悶え」なんかまだまだ可愛い方ですって。

しかし、これだけではあまりにさびしすぎます、このコラム、ここで打ち切ってしまうと、悲惨な尻すぼみの「なんだ、これ!」みたいになってしまうので、アルネ・マットソンがこんなもんじゃない(なにせ、ベルリン国際映画祭金熊賞受賞監督なわけですから!)というところを、失地回復の願いを込めて海外wikiの記事を丸投げしてしのぎたいと思います。

結局、丸投げじゃん!!

訳の方はヨロシク、とはいっても、他の作品は、もともと輸入されていないわけですから、わざわざ和訳したところでどうにもなりませんが。あしからず


Arne Mattsson
From Wikipedia, the free encyclopedia

【Arne Mattsson】
Born 2 December 1919
Uppsala, Sweden

Died 28 June 1995 (aged 75)
Nationality Swedish

Occupation
Director, writer
Years active
1941–1989

Spouse(s)
Elsa Prawitz (m. 1956–1965)

Arne Mattsson (2 December 1919 - 28 June 1995) was a Swedish film director, born in Uppsala.
His early movies were mostly comedies. His biggest success was Hon dansade en sommar (1951, aka. One Summer of Happiness), which earned him the Golden Bear at the Berlin International Film Festival[1] and a nomination for the Grand Prize at the Cannes Film Festival in 1952.[2] It caused some controversy at the time because it contained nudity.
His 1953 film of Peder Sjögren's second novel, Bread of Love (Kärlekens bröd), based on Sjögren's experiences as a volunteer in the Finnish Continuation War of 1941-44 angered the author, was banned in Finland and incurred the wrath of the Soviets at the Cannes Film Festival. In spite of all this, Sjögren grudgingly admitted that as a study of men under severe pressure it was impressive.[3]
In 1958 he directed Damen i svart, the first in the series of five Hillman-thrillers, centred on Folke Mellvig's crime-solving middle-class city couple Kajsa and John Hillman. The second in the series, Mannekäng i rött (1958), is considered by some to be a precursor of the Italian giallo films, notably Mario Bava's Blood and Black Lace.[4][5]
The popularity of his mystery movies declined and in the 1970s and 1980s he made mostly low-budget thrillers - some in collaboration with Mats Helge Olsson - which got mostly bad reviews.

★Filmography[edit]
I brist på bevis (1943, writer)
Räkna de lyckliga stunderna blott (1944, writer and assistant director)
... och alla dessa kvinnor (1944)
I som här inträden (1945)
Maria på Kvarngården (1945)
Rötägg (1946)
Peggy på vift (1946)
Pappa sökes (1947)
Det kom en gäst (1947, also writer)
Rallare (1947)
Kvinna i vitt (1949)
Farlig vår (1949, also writer)
När kärleken kom till byn (1950)
Kyssen på kryssen (1950)
Kastrullresan (1950)
Hon dansade en sommar (1951, known as One Summer of Happiness)
Bärande hav (1951)
För min heta ungdoms skull (1952)
Hård klang (1952)
Det var dans bort i vägen (1953, short film)
Kärlekens bröd (1953, known as Bread of Love)
Salka Valka (1954)
Storm över Tjurö (1954)
Förtrollad vandring (1954)
Hemsöborna (1955)
Nattens väv (1955, also known as Männen i mörker)
Flickan i frack (1956)
Litet bo (1956)
Livets vår (1957)
Ingen morgondag (1957)
Körkarlen (1958, known as The Phantom Carriage)
Damen i svart (1958)
Mannekäng i rött (1958)
Ryttare i blått (1959)
Får jag låna din fru? (1959)
Sommar och syndare (1960)
When Darkness Falls (1960)
Ljuvlig är sommarnatten (1961)
Vaxdockan (1962)
Biljett till paradiset (1962)
Vita frun (1962)
Den gula bilen (1963)
Det är hos mig han har varit (1963)
Blåjackor (1964, also writer)
Brott och straff – men det är svårt (1964, also writer)
Morianerna (1965, also writer)
Nattmara (1965, also writer)
Här kommer bärsärkarna (1965)
Yngsjömordet (1966)
Mördaren - En helt vanlig person (1967, also writer)
Förtrollad resa (1966, also writer)
Den onda cirkeln (1966)
Bamse (1968, also writer)
Ann and Eve (1970)
Smutsiga fingrar (1973)
Mannen i skuggan [sv] (1978, also writer)
Sometime, Somewhere... (1983)
Mask of Murder (1985)
The Girl (1987)
Sleep Well, My Love (1987)
The Mad Bunch (1989, with Mats Helge Olsson)

References
[1] "2nd Berlin International Film Festival: Prize Winners". berlinale.de. Retrieved 2009-12-22.
[2] "Festival de Cannes: One Summer of Happiness". festival-cannes.com. Retrieved 2009-01-17.
[3]Problem while searching in The Literature Collection
[4] Andersson, Pidde (October 2, 2006). Blue Swede Shock! The History of Swedish Horror Films. The TOPPRAFFEL! Library. ISBN 1445243040.
[5]Alanen, Antti. "Mannekäng i rött / Mannequin in Red (SFI 2000 restoration)". Retrieved September 3, 2014.
The director, Arne Mattson is mentioned in chapter 29 of the police procedural novel, The Laughing Policeman, by Major Sjowall and Per Wahloo



by sentence2307 | 2018-12-12 12:49 | スウェーデン映画 | Comments(0)
デッド・エンド (1937)ウィリアム・ワイラー監督
オズの魔法使 (1939)ビクター・フレミング監督
マルタの鷹 (1941)ジョン・ヒューストン監督
カサブランカ (1942)マイケル・カーティス監督
無防備都市 (1945)ロベルト・ロッセリーニ監督
戦火のかなた (1946)ロベルト・ロッセリーニ監督
自転車泥棒 (1948)ビットリオ・デ・シーカ監督
黄金 (1948)ジョン・ヒューストン監督
赤い靴 (1948)マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー監督
白熱 (1949)ラウール・ウォルシュ監督
勇者の家 (1949)マーク・ロブソン監督
忘れられた人々 (1950)ルイス・ブニュエル監督
羅生門 (1950)黒澤明監督
地獄の英雄 (1951)ビリー・ワイルダー監督
巴里のアメリカ人 (1951)ビンセント・ミネリ監督
ミラノの奇蹟 (1951)ビットリオ・デ・シーカ監督
雨に唄えば (1952)ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン監督
裏窓 (1954)アルフレッド・ヒッチコック監督
波止場 (1954)エリア・カザン監督
道 (1954)フェデリコ・フェリーニ監督
狩人の夜 (1955)チャールズ・ロートン監督
炎の人ゴッホ (1956)ビンセント・ミネリ監督
突撃 (1957)スタンリー・キューブリック監督
戦場にかける橋 (1957)デビッド・リーン監督
群集の中の一つの顔 (1957)エリア・カザン監督
めまい (1958)アルフレッド・ヒッチコック監督
黒い罠 (1958)オーソン・ウェルズ監督
黒いオルフェ (1959)マルセル・カミュ監督
お熱いのがお好き (1959)ビリー・ワイルダー監督
大人は判ってくれない (1959)フランソワ・トリュフォー監督
北北西に進路を取れ (1959)アルフレッド・ヒッチコック監督
甘い生活 (1960)フェデリコ・フェリーニ監督
勝手にしやがれ (1960)ジャン=リュック・ゴダール監督
スパルタカス (1960)スタンリー・キューブリック監督
ウエスト・サイド物語 (1961)ロバート・ワイズ、ジェローム・ロビンス監督
用心棒 (1961)黒澤明監督
アラビアのロレンス (1962)デビッド・リーン監督
アラバマ物語 (1962)ロバート・マリガン監督
8 1/2 (1963)フェデリコ・フェリーニ監督
大列車作戦 (1964)ジョン・フランケンハイマー監督
怒りのキューバ (1964)ミハイル・カラトーゾフ監督
博士の異常な愛情 (1964)スタンリー・キューブリック監督
パリは燃えているか (1966)ルネ・クレマン監督
アルジェの戦い (1966)ジッロ・ポンテコルボ監督
俺たちに明日はない (1967)アーサ・ペン監督
暴力脱獄 (1967)スチュアート・ローゼンバーグ監督
夜の大捜査線 (1967)ノーマン・ジュイソン監督
真夜中のカーボーイ (1969)ジョン・シュレシンジャー監督
M★A★S★H マッシュ (1970)ロバート・アルトマン監督
パットン大戦車軍団 (1970)フランクリン・J・シャフナー監督
暗殺の森 (1970)ベルナルド・ベルトルッチ監督
ラストタンゴ・イン・パリ (1972)ベルナルド・ベルトルッチ監督
ゴッドファーザー (1972)フランシス・フォード・コッポラ監督
チャイナタウン (1972)ロマン・ポランスキー監督
ゴングなき戦い (1972)ジョン・ヒューストン監督
ミーン・ストリート (1973)マーティン・スコセッシ監督
地獄の逃避行 (1973)テレンス・マリック監督
さらば冬のかもめ (1973)ハル・アシュビー監督
映画に愛をこめて アメリカの夜 (1973)フランソワ・トリュフォー監督
ゴッドファーザー PartII (1974)フランシス・フォード・コッポラ監督
カッコーの巣の上で (1975)ミロス・フォアマン監督
狼たちの午後 (1975)シドニー・ルメット監督
Cooley High (1975)マイケル・シュルツ監督
マラソンマン (1976)ジョン・シュレシンジャー監督
未知との遭遇 (1977)スティーブン・スピルバーグ監督
Killer of Sheep (1977)チャールズ・バーネット監督
天国の日々 (1978)テレンス・マリック監督
ブルーカラー/怒りのはみだし労働者ども (1978)ポール・シュレイダー監督
マッドマックス (1979)ジョージ・ミラー監督
レイジング・ブル (1980)マーティン・スコセッシ監督
ザ・クラッカー/真夜中のアウトロー (1981)マイケル・マン監督
マッドマックス2 (1981)ジョージ・ミラー監督
ストレンジャー・ザン・パラダイス (1984)ジム・ジャームッシュ監督
カメレオンマン (1984)ウッディ・アレン監督
乱 (1985)黒澤明監督
赤ちゃん泥棒 (1987)ジョエル・コーエン監督
太陽の帝国 (1987)スティーブン・スピルバーグ監督
黒い雨 (1989)今村昌平監督
ボーイズ’ン・ザ・フッド (1991)ジョン・シングルトン監督
バッド・ルーテナント 刑事とドラッグとキリスト (1992)アベル・フェラーラ監督
フープ・ドリームス (1994)スティーヴ・ジェームズ監督
堕天使のパスポート (2002)スティーブン・フリアーズ監督
シティ・オブ・ゴッド (2002)フェルナンド・メイレレス監督
カンフーハッスル (2004)チャウ・シンチー監督
アポカリプト (2006)メル・ギブソン監督
第9地区 (2009)ニール・ブロンカンプ監督





★ハリウッド業界人が選ぶお気に入り映画・100本
HOLLYWOOD’S 100 FAVORITE FILMS -

オズの魔法使(1939)ビクター・フレミング監督
風と共に去りぬ(1939)ビクター・フレミング監督
市民ケーン(1941)オーソン・ウェルズ監督
カサブランカ(1943)マイケル・カーティス監督
素晴らしき哉、人生!(1946)フランク・キャプラ監督
イヴの総て(1950)ジョセフ・L・マンキーウィック監督
サンセット大通り(1950)ビリー・ワイルダー監督
雨に唄えば(1952)ジーン・ケリー、スタンリー・ドーネン監督
波止場(1954)エリア・カザン監督
裏窓(1954)アルフレッド・ヒッチコック監督
七人の侍(1954)黒澤明監督
十二人の怒れる男(1957)シドニー・ルメット監督
戦場にかける橋(1957)デビッド・リーン監督
めまい(1958)アルフレッド・ヒッチコック監督
お熱いのがお好き(1959)ビリー・ワイルダー監督
北北西に進路を取れ(1959)アルフレッド・ヒッチコック監督
サイコ(1960)アルフレッド・ヒッチコック
ウエスト・サイド物語(1961)ロバート・ワイズ監督
アラビアのロレンス(1962)デビッド・リーン監督
アラバマ物語(1962)ロバート・マリガン監督
メリー・ポピンズ(1964)ロバート・スティーヴンソン監督
博士の異常な愛情(1964)スタンリー・キューブリック監督
ドクトル・ジバゴ(1965)デイヴィッド・リーン監督
サウンド・オブ・ミュージック(1965)ロバート・ワイズ監督
俺たちに明日はない(1967)アーサ・ペン監督
卒業(1967)マイク・ニコルズ監督
2001年宇宙の旅(1968)スタンリー・キューブリック監督
明日に向って撃て! (1969)ジョージ・ロイ・ヒル監督
時計じかけのオレンジ(1971)スタンリー・キューブリック監督
ゴッドファーザー(1972)フランシス・フォード・コッポラ監督
チャイナタウン(1974)ロマン・ポランスキー監督
ゴッドファーザー Part II(1974) フランシス・フォード・コッポラ監督
ブレージングサドル(1974)メル・ブルックス監督
JAWS/ジョーズ(1975)スティーブン・スピルバーグ監督
ヤング・フランケンシュタイン(1975)メル・ブルックス監督
モンティ・パイソン・アンド・ホーリー・グレイル(1975)テリー・ギリアム監督
カッコーの巣の上で(1975)ミロス・フォアマン監督
ロッキー(1976)ジョン・G・アビルドセン監督
タクシードライバー(1976)マーティン・スコセッシ監督
大統領の陰謀(1976)アラン・J.パクラ、ジョン・ブアマン監督
スター・ウォーズ / EP4 新たなる希望(1977)ジョージ・ルーカス監督
アニー・ホール(1977)ウディ・アレン監督
未知との遭遇(1977)スティーブン・スピルバーグ監督
ディア・ハンター(1978)マイケル・チミノ監督
エイリアン(1979)リドリー・スコット監督
地獄の黙示録(1979)フランシス・フォード・コッポラ監督
シャイニング(1980)スタンリー・キューブリック監督
レイジング・ブル(1980)マーティン・スコセッシ監督
フライング・ハイ(1980)ジム・エイブラハムズ監督
スター・ウォーズ/帝国の逆襲(1980)アービン・カーシュナー監督
レイダース/失われた聖櫃(1981)スティーブン・スピルバーグ監督
E.T. (1982)スティーヴン・スピルバーグ監督
ブレードランナー(1982)リドリー・スコット監督
ゴーストバスターズ(1984)アイバン・ライトマン監督
アマデウス(1984)ミロス・フォアマン監督
バック・トゥ・ザ・フューチャー(1985)ロバート・ゼメキス監督
ブレックファスト・クラブ(1985)ジョン・ヒューズ監督
フェリスはある朝突然に(1986)ジョン・ヒューズ監督
プリンセス・ブライド・ストーリー(1987)ロブ・ライナー監督
ダイ・ハード(1988)ジョン・マクティアナン監督
恋人たちの予感(1989)ロブ・ライナー監督
グッドフェローズ(1990) マーティン・スコセッシ監督
羊たちの沈黙(1991)ジョナサン・デミ監督
美女と野獣(1991)ゲーリー・トゥルースデイル、カーク・ワイズ監督
レザボア・ドッグス(1991)クエンティン・タランティーノ監督
テルマ&ルイーズ(1991)リドリー・スコット監督
ジュラシック・パーク(1993)スティーヴン・スピルバーグ監督
恋はデジャ・ブ(1993)ハロルド・レイミス監督
シンドラーのリスト(1993)スティーヴン・スピルバーグ監督
フォレスト・ガンプ / 一期一会(1994)ロバート・ゼメキス監督
ショーシャンクの空に(1994)フランク・ダラボン監督
パルプ・フィクション(1994)クエンティン・タランティーノ監督
ライオン・キング(1994)ロジャー・アラーズ, ロブ・ミンコフ監督
ユージュアル・サスペクツ(1995)ブライアン・シンガー監督
ブレイブハート(1995)メル・ギブソン監督
トイ・ストーリー(1995)ジョン・ラセター監督
セブン(1995) デヴィッド・フィンチャー監督
ファーゴ(1996)ジョエル・コーエン監督
グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち(1997)ガス・ヴァン・サント監督
タイタニック(1997)ジェームズ・キャメロン監督
プライベート・ライアン(1998)スティーブン・スピルバーグ監督
ビッグ・リボウスキ(1998)ジョエル・コーエン監督
ファイト・クラブ(1999)デイビッド・フィンチャー監督
アメリカンビューティー(1999)サム・メンデス監督
マトリックス(1999)アンディ&ラリー・ウォシャウスキー監督
メメント(2000)クリストファー・ノーラン監督
グラディエーター(2000)リドリー・スコット監督
あの頃ペニー・レインと(2000)キャメロン・クロウ監督
アメリ(2001)ジャン=ピエール・ジュネ監督
ロード・オブ・ザ・リング(2001)ピーター・ジャクソン監督
ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還(2003)ピーター・ジャクソン監督
エターナル・サンシャイン(2004)ミシェル・ゴンドリー監督
ブロークバック・マウンテン(2005)アン・リー監督
パンズ・ラビリンス(2007)ギレルモ・デル・トロ監督
ウォーリー(2008)アンドリュー・スタントン監督
スラムドッグ$ミリオネア(2008)ダニー・ボイル監督
ダークナイト(2008)クリストファー・ノーラン監督
カールじいさんの空飛ぶ家(2009)ピート・ドクター監督
アバター(2009)ジェームズ・キャメロン監督
インセプション(2010)クリストファー・ノーラン監督



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