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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307

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初国知所之天皇

年に一度あるかないかのタイミングで、気が向いたとき発作的に部屋の大掃除をすることがあります。ですので、そもそも一般的な年末の大掃除など、自分にはハナから無縁の話です。

常日頃、配偶者から「自分の部屋くらい、少しは片づけてよ」と口うるさく言われていて、特に雑芥ゴミ一斉回収日の火曜日になると、嫌みったらしく部屋をのぞきにきて、「あれ、もう捨てられるんじゃないの」などと積読本とか映画のカタログの山を見て無理難題をほざいたあとにお約束の言葉の応酬があり、さいごは当然無視してやり過ごすという感じになります。そこは、「蒋介石は相手にせず」の毅然たる態度をもって一貫した決意でのぞんでいるところであります。

だいたい、いまだにワタシの歪んだ性格というものを一向に理解しようとしない証拠となるそのひとことが、なおさら当方に片づける意欲を失わせ、意地でも片づけてなどやるものかという確固たる決意を呼び覚まし、人間として意地には意地で対抗することになってしまうあたりの道理というものを理解しようとしないかぎりは、この内戦はどこまでも止むことがないという感じでしょうか、彼女があのボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の愚かしい戦いから教訓としてなにひとつ学び取っていないということが、とても残念でなりません。

あるいは、韓国をナミの民主主義国家と思い違いしているからカノ国をうまく扱えないだけであって、「北朝鮮」と同じ意味での「南朝鮮」と冷静になって観察すれば、三権分立なきあの想像を絶するような低劣にして不可解な国のすべてがすぐにでも理解できようというものです、椎名町に対する南長崎みたいなものじゃないですか、それにあの奇怪な整形同顔仮面グルーブの慰安婦集団、少女時代、TWICE、BLACK PINKなどにしても、よく見ればまさに形を変えた北朝鮮の喜び組(歌踊組・幸福組・満足組)と同じ発想で、あたかも今どきの楽曲とルックス、衣装と振りに惑わされなければ、そこに見えてくるものはお仕着せの軍服を着込んで粛清の恐怖に怯えながら機械仕掛けのように行進している笑顔仮面の北朝鮮女性兵士となんら違わない同じタイプの個性を欠いた薄気味悪い女兵士だということがおのずから分かろうというものです。

愚民どもの顔色ばかりをうかがい、司法までも崩壊させて権力の走狗にしてしまうような愚かしい虚偽とでっちあげの国に民主主義なんて最初から存在するはずも、定着できるはずもないのです。

「どこまで言う気、もういいからね」「あ、そう」というわけです。

さて、今回、その大掃除に着手した直接の切っ掛けというものがありました。

先日、久しぶりに新宿で重篤な病気から生還した旧友と再会して、おいしいお酒を飲みながら(病後の彼が飲んでもよかったものかどうかは、かなり疑問です。いまごろ具合が悪くなっていなければいいのですが)、昨今の映画の話をしているうちに、彼が「いままでのことを少しずつ整理している」らしいことを知り、自分もなにか実のあることをしなければいけないな、とぼんやり考えたことが切っ掛けといえば切っ掛けだったかもしれません。

部屋を占領している「積読本」の方は読了しない限りは処分するわけにはいかないのでどうにもなりませんが、「カタログの山」の方なら、整理していけば、ある程度の処分はできるかなと考え、早速、その仕分け作業に取り掛かりました。

試写会や劇場で見たあとで手に入れた映画のチラシやカタログをあちこちにほったらかしにしているうちにゴミ化してしまい、それ以後、ただの一度として読み返したことがないという惨憺たる状態です。

だいたい、そのカタログのなかには、キューブリックの「2001年宇宙の旅」があるくらいですから、「おして知るべし」というか、「なにをかいわんや」という感じでしょうか。

そんなふうに整理をすすめていたとき、その「カタログの山」から珍しいものを掘り出しました。

表紙には、「文芸座・文芸地下劇場 第2回フィルムフェスティバル」と書いてあり、さらにその下には「特集・監督自身が執筆した自作映画の解説=邦画篇」という小見出しもある十数頁のごく薄い小冊子でした。

あっ、これ、覚えてる、懐かしいじゃないですか。自分にとっては、文字通り、実に懐かしい「掘り出しもの」でした。

表紙の左上には、拳銃を片手に構えている若きジャン=ポール・ベルモンド(たぶんジョゼ・ジョバンニの「ラ・スクムーン」だと思います)が載っていて、中央にはペンをくわえているアンヌ・ヴィアゼムスキー(これは、「中国女」のポスターそのままなのですぐに分かりました)がおり、その下には横転している自動車が燃えている写真(「中国女」の下にあるのですから、これは当然ゴダールの「ウィークエンド」に違いありません。)が掲載されています。なるほど、文芸座の方は「フランス映画特集」というわけですね、

そして、裏表紙を見ると発行日は、なんと昭和51年5月11日とあります、マジか! と驚き、近くの電卓を引き寄せ、あらためて引き算をしてみました。え~っ!! なななんと43年とか経っているじゃないですか。それにしては、ゴダールって、まだ死んでないよなあ、なんてね。これはたちの悪い冗談です。いえ、ついあの「フランソワは死んだかもしれない。わたしは生きているかもしれない。だが、それにどんな違いがあるというのだろう?」を思い出してしまったものですから。

そうですか、そうですか。その失われた膨大な時間が自分の目の前を轟音を立てて走馬灯のように逆流し(走馬灯が逆流するってか???)、しばし呆然となり、しばらく虚空を見あげてしまいました。位置的にいえば、天井の隅、廻り縁が合わさるあのあたりです。

しかしまあ、経ってしまった年月を、いまさら悔いてみてもどうなるものでもありません。

気を取り直して裏表紙に掲載されている「文芸座」と「文芸地下」で行われたという上映プログラムを眺めてみました。

ちょっと転写してみますね、なんといっても、このくらいの時間が経てば、単なる文字列とはいえども、もはや熟成を遂げた一種の立派な民俗学的な価値のあるものです、そうに違いありません。

もうこうなった以上、のんびり掃除なんかしている場合じゃありませんから。

掃除なんかしなくたって、べつに人間たるもの、死にゃあしませんし。そうだ、そうだ、ばかやろ~。


【文芸座スケジュール】
1976
5.11~5.16 「中国女」「ウィークエンド」(ともにゴダール)
5.17~5.19  J・ドレー「ボルサリーノ」、J・ジョバンニ「ラ・スクムーン」
5.20~5.22  ルネ・クレマン「禁じられた遊び」、アラン・レネ「二十四時間の情事」
5.23~5.25  トリュフォー「映画に愛をこめて アメリカの夜」、アンリコ「ラムの大通り」
5.26~5.28  P・コラルニック「ガラスの墓標」、J・ロートネル「狼どもの報酬」
5.29~5.31  J・ドミー「シェルブールの雨傘」、C・ルルーシュ「男と女」


【文芸地下スケジュール】
1976
5.26~5.31 「無人列島」「GOOD-BYE」「王国」(ともに金井勝)
6.1~6.3  原将人「初国知所之天皇」
6.4~6.6  大和屋竺「裏切りの季節」、足立正生「略称 連続射殺魔」
6.7~6.9  藤沢勇夫「バイバイラブ」、大森一樹「暗くなるまで待てない!」
6.10~6.12  内川清一郎「一寸法師」、中川信夫「地獄」
6.13~6.15  土本典明「不知火海」、小川紳介「どっこい! 人間節」


これって、一向に古びていない、すごいライン・アップですよね。

実際にこれらの作品を見た1976年という年を考えるなら、「不知火海」や「どっこい! 人間節」などは、まさに最新作だったでしょうし、このリストのなかで、一番古い作品というとルネ・クレマンの1952年の「禁じられた遊び」だと思うのですが(見た当時でさえも、ずいぶん古い作品だという認識はあったと思います)、それでも1976年という時点からすれば、たった24年前の映画だったわけですし。

なんだか、そういうふうに考えると感無量(時間の経過と作品の普遍性)という感じがします。

ここにライン・アップされている作品は「現代」という時点から見ても、その存在感は確固たるものがあって、自分の中ではいまだ古びた感じは一向にしないのですが、2019年といういま、僕たちが現在見ている映画たちが、どれだけ時の流れに抗して風化することなく、1976年に見たこれらの作品と同じように、確固たる存在感を保ち続けて未来の時間を生き残ることができるだろうかと考えたとき、たぶんそのほとんどは「無理」だろうなという残念な確信に捉われました。

そこではじめて気がついたことがあります。

このプログラムには、上映された邦画の監督たちが、それぞれコメントを寄せていて、自分はそれを漫然と読んでしまっていたのですが、そこでハタと気が付いたことがありました。

自分が書籍の編集者だった現役のころ、友人から頼まれてある作家の全集を作る下準備として諸々の雑誌に書き散らしたコラムを丹念にひとつひとつ拾い集めるという作業を手伝わされたことがありました。

大作家と言えども食うや食わずの駆け出しの時代には、生活のためなら注文があれば、どんなにつまらない仕事でも、匿名でエロ雑誌のカラー頁に書いたコラムや名もない業界誌、市民広報などに匿名で書き散らしたコラムまで丹念にあたって調べ上げ、拾っていくという気の遠くなるような作業でした。

あたる雑誌というのは、当時、奥さんという人が家計簿に収入として細かくつけていたリストがあったので、そのリストが手掛かりになっていたので無闇矢鱈に調べたというわけではありませんでしたが、当然、そのなかには最初から全集などに収録できるわけもない猥雑な小文とか無内容なものも相当あり、最初から採用されないと分かっているものでも、採用の有無は上の機関がするということで、自分たちの仕事は、あらゆるもの「すべて」を蒐集することだと命ぜられた実に徒労感に満ちた仕事でした。

この文芸座・文芸地下のカタログを読んでいたときに、ふっとそのときの記憶がよみがえってきたので、このようなカタログに載ったような、たとえ小文だったとしても、そこはきちんとデジタルで残しておくべきなのではないかとふと考えた次第です。

この特集上映のために署名入りの作品解説を寄せた監督は3人いて、

原将人「ぼくのスクリーンサイズ ―『初国知所之天皇』文芸地下上映に寄せて―」
内川清一郎「一寸法師雑感」
中川信夫「『地獄』いろいろ」

とあるのですが、自分的には、もっとも鮮烈な記憶の中に生き続けている「初国知所之天皇」の原将人の作品解説(原文)を書きとどめておきたいと思います。




★原将人「ぼくのスクリーンサイズ」 ―『初国知所之天皇』文芸地下上映に寄せて―                  原 将人

ぼくは一番前で映画を見るのが好きだ。一番前に坐ってぼくの視覚を全部スクリーンが占めなければ気がすまない。前に他人の頭があると見た気がしないくらいだ。
だから、ぼくは映画はフィルムと光があればそれですべてで、それ以外のこと、例えば制作条件のこと、上映の形態のことなどは、言い切ってしまえば、個人的な好みの範疇に属するにすぎないとまで言ってきた。
そんなぼくが『初国知所之天皇』を撮ってからというもの、自分で映写技師をやりながら上映してきた。初めの頃はぼくの視覚を全部占めないスクリーンサイズに苛立った。そして、スクリーンの一番前で自分の映画を見たいと何度思ったことだろう。16mmにブローアップしたことのひとつにもそのことがあった。ブローアップは自分で簡単なプリンターを組み立てて、スクリーンを撮影するのではなく、直接8mmのフィルムのコマを撮影していったので、鮮度をまったく損なわずブローアップすることができた。8mmの粒子の荒れをそのまま16mmに置き換えることができた。一番前の座席で粒子の荒れた画面を凝っと見ていると、粒子の荒れやボケが不思議な魅力を醸し出し、キチンとした35mmの画面より、よりリアルなものを感じられたのだった。
でも、一番前の座席でゆっくりと見ることのできたのも試写の時だけで、その後はやはりぼくが映写技師をやらなければならなかった。でも、16mmの映写技師は本当に映写技師だ。8ミリのようにスピードを自由に選んだり、音楽やセリフを流すところもその時の気分だったり、あたかも映画を演奏するようにはいかない。
やはり自分で映写するには8mmでなければおもしろくないし、ぼくが映写する意味もない。いまではもっと映画を演奏したい気分でいっぱいで、ギターも少し弾けるようになったので、音楽も生演奏でやることにした。
自分でギターを弾きながら、8ミリと、16mmが少し混じったオリジナル版を映写していると、テープの音を出す箇所を間違えたり、テープを止め忘れたりする。以前だと、止めたり巻き戻したり、あるいはヘッドホーンでモニターをしながら必死になって合わせたりしていた。音を出す場所とか、フィルムのスピードとかは毎回微妙に異なるのだが、そんなふうにして手動同調によってある範囲よりは大幅に異ならないようにしていた。でもいまは、間違ったり、止め忘れたりしても、あまり慌てたりせず、そのまま次の切れ目まで見送ってしまっている。それはもっと毎回毎回、異なった完成の仕方をする『初国知所之天皇』を楽しむことができるようになったのだろうし、それ以上に、毎回毎回、音がズレたり、演奏が全然異なったりしながらも、スクリーンの上に確実に存在しているふわふわした魂みたいなものがはっきりと見えるようになったからに違いない。
『初国知所之天皇』を撮り終えてから3年になろうとしている。そして漸く新しい大作に取り掛かることができそうだ。
時間は決して直線に流れているのではない。その3年の時間のへだたりによって、また新しく撮り始めようとしていることによって、自分が3年前撮影していたとき、何をやろうとしていたのかが、ふっと後ろに纏い付いている影のような自分の姿がはっきり見えるような気がする。
『初国知所之天皇』は舗道に映ったぼくの影から始まる。そして延々とぼくの撮影した日本の風景と時折ぼくの姿が映し出され、そこに少々たどたどしく少々廻りくどいぼくのナレーションがかぶさり、それが時折は撮影しながらぼくが作った唄だったりする。それがオリジナル版では8時間・16mmリフレイン版では4時間も続くのだけれども、そのなかでぼくはずっと大切なことを、しかもそれだけの時間を必要とする大切なことを言い続けてきたのだろう。ふっと付き纏っている影というような漠然とした言い方しかできないが、ぼくはいまはっきりとそれを見ることができる。
オリジナル版で8時間、16mm版でも4時間もあれば、あまり窮屈でないところでゆっくりと、できれば寝っ転がって見れれば一番いいにきまっている。だから、いままでも上映する場所とか雰囲気に非常に気を使ってきた。でも、一方では、どんな場所であれ大勢の人に見てもらいたいと思う。たとえ同じ場所でも、どこの座席で見るかによって印象は異なるし、見る人のその時のコンディションによっても異なるのだから、上映する場所とか雰囲気に気を使いだしたらきりがない。だから、どんな場所でも見える人には見えることと、映画にそうした条件を超える力があることを信じるしかない。
そして、大勢の人に見てもらうには映画館ほど相応しい場所はない。8mmオリジナル版のライブ演奏による上映を始めたいま、それと並行して16mmリフレイン版がこれを機会に、どんどん映画館とか大きいところで上映されて、出来得る限り多くの人たちに見てもらえればうれしいと思う。



【おまけ】
2011-02-01
★『初国知所之天皇』が甦る              原 將人

1990年代の初頭の頃、私は来日したジョナス・メカスさんに初めてお目に掛かり新宿のナジャで指圧をして差し上げた。指圧が終わってからメカスさんが言った。「原クン、お礼にいいことを教へてあげやう。映画はアルタミラとラスコーの洞窟壁画から始まったんだよ」
燃え盛る焚き火の炎に、けふの感謝と明日の狩猟の願ひと祈りを受けて、うたとともに、揺れ動いてゐた、牛や手の洞窟壁画こそ映画の始まりだったのだ。20代で8ミリに出会ひ『初国知所之天皇』のライブ上映により、映画の始源を追ひ求めてきた私にとって、その言葉はまさに啓示だった。
現在は無い。有るのは過去と未来ばかりで、現在はその接点に過ぎないと言った哲学者がゐたが、ライブとは未来を過去にしていくその接点の軌跡だ。映画の撮影は未来を過去にしてゆく作業で、いはば記憶づくりだ。そして、上映は過去を未来に差し戻し、映画館といふ場所での集合的な記憶にしてゆく過程だ。20世紀に産業として成立した映画にはそれができなかったが、映画にはライブといふ形式こそ理想なのだ。願ひと祈りの場所の記憶の集積。映画は想起すべき過去を伴ってこそ、語り継がれる記憶となる。私がライブ上映にこだはる理由はそこにある。
しかし、1973年にライブ映画として一世を風靡した『初国知所之天皇』は、30数年の長きにわたってそれができなかった。今回それが復活するいきさつは次ぎのやうなものである。
30数年前私は火事に遭った。分厚いプラスチックの大きなリールに巻かれた『初国知所之天皇』のオリジナルの8ミリフィルムは、変型したリールとケースの殻に包まれて一塊の異物と化してゐた。幸いラボに置かれた、ブローアップした16ミリは無事だったので、その後の上映はすべて16ミリ版でまかなってきたが、私は異物と化していた8ミリの塊を自分の分身の遺骨のやうにして、引っ越す度にも捨てずに持ち歩いてきた。
「ゆく河の流れは絶えずして、しかも本の水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし」と、無常感に浸るには、私は余りにも若過ぎたのだった。だが、皮肉なことに、2006年の富士フィルムの8ミリ製造中止のニュースによって、やうやく、この世の無常を思ひ知らされた。
私は意を決して一塊の異物となった『初国知所之天皇』のオリジナルフィルムをハンマーで割ってみた。なんと異物と化してゐたのはリールとケースばかりで、フィルムそのものは無事だった。巻頭部分の変形こそ痛々しかったが、それを過ぎるとほぼ30数年前と変はらぬ状態でプラスチックの殻に守られてゐたのだった。私はそのハイライト部分を『初国の旅』と名付け、それを中心にして3面マルチを組み『マテリアル&メモリーズ』といふライブ作品を編んだが、3年間のライブ上映を繰り返すうちに『マテリアル&メモリーズ』は増殖し、『初国の旅』が無くても成立するやうになった。
そして、キッドアイラックホールといふ1970年代の記憶を共有するのに最適な場所も見つかった。そんな折も折、宇波拓、テニスコーツを中心にした音楽サポートの申し出を受け、40年振りに『初国知所之天皇』のライブ上映が復活することになった。
アルタミラロとラスコーから始まった映画の記憶を甦らせたいと心から願ひ祈るばかりである

* * *

☆原 将人(正孝改め)
1950年(昭和25年)7月15年生まれ。東京都目黒区出身、
1968年(昭和43年)、高校在学中に映画『おかしさに彩られた悲しみのバラード』により第1回東京フィルム・アート・フェスティバルグランプリ、8mmATG賞を同時受賞した。
17歳の映画作家誕生ということで話題を投げた。昭和44年麻布高校卒業。
その後の作品には、「早川義男自己表現史」1970、「東京戦争戦後秘話・予告編」1970(脚本のみ。監督は大島渚)がある。
1973年(昭和48年)『初国知所之天皇』(はつくにしらすめらみこと)で8mm映画の新しい地平を開き、後進たちに勇気と希望を与え、数えきれないほどの作家、監督を輩出した。
1975年(昭和50年) 初国知所之天皇 リフレイン
1979年(昭和50年) ユリシーズの不思議な旅(ビデオ作品)
1980年(昭和54年) 初国知所之天皇 アゲイン
1982年(昭和57年) 人間・0歳の周辺
1983年(昭和58年) らいちょうのうた
1985年(昭和60年) C・W・ニコルの世界(テレビ番組)
1993年(平成5年) 百代の過客
1994年(平成6年) 初国知所之天皇 1994年版
1996年(平成8年) 101年目の映画へ(テレビ番組)
1997年(平成9年) 20世紀ノスタルジア(初の商業映画『20世紀ノスタルジア』で、第38回日本映画監督協会新人賞を受賞)
1997年(平成9年) ロードムービー家の夏(金子ともかず、小沼亮子との共同監督)
1999年(平成11年) 原発通信(はらはつうしん、ビデオ作品)
1999年(平成11年) 豊饒のバッハ
2002年(平成14年) MI・TA・RI!(第1回フランクフルト国際映画祭観客賞受賞)
2015年(平成27年) あなたにゐてほしい Soar

参加作品
薔薇の葬列(1969年)
東京战争戦後秘話(1970年)
オレンジロード急行(1978年)
急にたどりついてしまう(1995年)

著書
見たい映画のことだけを(有文社)
父と子の長い旅(フィルムアート社)
20世紀ノスタルジア(扶桑社)



【初国知所之天皇(はつくにしらすめらみこと)】
『初国知所之天皇』は、1973 年、当時23歳だった原將人(正孝)によって発表された。8ミリ+16ミリの作品で、『古事記』と『日本書紀』をベースにした北海道から鹿児島まで旅する 壮大なストーリであるとともに、神話的世界の国づくりが映画づくりに重なり、国家と個人が統合される。
1973年に同一スクリーンに8mmと16mmの2種類の映写機によって交互に映写していく上映方式によって公開され、大きな反響を呼んだインディーズ映画の傑作「初国知所之天皇」の1994年ニューバージョン。1971年、日本の神話〈古事記〉に材を取って撮影を始めた16mm劇映画「初国知所之天皇」は半ばにして挫折するが、翌年、原監督はひとりで8mmカメラを手にして撮影できなかった撮影予定地をまわる旅に出る。その映画を撮るという行為そのものを記録した、作家による作家自身の映画日記、映画についての映画が「初国知所之天皇」である。1973年上映時は6~7時間の上映時間であり、その後1975年には16mm作品として4時間5分バージョンが、また1980年には2面マルチ映像による2時間の再編集版が作られた。ニューバージョンは1975年版を2面マルチヴァージョンとして1時間48分に再編集したもので、1993年の山形国際ドキュメンタリー映画祭に特別上映された。



by sentence2307 | 2019-03-21 17:56 | 原将人 | Comments(0)

カメラを止めるな!

この作品「カメラを止めるな!」の存在を知ったのは、町山智浩がラジオで紹介していたのを、たまたま聴いたのが最初だったかもしれません。

それとも、新聞が報じていた記事
「公開当初は、たった2館のみで上映されたこの作品の観客動員数がものすごくて、上映館を一挙に100館超えで全国拡大した」

を読んだのが、あるいは最初だったのか、いまとなっては思い出すことができませんが、いずれにしても、従来なら、金に飽かした映画会社の誇大広告の猛烈な攻勢によって、作品そのものとは別の次元で空疎なイメージをでっちあげ、とにかく投資資金の回収だけはしなければと、必死になって集客をあおる詐欺まがいの営業戦略にすっかり慣れきってしまっている僕たちにとって(そこでは、提供された粗悪な作品を実際に見たあとでお約束どおり「あの映画、それほどでもなかったよ」とガッカリ失望することさえもセットになっていたくらいです)、しかし、この「カメラを止めるな!」は、ここ何年もついぞ経験したことのない、いや、あったとしてもすっかり忘れてしまったほどの時間が経過した、観客の側から盛り上がった鮮烈な「草の根的な現象」だったと思います。

あのとき、町山智浩は、たしか、映画の後半は「ネタばれ」になるから話せないとか言っていて、内容の詳細にわたる言及までは避けていました。

以後のネットの書き込みを注視していても、次第にこの作品の大まかな骨格は分かってきましたが、やはり「ネタばれ」は避けるという姿勢だけは貫かれているようでした。

そのたびに、いったい「ネタばれ」ってなんなんだという苛立ちが、自分のなかに積みあがっていくのを感じました。

以前、映画の惹句のひとつのスタイルとして、「この映画を見た人は、まだ見てない人に、映画の結末を絶対に話さないでください」というのがありました。

自分の記憶では、その惹句を最初に使った作品は、たしかヒッチコックの「サイコ」だったと思いますが、そもそも、映画「サイコ」が、最初から「犯人」を知ってしまったからといって、どうこういうタイプの作品なのかという苛立たしい疑問(まさかミステリー映画じゃあるまいし)がずっと自分の中にあり、収益をあげなければならない映画会社としては、謎解きを楽しむミステリー映画と宣伝したほうが分かりやすく売りやすいと考えたくらいのことは自分にも見当がつきましたが、しかし、ヒッチコックのあの傑出した作品「サイコ」を、なにも「犯人さがし」の映画にしなくたってという苦々しい思いは常にありました。その程度のことなら、なにもわざわざトリュフォーの見解を確かめるまでもありません。

この映画「カメラを止めるな!」にしても、ケチな「ネタばれ」なんかに気をとられるよりは、入れ子細工のように工夫を凝らしたアイデアの重層的な部分をもっと楽しめばいいと思います。

まあ、そんな感じで、すぐにも見てみたいと思ったものの、折あしくその時期がちょうどアカデミー賞選考の前哨戦で盛り上がっていた真っ最中でもあり、誰もがアカデミー賞に再び「メキシコの風」が吹きまくるのではないかという期待と噂でもちきりになっていたときなので、ついつい自分も「オスカー・レース」の追っ掛けに入れ込んでしまいました。

結論的には、アカデミー賞は、やはり「アメリカ・ファースト」でしたが、そうしたゴタゴタのなかでは映画「カメラを止めるな!」を見るまでの余裕がなく、そうこうしているうちに、ついに地上波の放映に先を越されてしまったというわけです。

しかしまあ、何だかんだいっても、どんな形ではあれ、とにかく映画は見さえすればそれでいいのですから、長い間見ることを先延ばしにしていた期待の作品を、こうしてようやく見ることができました。

しかし、いたずらな「先延ばし」が、功罪を伴うということは言えるかもしれません。確かに、その間に、聞かなくて済んだかもしれない(明らかにまともでない)多くの人の感想を「まともに」聞いてしまったということはありました。

例えば、そのなかには、聞き捨てできないような、こんなコメントもありました。

「この作品、キネ旬のベストテンには入らなかったんですよね。その程度の映画なんだなと思いました」と。

おいおいおい、ちょっと待てえや、あのな、ええか、ベストテンとか選ぶために雁首ならべているあの連中・選考委員とかいう奴らをよく見てみろや、な、ろくな奴いてへんやん、自認しているかどうかはともかく、彼らに課されている役割というのは、ただ「平均点」を出すこと、彼らの雑多な意見が均されて「平均」になるのではなくて、メジャー的な発想で最初から均された意見しか持ってない者たちを並び立てているのみと見るべきであって、映画「カメラを止めるな!」がキネ旬の何位にランクされたかなど、ここでは全然異次元の、問題とするにさえ値しない。ここで大事なことは、インディーズがメジャーを一瞬でもおびやかしたということがキモなんだよ。

このメジャーの大資本とインディペンデント映画が、互いを決して容認も理解もしなかったという事例なら、アメリカに恰好な記録があります。

1958年、ニューヨーク派の巨匠ジョン・カサヴェテスは、インディペンデント映画の傑作「アメリカの影」を撮ります。従来のハリウッドの描くニューヨークが、軽妙洒脱な華やかな「都会」を描いたのに対して、カサヴェテスは、当時タブー視されていた有色人種と白人の葛藤を暗く重厚なタッチで鮮烈に描いて、ニューヨーク派に深刻な衝撃と高い評価を得ていました。

シドニー・ルメットの「質屋」が撮られたのが1964年のことですから、その挑発的な先見性と戦闘性には実に驚くべきものがあったと思います。

当初、ジョナス・メカスも絶賛したひとりだったのですが、しかし、その「絶賛」は、すぐに「罵倒」に代わりました。

メカスが絶賛したのは、上映時間60分の16mmオリジナルヴァージョンの方で、罵倒の対象になった作品は、カサヴェテスが作品を分かり易くするために再編集した上映時間87分35mmブローアップ版で、こんなものは単なるハリウッドにおもねった「悪しきコマーシャル映画でしかなく、インディペンデント精神の放棄にすぎない」と腹立たし気に罵っています(メカスの映画日記20~23頁)。しかし、35mmブローアップ版しか知らない僕たちには、この檄文を複雑な思いで読むしかありませんが。

つまり、自分の言いたいことは、メジャーの大資本とインディペンデントがつくる映画には、理解し合えない溝があるのが当然で、インディペンデントでなければ表現しえないものがあることを自覚・自認すべきと考えた次第で、映画「カメラを止めるな!」がベスト・テンに入らなかったのは、むしろ当然だと思うくらいでいいのだと思います。

そこで、ちょっと前に出た「キネマ旬報」2月下旬号(ベスト・テン発表特別号)を引っ張り出しました。

実は、この号、自分的には「永久保存版」という位置づけで毎年買っているのですが、文字通り、ただ保存しておくだけで、買って以後開いたことがありません。そしていつの間に書棚から姿を消してしまいます。

以前ならデータ満載の資料として貴重な雑誌だったのでしょうが、ここに掲載されているくらいのことは、いまではインターネットで容易に検索できてしまいます、あえて見る箇所があるとすれば、11位以降のランキングを知りたいと思うときくらいかもしれません。

さっそく、映画「カメラを止めるな!」が、はたして何位にランクされているのか、確かめてみました。

ふむふむ、17位ですか、これだってすごいことですよ、まさに快挙といっていいくらいです。

そこで、選者たちが「カメラを止めるな!」を何位にランクし、またどう言及しているか、ピックアップしながら最初から読んでみました。

「素朴な映画愛のためらいのなさがいい」8位(内海陽子・映画評論家)
「映画館で感じた熱量もふくめて」10位(大久保清朗・映画評論家)
「2018年の映画界最大の話題は『カメラを止めるな!』現象でいいとして、それは実質的側面を代表する作品ということにはならない」10位(大高宏雄・映画ジャーナリスト)
「『カメラを止めるな!』も外れましたが、すでに十分すぎる評価ではないでしょうか。」ラン外(尾形敏朗・映画評論家)
「エンタテインメントとして楽しんだ」10位(川本三郎・批評家)
「上田慎一郎の『カメラを止めるな!』・・・など新人の挑戦に刺激を受けた」と名をあげながらも無視(金原由佳・映画ジャーナリスト)
7位にランクするもコメントなし(黒田邦雄・映画批評家)
「特記すべき長編初監督作として上田慎一郎の『カメラを止めるな!』・・・をあげておく」9位(轟夕起夫・映画評論家)
「『カメ止め』ブームが象徴しているように、衝動に駆られて製作した作品、撮ることの喜びと苦悩が溢れ出ていた作品が力を発揮していた。」といいながらランク外(中山治美・映画ジャーナリスト)
「どう考えても『カメラを止めるな!』以外のベスト・ワンは思いつかず、評判になってから『大したことはない』という声も聴きましたが、『大したこと、大あり』でしょ」1位(野村正昭・映画評論家)
「『カメラを止めるな!』・・・はすべて新人監督。」4位(平辻哲也・ジャーナリスト)
「平成最後のキネ旬ベスト・テンを象徴するかのようにジャパニーズドリームを見事に成し遂げた『カメラを止めるな!』に軍配を上げようと思っていたが・・・」2位(増當竜也・映画文筆)
「2018年の日本映画界を語るうえで欠かせない『カメラを止めるな!』は、自主映画に近い製作体制で作られたインディーズ映画。論壇だけでなく興行面においても圧倒的な熱を帯び、100年先に映画史を振り返る際にも時代の指標となるだろう。同時に、瀬々敬久や白石和彌などメジャー映画会社で実績ある監督も、自主映画に近い製作体制で作品を発表したことを忘れてはならない。いま日本映画界が考えるべき問題は此処に存在しているからだ。」といいながらランク外(松崎健夫・映画評論家)
10位にランクすれどもコメントなし、こういう二枚舌使う卑劣なヤカラがヤバイのだ(三留まゆみ・イラストレイター)
「興行的には『カメラを止めるな!』が話題を呼んだが、作品的には弱い印象がした。」興行的ってさあ、メジャーは「興行的に」狙っているのに当てられなかったわけだろ! そこを言ってんの、アホ。ランク外(村山匡一郎・映画評論家)
7位にランクすれどもコメントなし、7位(吉田伊知郎・映画評論家)
「前半は少し退屈な『カメラを止めるな!』だが、映画作りにはまだ一獲千金の夢があることを教えてくれたことへの感謝をこめて」10位(渡辺祥子・映画評論家)
5位にランクすれどもコメントなし、5位(渡辺武信・映画評論家)


こう読んできて、一応まともなのは、野村正昭、松崎健夫、渡辺祥子くらいで、あとの連中は、お仕事ほしさに大手資本の顔色をうかがってヨイショすることに窮々としているだけで、こんな愚劣な連中がもっともらしく採点しているわけですから、何位になろうと別に気にすることはありません。

ちなみに、この号の「日本映画採点表」のいちばん最後に載っている映画は、107位の「真っ赤な星」、そして、この作品を映画評論家・秋本鉄次という人が10位にランクし1ポイントを計上したことによって107位にランク・インさせて、ランキングの末端で攪乱を狙ったわけですが、これがそもそもどういう映画かというと、
≪国内外で注目を集める新鋭・井樫彩監督が、孤独を抱える14歳の少女と27歳の女性の愛の日々をつづったラブストーリー。田舎町の病院に入院した14歳の陽は、優しく接してくれる看護師の弥生に特別な感情を抱くが、退院の日、弥生が突然看護師を辞めたことを知る。1年後、陽は街中で偶然にも弥生と再会する。しかし彼女は現在、男たちに身体を売って生計を立てており、過去の優しい面影はすっかり消えていた。学校にも家にも居場所のない陽は、引き寄せられるように弥生に近づくが、弥生には誰にも言えない悲しい過去があった。孤独を抱える2人は、弥生のアパートで心の空白を埋める生活を送りはじめるが……。陽役を「みつこと宇宙こぶ」の小松未来、弥生役を「THE LIMIT OF SLEEPING BEAUTY リミット・オブ・スリーピング ビューティ」「娼年」の桜井ユキがそれぞれ演じた。≫
なのだそうです。

そして、この解説中にある同じ桜井ユキが出演した「娼年」も4位にランクして7ポイントを計上したことによって、「娼年」はみごと、54位にランクされました。54位になるためには、12ポイントというポイントが必要だったわけですから、この秋本氏の4ポイントがいかに効いたか、いかに寄与したかが、これだけで分かります。

桜井ユキの親戚か、あるいは単なるストーカーかもしれず、いずれにしても「万引き家族」「菊とギロチン」「きみの鳥はうたえる」「寝ても覚めても」をさしおいて、「真っ赤な星」と「娼年」などに投票してしまおうという不自然さには、いかにもイカガワシイ人には違いないという印象をぬぐえません、親戚かストーカーかと勘繰りたくもなるというのも当然です。

そういうひねくれた人たち(わたしは違います)が集まって選ぶベスト・テンです、なにもランク・インしなかったからといって少しも気にすることなんかありませんヨ。

でも「キネマ旬報 ベスト・テン特集号」をはじめて有効に活用できて嬉しいです。

この映画「カメラを止めるな!」は、ワンカットで映画を撮るという命題を与えられ、映画人が夢とプライドを呼び覚まされ、「映画」のために結束し、あらゆる困難を克服して映画を取り上げたという作品ですが、しかし、スポコンものとは違います。ワンカットで映画を撮りあげるということが、映画人のむかしからの夢だったからだと思います。
思いつくままに長回しで著名な監督名をあげると、

アスガル・ファルハーディー
アルフォンソ・キュアロン
アルフレッド・ヒッチコック
アレクサンドル・ソクーロフ
アンドレイ・タルコフスキー
ヴィム・ヴェンダース
オーソン・ウェルズ
カール・テオドア・ドライヤー
ギャスパー・ノエ
クエンティン・タランティーノ
ジム・ジャームッシュ
ジャ・ジャンクー
ジャック・リヴェット
ジャン=ピエール&リュック・ダルデンヌ
ジャン=リュック・ゴダール
ジャン・ルノワール
ジョセフ・W・サルノ
スタンリー・キューブリック
相米慎二
タル・ベーラ
ツァイ・ミンリャン
デヴィッド・リンチ
テオ・アンゲロプロス
ブライアン・デ・パルマ
ポール・トーマス・アンダーソン
ホウ・シャオシェン
マーティン・スコセッシ
マックス・オフュルス
ミクローシュ・ヤンチョー
ミケランジェロ・アントニオーニ
溝口健二
三谷幸喜
ミヒャエル・ハネケ
ルキノ・ヴィスコンティ
ロバート・アルトマン

ということになり、あげてみればきりがなく、枚挙にいとまがないという感じです、例えば、演技の高揚を止切らせることを嫌った溝口健二は、細かいカット割りをせずに、カメラを据えっぱなしにして俳優の演技をじっくりと追いました。何十回もダメ出しされた俳優たちは、どのように演じればいいか分からなくなり、心理的にも体力的にも追い詰められて、ついにパニックになって冷静さを失い、無我夢中で逆上気味に愁嘆場を演じたとき(演ずることを超えたとき)、はじめて溝口健二からOKがでたといわれています。

反対に、小津監督は細かくカットを割ることによって、俳優には極力「演技」をさせませんでした。そもそも小津監督が俳優の演技というものを信用してなかったということはあったかもしれませんが、むしろ、無駄な動きを封じることでかもし出されるゆったりとした一連の動作と閉ざされた時間のなかに、日常生活を生きる人間の思いの深み(諦念とか失意とか)を表そうとしたのではないかと思います。

この映画「カメラを止めるな!」は、ワンカットで映画を撮るという映画人にとっての至上命題が、それまでダレていた現場に、「活動写真」の歴史的モラルを思い出させ、映画を撮るために一致結束することの歓びを描き得たのだと思いますし、そうでなければ、僕たちにこれほどの感銘を与えることはできなかっただろうと思います。


そうそう、この小文の最初に「この作品は、工夫をこらしたアイデアの重層的な部分をもっと楽しめばいい」と書きました。

アップされた多くのコメントのなかに、この「カメラを止めるな!」をトリュフォーの「アメリカの夜」のパクリだと断じた意見を読みましたが、それにはちょっと首をひねらざるを得ませんでした。

そのご仁が、映画製作の現場の舞台裏を見せるという意味において単なるメイキング・フィルムと印象したのだったとしたら、それは勘違いもはなはだしいと思います。

かつての「メイキング・フィルム」というのは、巨匠とよばれる大監督が、かっこよく撮影現場をテキパキと仕切ったり、主役級の俳優たちが、あれこれと演技に工夫を凝らす様子を写したもので、しかもトリュフォーの「アメリカの夜」にいたっては、それぞれに「映画の記憶」を呼び覚ますという幸福な思い出に耽溺できる品格をそなえてさえいたことを思うと(その「映画の記憶」の具体例については、wikiから拝借して、末尾に貼りつけておきました。)、映画「カメラを止めるな!」とは、似ても似つかないものというしかありません。

映画「カメラを止めるな!」は、監督不在(あるいは、ダレた監督なら、いなくとも十分やっていけるという皮肉)という現場で、スタッフのひとりひとりが自主的に動き、駆けずり回ることができたアナーキーなドキュメントであることで僕たちに感銘を与えることができたのだと思います。

つまり、この監督不在のメイキング・フィルム(「メイキング・フィルム」だったとしたら、ですが)は、「アメリカの夜」というよりも、むしろ、これまでの映画においてはフレームからはずれ、決して目にすることのなかった裏方の名もないスタッフたちが、ストーリーの導き手として跳梁する黒子のような姿をはじめて白日の下にさらして描き切ったという、かつてならあり得なかった画期的な場面を僕たちは初めて目にすることができ、そしてそのことに感銘を受けたのだとしたら、それはやはり「アメリカの夜」などではなくて、篠田正浩の「心中天網島」こそが相応しいかもしれないなと思いはじめた次第です。



【トリュフォーの「アメリカの夜」は、いかにして「映画の記憶」の夢を見たか?】
★タイトルの『アメリカの夜』(フランス語の原題「La Nuit américaine」の和訳)とは、カメラのレンズに暖色系の光を遮断するフィルターをかけて、夜のシーンを昼間に撮る「擬似夜景」のこと。モノクロ時代に開発されハリウッドから広まった撮影スタイルであるため、こう呼ばれた。英語では "day for night" と呼び、この映画の英語タイトルも「Day for Night」となっている。映画のカラー化により使えるシーンが減少し、機材やフィルムの感度が上がって夜間撮影が難しいものではなくなった現在では、この撮影方法はほとんど使われないことになっているが、丁寧に見ていればときどき見られる。
★映画のセットはワーナー・ブラザースの映画『シャイヨの伯爵夫人』(TheMadwomanofChaillot)に作られたものをそのまま使った。そのため9週間の撮影のために80万ドルという少なさで、しかもドル・ショックで実質的に72万ドルの価値しかなくなってしまった。
★日本初公開時のタイトルは『映画に愛をこめて アメリカの夜』だった。1988年のリバイバル公開から『フランソワ・トリュフォーのアメリカの夜』に変更されたが、近年発刊されているデータベース本などでも『映画に愛をこめて アメリカの夜』で記載されてある場合が多いようである。
★献辞で使われた映像は、D・W・グリフィス監督の『見えざる敵』。
★フェラン監督が見る、少年がステッキで『市民ケーン』のスチル写真を盗む夢は、トリュフォーの少年時代の体験。『大人は判ってくれない』でも少年がポスターを盗むシーンがある。
★フェラン監督は左耳に補聴器をつけているが、トリュフォーは補聴器をつけていない。だが、難聴であり、その理由もフェラン監督と同じである。
★フェラン監督が注文した本は、ブニュエル、ルビッチ、ドライヤー、ベルイマン、ゴダール、ヒッチコック、ホークス、ロッセリーニ、ブレッソン。
★冒頭でクレーン撮影を行うシーンがあるが、トリュフォー自身は大掛かりなクレーンは一度も使っていない。
★『突然炎のごとく』でジャンヌ・モローが男たちがドミノに夢中で気を引くために「誰か、あたしの背中をかいてくれない?」というセリフを言った時、口調があまりにも自然だったせいか、小道具係が本当に背中をかいてやったというハプニングがあった。そのとき映画作りの現場を映画にするというアイデアを思いついたのだという。
★猫が思い通りに動いてくれず、何度も撮影をやり直すシーンは『柔らかい肌』での体験。
★ノイローゼ気味の女優が「ブール・アン・モット」という特製のバターを要求してスタッフが慌てるシーンは、ジャンヌ・モローが『エヴァの匂い』で同じ要求をしたという実話から。女優のわがままを象徴するシーンとなった。
★「40本ほどの出演作品のなかで、12-13回は電気椅子にかけられ、刑務所生活は合計すると800年以上も送ったことになる」と語るアレクサンドルのモデルは悪役時代のハンフリー・ボガート。また、彼のモデルとしてジャン・コクトーもイメージされている。
★劇中劇のストーリーはニコラス・レイ監督とグロリア・グレアムの『孤独な場所で』撮影などの間に実際に起こった事件がモデル(劇中劇では男女を逆にしている)。
★フランス女優がセリフの代わりに数字を読み上げるというエピソードは、フェデリコ・フェリーニが『8 1/2』で使った手法。
★彼女のセリフ「昔は女優は女優、ヘアメイクはヘアメイクだったのに」は、ロベルト・ロッセリーニ時代のイングリッド・バーグマンがよくこぼしたという文句。
★ジャクリーン・ビセットをスタンリー・ドーネン監督の『いつも2人で』を初めて観て、使いたいと思って、彼女を念頭においてシナリオを書いていたので返事が遅かった時は本当に悲しかったという。彼女の人物は主に『華氏451』のジュリー・クリスティの思い出と、『恋のエチュード』の二人の姉妹のイメージが加わっている。
★セリフを覚えられない女優のモデルは晩年のマルティーヌ・キャロル。
★ヒロインの女優の告白をそのまま映画のセリフに転用してしまうエピソードは、『夜霧の恋人たち』で当時恋人だったカトリーヌ・ドヌーヴがトリュフォーに告白した言葉を『隣の女』でファニー・アルダン(彼女もトリュフォーとは恋人関係だった)のセリフにしてしまうことで現実のものとなった。これを見たドヌーヴもやはり「あきれたわ、みんな私のセリフじゃない!」と言ったという。トリュフォーには印象に残った言葉や体験をメモに書き留めて残しておく習慣がある。
★アントワーヌ・ドワネルものではないが、ジャン=ピエール・レオがアルフォンスという役名で出てきて「女は魔物か?」ほかの台詞も他の作品から意識的に引用されている。トリュフォーは引用することによって明確に終止符を打ったのだという。
★劇中劇のラストシーンで雪にしようというアイデアが出るところで、保険会社の代表で背の高いイギリス人が出てくるが、スクリーン・テストの時に「ヘンリー・グレアム」と名乗っていたが、途中から作家グレアム・グリーンだと分かる。ニースの別荘に招待してくれたが、ヒッチコックの評価をめぐって大論争になったという。名前を出さないこととスチル写真は撮らないことを条件に出てくれた。



(2017)監督・上田慎一郎、脚本・上田慎一郎、プロデューサー・市橋浩治、撮影・曽根剛、録音・古茂田耕吉、特殊造形・下畑和秀、メイク・下畑和秀、ヘアメイク・平林純子、衣装・ふくだみゆき、編集・上田慎一郎、音楽・永井カイル、主題歌・鈴木伸宏、伊藤翔磨、メインテーマ・鈴木伸宏、伊藤翔磨、助監督・中泉裕矢、吉田幸之助、制作・吉田幸之助、スチール・浅沼直也、アソシエイトプロデューサー・児玉健太郎、牟田浩二、
出演・濱津隆之(日暮隆之)、真魚(日暮真央)、しゅはまはるみ(日暮晴美)、長屋和彰(神谷和明)、細井学(細田学)、市原洋(山ノ内洋)、山崎俊太郎(山越俊助)、大澤真一郎(古沢真一郎)、竹原芳子(笹原芳子)、吉田美紀(吉野美紀)、合田純奈(栗原綾奈)、浅森咲希奈(松浦早希)、秋山ゆずき(松本逢花)、山口友和(谷口智和)、藤村拓矢(藤丸拓哉)、イワゴウサトシ(黒岡大吾)、高橋恭子(相田舞)、生見司織(温水栞)、



by sentence2307 | 2019-03-16 14:14 | 上田慎一郎 | Comments(1)
自分の主たる関心事は映画なので、ブログに何かを書き込むというと、どうしても「そっち系」の記事になってしまいます。

ここ最近の書き込みを見ても、結果的には「アカデミー賞」関係の記事がズラズラっと並び、まるで映画賞の追っかけみたいな感じになっていますが、自分の生活実態にそくしていえば、決して「映画中毒」的な生活を送っているわけではありません。

クラシック音楽を聴くのも好きですし、ジャズも大好きです。むかしから生ギターで謳いあげる黒人ブルース(シカゴ・ブルース)とかが好きなので、以前はその系統のLPレコードを集めていて、そこでマディー・ウォーターズと出会い、そこからはごく自然にレオン・ラッセルとかローリング・ストーンズとか、無理なくエルトン・ジョンも受け入れることができました。

ビートルズがでてきた当初、同じイギリス出身ということもあってローリング・ストーンズと混同していた友人もいましたが、ローリング・ストーンズがシカゴ・ブルースの影響をモロに受けたアメリカ南部風のコテコテのロックンローラーであるのに対して、ビートルズは、クラシック音楽のテイストをもった純ヨーロッパ系の異色のグループだとすぐに見分けがついたことを覚えています。

そんな感じでつい最近までLPレコードを愛聴してきたのですが、ここ最近は、とくに聴くための装置がなくても、だいたいの音楽はyou tubeで気軽に聴けてしまうので、それに満足さえできれば、とくに聴くための立派な装置など必要としないし、そもそもLPレコード自体を保有する意味も失われてしまったような感じがしていました。

「物質」からその「必要性」がなくなってしまえば、あとに残るものといえば長い間保有してきたこと自体の「愛着」(むしろ、こちらの方が厄介な問題なのかもしれません)とどう折合いをつけるかだけの話ですが、自分を納得させられるメンタル手続きというか操作というか、その「愛着」の中に幾らかは占めているに違いない「物欲」を遠心分離器にかけて抜き取ってしまうという方法を試みてみました。

もしかしたら、「愛着」と「物欲」を取り違えているのかもしれませんし、さらに、「愛着」なんて「物欲」の錯覚で、むしろイコールなのかもしれないじゃないですか、それって大いにあり得ることだと思います、そこのところを確かめてみたいと考えて、ある方法を試みました。

しかし、なにもこんなふうに理屈っぽく考えなくたって、かさ張るLPレコードはそれなりの専用の保存場所を必要として、それでなくとも狭い空間に身を縮めて生活していかなければならない自分のような平凡な生活者にとっては、日常生活を狭めている物質の処理というものは切実な問題なのだという事実だけで、自分を納得させるのには十分な理由のはずなのですが。

その「ある方法」というのは、去年あたりからですが、徐々に近所のリサイクルショップへLPレコードを売り払い始めました。メンタルを納得させるための「荒療治」です。

そして、今年初頭にバスクラリネットのエリック・ドルフィーの名盤「アット・ザ・ファイヴ・スポット Vol.1」を最後に、ついにすべてのレコードの処分が完了しました。

この処分計画をする直前に、もし、手元から所有していた「物」がすべてなくなるという状態になったら、ものすごい空虚感に襲われるかもしれないと想像していたのですが、実際に最後の一枚を手放したときも、それほどの喪失感には見舞われませんでした。

たぶん、ひとつには、その買取り価格がものすごく安かったことにあったからかもしれません。

以前、LPレコードがまたブームになっているというニュースを聞いたことがありましたが、どこの世界の話だと思うくらいの惨憺たる「安値」でした。

その「安値」は、いまでは誰一人聴きもしないような時代遅れのレコードを後生大事に持ち続けていた自分の滑稽さを教えてくれました、それがひとつと、買取りの査定をした若い店員が、そのレコードを手に取って、同僚に「エリック・ドルフィーって、知ってるか」と聞いている無邪気な姿に、かえって救いを感じたのかもしれません、時代は移ろい、マイルス・デイヴィスもジョン・コルトレーンもアール・フッカーも「誰だ、それ?」と聞き返される時代に自分もそろそろ生きはじめているのだなということを実感した瞬間でした。

それから「読書」というのも、自分の生活習慣の重要な部分を占めています。

ただ、少し前と現在では、習慣としての自分の「読書スタイル」に大きな変化がありました。

これはなにも自分に課していた規制というほどのものではないのですが、以前は、一冊の本を完全に読了しない限り次の本を読むということが、性格的にどうしてもできませんでした。

しかし、一冊の本を読み切るためには、一本の映画を見るみたいに2時間やそこいらで済む話ではありません、ゆうに何日も何十日もかかる行為です。

村上春樹の「騎士団長殺し」1部・2部を読んだ時など、正直、1か月かかりました。

それでなくとも、むらっけの多い自分など、一冊の読書にかかりきりになっているその間、どうしても当初の緊張感がうすれ、次第に意識もはなれ、徐々に別の本に興味が移っていて、それがそのときの自分の正直な気持ちの実態なのに(それだって大切な「モチベーション」であることには違いありません)、それでも無理やり一冊の本の読書に自分を縛り付けていたということを繰り返してきました。

考えてみれば、これって、すごくおかしな話ですよね。しかし、かといって、そのとき読んでいた本を放棄して別の本に切り替えてしまったら、それこそ本末転倒の話になってしまいます。

そこで、こんなふうな方法を編み出しました、「複数冊・同時読書」です。

「あんた、そりゃあ邪道だわ。いわば読書の禁じ手」などと言われそうですが、しかし、この方法、自分にはピッタリと嵌まった実に功利的な方法でした。なにしろ、ダラダラ読むよりも、短い箇所を読むことになるので、よほど集中力が増しました、一行一行を集中して読み取ることができるようになりました。

そして、読むのに飽きたら、そのページのその行に付箋を貼っておいて、そのときその瞬間にいちばん読みたいと思っているまた別の本を手に取って読み始めます、「興味優先」のこの方法にはつまらない罪悪感すら入り込む余地などいささかもありません。

それは映画においても同じことだなと気が付きました。興味があるものを、そのときに、あるいは、その部分を集中して少しずつ見る・遅々として読む、というのが、もっとも理にかなった方法であることに気が付いたのでした。

まあ、これは自分だけの方法なのであって、あまり人様にはお薦めできませんが。

そうそう、「付箋」といえば、自分は、読書するときには、片手に付箋を持って読み始めます、以前は、鉛筆で傍線を引いていたのですが、読了後、見直すことを考えたら、付箋を貼るほうが、よほど効率的なのでそうしているのですが(当然、「傍線」の付箋と、「読みかけ」の付箋とは、色違いで区別しています)、前述した村上春樹の「騎士団長殺し」1部・2部のときも、「傍線」付箋を貼りながら読んだのですが、意外に付箋の数はほんのわずかしか貼られることはありませんでした。

たぶん、以前なら、多用される村上春樹独特の「それはまるで○○のような」に感銘を受けていたのに、いまではすっかりその言い回しに慣れてしまい、たぶん飽きてもしまっていて、あえてスマートだと思うこともなく、だから心を動かされることもそれほどではなくなってしまったからかもしれません。

それに、読んでいる最中は面白いと感じた言い回しも、それから何日か経った読了後に読み返してみると、どこが面白いと感じて付箋をつけたのだったかも、すっかり分からなくなってしまっている状態で、意味の失われた付箋をひとつずつ剥がしていった結果、残った付箋はたった一か所、「第2部 遷ろうメタファー編」528ページのこの部分だけでした。


「この世界には確かなことなんて何ひとつないかもしれない」と私は言った。「でも少くとも何かを信じることはできる」


しかし、これだって、時が経てば、なんでこんな言葉に感銘したのだったか、前後の脈絡を失っていく過程で、いつしか貼り付けた付箋の意味さえ分からなくなってしまうに違いありません。しかし、これはなにもネガティブな意味で言っているのではありません。いままさに読んでいるという読書の瞬間のダイナミズムを損なうものではいささかもないことを言いたかったのです。



by sentence2307 | 2019-03-10 10:28 | 村上春樹 | Comments(0)

「赤ひげ」と「北浜駅」

木曜日の朝、BS放送の番組表を見ていたら、昼に黒澤監督の「赤ひげ」、夜には「新・鉄道・絶景の旅 北海道道東の旅」という2時間枠の旅番組を放送することを知り、いずれも楽しみにしていたのですが、朝一番に出かけた税務署での確定申告がスムーズにいかず、昼過ぎまでずれ込んでしまったために、結局、楽しみにしていた「赤ひげ」の一部を見逃してしまいました。

もちろん、この作品、初見というわけではありませんが、優れた作品というものは、鮮明に残っているはずの印象を、改めて木っ端みじんに打ち砕くほどのパワーを持っていることを幾度も経験しているので、その「パワー」に再び身をゆだねたくて、再見、再々見と、繰り返し見ることを楽しみにしている作品「赤ひげ」だったのですが、今回の場合は、感動を「更新する」というわけにはいきませんでした。

この作品を「見る」側の受け手たる自分のそのときの状態(心的低迷とか衰弱とか)ということも、もちろんありますが。

しかし、「貧困はすべての人間を歪める。それは行政が悪いからだ」というこの作品の主たるテーマは、残念ながら、この作品自体を随所で矮小化させ、「怒れる赤ひげ」本人を単にエエカッコウシイの薄っぺらなカッコマンにしただけのような気がします。

「貧困がすべての人間を歪める」などという素直な哲学なら、いまさら教えてもらわなくとも、いつの時代においても、ごく当たり前のことにすぎず、それまでの黒澤作品には、そういう歪んだ人間たちが炸裂させるさらなる瞬発力が描かれていたことを知っている僕たちは、こうした「赤ひげ」の描かれ方は、黒澤明という傑出した才能の衰弱と後退という惨憺たる印象(これなら単なる「前提」を描いたにすぎません)を一層与えることになったのかもしれません。

自分的には最近、早島大祐の「徳政令」(講談社現代新書2018)という本を読んでいたこともあって、それが多少影響していたのかもしれません。この本の副題は「なぜ借金を返さなければならないのか」、このキャッチフレーズからして知的イメージをくすぐられ、本論もまた傑出した論考という感想を持ちました。

世の中から理不尽な扱い=虐待を受け、あるいは貧困に追いつめられ、社会から見捨てられた弱者がさらに病んで、救いのないその最期のイマワノキワに恨み言ひとつ言うのでもなく、いままさに息を引き取ろうという不運な人々に焦点をあてた怒りのモチーフは大いに理解できますが、しかし、そのもうひとつ先に、黒澤明なら、また別の世界を見せてくれるのではないかという期待が停滞し、裏切られたこの作品に対する失意と、そして悔いとが、自分の中にあったのだと思います。

たぶん、以前に「衝撃」と受け止めたかもしれないこの作品の、細部にこだわった重厚な描写と演技者たちの大仰な演技の数々も、この視点から見れば、その騒擾のカオスを簡潔にまとめるだけの掌握力を欠いた黒澤明の戸惑いによる放置によって、ただ冗長で無意味なだけの引き延ばしがもたらされたものと感じたとしても、その直感は、あながち誤りではなかったように思いました。

これは晩年の黒澤作品に顕著にみられる特徴でさえあることは、周知の事実です。

今回、この作品を見た正直な感想は、「なにも、こんなに長い映画である必要があるのか」というものでした。

またいつか、この作品「赤ひげ」にめぐり会うことがあれば、こんどはどんな顔を見せてくれるのか、いまから楽しみです。

というわけで、不完全な形でしか見ることのできなかった「赤ひげ」だったので、今日の視聴予定番組として2番目にチェックをしていた旅番組「新・鉄道・絶景の旅 北海道道東の旅」の方は、なおさら見逃すまいと思ったかもしれません。サブタイトルは、「冬景色と大自然を満喫」となっています。

平昌オリンピック以来、なんだかカーリングづいている自分は(とくに「女子」にですが)、最近「オホーツク」とか「道東」というワードに出会うと敏感に反応してしまい、その「道東」とつく番組があれば、どうしても見てしまいます。

番組は、釧路駅を出発して知床半島、網走から北見、留辺蘂駅(この町の意外な賑やかさには驚きました)まで、釧網本線から石北本線にかかる旅を列車を乗っておこなうというものでした。

摩周湖に寄り、知床半島では流氷歩きをし、止別でホテルに宿泊し、北浜駅では駅レストランでランチをとり、網走で下車してまた食事をし、北見(とはいっても、実は、さらに常呂町の「カーリング場」まで車でいくのですから、相応の時間を要したと思います)でカーリングに興じ・・・とこの旅は延々と続いていきます、その間、幾度もホテルに宿泊して豪華な食事と贅沢な温泉につかっている場面もありました、自分はあまりにもぼんやりと見過ごしてしまったので、食事回数とか宿泊回数をうっかりしてカウントしなかったのですが、これっていったい何泊の旅行だったのだと突然の疑問に捉われてしまいました。

だって、それでなくともですよ、北海道といえば特急列車優先で、各駅停車など特急が走るスキマ時間を遠慮がちに縫うようにしてかろうじて走っているという継子扱いの状態ですから、それこそ特急が止まらない駅で下車などしてしまったら、次の電車がまたいつ止まってくれるのか、時刻表を見て愕然とし、寒風が容赦なく吹き込む駅舎で寒さに凍え、命の危険さえも感じて辛抱強く待つくらいなら、いっそのことその地で宿泊してしまった方がよほど賢明な選択と思うくらいなのに、この番組では、マイナーな各駅停車駅にも丹念に下車していました(と、感じました)、はたしてこの旅番組の旅行日数がどのくらいのものなのか、番組の最後に突然の疑問がわいてきたというわけです。

実はこの北浜駅には、若干の予備知識がありました、3月3日の読売新聞の日曜版にこの駅のことが紹介されていて(髙山文彦「せつない鉄路を巡る旅」)記憶に残っていたので、古い新聞の束から当の新聞を引っ張り出して確認しました。そしてことさらに記憶に残っていたかといえば、その見出しが印象的だったからだと思います。

そこにはこう書かれていました、「孤独感とは別のさびしさ」。改めて読むと、いい年をしてこんなバレバレの見出しに反応してしまったなんて、ちょっと気恥ずかしい気もしますが。

そして、全国の無人駅を紹介しているこの記事をあらためて読むと、「北浜駅」に言及している部分はほんの数行でした、期待していたぶん、ちょっと拍子抜けです。

そこには、こう書かれていました。

「網走の北浜駅は、目の前がオホーツク海。初雪がどっさりと降った日で大小の鮭が遡上していた。」

この一文を読んだとき、この駅が単に「無人駅」にすぎないのに、自分の記憶のなかに刻まれた時には、なぜかいつのまにか「秘境駅」にすり替わって覚え込んでしまったのだと思います。

番組でも紹介されていたとおり「北浜駅」は、無人駅であっても秘境駅なんかじゃありません。駅舎には立派なレストランもあって、さらにオホーツク海を一望のもとに見渡せる展望台さえ備えている立派な駅です。

あえて秘境駅というなら、女満別空港にもっとも近い駅、「西女満別駅」の方が相応しいだろうなと思いながら、この道東の列車旅の番組を見た次第です。



by sentence2307 | 2019-03-09 10:34 | 黒澤明 | Comments(0)
ここにきてアメリカのアカデミー賞も日本のアカデミー賞もやっと終わって、ようやく落ち着いた気分になりました。

なんだか、これでアンタの「アカデミー賞」ネタも尽きただろうと言われそうですけれども、負け惜しみではありませんが、自分としては、それほど「アカデミー賞」に熱く入れ込んでいたわけではありません。

だって、いままでアップした小文を見てもらえば、お判りになるかと思いますが、その駄文のどれにも「アカデミー賞・愛」が感じられるようなものなど、ひとつもありません。

結局は、アメリカの作品賞や監督賞がどう決まろうと、それは単なる海のかなたの「情報」にすぎず、自分にとっては、これから遅れてやってくるであろう映画を見るうえでの予備知識というか参考程度のものですし、日本アカデミー賞について書いた小文に至っては、配偶者の名を借りた誹謗中傷でしかありません、よくまあ、あそこまで書けたものだとわれながら感心します。

自分が楽しみにしているのは、ほかのところにあります。

このお祭りみたいな「アカデミー賞受賞作品月間」の期間には、各局や映画関連サイトで、華やかに「アカデミー賞受賞作品特集」をぶち上げて古典的名作を放映するので、ここ何年ものあいだ、それを物凄く楽しみにしています。

今年などは、gyaoで「キネマ旬報ベスト10入賞作品特集」というものまでありました。

しかし逆に、放映する作品の種類も本数も多すぎて、毎日できるだけ見るようにしてはいるものの、それでも追いつかず、たとえその作品群のなかで感銘を受けた作品に出会ったとしても、そこで立ち止まって感想をまとめるなどということは到底不可能、まるでカツオの大群のように押し寄せてくる名作群を次々と捌くようにして見ていくだけで精一杯という状況です、考えてみればこれもずいぶん贅沢な話です。

自分は、cs放送以外では、おもにwowowのオンデマンドか同時配信を利用して映画を見ているのですが、正直、wowowでは、ごく最近の新作をおもに放映するというスタンスのために、少し前に見た映画を控えたメモには、惨憺たる作品がラインアップされています。

自分は、10本見たあとで、それを一括りとして自分なりのベスト10(便宜上)をつけて綴り込みに保存しています。

そのときのベスト10は、こんな感じでした。


1、静かなる叫び(2009)ドニ・ヴィルヌーヴ監督
2、愛を綴る女(2016)ニコール・ガルシア監督
3、レッド・スパロー(2018)フランシス・ローレンス監督
4、ビョンド・ザ・スピード(2017)ミヒャエル・ロスカム監督
5、ユダヤ人を救った動物園(2017)ニキ・カーロ監督
6、犯人は生首に訊け(2017)イ・スヨン監督
7、パリ、憎しみという名の罠(2017)オリヴィエ・マルシャン監督
8、ありふれた悪事(2017)キム・ボンファン監督
9、殺人者の記憶法・新しい記憶(2017)ウォン・シニョン監督
10、15時17分、パリ行き(2018)クリント・イーストウッド監督
あまりにもひどすぎて登録抹消、あゝ荒野・上ばかりでなく下も


このなかで例外は、10位のクリント・イーストウッド作品で、「ミリオンダラー・ベイビー」のような痛切な作品を撮る監督が、こんなものを撮るのかと、期待して見た分だけ、その凡庸さにはものすごいショックを受けました。

このすぐ後で、「アカデミー賞受賞作品特集」において「ミリオンダラー・ベイビー」を見ただけに、なおさらその思いを強くしたかもしれません。

これなどは、期待していたのに失望させられたというケースですが、期待してなかったのに意外に良かったという作品は、1~3の作品くらいでした。

この程度の作品にわざわざ「ベスト10」などつける必要があるのかと、いままで持続してきた自分の習慣が疑わしく無意味に思えてきて、一瞬、揺らいだかもしれません。

その後、すぐに「アカデミー賞名作月間」が始まりました、たぶん、そのスタートはwowowで放映した黒澤明の「生きる」あたりだったと思います。

とにかく本数が多いので、箇条書きにせずズラズラっと書いてみますね。


神々のたそがれ、フレンチ・コネクション、ローズマリーの赤ちゃん、ペコロスの母に会いに行く、川の底からこんにちは、黒衣の刺客、バース・オブ・ネイション、わが谷は緑なりき、荒野の決闘、ストーカー、飢餓海峡、ショーシャンクの空に、たそがれ酒場、バウンド、菊豆、血槍富士、エルELLE、おみおくりの作法、仮面/ペルソナ、花様年華、さらば、わが愛/覇王別姫、吸血鬼(カール・ドライヤー)、フェリーニのアマルコルド、赤い風車、ミッドナイト・エクスプレス、怒りの葡萄、レッズ、ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日、ヘルプ~心がつなぐストーリー、アフリカの女王、ゴッドファーザー、ゴッドファーザーpart2、ゴッドファーザーpart3、ミリオンダラー・ベイビー、アルゴ、君の名前で僕を呼んで(そのとなりに、モーリスとアナザーカントリーと御法度がありましたが)、第17捕虜収容所、8 1/2、アメリカ アメリカ、本日休診、君はひとりじゃない、バリー・リンドン、


などなど、こんな感じです、この怒涛のような名作群に優劣をつけるなど、しょせん無理・無謀な話なのですが、しかし、上記のヘタレな作品のベスト10を考えるのに比べたら、よほど楽しい作業になることは間違いありません。



by sentence2307 | 2019-03-04 18:50 | アカデミー賞 | Comments(2)
確定申告に必要な書類がまだ全部そろわず、どうしようかとぐずぐず悩んでいる朝、狂気のように納豆をかき回すかたわら横目で新聞をのぞき込んでいたわが配偶者が、食卓の向こうから話しかけてきました。

「ねえねえ、アカデミー賞って、まだやっていたっけ。だってほら、これ」

と自分に向けられた小さな記事には、「日本アカデミー賞」との見出しが小さく記されていました。

この手の記事の扱いの「小ささ」に対する衝撃は、最近も幾度か経験していて、いまではもうすっかり慣れてしまいました、紀平梨花の世界大会6連勝(ひとむかし前なら驚異的な快挙です)とか、カーリングの日本選手権の記事(五輪メダリストが敗退したのにです)とか。世間の冷たさとメディアの節操のなさなんて、いまさらどうこう言うほどの話ではありませんが。

「これはね」と、ここは小さな子供を諭すように、一度大きく息を吸いこんでから、配偶者の顔のなかに揶揄や冷笑や悪意がないかを一応確かめます、毎年、この時期になると繰り返されるお約束の冷ややかな会話が待っていることを覚悟はしてますが。

案の定、目の前には、自分の答えを意地悪そうな薄ら笑いを浮かべて待っている配偶者の狡猾そうな顔があります。まるでコワモテのサラ金の取り立てを前にして弁解しなければならないような強迫感に圧し潰されそうな気分です。

「これはね、日本アカデミー賞っていうのね」

「へえ~、日本のやつもこんなにすぐやってしまうものなんだ、そんなアカデミー賞なら、『グリーンブック』や『ROME/ローマ』でもなんでも押しのけて、アメリカでもらいなさいよ、だわよねえ。これじゃ負け犬の遠吠えどころか、恥の上塗りじゃない、まだ何日も経っていないっていうのにさ、なに考えてるんだこいつら」

ほら、また始まった、映画のことなんか、これっぽっちの興味も関心もないわが配偶者にまで、こんなさんざんな言われ方されてるじゃないですか。しかも、毎年ですよ、これって。そのつど、日本映画界の擁護者として弁解にアイ努めなければならない自分の身にもなってくださいよ、たまったもんじゃありませんから。

とにかく、この名称だけでも、なんか独自性のあるものに変えたほうがいいですよ、これじゃあまるで朝貢の品選びに悩む卑屈な属国根性丸出しの敗者復活戦じゃないですか。いえいえ、これはわたしが言ってるわけでも創作したわけでもなくて、みずからの発言に責任というものを一切持とうとしないわが配偶者が言ったことなのですからご理解を願いたく存じあげます。

しかし、この日頃の鬱憤晴らしに日本アカデミー賞をやり玉にあげて怒りの咆哮をぶちまけて狂気のように激するわが配偶者の凄惨なご尊顔を拝謁しているうちに、ある思い出がよみがえってきました。

もう10年以上まえの話になりますが、sonyのビデオカメラを買ったことがあります。この言い方、少し言い回しが変かもしれませんが、「買いました」ではニュアンスとしては真意を伝えるにはとても弱くて、むしろ、興味があって買ったけれども、使いこなせずにすぐに飽きて、興味が他に逸れたという意味合いを込めるには「買ったことがある」とするのがベストと判断しました。

たぶん、ビデオカメラを買うなんてことは普通のことで、取り立てて買った理由など、ことさらに説明するほどのことでもないでしょうし、また、そのことについて誰からも詮索されたわけでもありませんが、実は、自分だけの秘密の動機というのがありました、このことはいままで誰にも話したことがありません。

「じゃあなにかい、エスカレーターとかでの盗撮目的に使うとか?」などと言われそうですが、いえいえ、そんなんじゃありません、信じてください。興味はありますが、決してやったことはありませんので、ホントです。

実は、その当時、たぶん「ぴあ」とかの主催で、一般から募集する短編映画(上映時間は、ほんの数分のものです)のコンクールをやっていて、応募作品はおもにビデオ作品で、その入選作品の特集をたまたま「日本映画専門チャンネル」で見たのですが、そのなかの1本にとても感心(というよりも、むしろ感動)した作品がありました、「もの凄く」と最上級の言葉で飾っても一向に差し支えありません、なにしろいまだ鮮明に記憶しているくらいですから。

薄れた記憶をたどって内容を書いてみますが、なにせ確認してないままの記憶なので、どこまで信憑性があるか自信がありません、内容そのものが間違っているとか、他の作品と交錯して覚えてしまっているという可能性は大いにありますので、その辺は、あらかじめご寛容いただかなければなりません。

内容というのは、「水戸黄門」と「ゴジラ」がミックスされたようなストーリーで、ご存知・黄門さまが例のトリオで旅をしていると目の前に突然ゴジラが現れ、びっくりするというだけのフィルムだったと思います。

なにせ上映時間が、おそらくほんの数分の短編なので、もちろん複雑なストーリーとかはなく、この4人のキャラクター(水戸黄門、助さん、角さん、そしてゴジラ)をTシャツ・ジーパンのフツーの兄ちゃん(製作者だと思います)がひとりで、そのまま、なんの扮装もなしにそれぞれを表情だけで巧みに演じ分けるという、実に驚くべき作品でした。

まあ、いってみれば一人芝居を普段着の上半身だけで演じたものなのですが、それぞれのリアルな表情の演じ分けにはすこぶる驚愕した記憶があります。

まず、ゴジラです、グロテスクな姿に生まれついてしまったわが身の、その醜さを課した神を呪うかのように天に向かって咆哮する哀しみの慟哭が物凄く真に迫っていました。

朝の食卓で、日本アカデミー賞を呪う配偶者の怒りの表情が、まさに「これ」だったのです、やれやれ。

そのとき受けた衝撃がどれほどのものだったかは、思わず自分をビデオカメラを買うために電機量販店へ走らせたことでもお察しいただけるかと思います。

この方法なら(据えっぱなしのカメラとTシャツ・ジーパン、そして想像力ひとつでOK)自分ひとりでも映画を撮れるのではないかと考えたのだと思います。

それこそ「市民ケーン」だって「怒りの葡萄」だって「さらば、わが愛/覇王別姫」だって撮ることは不可能じゃないと。

しかし、いざカメラを手にしたとき、その不可能を思い知りました。

目の前には、カメラもTシャツもジーパンもあるのに、ただ「想像力を具現化する表情と演技」だけがない、この「ない」がいかに決定的なことか、ビデオで自撮りした自分の顔は見るに堪えない醜さで、これを他人に見せるのかと考えただけで吐きそうになりました。
いや~、演技者の偉大さをこのときほど痛感したことはありませんでした。

わが配偶者は、あんなふうに言ってますが、たとえ世界がすべてあなたのことを冷笑し、揶揄し、馬鹿にし、見放し、敵になったとしても、このわたしこそはあなたの味方です。味方じゃないわけがありません。

いまでこそ愚劣な学園ものしか撮れないとしても、かつての日本映画の栄光を知っている自分こそは力強い最後の友人と思っていただいて結構です。まさにラスト・ユアフレンド・フォーエヴァーなのであります、同じですが。

あっ、配偶者が見回りにやってきましたので、寝たふりしてやりすごしますから、今日はこのへんで失礼します。

(小声で)「永久に栄えあれ、日本アカデミー賞!!」 バンザ~イとかなんとか。

やれやれ



by sentence2307 | 2019-03-02 11:13 | アカデミー賞 | Comments(0)
今朝のmsnのホームページに「世界の名作ベスト100」という記事がアップされていました。この手の記事があると、「またか」という思いも勿論ありますが、ついつい見入ってしまうというのも事実です、そのまま見ないでいると、結局は、あとあとまでもそれが気になって尾を引くということになるので、ここは「きっぱり、見る」というのが自分にとっての正解ということになります。

しかし、世の中には、それこそ、いろいろの団体、あるいは個々人がそれぞれの「世界の名作ベスト100」を持っているので、ひとつには、その多様性と個性をどこまで楽しむことができるかということに掛かってくると思うのですが、ここにある問題が発生します。

例えば、第1位「市民ケーン」、第2位に「東京物語」を選ぶという通念とか良識?というものがある一方で、当然、意表を突くような個性的な第1位もあるわけで、スタンリー・キューブリックが選ぶ第1位なら、その意外性に驚き、さすがキューブリックだ、なるほどなと個性に感心し、楽しむということもできるのでしょうが、今回msnにアップされた「米映画批評サイトが選んだ『不朽の名作』ベスト100」というタイトルの記事で、出典は「英語圏の映画ファンの間で人気の高い批評サイト/データベースのロッテントマトRotten Tomatoe」なのだそうです。

そういえば、ここのところ、msnのホームページに「オズの魔法使」のジュリー・ガーランドのスチール写真がやたらにアップされていたのは、このことかと思い当たりました。

まあ、「いろいろの団体、あるいは個々人がそれぞれ自分なりの『世界の名作ベスト100」を持ってもいい』わけなのですから、なんでもありは当然なのでしょうが、しかし、ざっと見たところ、このベスト100、黒澤明が4本入っているのに、いまどきのベスト100にはめずらしく小津監督の作品がどこにも見当たりません。

そこでこの「ロッテントマトRotten Tomatoe」がどういった批評サイトだか知りませんが、ちょっとこの小津監督作品を欠落させたベスト100位というものが如何なるものか、分析したくなりました。

分析プランとしては、まず、ベスト100位の作品を掲げ、次に、そこに掲げられた作品が、その監督にとって最良な作品と言えるのか、をチェックするとともに、選ばれなかった監督の最良の作品をあげて比較してみようと考えました。

(注)表中「RT評価〇〇%」と記載されている意味が分かりませんが、ただ「90%」が「100%」よりも先んじて表示されているところを見ると、一定の水準を満たしている予備選考の通過した作品と理解しました。


【米映画批評サイトが選んだ「不朽の名作」ベスト100】

1位:『オズの魔法使』(1939年)RT評価:98%
監督:ヴィクター・フレミング 出演:ジュディ・ガーランド、フランク・モーガン、レイ・ボルジャー

2位:『市民ケーン』(1941年)RT評価:100%
監督:オーソン・ウェルズ 出演:オーソン・ウェルズ、ジョゼフ・コットン、ドロシー・カミンゴア

3位:『第三の男』(1949年)RT評価:99%
監督:キャロル・リード 出演:オーソン・ウェルズ、ジョゼフ・コットン、アリダ・ヴァリ、トレヴァー・ハワード

4位:『カリガリ博士』(1920年)RT評価:100%
監督:ローベルト・ヴィーネ 出演:ヴェルナー・クラウス、コンラート・ファイト、フリードリッヒ・フェーエル

5位:『メトロポリス』(1927年)RT評価:99%
監督:フリッツ・ラング 出演:ブリギッテ・ヘルム、アルフレート・アーベル、グスタフ・フレーリッヒ

6位:『イヴの総て』(1950年)RT評価:100%
監督:ジョセフ・L・マンキーウィッツ 出演:ベティ・デイヴィス、アン・バクスター、ジョージ・サンダース

7位:『或る夜の出来事』(1934年)RT評価:98%
監督:フランク・キャプラ  出演:クラーク・ゲーブル、クローデット・コルベール、ウォルター・コノリー

8位:『モダン・タイムス』(1936年)RT評価:100%
監督:チャールズ・チャップリン 出演:チャールズ・チャップリン、ポーレット・ゴダード、ヘンリー・バーグマン

9位:『カサブランカ』(1942年)RT評価:97%
監督:マイケル・カーティス 出演:ハンフリー・ボガート、イングリッド・バーグマン、ポール・ヘンリード

10位:『大いなる幻影』 (1937年)RT評価:97%
監督:ジャン・ルノワール 出演:ジャン・ギャバン、ディタ・パルロ、ピエール・フレネー

11位:『雨に唄えば』 (1952年)RT評価:100%
監督:スタンリー・ドーネン、ジーン・ケリー 出演:ジーン・ケリー、デビー・レイノルズ、ドナルド・オコナー

12位:『サイコ』 (1960年)RT評価:97%
監督:アルフレッド・ヒッチコック出演:アンソニー・パーキンス、ジャネット・リー、ヴェラ・マイルズ

13位:『ローラ殺人事件』 (1944年)RT評価:100%
監督:オットー・プレミンジャー 出演:ジーン・ティアニー、ダナ・アンドリュース、クリフトン・ウェッブ

14位:『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』 (1964年)RT評価:98%
監督:リチャード・レスター 出演:ジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、リンゴ・スター

15位:『白雪姫』 (1937年)RT評価:98%
監督:デイヴィッド・ハンド、ウィルフレッド・ジャクソン、ラリー・モリー、パース・ピアース、ベン・シャープスティーン、ウィリアム・コトレル 声の出演:アドリアナ・カセロッティ、ハリー・ストックウェル、ルシル・ラ・ヴァーン

16位:『キングコング』 (1933年)RT評価:98%
監督:メリアン・C・クーパー、アーネスト・B・シェードザック 出演:フェイ・レイ、ブルース・キャボット、ロバート・アームストロング

17位:『吸血鬼ノスフェラトゥ』 (1922年)RT評価:97%
監督:F・W・ムルナウ 出演:マックス・シュレック、グスタフ・フォン・ヴァンゲンハイム、アレクサンダー・グラナック

18位:『ロビンフッドの冒険』 (1938年)RT評価:100%
監督:マイケル・カーティス、ウィリアム・ケイリー 出演:エロール・フリン、イアン・ハンター、オリビア・デ・ハバランド

19位:『サンセット大通り』 (1950年)RT評価:98%
監督:ビリー・ワイルダー 出演:ウィリアム・ホールデン、グロリア・スワンソン、エリッヒ・V・シュトロハイム

20位:『反撥』 (1965年)RT評価:100%
監督:ロマン・ポランスキ 出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、イアン・ヘンドリー、ジョン・フレイザー

21位:『北北西に進路を取れ』(1959年)RT評価:99%
監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演:ケーリー・グラント、エヴァ・マリー・セイント、ジェームズ・メイソン

22位:『裏窓』 (1954年)RT評価:100%
監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演:ジェームズ・ステュアート、グレース・ケリー、ウェンデル・コーリイ

23位:『フランケンシュタインの花嫁』 (1935年)RT評価:100%
監督:ジェイムズ・ホエール 出演:ボリス・カーロフ、コリン・クライヴ、エルザ・ランチェスター

24位:『フィラデルフィア物語』 (1940年)RT評価:100%
監督:ジョージ・キューカー 出演:キャサリン・ヘプバーン、ケーリー・グラント、ジェームズ・スチュワート

25位:『黒い罠』 (1958年)RT評価:96%
監督:オーソン・ウェルズ 出演:チャールトン・ヘストン、ジャネット・リー、オーソン・ウェルズ

26位:『七人の侍』 (1954年)RT評価:100%
監督:黒澤明 出演:三船敏郎、志村喬、津島恵子ほか

27位:『西部戦線異状なし』 (1930年)RT評価:100%
監督:ルイス・マイルストン 出演:リュー・エアーズ、ルイス・ウォルハイム、ジョン・レイ

28位:『十二人の怒れる男』 (1957年)RT評価:100%
監督:シドニー・ルメット 出演:ヘンリー・フォンダ、マーティン・バルサム、リー・J・コッブ

29位:『めまい』 (1958年)RT評価:96%
監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演:ジェームズ・ステュアート、キム・ノヴァク、バーバラ・ベル・ゲデス

30位:『大人は判ってくれない』 (1959年)RT評価:100%
監督:フランソワ・トリュフォー 出演:ジャン=ピエール・レオ、アルベール・レミー、クレール・モーリエ

31位:『黄金』 (1948年)RT評価:100%
監督:ジョン・ヒューストン 出演:ハンフリー・ボガート、ウォルター・ヒューストン、ウォルター・ヒューストン

32位:『博士の異常な愛情』 (1964年)RT評価:99%
監督:スタンリー・キューブリック 出演:ピーター・セラーズ、ジョージ・C・スコット、スターリング・ヘイドン

33位:『レベッカ』 (1940年)RT評価:100%
監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演: ローレンス・オリヴィエ、ジョーン・フォンテイン、 ジョージ・サンダース

34位:『欲望という名の電車』 (1951年)RT評価:98%
監督:エリア・カザン 出演:ヴィヴィアン・リー、マーロン・ブランド、 キム・ハンター

35位:『アラビアのロレンス』 (1962年)RT評価:98%
監督:デヴィッド・リーン 出演:ピーター・オトゥール、オマー・シャリフ、アレック・ギネス、アンソニー・クイン

36位:『ローズマリーの赤ちゃん』 (1968年)RT評価:99%
監督:ロマン・ポランスキー 出演:ミア・ファロー、ジョン・カサヴェテス、ルース・ゴードン

37位:『フランケンシュタイン』 (1931年)RT評価:100%
監督:ジェイムズ・ホエール 出演:コリン・クライヴ、メイ・クラーク、ジョン・ボリス

38位:『羅生門』 (1950年)RT評価:98%
監督:黒澤明 出演:三船敏郎、森雅之、京マチ子、志村喬

39位:『波止場』(1954年)RT評価:98%
監督:エリア・カザン 出演:マーロン・ブランド、カール・マルデン、リー・J・コッブ

40位:『怒りの葡萄』 (1940年)RT評価:100%
監督:ジョン・フォード 出演:ヘンリー・フォンダ、ジェーン・ダーウェル、ジョン・キャラダイン

41位:『三つ数えろ』 (1946年)RT評価:97%
監督:ハワード・ホークス 出演:ハンフリー・ボガート、ローレン・バコール、ジョン・リッジリー

42位:『ローマの休日』 (1953年)RT評価:98%
監督:ウィリアム・ワイラー 出演:グレゴリー・ペック、オードリー・ヘップバーン、エディ・アルバート

43位:『ラスト・ショー』 (1971年)RT評価:100%
監督:ピーター・ボグダノヴィッチ 出演:ティモシー・ボトムズ、ジェフ・ブリッジス、シビル・シェパード

44位:『バルカン超特急』 (1938年)RT評価:98%
監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演:マーガレット・ロックウッド、マイケル・レッドグレイヴ、ポール・ルーカス

45位:『暴力脱獄』 (1967年)RT評価:100%
監督:スチュアート・ローゼンバーグ 出演:ポール・ニューマン、ポール・ニューマン、 ストローザー・マーティン

46位:『山猫』 (1963年)RT評価:100%
監督:ルキノ・ヴィスコンティ 出演:バート・ランカスター、アラン・ドロン、クラウディア・カルディナーレ、ジュリアーノ・ジェンマ

47位:『戦艦ポチョムキン』 (1925年)RT評価:100%
監督:セルゲイ・エイゼンシュテイン 出演:アレクサンドル・アントノフ、ウラジミール・バルスキー、G・アレクサンドロフ

48位:『捜索者』 (1956年)RT評価:100%
監督:ジョン・フォード 出演:ジョン・ウェイン、ジェフリー・ハンター、ナタリー・ウッド

49位:『チャイナタウン』 (1974年)RT評価:98%
監督:ロマン・ポランスキー 出演:ジャック・ニコルソン、フェイ・ダナウェイ、ジョン・ヒューストン

50位:『或る殺人』 (1959年)RT評価:100%
監督:オットー・プレミンジャー 出演:ジェームズ・ステュアート、リー・レミック、ベン・ギャザラ

51位:『ボディ・スナッチャー/恐怖の街』 (1956年)RT評価:98%
監督:ドン・シーゲル 出演:ケヴィン・マッカーシー、ダナ・ウィンター、ラリー・ゲイツ

52位:『巴里のアメリカ人』 (1951年)RT評価:95%
監督:ヴィンセント・ミネリ 出演:ジーン・ケリー、レスリー・キャロン、オスカー・レヴァント

53位:『風と共に去りぬ』 (1939年)RT評価:92%
監督:ヴィクター・フレミング 出演:ヴィヴィアン・リー、クラーク・ゲーブル、トーマス・ミッチェル

54位:『黄金狂時代』 (1925年)RT評価:100%
監督:チャールズ・チャップリン 出演:チャールズ・チャップリン、マック・スウェイン、トム・マレイ

55位:『三十九夜』 (1935年)RT評価:96%
監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演:ロバート・ドーナット、マデリーン・キャロル、ルーシー・マンハイム

56位:『リオ・ブラボー』 (1959年)RT評価:100%
監督:ハワード・ホークス 出演:ジョン・ウェイン、ディーン・マーティン、リッキー・ネルソン

57位:『成功の甘き香り』 (1957年)RT評価:98%
監督:アレクサンダー・マッケンドリック 出演:バート・ランカスター、トニー・カーティス、スーザン・ハリソン

58位:『生きるべきか死ぬべきか』 (1942年)RT評価:98%
監督:エルンスト・ルビッチ 出演:キャロル・ロンバード、ジャック・ベニー、ロバート・スタック

59位:『赤い靴』 (1948年)RT評価:96%
監督:マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー 出演:モイラ・シアラー、アントン・ウォルブルック、マリウス・ゴーリング

60位:『メリー・ポピンズ』 (1964年)RT評価:100%
監督:ロバート・スティーヴンソン 出演:ジュリー・アンドリュース、ディック・ヴァン・ダイク、デヴィッド・トムリンソン

61位:『アフリカの女王』 (1951年)RT評価:98%
監督:ジョン・ヒューストン 出演:キャサリン・ヘプバーン、ハンフリー・ボガート

62位:『街の灯』 (1931年)RT評価:98%
監督:チャールズ・チャップリン 出演:チャールズ・チャップリン、ヴァージニア・チェリル、フローレンス・リー

63位:『2001年宇宙の旅』 (1968年)RT評価:93%
監督:スタンリー・キューブリック 出演:キア・デュリア、ゲイリー・ロックウッド、ウィリアム・シルベスター

64位:『三十四丁目の奇蹟』 (1947年)RT評価:96%
監督:ジョージ・シートン 出演:モーリン・オハラ、ジョン・ペイン、エドマンド・グウェン、ナタリー・ウッド

65位:『ヒズ・ガール・フライデー』 (1940年)RT評価:98%
監督:ハワード・ホークス 出演:ケーリー・グラント、ロザリンド・ラッセル、ラルフ・ベラミー

66位:『素晴らしき哉、人生!』 (1946年)RT評価:93%
監督:フランク・キャプラ 出演:ジェームズ・ステュアート、メアリー・ハッチ、ライオネル・バリモア

67位:『フレンチ・コネクション』 (1971年)RT評価:98%
監督:ウィリアム・フリードキン 出演:ジーン・ハックマン、ロイ・シャイダー、フェルナンド・レイ

68位:『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』 (1968年)RT評価:97%
監督:ジョージ・A・ロメロ 出演:デュアン・ジョーンズ、ジュディス・オーディア、カール・ハードマン

69位:『裁かるるジャンヌ』 (1928年)RT評価:98%
監督:カール・テオドール・ドライヤー 出演:ルネ・ファルコネッティ、ウジェーヌ・シルヴァン、モーリス・シュッツ

70位:『地獄の逃避行』 (1973年)RT評価:98%
監督:テレンス・マリック 出演:マーティン・シーン、シシー・スペイセク、ウォーレン・オーツ

71位:『蜘蛛巣城』 (1957年)RT評価:98%
監督:黒澤明 出演:三船敏郎、志村喬、山田五十鈴ほか

72位:『紳士は金髪がお好き』 (1953年)RT評価:98%
監督:ハワード・ホークス 出演:ジェーン・ラッセル、マリリン・モンロー、チャールズ・コバーン

73位:『影なき狙撃者』 (1962年)RT評価:98%
監督:ジョン・フランケンハイマー 出演:フランク・シナトラ、ローレンス・ハーヴェイ、ジャネット・リー


74位:『フリークス』 (1932年)RT評価:94%
監督:トッド・ブラウニング 出演:ウォーレス・フォード、リーラ・ハイアムス、オルガ・バクラノヴァ

75位:『國民の創生』 (1915年)RT評価:98%
監督:D・W・グリフィス 出演:リリアン・ギッシュ、メエ・マーシュ、ヘンリー・B・ウォルソール

76位:『禁断の惑星』 (1956年)RT評価:98%
監督:フレッド・マクラウド・ウィルコックス 出演:ウォルター・ピジョン、アン・フランシス、レスリー・ニールセン

77位:『スパルタカス』 (1960年)RT評価:96%
監督:スタンリー・キューブリック 出演:カーク・ダグラス、ローレンス・オリヴィエ、ジーン・シモンズ

78位:『007 ゴールドフィンガー』 (1964年)RT評価:97%
監督:ガイ・ハミルトン 出演:ショーン・コネリー、ゲルト・フレーベ、オナー・ブラックマン

79位:『我等の生涯の最良の年』 (1946年)RT評価:96%
監督:ウィリアム・ワイラー 出演:マーナ・ロイ、フレドリック・マーチ、ダナ・アンドリュース

80位:『101匹わんちゃん』 (1961年)RT評価:98%
監督:ウォルフガング・ライザーマン、ハミルトン・ラスク、クライド・ジェロニミ 声の出演:ロッド・テイラー、J・パット・オマリー、ベティ・ルー・ガーソン

81位:『赤ちゃん教育』 (1938年)RT評価:95%
監督:ハワード・ホークス 出演:キャサリン・ヘプバーン、ケーリー・グラント

82位:『突撃』 (1957年)RT評価:95%
監督:スタンリー・キューブリック 出演:カーク・ダグラス、ラルフ・ミーカー、アドルフ・マンジュウ

83位:『お熱いのがお好き』 (1959年)RT評価:96%
監督:ビリー・ワイルダー 出演:マリリン・モンロー、ジャック・レモン、トニー・カーティス

84位:『我輩はカモである』 (1933年)RT評価:94%
監督:レオ・マッケリー 出演:グルーチョ・マルクス、ハーポ・マルクス、チコ・マルクス

85位:『ファンタジア』 (1940年)RT評価:96%
監督:ベン・シャープスティーン 演奏:レオポルド・ストコフスキー指揮 フィラデルフィア管弦楽団

86位:『サンライズ』 (1927年)RT評価:98%
監督:F・W・ムルナウ 出演:ジョージ・オブライエン、ジャネット・ゲイナー、マーガレット・リビングストン

87位:『乱』 (1985年)RT評価:96%
監督:黒澤明 出演:仲代達矢、寺尾聰、隆大介、根津甚八

88位:『地球の静止する日』 (1951年)RT評価:94%
監督:ロバート・ワイズ 出演:マイケル・レニー、パトリシア・ニール、ヒュー・マーロウ

89位:『荒野の用心棒』 (1964年)RT評価:98%
監督:セルジオ・レオーネ 出演:クリント・イーストウッド、マリアンネ・コッホ、ジャン・マリア・ヴォロンテ

90位:『血を吸うカメラ』(1960年)RT評価:96%
監督:マイケル・パウエル 出演:カールハインツ・ベーム、アンナ・マッシー、モイラ・シアラー

91位:『理由なき反抗』(1955年)RT評価:96%
監督:ニコラス・レイ 出演:ジェームズ・ディーン、ナタリー・ウッド、サル・ミネオ、デニス・ホッパー

92位:『アパートの鍵貸します』(1960年)RT評価:94%
監督:ビリー・ワイルダー 出演:ジャック・レモン、シャーリー・マクレーン、フレッド・マクマレイ

93位:『ロード・オブ・ザ・リング/二つの塔』(2001年)RT評価:95%
監督:ピーター・ジャクソン 出演:イライジャ・ウッド、イアン・マッケラン、ヴィゴ・モーテンセン

94位:『鳥』(1963年)RT評価:96%
監督:アルフレッド・ヒッチコック 出演:ロッド・テイラー、ティッピ・ヘドレン、ジェシカ・タンディ、スザンヌ・プレシェット

95位:『ロシュフォールの恋人たち』(1967年)RT評価:98%
監督:ジャック・ドゥミ 出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、フランソワーズ・ドルレアック、ジーン・ケリー、ジョージ・チャキリス

96位:『カッコーの巣の上で』(1975年)RT評価:94%
監督:ミロス・フォアマン 出演:ジャック・ニコルソン、ルイーズ・フレッチャー、ブラッド・ドゥーリフ

97位:『007 ドクター・ノオ』(1962年)RT評価:96%
監督:テレンス・ヤング 出演:ショーン・コネリー、ウルスラ・アンドレス、ジョセフ・ワイズマン

98位:『戦場にかける橋』(1957年)RT評価:94%
監督:デヴィッド・リーン 出演:ウィリアム・ホールデン、アレック・ギネス、早川雪洲

99位:『007 ロシアより愛をこめて』(1963年)RT評価:96%
監督:テレンス・ヤング 出演:ショーン・コネリー、ダニエラ・ビアンキ、ロッテ・レーニャ

100位:『ミーン・ストリート』 (1973年)RT評価:96%
監督:マーティン・スコセッシ 出演:ロバート・デ・ニーロ、ハーヴェイ・カイテル、デヴィッド・キャラダイン


ということなのですが、ちょっと整理しますね。

とりあえず複数本アップされている監督から見ていくと、なんといってもダントツは、ヒッチコックの8作品です、12位に「サイコ」、21位「北北西に進路を取れ」、22位「裏窓」、29位「めまい」、33位「レベッカ」、44位「バルカン超特急」、54位「三十九夜」、94位「鳥」とアップされています。

順位はともかく、このラインアップを見ていると、なんだか物足りない気持ちになってきました。だって「汚名」も「疑惑の影」も「見知らぬ乗客」も「私は告白する」も「海外特派員」も欠けているじゃないですか。

「サイコ」「裏窓」「めまい」は、まあ残すとしても、あとの作品は、「汚名」「疑惑の影」「見知らぬ乗客」「私は告白する」と差し替えたほうがいいような気がします。

1934年から撮られた伝説の4作品にそれほどごだわらなくともいいのではないかと。

つぎは、ハワード・ホークス作品が5本あげられています。41位「三つ数えろ」、56位「リオ・ブラボー」、65位「ヒズ・ガール・フライデー」、72位「紳士は金髪がお好き」、81位「赤ちゃん教育」ですね。

ここだけの話ですが、自分は中学生になるまで、「赤い河」と「リオ・ブラボー」は、ジョン・フォード作品だとずっと思い込んで見ていたのですが、だんだんその違いが分かるにつれて、ジョン・フォード作品の抒情性と深い郷愁とを理解しはじめたとともに、職人ハワード・ホークスの男っぽくてセクシーな作品がたまらなく好きになりました。

ホークスが育て女優たち、キャロル・ロンバート、リタ・ヘイワーズ(「ショーシャンクの空に」では思わず笑ってしまいました)、バージニア・メイヨ、ジョーン・コリンズ、そしてマリリン・モンロー、そういえば、ビリー・ワイルダーの演出するモンローよりも、ハワード・ホークスの作り出すモンロー像の方がはるかにピュアなお色気と可愛らしさが際立っていたように感じました。しかし、やはり「暗黒街の顔役」と「ハタリ!」が欠けているとなるとハワード・ホークスを語り切ることはできないように思います。

つづいて黒澤明の4本、26位「七人の侍」、38位「羅生門」、71位「蜘蛛巣城」、87位「乱」ですね。ほかの巨匠がほぼ2本ずつですので、黒澤作品が4本も入ればそれで十分ですが、「七人の侍」が26位とは、ずいぶん見くびられたものだと思います。

念のために、もう一度、1位~25位にランクされた作品をおさらいしときますと・・・

1位:『オズの魔法使』(1939年)
2位:『市民ケーン』(1941年)
3位:『第三の男』(1949年)
4位:『カリガリ博士』(1920年)
5位:『メトロポリス』(1927年)
6位:『イヴの総て』(1950年)
7位:『或る夜の出来事』(1934年)
8位:『モダン・タイムス』(1936年)
9位:『カサブランカ』(1942年)
10位:『大いなる幻影』 (1937年)
11位:『雨に唄えば』 (1952年)
12位:『サイコ』 (1960年)
13位:『ローラ殺人事件』 (1944年)
14位:『ビートルズがやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!』 (1964年)
15位:『白雪姫』 (1937年)
16位:『キングコング』 (1933年)
17位:『吸血鬼ノスフェラトゥ』 (1922年)
18位:『ロビンフッドの冒険』 (1938年)
19位:『サンセット大通り』 (1950年)
20位:『反撥』 (1965年)
21位:『北北西に進路を取れ』(1959年)
22位:『裏窓』 (1954年)
23位:『フランケンシュタインの花嫁』 (1935年)
24位:『フィラデルフィア物語』 (1940年)
25位:『黒い罠』 (1958年)

となるのですが、果たしてこれらの作品のいったいどれが、「七人の侍」を上回る作品といえるでしょうか、考えてみなくとも、おのずから答えは明らかです。

こんなヘタレなランキングなど相手にするのも片腹痛いわ、バカヤロー(いま、ちゃぶ台をひっくり返したところです)

なわけなのですから、もうこれ以上なにをかいわんやです、小津監督作品の不在など怒る気にもなれません。もう一回、国際連盟脱退!

とはいっても、まあ、ついでなので、残りの分だけでも表示しておきますね。せっかく調べたので・・・

スタンリーキューブリックの4本、32位「博士の異常な愛情」、63位「2001年宇宙の旅」、77位「スパルタカス」、82位「突撃」
ビリー・ワイルダーの3本、19位「サンセット大通り」、83位「お熱いのがお好き」、92位「アパートの鍵貸します」
ヴィクター・フレミングが、1位「オズの魔法使」、53位「風と共に去りぬ」
ウィリアム・ワイラーは、42位「ローマの休日」、79位「我等の生涯の最良の年」
エリア・カザンの34位「欲望という名の電車」、39位「波止場」
オーソン・ウェルズの2位「市民ケーン」、25位「黒い罠」
オットー・プレミンジャーの13位「ローラ殺人事件」、50位「或る殺人」
ジェイムズ・ホエールの23位「フランケンシュタインの花嫁」、37位「フランケンシュタイン」
ジョン・ヒューストンの31位「黄金」、61位「アフリカの女王」
ジョンフォードの40位「怒りの葡萄」、48位「捜索者」
チャールズ・チャップリンの54位「黄金狂時代」、62位「街の灯」
デヴィッド・リーンの35位「アラビアのロレンス」、98位「戦場にかける橋」
テレンス・ヤングの97位「007 ドクター・ノオ」99位「007 ロシアより愛をこめて」
フランク・キャプラの7位「或る夜の出来事」、66位「素晴らしき哉、人生!」
マイケル・カーティスの9位「カサブランカ」、18位「ロビンフッドの冒険」
マイケル・パウエルの59位「赤い靴」、90位「血を吸うカメラ」
F・W・ムルナウの17位「吸血鬼ノスフェラトゥ」、86位「サンライズ」
ロマン・ポランスキーの20位「反撥」、36位「ローズマリーの赤ちゃん」、49位「チャイナタウン」



by sentence2307 | 2019-03-01 20:50 | 映画 | Comments(0)