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世界のあらゆる映画を偏執的に見まくる韜晦風断腸亭日乗


by sentence2307
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<   2019年 05月 ( 4 )   > この月の画像一覧

万引き家族

つい昨日もバス停でバスを待っていた複数の児童と、付き添っていた親が刺し殺されるという身の毛のよだつ悲惨な事件が起こりました。

いまの時点では事件の詳細は、まだ分かっていませんが、なんとも痛ましい事件で、ニュースを見るのが怖くなってしまうくらいです。


それでなくとも最近は、子殺しの事件とか児童虐待に関する報道があまりにも多くて、この国はいったいどうなってしまったのかという不安にかられています。

あの野田の事件など、夫の暴力におびえた妻が、この異常者のご機嫌を取るために被害者児童(自分の子供です)の動静をまるで媚びるみたいに逐一報告するなど、積極的に父親の虐待に加担した事実が明らかになっています。娘を人身御供に捧げれば、たとえイットキでも夫のDVから免れられるという、身勝手な自己保全のために子供の命を犠牲にしたとんでもない母親です。

同じように父親から恫喝されておびえた担任の教師が、こともあろうに子供の救命を求める必死の作文をそのまま父親にチクるという愚劣な事実も明らかになりました。そのことによって子供はさらにこの異常な父親によって痛みつけられたはずです。それでもお前は人間か、人の痛みを知らないこんなチクリ野郎がのうのうと教師面して日頃偉そうなことをほざいていたかと思うと、正直ハラワタが煮えくり返る怒りを感じます、これだって明らかな刑事罰に値する犯罪でしょう、刑事責任を追及してきちんと処罰しなければ下劣で悪質なこの手の教師はこの世からいつまでたっても一掃できません。

身勝手な親や愚劣な教師たちが寄ってたかって、子供をまるで家畜のように追い立て、なぶり殺し、聴くところによれば父親の性的虐待までもからんでいるらしく、歯止めのきかないこの状態は、もはや陰惨を通り越して異常というしかありません。

先日、アメリカで宗教上の倫理観にもとづく「堕胎禁止条例」に反対する集会とデモ(写真で見ると、参加者はほとんど女性でした)があったことが報道されていましたが、いまの時代、そりゃあ堕胎禁止に反対するのも一理あるかなと思います。馬鹿面してsexだけ楽しんでいればそれだけで十分の、とうてい子供など育てることのできない、最初から持つべきでない幼稚で身勝手なただの色情狂たちにとって、「堕胎」こそは「親」にならずに済む・そして望んでもいない子供を持たずに済む・だから子供を殺さずに済む、唯一彼らの必須アイテムだからです。

もう、これ以上、「子殺し」の悲惨なニュースは聞きたくありませんし、こんな惨憺たる状況を呼び寄せかねない無闇な「生めよ増やせよ」の呼びかけで、逆に子殺しを増やしてしまうくらいなら、むしろこの国の滅びにつながる「人口減少」を受け入れるほうが、まだマシというものです。どんな熾烈な環境にあっても、どんなに貧しくとも、子供を大切に思い、扱うことのできる人間なら、この世界には、まだまだ、たくさんいるはずだと信じたいです。もはや、この国の将来の望みは、愛と常識を兼ね備えた他国民に託すほかないのかという、こうした遣り切れない「時代の空気」のなかで、この「万引き家族」という映画に出会えたことは、自分にとってとても意義のあることだったと思います。映画を見る習慣を持っていて、本当によかったなと感じることのできた幸せで稀有な瞬間でした。

思い入れが激しく、ただ好きな映画に対しては、「分析」や「解釈」や「批評」など到底似つかわしいとは思えません、できることといえば、ただひたすらな「回想」だけです。

「さて、」と本論に取り掛かろうとしていたタイミングで、たまたまwowowで「万引き家族」の放映があり、幾人かの人と(偶然、みな女性でしたが)この映画について話す機会があって、それぞれの方から三つのことを訊かれました。


① お姉ちゃん(亜紀)は、なぜ、お客さん(4番さん)を抱きしめたの? そのときなんて言ったの?
② 祥太は、なぜ、わざと捕まったの?
③ りんちゃんの最後のシーンは、何を意味しているの?
と。


なるほど、なるほど。

自分的には、取調室における妻・信代(安藤サクラ)と夫・治(リリー・フランキー)の供述の場面からまともに語り出そうかと考えていた矢先なので、むしろこの「夫婦」が語る「家族たち」(実際は戸籍的な夫婦や家族ではなく寄せ集まりの関係にすぎないので、正確を期するなら、このようにカギ括弧でくくる必要があります)について考えてしまうほうが、この映画の本質にダイレクトに迫ることのできる卓越した設問に違いないと感心し、正直、虚を突かれた感じでした。

だって、そうですよね、取調室における妻・信代の供述の場面は、安藤サクラの圧倒的な演技と相俟って、おそらくは映画史に残るこの映画の重要な核となる場面で思わず目を奪われてしまいますが、しかし、大切なのは、彼女が語っている「内容」のほうなのであって、アタマから順序立ててストーリーを忠実にたどろうとした構想自体は決して誤りではなかったとしても、この夫婦の供述を逐一追うことで、はたして「偽の家族」と生活を共にし、その中でのびやかに育まれた子供たちの姿を捉えることができるかどうか、むしろ見えなくさせられる部分のほうが多いかもしれないなと思い当たるものがありました。

とにかく、①~③に注目し語り出そうというのは、自分の発想にはない面白い視点なので試してみる価値はあります。

ただ、①の「お姉ちゃん(亜紀)は、なぜ、お客さん(4番さん)を抱きしめたの? そのときなんて言ったの?」という質問を、現実に面と向かって問われたとしたら、

《亜紀は「4番さん」の自傷行為の傷跡を見つけてしまい、彼が同じ欠落を抱える人間であることを知り、心動かされ、同情して抱き締めた》

と結構あっさりと模擬試験の回答みたいに答えてしまうかもしれません、まあ、そんなふうに言ってしまったら、それこそ身もフタもありませんが、それは、この「万引き家族」において「亜紀」の存在だけは、いかにも作られた画一的で希薄な印象しか受けなかったために、そこにはそのままの「正解」しか思い浮かべることしかできなかったのだと思います。

さらに、「そのとき、亜紀はなんて言ったの?」という問いですが、その部分、全然覚えていないので、改めてそのシーンを録画で確認しました。

亜紀が客の「4番さん」(池松壮亮)に膝枕をして会話する場面、話しながら彼のコブシに殴り傷があるのを見とめた亜紀は「どうしたの、これ?」と尋ね、そして「殴ったの、誰かを」と言い掛けた瞬間、どう見ても彼がそんなふうに他人に関わることができるような人間でないことを察知した亜紀は、思わず「4番」を抱き締め、「あたしもねえ、自分を殴ったことありますよ」と言い、さらに「痛いねえ、これ。痛い痛い、痛いよね」と続け、「4番」が、おそらく重度の吃音のためにうまく発音できないくぐもった声に亜紀はうなづいて、「分かったからね」と感極まって共感する場面です。ただ、その傷が、本当に「自傷」によるものかどうかは最後まで分かりません。

この映画についてのコメントのなかに、「このシーンは余計」と断じた感想を読んだことがありますが、むしろ、「おばあちゃんは、お金が欲しかっただけなのかな、私じゃなくて」も含めて、「余計な演技」という印象を持ちました。

「4番」の傷が「自傷」であると即断して「共感」するという悲痛な心の動きを表現するのに、こういう説明的な演技ではなく、もう少し工夫して抑制する演技ができなかったのか、安藤サクラの衝撃的な演技に照らすと(比較的に見てしまうのは仕方ありません)、とても残念な思いが残りました。

次に「② 祥太は、なぜ、わざと捕まったの?」ですが、取調室で供述する信代の場面が、この映画の白眉だとすると、「もうひとつ」の白眉が、拘置所での信代との面会を終えたあとで、偽の父親・治と祥太がアパートの一室で最後の一夜を過ごす場面です。

部屋の灯りを消し、布団に入った偽の父親・治は祥太に問い掛けます。

「明日、帰るんだよな」
「うん」
「そっか」
「ねえ、ぼくを置いて逃げようとしたの」

祥太は、取調官から聞いた「あの人たちは君を置きざりにして逃げようとしたんだよ。本当の家族だったらそんなことしないよね」という話をただそうと、思い切って偽の父親・治に訊きます。

しかし、その答えは、「ああ・・・(置き去りにしようと)した。その前に捕まっちまったけどな」でした。

「そか」
「ごめんな」
「うん」
「父ちゃんさ、おじさんに戻るよ」

あの拘置所の面会室で信代の言った「もう分かったでしょう。うちらじゃダメなんだよ、この子には」と言い、さらに、夫・治の制止も無視して、祥太に彼を保護した場所とクルマの車種を伝えています、松戸のパチンコ屋で、クルマは習志野ナンバーの赤いヴィッツだと。

偽の父親・治もそのことを十分に理解し、「父ちゃんさ、おじさんに戻るよ」と伝えたのかもしれませんが、「でも、しかし」という思いは、治には断ちがたくあったに違いありません。それは、翌朝のバス停の場面によって証明されます。

バス停でバスを待ちながらふたりは言葉を交わします。

「施設の人にちゃんと謝るんだぞ。おじさんに無理やり止められたってな」

「うん、そうする」

いよいよバスが来て乗り込もうとする祥太(城桧吏)は、意を決したように、偽の父親・治にこう告白します。

「おじさん・・・わざと捕まった、ぼく、わざと捕まったんだ」

「そっか・・・そっか」

そして、動き出すバスを追いながら、「おいっ、祥太!」と偽の父親・治が何ごとかを伝えようと必死に走りながら叫ぶ姿が窓のすぐそこにあっても、祥太は振り返ることもなく下を向いたままじっとしています、やがてバスは加速し、もはや治の姿も見えなくなり、後戻りできないくらいに「距離」がついたときに、始めて祥太が振り返るというあの象徴的な場面があります。

あのとき、偽の父親・治は、なにを伝えようとしたのか、その声は確かに届いていたはずなのに祥太がなぜ振り返ろうともせずに、「もはや後戻りできないくらいの距離になったときに始めて振り返った」のか、偽の父親・治は、「おれには、万引きの仕方以外に教えられるものなんて何もない」といいながらも、「自分の本名をつけた痛切な思い」だけはどうしても伝えたかったのではないか、しかし、その治の問い掛けにも答えようとしなかった祥太の頑なな拒絶とのあいだにあった「溝」が、「なぜ」だったのか、ということだったとしたら、これは、あくまで自分だけの推測ですが、こんにふうに考えてみました。

思うに、祥太だけは、皮肉なことに他の子供たち、亜紀(松岡茉優)やゆり(佐々木みゆ)と同じような、この家族がそれぞれお互いを結束させた「虐待の記憶」(社会からはじき出された疎外感)を有しておらず、皮肉にも、この偽の家族のなかでは愛されて育った記憶しかなくて、だから祥太は「偽の家族」にすがりつくだけの「理由」を有していなかったのではないかと。

店に並べられている品物は、誰かに買われるまでは誰のものでもない、だから盗んでも構わないのだと、治から万引きの正当性を教えられた祥太は、それを信じ積極的に万引きを繰り返します。

しかし、そのとき彼に「信仰」はあったかもしれませんが、犯罪を犯すことの「理解」までは持っていなかったと思います、祥太が疑いもなくこの「万引きの哲学」を素直に受け入れたのは、なにもこの奇妙に屈折した哲学を理解し納得していたからではなくて、彼の「信仰」を支えたものは、「家族」で過ごした「幸せな日々」という時間だったに違いないと是枝監督は描いていたのだと思いました。

しかし、信代の失職と老婆の死(年金がからんでいます)によって一家の生活を支える収入が途絶えることを恐れて、さらなる「万引き」を必要とした過程で、「妹・ゆり」も、かつての自分と同じように、疑いもなくみずから万引きに手を染めていく事実を目の当たりにしたとき、「悪いこと」の意味をうすうす悟った祥太は、自分が捕まること以外に、この偽の家族の犯罪を止めることができないと考えて、それを実行に移したときに、祥太の「幸せな日々」も同時に破綻したのだと思います。

バスを追い掛ける治を祥太が振り返らなかった理由は、捕まったあのときに、祥太のなかでは、すでに「家族」との関係(紐帯)を断ってしまったからに違いありません。

信代が言った「もう分かったでしょう。うちらじゃダメなんだよ、この子には」とは、このことを指していたのだなと思いました。

しかし、いずれにしても、そのような祥太も、たとえ自分の子が姿を消しても失踪届さえ出されることなく厄介払いされた「忘れられた子供たち」のなかのひとりであることに違いなく、行き場のない子供・彼が絶望的な境遇であることには、なんら変わりがないのですが。

さて、次の「③ りんちゃんの最後のシーンは、何を意味しているの?」です、

ここまで書いてきて、迂闊ですが、この「りん」という少女の名前に幾つかの変転があったことに気がつきました、またまた録画で確認です。

なるほど、なるほど。

一人でいるところを保護し「家族」の家に連れてきたときにつけられた仮の名前が「ゆり」、テレビで行方不明者として報道されたのを知り慌てて髪を切って付け替えた名前が「りん」、本来は「じゅり」でしたよね。

取調室で、偽の父親・治が、彼女がひとりでいるところを保護したと言うと、取調官から、「それを誘拐というのですよ」と断じられた言葉とともに、信代の「捨てたんじゃない、捨てたものを拾ったんです。捨てた人っていうのは、ほかにいるんじゃないんですか」と返した言葉が的確に響き合います。

自分としては最初からこの「ゆり→りん→じゅり」を特に意識せずに使い分けていなかったので、いまさらどうしたものかと迷ったすえに、安直ですが露出度からいえば、「りん」とするのが一番ふさわしいと考え、この拙文を冒頭から改めて修正しようとしたとき、あの取調室における信代と取調官(池脇千鶴)のやり取りの場面を思い出しました。

信代は「りん」が家に戻されたことを知り、「戻りたいって言ったの? りんが?」と取調官に不審気に聞き返します。

すかさず取調官は「『じゅり』よ」と本来の名前に言い直しています。

「そんなこと言わないよ、あの子は」と信代は、そのことをつよく否定します。あのひどい虐待を受け、痛みつけられ、怯えきっていた「じゅり」では最早なく、生活をともにし、やっと安らぎを得て子供らしさを取り戻したワタシの娘の「りん」(これが信代のつけた名前です)が、ふたたび虐待を受けるしかない荒んだあの家に戻るわけがないと否定したのだと思います。

しかし、取調官は、信代が「りん」の名前にこだわる語気を察して、彼女の痛いところを突いてきます。(取調官のバイブル「供述心理」に記されたマニュアルどおりにです)

「子供にはねえ、母親が必要なんですよ」

「母親がそう思いたいだけでしょう? 産んだらみんな母親になるの?」

「でも、産まなきゃなれないでしょう。あなたが産めなくて、つらいのは分かるけどね、うらやましかった? だから淫売したの?」と取調官は、信代の自尊心を傷つけるような屈辱的で侮辱的な質問をたたみかけて挑発します。

「そんな・・・憎かったかもね、母親が」

挑発にのせられて、動揺する信代に浴びせかけるように取調官は言い募ります。

「ふたりの子供は、あなたのこと、なんて呼んでました、ママ、お母さん?」

そしてここで、安藤サクラの迫真の演技が展開されるのですが、この場面を最初に見たとき、あの拭っても拭っても湧き出る涙は、「でも、産まなきゃ母親にはなれないでしょう」というぶしつけな言葉の屈辱に耐えた「悔し涙」だろうか、それとも自らが犯した罪の「悔悛」かとずっと考えていました。

実は、取調官の「子供たちは、あなたのこと、なんて呼んでいました、ママ、お母さん?」と尋問され、嗚咽で身を震わせて涙を流したあとで、信代は、ふた言、なにごとかをつぶやいたのですが、残念ながらその言葉をどうしても聞き取ることができませんでした。

しかし、たとえ聞き取れなかったとしても、それはそれで良かったと思い始めていました。

せいぜい「仕方ない」とか「私が悪かった」とか、そういうことだろうと考えたからですが、少しずつ時間が経つにつれて、彼女は「そいういことじゃない」と言っているように聞こえて仕方なくなりました。ただ産んだからといって誰もが親になれるわけではない、子供なんか持つべきでない弱々しい親たちが、自分を傷つけるだけでも足りず、子供まで虐待し殺してしまう、どうしてそんな人間が「親」といえるのか、と。

なので、ここはどうしても信代の思いを受けて「りん」という名であらねばならないと強く確信しました。あっ、村上春樹みたいになってしまいました。

りん(佐々木みゆ)は、人気のないアパートの廊下で、ひとりで遊んでいます。そこは、かつて彼女が「偽の家族」に拾われた場所でもあり、実家に帰されたあとも、やはり以前と変わらない母親の虐待にさらされ、思い余って再び同じ場所に逃れてきていることが分かります。

やがて、彼女は囲いの隙間から何かを見止めて柵から伸び上がり、遠くを見た一瞬、目を見開いて「あっ!」という顔のアップでこの映画は不意に終わります。

これが、この映画「万引き家族」のラストです。

親から見捨てられたこの少女が、いったいなにを見たのかについてまでは、この映画ではことさらな説明があるわけではありませんし、分からないのですが、ただ、「たぶん」という仮定で語ることが許されるなら、それは偽の父親・治か、あるいは他の「家族」の姿を見たからだ、ぜひとも「そうあってほしい」という自分の甘々な願望を打ち消すことがどうしてもできませんでした、親から虐待され、行き場を失ったこの薄幸の少女にだって安息の場所がきっと許されていいに違いない、というせめてもの妄想に浸れた一瞬の「あっ!」だったことには間違いありません。


(2018)監督・脚本・編集・是枝裕和、製作・石原隆、依田巽、中江康人、プロデューサー・松崎薫、代情明彦、田口聖、アソシエイトプロデューサー・大澤恵、小竹里美、撮影・近藤龍人、照明・藤井勇、録音・冨田和彦、美術・三ツ松けいこ、装飾・松葉明子、衣装・黒澤和子、ヘアメイク・酒井夢月、音響効果・岡瀬晶彦、音楽・細野晴臣、助監督・森本晶一、キャスティング・田端利江、制作担当・後藤一郎、ラインプロデューサー・熊谷悠、製作プロダクション・AOI Pro. 配給・ギャガ
出演・リリー・フランキー(柴田治)、安藤サクラ(柴田信代)、松岡茉優(柴田亜紀)、城桧吏(柴田祥太)、佐々木みゆ(ゆり(りん、北条じゅり))、樹木希林(柴田初枝)、池松壮亮(4番さん)、緒形直人(柴田譲)、森口瑤子(柴田葉子)、蒔田彩珠(柴田さやか)、山田裕貴(北条保)、片山萌美(北条希)、黒田大輔(JK見学店店長)、松岡依都美(根岸三都江)、清水一彰、毎熊克哉、井上肇、堀春菜、柄本明(山戸頼次)、高良健吾(前園巧)、池脇千鶴(宮部希衣)、


第10回 TAMA映画賞・最優秀作品賞、最優秀女優賞・安藤サクラ、松岡茉優
第42回 山路ふみ子映画賞・山路ふみ子女優賞・安藤サクラ
第4回 エル シネマアワード・エル シネマ大賞
第43回 報知映画賞・助演女優賞・樹木希林
第36回 ゴールデングロス賞・優秀銀賞
第40回 ヨコハマ映画祭・主演女優賞・安藤サクラ、助演女優賞・松岡茉優
第31回 日刊スポーツ映画大賞・作品賞、主演女優賞・安藤サクラ、助演女優賞・樹木希林
第42回日本アカデミー賞・最優秀作品賞、最優秀監督賞・是枝裕和、最優秀脚本賞・是枝裕和、最優秀主演女優賞・安藤サクラ、最優秀助演女優賞・樹木希林、最優秀音楽賞・細野晴臣、最優秀撮影賞・近藤龍人、最優秀照明賞・藤井勇、優秀主演男優賞・リリー・フランキー、優秀助演女優賞・松岡茉優、優秀美術賞・三ツ松けいこ、優秀録音賞・冨田和彦、優秀編集賞・是枝裕和、
第61回 ブルーリボン賞・助演女優賞・松岡茉優
第43回 エランドール賞・特別賞・「万引き家族」製作チーム
第73回 毎日映画コンクール・日本映画大賞、女優主演賞・安藤サクラ
女優助演賞「樹木希林」
第28回 東京スポーツ映画大賞・作品賞、主演男優賞・リリー・フランキー、主演女優賞・安藤サクラ、助演女優賞・松岡茉優
第14回 おおさかシネマフェスティバル・日本映画 作品賞ベストテン 第2位
第92回 キネマ旬報ベスト・テン・日本映画ベスト・テン 第1位、主演女優賞・安藤サクラ、読者選出 日本映画監督賞・是枝裕和、読者選出 日本映画ベスト・テン 第1位
第23回 日本インターネット映画大賞・日本映画作品賞 第2位、日本映画監督賞・是枝裕和、日本映画助演女優賞・樹木希林、日本映画ベストインパクト賞・樹木希林
2018年度 全国映連賞・日本映画作品賞、監督賞・是枝裕和、女優賞・安藤サクラ
2018年度 芸術選奨文部科学大臣賞・映画部門・黒澤和子
2018年 日本映画ペンクラブ賞
2018年度ベスト映画 日本映画部門 第1位
第38回 藤本賞・藤本賞・是枝裕和
第71回 カンヌ国際映画祭・コンペティション部門 パルムドール(最高賞)
第36回 ミュンヘン国際映画祭・シネマスターズ・コンペティション部門 アリ・オスラム賞(外国語映画賞)
第55回 アンタルヤ国際映画祭・監督賞・是枝裕和
第37回 バンクーバー国際映画祭・外国長編映画観客賞
第3回 スレマニ映画祭・長編作品審査員賞
第76回 ゴールデングローブ賞・外国語映画賞ノミネート
第24回 放送映画批評家協会賞・外国語映画賞ノミネート
第44回 ロサンゼルス映画批評家協会賞・外国語映画賞
第3回 ニューメキシコ映画批評家協会賞・助演女優賞・安藤サクラ
第39回 ボストン映画批評家協会賞・外国語映画賞、アンサンブル・キャスト賞
第23回 フロリダ映画批評家協会賞・外国語映画賞、助演女優賞・安藤サクラ
第53回 全米映画批評家協会賞・外国語作品賞 3位入賞
第72回 英国アカデミー賞・外国語映画賞ノミネート
第30回 パームスプリングス国際映画祭・外国語映画賞
第44回 セザール賞・外国語映画賞
第91回 アカデミー賞・外国語映画賞ノミネート
第16回 国際シネフィル協会賞・主演女優賞・安藤サクラ



by sentence2307 | 2019-05-29 11:50 | 是枝裕和 | Comments(0)

黙って聴いてろ!!

わが地域には、ボランティアが運営している「日本語教室」というのがあります。

地域に居住している外国人が、生活に困らない程度の日本語の日常会話を短期間で無料で教えるという教室ですが、難解な日本語ができずに困っていて、教えてもらいたいという外国人のニーズはここ最近顕著にあるのに、その要望の増加に追いつけない教える側の人材不足というのが常態的に存在しているのです。

教えるといっても、まるっきりの無資格では講師になることはできません、ある一定の講座を受けて(当然有料です)、そのうえで既定の教材(これも有料)にそった「教え方」というのが段階的に決められていて、そこには自治体がらみというシガラミもあるので当然それなりの規定というものは避けがたく、ただの素直な善意だけで通じるようなものではなくて、そりゃあ、なかなか「うるさい」ものが、ないでもありません。

日本語を習得したいという外国人のニーズがこれほどあり、たとえ有料でも構わないから短期間で教えてほしいという熱い機運が一方にあるのに、「規約」に捉われて身動きできないひとつには「授業は無料」という足かせもありました。

しかし、「いま」というこの現実において、もしかしたら彼ら外国人の方が経済的に日本人より余程豊かかもしれないのに(ここでいう「外国人」が、どうも中国人を指しているらしいと感じたとしたら、その直感は正しいです)、このボランティアの「日本語教室」の根底には、依然として十数年前の、まだまだ貧しかった外国人に施しを与えるという旧態依然のイデオロギー(そんなものは今となっては、実態にそぐわない経済借款と同じような、もはや幻想にしかすぎません)が存在していて、そうしたすべての「規制」にがんじがらめになってしまい、実際の要望にも応えることができずに、どうにも身動きが取れなくなって一歩も進めないでいる姿を見ていると、「構造改革」とか「規制改革」という言葉をどうしても思い出さないわけにはいきません、「貧しさ」「施し」「資格」「定型化した講座」「無料」、いつまでも、こんな「上から目線」の古びた優越規制にこだわっていて、目の前にある現実に適応できずにマニュアルどおりにしか動けない頑なさを見るにつけて、あるベトナム人の女性の言葉を思い出しました。

「日本人はとても親切で、日本語を熱心に教えてくれるいい人たちばかりだけれども、なぜみんな英語が喋れないのか、日本では英語を教えないのか」と。

外国人に日本語を教えるに際しては、極力英語は使わないようにというお達しは、確かにありますが、これみよがしに英語をひけらかしたくて仕様がないという異常者や能天気な変態は別として、「片言」~「まったく」まで、英語を喋れないという人たちは事実として多くいると思います。自分も含めてね。

そう思えば、僕たちが、中学校から大学にいたるまで「英語教育」というのを足掛け10年近く受けてきたはずなのに、英語が喋れないというのは、ベトナム人女性から改めて言われなくとも、異常なことには違いないと気づかされ「なるほどな」と思わず同感してしまいました。

「貴国においてはいざ知らず、日本においては、およそ6年から10年くらいは英語を習うであろう」と、そのベトナム人女性に答えようと思いながら、「その理由」というのも併せて答える必要があるだろうかと思ったとき、むかし高校の教師から

「黙って聴いてろ!!」

と恫喝されたことを、突如、思い出しました。

自分は、むかしから理屈っぽい性格で、疑問に思ったこと、納得ができないことは根掘り葉掘り訊かずにはおれない性格であることは確かです。

嫌な性格なら、長ずるにおよんで徐々に矯正するというのが普通の行き方かもしれませんが、もともと「嫌だ」とは考えていなかったので矯正することもなく、ちょうど高校の頃は、その「根掘り葉掘り」がピークに達したときだったかもしれません。

授業中でも突っ込みどころがあると、手を挙げてよく質問していました。

そして、その理屈っぽい「根掘り葉掘り」に業を煮やして激怒した教師から、ついに、

「黙って聴いてろ!!」

のお言葉を頂戴したのだと思います。

なるほど、なるほど。

「黙って聴いてろ!!」の一方通行の授業では、何年たっても英語が話せるようになるとは、とうてい思えません。一向に喋れない自分がまさにその証拠ですし、多くの日本人がその証拠でもあります。

さて、このベトナム人女性に、10年も学習しながら日本人が一向に英語を話せない理由を、どのように説明したらいいのか、じっと天井を見上げて、しばし考えてしまいました。

天井を見上げながら不気味な三白眼になって固まってしまった日本人のおっさんを前にして、その若きベトナム人女性は、一瞬怯え、かすかに身を引いたかもしれません。



by sentence2307 | 2019-05-25 12:14 | 徒然草 | Comments(0)

人情紙風船

ここ数週間のあいだに山中貞雄の「人情紙風船」につながるような出来事に幾度か遭遇して、その結果、ついに本編を見ないわけにはいかなくなるという「奇妙なめぐり合わせ」を経験しました。

こう書くと望んでもいないのに成り行き上、仕方なく「人情紙風船」を見たみたいに受け取られかねませんが、そうではなくて、不思議な偶然の導きで映画にいざなわれたという感じの実にハッピーな、何年か振りかで経験した心地よい出来事だったことを書いてみたいと思います。

たぶん、それもこれも自分のなかに常に山中貞雄の「人情紙風船」という作品が記憶として刻印されていたからだと思います。

実は、前回のブログで引用した投稿「101歳になっても子を思う母」が掲載されていたのと同じ日付の読売新聞朝刊の「文化欄」(25面)に、小説家・佐伯泰英の書いた「映画と私」(上)というコラムが載っていて、そこに山中貞雄監督の「人情紙風船」のワン・シーンの写真が大きく添えられいたので、なんだか朝っぱらから嬉しくなってしまい、まさにテンションあげあげという感じになったのが、まず最初の「めぐり合わせ」としてありました。

その記事を見かけたときは、次の(下)が掲載されたあとでじっくり読めばいいかと手元に置いておいたのですが、次の週の火曜日が祝日のために掲載予定のはずの日の朝刊が休みとなり、じゃあまた次週まで掲載を待たなければならないのかと思っているうちにすっかりそのことを忘れてしまって、結局(下)の方は読み逃してしまいました。

しかし、まあ、佐伯泰英にとって映画「人情紙風船」との出会いが、小説家になることの重要な契機になったというその事実だけで十分なので、当初の目論見からは少し肩透かしをくらわせられてしまった感じですが、遅ればせながら「人情紙風船」について書かれている部分をご紹介しようと思います。

佐伯泰英が日大芸術学部映画学科に入って、授業で「人情紙風船」をはじめて見せられたグダリです。こんな感じです。


《大学に入って授業の一環として古い映画を見せられた。その中でも昭和12年製作の山中貞雄の「人情紙風船」は、「映画とは」との基本的な問いを私に突き付け、映画作法を学んだ。
江戸の裏長屋に長雨がそぼ降る毎日、刹那的な貧しい暮らしと騙し合いの哀歓が描写されていく。この映画を二十代後半の山中が演出したのだ。そして、映画公開の日に召集令状を受けて中国戦線に向かい、「『人情紙風船』が山中貞雄の遺作ではチトサビシイ。」と戦病死を予感したような告白を従軍記に残している。この作品は当時の評論家たちに「髷をつけた現代劇」と評されたそうな。
私が書く時代小説は、山中作品の「人情紙風船」に学んだものだ。連日報道される出来事や人間模様を、江戸時代に舞台を置き換えて描いてきた。それもこの二十年間に二百六十余冊も書き飛ばしてきた。量的には凌駕しても、「人情紙風船」の終盤、中村翫右衛門演ずる髪結新三のニヒルな表情と仕草の一瞬には到底かなわない。虚無的な眼差しの先に生と死のドラマが展開されることを観客に予感させて終わりを告げる、なんとも新鮮で衝撃的だ。》


この佐伯泰英のコラム「映画と私」(上)に同時に掲載されていた「人情紙風船」の写真は、白子屋の娘お駒(霧立のぼる)が雨に降られて、忠七が傘を取ってくるまで雨宿りをしているところに、たまたま通りかかった髪結新三(中村翫右衛門)が、いままさに傘をさし掛けながら声を掛けようという、あの有名なカドワカシの場面です。

その写真を見た瞬間、自分のなかで、思わず「あっ、これは!」と、ある連想につながるものがありました。

そのつい数日前、旧い友人から「季刊・リュミエール」1985・冬号(特集・フランソワ・トリュフォーとフランス映画)を貰ったばかりで、まさにその記事を一頁目から少しずつ読み始めていたところでした。

冒頭は、トリュフォーへのインタビュー記事があって、その最初の発言というのが、山中貞雄の「人情紙風船」についての感想でしたので、それで強く印象に残っていたというわけです、まさにそのタイミングで、あの読売新聞朝刊の「人情紙風船」の写真との遭遇があったので、偶然というにはあまりにも出来すぎたこの「めぐり合わせ」に、なにか不思議な運命の引力みたいなものを感じてしまったのかもしれません。

そのインタビュー記事は「フランソワ・トリュフォー 最後のインタビュー」というタイトルです、その最初の小見出しは「ヤマナカの『人情紙風船』はグリィフィスやジョン・フォードを想わせた」とありました。こういう見出しを読むだけで、なんだか嬉しくなってしまいますよね。こうした知的挑発に満ちた小難しい記事に抵抗なく浸れたあの時代の独特な空気感が懐かしくて、どっぷりと浸る楽しみに、しばし時間を忘れて読みふけってしまいました。

難解さをひたすら嫌悪し、差別用語に異常におびえ、なにごとも平易で幼稚で無害な表現に書き換えられてしまう神経過敏の「言葉狩り」の現代においては、この「難解さを楽しむ」はすっかり廃れてしまいましたが、こういう圧倒的な言葉の活力を浴びる心地よさに、久しぶりにパワーを貰った感じです。

現代のこの「幼稚禍」ともいえる風潮に、もっとも被害をこうむっているのは、芸も能もない使い捨てのジャリ・タレに席巻された「音楽業界」だと思います。おかげで、日本の音楽シーンはすっかり空虚になってしまいましたが、ここにきてなにやら内輪もめで「崩壊」の兆しがうかがわれるような感じで・・・。

まあ、それはさておき、このインタビューの聞き手は、山田宏一・蓮實重彦で(いずれかの発言かは記事中では特定できません)初っ端の質問は、山中貞雄の「人情紙風船」について感想を訊くというところから始まっています。話の調子から察すると、以前、トリュフォーに「人情紙風船」を見せる機会をつくったらしい印象が前提みたいになっている感じです。

以下は、その質問を受けたトリュフォーの発言。

トリュフォー「すばらしい映画でした。といっても、セリフはまったく分かりませんでしたから、イメージだけを追って見ました(注・トリュフォーに見せるのだから、字幕のついたものを用意できなかったのでしょうか)。もっとも心うたれたのは、キャメラと演出が緊密に絡み合って、一分の隙もない完璧な画づくりに成功している点です。この映画を見て、久しぶりにキャメラと演出についてのかかわりについて考えました。久しぶりにとは言っても、それほど昔のことではないのですが、映画作家にはふたつのタイプがあって、自分の狙いどおりの画づくりを完璧に果たさなければ気がすまないタイプと、画づくりにはそれほど執着せず、画面に偶然が入り込みのを気にしないタイプとがある、という内容のことを文章に書いたことがあります。たとえば、カール・ドライヤーの映画は、あらかじめ想定したとおりの完璧な画づくりがなされた作品です。アップからロングに至るまで、完璧な構図です。画面のなかにいる人間は、片隅にいる人も、遠くにいる人も、一人一人が計算どおりに動いています。しかし、イタリアのネオレアリズモの映画はそうではない。街頭に出て撮影された映画であり、本番中に予想外のことが起こったり、予定外の歩行者やトラックが画面を横切ることがあっても当然なのです。フランスのヌーヴェル・ヴァーグもそうです。オール・ロケなので、セット撮影のように100%計算どおりに撮ることは不可能だったし、その気もなかった。」

と、まあ、トリュフォーの熱く語る話の勢いは、まだまだこんな感じで延々と続くのですが、ここで日本人のひとりとして、ひとつの懸念を表明しておかなければなりません、それはトリュフォーのこの長広舌がはたして再び冒頭の「山中貞雄」に回帰できるのか、という疑問です、そうでなきゃあ、あなた、冒頭で言っていたあの「山中貞雄は、とてもスバラシイ」が、その場シノギのただの言いっぱなしのリップ・サーヴィスだったなら、なにも「お付き合い」までして最後まで読む義理はないわけで、そちらがそう出るのなら、こっちにだって考えというものがありますから、なにもこの先、この長文のインタビュー原稿を義理堅くウダウダと付き合う徒労をはらう必要なんて毛頭ないわけで、

そういうことは出来るだけ避けるというのが自分の信条なので、ここはひとつ、少しだけアクセルふかして走り読みしちゃいますね。

早読みのコツは一応心得ています、行代わりの一文をそれぞれ押さえていけば、だいたいの要旨はつかめるというものです。

便宜上、それぞれの文章の冒頭に番号を振りましたが、特別な意味などありません。

① イングマール・ベルイマンは、ロッセリーニ的な映画から出発して、ドライヤー的な映画にたどり着いた映画作家です。・・・これは、たぶんゴダールの影響です。
② いずれにせよ、それは、必要以外のものはすべて極限まで、画面から排除するという考え方です。・・・警察や刑務所の鑑識の記録のための写真のように正確に冷酷に撮る。映画の画面はフィクションだったのに、ドキュメンタリーになる。
③ キャメラと演出とのかかわりは微妙なもので、ドキュメンタリーやニュース映画で単にキャメラが捉えたイメージにも、「演出」がある。・・・キャメラマンが大統領をグレタ・ガルボのように崇めていたといえる。・・・キャメラマンはほとんど本能的に、この神聖ガルボ、崇高なる美女への崇拝の念から、彼女を撮るときには、他の夾雑物をすべて画面から排除して純粋に彼女の美しさだけを生かす画づくりに達したに違いない。キャメラをのぞきながら、撮る対象を尊敬してしまうというのが、ひとつの不思議。
④ 映画史には、そういう要素が強く支配している部分がある。映画がストーリーを語り始めた当初、スクリーンは演劇の舞台とまったく同じようにみなされた。キャメラはつねに客席の方向から人物や事件や風景をとらえるという演出プランがたてられた。きょう見た山中貞雄の映画もそうですが(やっと、出たか!)、ストーリーを語るための完璧な演出プランができていることがわかる。ディテールを見せるにはキャメラが寄る、全体を見せるにはキャメラを引く、という正確なキャメラ・ポジションが演出を決めていくわけです。ヤマナカの映画を見て感じたのは、まずそれです。ジョン・フォードの映画を思わせました。

やれやれ、ここまできてやっと「人情紙風船」に回帰したようなので安心しました。

そうそう、もうひとつありました、すぐ立て続けに山中貞雄の「人情紙風船」に関する記事にまたまた遭遇しました。

msnのホームページには、ときたま映画に関する面白そうな話題がアップされていることがあって、あとでじっくり見ようと思っているうちに、いつの間にか消されてしまい、そんなことなら早いとこ控えておけばよかったと後悔することがよくあります、なので最近はそういう記事に遭遇すると躊躇なく、すぐにその場で控えておくことにしています。

この連休の終わりころ、msnに「日本映画歴代ベスト40」という記事(迂闊にも出展を見逃してしまいました)がアップされていたので、ざっと目を通しました、定番のいつものベスト40なら、あえて控えておくこともありませんしね。

しかし、よく見ると、見慣れている「定番のベストもの」とはいささかオモムキを異にするので、ちょっと気になりました。

日本映画史に精通している趣味人なら、この監督を選ぶとしたらベスト作品ならまずこれとか、それでなくとも日本映画の傑出した作品ならほかに幾らでもあるというのに、そういう数々の名作をはずしておいて「こういう作品はまず選出しないだろう、それでもこの作品をチョイスするのか?」という疑念に捉われたとき(だからこそ、目を引いたわけですが)、その日本映画史に対する無知さ加減と鈍感さに、もしかしたらこれって日本人が選んだベスト40じゃないかもしれないなという気持ちが湧き起こりました。

そうですよね、イメージ的には、海外の映画祭で高く評価された作品が散見できるところを見ると、どうもそのあたりの情報しか持ち合わせていない欧州系の映画祭の関係者が選んだか、あるいは、コテコテ日本文化趣味の知ったかぶりのフランス人あたりが強引に選出したものではないかという思い、「日本ではそれほどの評価を得ているわけではない」作品が選ばれたのかと納得し、ちょっと面白かったので紹介しようと思いました。

〈日本映画歴代BEST40〉
1 七人の侍(1954)黒澤明
2 羅生門(1950)黒澤明
3 切腹(1962)小林正樹
4 東京物語(1953)小津安二郎
5 砂の女(1964)勅使河原宏
6 人間の条件(1959)小林正樹
7 誰も知らない(2004)是枝裕和
8 雨月物語(1953)溝口健二
9 ミシマ:ア・ライフ・イン・フォー・チャプターズ(1985)ポール・シュレイダー
10 おとし穴(1962)勅使河原宏
11 薔薇の葬列(1969)松本俊夫
12 野火(1959)市川崑
13 そして父になる(2013)是枝裕和
14 大菩薩峠(1957)内田吐夢
15 仁義なき戦い(1973)深作欣二
16 たそがれ清兵衛(2002)山田洋次
17 他人の顔(1966)勅使河原宏
18 赤い殺意(1964)今村昌平
19 山椒大夫(1954)溝口健二
20 おくりびと(2008)滝田洋二郎
21 飢餓海峡(1965)内田吐夢
22 浮雲(1955)成瀬巳喜男
23 女が階段を上がるとき(1960)成瀬巳喜男
24 茶の味(2004)石井克人
25 御用金(1969)五社英雄
26 楢山節考(1983)今村昌平
27 天国と地獄(1963)黒澤明
28 トウキョウソナタ(2008)黒沢清
29 原爆の子(1952)新藤兼人
30 HANABI(1997)北野武
31 武士の一分(2006)山田洋次
32 人情紙風船(1937)山中貞雄
33 二十四の瞳(1954)木下恵介
34 鬼婆(1964)新藤兼人
35 上意討ち 拝領妻始末(1967)岡本喜八
36 巨人と玩具(1958)増村保造
37 麦秋(1951)小津安二郎
38 ビルマの竪琴(1956)市川崑
39 野獣の青春(1963)鈴木清順
40 家族ゲーム(1983)森田芳光

という感じですが、特にこの部分

27 天国と地獄(1963)黒澤明
28 トウキョウソナタ(2008)黒沢清
29 原爆の子(1952)新藤兼人
30 HANABI(1997)北野武
31 武士の一分(2006)山田洋次
32 人情紙風船(1937)山中貞雄
33 二十四の瞳(1954)木下恵介

(「なんだ、こりゃ?」と云いたいところですが)「32位 人情紙風船(1937)山中貞雄」を見たときに、思わずトリュフォーの述懐を思い起こし、このベスト40作品の選出先を「仏国か欧州」と咄嗟に想定してみたのだと思います。

まあ、名作とゴミ、時間差とジャンルを適当に入れ子にしてシャッフルしただけで、それをジャポニズムの知悉と気取っている欧州人の傲慢な無知さ加減とか、「人情紙風船」を「32位」に位置づけるという疚しさのアリバイ工作のような微妙で中途半端な順位に位置づけとかも笑ってしまいましたが、少なくとも「人情紙風船」をベスト40内にチョイスするということに関しては、まずは評価しないわけにはいかないだろうなとは思った次第です。

しかし、それにしても、浪人して困窮の極みにある海野又十郎が、思い余って、かつて亡父が目を掛けた恩あるはずの江戸詰めの毛利三左衛門に仕官の口ぞえを頼みにいき、あからさまに嫌がられながらそれでも縋るように幾度も懇願する果て(白子屋の用心棒であるやくざの弥太五郎源七の子分から殴る蹴るの散々の目に会いながらも、その理不尽な暴力が毛利三左衛門とつながっていることまでは理解できない又十郎のいささか異常な鈍感さには堪らない歯痒さを覚えて観客は苛立ったはずです)、ついに業をにやした毛利三左衛門から「もう屋敷には訪ねてくるな。道で逢っても声を掛けるな」と手きびしく面罵・拒絶されて、わずかな金と亡父の手紙を叩きつけられるという屈辱と怒りによって、又十郎が降りしきる雨の中、ずぶ濡れになりながら惨めさの極みでうな垂れじっと立ち尽くして耐える絶望と虚無のあの姿を、果たして能天気な欧州人がどこまで理解できるのか、この「32位」というランクがどういうランクなのかと、なんだか声荒く問い詰めたくなるような苛立ちをおぼえました。

そうそう、むかし友人から、又十郎が、亡父の恩義があるからとはいえ、三左衛門にあれだけ執拗に仕官を依頼するというそもそもの理由が分からないと言われたことがありました、一目で三左衛門の嫌悪の表情と冷ややかな拒絶の態度があからさまなのに、それが分からない又十郎の「鈍感さ」が却って不自然で理解できない、相手の嫌悪の表情があれほどの壁となって立ち塞がっているのに、それでもあのように執拗に取りすがる「懇願」のみじめな姿の、その自虐と被虐の底なしの異常性が理解できないと。

しかし、それは、又十郎がどこまでも「サムライ」であろうとしたコダワリあったからだということで十分に説明がつくと自分は彼に返したかもしれません。

浪々の身をどうにか支えてくれた糟糠の妻・おたきの励まし(サムライとして仕官して身を立てることが最善と考える、封建制度の只中で自分の階級的な位置取りに固執することを明快に理解している彼女です)自体が、冷ややかな現実の拒絶にたじろぎ八方塞りのなかでみずからの「階級」などとっくに見失い見限っている又十郎にとっては単に「縛り」と「圧」でしかなく、妻に世間の冷ややかな「壁」や「拒絶」の実体をいまさら理解させるなど到底不可能なことくらい、又十郎自身、十分すぎるくらい分かっていることです、妻との「到底不可能」な認識差を埋めるにはその場しのぎの虚言によってしか凌ぎようのない又十郎にとって妻の「励まし」は、三左衛門の「拒絶」と同質の不可能でしかなかったのだと思います。

しかし、妻・おたきにとって、夫の行為(認識差を埋める虚言など)のそれらすべては、結局のところ「裏切り」でしかなかったことは、彼女がその懐剣を使って夫に武士の誇りを思い出させ、「いさぎよい死」を強いたあとの彼女の自害によって武士としての体面は保たれたことになります。

そこには、一貫して又十郎の「サムライ」というものの根本的な理解が欠けているという部分で、拒絶されても取りすがること以外になにも為しえなかったという自虐と被虐のみじめで底なしの異常な姿というものがあったのではないか、とかつて友人に説明したような気がします。だから、又十郎にとって、自分がなんで妻に殺されなければならないのか、最後まで理解できなかったのではないかと。

もしかしたら妻・おたきは、もうこれ以上、困窮した生活のために夫にみじめな思いはさせたくないという同情から、失意のなかで煩悶している夫を見かねて殺したのではないかという友人の意見もありましたが、酔いつぶれた又十郎の服を畳んでいたときに、妻が亡父の手紙を発見した場面があることによって彼の不甲斐なさや不実を許せず、ついに夫に「いさぎよい死」を強いたのであって、「同情説」は到底有り得ないと、きっぱり否定したことも思い出しました。

それでも、自分的には、この虚無と悲憤に満ちたラスト・シーンには多少の違和感がありました。

山中貞雄は遺書に、自身「『人情紙風船』が山中貞雄の遺作ではチトサビシイ。負け惜しみにあらず」(昭和13.4.18)と書き残しています。

僕たちは、山中貞雄のこのココロザシ半場にして非業の死をとげた痛ましい記憶、いや、なによりも日本映画界にとっての「最大の損失」と語り伝えられる伝説のなかで戦後の日本映画をずっと見守ってきた世代です。

山中監督の語り残した「チトサビシイ」が意味するところを、この映画「人情紙風船」のラストシーンに描かれた絶望と虚無感にいつの間にかオーバーラップさせて「オレの実力はあんなものじゃない、まだまだ凄いシャシンを撮れるんだ」という気負いと悔恨とに読み替えていたとしても、それは決して誤りではなかったでしょうが、一方で「本当にそうだろうか?」という思いもありました、それが自分の抱いた「違和感」の実態だったと思います。

「人情紙風船」を見た者なら誰しもその作品の完成度の高さに感嘆し、これ以上の作品というものが果たしてあるだろうかという思いと、山中貞雄自身が語り残した「『人情紙風船』が山中貞雄の遺作ではチトサビシイ」との言葉の落差が、とても奇妙に聞こえてしまうのでした。

たしかに、山中貞雄の早すぎた死を悲しみ、そしてこの天才の夭折を惜しむ者たちの思いの延長線上に、当然のように「山中貞雄が生きていたら、もっと素晴らしい作品を撮ったに違いない」という確信は十分に成立していいと思っている自分もその一人ですが、しかし、そこには思い半ばにして屈した人間への「無念さ」を、そのまま作品の見方に反映させてしまってもいいのだろうか、という疑問に捉われました。

あの痛快無比の傑作「丹下左膳余話・百万両の壷」を撮った山中貞雄です、「虚無」とか「絶望」など、およそ山中貞雄には似つかわしくないという思いからなかなか自由になれませんでした。

そこで未練がましく、歌舞伎の解説書を引っ張り出して「髪結新三」の項を拾い読みしてみたところ、ストーリーのトーンが、あまりにも違いすぎるので驚いてしまいました。

終幕の「深川閻魔堂橋の場」には、このようにありました。

《恥をかかされた源七は、深川閻魔堂橋で新三を待ちうけ争った末に切り殺します。(しかし、これが最後ではありません、まだまだ続きがあるのです。)
一方、白子屋に戻されたお熊(映画では、「お駒」でした)は、又四郎(当初から予定されていた婿さんです)と祝言を挙げるが、枕を交わさず、自害しようとして誤って又四郎を殺してしまいます。善八の姪のお菊は、世話になっている白木屋への日頃の恩を思って、罪を被って自害します。新三殺しで捕らえられた源七はしらを切りますが、お熊が自首して罪を白状したのを見て、自分の罪を認めます。奉行大岡越前の守は、二人に寛大な仕置きを申し付けました。》

あらすじを読んだだけでも、この黙阿弥の原作が、いかに堂々たるピカレスク・ロマンであることが分かります。なにしろ、かどわかした白子屋の娘を一晩さんざん弄んでから、それでもまだピーピー泣いているようなら、さっさと女郎屋に売り飛ばしちまうなんて凄いセリフもあるくらいですから、この映画の脚色のオリジナリティが物凄いものだったことが、よく分かりますよね。


(1937P.C.L.映画製作所・前進座)製作・武山政信、監督・山中貞雄、原作・河竹黙阿弥(『梅雨小袖昔八丈』、通称『髪結新三』)、製作主任・大岩弘明、脚本・三村伸太郎、撮影・三村明、録音・安惠重遠、片岡造、美術装置・久保一雄、美術考証・岩田専太郎、編集・岩下広一、音楽・太田忠、録音現像・写真化学研究所、演奏・P.C.L管弦楽団
出演・河原崎長十郎(海野又十郎)、中村鶴蔵(金魚売源公)、中村翫右衛門(髪結新三)、坂東調右衛門(按摩藪市)、市川樂三郎(目明し弥吉)、市川菊之助(錠前屋の兼吉)、山崎長兵衛(徳兵衛)、中村進五郎(夜そば屋の甚吉)、坂東みのる(吉兵衛)、市川章次(役人)、市川莚司[加東大介](源七乾分百蔵)、中村公三郎(流しの与吉)、市川進三郎(配役不明)、市川笑太朗(弥太五郎源七)、助高屋助蔵(家主長兵衛)、嵐敏夫(平六)、市川扇升(長松)、嵐芳三郎(白子屋久兵衛)、澤村比呂志(磨師の卯之公)、市川岩五郎(古傘買いの乙松)、山崎進蔵(猪助)、橘小三郎(毛利三左衛門)、瀬川菊之丞(忠七)、岬たか子(乙松の女房おくま)、原緋紗子(源公の女房おてつ)、岩田富貴子(久兵衛の女房おなつ)、一ノ瀬ゆう子(甚七の女房おちよ)、山岸しづ江(又十郎の女房おたき)、霧立のぼる(白子屋の娘お駒)、御橋公(白子屋久左衛門)、山崎島二郎(役人)、河原波留子、澤村千代太郎、瀬川花章、中村鶴蔵、平塚ふみ子
配給=東宝映画 1937.08.25 日比谷劇場 10巻 2,352m 86分 モノクロ スタンダードサイズ(1:1.37)35ミリ

1937キネマ旬報ベストテン第7位。
1979日本公開外国映画ベストテン(キネ旬戦後復刊800号記念)第4位
1989日本映画史上ベストテン(キネ旬戦後復刊1000号記念)第13位
1989大アンケートによる日本映画ベスト150(文藝春秋)第10位
1995オールタイムベストテン・日本映画編(キネ旬)第4位
1999映画人が選ぶall time best 100・日本映画編(キネ旬創刊80周年記念)」第18位
2009映画人が選ぶall time best 100・日本映画編(キネ旬創刊90周年記念)」第23位



by sentence2307 | 2019-05-16 22:20 | 山中貞雄 | Comments(0)
4月30日付けの読売新聞朝刊を、いまでも手元に置いてあります。

いえいえ、なにも「平成」最後の日の新聞だからといって記念のためにとっておいたり、プレミアムがついたら売りさばいて小銭でも稼ごうなんて、そんな気の利いた了見など持ち合わせているわけではありません。

手元にとっておいた理由というのは、同紙の「くらし欄」(11面)に読者の投稿を掲載する「ぷらざ」というコラム欄があって、その日掲載されていた「101歳になっても子を思う母」という女性(70歳)の投稿にちょっと心動かされるものがあって、自分のブログに再録させてもらおうと思い、手元に置いておいたのです。

これを読んだら、おそらく誰もが心を打たれ、胸に迫るものを感じると思います。

以下が、その全文です。

《14年前に父を亡くし、鹿児島県内の老人ホームで暮らす101歳の母がいる。年相応の認知力の衰えはあるものの、まだ「誰かね?」と言われたこともなく、ときどき、私に電話を掛けてくる。
先日も母から電話があった。「一人は、ほんのこちさびしかもんじゃ。なんごて長生きしとるんじゃろ。はよ、父さんとこ行きたかがよー」と涙声で訴えてきた。
私も、10年前に主人を亡くし、一人で暮らす身だ。
「母さん、私もここでひとりじゃ。一人はさびしか。母さんの気持ちがよーく分かるよ」と返した。
すると母は「あー、おまんさあも一人じゃったな。一人はしゃべらんからいかんよ。近くのスーパーに行って、誰かと話っしゃんせ。具合悪いときゃ、すぐ病院へ走んやんせ」。いつしか、涙声から心強い母親の声に変わっていた。
母とは、親とは、いくつになっても子を心配するものなのだ。ありがたいと頭が下がる思いで受話器を置いた。
私も頑張らなければという思いになった。》

ひとり遠い鹿児島の老人ホームで暮らす101歳の、まるでみずからの長寿をなげくかのような老母の悲痛な孤独と、その孤独を十分に分かっていても何も為しえず、ただ母を気遣う言葉しか掛けてあげられない70歳の娘の痛切、そうした思いのすべてを秘めて互いに掛け合う薩摩弁の柔らかな物言いに、ただただ打ちのめされてしまったのかもしれません。

これはまるで、小津監督作品「父ありき」や「母を恋はずや」を見たときに受けたあの胸の詰まるような痛恨と同質なものだな、と感じました。

朝の新聞の片隅でふと触れた痛切が、いつも見ている朝の景色をまったく違うものに変えてしまったことに、一瞬、戸惑いました。

そのとき、最近、少し前のブログで、伊丹万作「故郷」の感想を書くときに、同じタイトルの「故郷」という邦画が何本くらい作られたのか、jmdbで確かめたことを思い出しました。

自分的には、検索する前には、当然ながら、類語をふくめて何十本、何百本という製作本数という結果があるに違いないと確信しながら検索をはじめたのですが、結果は、たったの5本だったので、驚くのを通り越して、ちょっと呆れてしまいました。「故郷」という言葉は、日本人のキイワードではなかったのかという意外な思いでした。

肩透かしを食わされたその記憶が、それ以降いつまでも自分のなかに残っていて、いつも「それなら何が日本人にふさわしいキイワードなのか」と、内心でずっと自問していたということはあったかもしれません。

この101歳の老母を気遣う70歳の女性の投稿文を読んだとき、「あっ!」と反応し、直感的に「そうか、キイワードは、『母』だな」と確信するものがありました。

さっそく、jmdbで、「母」と入力を・・・と思ったのですが、そのまえに、タイトルに「母」とつく映画で、自分が子供のときに耳にして、気に掛かりながらも、その後、一切の情報に邂逅することもなく、もちろん、見ることもなかった映画というのを同時に思い出した、もちろん予備知識なども皆無なので、いい機会です、検索ついでに、その映画から検索してみることにしました。

うろ覚えながら、そのタイトルは、たしか「母のない子と子のない母」だったと記憶しているので、検索し始めてみると、どうも正確には「母のない子と子のない母と」というらしいことが分かりました。

検索結果は、以下のとおりです。

★母のない子と子のない母と
戦争でひとり息子を亡くした老婆と病気で母を失った兄弟。愛する者を失った悲哀に生きる者たちは、それでもなお前を向いて助け合い、やがて心を結び合う。故郷の風土に根ざし、戦争への怒りと人間への愛情を込めた作品を数多く遺した壼井栄。映画化もされた『二十四の瞳』と並ぶ著者の長編児童文学の傑作。第二回芸術選奨文部大臣賞受賞作。
(1952劇団民藝、新教映)監督・若杉光夫、脚色・久板榮二郎、原作・壷井栄、企画・劇団民芸、製作・菅義雄、八名正、、撮影・井上莞、美術・民芸美術部、音楽・斎藤一郎、解説・滝沢修
出演・田中晋二(一郎)、宇野重吉(一郎のお父さん)、高野由美(一郎のお母さん)、長木義秀(ヨンちゃん)、北林谷栄(おとら小母さん)、小汐保平(史郎)、斎藤美和(史郎のお母さん)、左卜全(史郎のおじいさん)、原ひさ子(史郎のおばあさん)、清水将夫(校長先生)、多々良純(役場の六さん)、
製作=民芸 1952.11.04 9巻 2,466m 白黒

なるほど、なるほど、そういうことですか。かの民芸が製作した映画だったんですね、わざわざ検索なんかするんじゃなかった。人道主義と共産主義の区別もつかず、戦時中の贖罪感も手伝って、猫も杓子も、よせばいいのに山田五十鈴でさえも赤旗を振ったというあの噴飯ものの激動時代、バブルの時代、ミニスカートのねえちゃんたちが、ジュリアナのお立ち台で、大きな扇子と腰を振ってパンチラで踊りまくっていたのとは、わけが違います。少人数相手の演劇で、仲間内で息巻いていればいいものを、わざわざ映画にまでしゃしゃり出て「映画」をアジテーションの道具として堕落させ、つまらない「映画」を量産した、その残滓的な作品だったというわけですか。トリュフォーならずとも、怒るで、まったく。

いかに名作「二十四の瞳」を撮った木下恵介といえども、この原作じゃあ、いい映画なんか撮ることは所詮無理だったと思います。だから木下恵介もこちらの作品の方は食指を動かさなかったというわけだったのでしょうけれども。

でもまあ、これで長い間、気になっていた作品がどういう作品だったのかの調べもつきましたので、気も済みました。

そうそう、気に掛かっていたことが、もうひとつありました。

前回、伊丹万作の「故郷」の周辺情報を確かめるために「伊丹万作全集 第1巻」を読んでいたら、たまたま面白い記事をみつけたので、紹介しておきたいと思います。

あきらかに小津監督の「母を恋はずや」を意識して書かれたものであることは一目で分かりましたので、すぐ目に付いたというわけです。あえて「意識して」と書きましたが、それを「あてこすって」とか「嫌味で」とか、いろいろな表現にかえことも、あるいは可能かもしれません。

それは「キネマ旬報」昭和9年6月11日号に掲載された「回答その他」という小文のなかの「文法」と題された時評みたいな感じのものです、ごく短いものなので 全文筆写してみますね。

《松竹の写真の題名に「何とかを恋はずや」というのがあった。これをどう読ませるつもりか分からないが、「恋はずや」と読ませるつもりなら、それは無茶である。日本語にはない読み方で、したがって意味も通じようがない。意味の通じない題名など、少し無責任すぎるし、第一商売上困りはしないか。
「恋ふ」という他動詞は、は行上二段活用で、「ひ、ひ、ふ、ふる、ふれ、ひよ」と働くのであって、「は」とは働かない。したがってこの場合は、「恋ひずや」というのが正しい。「恋はずや」という語は日本にないのだから、そのつもりでいてもらいたい。これは中学二年生の知識であるから、僕が物知りぶっていることにはなるまい。また松竹に中学二年生以上の教育を受けた人が一人もいないというはずもなかろう。タイトルの方は吉山旭光氏に任せておくが、題名だけは捨ておき難い。世間の者どもに活動屋などという手合いは平易な文法さえもわきまえておらんと思わせることはくやしいから、仲間うちで警めておく。》

これ以上はないだろうと思えるくらいのなんたる嫌味、なんたる傲慢、ちなみに小津監督は、年譜によれば、中学校卒業後、神戸高商受験失敗後、代用教員をしたとあるので、「松竹に中学二年生以上の教育を受けた人が一人もいないというはずもなかろう」は、そのまま、相手を侮辱し喧嘩を売っているとしか思えません。

しかし、たとえそれが「は行上二段活用」であろうと、「恋ひずやの方が正しい」であろうと、現代においてもいまだ確固として映画史に残り、記憶に刻印されている作品といえば「母を恋はずや」なのであって、観客に飽きられ、記憶と映画史とからすっかり姿を消してしまった伊丹万作の「故郷」ではなかったことが示唆するものは、たとえそのタイトルの命名が文法上、些か規定から外れたものであったとしても、しかし、その誤りもすべて含めて、言葉に対する感受性もまた作家の美意識であることを支持した僕たちの証しであるのだと言わずにはおられません。

さて、それでは、懸案のキイワード「母」の検索といってみますか。

いざ検索してみると、ヒットした件数は、おお!! なんと401件、まさにこれが日本人の心のキイワードといえるにふさわしい堂々たる件数じゃないですか。

なるほど、なるほど、そういうことだったんですね。この壮観な401件の検索結果は、ぜひともこのブログの末尾に全件掲げたいと思いますが、当初自分的には、「母もの映画」といえば望月優子や三益愛子のイメージが強烈で、どうしても「陰々滅々」感(とか、聖母的な先入観)が強くて、もうひとつ検索にリキが入らずに積極的にはなれなかったのですが、この検索結果を見て驚愕し、俄然生き返りました。

そのタイトルのイロドリの華やかさ、百花繚乱の桃色吐息ぶりといったらありません。

ひとむかし前なら、子供たちや意地悪な嫁に疎まれ、虐げられて家にいられずに、ついに行き場をなくして老人ホームに追いやられたり、鉄道自殺するしかなかった老いた母親たちは、この現代においては、娘の婿さんを豊満な肉体で誘惑し、

実の息子とやってしまうとか(実際の年齢差を考えると、ありえないと思ってしまうとしたら、まだまだ修行が足りません)、

とにかく、日本映画史の一断面を抉り取った壮観さを堪能できることには、間違いありません。保証します。

これこそ躊躇なく「正調・日本映画史」と名づけても十分OKだと思ってます。


【正調・日本映画史】
1. まま母 (製作=横田商会) 1910.11.01 富士館 白黒 無声
2. 母の罪 (製作=吉沢商店) 1911.05.01 電気館 白黒 無声 出演・木下吉之助、五味国太郎
3. 母の躾 (製作=吉沢商店) 1912.01.01 電気館 白黒 無声 出演・木村操、五味国太郎
4. 継母 (製作=横田商会) 1912.05.01 千代田館 白黒 無声
5. まま母(警官の涙) (製作=日活) 1914.04. 浅草大勝館 白黒 無声
6. 母(捨小舟) (製作=日活(向島撮影所)) 1914.07. 浅草遊楽館 白黒 無声 出演・森三之助、関根達発、立花貞二郎
7. 母の罪 (製作=日活(向島撮影所)) 1914.08. 浅草オペラ館 白黒 無声 出演・関根達発、一派
8. 此子此母 (製作=日活(向島撮影所)) 1914.09. 浅草三友館 白黒 無声 原作・中井苔香
9. 母の心 (製作=日活(向島撮影所)) 1915.01. 浅草三友館 白黒 無声 監督・小口忠
10. 二人の母 (製作=日活(向島撮影所)) 1916.03. 浅草三友館 白黒 無声

11. 母と子 (製作=日活(向島撮影所)) 1916.06.27 浅草オペラ館 3巻 白黒 無声 原作・佐藤紅録
12. 母の心 (製作=小林商会) 1916.10.30 京橋豊玉館 3巻 白黒 無声 出演・中村秋孝、佐川素経、静田健、多知花静衛、三木久雄
13. 幼き母 (製作=日活(向島撮影所)) 1917.07.01 第二遊楽館 5巻 白黒 無声 出演・山本嘉一、東猛夫、秋月邦武、立花貞二郎、藤川三之助
14. 儚き母子 (製作=小林商会) 1917.07.11 浅草三友館 5巻 白黒 無声 出演・関根達発、静田健、西野薫、島田小次郎、中野信近
15. 残れる母娘 (製作=天活(大阪撮影所)) 1918.03.01 大阪楽天地 白黒 無声 脚本・藤田紫影、出演・石川新水、伊村義雄、熊谷武雄、山田九州男、五味国太郎、秋山十郎、宍戸熊介
16. 捨てられた母 (製作=日活(向島撮影所)) 1918.03.30 浅草オペラ館 4巻 白黒 無声 監督・小口忠、脚本・桝本清、出演・山本嘉一、五月操、東猛夫、新井淳、衣笠貞之助
17. 母の扉 (製作=日活(向島撮影所)) 1918. . 白黒 無声 監督・田中栄三
18. 母の心 (製作=日活(向島撮影所)) 1919.08.31 浅草オペラ館 白黒 無声 原作・柳川春葉
19. 慈母のなやみ (製作=国活) 1920.05.29 芝大門館 5巻 白黒 無声
20. 此父此母 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1921.07.21 第二松竹館 4巻 白黒 無声 監督・賀古残夢、出演・五味国太郎、宮田八郎、大山武、鈴木歌子

21. 涙の母 (製作=日活(向島撮影所)) 1921. . 白黒 無声
22. 母いづこ (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1922.01.10 浅草松竹館 6巻 白黒 無声 監督・牛原虚彦、脚本・伊藤大輔、原作・「オーヴァ・ゼ・ヒル」より
23. 母の心 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1922.05.01 浅草松竹館 6巻 白黒 無声 監督・池田義臣、脚本・小田喬、原作・柳川春葉、撮影・水谷文次郎
24. 母 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1923.05.16 浅草松竹館 10巻 白黒 無声 監督・野村芳亭、脚本・石川白鳥、撮影・小田浜太郎、出演・川田芳子
25. 永遠の母 (製作=松竹キネマ(下加茂撮影所)) 1924.01.13 電気館 8巻 白黒 無声 監督・池田義信、脚本・武田晃、原作・野村芳亭、撮影・長井信一
26. 懐かしき母 (製作=マキノ映画製作所(等持院撮影所)) 1924.03.04 浅草オペラ館 6巻 白黒 無声 監督・志波西果、原作・志波西果、撮影・松浦茂、配役・村瀬実太
27. 雲母阪 (製作=マキノ映画製作所(等持院撮影所)) 1924.06.20 浅草大東京 5巻 白黒 無声 監督・沼田紅緑、脚本・マキノ青司、原作・直木三十三、
28. お澄と母 (製作=日活(京都撮影所第二部)) 1924.06.29 浅草三友館 8巻 白黒 無声 監督・村田実、脚本・村田実、原作・ブラスコ・イヴァニエス
29. 二人の母 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1924.08.01 電気館 6巻 白黒 無声 監督・牛原虚彦、脚本・小田喬、撮影・酒井健三、出演・三村千代子
30. 母なればこそ (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1924.09.22 電気館 7巻 白黒 無声 監督・池田義信、脚本・池田義信、撮影・長井信一、出演・奈良真養

31. 狂へる母に (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1924.12.22 電気館 3巻 白黒 無声 監督・吉野二郎、脚本・吉田弘隆、撮影・中村正雄、出演・飯田蝶子
32. 水兵の母 (製作=小笠原プロダクション) 1925.03.05 神戸キネマ倶楽部 6巻 白黒 無声 監督・小笠原明峰、脚本・水島あやめ、原作・小笠原長生
33. 母を呼ぶ声 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1925.03.15 電気館 5巻 白黒 無声 監督・吉野二郎、脚本・古田弘隆、原作・古田弘隆、撮影・田辺憲次
34. 海国の母 (製作=東亜キネマ(甲陽撮影所)) 1925.08.12 大阪第一朝日館 6巻 白黒 無声 監督・上月吏、脚本・田村喜一郎、原作・永井健、撮影・古泉勝男
35. 母校の為めに (製作=日活(大将軍撮影所)) 1925.09.08 浅草三友館 7巻 白黒 無声 監督・阿部豊、助監督・伊奈精一、脚色・畑本秋一、清水竜之助
36. 母ちゃんの馬鹿 (製作=帝国キネマ演芸(芦屋撮影所)) 1925. . 製作中止 白黒 無声 監督・松本英一、撮影・大森勝、出演・松本泰輔、沢蘭子
37. 母を尋ねて三百里 (製作=日活(大将軍撮影所)) 1926.05.07 三友館 7巻 白黒 無声 監督・田坂具隆、脚本・鈴木謙作、原作・鈴木謙作、撮影・気賀靖吾
38. 母よ恋し (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1926.05.23 電気館 6巻 白黒 無声 監督・五所平之助、脚本・水島あやめ、原作・水島あやめ、撮影・内田斎
39. 母なればこそ (製作=帝国キネマ演芸(芦屋撮影所)) 1926.11.06 大阪芦辺劇場 5巻 白黒 無声 監督・佐藤樹一路、原作・佐藤樹一路、撮影・鷲田誠
40. 愚かなる母 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1926.12.01 浅草松竹館 8巻 白黒 無声 監督・池田義信、脚本・水島あやめ、原作・水島あやめ

41. 母に誓ひて (製作=タカマツ・アズマプロダクション) 1926.04.03 白黒 無声 監督・山本嘉次郎、脚色・山本嘉次郎、撮影・小谷三郎、配役・野田鉄次(職工)
42. この母を見よ (製作=マキノプロダクション(御室撮影所)) 1927.01.28 千代田館 6巻 白黒 無声 監督・久保為義、脚本・芝蘇呂門、撮影・藤井春美
43. 心中雲母阪 (製作=マキノプロダクション(御室撮影所)) 1927.03.18 千代田館 8巻 白黒 無声 指揮・マキノ省三、監督・井上金太郎、橋本栄一、脚色・秋篠珊次郎
44. 懐しの母 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1927.10.21 電気館 5巻 白黒 無声 監督・佐々木恒次郎、脚本・村上徳三郎、原作・村上徳三郎、撮影・内田斎
45. 叔母さんの家 (製作=河合プロダクション) 1928.09.14 7巻 1,456m 白黒 無声 監督・松本英一、出演・里見明 橘重子 雲井三郎
46. 母いづこ (製作=日活(大将軍撮影所)) 1928.09.14 富士館/みやこ座 10巻 白黒 無声 監督・阿部豊、脚色・阿部豊、木村恵吾、原作・阿部豊、撮影・青島順
47. 豪傑の母 (製作=帝国キネマ演芸) 1928.09.22 大阪芦辺劇場 白黒 無声 監督・江後岳翠、脚本・江後岳翠、原作・江後岳翠、撮影・谷口禎
48. 母よ君の名を汚す勿れ (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1928. . 白黒 無声 監督・五所平之助、脚本・五所平之助、原作・北村小松、撮影・三浦光男
49. 母と子 (製作=東亜キネマ(京都撮影所)) 1929.01.20 大阪パーク劇場 6巻 白黒 無声 監督・米沢正夫、脚本・佃血秋、原作・佃血秋、撮影・河崎喜久三
50. 第二の母 (製作=日活(太奏撮影所)) 1929.04.26 富士館/みやこ座 5巻 白黒 無声 監督・木村次郎、脚本・東坊城恭長、原作・畑本英一、撮影・町井春美

51. おっ母よ (製作=帝国キネマ演芸) 1929.05.29 大阪芦辺劇場 白黒 無声 監督・深川ひさし、脚本・阪本長郎、撮影・古林潤、出演・鈴木信子、藤間林太郎
52. 母 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1929.12.01 帝国館 10巻 白黒 無声 監督・野村芳亭、脚本・柳井隆雄、潤色・野田高梧、原作・鶴見祐輔
53. 母校に輝く (製作=沢田義雄プロダクション) 1929. . 白黒 無声 監督・楠山律、撮影・寺田清彦、出演・沢田義雄、浪花千栄子
54. 母校の名誉 (製作=マキノプロダクション(御室撮影所)) 1930.01.31 新宿劇場 8巻 白黒 無声 監督・川浪良太、脚本・川浪良太、原作・川浪良太
55. 三人の母 (製作=帝国キネマ演芸) 1930.04.10 常盤座 8巻 白黒 無声 監督・曽根純三、脚本・村田圭三、原作・小笠原白也、撮影・塚越成治
56. 母 (製作=日活(太奏撮影所)) 1930.04.25 富士館 8巻 白黒 無声 監督・長倉祐考、脚本・相田澄子、原作・菊池寛、撮影・松沢又男
57. この母を見よ (製作=日活(太奏撮影所)) 1930.05.09 富士館 10巻 白黒 無声 監督・田坂具隆、脚本・八木保太郎、撮影・伊佐山三郎、出演・滝花久子
58. 母の栄光 (製作=河合映画製作社) 1930.07.11 7巻 1,404m 白黒 無声 監督・高松操、脚本・杉原保、原作・杉原保、撮影・永貞二郎
59. 母三人 (製作=日活(太奏撮影所)) 1930.11.07 富士館 10巻 白黒 無声 監督・阿部豊、脚本・木村千疋男、原作・川村花菱、撮影・町井春美
60. 瞼の母 (製作=千恵蔵プロダクション 配給=日活) 1931.03.13 富士館/神田日活館 8巻 1,784m 白黒 無声 監督・稲垣浩、助監督・寺川千秋、脚本・稲垣浩

61. 我が子我が母 (製作=帝国キネマ演芸) 1931.04.22 常盤座 10巻 白黒 無声 監督・印南弘、脚本・民門敏雄、原作・民門敏雄、撮影・二宮義暁
62. この母に罪ありや (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1931.06.12 帝国館 12巻 2,873m 白黒 無声 監督・清水宏、脚色・伏見晁、池田忠雄、原作・湯原海彦
63. 母はどうする (製作=河合映画製作社) 1931.07.23 河合キネマ 6巻 1,329m 白黒 無声 監督・吉村操、脚本・太田辰三、原作・太田辰三、撮影・石川東橘
64. 母なればこそ (製作=帝国キネマ演芸) 1931.09.01 常盤座 8巻 白黒 無声 監督・川浪良太、脚本・西条照太郎、原作・西条照太郎、撮影・藤井清
65. 二郎と其の母 (製作=キヨノ映画) 1931.10.30 浅草松竹座 4巻 白黒 無声 監督・山口辰雄、脚本・山口辰雄、原作・椎名竜徳、撮影・山田忠治
66. 母よその名を汚す勿れ (製作=東活映画社) 1931.12.05 大阪敷島倶楽部 7巻 白黒 無声 監督・米沢正夫、脚本・桜庭青蘭、原作・桜庭青蘭、撮影・上村貞
67. 頼母子権兵衛 (製作=赤沢キネマ) 1932.01.05 浅草松竹館 6巻 白黒 無声 監督・吉野二郎、脚本・東草之助、原作・東草之助、撮影・土岐淳一
68. 永遠の母 (製作=河合映画製作社) 1932.05.06 浅草河合キネマ 7巻 1,420m 白黒 無声 監督・吉村操、脚本・藤田潤一、原作・藤田潤一、撮影・石川東橘
69. 母の秘密 (製作=東活映画社) 1932.06.20 大阪有楽座 12巻 白黒 無声 監督・米沢正夫、脚本・東活文芸部、原作・野村雅延、撮影・柾木四平
70. まぼろしの母 (製作=新興キネマ) 1932.11.01 電気館 10巻 白黒 無声 監督・清涼卓明、脚本・小川正、原作・小川正、撮影・三木茂

71. 母の秘密 (製作=新興キネマ) 1932.12.25 電気館/新宿帝国館 10巻 白黒 無声 監督・高見貞衛、脚本・八尋不二、原作・三宅やす子、撮影・藤井清
72. 眠れ母の胸に (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1933.01.20 帝国館 12巻 2,447m 白黒 サウンド版 監督・清水宏、脚色・野田高梧、原作・野田高梧
73. その子と母 (製作=河合映画製作社) 1933.02.08 6巻 1,179m 白黒 無声 監督・吉村操、脚本・大井利与、原作・太田辰三、撮影・藤岡弘司
74. 母よ子よ (製作=日活(太奏撮影所)) 1933.07.06 富士館 8巻 白黒 無声 監督・田口哲、脚本・依田義賢、原作・依田義賢、撮影・気賀靖吾
75. 或る母の姿 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1933.07.20 帝国館 8巻 白黒 無声 監督・佐々木恒次郎、脚本・陶山密、原作・陶山密、撮影・青木勇
76. 母三人 前篇 (製作=新興キネマ) 1933.10.19 電気館 10巻 白黒 無声 監督・曽根純三、脚本・八尋不二、原作・川村花菱、撮影・藤井静
77. 母三人 後篇 (製作=新興キネマ) 1933.10.25 電気館 8巻 1,998m 白黒 無声 監督・曽根純三、脚本・八尋不二、原作・川村花菱、撮影・藤井静
78. 東洋の母 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1934.02.01 帝国劇場/帝国館 15巻 3,818m 白黒 総指揮・城戸四郎、総監督・清水宏、監督・石川和雄、佐々木康、佐藤武、沼波功
79. 母の微笑 (製作=日活(太奏撮影所)) 1934.03.01 富士館/日比谷映劇 6巻 白黒 監督・渡辺邦男、脚色・鈴木紀子、原作・簡易保険局、撮影・碧川道夫
80. さくら音頭 涙の母 (製作=P.C.L.映画製作所 配給=東和商事映画部) 1934.03.08 日比谷映劇 10巻 2,047m 75分 白黒 監督・木村荘十二、脚本・木村荘十二、原作・木村荘十二

81. 夢に見る母 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1934. . 白黒 無声 監督・青山三郎、脚本・鈴木紀子、原作・鈴木紀子、撮影・松沢又男
82. 母の愛 苦闘篇 愛児篇 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1935.01.31 帝国館 15巻 白黒 サウンド版 監督・池田義信、脚本・陶山密、原作・松竹脚本部
83. 母の心 (製作=赤沢キネマ) 1935.03.07 電気館 8巻 白黒 監督・根岸東一郎、脚本・赤沢大助、原作・村上寛、撮影・花沢義之
84. 母の恋文 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1935.04.18 帝国館 12巻 白黒 監督・野村浩将、監督補助・北村昭彦、松村清四郎、中本茂、脚色・池田忠雄
85. なみだの母 (製作=太奏発声映画 配給=日活) 1935.05.08 大阪常盤座 8巻 白黒 監督・永富映次郎、脚色・牛原虚彦、原作・額田六福、撮影・河崎喜久三
86. 父帰る母の心 (製作=第一映画社 配給=松竹キネマ) 1935.10.08 帝国館 8巻 白黒 監督・寺門静吉、助監督・森一生、鴻嶺利光、池田李雄、脚色・原健一郎
87. 叔母さんの意地わる (製作=大都映画) 1935.11.21 河合キネマ 7巻 1,508m 白黒 無声 監督・太田辰三、脚本・太田辰三、原作・太田辰三、撮影・石川東
88. スクリーングラフ 第八輯「文化の母」 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所ニュース部)) 1935. . 2巻 白黒 解説版
89. 第二の母 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1936.01.23 富士館 7巻 白黒 監督・田口哲、春原政久、脚本・小国英雄、原作・小国英雄、撮影・福田寅次郎
90. 母の面影 (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1936.02.06 帝国館/丸の内松竹/新宿松竹館9巻 白黒 サウンド版 監督・佐々木啓祐、脚本・斎藤良輔、原作・斎藤良輔

91. 護国の母 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1936.05.07 富士館 8巻 白黒 監督・田口哲、脚本・鈴木紀子、原作・鈴木紀子、撮影・福田寅次郎
92. 母を尋ねて (製作=松竹キネマ(大船撮影所)) 1936.08.30 帝国館/丸の内松竹/新宿松竹館10巻 白黒 解説版 監督・佐々木康、脚本・柳井隆雄、原作・日野輝久
93. 母なればこそ (製作=P.C.L.映画製作所 配給=東宝映画) 1936.09.21 日本劇場 8巻 1,857m 68分 白黒 監督・木村荘十二、脚本・三好十郎、原作・川口松太郎
94. 嘆きの母 (製作=松竹キネマ(大船撮影所)) 1936.10.15 帝国館/丸の内松竹/新宿松竹館8巻 白黒 監督・宗本英男、脚色・宗本英男、潤色・野田高梧
95. 母の花園 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1936.11.22 大阪朝日座 9巻 2,211m 白黒 監督・西鉄平、脚本・如月敏、原作・如月敏、撮影・樗木喬
96. 瞼の母 (製作=千恵蔵プロダクション 配給=日活) 1936.12.03 富士館 7巻 白黒 監督・衣笠十四三、脚色・大森光太郎、原作・長谷川伸、撮影・漆山裕茂
97. わが母の書 (製作=松竹キネマ(大船撮影所)) 1936.12.19 新宿松竹館 15巻 白黒 監督・池田義信、脚本・斎藤良輔、図斎与一、原作・斎藤良輔、図斎与一
98. 小楠公とその母 (製作=日本合同映画) 1936. . 白黒 サウンド版 監督・中川紫朗、脚本・中川紫朗、原作・小楠公会、撮影・渡会六蔵
99. 母校の花形 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1937.04.01 富士館 6巻 白黒 監督・千葉泰樹、脚色・小国英雄、山崎謙太、原作・サトウ・ハチロー、撮影・長井信一
100. 母の夢 (製作=松竹(大船撮影所)) 1937.04.01 帝国館/丸の内松竹/新宿松竹館8巻 白黒 監督・佐々木康、脚本・斎藤良輔、原作・菊池寛、撮影・野村昊

101. 真実一路 母の巻 (製作=日活(多摩川撮影所)1937.06.10 大阪常盤座 9巻 白黒 監督・田坂具隆 脚色・荒牧芳郎 原作・山本有三 撮影・伊佐山三郎
102. 軍国母の手紙 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1937.10.21 大阪朝日座 7巻 1,410m 白黒 監督・久松静児 脚本・陶山密 原作・陶山密 撮影・鈴木栄
103. 母への抗議 (製作=松竹(大船撮影所) 1937.11.01 新宿松竹館 8巻 白黒 監督・深田修造 脚本・斎藤良輔 原作・斎藤良輔 撮影・渡辺健次
104. 母よ安らかに (製作=新興キネマ(東京撮影所) 1937.11.11 大阪朝日座 8巻 2,042m 白黒 監督・田中重雄 脚本・如月敏 原作・如月敏 撮影・二宮義暁
105. 呼子鳥 後篇 母の時代 (製作=新興キネマ(東京撮影所) 1937.11.18 大阪朝日座 7巻 白黒 監督・久松静児 脚本・陶山密 原作・加藤武雄 撮影・古泉
106. 母の勝利 (製作=松竹(大船撮影所) 1937.11.25 帝国館 8巻 白黒 監督・斎藤寅次郎 脚本・野田高梧 撮影・武富善男 出演・葉山正雄 坪内美子
107. 母の曲 前篇 (製作=東宝映画(東京撮影所) 1937.12.11 日本劇場 2,156m 79分 白黒 製作・萩原耐 監督・山本薩夫 脚本・木村千依男 八住利雄
108. 母の曲 後篇 (製作=東宝映画(東京撮影所)
母の曲 後篇 1937.12.21 日本劇場 1,915m 70分 白黒 製作・萩原耐 監督・山本薩夫 脚本・木村千依男 八住利雄
109. 母の鐘 (製作=G・S映画研究所 1937. . 白黒 無声 監督・永富映次郎 脚本・永富映次郎 原作・永富映次郎 撮影・田中春光
110. 母親人形 (製作=東宝映画(京都撮影所)) 1938.01.07 日本劇場 8巻 2,056m 75分 白黒 監督・石田民三 脚本・白浜四郎 原作・長谷川伸 撮影・玉井正夫

111. 母の瞳 (製作=大都映画) 1938.01.10 大都劇場 8巻 白黒 監督・吉村操 脚本・大井利与 原作・大井利与 撮影・富沢恒夫
112. 母ぞよく知る (製作=松竹(大船撮影所) 1938.03.10 帝国館/新宿松竹館/渋谷劇場/銀座映劇8巻 白黒 監督・原研吉 脚本・斎藤良輔 原作・斎藤良輔
113. 母の魂 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1938.04.14 大阪朝日座 11巻 3,192m 白黒 総指揮・六車修 監督・田中重雄 脚本・陶山密 撮影・二宮義暁
114. 軍国涙の母 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1938.04.21 富士館 4巻 白黒 監督・渡部恒次郎 脚色・荒牧芳郎 原作・竹田敏彦 撮影・渡辺孝 配役 高岡邦
115. 二度目の母 (製作=大都映画) 1938.06.16 大都劇場 6巻 白黒 無声 監督・和田敏三 脚本・ 三木誠 撮影・岩藤隆光 出演・大河百々代 藤間林太郎
116. 母と子 (製作=松竹(大船撮影所)) 1938.07.01 大阪劇場 10巻 2,426m 89分 白黒 監督・渋谷実 監督補助・厳谷平三 荒井英郎 大屋善三 本郷武雄 脚色・柳井隆雄
117. 瞼の母 (製作=東宝映画(東京撮影所)) 1938.07.10 日本劇場 10巻 2,295m 84分 白黒 製作・森田信義 監督・近藤勝彦 脚本・竹井諒 原作・長谷川伸
118. わが家に母あれ (製作=松竹(大船撮影所) 1938.08.18 帝国館/新宿松竹館/渋谷劇場/横浜常設館/銀座映劇6巻 白黒 監督・渋谷実 脚本・柳井隆雄 原作・森山季子
119. 姉ちゃんは母ちゃんは (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1938.09.08 大阪朝日座 6巻 1,430m 白黒 監督・須山真砂樹 脚本・小出英男 原作・小出英男
120. 母の歌 前篇(誓) (前篇(誓) 製作=松竹(大船撮影所)) 1938.12.15 帝国館/新宿松竹館/横浜常設館/銀座映劇5巻 白黒 監督・佐々木康 脚本・斎藤良輔 撮影・野村昊

121. 母の歌 後篇(縁) (製作=松竹(大船撮影所)) 1938.12.15 帝国館/新宿松竹館/横浜常設館/銀座映劇7巻 白黒 監督・佐々木康 脚本・斎藤良輔 撮影・野村昊
122. 美はしき母性 (製作=松竹(大船撮影所) 1938.12.24 帝国館/新宿松竹館/横浜常設館7巻 白黒 監督・蛭川伊勢夫 脚本・柳井隆雄 斎藤良輔 原作・山岡荘八
123. 幸福の母 (製作=オールキネマ社) 1938. . 1巻 326m 12分 白黒 演出・芦田宏昌 撮影・芦田宏昌
124. 母子船頭唄 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1939.01.14 大阪朝日座 5巻 1,313m 白黒 監督・青山三郎 脚本・村上徳三郎 撮影・青島順一郎
125. 日本の母 母の巻 (製作=大都映画) 1939.02.15 大都劇場 7巻 白黒 監督・吉村操 脚本・中川竜夫 原作・中川竜夫 撮影・永貞二郎
126. 日本の母 子の巻 (製作=大都映画) 1939.02.23 大都劇場 7巻 白黒 監督・吉村操 脚本・中川竜夫 原作・中川竜夫 撮影・永貞二郎
127. 誓ひの乳母車 (製作=大都映画) 1939.03.01 大都劇場 6巻 白黒 監督・中島宝三 脚本・中島宝三 撮影・広川朝次郎 出演・藤間林太郎 雲井三郎
128. 母に捧ぐる歌 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1939.05.25 電気館/大阪朝日座 8巻 1,977m 白黒 監督・伊奈精一 脚本・中田龍雄 原案・伊奈精一
129. 母を讃へる歌 (製作=松竹(大船撮影所)) 1939.07.06 帝国館/新宿松竹館/横浜常設館/銀座映劇7巻 白黒 監督・原研吉 脚本・野田高梧 森山李子撮影・厚田雄春
130. 母 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1939.10.12 大阪朝日座 11巻 2,957m 白黒 監督・田中重雄 脚本・陶山密 原作・鶴見祐輔 撮影・行山光一

131. 母は強し (製作=松竹(大船撮影所)) 1939.12.17 帝国館/新宿松竹館/渋谷松竹/銀座映劇12巻 白黒 監督・佐々木啓祐 脚本・猪俣勝人 原作・竹田敏彦
132. 母恋千鳥 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1939.12.24 大阪朝日座 7巻 1,976m 白黒 監督・須山真砂樹 脚本・一木章 原作・一木章 撮影・樗木喬
133. 母よ正しき愛を (製作=大日本文化映画製作所) 1939. . 2巻 白黒
134. この母にしてこの子あり (製作=大都映画) 1940.01.10 大都劇場 7巻 白黒 監督・吉村操 脚本・土田耕平 原作・土田耕平 撮影・永貞二郎
135. 雲月の九段の母 (製作=東宝映画(東京撮影所)) 1940.01.11 日本劇場 8巻 1,733m 63分 白黒 製作・滝村和男 監督・渡辺邦男 脚本・平野直
136. 母の踏む路 (製作=大都映画) 1940.03.21 大都劇場 6巻 白黒 監督・宇佐美彪 脚本・宇佐美彪 原作・土田耕平 撮影・広川朝次郎
137. 母の願ひ (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1940.04.18 大阪朝日座 9巻 2,183m 白黒 監督・久松静児 脚本・村上徳三郎 原作・浜本浩 撮影鈴木栄
138. 悲曲「母」 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1940.06.27 富士館 9巻 白黒 監督・伊賀山正徳 脚色・館岡謙之助 原作・萩原四郎 撮影・渡辺五郎
139. 母なきあと (製作=大都映画) 1940.09.26 大都劇場 5巻 白黒 監督・小崎政房 脚本・小崎政房 原作・小崎政房 撮影・広川朝次郎
140. 闘ふ母 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1940.10.05 大阪朝日座 8巻 1,902m 白黒 製作・高岩肇 監督・久松静児 脚本・山上七郎 原作・広津和郎

141. お母さん (製作=松竹(大船撮影所)) 1940.11.07 国際劇場/新宿・渋谷松竹 7巻 白黒 監督・瑞穂春海 脚本・斎藤良輔 長瀬喜伴、撮影・桜井清寿
142. 母の真情 (製作=大都映画) 1941.01.07 大都系 5巻 白黒 監督・山内俊英 脚本・土田耕平 原作・諏訪三郎 撮影・富沢恒夫
143. 母系家族 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1941.01.30 日活系 13巻 白黒 監督・清瀬英治郎 脚本・千葉泰樹 原作・石川達三 撮影・山崎安一郎
144. 大将の母 (製作=大日本教育映画協会 配給=皇国映画) 1941.02.22 大阪朝日座 4巻 白黒 監督・山本紀夫 撮影・渡辺孝 出演・村瀬幸子
145. 母代 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1941.02.22 大阪朝日座 9巻 白黒 製作・今村貞雄 監督・田中重雄 脚本・鈴木英夫 原作・舟橋聖一
146. 母の姿 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1941.03.15 大阪朝日座 4巻 白黒 監督・青山三郎 脚本・望月幸三 原作・田郷虎雄 JOAK放送劇「父の碑」
147. 母の灯 (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1941.06.12 大阪朝日座 9巻 白黒 監督・深田修造 小石栄一、脚本・笠原良三 原作・石橋みつ子 撮影・高橋通夫
148. 母なき家の母 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1941.07.24 日活系 9巻 白黒 監督・伊賀山正徳 脚本・比佐芳武 撮影・渡辺五郎 音楽・大久保徳二郎
149. 戦陣訓 母と戦場 (製作=大都映画) 1942.01.14 大都系 10巻 白黒 監督・倉谷勇 脚本・水町青滋 原作・火野葦平 撮影・松井鴻
150. 母の顔 (製作=皇国映画) 1942.01.24 新興系 6巻 白黒 監督・村上潤 脚本・鈴木忠一郎 撮影・岡野進一 出演・林千歳 田中春雄 三島慶子

151. 海の母 (製作=日活(多摩川撮影所)) 1942.02.07 日活系 11巻 白黒 監督・伊賀山正徳 脚色・永見隆二 原作・永見隆二 撮影・渡辺五郎
152. 母よ嘆く勿れ (製作=新興キネマ(東京撮影所)) 1942.04.16 紅系 8巻 白黒 監督・深田修造 脚本・柳川真一 原作・加藤武雄 撮影・古泉勝男
153. 日本の母 (製作=松竹(大船撮影所)) 1942.06.18 白系 10巻 白黒 監督・原研吉 脚本・野田高梧 八木沢武孝、撮影・武富善男 音楽・浅井挙曄
154. 母の地図 (製作=東宝映画) 1942.09.03 紅系 11巻 2,825m 103分 白黒 演出・島津保次郎 演出助手・杉江敏男 脚本・植草圭之助 潤色・島津保次郎
155. 母は死なず (製作=東宝映画) 1942.09.24 紅系 11巻 2,841m 104分 白黒 製作・藤本真澄 演出・成瀬巳喜男 脚本・猪俣勝人 原作・河内仙介
156. 母の記念日 (製作=松竹(大船撮影所)) 1943.11.11 白系 9巻 2,372m 87分 白黒 監督・佐々木康 脚本・野田高梧 柳井隆雄 柳川真一、原作・佐々木孝丸
157. 雛鷲の母 (製作=大映(東京撮影所)) 1944.01.27 紅系 10巻 2,407m 88分 白黒 製作・三浦信夫 監督・吉村廉 脚本・八田尚之 撮影・山崎安一郎
158. 母の灯 (製作=松竹(京都撮影所)) 1947.07.01 8巻 2,081m 76分 白黒 企画・石田清吉 監督・市川哲夫 脚本・沢村勉 原作・小糸のぶ
159. 母 (製作=大映(東京撮影所)) 1948.08.23 8巻 2,115m 77分 白黒 企画・中代富士男 監督・小石栄一 脚本・館岡謙之助 撮影・山崎安一郎
160. 母紅梅 (製作=大映(東京撮影所)) 1949.01.24 9巻 2,281m 83分 白黒 企画・中代富士男 監督・小石栄一 脚本・館岡謙之助 撮影・姫田真佐久

161. 母三人 (製作=大映(東京撮影所)) 1949.04.24 9巻 2,297m 84分 白黒 企画・中代富士男 監督・小石栄一 脚本・館岡謙之助 原作・川村花菱
162. 母恋星 (製作=大映(京都撮影所)) 1949.06.12 10巻 2,331m 85分 白黒 企画・高桑義生 浅井昭三郎、監督・安田公義 脚本・波多謙治 撮影・武田千吉郎
163. 母呼ぶ鳥 (製作=松竹(京都撮影所)) 1949.08.16 国際劇場 一般封切 22日 10巻 2,549m 白黒 製作・糸屋寿雄 監督・高木孝一 脚本・柳井隆雄
164. ホルスタイン物語 母の丘 (製作=六和映画) 1949.09.06 8巻 2,134m 白黒 監督・八木沢武孝 脚本・八木沢武孝 撮影・草刈裕夫 出演・水島道太郎
165. 母燈台 (製作=大映(東京撮影所)) 1949.11.05 10巻 2,488m 91分 白黒 企画・中代富士男 監督・久松静児 脚本・八木沢武孝 撮影・高橋通夫
166. 母椿 (製作=大映(東京撮影所)) 1950.01.10 9巻 2,149m 78分 白黒 企画・関幸輔 監督・小石栄一 脚本・館岡謙之助 原作・筒井順
167. 母の調べ (製作=松竹(京都撮影所)) 1950.02.05 国際劇場 一般封切 12日 8巻 2,158m 白黒 製作・中野泰介 監督・高木孝一 脚本・沢村勉 原作・谷屋
168. 遙かなり母の国 (製作=大映(東京撮影所)) 1950.03.05 11巻 2,639m 96分 白黒 企画・奥田久司 監督・伊藤大輔 脚本・依田義賢 原作・川口松太郎
169. 母 (製作=松竹(京都撮影所)) 1950.05.14 9巻 2,560m 白黒 製作・中野泰介 監督・佐々木啓祐 脚本・長瀬喜伴 原作・鶴見祐輔
170. 拳銃の前に立つ母 (製作=大映(東京撮影所)) 1950.06.24 9巻 2,151m 79分 白黒 製作・中代富士男 監督・小石栄一 脚本・館岡謙之助 原作・川口松太郎

171. 母情 (製作=新東宝) 1950.06.28 9巻 2,347m 86分 白黒 製作・清水宏 製作主任・山本喜八郎 監督・清水宏 助監督・石井輝男
172. 母月夜 (製作=大映(東京撮影所)) 1951.01.27 10巻 2,354m 86分 白黒 製作・中代富士男 監督・佐伯幸三 脚本・松田昌一 撮影・秋野栄久
173. 母千鳥 (製作=大映(東京撮影所)) 1951.04.21 10巻 2,523m 92分 白黒 監督・佐伯幸三 脚本・松田昌一 撮影・秋野栄久 音楽・渡辺浦人
174. 母恋草 (製作=松竹(大船撮影所)) 1951.06.29 11巻 2,544m 白黒 製作・久保光三 監督・岩間鶴夫 脚本・鈴木兵吾 原作・竹田敏彦
175. 母を慕いて (製作=松竹(京都撮影所)) 1951.07.27 8巻 2,291m 白黒 製作・石田清吉 企画・福島通人 監督・斎藤寅次郎 脚本・池田忠雄 中村定郎
176. 母待草 (製作=松竹(大船撮影所)) 1951.08.17 9巻 2,118m 白黒 製作・山口松三郎 監督・佐々木啓祐 脚本・長瀬喜伴 原作・竹田敏彦
177. 月よりの母 (製作=新東宝) 1951.08.24 11巻 2,740m 100分 白黒 製作・青柳信雄 監督・阿部豊 脚本・八木隆一郎 中田晴康、原作・中田晴康
178. 母は嘆かず (製作=新東宝) 1951.09.28 7巻 2,055m 75分 白黒 監督・渡辺邦男 脚本・渡辺邦男 撮影・友成達雄 出演・水谷八重子 灰田勝彦 永田とよ
179. 母人形 (製作=大映(京都撮影所)) 1951.10.26 10巻 2,276m 83分 白黒 監督・佐伯幸三 脚本・松田昌一 撮影・牧田行正 音楽・渡辺浦人
180. 母化粧 (製作=松竹(大船撮影所)) 1951.12.14 8巻 2,166m 白黒 製作・山口松三郎 監督・佐々木啓祐 脚本・池田忠雄 長瀬喜伴、原作・竹田敏彦

181. 瞼の母 (製作=大映(京都撮影所)) 1952.01.08 9巻 2,195m 白黒 監督・佐伯幸三 脚本・松田昌一 原作・長谷川伸 撮影・牧田行正
182. 母なれば女なれば (製作=キヌタプロ 配給=東映) 1952.01.17 11巻 2,741m 白黒 監督・亀井文夫 脚本・棚田吾郎 原作・徳永直 撮影・瀬川順一
183. 嵐の中の母 (製作=東映(東京撮影所)) 1952.02.07 9巻 2,366m 白黒 監督・佐伯清 脚本・八住利雄 撮影・横山実 出演・水谷八重子 岸旗江 香川京子
184. 母山彦 (製作=大映(東京撮影所)) 1952.04.24 10巻 2,733m 白黒 監督・田中重雄 脚本・八住利雄 撮影・渡辺公夫 出演・三益愛子 長谷川裕見子
185. 母の願い (製作=松竹(大船撮影所)) 1952.05.22 9巻 2,232m 白黒 製作・山口松三郎 監督・佐々木啓祐 脚本・伏見晁 原作・小糸のぶ
186. 母を恋う歌 (製作=新映プロ 配給=東宝) 1952.05.29 9巻 2,247m 白黒 製作・大塚和 監督・並木鏡太郎 脚本・高柳春雄 山崎謙太、撮影・小原譲治
187. 母子鶴 (製作=大映(東京撮影所)) 1952.07.03 9巻 2,513m 白黒 監督・小石栄一 脚本・館岡謙之助 原作・川口松太郎 撮影・姫田真佐久
188. 母の山脈 (製作=松竹(大船撮影所)) 1952.07.24 9巻 2,254m 白黒 製作・山口松三郎 監督・佐々木康 脚本・野田高梧 原案・清閑寺健
189. 母の罪 (製作=東映(東京撮影所)) 1952.08.06 10巻 2,626m 白黒 監督・伊賀山正徳 脚本・館岡謙之助 原作・菊池幽芳 撮影・西川庄衛
190. 巣鴨の母 (製作=大映(京都撮影所)) 1952.10.16 11巻 2,530m 白黒 監督・安達伸生 脚本・八尋不二 撮影・伊佐山三郎 出演・三益愛子 根上淳 船越英二

191. 母のない子と子のない母と (製作=民芸) 1952.11.04 9巻 2,466m 白黒 監督・若杉光夫 脚本・久板栄二郎 原作・壺井栄 撮影・井上莞
192. 二人の母 (製作=東映(東京撮影所)) 1952.12.11 10巻 2,794m 白黒 監督・伊賀山正徳 脚本・館岡謙之助 山崎謙太、撮影・西川庄衛 出演・折原啓子
193. 母の瞳 (製作=大映(東京撮影所)) 1953.01.09 10巻 2,393m 白黒 監督・安田公義 脚本・八住利雄 原作・八住利雄 撮影・秋野友宏
194. 母子鳩 (製作=宝プロ 配給=東映) 1953.02.05 9巻 2,630m 白黒 監督・伊賀山正徳 脚本・館岡謙之助 原作・加藤武雄 撮影・松井鴻
195. 鞍馬天狗 疾風雲母坂 (製作=東映(京都撮影所)) 1953.02.12 9巻 2,219m 白黒 監督・萩原遼 脚本・小川正 丸根賛太郎 鏡二郎、原作・大仏次郎
196. 母波 (製作=大映(東京撮影所)) 1953.04.22 9巻 2,157m 白黒 監督・小石栄一 脚本・田辺朝治 原作・川口松太郎 撮影・峰重義
197. 母と娘 (製作=東宝) 1953.05.27 9巻 2,195m 白黒 製作・田中友幸 監督・丸山誠治 助監督・広沢栄 脚本・井手俊郎 原作・源氏鶏太
198. お母さんの結婚 (製作=日本映画新社 配給=東宝) 1953.07.01 7巻 1,800m 白黒 製作・中村正 監督・斎藤達雄 脚本・池田和夫 撮影・白井茂
199. 秘めたる母 (製作=新映プロ 配給=東宝) 1953.10.14 5巻 1,269m 白黒 監督・小田基義 脚本・原聡 星川清司 撮影・井上莞 音楽・佐藤勝
200. 母の誕生日 (製作=松竹(大船撮影所)) 1953.10.27 5巻 1,036m 白黒 製作・大町竜夫 監督・萩原徳三 脚本・津路嘉郎 原作・中里恒子 美川きよ

201. 母系図 (製作=東映(東京撮影所)) 1953.12.08 10巻 2,548m 白黒 監督・ 伊賀山正徳 脚本・館岡謙之助 撮影・西川庄衛 音楽・木下忠司
202. 母の湖 (製作=大映(東京撮影所)) 1953.12.15 10巻 2,339m 白黒 監督・小石栄一 脚本・笠原良三 原作・萩原四朗 撮影・渡辺公夫
203. 伊津子とその母 (製作=東宝) 1954.02.17 9巻 2,535m 白黒 製作・田中友幸 監督・丸山誠治 脚本・井手俊郎 原作・由起しげ子
204. 四人の母 (製作=大映(東京撮影所)) 1954.02.23 10巻 2,617m 白黒 監督・佐伯幸三 脚本・松田昌一 佐伯幸三、撮影・渡辺公夫 出演・三益愛子 折原啓
205. 母の秘密 (製作=新東宝) 1954.06.15 10巻 2,456m 90分 白黒 監督・内川清一郎 脚本・館岡謙之助 撮影・岩佐一泉 出演・轟夕起子 筑紫あけみ
206. 母恋人形 (製作=東映(東京撮影所)) 1954.06.22 11巻 2,767m 白黒 監督・伊賀山正徳 脚本・館岡謙之助 原作・竹田敏彦 撮影・西川庄衛
207. 母時鳥 (製作=大映(東京撮影所)) 1954.07.04 10巻 2,289m 白黒 監督・枝川弘 脚本・田辺朝二 原作・竹田敏彦 撮影・高橋通夫
208. 母の初恋 (製作=東京映画 配給=東宝) 1954.09.17 7巻 2,807m 白黒 製作・滝村和男 三輪礼二、監督・久松静児 脚本・八田尚之 原作・川端康成
209. 伊達騒動 母御殿 (製作=大映(京都撮影所)) 1954.10.13 10巻 2,487m 白黒 監督・安田公義 脚本・阿蘇太郎 池田菁穂、撮影・竹村康和 出演・三益愛子
210. 継母 (製作=東映(東京撮影所)) 1954.10.26 11巻 2,986m 白黒 企画・依田一郎 原進一 監督・伊賀山正徳 監督補佐・加島昭 脚本・館岡謙之助

211. この子この母 (製作=松竹(大船撮影所)) 1954.12.01 12巻 2,658m 白黒 製作・長島豊次郎 監督・萩山輝男 脚本・長瀬喜伴 撮影・井上晴二
212. 母千草 (製作=大映(東京撮影所)) 1954.12.15 11巻 2,516m 白黒 監督・鈴木重吉 脚本・松田昌一 撮影・中川芳久 出演・三益愛子 川上康子 信欣三
213. 母を尋ねて幾山河 (製作=東映(東京撮影所)) 1954.12.21 6巻 1,726m 白黒 監督・小石栄一 脚本・八木沢武孝 撮影・佐藤三郎 出演・月丘千秋
214. 母の曲 (製作=新東宝) 1955.05.15 12巻 2,700m 99分 白黒 製作・柴田万三 監督・小石栄一 脚本・笠原良三 原作・吉屋信子
215. 母性日記 (製作=松竹(大船撮影所)) 1955.06.15 11巻 2,836m 白黒 製作・長島豊次郎 監督・佐々木啓祐 脚本・中山隆三 撮影・鶴見正二
216. 母水仙 (製作=東映(東京撮影所)) 1955.07.20 9巻 2,456m 白黒 企画・坪井与 原伸光 監督・伊賀山正徳 脚本・笠原良三 原作・三好一光
217. 母笛子笛 (製作=大映(東京撮影所)) 1955.08.03 11巻 2,540m 白黒 製作・藤井朝太 企画・中代富士男 監督・斎村和彦 脚本・舟橋和郎
218. 美しき母 (製作=東宝) 1955.12.04 11巻 2,681m 白黒 製作・堀江史朗 監督・熊谷久虎 脚本・浄明寺花子 原作・林房雄
219. 母ふたり (製作=新東宝) 1955.12.13 10巻 2,497m 91分 白黒 製作・三上訓利 監督・野村浩将 脚本・大木弘二 原作・川口松太郎
220. 不良少年の母 (製作=東映(東京撮影所)) 1955.12.20 9巻 2,356m 白黒 製作・依田一郎 監督・小石栄一 脚本・八田尚之 撮影・星島一郎

221. 若人のうたごえ お母さんの花嫁 (製作=新東宝) 1956.01.08 5巻 1,286m 47分 白黒 製作・伊藤基彦 監督・毛利正樹 脚本・川内康範 村山俊郎
222. 父と子と母 (製作=京都映画 配給=松竹) 1956.02.26 6巻 1,305m 白黒 監督・井上和男 脚本・岸生朗 本山大生 井上和男、撮影・谷口政勝 音楽・池田正
223. お母さんの黒板 (製作=松竹(大船撮影所)) 1956.04.11 6巻 1,637m 白黒 製作・保住一之助 監督・佐々木啓祐 脚本・津路嘉郎 原作・小田和夫 土井行
224. 母子像 (製作=東映(東京撮影所)) 1956.06.01 9巻 2,383m 白黒 企画・マキノ光雄 坪井与 吉野誠一、監督・佐伯清 脚本・植草圭之助 原作・久生十蘭
225. ひとりの母の記録 (製作=岩波映画 配給=日活) 1956.06.07 4巻 1,028m 白黒 製作・小口禎三 監督・京極高英 脚本・岩佐氏寿 撮影・加藤和三
226. 唄祭母恋しぐれ (製作=宝塚映画 配給=東宝) 1956.06.08 5巻 1,233m 45分 白黒 監督・倉谷勇 脚本・龍富雄 撮影・近藤憲明 音楽・河村篤二
227. 母恋月夜 (製作=東映(東京撮影所)) 1956.08.01 7巻 1,746m 白黒 企画・原伸光 監督・石原均 脚本・笠原良三 原作・吉野不二郎
228. 母を求める子等 (製作=大映(東京撮影所)) 1956.08.08 10巻 2,405m 88分 白黒 製作・永田秀雄 企画・中代富士男 監督・清水宏 助監督・弓削太郎
229. 愛の翼 お母さん行ってきます (製作=東映(東京撮影所)) 1956.10.02 6巻 1,663m 白黒 企画・光川仁朗 監督・石原均 監督補佐・若林栄二郎
230. 乳母車 (製作=日活) 1956.11.14 11巻 3,004m 白黒 製作・高木雅行 監督・田坂具隆 助監督・牛原陽一 脚本・沢村勉 原作・石坂洋二郎

231. 母孔雀 (製作=東映(東京撮影所)) 1956.12.05 8巻 2,278m 白黒 企画・原伸光 監督・伊賀山正徳 脚本・笠原良三 原作・竹田敏彦
232. 母白雪 (製作=大映(京都撮影所)) 1956.12.19 9巻 2,145m 白黒 製作・武田一義 企画・蔭山敏雄 監督・安田公義 助監督・多田英憲
233. 母星子星 (製作=東映(東京撮影所)) 1957.01.22 6巻 1,685m 白黒 企画・原伸光 依田一郎、監督・石原均 脚本・中田竜雄 撮影・星島一郎
234. 東京だヨおッ母さん (製作=東宝) 1957.04.23 7巻 1,667m 白黒 製作・竹井諒 監督・斎藤達雄 監督助手・船床定男 脚本・山上光穂
235. 母と子の窓 (製作=松竹(大船撮影所)) 1957.05.28 12巻 2,982m 白黒 企画・小倉武志 監督・番匠義彰 助監督・生駒千里 脚色・猪俣勝人
236. 異母兄弟 (製作=独立映画) 1957.06.25 12巻 3,027m 白黒 製作・栄田清一郎 監督・家城巳代治 脚本・依田義賢 寺田信義、原作・田宮虎彦
237. ふるさとの唄 お母さんの東京見物 (製作=東映(東京撮影所)) 1957.11.17 6巻 1,530m 白黒 東映スコープ 企画・渡辺達人 光川仁朗 監督・村山新治 助監督・鈴木敏郎
238. 母つばめ (製作=東映(東京撮影所)) 1958.01.29 6巻 1,616m 白黒 企画・原伸光 監督・伊賀山正光 助監督・鈴木敏郎 脚本・笠原良三
239. 世界の母 (製作=新東宝) 1958.02.11 9巻 2,281m 83分 白黒 製作・大蔵貢 企画・島村達芳 監督・野村浩将 助監督・勝俣真喜治
240. 母三人 (製作=東京映画 配給=東宝) 1958.02.18 11巻 2,831m 白黒 東宝スコープ 製作・滝村和男 監督・久松静児 監督助手・板谷紀之 脚本・井手俊郎

241. 母 (製作=大映(東京撮影所)) 1958.03.05 13巻 3,045m カラー 大映スコープ 製作・永田雅一 企画・川崎治雄 監督・田中重雄 助監督・瀬川正雄
242. 母恋鳥 (製作=中川プロ 配給=新東宝) 1958.09.14 6巻 1,390m 51分 白黒 製作・加茂秀男 沖悦二 監督・中川順夫 脚本・中川順夫 撮影・福田寅次郎
243. 母の旅路 (製作=大映(東京撮影所)) 1958.09.21 10巻 2,526m 92分 白黒 大映スコープ 製作・永田秀雄 企画・中代富士男 監督・清水宏 脚色・笠原良三
244. 母と拳銃 (製作=東映(東京撮影所)) 1958.11.19 9巻 2,226m 白黒 東映スコープ 企画・岡田寿之 岡田実彦、監督・関川秀雄 脚本・舟橋和郎 森田新
245. 母しぐれ (製作=東映(東京撮影所)) 1959.01.15 白黒 東映スコープ 監督・和田篤人 脚本・村松道平 出演・松島トモ子 三浦光子 小野透 三波春夫
246. 母と娘の瞳 (製作=東映(東京撮影所)) 1959.02.04 9巻 2,246m 白黒 東映スコープ 企画・根津昇 監督・小林恒夫 脚本・甲斐久尊 原作・小島政二郎
247. 母のおもかげ (製作=大映(東京撮影所)) 1959.03.04 10巻 2,434m 89分 白黒 大映スコープ 製作・武田一義 企画・中代富士男 監督・清水宏
248. 僕らの母さん (製作=東京映画 配給=東宝) 1959.03.29 4巻 1,640m 白黒 東宝スコープ 製作・金原文雄 監督・板谷紀之 脚本・野木一平
249. 母子草 (製作=東映(東京撮影所)) 1959.04.22 9巻 2,427m 白黒 東映スコープ 企画・原伸光 監督・山村聡 脚本・楠田芳子 原作・小糸のぶ
250. とどけ母の叫び (製作=松竹(京都撮影所)) 1959.09.06 5巻 2,124m 白黒 松竹グランドスコープ 製作・杉山茂樹 監督・福田晴一 脚本・依田義賢

251. 娘・妻・母 (製作=東宝) 1960.05.21 9巻 3,347m カラー 東宝スコープ 製作・藤本真澄 監督・成瀬巳喜男 監督助手・広沢栄 脚本・井手俊郎 松山善三
252. 遙かなる母の顔 (製作=東映(東京撮影所)) 1960.10.05 7巻 2,170m 白黒 東映スコープ 企画・植木照男 監督・小石栄一 脚本・鈴木兵吾 原作・大林清
253. 母桜 (製作=大映(東京撮影所)) 1960.11.16 6巻 1,825m 白黒 大映スコープ 製作・中泉雄光 企画・中代富士男 監督・枝川弘 脚本・星川清司
254. 母と娘 (製作=松竹(大船撮影所)) 1961.07.09 6巻 2,361m 白黒 松竹グランドスコープ 製作・植野哲雄 監督・川頭義郎 脚本・成沢昌茂 原作・小糸のぶ
255. 母あちゃん海が知ってるよ (製作=日活) 1961.11.19 8巻 2,649m 白黒 日活スコープ 企画・大塚和 監督・斎藤武市 脚本・中島丈博 原作・山内久
256. 瞼の母 (製作=東映(京都撮影所)) 1962.01.14 7巻 2,275m 83分 カラー シネマスコープ 企画・橋本慶一 三村敬一、監督・加藤泰 助監督・本田達男 大西卓 清水彰、
257. のこされた子とのこした母と (製作=大映(京都撮影所)) 1962.05.27 6巻 1,889m 白黒 シネマスコープ 企画・高森富夫 監督・西山正輝 脚本・浅井昭三郎
258. 悲しみはいつも母に (製作=新東宝 配給=大映) 1962.06.03 白黒 ワイド 企画・柴田万三 監督・中川信夫 助監督・高橋繁男 原作・西村滋
259. 不貞母娘 (製作=Gプロ) 1963.01. 成人映画指定月 監督・高木丈夫 出演・左京未知子
260. 母 (製作=近代映画協会) 1963.11.08 8巻 2,772m 白黒 監督・新藤兼人 脚本・新藤兼人 原作・新藤兼人 撮影・黒田清巳 出演・乙羽信子

261. 瞼の母より 月夜の渡り鳥 (製作=松竹(京都撮影所)) 1963.12.24 6巻 2,445m カラー シネマスコープ 製作・今泉周男 監督・市村泰一 脚本・鈴木兵吾 元持栄美 桜井義
262. 母の歳月 (製作=松竹(大船撮影所)) 1965.01.30 7巻 2,956m カラー ワイド 製作・城戸四郎 桑田良太郎、監督・水川淳三 脚本・野田高梧 赤穂春雄
263. とめてくれるなおっ母さん (製作=松竹(大船撮影所)) 1969.06.07 7巻 2,362m カラー ワイド 製作・島田明彦 監督・田向正健 脚本・田向正健 南部英夫
264. 子連れ狼 三途の川の乳母車 (製作=勝プロダクション 配給=東宝) 1972.04.22 2,225m 85分 フジカラー シネマスコープ 製作・勝新太郎 松原久晴、監督・三隅研次
265. 子連れ狼 死に風に向う乳母車 (製作=勝プロダクション 配給=東宝) 1972.09.02 2,438m 89分 フジカラー シネマスコープ 製作・勝新太郎 松原久晴、監督・三隅研次
266. 青幻記 遠い日の母は美しく (製作=青幻記プロ 配給=東和) 1973.02.24 117分 カラー ワイド 製作・加藤辰次 成島東一郎、監督・成島東一郎 助監督・臼井高瀬
267. ウルトラマンタロウ ウルトラの母は太陽のように (製作=円谷プロ=TBS 配給=東宝) 1973.08.01 689m 25分 カラー 製作・熊谷健 橋本洋二、監督・山際永三
268. 告白手記 母という女 (製作=東京興映) 1973.08. 66分 カラー ワイド 監督・小川欽也
269. 母をたずねて三千里 (製作=日本アニメーション 配給=東映) 1976.07.18 2巻 25分 カラー ワイド 製作・中島順三 演出・高畑勲 演出助手・横田和善
270. 母と娘 禁じられた性戯 (製作=大蔵映画) 1976.08.21 61分 カラー ワイド 監督・名和三平 出演・中野リエ しば早苗 永田道子

271. 岸壁の母 (製作=東宝映画 配給=東宝) 1976.12.11 2,546m 93分 カラー シネマスコープ 製作・田中友幸 鈴木慶司 田中収、企画・大観プロダクション、監督・大森健次郎
272. 聖母観音大菩薩 (製作=若松プロ=ATG) 1977.06.25 90分 カラー ビスタビジョン 企画・葛井欣士郎 若松孝二、監督・若松孝二 助監督・栗原幸治
273. 濡れて新宿 売春母娘 (製作=新東宝) 1977.06. 61分 カラー ワイド 監督・岡本愛 出演・野田さとみ 乱孝寿 野上正義
274. 獣色母娘 (製作=大蔵映画) 1977.08.09 62分 カラー ワイド 監督・北見一郎 出演・小杉じゅん 杉佳代子 沢木ミミ
275. 花街の母 (製作=テアトル・プロ=松崎プロ 配給=東宝) 1979.12.01 2,652m 97分 カラー ビスタビジョンサイズ 製作・酒井知信 企画・小澤潔 監督・西河克己
276. 母をたずねて三千里 (製作=日本アニメーション 配給=東宝東和) 1980.07.19 107分 カラー 製作・本橋浩一 企画・佐藤昭司 プロデューサー・中島順三 松土隆二
277. お母さんのつうしんぼ (製作=にっかつ児童映画) 1980.10.18 97分 カラー 製作・結城良煕 荒井喜代治、監督・武田一成 助監督・黒沢直輔
278. 蓮如とその母 (製作=「蓮如とその母」映画製作推進委員会) 1981.10.07 虎の門ホール 92分 カラー 製作・安東民児 監督・川本喜八郎 脚本・新藤兼人
279. ワイセツ家族 母と娘 (製作=にっかつ) 1982.05.14 60分 カラー ビスタサイズ プロデューサー・佐々木志郎 山田耕大、監督・那須博之 助監督・菅野隆
280. 淫乱母娘責め (製作=大蔵映画) 1982.09. 60分 カラー ワイド 監督・市村譲 出演・堀江以恵子 恵杏里 井田恵美子

281. 凌辱! 母娘くずし (製作=獅子プロ 配給=東映セントラルフィルム) 1984.01. 60分 カラー ワイド 監督・片岡修二 出演・香川留美 筒見愛 麻生うさぎ
282. 狙われた母娘 (製作=ミリオンフィルム) 1984.12. 62分 カラー ワイド 監督・秋津隆二 出演・村井亜紀 早乙女宏美 相原由美
283. 絶唱母を呼ぶ歌 鳥よ翼をかして (製作=日本人妻自由往来実現運動の会=日本人妻里帰運動後援会) 1985.06.20 133分 カラー ワイド 製作・池田文子 監督・井上梅次
284. 味比べ母娘妻 (製作=東活) 1985.10. 60分 カラー ワイド 監督・新田栄
285. 母さんの樹 (製作=翼プロダクション) 1986.09.21 116分 カラー ワイド 製作・山口逸郎 企画・伊藤武郎 監督・橘祐典 脚本・寺島アキ子 小塚清一
286. 母 (製作=松竹=ビックバン=キネマ東京) 1988.04.29 75分 カラー ワイド 製作・大谷信義 静間順二 高橋松男、企画・高橋松男 プロデューサー・脇田雅丈 伊藤秀裕
287. いんらん家族 義母の寝室 (製作=新東宝映画 配給=新東宝映画) 1991.01.12 54分 カラー ワイド 監督・深町章 脚本・周知安 撮影・稲吉雅志
288. ダライラマの母 (原題:達頼活彿之母) (製作=迎滔電影製作有限公司=プルミエ・インターナショナル 配給=東宝) 1993.05.22 第1回欽ちゃんのシネマジャック15分 カラー ビスタビジョンサイズ
289. いんらん巨乳母娘 (製作=新東宝) 1993.05.28 54分 カラー ワイド 監督・ ................ 深町章 脚本・周知安 撮影・稲吉雅志 出演・しのざきさとみ 杉浦みさお
290. 不倫・母・娘 (製作=国映 配給=新東宝映画) 1993.05.28 58分 カラー ワイド 企画・朝倉大介 監督・佐野和宏 助監督・梶野考 脚本・佐野和宏

291. 義母と息子 不倫総なめ (製作=オフィス・コウワ 配給=エクセス・フィルム) 1995.02.24 関西 H06.12.23 59分 カラー ワイド 企画・オフィス・コウワ プロデューサー・高橋講和
292. 母と娘 女尻こすり合い (製作=キクフィルム 配給=エクセス・フィルム) 1995.10.06 60分 カラー ワイド 監督・小林悟 助監督・佐藤吏 脚本・如月吹雪
293. 日本一短い「母」への手紙 (製作=東映) 1995.11.23 117分 カラー ワイド 企画・坂上順 プロデューサー・小島吉弘 進藤淳一 浅附明子、監督・澤井信一郎
294. 義母の長襦袢 淫らな匂い (製作=プロダクション鷹 配給=エクセス・フィルム) 1996.05.31 57分 カラー ワイド 監督・珠瑠美 助監督・近藤英総 脚本・珠瑠美
295. どすけべ三昧 母娘喰い (製作=新東宝映画 配給=新東宝映画) 1996.08.09 50分 カラー ワイド 企画・中田新太郎 監督・深町章 助監督・榎本敏郎
296. 禁断 (年下の義母と息子) (ミュージアム) 1996.03.20 57分 カラー 監督・遠山世々 脚本・佐賀健児 撮影・小沢さとし 出演・桐生さつき 大村波彦
297. 叔母 魔性の血淫 (ピンクパイナップル) 1996.03.29 76分 カラー 監督・内藤忠司 脚本・内藤忠司 塩田明彦 原作・綺羅光 撮影・福沢正典
298. 叔母は家庭教師 (ミュージアム) 1996.08.08 57分 カラー 監督・遠山世々 脚本・京極雅人 撮影・小沢さとし 出演・野本美穂 神倉智之
299. 母が性獣になった理由 (ピンクパイナップル) 1996.11.01 56分 カラー 製作・松島富士雄 普天間琉太郎 下村良樹 監督・池田賢一 脚本・池田賢一
300. びしょ濡れ下宿 母娘のぞき (製作=関根プロダクション 配給=大蔵映画) 1997.02.28 60分 カラー ワイド 監督・関根和美 助監督・加藤義一 脚本・如月吹雪 関根和美

301. 淫行家族 義母と女房の妹 (製作=セメントマッチ 配給=大蔵映画) 1997.06.23 60分 カラー ワイド 監督・池島ゆたか 助監督・佐藤吏 脚本・五代暁子
302. 義母のONANIE 発情露出 (製作=旦々舎 配給=エクセス・フィルム) 1997.11.28 関西 10.24 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 制作・鈴木静夫 監督・浜野佐知
303. 義母と高校教師 息子の眼の前で (製作=フィルムハウス 配給=エクセス・フィルム) 1997.12.26 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・伍代俊介
304. 異常分娩 義母と息子 (ピンクパイナップル=ケイエスエス販売) 1997.02.07 60分 カラー 製作・加藤文彦 監督・加藤文彦 脚本・加藤文彦
305. 若羞母 (ミュージアム) 1997.02.21 60分 カラー 監督・光石富士朗 脚本・京極雅人 撮影・佐藤徹 出演・小川美那子 新堂有望 川畑博嗣
306. 聖母のララバイ (ワイ・エフ・シー) 1997.02.25 70分 カラー 監督・川村真一 脚本・嶋公浩 原作・睦月彰郎 撮影・下元哲
307. 淫美母 (ミュージアム) 1997.11.21 63分 カラー 監督・光石富士朗 脚本・五代暁子 撮影・小沢佐俊 音楽・村山竜二
308. 女刑事RIKO 聖母の深き淵 (製作=角川書店=エース・ピクチャーズ 配給=エース・ピクチャーズ) 1998.04.25 99分 カラー ワイド 製作・原正人 企画・原正人
309. 母娘どんぶり 密壺くらべ (製作=IIZUMI Production 配給=エクセス・フィルム) 1998.05.29 大阪 5.01 60分 カラー ワイド 製作・北沢幸雄 企画・稲山悌二 業沖球太
310. 喪服義母 息子で喘ぐ (製作=サカエ企画 配給=エクセス・フィルム) 1998.11.27 大阪 10.21 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 監督・新田栄 助監督・竹桐哲也

311. 義母と新妻 (ミュージアム) 1998.01.21 60分 カラー 監督・平野秀昭 脚本・大地健太郎 撮影・佐久間公一 出演・浅見まお 篠原さおり 森羅万象
312. 淫恥母 (ミュージアム) 1998.08.21 63分 カラー 製作・佐藤昌平 加藤章生 監督・鈴木誠二 脚本・五代暁子 撮影・今井裕二
313. 美熟母 (ミュージアム) 1998.09.21 66分 カラー 製作・常泰文幸 榎本靖 佐波正彦 監督・吉村典久 脚本・江面貴亮 撮影・三浦忠
314. 義母の寝室 寝乱れ襦袢 (製作=フィルムハウス 配給=エクセス・フィルム) 1999.02.05 関西 1.05 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・伍代俊介
315. 未亡人寮母 くわえてあげる! (製作=フィルムハウス 配給=エクセス・フィルム) 1999.03.05 関西 2.03 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・伍代俊介
316. MARCO 母を訪ねて三千里 (製作=松竹=三井物産=日本アニメーション 配給=松竹) 1999.04.03 96分 カラー ワイド 製作・幸甫 真藤豊 土橋寿一、企画・曽根俊治 佐藤昭司
317. 和服義母の貞操帯 -肉締まり- (製作=シネマアーク 配給=エクセス・フィルム) 1999.05.28 関西 4.28 60分 カラー ワイド 企画・奥田幸一 稲山悌二、監督・下元哲
318. 母娘ONANIE いんらん大狂艶 (製作=小川企画プロダクション 配給=大蔵映画) 1999.09.16 大阪 9.04 59分 カラー ワイド 監督・小川欽也 助監督・寺島亮 脚本・池袋高
319. 義母覗き 爪先に舌絡ませて (製作=国沢プロ 配給=大蔵映画) 1999.10.09 60分 カラー ワイド 監督・国沢実 助監督・細貝昌也 脚本・樫原辰郎
320. 義母と娘 羞恥くらべ (製作=サカエ企画 配給=エクセス・フィルム) 1999.11.26 関西 10.20 61分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 監督・新田栄 助監督・加藤義一

321. 和服義母 息子よやめて! (製作=ENKプロモーション 配給=エクセス・フィルム) 2000.02.04 関西 1.05 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・駒田愼司
322. 王母鄭氏 チョンおばさんのクニ (製作=シグロ 配給=シグロ) 2000.03.25 90分 カラー プロデューサー・山上徹二郎 製作デスク・佐々木正明 鏑木亜樹 全燦伊
323. 義母の淫臭 だらしない下半身 (製作=フィルムハウス 配給=エクセス・フィルム) 2000.04.14 関西 3.15 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・伍代俊介
324. 義母35才 息子が欲しい (製作=サカエ企画 配給=Xces Film) 2000.11.23 関西 10.18 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 監督・新田栄 助監督・加藤義一
325. 淫熟母 (ミュージアム) 2000.01.21 74分 カラー 監督・西保典 脚本・西保典 大河原ちさと 撮影・福沢正典 音楽・平野朱美
326. 熟女と母性愛 (プレイス) 2000.01._ 70分 カラー 製作・服部龍三 監督・原田サンタマリア
327. 覗かれた人妻 夫がいない昼下がりの若義母 (カレス・コミュニケーションズ) 2000.03.03 72分 カラー 監督・新里猛作 脚本・高木裕治 撮影・立花宣
328. 半熟女 義母の誘惑 (ピンクパイナップル=ケイエスエス販売) 2000.05.12 70分 カラー 製作・高橋巌 監督・油谷岩夫 脚本・是安弥生 出演・徳井唯
329. 義母教師 禁じられた想い (製作=O・H・C 販売元=カレス・コミュニケーションズ) 2000.08.14 71分 カラー 監督・石川二郎 脚本・高木裕治 原案・大河原ちさと
330. 緋色の淫熱母 自虐の近親相姦 (ブルーム) 2000.12.21 90分 カラー 監督・西藤玄太 出演・高梨さとみ 愛田レイ 鹿嶋智子

331. 義母の秘密 息子の匂い (製作=サカエ企画 配給=Xces Film) 2001.01.19 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 監督・新田栄 助監督・加藤義一
332. いんらん母娘 ナマで愛して (製作=新東宝映画 配給=新東宝映画) 2001.04.27 58分 カラー ワイド 企画・福俵満 監督・深町章 助監督・佐藤吏
333. 義母と教師 教え娘の部屋で (製作=フィルムハウス 配給=Xces Film) 2001.07.13 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・伍代俊介 監督・勝利一
334. 股がる義母 息子の快感 (製作=IIZUMI Productuion 配給=Xces Film) 2001.10.05 60分 カラー ワイド 製作・北沢幸雄 企画・稲山悌二 業沖球太 監督・北沢幸雄
335. 人妻不倫痴態 義母・未亡人・不倫妻 (製作=フィルムハウス 配給=Xces Film) 2001.11.17 61分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・伍代俊介
336. お母さんへ (配給=アップリンク) 2001.12.22 1998年製作 4分 カラー 8mm 監督・能瀬大助
337. 蜜恥母 (ミュージアム) 2001.01.21 74分 カラー 製作・佐藤昌平 糟谷東 監督・沢木良介 脚本・堀内靖博 撮影・福沢正典
338. 艶熟母 (ミュージアム) 2001.02.21 81分 カラー 監督・藤原健一 脚本・石田二郎 撮影・福沢正典 出演・愛染恭子 星野海二 桜井風花 深沢和明
339. 堕ちてゆく人妻 禁断の母娘 (レジェンド・ピクチャーズ) 2001.05.08 75分 カラー 製作・菊田昌史 原田健二 企画・斎藤晃一 監督・松岡邦彦
340. 愛義母 (ミュージアム) 2001.06.21 69分 カラー 製作・佐藤昌平 黒須功 監督・神野太 脚本・神野太 撮影・茂呂高志 出演・ローバ

341. 義母の貞操隊 (ジャンク) 2001.10.22 120分 カラー 監督・下元哲 北沢幸雄 脚本・岡野有紀 小猿兄弟舎 五代暁子 出演・黒田詩織 風間今日子 しのざきさとみ
342. 理想の母親 マザコン男の歪んだ愛情 (ブルーム) 2002.01.22 90分 カラー プロデューサー・千堂徹 監督・阿久津秀人 脚本・村山雅昌
343. 厚母神太郎 (FMC) 1983.05.23 夢に散る情熱
344. 大阪母親プロ (新日本プロ) 1960.08.12 暴れん坊大将
345. 志母山高也 (東映京都) 1977.01.22 やくざ戦争 日本の首領 入江康夫 1977.02.11 大奥浮世風呂 東映京都
346. 吉母淳 (FIRE Reiciel Studio) 吉母淳 2001.10.27遊び人
347. 母 (製作=東亜キネマ(甲陽撮影所)) 1925.01.22 大阪八千代座 6巻 白黒 無声 監督・桜庭喜八郎 脚本・佐藤紅緑 原作・佐藤紅緑 撮影・三木稔
348. 永遠の母 (製作=マキノプロダクション(御室撮影所)) 1930.05.16 新宿劇場 4巻 白黒 無声 監督・久保為義 原作・長和隆 撮影・三木稔
出演・松浦築
349. 神母英郎 (松竹) 1980.03.15 遙かなる山の呼び声
350. わが母に罪ありや (製作=松竹(大船撮影所)) 1952.12.23 9巻 2,356m 白黒 製作・山口松三郎 監督・佐々木啓祐 脚本・橋田寿賀子 撮影・鶴見正二

351. 真珠母 (製作=松竹(大船撮影所)) 1953.05.27 10巻 2,649m 白黒 製作・山口松三郎 監督・堀内真直 脚本・橋田寿賀子 原作・林芙美子
352. 母なき子 (製作=日活) 1955.12.04 10巻 2,445m 白黒 製作・山本武 監督・堀池清 脚本・新藤兼人 高橋二三 撮影・柿田勇
353. 天竜母恋い笠 (製作=東映(京都撮影所)) 1960.10.23 7巻 2,448m 89分 カラー 東映スコープ 企画・神戸由美 監督・工藤栄一 脚本・棚田吾郎
354. 新任保母日誌 ひらけ!ボッキキー (製作=EMS 販売元=TMC) 2002.05.22 74分 カラー ビスタサイズ ステレオHiFi 製作・海津昭彦 企画・井手正明
355. 母は叫び泣く (製作=松竹(大船撮影所)) 1952.10.11 9巻 2,404m 白黒 製作・山口松三郎 監督・佐々木啓祐 脚本・椎名利夫 撮影・鶴見正二
356. 義母性本能 過ちに溺れて (TMC) 2002.06.22 60分 カラー ステレオHiFi ビスタサイズ 製作・海津昭彦 企画・松下康司 プロデューサー・西山秀明
357. 山口雲母工業所 (スタジオジブリ=日本テレビ=電通=徳間書店) 2001.07.20 千と千尋の神隠し
358. 川奈まり子 牝猫義母 (製作=旦々舎 配給=Xces Film) 2002.01.18 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 制作・鈴木静夫 監督・浜野佐知
359. 義母尻 息子がしたい夜 (製作=ネクストワン 配給=Xces Film) 2002.04.19 59分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 監督・松岡邦彦 助監督・竹洞哲也
360. 淫夢母 (ジーピー・ミュージアム) 2002.08.25 70分 カラー 監督・山口誠 脚本・江面貴亮 撮影・中尾正人 出演・冴島奈緒 稲垣尚吾 瀬戸純 深沢和

361. 少年母を助く (新声館) 1909.02.17 白黒 無声
362. 母の慈愛 (提供=M・パテー商会) 1909.03.01 第一文明館 白黒 無声
363. 母の茲愛 (製作=M・パテー商会) 1909.04.12 大勝館 白黒 無声
364. 艶美母 (ジーピー・ミュージアム) 2002.10.25 76分 カラー 製作・佐藤昌平 寺西正巳 監督・藤原健一 脚本・江面貴亮 撮影・中尾正人
365. 愛恥母 (ジーピー・ミュージアム) 2002.11.25 74分 カラー 監督・亀井亨 脚本・江面貴亮 撮影・中尾正人 出演・谷川みゆき 杉本聖帝 中渡実果
366. ドすけべ母娘 (製作=国映 配給=新東宝映画) 1995.07.14 60分 カラー ワイド 企画・朝倉大介 監督・松岡邦彦 助監督・久万真路 脚本・瀬々敬久
367. 父よ母よ! (製作=松竹) 1980.09.20 132分 カラー ワイド 製作・沢村国雄 斎藤守恒 監督・木下恵介 監督助手・横堀幸司 脚本・木下恵介
368. あまえさせて・・・ 義母のかほり (ブルーム) 2003.01.21 90分 カラー プロデューサー・千堂徹 監督・阿久津秀人 出演・米倉京子 星野えみ 杉原恵美子 中野千春
369. 女体ドラフト会議 第二幕 保母編・華道家元編・看護婦編 (製作=BILLOW 販売元=アンカー・ビジュアルネットワーク) 2003.01.24 78分 カラー プロデューサー・碇まもる 徳原英孝 三木和史
370. 義母の秘密 息子愛撫 (製作=ENKプロモーション 配給=Xces Film) 2002.11.29 60分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 プロデューサー・駒田愼司 監督・渡辺護

371. 発情義母 息子いじり (製作=メディアミックス 配給=Xces Film) 2002.08.02 56分 カラー ワイド 企画・稲山悌二 監督・川崎軍二 助監督・山根浩三
372. 新任保母日誌 お姉さんといっしょ (製作=ジャンク 販売元=TMC) 2003.05.22 75分 カラー ビスタサイズ ステレオHiFi 製作・海津昭彦 企画・井出正明 制作・入江友彦
373. 邊母木仲治 (グルーヴコーポレーション=現代映画) 2003.04.05 鏡の女たち
374. 義母の誘惑 禁断の関係 (製作=レジェンド・ピクチャーズ 販売元=レジェンド・ピクチャーズ) 2003.07.04 65分 カラー プロデューサー・江尻健司、制作・佐々木文夫
375. 母を恋はずや (製作=松竹キネマ(蒲田撮影所)) 1934.05.11 帝国館 9巻 2,559m 白黒 無声 監督・小津安二郎、構成・野田高梧、脚色・池田忠雄
376. 邊母木伸治 (ケイエスエス=衛星劇場=グループコーポレイション) 1997.05.24 うなぎ2003.07.19 踊る大捜査線THEMOVIE2レインボーブリッジを封鎖せよ! フジテレビジョン
377. 万里尋母 (製作=満州映画協会) 1938._._ 白黒 監督・坪井與、脚本・坪井與、撮影・大森伊八、配役・葉苓
378. 慈母涙 (製作=満州映画協会) 1939._._ 白黒 監督・水ケ江龍一、脚本・荒牧芳郎、撮影・藤井春美、配役・李麗萍(実母)、李明高諭
379. 風船売りの小母さん (製作=小笠原プロダクション)1924._._ 白黒 無声 監督・水谷登志夫、脚色・水谷登志夫、原作・水谷登志夫
380. 疼く義母と娘 猫舌くら、 (製作=フィルムハウス 配給=XcesFilm) 2003.04.21 59分 カラー ワイド 企画・稲山剃二、プロデューサー・伍代俊介、監督・山董

381. いんらん家族計画 発情母娘 (製作=新東宝映画 配給=新東宝映画) 2003.08.29。 61分 カラー ワイド 企画・福俵満、監督・深町章、助監督・佐藤吏
382. 義母レズ 息子交換 (製作=シネマアーク 配給=XcesFilm) 2003.11.28 60分 カラー ワイド 企画・稲山剃二、奥田幸一、監督・下元哲、助監督・高田宝重
383. 子母沢寛原作(松竹下加茂) 1931.04.10紋三郎の秀 1931.08.30 刀の中の父1931.10.08 投げ節弥之助 みちのくの巻 1931.10.16 郷土くずれ1931.10.23 
384. 欲情義母 息子を喰う (製作=サカエ企画 配給=XcesFilm) 2004.04.30 カラー ワイド 企画・稲山悌二、監督・新田栄、助監督・加藤義一
385. 母の居る場所 台風一過(製作=KAERUCAFE 配給=KAERUCAFE) 2004.05.08 37分 カラー 製作総指揮・秋原正俊、制作・松下和義、高山創一、監督・秋原正俊
386. 義母の寝室 淫熟のよろめき (製作=加藤映像工房 配給=オーピー映画) 2004.05.22 カラー ワイド 監督・加藤義一、助監督・竹洞哲也、脚本・岡輝男
387. お母さんといっしょ 禁じられた母娘関係 (製作=レジェンド・ピクチャーズ 販売元=レジェンド・ピクチャーズ) 2004.07.04 74分 カラー ステレオ プロデューサー・江尻健司、
388. 濡恥母 (ミュージアム) 1999.01.21  60分 カラー 製作・塩谷勲、榎本靖、佐波正彦、監督・横山楽居、脚本・樫原辰郎、撮影・佐藤和人
389. 親友の恥母 さかり下半身 (製作=ネクストワン 配給=XcesFilm) 2004.08.13 カラー ワイド 企画・稲山悌二、監督・松岡邦彦、助監督・菅沼隆
390. エロ義母と発情息子 淫らな家族 (製作=フィルムハウス 配給=XcesFilm) 2004.08.27 カラー ワイド 企画・稲山悌二、プロデューサー・伍代俊介、監督・坂法

391. 義母と巨乳 奥までハメて (製作=新東宝映画 配給=新東宝映画) 2004.10.01 カラー ワイド 企画・福俵満、監督・深町章、助監督・佐藤吏、
392. 義母同窓会 息子を食べないで (製作=サカエ企画 配給=Xces Film) 2004.12.10 カラー ワイド 企画・稲山剃二、監督・新田栄、助監督・加藤義一
393. 変態姉妹母 (製作=東活) 1981.05. 71分 カラー ワイド 監督・吉野優、出演・篠順子、南条碧、杉江良子
394. ひばりの母恋ギター (製作=東映(東京撮影所)) 1962.08.12 7巻 2,286m カラー シネマスコープ 企画・亀田耕司、原伸光、監督・佐伯清、脚本・鷹沢和善
395. 淫恋母 (GPミュージアム) 2004.03.25 70分 カラー 監督・川野浩司、出演・三東ルシア、白土勝功、仲真リカ、なかみつせいじ
396. 痴漢義母 汚された喪服 (製作=新東宝映画、配給=新東宝映画) 2005.03.25 カラー ワイド 企画・福俵満、プロデューサー・黒須功、監督・廣田幹夫
397. 母袋暁野 (多摩美術大学造形表現学部映像演劇学科2002年度 卒業制作展) 2003.01.20 Parade GroupB しもきた映画祭 ProgramC なゆたー
398. 朋の時間 母たちの季節 (製作=「朋の時間」製作委員会 配給=「朋の時間」上映委員会) 2003.03.08 大阪シネ・ヌーヴォ 123分 カラー ビデオ プロデューサー・貞末麻哉子
399. 沖縄県読谷村障害児を守る父母の会 (沖縄県読谷村障害児を守る父母の会) 2003.03.08 朋の時間 母たちの季節 「朋の時間」製作委員会
400. 母子草 (製作=松竹(太奏撮影所)) 1942.06.04 白系 13巻 白黒 監督・田坂具隆、脚本・小糸しのぶ、原作・小糸のぶ、撮影・伊佐山三郎

401. ねっちり母娘 赤貝の味 (製作=ナベシネマ 配給=オーピー映画) 2003.10.21 60分 カラー ワイド 監督・渡邊元嗣、助監督・小川隆史、脚本・山崎浩治



by sentence2307 | 2019-05-08 13:16 | 映画 | Comments(0)